※当サイトでは、五聖刃達はクラトスの顔を知らないという設定になっています。そしてこれは、クラトスがアンナさんと出会う以前の話です。


第三の男


 その日、ユアンはユグドラシルに呼ばれた。
 ユアンがユグドラシルの部屋に来ると、そこにはプロネーマがいたのだが、彼女はユアンが入ってくるのを見るとすぐに、逃げるように退出して行った。
「……プロネーマが何か?」
 いつもと違うその様子にユアンがユグドラシルに尋ねると、彼は不機嫌そうな表情を浮かべ、
「苦情を言いにきたのだ。」
「苦情?」
「…夏のボーナスについての苦情だよ。五聖刃の奴等が少ないと騒いでいるようなのだ。」
「贅沢な奴等だな。私達など、ぽち袋に入った100ガルドというしみったれたボーナスしか貰っていないというのに。」
「……」
「クラトスなんて、あれをボーナスとは思っていなかったようだ。ユグドラシルに頼まれて大根一本を買ってきたら、お駄賃を貰ったと喜んでいたぐらいだからな。」
「…しみったれたお駄賃で悪かったな。仕方なかろう。今我がクルシスはどん底の経営状態なのだ。本当なら、お前達取締役には一文も出ないはずだったのだぞ。棒に突き刺したナスをボーナスだよ〜と渡そうと考えたぐらいなのだから。クラトスならそれでも喜んでくれたかもしれないが…」
「お前…クラトスの事をなんだと思ってるんだ?」
「世間知らずの剣術馬鹿…」

(馬鹿にされてるぞ、クラトス…)

「でも、そんなオヤジギャグを放つのは私のプライドが許さなかったし、なにより、それでは余りに可哀そうだから私のブタの貯金箱を叩き割って出したのだ。そんな血と汗と涙の結晶であるボーナスを、お前はしみったれた駄賃だというのか!?」
「何が血と汗と涙の結晶だ。お前のブタの貯金箱の中身は、殆どが私とクラトスがやった小遣いだろう?」
「そうだよ!僕が四千年間に貰った小遣いがたったの200ガルドだけだったんだ!!その200ガルドを僕はっ…」
 思わずミトス口調で叫ぶユグドラシル。彼は興奮すると何故かこうなってしまう。
「…私が悪かった。もう文句は言わんよ…」
 ユアンの謝罪に、ユグドラシルは気を取り直して話を続けた。
「そこで、お前達にはバイトに励んでもらおうと思ってね。今から貯めておけば冬のボーナスではもう少しまともな額を支給出来るだろう?」
「“お前達”?……もちろんお前も働くのだろうな?“私達”だけでなく。」
「僕はまだ子供だからどこも雇ってくれないんだ。それにボーナスって何?僕、子供だから分からないよ。」
 いつの間にかミトスの姿に戻っているユグドラシル。

(こ、このヤロ〜〜〜っ!!)

 ユアンは歯ぎしりをするも、ミトスに力で敵わない事は分かっていたので仕方なく紹介状を受け取る。
「クラトスも外へ出すのか?五聖刃の奴等は未だクラトスを狙っていると聞いているぞ。」
 クルシス内には、元は人間であったクラトスが四大天使に位置しているのを快く思っていない者が大勢いる。その筆頭が五聖刃達であった。そんな連中から守る為に、ユグドラシルは今まで彼を表舞台に出す事はしなかった。その為、今では彼の顔を知る者は殆どなく、その存在すらも幻と言われているほどである。
「クラトスの事はもう少し伏せておきたいんだけどね…。でも、僕、この間見ちゃったんだよ。」
「見た?」
「クラトスの部屋に遊びにいったらさ、彼、暗い部屋の中で壁に向かってブツブツと独り言を呟いていたんだよ。」
「それはまた…ホラーな話だな…」
「でしょう?あれはストレスが溜まって頭がおかしくなる寸前の状態だと思うんだ。元々彼は体育会系で、部屋に籠っているタイプじゃないからね。だから気分転換に外に出してやろうかと思ってさ。」
「まるで犬を散歩に出すような物言いだな…」
「五聖刃が狙っている事は知ってるけどさ。彼等はクラトスの顔を知らないし、万一の事があっても、クラトスがあいつらに遅れを取るような事はないだろう。それに今回はユアンも一緒だから安心でしょ。五聖刃には別の仕事を言いつけておいたから、よもや鉢合わせする事もないと思うんだよね。」
「別の仕事?」
「ほら、例の噂だよ。あれを調べるように言っておいたんだ。」
「ああ…」
「とにかくクラトスの事は頼んだよ。これでクラトスもストレスが発散できるし、お金も貯まる…まさに一石二鳥だね。僕って頭いいでしょ。」
 満足気に笑みを浮かべるミトスに一礼すると、ユアンは紹介状を手に部屋を後にしたのだった。




 ユアンがクラトスの部屋に行った時、彼は机に向って何やらやっている最中であった。背中越しに覗きこんでみると、案の定、それはクラトスが『日記』と称して毎日書き綴っている物だった。
「またお前はそんな物を書いているのか。」
「そんな物とは失礼な。それに人の日記を覗き見るのは止めてもらいたいな。」
「何が日記だ。うっぷん晴らしに悪口を書き並べているだけだろうが。お前もとことん暗い奴だな。」
「悪口ではない。詳細なデータと言ってもらいたいな。他に楽しみがないのだから仕方ないだろう。」
「どうでもいいが、最近、噂が流れているのを知っているのか?」
「噂?」
 クラトスはキョトンとした目をユアンに向けた。
「クルシス内に、内部事情を詳しく書き記した『Xファイル』なるものが存在するとの噂の事だ。」
「バッテンファイル?」
「バッテンではない。エックスだ、エッ・ク・ス!付けている人物が誰かは分からず、皆はその人物を“X”と呼んでいるのだ。それで『Xファイル』…安直な名前だがな。」
「それがこの日記だと?しかしこの日記の事は誰も知らんのだぞ。」
「誰もその『日記』がそうだとは言っていない。だが、お前はその『日記』を始終持ち歩いているようだが、それは止めておいた方がいいな。万一落としてしまったらどうする気だ?この時期にそれの存在が知れてみろ。内容から言ってもそれがXファイルだと言われかねんぞ。そうでなくともお前は五聖刃達に快く思われていないのだ。そこに書かれているのは殆どが五聖刃達の悪口だろう?益々恨まれる事になるぞ。」
「フン、五聖刃か。あいつらは事あるごとに私を人間だ何だと罵っているようだからな。会った事もない人間をよくもまあ、あれほどまでに罵れるものだと感心してしまう程だ。私はやられっぱなしというのは好かん。だからこちらもやり返しているまでだ。それに、いつも持ち歩いていなければ、浮かんだ時にすぐに書きとめられないだろう?後で書こうと思っても、その時には忘れてしまっている事の方が多いからな。」
「まあ、お前のささやかな(とことん暗い)楽しみを奪うつもりはないがな。一つ忠告させてもらうなら、ユグドラシルに関するページは切り取っておいた方がいいぞ。奴がそれを目にした時の事を想像するだけで恐ろしい…。」
「分かった…考えておくとしよう。ところで今日は何の用なのだ?」
「今から一緒に出かけようと思ってな。仕事だよ。」
「外に行けるのか!?」
 目を輝かせ、そそくさと支度を始めるクラトス。

(やはりこいつは犬だな…散歩用のリールリードが必要か?)

 ユアンはほんの冗談で思った事であったが、後になって、やはり紐を付けておくべきだったと後悔する事になるのであった。
 かくして二人は、ユグドラシル紹介の店へバイトの面接に向かったのであった。




 その夜、五聖刃達はとある居酒屋に集合していた。
「ちくしょ〜〜、今日はとことん飲むぞぉ!!」
 テーブルにつくや否や大声で叫ぶマグニス。
「フン…まったく下品な男ですな。」
 せせら笑うクヴァルを、マグニスは睨みつけた。
「こちとら毎日毎日、豚どもの相手をしているっていうのに、夏のボーナスが雀の涙しか貰えなかったんだぜ。飲まなきゃやってられねえだろうが!おい、プロネーマ!ちゃんとユグドラシル様にはこちらの不満を伝えてくれたんだろうな?」
「ちゃんと言上してきた故、そう騒ぐでない。わらわは本当ならそんな事したくはなかったんじゃ。ユグドラシル様に意見するなど、今でも体の震えが止まらんわ。」
 プロネーマがそう言いながらぶるっと身震いすれば、フォシテスも、
「まったくだ。我らはユグドラシル様の崇高な理想実現をお助けするのが役目。その報酬をもらっているだけでも申し訳ない事なのに、文句を言うなど以ての外だ。」
「へん、てめえの武士道なんて聞いちゃいねえや。世の中、金がなきゃ何にも出来ねえだろうが。俺たちゃ、霞を食って生きて行くわけにはいかねえんだぜ。正当な報酬を要求して何が悪い。」
「どうでもいいが、ここに集まった本来の目的を忘れないでもらいたいものじゃな。」
「分かってるって!『Xファイル』の事だろう。あんなもん、わざわざ調べなくたって犯人は決まっているだろうが。」
「決まってる?」
「三人目の大天使であるクラトスだよ。あの、人間のくせに四大天使の座にちゃっかりとおさまってやがる豚だ。」
「あれは架空の人物だと聞いたが?四大天使とは言っているが、実際はユグドラシル様とユアン様の二人しかおらず、第三の男クラトスは後になって作られた架空の人物だともっぱらの噂だ。その証拠にその顔を知る者はいない。」
 クヴァルが首を傾げながらそう言うと、プロネーマが、
「いや、実在しているぞ。チラリとであったが、わらわはユグドラシル様の傍にいる彼を一度だけ見た事がある。顔はよく見えなかったが…」
 するとフォシテスも、
「俺も彼は実在すると聞いている。人間とはいえ、剣を持たせたらその右に出るものはいない程の実力を持った人物のようだ。ユグドラシル様も彼をいたく大切にしているようだし、彼の悪口は慎んだ方がいい。」
「あ   、うるせえっ!!豚を豚と言って何が悪いんだ。おい、ロディル、てめえも黙ってねえで何とか言ったらどうなんでえ。お前もクラトスの事は気に食わねえと言っていただろうが!」
 マグニスは、先程から静かに隣に座っているロディルを睨みつけた。そのロディルは、何やら卵のようなものを大事に抱えて、それを撫でまわしている。その仕草もマグニスの癇に障ったようだ。
「てめえはこんな時に、なにそんなもんを撫で回していやがるんだ!」
「そんなものとは随分な物言いですね。これは私が何年もかけてようやく見付けだしたドラゴンの卵です。どんな子が生まれてくるのか楽しみで。そんなもんなんて言い方は止めてもらいたいですな。それに私は、クラトスの事を快く思っていないのは事実ですが、はっきり言ってそんな事はどうでもいいのです。別に誰が四大天使であろうが興味はありませんので。」
「ああそうかよ。ったく、どいつもこいつもいい子ちゃん振りやがって…。こうなったら俺は俺で勝手にやらせてもらうぜ。とりあえず今は御馳走にありつくとするか。」
 ブツブツと文句を言い続けながら、マグニスはお品書きを手に取った。
「さあ〜て、何を頼もうかな。」
 店員を呼ぼうと店内を見回したマグニスの目に、近くのテーブルに注文を取りに来た女の子の姿が映った。
「いらっしゃいませ〜。居酒屋『二日酔い』にようこそ〜〜。ご注文はいかがしますかあ?」
 明るい笑顔で応対する女の子に、マグニスの顔がだらしなくたるんでくる。
「へへへ〜。劣悪種のブタにしちゃあいい女じゃねえか。ああいう可愛い子が注文を取りにきてくれるのかあ。」
「どうでもよいが、涎が垂れているぞよ。バッチイからテーブルに落とさないようにしておくれ。」
「うるせえぞ、プロネーマ!……お〜い、店員!こっちも注文頼むぜ!」
 どんな可愛い子が注文を取りに来てくれるのかとワクワクと待っていたマグニスであったが、予想に反して、やってきたのは仏頂面をした男であった。
「いらっしゃいませ…。居酒屋『二日酔い』にようこそ。ご注文をどうぞ…」
 お経のように挨拶をする店員を見て、マグニスは、「ちっ、野郎かよ。」と舌打ちした。
「…ブタの丸焼を一つですね。かしこまりました。」
 棒読みのようにそう言って伝票に書き込もうとする店員を見て、慌てて止めるマグニス。
「まだ何も言ってねえだろうが!」
「そうでしたか?…すみません。お客様の顔を見ていたら、つい…」
 店員の言葉に、思わずプッとふき出すクヴァル。
「てめえっ!!俺を馬鹿にしているのか!?」
「とんでもございません。お気に障ったのでしたらどうかお許しを。で、何をご注文なさるので?」
「……そうだな。居酒屋といったらまずは『とりあえずビール』ってトコだろうな。」
「『とりあえずビール』を一つですね…かしこまりました。」
 そのまま伝票に書き込もうとする店員を見て、マグニスは叫んだ。
「そんな品があるか!ビールだよ。ただのビール。『とりあえず』はつかねえの。」
「そうでしたか。それは失礼致しました。ええと、ただのビールでしたね。ん?ただ?いやあ、ただというのは…。やはりお代は頂きませんと…」
「その“ただ”じゃねえ!普通のビールって事だ!!生の大ジョッキ!!」
「生のジョッキ?……お客さん、ジョッキを食べなさるんで?歯が丈夫なんですねえ。」
「……お前、本当に店員なのか?」
「本日よりバイトを始めた新人なもので。今のはほんの冗談です。ジョークですよ。お客さんの顔と同じです。」
「どうせ俺は冗談みたいな顔をしているよ。悪かったな!」
「他にご注文は?」
 他の四人からも注文を聞いて去って行く店員。
「なんなんだあいつは…」
「いい男じゃのう。」
 ぼそりと呟いたプロネーマは、全員の驚愕の視線を受け、真っ赤になって咳払いした。
「さてと、『Xファイル』の事じゃが…」
「お前もしつこい女だな。だから犯人はクラトスだと言っているだろうが!」
「彼は四大天使なのじゃぞ。内部の事情を漏らすようなそんなファイルを書いたとて何の得がある?」
「そんなの決まってるだろうが。俺達ハーフエルフを裏切ったんだよ。」
「もしそうなら許せぬ行為だな。ユグドラシル様の信頼を裏切るとは。」
「だから豚だって言ってるんだよ。大体、劣悪種の分際で大天使を名乗るなんて……ヒャッ!?」
 マグニスが変な声を上げたのは、突然背中から何かをぶっかけられたからだった。ヒヤッとする感触に驚き振り向くと、そこに先程の店員が立っていた。
「申し訳ありません。ちょっとそこで躓いてしまいまして、ビールをぶちまけてしまいました…大変だ。テーブルもびしょ濡れになってしまいましたね。早く拭かねば…」
 そう言うと店員は、なんとマグニスの髪をつかみ、それでごしごしとテーブルを拭き始めたのだった。
「て、て、てめえ、何しやがる!!」
「あ、お客さんの髪の毛でしたか。これはとんだ失礼を。いかにも水分を吸い取りそうな赤いモップに見えたものですから。」
「俺様の髪の毛をモップだとおおおお!!」
「抑えよ、マグニス。こんな所で騒ぎを起こすのはまずい。」
「くっ…」
 プロネーマの言葉に必死に怒りを抑えるマグニス。そして彼女からもらったタオルで濡れた体をゴシゴシと拭き始める。
 そんなマグニスを余所に、店員は持っていた布巾でテーブルをきれいにすると注文の品を並べ始めた。
「ん?…この鮎の塩焼きじゃが、化粧塩のやり過ぎではないか?真っ白で魚の部分が見えぬぞえ。」
「はい。お客様に合わせて厚化粧に仕上げてみました。」
「!」
 目を見開くプロネーマ。
 それから店員は、クックッと笑っているクヴァルの前に稲荷寿司を置いた。
「これはお客さんのご注文でしたね。うちの稲荷寿司は美味しいですよ。中のすし飯には古代米の黒米を使っていまして、こうして箸で割っていただくと、中から黒いお米が顔を覗かせる。これがホントの腹黒キツネ。まさにお客さんにピッタリの品でございましょう。」
「!!」
 クヴァルは細い目をますます細めて店員を睨んだ。
 するとそこへ、タコ焼きを頬張っていたマグニスが、
「おい、このタコ焼きタコが入ってねえぞ。」
「そうですか?オツム空っぽのお客さんに合わせたのかもしれませんね。」
「!!!」
 マグニス、プロネーマ、クヴァルは同時に椅子を蹴って立ち上がった。
「もう俺様の我慢も限界だ!!」
「わらわの美貌を嘲るとは許せぬ所業じゃ!!」
「劣悪種の分際でよくもっ!我ら五聖刃の力思い知るがいい!!」
「おい、おい、プロネーマまで何やってんだ。場所を弁えろと言ったのはお前だろうが………!?」
 熱くなった三人を止めようとしたフォシテスであったが、三人の攻撃を難なく避けている店員を見た途端、その態度を一変させた。
「お前、只者じゃねえな?……人間の身でありながら魔術の匂いがする男…まさか、お前がクラトスか!」
「フン。だったらどうだというのだ。」
「ユグドラシル様の信頼を受けながらそれを裏切るとは…。これだから人間など信用出来ぬのだ。許さんぞ!!」
 フォシテスも立ちあがり、たちまち店内は戦場と化した。
 悲鳴を上げ店内を逃げ惑う他の客達を余所に、暴れまくるクラトスと四聖刃。
 と、そこへ頬被りをしたユアンが駆け付けてきた。彼はクラトスを押さえて叫んだ。
「馬鹿!何をしているのだ、クラトス。こんな所で暴れてどうする!?」
 頬被りをしているのは彼が五聖刃達に顔を知られているからであったのだが、その思惑とは逆に余計に目立ってしまっている。案の定、マグニスの注意をひいてしまった。
「なんだてめえは!?邪魔するんじゃねえ、怪我するぜ!!」
 ファイアボールを放つマグニス。しかしユアンとて四大天使。そんな初級魔術にやられるわけがない。ファイアボールは、クラトスを押さえたまま、ヒョイと身を屈めたユアンの頭上を素通りしていった。
 ユアン達の後ろには、周りの状況など何処吹く風と、相変わらず一心に卵を撫で回しているロディルが座っていた。当然の如く、ユアンに避けられたファイアボールは彼をめがけ飛んで行き、持っている卵を直撃した。
「ぬおおおおおおお、私のドラゴンが〜〜〜!!!」
 燃え上がる卵を前に驚愕の叫び声を上げるロディル。
「おっ?ドラゴンのゆで卵か?」
「だから、お前は火に油を注ぐような事を言うな!早く来い。今の内に逃げるぞ。」
 何故か嬉しそうな表情のクラトスの腕を掴み出口へと引っ張っていくユアン。
「逃がすか!私の可愛いドラゴンの痛み、思い知るがいい!!ロックブレイク!!」
「甘い!!」
 クラトスはユアンに掴まれた状態のまま、物凄い速さで移動して術の対象ポイントから抜け出した。自然、ユアンも引き摺られながらポイントから脱出。二人は無傷であった。
「うおおおお!久々の戦闘、燃えるな!!」
 雄叫びをあげるクラトスを、ユアンはまじまじと見詰めた。クラトスの顔には生気が満ち溢れ、目を爛々と輝かせている。まるで今までの積もりに積ったうっぷんを晴らそうとするかのように、やる気満々であった。
 ユアンは溜息をついた。
 こうなってしまったクラトスは、もう誰にも止める事が出来ない。彼は普段物静かな反面、やるとなったら徹底的にやるタイプだったのだ。後は如何に店の被害を最小限に抑えるか考えを巡らすしかなかった。
 するとそこへ…
「わ〜い、面白そうだね〜。僕も混ぜてよ。」
 忘れようとて忘れられないその声に、ユアンはギョッとして振り返った。
 予想に違わず、そこには少年の姿のミトス・ユグドラシルが立っていた。最強最悪のトラブルメーカーの降臨である。
「なんだてめえは!?これはガキの遊びじゃねえ。男と男の真剣勝負なんだぞ。」
「わらわは女ぞえ?」
 マグニスの啖呵に、プロネーマは異議を唱えた。
「男+女の混合チームVS野郎二人組の命をかけた戦いなんだ!」
 プロネーマのヒステリーは後が怖いので、一応素直に言い直すマグニス。
「ガキの出る幕じゃねえ。引っ込んでな!!」
 ミトスは、ユアンとクラトスの前以外は大人のユグドラシルの姿で通していた為、五聖刃達は少年ミトスの姿を見るのはこれが初めてなのであった。よって、マグニスは知らなかったとはいえ、クルシスの総裁に対して無礼千万な言葉をぶちまけてしまったのだった。
 ミトスの顔に怪しげな笑いが浮かぶ。
「フフフ〜ン。嫌だね。僕は面白そうだと思ったら、誰が何と言おうとやる主義なんだ。それにさ、僕等に敵うと思ってるの?僕達三人が相手では、いかに君達五人が束になったって敵いやしないよ。」

(三人?……もしかして私も数に入っているのか?)

「しゃらくせえ!やっちまえ!!」
 首を傾げているユアンを尻目に、五聖刃とクルシスの幹部二人(+1)による戦闘の火蓋は切って落とされたのだった。
 武器を交え、魔術が飛び交い、逃げ遅れた一般人の悲鳴が飛び交う。まさに店内は阿鼻叫喚、地獄絵図と化して行った。そんな中、ユアンは一人叫んでいた。
「やめろ、これ以上被害を増やすな!!やめろと言っているだろうが!!やめろ〜〜〜〜〜〜!!!」
 ユアンの制止も空しく、戦闘はエスカレートするばかり。
 しかしながら、いかに五聖刃といえども、大天使二人を相手に敵う筈もない。数分もたたずに敢無く決着はついたのだった。
 ミトスはすっきりとした表情で、クラトスを連れてさっさと帰ってしまい、後には気絶した五聖刃達とユアンが取り残されていた。
「……結局、後始末は私がやる事になるのか…」
 ユアンは大きな溜息をつくと、メチャクチャになった店内を一人片づけ始めたのだった。



 その翌日、ヴェントヘイムの一角にユアンとクラトスの姿があった。
「昨日は済まなかったな、ユアン。ミトスが早く帰ろうと、しきりに手を引くものだから先に帰ってしまった。」
「全くだ。お陰で私は一人で後片付けをする羽目になったのだぞ。」
「昨日は何故か妙に興奮してしまってな……弁解の余地もない。申し訳なかった。この通りだ。」
 ユアンは、頭を下げるクラトスを一瞥し溜息をついた。
「…まあな…お前もストレスが溜まっていたのだろうよ。だが、あれはやり過ぎだったな。五聖刃の奴等、プロネーマを除く全員がショックで記憶喪失に陥っていたぞ。」
「そ、そうなのか?」
「不幸中の幸いといえばそうなのかもしれんが…。これで奴等の記憶からお前の事はきれいさっぱりと消え、お前は再びベールに包まれた存在に戻れたわけだからな。それよりもこっちの方が問題だ。」
 ユアンは懐から、黒革の手帳を取り出した。
「それは私の日記!?」
「お前、昨日の騒ぎでこれを落としただろう。言わんこっちゃない。私が拾ったからよいものの、もし五聖刃やミトスが拾っていたらどうするつもりだったのだ?」
「す、すまない。」
 ユアンから手帳を受け取るクラトス。
「これに懲りたら、もうそれは持ち歩かない事だな。まだユグドラシルのページも切り取っていないのだろう?」
「あ、ああ……そ、そうだな。今すぐ、切り取っておくとしよう。そしてもうこれは二度と持ち歩かぬようにするつもりだ。」
 クラトスは手帳を開くと、ユグドラシルのページを破ろうとした。
 すると…
「あ〜、何それ?二人で内緒で何を見てるのさ。僕にも見せて見せて〜〜!」
 突然聞こえてきた声に、ギクリとする二人。見ると、ミトスが走ってくるのが見えた。慌てふためくユアンとクラトス。
 ところが、ミトスが固まっているクラトスの手から手帳をもぎ取ろうとしたまさにその時、そんなミトスに縋り付いてきた者がいた。
「ああ、ミトス様。昨夜の件はどうかお許し下さい。あれがミトス様だとは知らなかったのでございます。」
 それはプロネーマであった。
 ミトスは煩そうに後ろを振り返ると、冷たい目で縋り付く彼女を見下ろした。
「僕をその名で呼ぶ事を許されるのは、こっちの二人…昔の同志だけだ。お前にはその資格はない!」
 そして魔力を放ちプロネーマを吹き飛ばす。
「ああっ、そんな…。ミトス様〜〜〜〜〜!!!」
 プロネーマの姿は、空の彼方へと消えて行ってしまった。
 ミトスは何事もなかったかのように二人の方に向き直ると、邪気のない笑顔を浮かべながら、改めてクラトスの手から手帳を取り上げた。
「さあ〜て、何が書いてあるのかなあ♪」
 ワクワクと手帳に目を落とすミトス。
 運悪く、今開いている所はユグドラシルの事が書かれてあるページであった。
「ユグドラシル?僕の事じゃない。わ〜い、嬉しいな。何が書いてあるのか楽しみ〜。ええと、なになに…ミトス・ユグドラシル。性格:とことん我儘でひねくれ者。実はガキんちょのくせして、威張りくさって人の事を顎でこき使う。自分の気に食わない事があると直ぐに暴れ出す癇癪持ち。こんなガキにクルシスを任せておいたら今に崩壊してしまうだろう。ここは冷静沈着な大人である私がしっかりと手綱をとっていかなければ…」
 辺りに不気味な沈黙がおりた。
 ギロリと二人の方を見やるミトス。二人は逃げ出す準備に取り掛かっていた。
「これはどういう意味なのかな〜、クラトス?」
 猛スピードで逃走する二人。
「逃がさないよ。ホーリーランス!!」
 ミトスはゆっくりと倒れている二人に近付いて行くと、見下ろした。
「実は、昨日の居酒屋から店内の修理費用の請求が来ちゃって困っていたんだよね。五聖刃達は記憶喪失になっちゃってるし、やっぱここは、君等に責任をとってもらうしかないよね。という事で、しばらくは君達に無償で働いてもらう事にしたから。仕方ないよね。店をぶっ壊したのは君達なんだからさ。」
「あれは殆どがお前の仕業だろうが!!」
「何を言っているの、ユアン?」
 ミトスはいつの間にか、その姿をユグドラシルへと変えていた。
「昨日私は、(この姿では)居酒屋なんかに行ってはいない。そこで何があったかなど与り知らぬ事だ。お前達はその場にいたのであろう?だったらお前達が責任を取るのは当然ではないか。」
「き、汚いぞ、ユグドラシル!!」
「しかしこうなると、しばらくは二人のバイト代は入ってこない事になるな…。二人のバイト代が入れば、それで冬のボーナスは増額できると期待していたのだが、こんな結果になって残念だよ。さて、私はクルシスの総裁としての仕事が山積みとなっていて忙しいのでこれで失礼する。後は頼んだよ。」
 手をひらひらとさせながら去って行くユグドラシル。
 二人は口をパクパクとさせるが、結局何も言い返す事は出来ずに、それからしばらく居酒屋にて無償労働の日々を送る事となったのであった。

 その頃、五聖刃達はといえば、ミトスに飛ばされた事で怪我を負い後から入院してきたプロネーマを仲間に加えて仲良く病室でベッドを並べていた。ユアンが言ったように、彼等の頭からは居酒屋での出来事はきれいさっぱりと消え去っており、どうして入院する羽目になったのかも分からない状態であった。

 こうして謎の第三の男、大天使クラトスの存在は再び闇のベールに包まれたのである。


−第三の男 終−