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クラトスが仲間として加わり4人で旅をするようになってから1年半。彼の存在はミトス達に様々な影響を及ぼしていた。
中でも一番変わったのは戦闘方法だろうか。
それまでのミトス達の戦闘は、はっきり言ってバラバラであった。基本、束縛を嫌う自由人であった彼らは戦い方にも個が強く表面に出てしまい連携が取れていなかったのだ。如何にそれぞれの能力が高くても、これではパーティ戦は戦えない。
それを1本の線に繋いだのがクラトスだった。
彼も独りを好む事に関してはミトス達と似た者同士である。だが軍隊での経験がある分、集団での戦闘には慣れており、また隊を束ねる隊長まで務めただけあって全体を見渡せる目も持っていた。
そんな経験に基づく要所要所での的確なアドバイスは、少しずつだが確実にミトス達の意識を変えていき、各々の長所を生かした独自の戦闘スタイルを徐々に確立していったのだった。
他にも簡単な戦術の伝授に、剣の指導による攻撃力の向上など、彼が加わった事で得たものは大きい。
初めは少々浮いた存在であった彼も、今ではミトス達にとってなくてはならない大切な存在となっていたのである。
もちろんそれはクラトスにとっても同じであった。
ミトス達と出会っていなければ今の彼はなかったであろう。
ミトス達の温かさが彼の凍りついていた心を溶かし、少しずつ変えていってくれたのだ。
生まれて初めて心から“仲間”と呼べるものを得る事ができた。
純粋に夢を追うミトス達の姿が彼の目には眩いばかりに映り、そんな彼らの手助けができる事が誇りだった。
彼らとならずっと一緒にやっていける。彼らの傍らが自分の居場所となったのだと…そう思っていたのである。
このように、1年半という短い期間ではあったが、4人の間には堅固な絆ができたかのように見えた。
だがある邂逅によって、それが大きく揺さぶられる事になるのである。
その日ミトス達は、食事当番であるユアンを除いた3人で町へ買い出しに来ていた。
旅の途中、村や町を見付けると、ミトス達はこうして必ず寄るようにしていた。戦闘に纏まりが出てきたとは言え、やはりまだここぞという時にアイテムに頼ってしまう傾向があり、消耗がかなり激しかったのだ。
「この際だから食器類も買い替えておきましょうか。」
アイテムの補充を終えるとマーテルが言った。
かなり前から食器が傷んでいたのだが、ここに来るまで小さな町や村しかなかった為に置いてある品数も少なく、なかなかそこまで手が回らなかったのだ。
だがここは王都なので大きな店が軒を連ねており、大抵の物は手に入る。こんな機会は滅多にないだろう。
「うん、そうだね。今は仕方なくテープで補強して使っているけど、いつまでもあれじゃあねぇ…。やっぱ買いかえた方がいいよ。ねえ、クラトスもそう思うでしょ?」
ミトスは笑顔で振り返るが、そこにクラトスの姿はなく…。
「あれ?」
「いやあね。クラトスならさっき、ついでに剣を砥ぎに出してくると言っていたじゃないの。」
「あ、そっか。」
舌を出し自分の頭を叩くミトス。
「それじゃあ僕達だけで選んじゃってもいいかな。たぶんクラトスに聞いても『好きにしろ』って言うだけだろうしね。」
「フフ。そうね。」
周りを見回すと、ちょうどよく、通りを隔てた斜向かいに食器店があった。あそこならクラトスが戻って来た時、自分達を探し迷う事もないだろう。
二人は頷き合うと、その店に向かった。
さすが王都にある店だけあって、店内は広く品数も豊富だった。様々な色の輝きを放っているガラス食器や上品な絵柄の陶磁器が整然と並べられているのを見ると、ついついその美しさに圧倒されてしまう。
だが残念ながらそれらは、今のミトス達にとって必要ない物だった。重くて割れやすいガラスや陶磁器は旅に不向きだ。彼らの欲しい物は、もっと軽くて丈夫な…。
「あった!!」
入口近くの右隅に『旅人グッズ』と題したコーナーを見付け、駆け寄るミトス。
そこには旅行に適した、チタン製やアルミ製、プラスチック製の食器が並べられていた。普段は出ないような品物が、このような目立つ場所に特設されているのは、恐らく今がちょうど行楽シーズンだったからだろう。その点は運がよかったと言えるかもしれない。
ミトス達が今使っているのはプラスチック製である。それなら比較的小さな店でも置いてあったので簡単に手に入れる事ができたし、なにより値段が安かったから。しかし油物などを食べると色がこびり付いてしまうという難点があり、毎度洗うのに往生してしまっていた。
「どうせ買いかえるなら、ちょっと高いけどチタン製にしたほうがいいかしら。これなら金臭さもないし、軽くて錆びな……」
「?」
突然言葉を切ったマーテルを不思議そうに見上げるミトス。
マーテルは呆然とした表情を浮かべ、ガラス越しに外を見詰めていた。
「姉様、どうしたの?」
「え?あ、いえ、なんでもないわ。」
弟の声に我に返ったマーテルは慌てて否定したが、ミトスはすでに姉の視線を追って、彼女が見ていたものを見付けてしまっていた。
「あれ?クラトスだ。一緒にいるのは誰だろう?」
「……たぶん昔のお友達じゃないかしら。」
「ふ〜ん。…あ、でもさ。クラトスが戻って来たのなら、一緒に選んでもらおうよ。」
そう言ってミトスは店を飛び出すとクラトスの元へ走って行こうとしたが、それをすんでのところでマーテルが引き止める。
「やめなさい。せっかく懐かしいお友達に会えたんですもの、邪魔しちゃ悪いでしょ。食器は私達で選んで買っておけばいいわ。」
「でも…」
「いいから戻りましょう。あんまりのんびりしていると留守番のユアンが怒るでしょうし。」
まだ渋った様子のミトスを強い口調で促すマーテル。
「……分かったよ。」
ミトスは仕方なくそう返事をすると姉に従い踵をかえしたのだが、やはり気になるのだろう、足を止めると再びクラトスに視線を戻した。
そしてそのまましばらくの間クラトスをじっと見詰めていたのだが、その顔がだんだんと強張ってくる。
なんだろう。この不快感は…。
クラトスはただ、あの男と話をしているだけなのだ。それなのに何故こんなにも不快な気分になるのだろう。
理由は分からない。
だがもうこのまま見続けているのは耐えられなかった。
ミトスはクラトスから視線をはずすと、まるでその場から逃げ出すかのように走って、心配そうに自分を見ている姉の元へと戻ったのだった。
「やはり新しい器での食事は格別だな。」
スプーンを振り回しながら上機嫌でユアンが言った。
「迷ったのだけれど、結局一番高いのにしてしまったわ。長く使えたほうがいいかと思って…。」
「さすがマーテルだ。それで正解。器は大切だよ。なにしろ前のはガムテープで補強していたものだから、見ただけで食欲が半減してしまったからな。それに比べて、見よ!この新品の輝き!!これで私の作ったカレーライスも美味さが倍増するというものだ。」
「でもその所為でお金が残り少なくなってしまったわ。」
「なあに、金なんてまた貯めればいいんだよ。」
事もなげにそう言うと、カレーをパクつくユアン。
その目がちらりとミトスを盗み見る。
いつもならここで『だったらユアンの分は買わなきゃよかったね。』と嫌みの一つも言ってくるのが普通である。それが今日は何故かおとなしい。
別に嫌味を期待しているわけではないのだが、こう静かだと調子が狂うというか、なんだか薄気味悪くなってくる。
「どうしたのだ、ミトス?やけに静かではないか。料理が気に食わないのか?しかし、りんごとはちみつがトロ〜リとけてるお子様用甘口カレーだぞ。お前、好きだっただろう?」
だがミトスからの返事はなく、代わりに答えたのはマーテルだった。
「ごめんなさい。違うのよ。料理が気に入らないのではないの。実は今日町でクラトスが昔のお友達にばったりと出くわして…」
「クラトス?そう言えばクラトスがいないな。どうしたんだ?」
「クラトスならそのお友達に誘われて出掛けているわ。一緒に食事でもしているんじゃないかしら。」
「ふ〜ん、成程ね。旧交を温めているってわけだ。」
「てか、なんで今頃気付くんだよっ!!」
すっとぼけた様子のユアンをギロリと睨み付けるミトス。
どうも機嫌が悪いようだ。
「い、いや、だってあいつ、いつも静かだろう。だから……と言うか、クラトスが知人に会ったからってどうしてお前が不機嫌になるんだ?あいつだって今まで生きてきたんだ。顔見知りぐらいいるだろう。まあ、こんな所で偶然に出くわすなんて、世の中案外狭いのだなとは思うが、別に怒る事じゃないだろう。」
ユアンの言葉にミトスは俯くと黙りこんでしまったのだが、しばらくすると小さな声で言った。
「……笑みを浮かべていたんだ。」
「あん?」
「微笑んでいたんだよ!!笑みを浮かべて楽しそうにあの男と話していたんだ。」
「そりゃあ、懐かしい人に会ったんだから笑みぐらい浮かべるだろう。」
「僕達には見せた事のないとても穏やかな笑みだった。」
「おいおい、見せた事がないって、あいつはお前を見る時、いつも穏やかな笑みを浮かべているぞ。」
「そうじゃない!!……うまく説明できないけど、とにかく僕を見る時とは全然違うものだった。」
「旧友に対する笑みと私達に対する笑みが違うのは当たり前だろう。同じ笑みでも色々あるんだから。それでも穏やかな笑みという点では変わりないのではないか?」
「でも僕は嫌だったんだよっ!!クラトスが僕達以外にあんな笑みを浮かべるなんて、僕は絶対に嫌だ!!」
「お前、何言っているんだ?それじゃあまるで…」
「ユアンには分からないよ!!だってユアンはクラトスが邪魔だと思っているんだもんね。いなくなればいいと思っているんでしょ!でも僕は違う。僕にとってクラトスは…クラトスは…」
「待てよ。ちょっと落ち着け。私は別に…」
ミトスの勢いに圧倒され、ぼそぼそと言い訳を始めるユアン。
だがミトスは聞いてはいなかった。椅子を蹴るようにして立ち上がると、
「そうさ、ユアンなんかに僕の気持は分からない。分かるものかっ!!」
と叫んで食堂から走り出て行ってしまったのだった。
「なんだありゃ?何故私が怒鳴られねばならんのだ?」
困惑したようにマーテルを見るユアン。
「ごめんなさい。」
「いや、君に謝ってもらっても…。それより誤解しているようだから言っておくが、私はクラトスを邪魔者だなんて思っていないぞ。確かに気に食わないところはあるし、喧嘩もする。だがな…」
「分かっているわ。あなたの気持ちはちゃんと分かっている。それはミトスも同じだと思うわ。ただ、あの子にとってクラトスは特別なのよ。」
「特別?」
「ええ。だってクラトスは、あの子が理想とする世界を実現してくれたから。」
「へ?」
「ミトスが思い描いている世界とは、エルフも人間もハーフエルフもない、この大地に生きる全ての命が手を繋ぎ笑い合える世界。そうでしょう?それで今の私達はどうかしら?ハーフエルフの私達と人間のクラトスが共に手を携え歩んでいる……まさにその理想の世界そのものじゃない?そしてこれはクラトスが仲間に加わってくれたからこそできた世界なのよ。
もちろんたった4人だけの本当に小さな世界。そんなものが何になるって笑われるかもしれない。でもこれは、今まで否定され続けてきたあの子にとっては大きな希望なの。今は小さくても、もしこの先クラトスのように私達に共鳴してくれる人間が出てきたなら、この小さな輪はだんだんと大きくなって、やがてはこの世界を変えていく事ができるかもしれない。
クラトスはあの子に理想実現の可能性を示してくれた。だからあの子にとってクラトスは、理想の人間像であり、夢そのものなのよ。」
「……つまり、あいつがクラトスを常に傍に置きたがり、自分だけを見ていてほしいと思っているのにはそんな理由があるのだから仕方がないだろうと。少しぐらいの我儘は大目に見ろ。そう言いたいわけか?」
「!!」
息を呑むマーテル。どうやら痛いところを衝いてしまったようだ。
だがユアンは敢えて先を続けた。
マーテルを困らせたくはなかったが、このまま放っておいたら大変な事になると思ったからだった。
「そりゃあ私だって虐げられてきた側の者だから、ようやく現れた理解者であるクラトスにミトスが心酔する気持ちも分からんでもない。しかしクラトスはあいつの所有物じゃない。心を持った一個の人間なんだ。さっきの嫉妬に狂ったあいつを見ただろ?クラトスが昔の知人に笑いかけただけであの騒ぎよう…ありゃどう考えても異常だぞ。」
ユアンの強い口調に目を伏せるマーテル。
「……ええ、そうね。あの子のクラトスへの傾倒ぶりは普通じゃない。それは分かってる。」
「だったらなんで一言忠告しない?姉である君の言う事ならあいつだって耳を傾けるだろう。このままだと今にクラトスはあいつにがんじがらめにされ身動きがとれなくなってしまうだろう。そうなったらもう理想も何もない。遠からず私達は崩壊するだろうよ。」
「時が解決してくれると思っていたの。今はまだ子供だから感情のコントロールができずあのように異常ともとれる独占欲を見せているけど、それはこれから成長していくに連れ徐々におさまっていくだろう。もちろんその間はクラトスに迷惑をかけるかもしれないけれど、クラトスは大人だからその点ちゃんと心得ていると思っていたし、あとは私とユアンでカバーしていけばなんとかなるんじゃないかって。でも…」
「でも?」
マーテルはしばらくの間、言おうか言うまいか迷っているようだったが、やがて顔を上げるとユアンをまっすぐ見詰めて言った。
「ねえ、ユアン。私は間違っていたのかしら。もしかしたらクラトスを仲間に引き込むべきではなかったんじゃないかって、そんな気がして…。」
突然の話題の転換に付いて行けずに目を丸くするユアン。
「おいおい、引き込むって言い方はないだろう。別に私達は強要したわけじゃない。あいつは自分の意思で私達の仲間になったのだろうが。」
「……」
「おい、一体どうしたっていうんだ。今日の君はおかしいぞ。何かあったのか?」
「……さっきクラトスが昔のお友達に会ったって話をしたけど、その時私とミトスは彼の傍にいなかったの。彼は私達と分かれて剣を砥ぎに出しに行ったから。彼がお友達と会ったのはその帰り道の事だったのよ。」
「?」
どうも分からない。この話がさっきのミトスの話とどう繋がるというのか?
だが今のマーテルはとてもじゃないが口を挟める雰囲気ではなく、ユアンは浮かんだ疑問をぐっとのみこむと先を促したのだった。
相変わらず俯いたままで先を続けるマーテル。
「……私、ミトスより前にクラトスが戻ってくるのに気が付いたの。それからずっと彼を目で追っていたわ。それでお友達と出くわした瞬間にクラトスが浮かべた表情を見てしまったのよ。」
「見てしまった?」
「ええ、『見てしまった』よ。今でも見なければよかったって思っているもの。だって、その時彼が浮かべた表情……あれは今の自分を恥じ悔んでいる、そんな表情だったから。」
「!!」
「ほんの一瞬の事よ。すぐに普段のクラトスに戻っていたし、もしかしたら彼自身も気付いていないのかもしれない。でもその一瞬の表情こそがクラトスの本音のように私には思えて…。だからその後、クラトスに気付いたミトスが駆け寄っていこうとするのを思わずとめてしまったの。その結果、余計にミトスの関心を引く事になってしまって、さっきの状態になってしまった…。それでも、あの表情をあの子が見なかっただけよかったのかもしれない。もし見ていたらあんなものではすまなかったでしょうから。」
「……」
「正直、私、どうしたらいいのか分からなくなっているの。もちろんクラトスにはずっといてほしいと思ってる。でもそれが果たしてクラトスの為になるのかどうか…。ミトスはあんな調子だし、その上私達はお尋ね者でしょう?」
「お尋ね者って…。別に人相書きを貼られているわけじゃないだろうが。」
「今はそうでもこの先どうなるか分からないでしょ。なにしろ私達は世の権力者達の意にそぐわない事をやろうとしているんですもの。」
「まあそれはそうなんだが…。」
困った顔のユアンを見て、くすりと笑うマーテル。だがすぐに表情を改めると、
「…やっぱりクラトスが抜けたがっているのだったら、私達はその希望を受け入れるべきじゃないかしら。ミトスやあなたは反対するかもしれないけど…。」
おいおいちょっと待て。まだ答えを出すのは早いだろう?
肝心な事を忘れているではないか…。
こう見えてマーテルは、こうと思ったら後先考えずに突っ走ってしまうきらいがある。
ユアンは溜め息をつくと言った。
「別に私は反対はしないよ。それどころか、君がミトスを説得するのにも協力しよう。」
「本当に?有難う、ユアン!」
「ただし、クラトスがそう言ってきたらの話だ。」
「え?」
「君はクラトスが抜けたがっていると決めつけているようだが、本当にそうなのだろうか?あいつが一瞬浮かべた表情だって、もしかしたら君が考えているのとは違う意味だったかもしれないじゃないか。君はちゃんとクラトスに確認したのか?」
「それは……」
「一番大切なのは本人の気持ちだろう?それを確認もせずにこっちで勝手に決めてしまうのはどうかと思うがな。もしあいつが、たとえ(君の言う)お尋ね者になろうとも私達と一緒にいたいと思っていたらどうするんだ?」
「……」
「まずは一度本人とじっくり話し合ってみようじゃないか。答えを出すのはそれからでも遅くはない。だろ?」
マーテルは俯いてじっと考え込んでいたが、やがて顔を上げると言った。
「…そうね。ユアンの言うとおりだわ。ごめんなさい。私、また先走りしちゃったみたい。」
「無理もないさ。考えてもいなかったクラトスの姿を見て混乱しちまってたんだろう?」
「ええ。それにミトスにだけは知られたくなくて、それで余計に焦ってしまっていたのかも。……でも意外だったな。」
いたずらっぽく笑うマーテル。
「へ?何が?」
「ユアンがこんなにしっかりしている人だとは思わなかったから。今のユアン、ちょっとカッコいいかな。」
ユアンは真っ赤になった。
「バ、バカ。からかうんじゃない!!」
「あら、からかってなんていないわ。本気よ。」
「と、とにかくだ。そうと決まったら、善は急げとも言うしな。クラトスが戻ってきたら早速話してみよう。それでいいな?」
「ええ。いいわ。」
それから二人は緊張の面持ちでクラトスの帰りを待った。
だがその夜、クラトスは戻ってこなかったのである。
−つづく−