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クラトスとユアンは、あのような場所で立ち話もなんだからと取り敢えず場所を町の喫茶店へ移す事にした。
昨日ユアンは留守番役だったのでこの町に来るのは初めてである。
まだ九時前だというのに開店準備を始めている店がちらほらと見受けられ、昨夜マーテルから聞いた町の様子などからしても随分と活気のある町づくりがなされているようだ。
そんなキョロキョロと物珍しげに見回しているユアンに、だいぶ先に歩を進めていたクラトスが声を掛けてくる。
「何をキョロキョロしているのだ、みっともない。生まれて初めて町を見たわけでもないだろう。」
ユアンは慌ててクラトスに追い付くと、
「いや、それはそうなんだがな。人間とハーフエルフが当たり前のように一緒になって仕事をしている姿を見かけたものだから、つい…。一人だけじゃない、ここに来るまでに3人もだ。しかも普通なら自分がハーフエルフだという事を隠したがるものだが、髪をアップにして堂々と耳を出している者までいた。傍にいた人間も別段気にしている様子もなかったし…。それが不思議でな。」
「この国には、人種を問わず罪を犯した者を皆更生施設へと送り社会復帰させる制度があるらしい。お前が見た者もその一人かもしれんし、もしくはそんな国柄だからハーフエルフも自然に受け入れられるのだと取る事もできる。」
「それは友人から聞いた話なのか?」
「……ああ。」
「ふ〜ん……。」
「そら、そんな事を言っている間に着いたぞ。ここが喫茶店だ。」
「え?……おお、そうか。」
肩を竦めるとガラスの扉を押し、さっさと店に入っていくクラトス。ポカンとした顔でおしゃれな店構えを眺めていたユアンは急いで後に続いた。
まだ早い時間だというのに、店内は半分程の席が埋まっていた。
クラトスの話では、この喫茶店はモーニングサービスを行っており、一人暮らしの会社員や学生に重宝されているらしい。見回せば、成程、新聞を読みながらトーストをかじっている者。食べかけのパンを横にレポート作成に余念がない学生などそれらしき人物ばかりだ。中にはいかにも起きたばかりという感じで欠伸をしながら化粧をしている女性までいる。
とは言えクラトス自身この国に来て間もない身。恐らくこの情報も友人から仕入れたものなのだろう。
それから二人は隅の方に空いている席を見付けるとそこに落ち着いた。
出入り口に近く通りから死角になっており、尚且つ店内でも目立たない席 ―― そのような場所を選ぶのは、常に危険と隣り合わせの旅を続けている彼らの習慣のようなものと言える。
しかしこうして席には着いたものの、元々クラトスは乗り気ではなく、ユアンはユアンでどう話を切り出したらいいのか迷っている様子。当然会話はなく、オーダーを終え、その品が運ばれてきて数分が過ぎても二人の間には重苦しい沈黙が続いていた。
このような状況に口から先に生まれたようなユアンが耐えられる筈がない。すぐに口がむずむずしだしたユアンは、未だ話す内容が整理されていないものの仕方なく最初に口を開いたのだった。
「ミトスが見ていたのだ。」
「え?」
手持無沙汰にコーヒーをかき回していた手を止め、ユアンを見るクラトス。
「いやその…昨夜ちょっとゴタゴタとあってな。あいつはへそをまげて先に寝ちまった。それで今朝マーテルが様子を見に行ったのだが部屋はもぬけの殻。どうやらこっそり抜け出したらしい。で、慌てて探しに行こうとしていたところへ血相変えて戻ってきたんだ。お前がこの国の軍人達と南西の森の方へ行くのを見かけた。もしかして私達と別れて軍に入るつもりなんじゃないかとな。」
「……それでお前が?」
「ああ。事の真偽を確かめに来たのだ。ミトスも来たがったのだが、マーテルが止めた。ほら、あいつが来ると余計にややこしくなりそうだったから。しかしお前、何故軍の仕事なんてやっていたのだ?あれではミトスが勘違いしても仕方がなかろう?マーテルだって心配している。」
「……グレーに手伝ってほしいと頼まれたんだ。」
「グレーと言うのはお前の友人の事か?そいつは何年かぶりに会った者にいきなり仕事を手伝えと言うようなやつなのか?そんなもん何故引き受けた?」
「……別にいいだろう。今は何をやっているというわけでもないんだ。あいている時間をどう使おうと私の勝手だ。お前にとやかく言われる筋合いはない。もし自分達にも害が及ぶのではと考えているのなら、心配するには及ばない。彼にはお前達の事は言っていないから、たとえ何かあったとしても迷惑がかかる事はないだろう。」
「そういう事を言っているのではない!!」
クラトスの言い方に腹が立ち、テーブルをバンッと叩き立ち上がったユアン。その拍子に目の前のチョコレートパフェがひっくり返りそうになり慌てて支える。それからすぐに今の音で周りの注目を集めてしまったのではないかと心配になり恐る恐る店内を見回したが、幸い他の客達は気付いていない様子…。
ユアンは咳払いをして再び腰を下ろすと、今度は声を落として言った。
「……いいか?私達に害が及ぼうがそんな事はどうでもいいんだ。いや、どうでもよくはないが、私達の場合敵視されるなんていつもの事だからな。いざという時の心構えはできているつもりだ。私が心配しているのは、お前がそのグレーって奴にいいように利用されているんじゃないかって事だ。もしそうなら現在危険にさらされているのは私達じゃない。お前の方なんだよ。考えてもみろ。軍の任務と言えば国民にさえ秘密裏に行うものだ。それをこの国の人間でないお前に話した上に手伝いに誘うなんておかしいじゃないか。そんな眉唾ものの話を何故引き受けた?まったくお前らしくもない。」
この最後の言葉に反応し、キッと顔を上げるクラトス。
「私らしくない?いいや、私らしいさ。十分に私らしい。大体お前の言う『私らしい』とはどういう事だ?常に冷静沈着で間違いを犯さず、ハーフエルフだからと言って差別をしない。そんな聖人君子のような人間か?……冗談じゃない!私はそんな完璧な人間ではないんだ。勝手にお前達の理想を当てはめるのはやめてほしい!!」
クラトスの剣幕に驚き、再びパフェを倒しそうになるユアン。あんぐりと口を開け、クラトスを見詰める。
(なんだなんだ、逆ギレか?)
ユアンとしては軽く諭しただけのつもりだった。多少皮肉まじりだったのは認めるが、それは言わば彼の話し方の癖のようなもので、クラトスも慣れっこの筈。いつもの彼ならさらりと聞き流していただろう。
それなのにこの過剰なまでの反応…。先程の言い方にしろ、どうも今日の彼は何か苛立っているようだ。
ユアンの中で注意報が鳴り始める。
苛立ちの理由は分からなかったが、ここは一歩引いてフォローしておいた方がよさそうだ。
「ええと…その…なんだ……私としてはだ。別にお前を責めるつもりはなかったんだが、まあ、お前にとっては古い友人だからな。悪く言われれば腹も立つわな。私の言い方も悪かったのかもしれん。その点は素直に謝ろう。だが私は間違った事は言っていないぞ。今回のお前の行動はどう考えても浅はかだったと思う。」
そう一気に言ってしまってからハッとして慌てて口をおさえるユアン。
(しまった!またもや言わなくてもいい事を…。どうして私の口はこうも滑らかなのだ!!)
『だが』以降は余計だった。これでは自分の正当性を重ねて主張しただけで、クラトスへのフォローには全くなっていない。謝ったところまでで止めておけばよかったのだ。
しかしいくら悔やんだところですでに言ってしまったものを消せるわけもなく…。
上目遣いにクラトスの顔色を窺えば、案の定目が険しくなっているように感じる。かなりやばい状況だ。
ユアンの中で注意報が警報へと変わっていく。
「ちょ、ちょっと待て。そ、そんな怖い目で睨むなって……怒るなよ?キレるなよ?うわ〜あ、殴らないで〜!!
堪らずユアンは腰を浮かすとパフェを抱えて逃げようとしたのだが、返って来た答えは実に意外なものだった。
「そうだな…。お前の言っている事は正論だ。」
「へ?」
てっきり拳の嵐が降ってくるものと覚悟していたユアンは、信じられないという表情でクラトスを見た。
「あの……今…何て?」
「お前は正しいと言ったのだ。確かに何年もの間音信不通だった相手に持ち出す話ではなく、誰だって疑うだろう。しかしグレーに限っては違う……違うのだ。彼は他人を欺き利用するような人間では決してない。私は彼を信用している。」
「……」
人は変わる。何年もの空白があれば尚更だ……そう言い返そうとしたユアンはクラトスの真剣な目を見て言葉を呑みこんだ。
クラトスが他人に対しこれ程までに信頼を寄せる事など稀である。いや稀どころか、ユアンが知る限り一人しかいない。
その者はクラトスが幼い頃からずっと傍にいて彼を守り導いてきた。そんな男でさえ、クラトスから信頼を得るまでには相当の時間を要したと聞いている。
出会った頃のクラトスはその男以外の者を全く信用していなかった。いつも冷たい目をして他人を寄せ付けない空気を纏っていたのを思い出す。
だからクラトスが心を許した人間は彼だけだったのだとずっと思っていた。まさか他に現れようなどとは考えてもいなかったのだ。
クラトスにとってグレーとはどのような人物なのか?
何故信頼に値する第2の人物となり得たのか?
興味が湧いてきたものの、恐らく訊いたとて答えてはくれないだろう。
ならば聞くまい。言いたくなければ言わなくてもいい。いつかその気になったら話してくれればいい……そう思ったユアンは小さく息を吐き出すと、この件はこれで終わらせる事にしたのだった。
ところが…。
「…まあ、済んでしまった事を今更ああだこうだと論じても仕方がないよな。結局、何もなかったのだからもういいさ。今回の事は全くのミトスの早とちりだった。別にお前は入隊したわけではなかったと…そういう事なのだろう?まずはめでたしめでたしというわけだ。な?」
「……」
「?…何だ、その沈黙は…。」
「……正直に言おう。さっき任務を終えた後、誘われたのだ。ここで仕える気はないかと…。」
「!?まさかお前…」
「いや、受けたわけじゃない。保留になっている。」
「保留?どうして保留なんだ?保留にするって事はつまりその気があるっていう事だろうが!」
「……そうだな。そうなのかもしれん。」
「はあ?」
「私は戻りたいと思った…。そしてこれがその最後のチャンスなのだと。今思えばだから断る事が出来なかったのだ。」
「戻りたい?……それは軍人にという事か?」
昨夜のマーテルの言葉が頭に浮かび、不安げに問うユアン。
だがクラトスはそれには答えず、
「兎に角、2日でいい、少し時間をくれないか。念の為にその間はお互い接触を避けた方がいいだろう。ミトス達にもそう伝えておいてくれ。」
「……ハーフエルフなんかと関わっている事が知れたら折角の話がふいになるってか?」
「そう取ってくれても構わない。」
クラトスは今度はユアンの皮肉まじりの言葉にも動じる事なく、ちらりとユアンを見ただけで立ち上がった。
これに慌てたのはユアンである。怒らせれば引き止められると考えていたのだが、どうも今日はこちらのする事なす事全て裏目に出てしまうようだ。
「おい待てよ。そんな話が持ちかけられたなんて益々おかしいじゃないか。そんな怪しげな餌に食いつくつもりか?」
「……言っただろう?私はグレーを信じている。」
必死に食い下がるユアンを振り切り、さっさと行ってしまうクラトス。
残されたユアンは溜め息をつくと肩を竦めた。店の外へと消えて行くクラトスの背中を見詰めながら独り言つ。
「信じてるって?…フン、それならどうしてすぐに話を受けずに保留にしたのだ?私達に遠慮しているようにも見えなかったのだがな。『信じている』ではなく『信じたい』のではないか?」
いくら昔の友人とは言え、まさかあのクラトスが盲目的になるとは思わなかった。どうやら彼はグレーとの再会で頭のネジが1本飛んでしまったようだ。
どうしたものかと思案をめぐらすユアン。その目がふとテーブルの端に置いてある小銭の上にとまる。それはクラトスが立ち去り際に置いていったここでの飲食代であった。
その途端、ガバッと立ち上がるユアン。
「あ ―― っ、あいつ自分の分だけ置いていきやがった!!」
さっきは気が付かなかったのだが、よく見るとそこにあるのはクラトスが飲んだコーヒー代のみだったのである。
「普通二人分置いていくだろうが!(そうか?)くっそ〜、わざわざ出張って来て話を聞いてやったのに、なんて恩知らずな奴なんだ!!」
ユアンは頭をかきむしりながら再び腰を下ろすと、パフェの底の方にあったバナナをほじくり出し、やけくそのように口の中に放り込んだのだった。
「それでおめおめと帰ってきたの?」
戻ったユアンにミトスの辛辣な言葉が飛ぶ。
「仕方ないだろう。もう行っちまったもんを追いかけて出させるわけにもいかないし。だが自腹を切っただけの事はあったぞ。あのパフェのバナナは他の店より大きかった。」
「パフェの事じゃない!僕が言っているのはクラトスの事!!バナナが大きかろうが小さかろうが僕には関係ないんだよ!」
「おお、そうだったか。」
「まったく…これじゃあ何の為に行ったのか分からないじゃない。連れ戻してこなくちゃ意味ないよ。」
「じゃあどうすればよかったと?『私を捨てないで』って縋り付けばよかったのか?愛人じゃあるまいし、そんな事できるわけないだろう。」
「もういいよ!ユアンに期待した僕が馬鹿だった。これでもしクラトスが本当に士官しちゃったりしたらユアンの所為だからね。責任はとってもらうよ!!」
吐き捨てるようにそう言うとユアンを睨み付け、昨夜と同じように部屋に籠ってしまうミトス。
「あいつ、気に入らない事があると部屋に籠る事を覚えてしまったな。よくない傾向だ。」
「あの子ったらあんな酷い事を…。ごめんなさい。あとで謝らせるわ。」
「いや。ある意味あいつの言う通りなんだ。私はクラトスを連れ戻せなかったのだからな。」
「でも、ユアン。クラトスは本気で士官するつもりなのかしら?」
「……本気だが、本気ではない。」
「え?どういう意味?」
ユアンの呟きを聞き咎め眉をひそめるマーテル。
ユアンは肩を竦めると、
「いや、何でもない。私にはあいつの考えている事は分からんよ。」
「そう……。でも私、なんとなく予感はしていたのよ。もしクラトスがパーティを抜けたいと言ってくるとしたら、たぶんこの国にいる間だろうって。昨日のクラトスの様子から、お友達と再会した事で彼の中に何か変化が起きたんじゃないかって思っていたから…。だからユアンの話を聞いた時も『ああやっぱり』って思ったわ。」
「ほう。」
「もちろんまだ実際にはそう言ってきたわけではないけれど、でももし本当にそうなったら笑顔で送り出すつもりでいた。私だってクラトスがいなくなってしまうのは嫌よ。でも私達の旅は先が見えない危険なものでしょう?無理強いはできない。もしクラトスがここでお友達と一緒にやっていきたいと考えたのなら黙って応援してあげるべきじゃないかって思ったの。それが私の出した結論だった。……昨日までは…。」
「へ?昨日まで?」
「あれやこれやとずっと考えている内にふと、昨日町へ行った時ちょっと気になる事があったのを思い出したのよ。クラトスの事で頭が一杯ですっかり忘れていたのだけれど…。」
「……もしかしてハーフエルフが当たり前のように人間と一緒に働いていたって事か?」
「そうか。ユアンも今日町へ行ったんだったわね。でもその事じゃない。それもあるにはあるけど、それよりも私が気になったのはブレスレット…。ユアンが見たハーフエルフもしていたでしょう?」
「ブレスレット?……さあ?気付かなかったな。」
溜め息をつくマーテル。
ユアンは普段からこういうファッション関係にはすこぶる無頓着だった事を忘れていた。なにしろ彼女が下ろしていた髪をアップにした時でさえ気付かなかったぐらいなのだから。
「で、そのブレスレットがどうかしたのか?ハーフエルフだけがしていたとか?」
「いえ、人間でもしている人はいたけど…」
「ならば単なる流行りなのではないか?」
「6角形のすごくごついやつなのよ。戦闘用の防具だと言うなら兎も角、私だったら普段のおしゃれにあんなものしようと思わないわ。初めて目にした時、なんだか手枷みたいで嫌な気分になったもの。」
「手枷?」
「ええ…。その事を思い出したら急に不安になってしまって。もしかしたらこの国には何かあるんじゃないかって…。そんなところにクラトスが仕官するなんて、素直に喜べなくなってしまったの。私の思い過ごしならいいんだけど…。ねえ、ユアンはどう思う?」
「ふーむ、手枷ねえ…。」
ユアンの頭にクラトスの言葉が浮かんでくる。
“この国には、人種を問わず罪を犯した者を皆更生施設へと送り社会復帰させる制度があるらしい。”
「……」
「どうしたの?急に変な顔をして。」
「変な顔とは失礼な!考えている顔に見えないか?」
「いいえ、全然。」
「……」
はっきりと言いきったマーテルを恨めしそうに見るユアン。
だがすぐに表情を改めると、
「いかんいかん。こんないじけている場合ではない。これはもしかしたらもしかするぞ!!……嗚呼、マーテル!君は何て素晴らしい女性なのだ!!よくぞブレスレットに気付いてくれた。さすが私の女だけの事はある!」
「はい?私の女?」
「よおし、早速調査だ。私の読み通りだとすれば、これでクラトスを思い止まらせる事ができるかもしれん。」
『ウオオオオ〜!』という雄叫びと共に飛び出して行くユアン。
マーテルはその姿を、ついに狂ってしまったのかと心配気に見送っていた。
それから数時間が過ぎた頃、夕日に染まる城を見上げているクラトスの姿があった。
彼はしばらくの間何か思案しているかのように難しい顔で佇んでいたのだが、やがて視線を目の前の城門に戻すと決意の表情でゆっくりと中へと入っていったのだった。
−つづく−