ユアン警部の事件簿





 一人の男が崖の上に立ち海を眺めていた。
 そこへ誰かがゆっくりと近付いてくる。
 その足音に振り返った男は目を細めると言った。
「遅かったな。こんな所へ呼び出して、一体どういうつもりだ。」
 しかしその問いかけに返事はなく…。
 その人物は物凄い速さで男に走り寄ると、やにわに男の足を掬い上げたのだった。
「!?」
 一瞬驚いたような表情を浮かべると、そのまま崖下へと転落していく男。
 謎の人物はその姿を崖の上から冷たい目でじっと見下ろしていた。


*****


 捜査一課のユアン警部はコートの襟を立てながら乗って来た舟から現場である岩場へと降り立った。
 この暑い時期にコートとはなんとも暑苦しい姿である。当然汗だくになってしまっていたが、刑事にコートは必須アイテムとの信条からユアンはこの恰好で通していたのだった。
 そんなユアンの姿を認めたクラトス刑事が急いで駆け寄ってくる。
「ご苦労様です、ユアン警部。」
「うむ。…で、被害者は?」
「こちらです。」
 ビニールシートがかけられた遺体の元へと案内するクラトス。
 ユアンはすぐ後ろにそびえる崖を見上げると眉をひそめ、
「あの上から落ちたのか?……それでは助からんな。」
「ええ…。」
 クラトスも沈痛な面持ちで頷くと、手帳を取り出し説明を始めた。
「発見したのは釣り人です。海で釣りをしていたのですが、午後1時頃に…これは監察医の死亡推定時刻と一致していますが、悲鳴のようなものが聞こえたような気がしたので辺りを見渡していたら、崖から何かが落ちるのが見えたそうです。それで不審に思って舟を近付けてみたら…」
「落ちたのは人間だったという事か。」
「ええ。そんなわけで、今のところ彼が唯一の目撃者となるわけなのですが、なにしろ遠目ですからね。残念ながら他には何も見えなかったようです。」
「結局崖の上で何が起こったのかまでは、まだ分からないという事か……まあ、それでも発見されただけ被害者にとっては幸運と言えるかもしれんな。」

 ここは切り立った崖下にある岩場で、時折押し寄せる波をもろに被ってしまう程に小さい。無論ここまで下りてくる道などあるはずもなく、警察関係者も海からボートで乗り付けるしかなかった。
 被害者が海ではなくここに落ちたのも奇跡なら、遺体が波にさらわれなかったのも奇跡なのである。

 ユアンは遺体の傍に膝をつくと、そっと手を合わせてからシートをめくった。
「ん?こいつ、どこかで見た顔だな。」
「警部…仮にも被害者に対して『こいつ』はないのでは?」
 クラトスは溜め息をつきながら再び手帳に目をやると、
「背広の内ポケットにレアバードの免許証(←免許制なのか?)が入っていたので被害者の身元はすぐに分かりました。リーガル・ブライアン。33歳。3年前に妻女を亡くし、以来、やもめ暮らしで家族はいないようです。最近注目を集めている急成長中の会社『レザレノ』の社長で、今や雑誌やテレビに引っ張りだこだそうですからね。それで警部も見た事があるのでしょう。」
「『〜だそう』という事は、クラさんも知らなかったのだな?」
 ユアンの鋭い指摘に顔を赤らめるクラトス。
「ええ。実はこの情報は…」

「俺が教えたんだよ。」

 現れたのはロイド刑事だった。
 刑事のくせにやけに目立つ赤い服がトレードマークで、少々頭は悪いがそこは有り余ったパワーでカバーしているという、まさに若さのみが取り柄と言える新人刑事である。
「……お前、来たのか?」
 来なくてもよかったのにとでも言いたげに、露骨に嫌そうな表情を浮かべるユアン。
「何言っているんだよ。捜査一課、期待のソープである俺が来なけりゃ意味ないじゃん。」

(別に誰も期待なんかしていないのだがな…。と言うか、ソープではなくホープだろう?お前は石鹸か!)

「実は俺さあ、前からこの人のファンだったんだよね〜。だから死んじまってすごいショック!俺の行きつけ(?)の遊園地もレザレノのだし。あそこのジェットコースター面白いんだよな。それとこの間発売された『肉球フニフニ♪』。猫の手のおもちゃなんだけど、マジ癒されるんだ。それに…」
 興奮したようにまだまだ話そうとするロイドをクラトスが遮った。
「ロイド、この際お前の趣味などどうでもいいのだ。それより頼んだ事はもうやったのか?」
「頼んだ事?クラさん、こいつに何か頼んだのか?」
「ええ。他に目撃者がいないかどうか、ロイドに当たらせていたのですが…。」
「そ〜ゆ〜こと。俺だって働いているんだぜ。でもやっぱ目撃者なんていなかったな。」
「そうか…。」

 まあこれは予想していた事ではあった。
 ここは観光地から離れているし、地元の者もこんな寂しい場所にくる事などほとんどないからだ。
 それでも一縷の望みをかけていたのだが…。

 がっくりと肩を落とすクラトス。
 そんなクラトスを見てユアンは励ますようにその肩を叩くと、
「まあまあ、クラさん。まだ捜査は始まったばかりじゃないか。被害者の身元が分かっただけでも大きな前進だ。会社の者に聞き込みすれば何か分かるかもしれんしな。焦らずいこうや。」
 クラトスにはそう言ったものの、ユアンはこの時、この事件は思っているよりずっと厄介なものになるのではないかと予感していた。

 現在躍進中の企業の社長の死か…。
 背後に何やら巨大な組織がうごめいているような気がする。(←いや、間違ってもそんな事はないから。)

 これは心してかからねば…と、ユアンはそびえ立つ崖に向かい、事件の早期解決を誓うのだった。





「社長が自殺?やだ、信じられな〜い。」
 ビューラーでくるりん睫毛にしながらコレットが言った。
 ここはレザレノ社の応接室。
 アルタミラにあるレザレノ本社へとやってきたユアン達は、まず被害者の秘書であるコレット・ブルーネルから事情を聴く事にしたのだった。
 そんな彼女に対しユアンは困ったような表情を浮かべると、
「いや、まだ自殺と決まったわけではないのだが…」
「え?だって崖から飛び降りちゃったんでしょう?……あ、そうだよね。やっぱあの社長が自殺なんて考えられないもんね〜。それじゃあ、事故?…って事もないか。慎重な社長がそんなドジふむわけないし。そうなると残るは他殺?キャ〜、こわっ!そっか〜、だから刑事さんが来たのか。」

(よくしゃべる女だな…)

 コレットは今度はマスカラを塗りたくりながら、
「ごめんね〜。今朝寝坊しちゃって化粧しないで出て来ちゃったから。……でもさあ、社長の事なんだけど、私としてはやっぱ他殺っていうのが一番しっくりくるんだよね〜。」
「おい、聞き捨てならない言葉だな。まあ、これだけ急激に伸し上がってきたのだから、当然恨みも買っているだろうが…。」
「ううん、外じゃなくて社内の事。」
「へ?」
「社長ってすごいワンマンでね。涙を呑んだ社員が一杯いるの。その上ムッツリスケベで、事あるごとに女子社員の胸やお尻をさらっと…。私も何度触られた事か。一度や二度なら笑って流す事もできるんだけど、毎日のように触られたんじゃさすがにね〜。」
「それで殺したのか。」
「え?……やっだ〜、おじさんったら!いくらなんでもそんな事するわけないじゃ〜ん。」
「お…おじさん?」
 思わず拳銃に手をやったユアン(※1)を慌てて押し止めるクラトス。そのままムスッと黙りこんでしまったユアンに代わって聴取を受け継ぐ。
「それで、その涙を呑んだという人なのだが名前は分かるだろうか?」
「そんなのいちいち覚えていないよ〜。ホント、一杯いるんだから。」
「そうか…………では、昨日のリーガル氏の行動なのだが、何故あのような寂しい所に行ったのかは分かるか?」
「ううん。それも分かんな〜い。あ、でも、シルヴァラント地方にいた理由なら分かるよ。確か社長が落ちた崖ってシルヴァラント地方だったよね?」
「うむ。ソダ島遊覧船乗り場から少し離れた所だが。」
「実は今度うちの社でシルヴァラント地方に支社を作るって話があってね。それで昨日から休暇に入る予定だった社長が旅行がてら視察してくるって事になったわけ。もっとも私は、どこに支社を置くつもりだったかとか詳しい事は知らないんだけどね。きっとそこが予定地だったんじゃないかな。」
「成程。それで昨日からシンフォニア地方へ…。」
「うん。昨日の8時ちょうどのあずさ2号に乗って旅立って行った。これは私とミトスさんが見送りに行ったから間違いないよ。」
「ミトスさん?」
「ミトス・ユグドラシル。商品開発部の人。あそこは社長直轄の部署で、特にミトスさんは社長のお気に入りだったから、よく一緒に動いていたんですよね。あ、でも昨日は一緒にいかなかったな?……ああ、仕事がらみと言っても休暇だったからか。社長、プライベートにはあまり社員を関わらせない人だったから。」
「ふむ…。」
「ねえ、もういいかな?私そろそろ仕事に戻りたいんだけど。これでも色々と忙しいんだよね〜。」
「ああ、すまない。」
 クラトスは謝りながらユアンの方に目をやったが、彼はまだむくれているのかそっぽを向いており、ロイドはロイドでいつもながらボーッと座っているだけ…。
 そこで二人からももう尋ねる事はないのだと判断したクラトスは、
「仕事中にすまなかったね。有難う、もう行っていいよ。あと悪いが次にミトスさんからも一応話を聞きたいから呼んで来てくれるかな?」
「は〜い、分かりました。」
 そそくさと部屋を出て行くコレット。
 それを見送るとユアンが言った。
「決まりだな。犯人はあの女だ。」
「はい?いやしかし……私は違うと思いますが?」
「い〜や、あいつが犯人に決まっている!!」

(何故に断定的?)

 呆気にとられるクラトスへロイドが耳打ちをする。
「おじさん呼ばわりされたからじゃねえ?」
「……」

(まったく…警部たるものが私怨にとらわれるとは情けない。)

 クラトスは溜め息をつくと、『年上に対する尊敬の念が足りない』とか『私は断じておじさんなどではない』とかブツブツ呟いているユアンに意見してやろうと思ったのだが、そこへノックの音が聞こえミトスが入って来たので開きかけた口を閉じた。





「ええ。確かに昨日の8時、コレットさんと二人で社長の見送りに行きましたよ。」

 ミトスは20歳を少し過ぎたぐらいの青年だった。
 緑色の瞳に金色の髪を肩まで伸ばしているのはコレットと同じだったが、あちらは可愛いという印象だったのに比べ、ミトスの方は少々冷たさを感じる。この若さでリーガルに重用されていただけあって頭は相当切れるようだ。もしかしたらそれが冷たい印象を持たせているのかもしれない。

「それでその後は会社へ?」
「いえ。コレットさんはそのまま出社しましたが、僕はフラノールの得意先と約束がありましたからそちらへ。そこに12時近くまでいて、昼食をとってから帰社しました。会社に着いたのは確か2時ぐらいだったかな。……あれ?もしかして僕、疑われています?」
「いや、コレットさんの証言の裏付けの為にお尋ねしただけです。」
「そうですか。ならいいんですけどね…。言っておきますけど、僕は社長を人生の師と思い尊敬している。今の僕があるのは、社長のおかげなんだ。それなのに殺したりするわけないじゃないですか。……僕なんか疑っている暇があったら、もっと他に調べるべき人物がいると思いますけどね。」
「ほう?それは?」
「ゼロス・ワイルダーと言う、社長の腹違いの弟ですよ。あまり人の事を悪く言いたくはないんですが、これがとんだ遊び人でね。社長からメルトキオに屋敷を与えられ生活費も貰っているというのに、その上によく小遣いをせびりに来てました。まったく、ダニのようなやつですよ。」

(悪く言いたくないとか言いながら、ボロクソにけなしているな…。)

 だが腹違いの弟がいたというのは初耳だった。
「分かりました。そちらも当たってみましょう。貴重な情報を有難うございました。」
「ホント頼みますよ。ちゃんと犯人捕まえてくださいね。」
 『バタンッ!』と凄い音をたてて扉を閉め、出て行くミトス。

「どうやら怒らせてしまったようだな。犯人扱いしたつもりはないんだが…。」
「ただの癇癪持ちじゃねぇ?エリートっていうのは気難しいからな。気にする事ねえよ。」
 するとユアンが言った。
「決まりだな。犯人はあいつだ。」
「はい?……警部の推理ではコレット女史が犯人ではなかったのですか?」
「い〜や、犯人はあのミトスで間違いない。どうもエリートってやつは気に食わん。」

(気に食わんって……あなたの好き嫌いで犯人にされたのではたまったものではないでしょう?)

 クラトスは溜め息をつくと立ち上がった。
「どうした?座り過ぎで尻が痛くなったのか?」
「違いますよ!!被害者の腹違いの弟と言う、ゼロス・ワイルダーに会いに行くんです!」
「これからメルトキオまで行くのか?面倒臭いな…。明日にしないか?(←早期解決を誓ったのではなかったのか?)」
「何を言っているのです。レアバードを使えばすぐでしょう。ほら、行きますよ。」
 愚図っているユアンの腕を掴み無理矢理立たせるクラトス。
「分かったよ。行けばいいんだろう、行けば!」

 こうしてユアン達は、次にメルトキオへと向かったのだった。





「兄貴は実にいい奴だったよ。他人から恨みを買うなんて考えられない。かと言って自殺する理由も思い当たらないし……てコトは事故かね?」
 
ゼロス・ワイルダーは、チャラチャラした雰囲気の男であった。ミトスは彼の事を『遊び人』と称していたが、まさにその言葉がぴったりと当てはまる。
 年はミトス青年よりも2つか3つ上ぐらいだろうか。始終人を食ったような笑みを浮かべており、腹の中では何を考えているのか分からない。正直ユアンが一番嫌いなタイプの男であった。

 そんな感情を露わにしてぶっきらぼうに答えるユアン。
「そのあたりの事はまだ調査中だ。」
「あっれ〜。気に食わないな、その上からの物言い。もしかして官憲の横暴ってやつ?」
 再び拳銃に手をやったユアンを慌てて押さえるクラトス。
 ゼロスは肩をすくめると、
「あんたら俺を疑っているようだけど、それは見当違いってもんだぜ。これでも俺は兄貴が好きだった。殺したりはしない。それに俺にはアリバイがある。」
「アリバイ?」
「実は一昨日ちょっと飲み過ぎちゃって豚箱入りしちゃったんだよ。しかも酔った勢いで、駆け付けてきた警官に暴行振るっちゃってさ。昨日は夕方までこってりと油を絞られていたってわけ。一緒だった友人に聞いてもらえれば分かるよ。いや、警察に聞いた方が早いかな。どう?これ程確かなアリバイはないっしょ?」
「……」
「それより俺はミトス・ユグドラシルの方がよっぽど怪しいと思うけどね。」
「ミトス・ユグドラシル?何故彼がそこに出てくるのです?」
「だって兄貴はあいつをクビにしようとしていたんだから。」
「!!」
「あれ?また疑ってる?でも嘘じゃないぜ。俺よかあいつの事を調べた方がいいと思うけどね。」
「……」




 ゼロス邸を後にした三人は、その足で警察署に確認に行ったのだが、ゼロスの言った事は本当だった。
「どうやら彼は今回の件に関係ないようですね。」
「い〜や、やつが犯人に決まりだ。あの顔はどう見ても犯人って顔だ!」

(今度は顔で決めるのかいっ!?)

「しかし彼にはこれ以上ないぐらいのしっかりとしたアリバイが…」
「なにかトリックがあるに違いない。」
「警察に捕まっている人間がどこをどうトリックするんですっ!!」
「やはり無理か?」
「当たり前でしょう!……それより私はミトス・ユグドラシルの事が気になるんですがね。」
「あのクビにしようとしていたって話か?なんか眉唾っぽいがな…。秘書のコレットも知っている様子はなかったし、そう言っているのはあのニヤケ男だけだろう?自分から嫌疑をそらす為の出まかせじゃないか?」
「それでも一応調べてみる価値はあるかと。」
 そこへロイドが口を挟んでくる。
「でもさ。あいつ、12時までフラノールにいたんだろう?それから特急あずさに乗ったところで1時に殺人現場に行くなんて不可能だぜ。それに2時には会社に戻っていたって言うし。」
「いや、それなら別に…」

「よし!実際にあずさに乗ってみようではないか!!」

 驚いてユアンを見るクラトス。
「え?…いやしかし…無駄だと思いますけどね。」
「何を言っているのだ、クラさん。乗ってみればやつのトリックを崩せるかもしれんだろう。」
「ですから、そもそもトリックなんて…」
「よし!善は急げだ。明日の正午にフラノールに集合し、あずさに乗り込むとしよう!これぞトラベルミステリーの醍醐味!!」
「よっしゃ〜!楽しみ〜♪」
 肩を組み、張り切って歩きだすユアンとロイド。
「いや、だから…ちょっと待って…」
 慌てて引き止めようとするが、二人はどんどんと行ってしまい…。
 クラトスは天を仰ぐと、仕方なく二人の後を追ったのだった。


−つづく−




※1 現実では刑事が拳銃を携帯するのは上から許可が出た時だけで、常時所持しているわけではないようです。