ユアン警部の事件簿





 翌日、ユアン達はフラノール駅にて待ち合わせ、あずさに乗り込んだ。

 特急あずさ号は、海底トンネル等最先端の技術を駆使し造られた、このシンフォニア世界唯一の鉄道である。一日4本の列車が4時間半間隔でテセアラ地方のアルタミラからシルヴァラント地方のトリエットまでを往復しており、これに乗れば少々時間はかかるがテセアラ地方とシルヴァラント地方の主要都市をほぼ一周する事が出来る。
 当初、短期間で移動出来るレアバードが普及しつつある昨今、このような乗り物を造ったところで利用者などいないのではないかと危ぶむ声も聞かれたが、実際に運行を始めてみれば、景色を楽しみながらのんびりと旅行をしたいという人達や新しい物好きの若者達、好奇心旺盛な子供達等々、予想外の広い年齢層に受け、今では休日には切符を手に入れるのも困難な程に多くの愛好者に支持されている。


「特急あずさ号、間もなく発車致します。」
 発車ベルが鳴り響き、列車が静かにホームから滑り出て行く。
「お!?動き出したぞ!」
 徐々に離れて行くホームを車窓から眺めながら興奮したように叫ぶロイド。
 その様子を眺めていたクラトスは苦い表情を浮かべると、
「騒ぐな!みっともない。子供の遠足ではないのだぞ。公共の場では静かにするよう親から言われなかったのか。」
「ちょっとぐらい、いいじゃんよ。クラさんみたいに何に対しても無感動よりかはずっといいと思うけど。」
「何だと!」
「まあまあ二人とも。記念すべき門出に喧嘩などするものではない。なかよく行こうではないか。クラさんもいちいちそう目くじらをたてるな。」
「……って、そういうあんたは何をやっているんです?」
「ん?記念撮影だが。小さくなってゆくフラノール駅。感動的な絵ではないか。」
 そう言ってカメラでパチパチやっているユアンを見て、クラトスは頭を抱えた。

(警部…。結局あんたもロイドと同じく観光気分だったのかい!)

「ところでクラさん、昨日は急にいなくなってしまってどうしたのだ?」
「そうだよ。あれから俺達二人で切符を買うのに並んだりして大変だったんだぜ。」
「申し訳ありません。ちょっと調べたい事があったものですから。」
「調べたい事?困るなあ。そういう事は上司の私にちゃんと言ってもらわないと。」
「何度もいいましたよ!!それなのに警部が今日の出張の事で浮かれていて全く聞いていなかったのではないですか!」
「そうだったっけかな?…そう言えばミトス・ユグドラシルの事が気になるといっていたな。それを調べていたのか?」
「いえ。彼に限らず関係者全員を。出身地とか交友関係とか色々とね。もちろんリーガル氏がミトス・ユグドラシルをクビにしようとしていた件も調べましたよ。しかし人事はおろか社内では誰も知っている人はいませんでした。」
「やはりゼロス・ワイルダーが嘘をついていたという事か。」
「いいえ、そうとも言えません。なにしろリーガル氏というのは石橋を叩いてもなお渡らないと言われるほどの用心深い人だったようで、何事もいつもぎりぎりまで社員には言わなかったようですから。」
「そうか…。ではいよいよこれの出番というわけだな。」
 ユアンは荷物をがさごそ掻き回すと、分厚い本を取り出してきた。
 それを見て目を丸くするロイド。
「げっ!何それ?電話帳?」
「フ…。これは時刻表だ。トラベルミステリーに時刻表は必需品だからな。昨日本屋で買っておいたのだ。無論領収書をもらってな。(←そんな事はどうでもいい)見ていろよ。これでミトス・ユグドラシルのアリバイを木っ端微塵にしてやるぞ。」
「へ〜、あいつが犯人で決まりなんだ?」
「他にそれらしき人物がおるまい。(←適当)」
「成程ね。……そっか、アリバイ崩しか。なんだかワクワクするな。これぞ刑事って感じ?」
「フッフッフッ。そうだろう、そうだろう。」
 ユアンはロイドの反応に満足気に頷くと、早速時刻表を開いたのだが…。
「ほよ?何だこれは。時刻が載っているのは最初の1ページだけで、あとは広告ばかりではないか!」
「あれ?ホントだ。しかもその1ページもスカスカじゃん。昔絵本で読んだ(?)北村今日太郎の小説ではもっとびっしりと書かれていたような…。」
「落丁しているのだろうか?」
 首を傾げる二人。
 その様子を眺めていたクラトスは溜め息をつくと、
「そんなのは当たり前だろう。最初の説明を聞いていなかったのか?」
「え?」

“特急あずさ号は 〜 このシンフォニア世界唯一の鉄道である。”
一日4本の列車がアルタミラからトリエットまでを往復しており 〜 ”

「……」
「……」

「分かったか。一つの路線を4本の列車が往復しているだけなのだから、ビッシリ書き込まれていないのも道理な話であろう。他に列車がないのでは乗り継ぐ事など出来ず、後から前の列車に追い付くなど不可能。つまるところ、この世界に時刻表トリックなど存在しないんだよ。」
「ちょっと待てよ。じゃあ、北村今日太郎はどうやって小説書いたんだよ。」
「あれは空想SF小説なのだ。(←これまた適当)」
 ロイドの質問にさらりと答えたクラトスに、今度はユアンが噛みついた。
「しかしそれではミトスのアリバイを崩しようがないではないか!やつの犯行でないなら犯人がいなくなってしまう。」
「ですから彼の場合、最初からアリバイと呼べるものではなかったのですよ。」
「どういう意味だ?12時にフラノールにいた人間が1時に殺人現場に行く事など出来ないのだぞ。立派なアリバイではないか。」
「確かに列車を使ったのでは無理でしょうね。ですがこの世の中にはレアバードという便利な物があるではないですか。」
「あ…」
「列車は陸上を山などの障害物を大きく迂回しながら走っているから時間が掛かるが、レアバードなら空から一直線に現場まで行く事が出来る。12時から2時まで2時間。それだけあれば、あの崖でリーガル氏を殺害し、アルタミラに戻ってくる事も十分可能でしょう。」
「……」
「もちろんこれは彼にも犯行が可能であるという事の証明だけで、犯人である証拠ではありません。ですからこの列車に乗るなんて無駄な事をしている暇があったら、もっと他の観点から捜査をした方がいいと思うのですが。」
「それならそうと早く言ってくれれば…」
「昨日ちゃんとそう進言しましたよ。それを警部が即座に却下したのではありませんか。理由を説明しようとしても聞く耳を持たず、とっとと行ってしまうし。」
「……」
「どうします?次の駅で降りて戻りますか?このまま乗っていても無駄に時間が過ぎるばかりでしょう。」
「う〜ん…。しかし折角巷で評判の列車に乗ったというのにもったいないよな。もうすぐ海底トンネルにも入るのだろう?」
「ちょっと警部、そんな事を言っている場合じゃ…」

 するとそこへ
「すみません。乗車券を拝見いたします。」
「え?乗車券?」
 見上げればいつの間にやら傍らに車掌が立っており…。

(そう言えば検札がまだだったか…。)

 乗車券はクラトスが三人分まとめて持っている。
 ユアンは以前証拠物件を落とした事があったし、ロイドはロイドで落としはしないものの大切にするあまりしまった場所を忘れてしまう可能性があり、二人に預けるには心許無かったからだ。

 クラトスは鞄から乗車券を取り出すと、車掌に渡した。
 車掌は笑顔で受け取り確認すると、
「お友達同士でご旅行ですか。」
「ええ。まあそんなところです。」
 何もこんなところで刑事だと公表する事もないだろう。
 クラトスはそう考えて曖昧な笑顔でそう答えたのだが…。
「おいおいクラさん、いい加減な事を言っては困るなあ。我々は物見遊山に来たわけではないだろう。(←あんたがそれを言うか?)」
 突然クラトスを押し退け車掌の前に躍り出てくるユアン。
「何を隠そう、我々は捜査の為にやって来たのだ!」
「!!…って、ちょっと…そんな事をペラペラと…」
 車掌は胸を張っているユアンと慌てているクラトスを見比べ、
「捜査って……お客さん、警察の方なので?」
「オ〜、イエ〜ス!あいあむぽりすまん!」
「ではもしかして一昨日会社社長が転落死したとかいう事件で?」
 この言葉にクラトスは「え?」という顔で車掌を見ると、今度は彼がユアンを押し退け前に出た。
「ちょっと待って下さい。何故その事件だと思うのです?」

 一口に事件と言っても色々ある。殺人、強盗、放火、詐欺等々、新聞に載った事件だけでも一日10件以上はあるだろう。そんな中から何故リーガル氏の転落死をあげてきたのか?

「そりゃあ、あずさに乗っていたお客様が亡くなられたのですから気になりますよ。そこへ刑事さんでしょう。だからてっきり…。」
「しかしその事はまだ伏せており報道されていないはず。それなのに何故あなたは被害者がこの列車に乗っていた事を知っているのです?」
「え?報道されてない?そうだったのですか?いや、でも私は…」

「そうか、さては貴様が犯人だな!!神妙に縛に就け!」
「!!…い、いや、そんな滅相もない…」

 クラトスは再びしゃしゃり出てきたユアンを殴り飛ばして黙らせると、オロオロとした様子の車掌を安心させるように微笑みを浮かべ言った。
「大丈夫ですよ、別にあなたが犯人だとは思っていませんから。それで今、何を言おうとしたのですか。」
「あ、は、はい……その…私が知っていたのは、あの日、亡くなった社長さんが乗っていた列車に乗務していたからなのです。」

「「「!!」」」

 この車掌の爆弾発言に、クラトス、ユアン、ロイドの三人は同時に目を見開いた。
「なに〜いっ?それは本当か!?」
 車掌の首を締めあげるユアン。
「く、苦しい…ほ、本当ですって。」
「一昨日のアルタミラを8時ちょうどに出た列車だぞ?間違いないのだな。」
「そ、そうですよ。ま、間違いありませんって!」
「聞いたか、クラさん!」
 ユアンは車掌を放すと、クラトスを振り返り叫んだ。
「やはり実際に乗ってみるものだろう?これで被害者が8時ちょうどのあずさ2号で旅に出た事が分かったではないか!」
「それは前から分かっていた事なんですが…(てか、今さっき自分でもそう言っていたでしょうに)。しかし車掌。平日と言っても乗客は結構いたはず。それなのによく覚えていましたね。そんなに印象的な人物だったのですか?」
「いえ、実は私が検札に来た時、ちょうどあの社長さんの携帯が鳴りましてね。それで電話なら他のお客様の迷惑になるのでデッキの方でお願いしますと言ったのです。」

「成程!それで『うるせーぞ、馬鹿野郎!』と殴られ恨みに思い、崖から突き落と…」

 今度はロイドがユアンを蹴り飛ばして黙らせる。
 車掌は困惑した表情を浮かべると、
「確かにそういうお客様も稀にいらっしゃいますよ。でもあの社長さんはすぐに『すまない』と謝られると、デッキへ出て行きました。」
「そんな事があったから覚えていたわけですね。」
「まあそれはそうなんですが、それだけではないんで…。」
「と言うと?」
「ええ。……その後、私が検札を終えてデッキへ出てくると、ちょうど社長さんも電話を終えたところだったんですが、そうしたら社長さん、こう尋ねてこられたんですよ。『凹の崖とはどこにあるのか?』と。」
「凹の崖?」
「社長さんが落ちたあの崖の事ですよ。地元の者はそう呼んでいるんです。なんでも、昔あの辺りで権力の掌握をめぐって凸家と凹家という二大貴族が戦をしたそうで、結果、凸家が勝利。敗れた凸家は敗走の末、一族郎党あの崖から身を投げて滅んでしまったそうなんです。」
「それで『凹の崖』ですか。それは初耳でした。」
「当然ですよ。私もパルマコスタ出身の知り合いに聞いて初めて知ったのですから。なにしろあそこは他に何もなく寂れた所ですから、観光客が訪れる事はまずない。あの崖が凹の崖と呼ばれていると知っているのは地元の人ぐらいなんですよ。それを、どう見てもテセアラの都会育ちとしか思えないあの社長さんの口から聞いたものですから、印象に残っていたんです。」
「成程、そういう事でしたか。……それでそれからリーガル氏は?」
「パルマコスタで降りていかれましたよ。本当はトリエットまでの切符をお持ちだったんですがね…。」
「急遽予定を変更し、途中下車したという事ですか…。」
「はい、そうです。」
「…分かりました。どうもお仕事中にお引きとめしてすみません。色々と教えて下さり有難うございました。」
「いいえ。それでは…」

 車掌が仕事に戻って行くと、腕を組んで考え込んでしまうクラトス。
 そんな彼にユアンが言った。
「決まりだな。リーガル氏に電話をかけてきた人物、それが犯人だ!……って、何だその目は。」
「いえ。警部も稀に正しい推理をするのだなと。まあ、ド素人でも辿り着く結論ではありますが。」
「……」
「それともう一つ分かった事が。車掌が言っていましたよね。あそこが凹の崖と呼ばれている事を知っているのは地元の人間だけだと。私が調べたところ、ゼロス・ワイルダーはテセアラ地方のメルトキオ出身だし、コレット・ブルーネルはシルヴァラントではあるが現場からはかなり離れた位置にあるイセリアの出身。車掌の言葉をそのまま当てはめるとすると、二人は除外される事になる。」
「…残るミトス・ユグドラシルはどうなのだ?」
「彼はパルマコスタの出身です。」
「!!ではやはりやつが犯人か!」
「私も彼は限りなくクロに近いと思っています。ゼロスは警察に捕まっていたという確固たるアリバイがありますし、コレットはコレットで始業時刻の9時には自分の席についていたという同僚の証言を得ています。空白の時間があるのは彼だけですから。」
「よし!やつを逮捕しよう!!」
「ちょっと待って下さい。今の状態では逮捕は難しいかと。」
「何故?だってやつはパルマコスタの出身なのだろう?電話をかけてきた人物とピッタリ符合しているではないか。」
「だとしても出身地だけではどうにもなりません。地元の人間全てがあの崖の名を知っているとは限りませんし、『知らない』と言われればそれまでですからね。彼が犯人だという確たる証拠がなければ逮捕は難しいでしょう。」
「ならば着信履歴はどうだ?」
「一応調べてみる価値はあると思いますが、恐らくあまり当てにはならないでしょう。公衆電話を使えば人物の特定までは出来ませんからね。」
「う〜む…」
 するとロイドが、
「ところで、リーガル氏の持ち物の中に携帯なんかあったっけ?」
「そう。それが問題なのだ。列車で電話を受けているのを目撃されているのだから当然持ってなければおかしいのだが、あの現場には携帯どころか旅行鞄さえ落ちていなかった。まさか手ぶらで旅行するとも思えんしな。墜落した時に荷物だけ海に落ちたのか、犯人が海に捨てたのか、それとも…。」
 再び考え込んでしまうクラトス。
 しばらくしてようやく顔を上げると言った。
「パルマコスタへ行ってみるか。やはり被害者の足取りを追うのが解決への一番の早道のような気がします。」
「おお!そうだな。ではこの列車で…」
「いいえ。次の駅で降りてレアバードを使います。時間がもったいないですから。」
 そう言って荷物の整理を始めるクラトス。ロイドもそれに倣う。
 しかしユアンだけは難色を示した。
「どうしても降りなければならんのか?海底トンネルだけは次の駅に着くまでに体験出来るものの、ミズホのみそおでんも食べてみたいし、それに…」
「でしたら警部だけ列車でどうぞ。」
「!!……ば、馬鹿を言うな。もちろん私も降りるさ。一人では淋しいではないか。
 クラトスの殊更な冷たい仕打ちに、ユアンは未だ不満そうながらも、慌てて自分も荷物を整理し始めたのだった。


−つづく−