ユアン警部の事件簿





 パルマコスタはこのシルヴァラント地方の中で最も大きな都市である。ワインなどの名産品もあり、鉄道が出来る前から多くの観光客が訪れていた。

「それにしてはホテルの数が少ないな。建設中のホテルは結構あるけど。」
 キョロキョロと見回しながらロイドが呟くと、クラトスが言った。
「昔はこれでも間に合っていたのだろう。レアバードがあればどこにでも日帰りで行く事ができるから宿泊する必要もない。だが鉄道が通った事でのんびりと旅をする客が増え、状況が変わってきた。」
「それで慌てて宿泊施設を建設しているってわけか。あ、でも、これじゃあ予約もなしに突然フラリとやって来た人はあぶれちゃうよな。リーガル氏はどうしたんだろう?」
「そんな時の為にあれがある。」
 そう言ってクラトスが指さした先にあったのは観光案内所だった。



「ああ、この方ならよく覚えています。」
 案内所のカウンターにいた女性 ― ショコラは、クラトスにリーガルの写真を見せられると笑顔でそう答えた。
「ホテルに空きがなくて困っているとの事でしたので、旅館を紹介したんです。」
「何と言う旅館ですか?」
「『さざ波旅館』ですが…。もしかしてこれから行かれるのですか?ちょっと不便な所なんですけど。」
「不便?」
「ええ。交通手段としてはソダ島行きのバスに乗って行けばいいんですけど、山の上にあるので停留所を降りてから延々と山道を歩いていかなければならないんです。レアバードでも乗り付ける場所がないので、やはり歩かなければならなくて…。でも家庭的な雰囲気でとてもいい旅館なんですよ。それが気に入って毎年やって来るお客様もいらっしゃるぐらいですから。」
「歩くのか?しかも山道を?」
 途端に嫌そうな表情を浮かべるユアン。
「なんでしたら、馬車で迎えに来てもらいましょうか?この写真の方の時もそうしたんです。」

(歩かなくて済むのならぜひともそう願いたい。)

「いえ。歩くのは慣れていますから、お気遣いな…」
「よろしく頼むっ!!」
 ユアンは断ろうとしたクラトスを押し退けると、そう叫んだのだった。


 しかし三人は結局山道を歩く事になった。
 ショコラが旅館に問い合わせてはくれたのだが、馬が定期健診中(?)との事で迎えにはいけないと言われてしまったのだ。
 ぶつくさと文句を言いながら歩くユアンをしんがりに山道を登って行く三人。
 そんな調子で40分ほど歩いた頃、ようやく一軒の小屋が見えてきた。
「お!あそこか?ふぃ〜、やっと着いたみたいだな。……てか、げっ!物凄いボロ家!」
「ロイド!そんな言い方、失礼だろう。せめてわびさびがある家と言いなさい!」
「だってさ、建っているのが不思議なぐらいの小屋じゃんか。」
「だから、そういう事を言うなと言っているだろうが!」
 口を尖らせているロイドをたしなめ、玄関へ向かうクラトス。
「ごめんください。」
 うす暗い奥に向かって声を掛けると、少ししておばあさんが出てきた。

「うわっ!顔にさざ波!!だから『さざ波旅館』って言うのか?」
「私としては『おいなみ旅館』って名前の方がよかったと思うのだが?」

 クラトスは回し蹴りでロイドとユアンをすっ飛ばすと、
「失礼しました。突然にすみません。私は…」
「警察の方ですね。ショコラちゃんから連絡をもらいました。この旅館の女将をしております、ファイドラと申します。まあ女将と申しましても、私とおじいさんの二人だけでやっている小さな旅館のなんですけどね。山道を歩いて来られて、お疲れになったでしょう?ささっ、どうぞお上がりください。」

 女将の部屋へ通されたクラトス達は出されたお茶を飲んで一息つくと、ファイドラにリーガルの写真を見せた。
「ええ、ええ。確かに一昨日、うちにお泊まりになりました。この方、お亡くなりになったんですってねえ。さっきショコラちゃんから聞いて、びっくりしてしまって。」
「ご存知なかったのですか?この辺りで死亡事件なんて珍しい事だと結構騒がれていましたし、新聞にも載っていたのですが。」
「なにしろこんな山の中にいるものだから、世間の噂がなかなか届きませんでね。それに年をとると細かい字をみるのが億劫で、新聞もほとんど読まないんですよ。」

(道理で警察に何も連絡がなかったわけだ。)

「それでこの男性なんですが、こちらに着いてから何をしていましたか?」
「いえ、特に何も。荷物を置いてすぐにまた出掛けられました。なんでも人と会う約束があるとかで…。そこで麓まで馬車でお送り致しました。」
「麓まで?」
「ええ。なんでも、まだ約束の時刻まで間があるからこの先は散歩がてら歩いて行くと仰ったようで。」
「成程…。それで彼の荷物なんですが、まだこちらに?」
「はい、部屋の方に置いたままになっております。あれから戻っていらっしゃらないから変だなとは思っていたのですが、まさか亡くなられたとは思わなかったもので…。ご覧になりますか?」
「ええ。お願い致します。」
「かしこまりました。少々お待ち下さい。」
 ところがしばらくしてファイドラは首を傾げながら手ぶらで戻って来たのだった。
「どうかしたのですか?」
「それが見当たらないのですよ。昨日掃除した時には確かにあったのに…。」

「「「!!」」」

「他に無くなった物は?」
「それが他には何も…。もしかして泥棒に入られたのかと思って慌てて、台所に置きっぱなしにしてあった私の財布や金庫の中の物も調べたのですが、そちらは無事でした。変ですねえ…。」
「それでは無くなったのはリーガル氏の荷物だけ?」
「ええ。」
 顔を見合わせるクラトス達。
「一足遅かったようだな。」
 用心深いリーガル氏の事だから何か手掛かりを残しているのではと思ったのだが、どうやら犯人の方が一枚上手だったようだ。
「だがクラさん。これで自殺の線は消えたな。自殺なら被害者の荷物をわざわざ盗む必要もない。やはりリーガル氏は殺されたって事だ。」
「でもどうするんだよ。現場には何も残ってない、目撃者もいない、被害者の持ち物もないじゃ、もう調べようがないじゃんか。このままじゃ完全犯罪になっちまう。」
「ロイド。この世に完全犯罪など存在しない。いや、させてはならんのだ。」
「でも…」

 考え込むクラトス。
 携帯が見付からなければ、そこから着信履歴を辿るのは不可能。
 リーガル氏の荷物が置いてあった部屋を調べても、頭のいい彼の事、恐らく何の証拠も残してはいないだろう。

「それでも一つ一つ調べて潰して行くしかないか…。」
 クラトスがそう呟いた時だった。一人の老人が突然ふらふらと戸口に姿を現したのである。
 そのあまりに不気味な登場に、びっくり仰天するユアン。
「!!おのれ出たな、物の怪!」
 思わず拳銃に手をかけた所をファイドラに蹴り飛ばされる。
「な、何をする、ババアッ!」
「あ…すみません。つい…。でも違うんですよ。これはうちのおじいさんで、アルテスタと言う者なんです。…おじいさん、こちら警察の方。ショコラちゃんから連絡があったでしょう。」
「ああ、この方々が。これはすみませんでしたのう。驚かせてしまったようで。」
「それでどうしたんです?」
「いやな、婆さん。今馬車を掃除していたんじゃが、こんなもんを見付けてな。この間のお客さんの忘れものだと思うんじゃが、一体何なんじゃろうな、これ。」
 そう言ってアルテスタが差し出した物を見て、クラトス達は目を見開いた。
 なんとそれは、あれほどまでに探し求めていた携帯電話だったのである。




 翌日、ユアンはミトス・ユグドラシルに任意同行を求めた。

「で、何で崖の上なんです?普通、署に連れて行くでしょう。」
「何を言っている。サスペンスの解決編と言えば崖の上だろう。演出は大切にせねばな。」
「……」

「どうでもいいけど、早くしてくれないかな。」
 そんなユアン達に苛々したように叫ぶミトス。
「おお、そうだった。待たせてすまなかったな。では始めるとするか。ズバリ!リーガル・ブライアン氏を殺したのはお前だろう?」
「これはまた随分とストレートな質問で…。ではこちらもストレートに答えるよ。僕はやってない。
「この期に及んでまだ惚ける気か。」
「そんな事言われたって、やってないものはやってないと答えるしかないでしょう。」
「全て白状した方が身のためだ。故郷のおっかさんも悲しむぞ。」
「あの、警部…。彼の母親は彼が生まれてすぐに亡くなっています。」
「うん?そうだったのか?それなら…」
「一応補足しておきますが、父親ももういませんので。」
「くっ…………な、ならば、天国の両親が悲しむぞ!」
 ミトスは鼻で笑った。
「そんな時代劇みたいな台詞で僕が泣きながら罪を認めると思っているの?頭の古いおっさんは困るね。」
「お、おっさん!?」
 拳銃に手をかけたユアンをロイドが慌てて止める。
 そして今度はクラトスが代わりに進み出ると、
「ユグドラシルさん。あなた、随分自信がおありのようだ。我々にあなたは逮捕できない…そう思っている。」
「当たり前でしょう。だって僕はやっていないのだから。それとも何か証拠でもあるの?犯人は僕だと社長が書き残していたとでも?」
「いいえ。たとえそんな物があったとしても、リーガル氏の鞄が何者かに持ち去られてしまい確かめようがありません。」
「へ〜。そりゃあ間抜けな話だね。あ、もしかしてそれも僕の仕業だと思ってる?」
「ええ。あなたがやったとしか考えられませんから。」
「酷いなあ。僕、殺人犯の上に泥棒にされちゃうんだ?」
「あなたのその自信、証拠は何もないと高をくくっているからですね。そう思うのも尤もな事だ。現場には何も残されておらず、被害者の持ち物も処分されてしまっては、もう我々は手を上げるしかない。あなたの犯罪は九割方成功したと言ってもいいでしょう。ですがあなたは一つだけミスを犯した。」
「え?」
「あなたは鞄を処分した事でもう手掛かりなど何もないと思っているようだが、ちゃんと残っていたんですよ。これがね。」
 そう言ってクラトスが取り出した物を見て、ミトスは僅かに顔色を変えた。
「そう。あなたも見覚えがあるはずだ。これはリーガル氏が使っていた携帯電話です。旅館の馬車の中から見付かりました。用心深いリーガル氏は万一の時の事を考え、これだけ別の場所に隠しておいたんですよ。」
「だ…だから何だと言うんだ。それの着信履歴に僕の番号が残っていたとでも?」
「それはあなたのほうがよく分かっているでしょう?あなたは公衆電話から電話した。だからあなたの番号が残っているわけがない。現に最後の履歴には公衆電話とあります。」
「だったらそんなもん、証拠にならないじゃないか!」
「いいえ。リーガル氏はちゃんと残しておいてくれたんです。これ以上ないという確実な証拠をね。」
 その言葉が終わるか終らない内に携帯から声が流れ始める。

『社長、僕です。』
『ミトス君か?一体どうしたんだね。』
『お話したい事があるんです。これから会って頂けませんか。』
『解雇の件ならもう…』
『いいえ。その事ではありません。実は今度発売予定の新商品の情報が他社にもれた疑いがありまして。』
『何!本当か!?』
『ええ。それで出来れば内密に相談致したく…。』
『うむ。ではトリエットの宿で…』
『いえ、建物の中では盗聴される可能性があります。外がいいかと。』
『外?…いや、しかし…』
『ソダ島遊覧船乗り場から少し行った所に凹の崖というのがあります。ほとんど人が訪れる事のない寂れた場所なのですが、そこなら盗聴の心配はないと思うのですが。』
『…………分かった。』
『ではそこに1時に。』

「録音していたのか…。」
 唇を噛み呟くミトス。
「ええ。リーガル氏が用心深い事はあなたも知っていたはずだ。録音する事ぐらい予想するべきでしたね。」
「成程。これ以上ない証拠ね…。確かにこれではもう言い逃れは出来ないね。潔く認めるよ。そう…僕が社長を殺したんだ。」
「しかしどうしてなのです?それが未だに私には分からない。あなたの事は調べさせてもらいましたよ。生まれてすぐに母親を亡くし、その数年後には父親も失踪。あなたは村長だった伯父さんに育てられた。その伯父さんともうまくいかず、13の時に村を飛び出し、その数年後に今の会社に入社…。
 あなたは順調に出世コースを歩んできた他のエリートとは違う。必死に努力を重ね、今の地位まで上ってきた、言うなれば努力の人だ。それもみな、入社以来色々と便宜をはかってくれたリーガル氏への恩返しの為。彼も若い頃相当苦労してきた人だったから、あなたに昔の自分を重ねていたのでしょうね。だからあなたにとってリーガル氏は恩人であり、尊敬する人物だったはず。その彼を何故?」
「フ…よく調べたね。そうさ。僕は社長を尊敬していた。僕に居場所を与えてくれた社長を。」
「居場所?」
「僕が伯父の村を飛び出したのは、あそこが排他的な村だったから。母はあの村の生まれだったけど、父はよそ者だったんだ。だから村人は僕達一家に冷たかった。父は自らの意思で失踪したわけじゃない。あいつらに追い出されたんだよ。僕はあんな所にいたくなかった。それで家出同然に飛び出したんだ。その数年後にリーガル社長に出会った。」
「そしてあの会社があなたの居場所になった。」
「そう。初めて得た居場所。でもそれは僕の勘違いだった。社長はただ僕を利用しただけだったんだ。知ってる?遊園地のジェットコースターや、この間発売された『肉球フニフニ』、あれ、僕のアイデアなんだよ。他にも売れた商品はみんな僕のアイデア。でも一度だって僕の名前は表に出た事はなかった。み〜んな社長のお手柄。図面の設計者の名前も全部社長の名前に書き換えられて…。でもそれでもよかったんだ。居場所さえあれば僕はそれでよかった。なのに…」
「解雇の話が出た…。」
「これだけ会社が大きくなれば、もう僕は必要ないんだってさ。散々使ってポイだなんて酷過ぎると思わない?」
「それで殺したのか?」
「そうだよ。僕は僕の居場所を失いたくなかった。あの会社をクビになったら僕はどうすれいい?どこへ行っても疎まれる。心を開いても受け入れてもらえなかった僕はどこへ行けばいい?」

「だったらあの会社にいればいい!」

 叫んだのはロイドだった。
「何を言って……ふ、ふざけるな!」
「ふざけてなんかいない。」
 ロイドはつかつかとミトスに歩み寄ると、
「だってあんたはあの会社が自分の居場所だと思っているんだろう?クビになろうがそんな事は関係ない。自分が悪くないのなら、堂々とあの会社にいればいいじゃないか!」
「…いや、ロイド。そういうわけにはいかんだろう。」
「え?どうして?」
 不思議そうにクラトスを振り返るロイド。
 クラトスは溜め息をつくと、
「どうしてって……そりゃあ普通、クビになっても居座るなんてできんだろう?」
「そうかなあ?」
「そうなんだよっ!何も知らないくせにアホが勝手な事を言うな!!」
 ロイドのすっとぼけた様子に堪らなくなったのか、今度はミトスが大声で叫んだ。
「僕だってできればそうしたかったさ。でもそんな事できっこない。…それが…できなかったから僕は…僕は……。」
「ユグドラシルさん、気持ちは分かります。しかしだからと言って人を殺してもいい理由にはならない。それは動機であっても正当な権利には結びつかない。違いますか?」
「……」
「それにあなたは一人ぼっちのような事を言っているが、本当にそうなのかな?」
「え?」
「同じ開発部のジーニアス・セイジさんに、社長秘書のコレット・ブルーネルさん…。この二人はあなたの事をとても心配していましたよ。大切な友達としてね。」
「!!」
「あなたも二人に対しては心を開いていたのではないのかな。だからあの二人もあなたを大切な友人だと思った。分かるでしょう?居場所というものは与えられるものじゃない。自分で作るものなんですよ。」
「自分で…作る…」
「あの二人の為にもちゃんと罪を償いなさい。そして今度こそ自分の手で本当の居場所を作っていくんだ。あなたはまだ若い。いくらでもやり直せるはずだ。」
「あ……あ……」
 ガクリと膝をつくミトス。
「うわああああ ―― !!」
 そして顔を両手で覆うと、大声で泣き出したのだった。


 それから少しして、到着した刑事に引き渡されたミトスはパトカーで連行されて行った。
 それを見送り、崖がら海を悲しげに見詰め呟くユアン。
「これでまた一つ、難事件(?)を解決できたな。しかしなんとも悲しい事件であった。」
 そこでようやくパトカーが全て引き払ってしまった事に気付く。
「…って、気取っている場合ではないな。私達は置き去りかい!」
「別にいいでしょう。レアバードがあるんだし。」
「いや…実は私はレアバードが苦手なのだ。高所恐怖症で…。」
「でしたら警部はゆっくりと列車でどうぞ。」
「それはちょっと冷たいのではないか?……って、あれ?クラさん?ロイド?」
 ぶつくさ言っているユアンを残し、とっとと飛び立って行く二人。
「ちょっと待てって!私も行くから!私を置いて行かないでくれ〜〜!!」
 ユアンも慌てて飛び立つと、ふらふらとしながら必死に二人の後を追って行ったのだった。


−おわり−




なんじゃこれ?そもそもこれ、西村京太郎でもなんでもないじゃん!……というツッコミはご遠慮ください。(汗)
一応崖の上での解決編となっておりますし…ね?(何が『ね?』だ!)

ちなみに十津川警部=ユアン警部、亀井刑事=クラトス刑事、西本刑事=ロイド刑事という設定となっております。



←2へ戻る
←入口へ戻る