ユアンのアルバイト生活



「何故私はここにいるのだろう…」
 喫茶店のカウンター前にて、ウエィターの制服に身を包んだユアンがポツリと呟いた。
 それに対し、事もなげに答えるクラトス。彼も同じ制服姿である。
「そんなのは決まっているだろう。ユグドラシルの命令だからだよ。」


 そう。数日前、例によって財政緊迫状態にあるクルシスの為に幹部に『アルバイトしましょう令』が出されたのだ。
 それで二人はこの喫茶店でアルバイトをしているというわけなのだが…。


「ああそうだな。奴の命令で私達はここにいる。だが何故私達だけなのだ?クルシスの幹部なのは奴とて同じ。財政危機の責任は奴にだってあるのだぞ!!」

「仕方がないだろう。(あんな捻くれたガキでも)私達の上司には違いないのだ。命令があればそれに従うしかない。」
「く〜〜っ!なんでお前はそう寛大なんだ!」
「そう怒るな。これも剣の修行だと思えばいい。」
「はい?修行?」
「うむ。立ち仕事は足腰を鍛える。料理を運ぶ時にはバランス感覚が鍛えられるだろう。もしかしたらこの仕事のお陰で新しい技を得られるかもしれない。」
「……」


「へい!9番テーブルのハムサンドセット、上がったよ!!」


「はい!……まあ、そういう事だから、お互い頑張ろうではないか。」
 マスターの声に、ユアンの肩をポンと叩くと、料理を運んで行ってしまうクラトス。

(何が修行だ!あの剣術馬鹿が!!)

 しかしあのクラトスの手慣れた仕事ぶりはどうだ?
 いや、別に手慣れてはいないか。
 奴はいつも通りの仏頂面で料理を運んでいるだけ。
 それなのにどうした事か客の受けがいい。
 特に女性客の…。

 奴の行くところ常にハートマークが飛び交うというのに、何故私の時にはそれがない?

「顔の違いか…」
 ユアンの中でムラムラと嫉妬心が湧き上がってくる。

 程なくして、あちこちの女性客が飛ばしたハートマークを身の周りに漂わせ、クラトスが戻ってきた。
 ユアンはその目ざわりなハートを『シッシッ』と追い払いながら、
「幸せ一杯って感じだな。」
「え?何が?」

(くっ、こいつは〜!!この自覚のないところが余計に頭に来る!!)

「『何が?』じゃない!なんでお前だけがもてるんだ!!ちょっとぐらい顔が良くてハートマーク貰ったからっていい気になるんじゃないぞ。」
 するとクラトスは首を傾げ、
「顔がいい?…何を言っている。顔ならお前の方が上だろう?」
「え?」
「(腐っても)お前はハーフエルフじゃないか。昔からハーフエルフには美形が多い。その顔でちょっとウインクでもしてみろ。お前もたちまちハートマークに埋もれること間違いなし。」
「!!」

(そうか。私はハーフエルフ。顔なら人間のこいつに負けはしない。ならば……)


「へい!3番テーブルのナポリタンセット、上がったよ!!」


 マスターの声に、料理を受け取ろうとしたクラトスの手から、それを奪い取るユアン。
「今度は私が行く!……ウインクをすればいいのだな?」
「え?…あ、ああ。」

 運のいい事に3番テーブルの客は可愛らしい少女であった。
「お待たせしました。」
 料理をテーブルに並べると早速ウインクをしようとするユアン。
 だが悲しいかな、彼はウインクなんて洒落たものは今までやった事がなかった。

(え〜い!とにかく目をパチパチすりゃあいいんだ。)

 物凄い勢いで両目をしばたたかせるユアン。
 少女はしばらくの間驚いた様子でそんな彼を眺めていたが、やがてバックの中から何かを取り出すと、
「あの〜、よかったらこれをどうぞ。」
「!!」
 やった!ハートマークゲットか……と思いきや、少女の手にのっていたのは目薬だった。

(へ?)

「寝不足なんでしょう?分かりますよ、私もそうだから。夜遅くまでつい観ちゃうんですよね、オリンピック。この目薬は疲れ目に効くんです。どうぞお使いください。」
「……」


“ユアンは目薬を手に入れました”


(ちが〜うっ!何故こうなるんだ!!)

 肩を落とし戻ったユアンは、クラトスの憐みの視線をひしひしと感じ、まさに穴があったら入りたい気分だった。

(くっそ〜、そんな上から目線も今のうちだ。見てろよ、今に必ず貴様を追い越してみせるからな!)

 ユアンはギュッとこぶしを握りしめると、名誉挽回を固く心に誓ったのだった。



 その日からユアンの修行の日々が始まった。
 開店前の掃除の時にはモップに重しを付けて筋力アップに努め、夜は夜で割りばしをくわえて笑顔の練習。
 本を頭にのせて美しい歩き方の練習もしたし、トレイをカッコよく三本指で持てるようクルミで握力も鍛えた。


 そして1か月が過ぎ…

「いらっしゃいませ。」
 飛び切りの笑顔で客をもてなすユアンの姿があった。
「きゃ〜、ユアン様〜!こっち向いて〜!!」
 あちこちから飛んでくるハートを身に受けながら得意顔で戻ってくるユアン。
「どうだ、クラトス。これでこの店のナンバーワンは私で決まりだな。」

(ナンバーワンって、アルタミラのクラブじゃないんだがな…)

 呆れ顔のクラトスを余所に、再び黄色い声が飛んでくる。
「きゃ〜、ユアン様笑って〜!!」
「フ…」
「いや〜ん、素敵〜♪」


“ユアンは営業スマイルを習得しました”


「アホらしい。そんなもの戦闘の役に立たんではないか。」
「何を言っているのだ、クラトス。立派に役に立つぞ。この笑顔を敵にふりまき…」
「おお、そうか!アピールだな。笑顔で敵の注意を己に惹きつけ仲間のピンチを救う。」
「馬鹿な。そんな事をしたら私がボコボコにされてしまうではないか。」
「はい?」
「この笑顔でモンスターを魅了し、私以外の者に攻撃の目を向けさせるのだ。」

(自分の為かよ…)

 もう付き合いきれんと、自分の仕事に戻って行くクラトス。
 それをユアンは、負けを認めたのだと都合よく解釈し、勝ち誇った笑い声を上げたのだった。



 こうしてユアンの努力は花開き、彼は見事にナンバーワンの座を掴んだのであった。
 それからは水を得た魚のように生き生きとバイトに励んだという。
 無論当初の目的など、彼の頭からはきれいさっぱり消え去っていた事は言うまでもない。



 で、結局彼の『営業スマイル』は戦闘に役立ったのか?
 それはご想像におまかせします。

 まあ、あのユアンの編み出した技ですからね。
 結果は火を見るより明らかかと…。


−ユアンのアルバイト生活 終−



「魔法の絵本」のH.M様へ、いつもイラストを戴くお礼にお贈りしたもの。
先日戴いた「第三の男」のイラストを元に書きました。
本当はユアンのイラストでも…なんて考えていたのですが、なにしろ先様はイラスト専門サイト。私の描くユアンなんて贈ろうものなら即ゴミ箱行きになりそうで、やめておきました。(笑)

しかしもしかしたらこれ、うちのユアンの努力が実った初めての話かもしれない。結局最後にはモンスターにボコボコにされるユアンがいる事前提なんですが。(笑)

H.M様、いつもお世話になっております。
サイト運営頑張ってくださいね。応援しております。





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