五聖刃の災難


 今日はデリス・カーラーンの大掃除の日。きれい好きのユグドラシルは、年に二回、大掃除の日を設けており、この日ばかりは身分の上下なく、全員が一丸となって隅々までピカピカに磨き上げるのであった。
 そんな中、ユアンは自室の掃除を終え、出たゴミを持って地下にあるゴミ処理場へと向かっていのだが、その途中、誰も立ち入る事のない部屋の扉が少し開いている事に気付き、首を傾げた。
「おかしいな。ここは機密書類が保管してある事もあって、普段は鍵がかかっているのだが…。お〜い、誰かいるのか?ここは立ち入り禁止だ。こんな所まで掃除する必要はないぞ。」
 扉を押し開けて中に入ったユアンは、そこにいた人物を見て目を丸くした。
「クラトス!?……お前、何しているんだ?」
 中にいたのはクラトスで、彼は中型の機械の前に座り込んで何やらやっている最中であった。
「ユアンか。何をしているって見れば分かるだろう。この機械をメンテナンスしているのだ。」
「メンテナンスって…私には壊しているようにしか見えないのだが。」
 ユアンが言うように、クラトスの周りには部品が散乱しており、機械は半壊状態となっていた。
「失礼な奴だな。壊しているのではない。メ・ン・テ・ナ・ン・スだ!!ユグドラシルから頼まれた重要任務なのだから、ケチをつけるのは止めてもらいたい。」
 クラトスはそう言ってジロリとユアンを睨み付けると、再び作業を始めたのだった。
 ユアンは、慌ててユグドラシルの部屋へと向かった。
「おい、ユグドラシル!!」
 扉を蹴破るように入って来たユアンに、ユグドラシルはブロンズの置物を磨いていた手を休めて振り返った。
「何?ユアン。部屋に入る時にはノックぐらいして欲しいものだね。」
「それどころではない!クラトスが機械を弄くり回している。」
「そうだろうね。さっき私が頼んだんだ。それが何か?」
「正気か!?あいつに機械を弄らせるなんて気違い沙汰だ。」
 実は、クラトスがドライバー片手に機械の前に現れる時、必ずと言っていい程大爆発が起きていた。お陰で最近は、クラトスが部屋に入ってきただけで、機械は恐怖のあまりその動きを止めてしまうと言う。このデリス・カーラーンにある機械達にとって、クラトスはまさに鬼門なのであった。
「だってクラトスは、自室の掃除が済んで暇だからコンピューター類の整備をしてやろうって言って来たんだよ。ドライバー片手に目を輝かせて、やる気満々でさ。それなのに断ったりしたら可哀そうじゃないか。かと言って彼にやらせたら、今度こそ、このデリス・カーラーンがなくなってしまうかもしれない。そこで、もうスクラップにしようと思っていた旧式のコンピューターを与えたんだ。あれなら壊れたって構わないし、クラトスのおもちゃには丁度いいだろう?」
「しかし、奴は機密書類が置いてある部屋で作業していたぞ。」
「それも私が指定したんだ。あそこにある書類は、機密とは名ばかりのどうでもいいものばかりだからね。燃えてしまった所で痛くも痒くもない。それにあの部屋は少々の爆発なら耐えられる設計になっているから、被害も最小限に抑えられる。クラトスは機械さえ弄っていれば上機嫌だからね。これでも色々と気を遣っているんだよ。どう?私は部下思いのいい上司だろう。」
「……」
 するとそこへ、噂のクラトスが入って来た。満足気な笑みを面一杯に浮かべている。
「ユグドラシル。作業完了したぞ。メンテついでに新しい機能を追加しておいた。不測の事態が起きた時に自爆する機能だ。これなら何かあった時でも、あそこにある重要書類の情報が外部に漏れる事はないだろう。残らず燃えてしまうのだからな。」
「不測…の事態とは?」
 恐々と尋ねてきたユアンに、クラトスは当然のように答えた。
「不測と言ったら、予測が出来ない、思いがけない出来事に決まっているだろう。」
「…例えば?」
「例えば、このデリスカーランが未知の生命体に襲われ乗っ取られた時などだ。そんな時にはあのコンピューターは自爆して敵に情報を盗まれないようにしてくれる。」

 あの中古のコンピューターに、侵略者とそうでない者の区別がつけられるとは思えんが…。
 それに未知の生命体とは何だ?お前はSFの見過ぎだ!

「あとは故障した時ぐらいかな。故障しているにも拘わらずスイッチを入れてしまうと自爆機能が作動してしまう。」
「それでは危ないではないか!」
「大丈夫だ。そうならないように私がしっかりとメンテするから。」
「それが一番危ないような気がする…」
 ユアンがボソボソと呟く横で、ユグドラシルが大げさに両手をあげた。
「凄いな!!さすがクラトスだ。僅かな時間でそんな素晴らしい機能を追加してしまうなんて、天才だな。」
「フ…天才とはちと持ち上げ過ぎだ。まあ『あたらずといえども遠からず』ではあるがな。機械の事なら私に任せろ。いつでも改良してやるぞ。」
「頼もしい仲間がいて私も幸せだよ。」

「「ハッハッハッハッハッ…!」」

 ユグドラシルよ…何故こいつをそこまでよいしょする?

 ユアンは声を揃えて高笑いしている二人を眺めながら、何事も起こらない事を切に願うのであった。




 その頃、五聖刃達は大掃除に熱血していた。
「うおおおおお〜〜!!俺様の手にかかれば曇ったガラスもピッカピカッだぜ!!」
 マグニスが大声を上げながらガラス磨きに精を出していれば、その横ではプロネーマが廊下に飾ってある花瓶を磨いているし、そのまた横ではファシテスがひたすら壁をゴシゴシとやっていた。
「ロディル、そこをどきなさい。この廊下は私が掃除しているのです!」
「フォッフォッフォッ!何を言っているのです、クヴァル。世の中万事早い者勝ちなのですよ。あなたはトロすぎるのです。」
「何だとっ!」
「なんですっ!」
 睨み合う二人。
 彼等がこれ程までに掃除に燃えているのには訳がある。この掃除が始まる前に行われた朝礼で、真面目に掃除に取り組んだ者には恩賞を与えるとユグドラシルが言ったのであった。彼等五聖刃達にとって恩賞といえば、空席になっている四大天使の座に座る事…それ以外に考え付かなかった。もちろんユグドラシルにはそんな気はさらさらなかったのだが、彼等は、この掃除をキッチリとこなしさえすれば夢の四大天使になれるのだと思い込んでいたのであった。
 とは言え、空いている席は一つしかない。
 そこで彼等は互いに火花を散らしながら、我こそがその席にと、先を争って掃除をしていたのであった。

 さて、クヴァルとロディルの諍いは、ロディルの勝利で終わったようだった。自分の場所を追い出されたクヴァルは、一人廊下をトボトボと歩いていたのだが、あるドアの前で、ふと立ち止まった。
「ん?確かこの部屋は……」
 クヴァルの顔に怪しげな笑いが浮かぶ。
 キョロキョロと見回して辺りに人がいない事を確認すると、ドアノブに手をかけた。しかし鍵がかかっているようで開かない。そこで彼は針金を取り出すと、それを鍵穴に差し込んでガシャガシャとやりだした。程なくしてドアは開いたのだった。
「フフフ。これぐらいの鍵など、私の手にかかればこんなものよ。」
 するりと中へ入り込むクヴァル。
 部屋の電気をつけてまず目に入ってきたのは、真ん中にでんと置いてある旧式のコンピューターだった。
「何故こんなポンコツがここに?……まあいいか。今はそれよりも…」
 クヴァルは部屋を取り囲むようにして置かれている書棚へと目をやった。
 この部屋には機密書類が置いてあるとの噂を聞いた事があった。つまりここには、四大天使しか知らない、クルシスの様々な秘密が眠っているのだ。それさえ手に入れる事ができれば……
「その時こそ、私は晴れて四大天使となれるのだ!ワーハッハッハッハッ!!」

「汚ねえぞ、クヴァル!!」

 いきなり戸口の方から聞こえてきたマグニスの声に、高笑いしていたクヴァルは驚いて噎せてしまった。
 慌てて振り返ると、そこには残る四聖刃達の姿が…

 しまった!ドアを閉めるのを忘れていた!!!

「ここは五聖刃トップのわらわでさえ立ち入り出来ない神聖なる場所だぞよ。」
「一人で何をこそこそとやっているのだ。お前のそういう所が俺は気に食わん。」
「フォッフォッフォッフォ。あなたが四大天使になるなど、百年早いですよ。」

「……とか言いながら、四人とも何をやっているのです?」

 てっきり止めに来たものと思いきや、四人は部屋に入ってくるや否や、書棚を荒らし始めたのだった。機密を手に入れようとの魂胆は見え見えであった。
「ここは五聖刃のリーダー格であるわらわがきれいに片付けようと思ってな。」
「何を言ってやがる。それはハーフエルの英雄である俺にこそ相応しい仕事だろうが!」
「フォッフォッフォ。そのような雑用はお二人には相応しい仕事とは思えませんな。私がやってあげましょう。」
「てめえら、揃いも揃って汚ねえ奴等だな。抜けがけしようったってそうはいかねえぞ。邪魔だ、どきやがれ!この部屋の掃除はマグニス様がやるんだ!!」
 睨み合う五聖刃達。
 しばらくその状態でかたまっていた五人だったが、やがてプロネーマが溜息をつきながら言った。
「このまま睨み合っていても仕方がない。ここは一つ協定を結ぼうではないか。ここの掃除は五聖刃全員で協力して行う事にする。その代わり、誰かが重要な情報を手に入れた時には、それは皆の手柄とするのじゃ。どうじゃ?」
 他の四人はこのプロネーマの提案に不服そうな表情を浮かべたが、よく考えてみれば彼女の言う事も尤もであった。このまま睨み合っていても、時間が過ぎて行くばかりでいつまでたっても掃除が終わらない。そうなったらユグドラシルの怒りを買ってしまうのは確実だろう。そこで四人は、渋々ながらプロネーマの提案を受け入れる事にしたのだった。
 こうして五聖刃達は、協力して部屋の書類を調べ始めたのだった。
 ところが、いくら探しても出てくるものはどれも機密とは程遠いものばかりであった。

 『姉様に悪いムシが付くのを防ぐ十の方法』 M著
 『いかにトマト抜きの御馳走を作るか?』 K著
 『落し物をしない為の心得』 Y著
 等々…

「何です、これは?これのどこが機密なんですか?」
 しきりに首をひねっているクヴァル。
「この部屋には重要書類のみが保管されている筈。わらわはそう聞いていたのだが……」
「俺もそのように聞いていたが…」
 プロネーマとフォシテスも訳が分からないというような表情を浮かべている。
 すると、
「おい、もしかしてあの中に入力されているんじゃねえか?」
 マグニスが、部屋の真ん中にでんと置いてある旧式のコンピュータに目を止めたのだった。
 しかしそれはプロネーマによって即座に否定された。
「あれはユグドラシル様が処分しようとしていたポンコツじゃ。何故ここにあるのかは分からぬが、スクラップにしようとしているものに重要事項などを入力するわけがないじゃろう。機密は書棚に置かれている書物の中としか考えられん。これらのくだらない書物はダミーで、本物がどこかにあるはずなんじゃ。」
「フォッフォッフォ。どこかに隠し金庫でもあるのではないですか?」
 機械を指差した状態で固まっているマグニスを無視して、他の四聖刃達は再び部屋の探索を始める。マグニスは折角の自分の大発見を適当にあしらわれたので面白くなかった。
「俺様は、絶対にこの機械が怪しいと思うんだがな。」
 機械に近付き、それを覗きこみながら尚も食い下がる。
「好きにするがよい。そんなもの弄っても無駄な事だと、わらわは思うがな。」
「チッ、分かったよ!俺様は俺様で勝手にやらせてもらうぜ!もしこの機械から何か見付かっても、おめえらにはぜってーに教えてやんねえからな。その時になって吠え面かくなよ。」
「そんな心配はしてくれんでも結構じゃ。そこからは何も見付る事など出来ないだろうからな。」
「くっそぉ〜〜〜〜〜!!!こうなったら意地でも俺様が見付けだしてやる!」
 マグニスは、プロネーマの冷淡な物言いに完全に頭にきたようだった。機械の前に座り込むと弄くりだした。
「俺様の牧場にあるものとは違うタイプのコンピューターだな?電源の入れ方も分からねえ…かと言ってあいつらに聞くのも癪だしな。畜生、スイッチはどこだ!?」
 マグニスは、必死になって電源のスイッチを探し始めたのだった。



 一方、クラトスとユアンはユグドラシルの部屋を後にしていた。
 ユグドラシルが言ったように、クラトスは機械さえ弄る事が出来ればそれで幸せなようだった。今日一日の作業にえらく満足気な笑みを浮かべており、今にも鼻歌を歌いだしそうな様子である。そんなクラトスを横目で見ていたユアンは、ある事に気付いて首を傾げた。
「ところでクラトス。さっきから左手に何かを握っているようなのだが、それは何なのだ?」
「ん?左手…?」
 クラトスは不思議そうに握っている左手を開いて見せた。そこに現れたのは一本のネジ。
「はて?……何でこんな物を握っていたのだろうな?」
「なんだお前、自分でも気付かずに握りしめていたのか?」
「いや、久しぶりに存分に機械が弄れたものだから、ちょっと興奮してしまってな。」
「まったく…お前ときたら、そんな所は子供のようだな。」
「面目ない。」
 頭を掻き掻き照れ笑いを浮かべるクラトス。
「さっきまで機械を整備していたからな。その時に無意識に握ってしまったのだろう。恐らく余分なネジだ。もういらんだろう。」
 クラトスは窓からそれを放り投げた。
「駄目だろう、クラトス。そんな事をして、もし誰かに当たったらどうするのだ。」
「すまん。」
「しかし…確かお前は、あの機械を一旦ばらしてから再び組み立て直していたのだろう?それなのにネジが余るなんて事があるのだろうか?」
「言われてみれば…おかしいな?」



「スイッチ、スイッチ…お!あったぞ。これが電源に違いない!」
 マグニスはニンマリとすると、そのスイッチを押した。

“ウィ〜〜ン、カタカタカタ…”

「お、動き出したぞ。」

“部品が足りません。制御不能です。”

「え?」

“よって、これより自爆モードに入ります。”

「え?え?……自爆?」
 マグニスの背後で書棚を引っかき回していた四人が、戸惑っている彼の様子にようやく気付いて近付いてきた。
「どうしたのだ?マグニス。」
 フォシテスの問いかけに、マグニスは震える手で機械を指差した。
「い、いや…こいつのスイッチを押したらよ…」

“爆破10秒前。秒読みに入ります……9、8、7、6……”

「爆破じゃと!?…止めろ!直ぐに電源を落とすのじゃ。」
 しかしマグニスはオロオロするばかりで、プロネーマの叫びに反応できない。
 フォシテスは溜息をつきながら肩をすくめると、手を伸ばしてスイッチを切ったのだった。



「おい、クラトス……もしかしてあれは余った部品などではなく、お前が取り付け忘れたものだったのではないか?」
「そ、そうだろうか?だとしたら自爆してしまうな。一度自爆モードに入ってしまったら、電源を落としても止まらない仕組みになっているのだ。困ったな…またユグドラシルに怒られてしまう…」
「誰かがスイッチを入れん限りは大丈夫なのだろう?あそこは鍵がかかっていて立ち入り禁止の場所だ。お前、作業が終わった後、ちゃんと鍵はかけてきただろうな?」
「ああ。ちゃんとかけてきた。」
「それならば心配はいらんだろう。だが、早く修理しておくに越した事はない。かと言って、投げ捨ててしまったネジを今から見つけ出すのは不可能だろうから、変わりのネジを探しに行こう。」
「確か備品庫に同じネジが在庫してあったはずだ。」
 二人は頷き合うと、直ぐに備品庫へ向かったのだった。



“5…4…3…”
「何だ?…スイッチを切っても止まらねえぞ?どうなってるんだ、こりゃ????」
 慌てふためく五聖刃達。そこら中の思いつく限りのボタンを押してみるが秒読みが止まる様子はない。
「止まらねえ!止まらねえぞ!!」
「退避するのじゃ。この部屋は爆破に強い構造だった筈。早く部屋の外へ…」
 一斉に戸口へと向かう五聖刃達。

“…2…1…自爆します。”

 驚愕の表情で振り返った五聖刃達の目の前が真っ白になった。



 一時間後、クラトスとユアンは、ユグドラシルの部屋に来ていた。
 今回の爆発では五人もの犠牲者を出してしまい、クラトスはすっかりしょげてしまっている。
「今回の事はクラトスには責任はない。五聖刃達も全員軽傷ですんだのだし、気にする事はないよ。」
「いや…しかし…私がネジを一本締め忘れた為に…」
「そもそも、立ち入り禁止の部屋に立ち入った五聖刃達が悪いのだ。自業自得だよ。彼等がスイッチを入れたりしなければ爆発などしなかったのだからね。五聖刃達には、罰として爆発で壊れてしまった部屋を修復してもらう事にしたよ。」
「それはちょっと気の毒ではないか?」
「そう?欲に目がくらんだ連中には丁度良い罰だと思うけどね。……とにかく、この件はこれでもう片が付いたんだから、クラトスもこれ以上気に病んだりしない事。いいね?」
 ユグドラシルはそう言うと、クラトスの肩を慰めるようにポンポンと叩いた。
 彼は、クラトスに対しては滅法甘かったのである。



 その頃、当の五聖刃達はといえば、ユグドラシルの命令通りに部屋の修復の真っ最中だった。
 全員が此処彼処に包帯を巻いており、なんとも痛々しい姿である。
「フォッフォッフォ。何で私がこんな事をしなくてはならないのでしょうね。」
「決まってるでしょう。どこかの馬鹿がポンコツのスイッチなど入れてしまったからですよ。」
「お陰で、俺達まで巻き込まれて怪我をするわ、ユグドラシル様には怒られるわで、本当にいい迷惑だぜ。」
「わらわの言う事を聞かぬからじゃ。反省して欲しいものじゃな。」
 さすがの暴れん坊マグニスも、今回ばかりは何も言い返せなかった。皆の怒りの言葉に、ただただ身をすくめるばかり。
 こうして五聖刃達は、文句をタラタラと言いながら、部屋の修復に励んだのであった。

 結局彼等は最後まで気付かなかったのである。
 この爆発事件の陰には、クラトスという一人の機械オタクの存在があったという事に…。


−五聖刃の災難 終−