クアンとユラトス
ある日の事、自室にて剣の手入れに勤しんでいたクラトスの元にユアンが訪ねて来た。
その何やら考え込んでいる様子に、眉をひそめるクラトス。
「どうしたのだ、ユアン?珍しく難しい顔をして…。」
「悪かったな。どうせ私はいつも何も考えていないようなアホ面をしているよ!」
「…誰もそんな事は言っていないだろうが。」
「いや、すまん。怒鳴るつもりはなかった。最近眠れなくて、ちょっと苛々していたものでな。」
「眠れない?何故?」
「おお、何故!そうなんだよ、それなんだよ!よくぞ聞いてくれた!!」
「……話の流れからして聞かざるを得んだろう。」
「いや実はな、ほれ、このデリス・カーラーンにいくつかあるだろう?上に乗るとぱーっと光って、しゅわ〜っと消える奴…」
「転送装置の事か?」
「そうそう、それそれ!あれってどういう仕組みなのかと思ってな。私自身瞬間移動の術は使えるが、それとは違うようだし…。考え出したら眠れなくなってしまったのだ。」
「………」
「お前…今、何をくだらない事をと思っただろう?」
「…いや、別に。」
そう否定しながらも目を背け、まるで無視するかのように再び剣の手入れを始めようとするクラトスを見て、ユアンは叫んだ。
「お前にとっては取るに足らぬ事でも、私にとっては重大な問題なんだ!お前は私が不眠症で死んでもいいと言うのか!?お前はそんな薄情な奴だったのか!!」
(天使が不眠症で死ぬわけなかろうが…)
とは言え、これ以上無視すると更に大声で騒ぎ始めるのは分かっていたので、クラトスは仕方なくユアンの方へ向き直った。
「分かったよ。説明すりゃいいんだろ、説明すりゃ…。お前が考えたように、あの装置の仕組みは魔術とは違う。まず魔術の場合は、マナのエネルギーを使い、出発地と目的地の間の空間を…」
「いや、魔術の説明はいいんだ。もう使えるから…。だから取り敢えず今は装置の説明だけ頼む。一応言っておくが、別に聞いてもわけが分からないとか、余計な事を考えると魔術が使えなくなるとか、そういうわけではないからな。」
…そうやってわざわざ弁解する事自体、そうだと言っているようなものなのでは?
クラトスは咳払いすると先を続けた。
「分かった。装置の方だけ説明すればいいのだな?……あの装置は、上に乗ったものを分子レベルにまで分解し、それを…」
「ぶんし?ぶんかい?」
首を傾げるユアンを見て、溜め息を突くクラトス。
「…つまり簡単に言うと、対象物を一度バラバラにして、それを移動先にて再び組み立て直すと言う事だ。」
「なんと!バラバラになっちまうのか!?」
「バラバラになると言っても瞬時の事で痛みも感じない。またコンピューターによってきちんと計算されているから、移動後も間違いなく元通りになれる。それはお前だって何度も使っているのだから分かるだろう。」
「ふむふむ。つまり、そのコンピューターはジグゾーパズル好きって事だな。」
「……そう思っていればいいんじゃないか…」
「そうか。これですっきりとした。有難うな、クラトス。今日からまたよく眠れそうだ。」
「それは何より。ではな。」
用がすんだら早く出て行けと言わんばかりに背を向け、再び剣の手入れを始めようとするクラトス。
しかしユアンはそんな彼の手を掴むとどこかへ連れて行こうとする。
「!!危ないではないか。剣の手入れの最中なのだぞ!…まだ何か用があるのか?」
「行こう!」
「はい?」
「仕組みが分かったら、急に試してみたくなった。」
「そうか。ならば一人で行け。私は忙しい。」
「そんな事言わずに一緒に行こう?…なあ?なあったら、なあ!」
「あ ―― っ、煩い!分かったからその手を放せ!!」
「行ってくれるのか?」
「ああ。ただし、剣の手入れを始めてしまったからな。私はそれを済ませてから行くから、お前は先に行っていてくれ。」
「よし。では先に行って待っている。」
ユアンは色よい返事をもらえた事で、嬉々として退出して行ったのだった。
『来なければまた迎えに来るからな。』との言葉を残して…。
そんなわけで、一人先に装置の前へとやって来たユアン。どうやら楽しみで待ち切れないらしく、まさに舌舐めずりせんばかりの様子で装置を覗き込む。するとそこに何やら貼り紙がしてある事に気付いた。
「?」
首を傾げながらそれをパリッと剥がすと、まじまじと見るユアン。
そこには汚い文字で『コショー中』と走り書きされていた。その特徴ある文字から察するに、恐らくユグドラシルが書いたものであろう。(実はユグドラシルは悪筆であった)
「コショー中?…なんだこりゃ?胡椒を中に入れろと言う事か?」
転送に胡椒が必要だなんて話は初耳であった。今までだって胡椒を使って転送した事などなかったのだ。
しかしこうしてわざわざ書いてあるからには、実は転送の準備に不可欠なアイテムだったのかもしれない。きっと今までは早起きのユグドラシルが密かにやっておいてくれたのだろう。
そう結論したユアンは、早速自室に戻り胡椒を取って来るとそれを装置の中へ振り撒いた。
「よ〜し、これで準備OKだな。これはもういらないと…」
貼り紙をクシャリと丸めて放り投げるユアン。
と、そこへクラトスがやって来る。
「おお、クラトス。わりと早かったな。剣の手入れはもう終わったのか。」
「ああ…」
返事をしながらチラリと紙屑の方へと目をやるクラトス。
「…ところで今、何をしていたのだ?」
「ん?ああ、あれか?心配せずとも大丈夫だ。準備はちゃんとしておいたから。」
「準備?」
「ほれほれ、そんな事はいいから、早く試してみようではないか!」
怪訝そうなクラトスの背を押し、とっとと装置に乗り込むユアン。
「お、おい!そんなに急ぐな。どうせいつもと変わりはしないのだから。」
「いや、原理が分かった今ではいつもとは感じ方が違うと思うぞ。」
乗ると同時に魔法陣が現れ、光が二人の体を包み込む。
「フッフッフッ…バラバラなう!」
「……」
そして二人の姿は掻き消えたのだった。
程なくして転送先に現れた二人。
「すばらし〜い!これが転送と言うものか〜!!」
一方クラトスは、一人興奮しているユアンを余所に装置から出ると、
「だから毎日やっている事だろうが。何を今更驚いている。…もう気が済んだだろう。私は行くぞ。」
と歩き始める。
すると…
「ちょ、ちょ、ちょっと待て!クラトス。」
「?」
急に慌てたような感じに変化したユアンの声を聞き、眉をひそめ振り返るクラトス。その目が背後のユアンの上に止まるや否や見開かれる。
その直後、二人の悲鳴がデリス・カーラーン内に響き渡ったのだった。
「「な、な、なんだこりゃああああ〜〜!!」」
それからしばらくして、クラトスの部屋にユグドラシル(姿はユグドラシルだが中身はミトス)が訪ねて来た。
「クラト〜ス、遊ぼ〜!」
しかし部屋の中にいたのはクラトスだけではなく、もう一人いた。どういうわけか、二人ともこちらに背を向けて座っており顔は見えなかったが、それでもその見慣れた髪形をみれば残る一人が誰であるか嫌でも特定出来る。
ユグドラシルは急に不機嫌になると言った。
「何だ、ユアンもいたの…」
その声に同時に振り返る二人。
その顔を見てユグドラシルは悲鳴を上げた。
それも無理はない。なにしろ、二人の内ユアンの髪型をした方…もちろんユグドラシルはこちらがユアンだと思っていたのだが、しかしその顔はどう見てもクラトスで、そしてもう一方のクラトスの髪型をした人物の方がユアンの顔をしていたのである。
しかも服装も変で、クラトス髪ユアン顔の方は、上着や靴、グロープはクラトスのものを、ズボンとマントはユアンのものを身に着けており、ユアン髪クラトス顔の方はその逆で、上着や靴、グロープはユアンのものを、ズボンとマントはクラトスのものを身に着けているのだ。それはまるで二人の服を足して二で割ったような状態であった。
もしかしてイメチェンしたのか?
でもこれではどっちがどっちなのかわからない…。
ここはやはり顔で判断するべきだろう。顔は取り替えようがないものね。
ユグドラシルは暫し迷った末に、ユアン髪クラトス顔の方へ近付くと、その肩を掴み言った。
「クラトス…そりゃ、たまには気分を変えてみたいって気持ちは分かるよ。でもよりによってユアン風にイメチェンしなくてもよかったんじゃない?これじゃあ、せっかくの美男が台無しじゃないか。」
ところが…
「間違えるな。そっちはユアンで、クラトスは私だ!」
「え?」
驚いて、声の主であるクラトス髪ユアン顔の方へ振り返るユグドラシル。
クラトスがこっち?
嘘…だってこの顔はどう見てもユアンだし。
でも今聞こえて来た声は確かにクラトスのもので…。
「え?えっ?何、何、一体どうなってるの!?」
「事故だ…。転送中の事故で、ユアンと私が混ざってしまったのだよ。」
「え〜〜〜っ!?そんな馬鹿な!!」
「私だって、これが夢だったらと何度思った事か…。こんなアホ面で一生を終わりたくはないからな。しかしこれは現実に起こってしまった事なのだ。」
「おいクラトス、それはないだろう。いくらなんでもアホ面とは酷いではないか。」
「本当の事を言って何が悪い?」
「何だと!」
「ちょっと待った〜!二人とも落ち着いて。」
今にも取っ組み合いを始めそうな様子の二人を見て、ユグドラシルは急いで割って入った。
「でも事故って、一体どうして?……!!…まさかあの故障中のやつを使っちゃったんじゃないだろうね!?」
故障中?…はて?どこかで聞いた事があるような…。
ユグドラシルの言葉に首を傾げるユアン。その脳裏に先程見た『コショー中』と書かれた貼り紙が浮かんでくる。
!!…もしやあれは胡椒ではなくて故障だったとか?
そんなユアンの様子に気付いたクラトスはユアンを睨みつけた。
「おい、ユアン!まさか貴様、何か覚えがあるのではないだろうな?」
自分の顔に睨み付けられるというのも妙な気分だ…。
だが今はそのような事を考えている場合ではなく、慌てて否定するユアン。
「わ、わ、私は知らんぞ。判読に苦しむ、超下手くそな文字の貼り紙なんか絶対に見ていない。」
するとそれを聞き咎めたユグドラシルがユアンを蹴り飛ばした。
「下手で悪かったな!…てか、ちゃんと貼り紙を見ていたんじゃねえか!!」
そんなユグドラシルに、クラトスは複雑な表情を浮かべると、
「すまんがユグドラシル、それは確かに中身はユアンだが、顔と体の一部は私のものなのだ。もう少し丁寧に扱ってはくれんか?」
「ああそうだったね。ごめんよ、つい…。あ、でもさ、中身はホントに丸ごと入れ替わっているの?」
「変な事を言うな!ただでさえユアン顔になってしまって憂鬱だと言うのに、その上中身までユアンと混ざってしまったのでは、私はもう生きてはいけぬ。」
「そ、そうだよね。そりゃそうだ。なんたってユアンだもんね。死にたくなる気持ちは分かるよ。…ただその前に確認しておきたい事があるんだけど…」
「何だ?」
「いやね、ちょっとこんな時にこんな事を聞くのもなんだと思うんだけど……その、つまりさ、今は体内のマナも混ざっちゃった状態だって事だよね?こういった場合、オリジンの封印はどうなるのかな〜なんて思っちゃったりして。」
目を見開くクラトス。
「ユ、ユ、ユグドラシル…それは、オリジンを封印していない私など用無しだから死んでも構わないと言う意味か!!」
「い、いや、そういうわけじゃなくてね…その…やっぱさ、これって大切な事でしょ?」
クラトスは傍らにあった剣を手に取ると鞘をはらった。
「そうか、お前の気持ちはよく分かった。ならば死んでやるとも。お前の望み通り死んでやる〜!!」
慌ててクラトスを止めるユグドラシル。
「ちょ、ちょっと、待って!早まらないでよ!!…ごめんよ、悪かったよ。とにかく落ち着いて善後策を考えよう。でも今のままじゃ、ややこしいよね。いくら中身はクラトスでも顔はどう見てもユアンだし、なんだか混乱しちゃうよ……そうだ!呼び方を変えればいいんだよ。クラトス髪ユアン顔の方は中身はクラトスなわけだからユラトス。そしてユアン髪クラトス顔の方は中身がユアンなわけだからクアン。どう?これなら分かりやすいでしょ?」
「…そうか?余計にややこしい気がするのだが。」
「大丈夫、大丈夫。元に戻るまでの間だからさ。ね、ユラトスにクアン!」
「……」
「……」
ユグドラシルはこの命名に満足気な様子であったが、当のユラトスとクアンの二人は渋い顔。しかし逆らっても後が怖いので、大人しく従う事にする。
それから三人は、取り敢えず元に戻る方法を話し合おうとテーブルに着いたのだが、なにしろこんな事態になったのは初めての事。そう簡単に解決策が出てくるはずもない。三人ともじっと黙り込んだまま俯いており、時を刻む時計の音だけがやけに大きく聞こえていた。
その内、重苦しい沈黙に耐えられなくなったのか、ユグドラシルが口を開く。
「なんか、喉がかわいてきちゃったね…」
「では何か淹れてこよう。コーヒーしかないが、それでもいいか?」
「うん、いいよ。」
程なくしてコーヒーの良い香りが漂ってきて、それを持ったユラトスが戻って来た。そして盆の上のコーヒーをテーブルに置こうとしたのだが…。
「あっ…」
「ぎゃあああああ〜〜〜、アチチチチ!」
ユラトスがクアンの頭の上からコーヒーをぶちまけてしまったのだった。
「す、すまん…つまずいてしまって…」
「どこにつまずいたと言うのだ!?つまずくものなどどこにもないではないか!!」
クアンの剣幕に、慌てて布巾を取ると拭き始めるユラトス。
しかしどう間違えたのか、それはトイレ掃除用の雑巾であった。すぐに気付いたものの、もうそれはクアンの頭の上にちょこなんとのってしまっている。
「……」
「あ…す、すまん。重ね重ね申し訳ない…」
ユラトスはひたすら謝り続けるが、クアンはもう我慢も限界とばかりに憤然として立ち上がると、頭の上の雑巾を払い除け怒鳴りつけた。
「だ〜〜〜っ!何をやっているんだ、このドジが!!」
次の瞬間、室内は再び沈黙に包まれた。
三人の頭の中を同じ言葉が電光掲示板の如く流れて行く。
“もしかしてドジな性格はユラトスの中に入ってしまったとか?…て事は、ドジっ子ユラトスの誕生か!?”
「うわあああああっ!!」
突然叫び声を上げ、剣を手に取るユラトス。
「ちょ、ちょっとクラト…じゃない、ユラトス!落ち着いて!!」
「放せ、ユグドラシル!頼むから死なせてくれ。これ以上生き恥を曝したくはないのだ!!」
これにムッとしたのがクアンであった。
「おい!生き恥とはあまりに失敬な物言いではないか?それではまるで元ドジっ子の私が恥知らずな男だったみたいに聞こえるぞ。(←実際、恥知らずだろう?)」
しかしクアンのその怒りの言葉はユラトスに届かなかったようで、彼はしきりに泣いているだけで返事をしてこなかった。
その代わりにユグドラシルがクアンを押し退ける。
「煩いな、そもそもの原因はお前だろう!!ユア…じゃない、クアンは黙っていてよ。」
「原因は私ではなくお前の悪筆なのではないか?」
「何か言った?ユア…じゃない、クアン。」
「…そんなに無理して、ユラトス、クアンと呼ばなくてもいいと思うが…。いっその事、元の呼び方に戻したらどうだ?ドジっ子クラトスでいいと思うがな。」
ユグドラシルはそんな自称元ドジっ子の主張は無視すると、未だ泣き続けているユラトスを抱き起こした。
「元気だしなよ。きっと元に戻れるよ。」
「うっ、うっ…気休めはよしてくれ。元に戻る方法なんて何もないではないか。」
「気休めなんかじゃないよ!方法はきっとある筈さ。……そうだ!もう一度転送してみたらどう?そうしたら再び組み替えられて元に戻るかもよ!」
「そんな事言って、もっと酷くなってしまったらどうするのだ!?これ以上ユアン色に染まってしまったら、私は…私は…」
あれ?ネガティブな答えが返って来た。
おかしいな。ドジっ子になったんだから、てっきりユアンみたいに脳天気ぶりも発揮するものと思っていたのに…。
どうやら根本的な性格は変わっていないようだ。
考えてみれば、もし性格までユアン化しているのなら、このように嘆く事などせずにヘラヘラしていた筈で…。
溜め息を突くユグドラシル。
もちろんそれはそれで喜ばしい事ではある。だがその一方で厄介な事でもあったのだ。
良い方法が浮かばない現状、少しでも可能性があるのなら試すべきで、ここでこうして、うじうじ悩んでいても埒は明かない。
しかしネガティブなままのユラトスでは悲惨な結末ばかりを頭に思い浮かべてしまい、恐らく梃子でも動こうとしないだろう。
そこでユグドラシルは強硬手段に出る事にしたのだった。
口調を改め、厳しい表情で言い放つ。
「これは命令なんだよ、ユラトス。」
こう言われてしまってはこれ以上拒否する事も出来ず、ユラトスは渋々頷くしかなかったのである。
こうしてユグドラシルは、『私は戻りたくない!』と駄々をこねているクアンの手を掴み連行しながら、項垂れているユラトスを従え、例の装置へと向かったのだった。
装置の前にやってくると、ユグドラシルは開口一番、言った。
「さあ、ちゃっちゃ〜と片付けちゃおうよ。」
「…やけに嬉しそうだな。」
「だってこれで元に戻るかもしれないのだから当たり前だろう、ユア…じゃない、クアン。今のままではユアンが二人いるようなものなんだ。それでは今後の仕事に支障を来してしまう。ドジは二人もいらないんだよ。」
「二人ではないぞ。ドジはクラ…ユラトス一人で、私はデキる男に生まれ変わったのだ。だからもうこれでいいではないか?無理して戻す必要はあるまい。」
「この際、お前がデキる男に生まれ変わろうが、相も変わらぬドジで間抜けで頭が悪くて、ついでに性格も捻くれている救いようのない男のままであろうが、そんなのは関係ないんだよ。要はユラトスが元のクラトスに戻れればそれでいいんだ。」
「……」
ユグドラシルは、黙りこんでしまったクアンの腕を逃げ出さないように掴むと、振り返ってユラトスを見た。
「さあ、始めようか。」
だが、ユラトスは青い顔をして装置を見詰めたまま動こうとしない。
「どうしたの?」
「いや…その…や、やはり私は遠慮しておこうかなと…」
「今更何言ってんの。このままじゃずっとユアンがプラスアルファされたままなんだよ。」
「しかしこれでもし、プラスアルファどころかユアンオンリーな性格になってしまったら…」
「だから〜、そんな事にはならないから安心しなって。」
それでもうじうじと迷っている様子のユラトスに、ついにユグドラシルは業を煮やすと、もう一方の手でユラトスの腕も掴み強引に装置に乗せようとした。
ところが…
「止めろ、放せ!お前は私を殺す気か!!」
「私だって今のクアンが気に入っているのだ。元に戻ってなるものか!!」
突如、暴れ出す二人。
この思わぬダブル反撃を受けたユグドラシルは必死に制止するもむなしく、二人の馬鹿力にそのままずるずると引き摺られていってしまう。
「うわっ!…ちょ、ちょっと、危ないって!二人ともそんなに暴れないでよ。大人しくしてったら!…そんなに暴れたら僕までが…って…ちょっ…うわあああ〜〜!!」
そして三人はなだれ込むように装置の上に倒れ込むと、そのまま消えてしまったのだった。
程なくして転送先に三人の姿が現れた。
「イタタタタ…」
腰をさすりながら顔を上げるユグドラシル。
他の二人も同様に起き上がった。
三人の目が合う。
「……」
「……」
「……」
そしてしばしの沈黙の後、三人は同時に叫んだのだった。
「「「な、な、なんだこりゃああああ〜〜!!」」」
その数日後の事、プロネーマがユグドラシルの部屋を訪れた。
「ユグドラシル様、先日の件の報告書をお持ちいたしました。」
「うむ、御苦労。」
プロネーマは書類を渡すと一礼し、いつものようにそのまま退出しようとしたのだが、ユグドラシルの傍らに立っているクラトスやユアンに目がいくや、首を傾げた。
この二人、またいる…。
もちろんユグドラシルの側近である二人が傍にいたとて、別段不思議な事ではない。だがこれが、二人揃ってとなるとまた話は違ってくる。
クラトスもユアンも大天使という立場上、それぞれにたくさんの仕事を抱えた身であり、以前ならこのように三大天使が顔を揃える事など稀であった。大体、どちらか一方が欠けている事の方が多かったのである。
ところが最近は、この二人、いつもユグドラシルの傍にいる。どこへ行くにも連れ立っており、決して離れようとしない。もしかして三人ともあっちの気があるのではないかと疑ってしまう程だ。
おかしな事はそれだけではない。何故かこの三人、数日前から揃って風呂敷を頬被りをしているのだ。これにはさすがに理由を尋ねたい衝動に駆られたものだが、結局怖くて聞く事が出来ず、今日まで来てしまった。
しかしこのままではどうにも気になってしまい、今に胃潰瘍にでもなってしまいそうだ。ストレスの原因は早々に取り除いておくに限る。
そこでプロネーマは、ユグドラシルの顔色を窺いつつ、恐る恐る尋ねてみる事にしたのだった。
「……最近、いつも三人ご一緒なのですね。」
「それがどうした。我々は仲良し小良しなのだ。当然だろう。」
「は?…仲良し小良し?」
この普段からは想像できない物言いに、プロネーマは思わず素っ頓狂な声を出してしまう。
「何だ?何か文句でも?」
「え…いや、文句だなんて、とんでもない事でございます。」
ユグドラシルに睨まれ、すっかりビビってしまうプロネーマ。
しかし尋ねたい事はもう一つある。少し怖い気もするが、もうここまで来たら全て聞いてすっきりするしかないだろう。
プロネーマは意を決して顔を上げると思い切って残る疑問点を口に出した。
「…あの…ついでと言っては何ですが、もう一つだけお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「何故いつも風呂敷を被っているので?」
「そんなのは寒いからに決まっているだろう。」
寒い?…しかしこの部屋は常時適温に維持されている筈。それに天使は寒さを感じないのではなかったか?
「一体何なんだ、お前は!さっきから人の顔をじろじろ見ながら、くだらない事ばかり言いおって。私を馬鹿にしているのか!!」
「え…いえ…私は別にそんなつもりは…」
「え〜い煩い、口答えをするな。頭が高いぞ、控えおろう!!」
控えおろうって…水戸黄門じゃないんだから…。
おかしい…今日のユグドラシル様はなんだか変だ。
ついに乱心してしまわれたのだろうか?
一応二三歩下がって平伏しながらも、こっそりとユグドラシルを心配気に見るプロネーマ。
だがそれがいけなかった。なまじ様子を窺ってしまったが為に、彼女は更なる変事を目撃してしまう事になる。
なんと目をやったその時、あろうことかユアンがそのユグドラシルを蹴飛ばしていたのだ。
直後、愕然としている彼女の耳に声が聞こえてくる。
「今ユグドラシル様が言った事は気にするな。もう下がっていいぞ。」
それを聞くや、更に目を見開くプロネーマ。
今の言葉を言ったのはユアンであった。プロネーマ自身、ユアンが口を動かすのを見ていたのだからそれに間違いはない。だが聞こえて来たのはクラトスの声だ。
「???」
ユグドラシル様がユアンの如き奇言を口にし、そのユアンが主君である筈のユグドラシル様を蹴飛ばした。その上ユアンの声がクラトスの声で…。
もうプロネーマは発狂寸前であった。
どうも天使と言う生き物は時に常識では考えられない事をするから困る。これ以上関わらない方がいいかもしれない。
そう考えたプロネーマは、『下がっていいぞ』と言われた事をこれ幸いと、逃げるように退出していったのだった。
それを見送ると、ユアンはユグドラシルを睨み付けた。
「ちょっと!僕はあんなおちゃらけた話し方はしないよ。もう少し慎重にしゃべってもらいたいものだね。」
「そうか?十分おちゃらけていると思うがな。」
ユアンに再度ぎろりと睨まれ、肩をすくめるユグドラシル。
「あ〜あ、全く、よりによってなんでお前なんかになっちまったのかな。こんな小っ恥ずかしいピチピチタイツなんかを着なくてはならないし、やってられないな。」
「それは僕の台詞だよ。なんで僕がお前のマヌケ面にならなきゃならないんだ!?」
「!!マヌケ面だと!?」
「これがマヌケ面じゃなくてなんだと言うんだ。」
「なんだとっ!」
「なんだよ!」
喧嘩を始める二人。
残るクラトスはと言えば、世をはかなみ一人涙している。
そう、三人があの装置に入った後、元に戻るどころか、ユグドラシルまでミックスされると言う最悪の状態に陥ってしまったのであった。
ユグドラシルは、クラトス髪のユアン顔、クラトス声に。
ユアンは、髪は自分のものに戻れたものの、顔と声はユグドラシルに。
クラトスは、顔は自分のものに戻れたが、髪はユグドラシル、声はユアンに。
不幸中の幸いと言おうか、性格だけは本来のものに戻れたようで、クラトスもドジっ子の名はめでたく返上出来ていた。しかし転送後の服装から察するに上記以外に手や足も入れ替わってしまっているようだし、当然体内のマナも混ざったままと言う事になる。これではオリジンの封印にも支障を来してしまうだろう。
なにより肝心の姿や声がこんな状態では、うかつに人前に出られぬ事に変わりはなく…それで頬被りで髪を隠すと、ユグドラシル顔ユアン以外はなるべく口を利かぬようにしていたのだった。そして万一ユアン顔ユグドラシルやクラトスが話さなければならない状況になった事も想定し、そんな時いつでも口パクに合わせてその声の持ち主がそれぞれ代わりに声を出せるよう、常に三人一緒に行動していたのである。
もっとも、さっきはついユアン顔ユグドラシル本人が声を出してしまったわけだが…。
「こうなったら、もう一度チャレンジするっきゃない!」
そう言って決意も新たに手を振り上げたユアン顔ユグドラシルを見て、露骨に嫌そうな表情を浮かべるユグドラシル顔ユアンとクラトス。
「…まだやるつもりか?」
「当たり前だろう。ユアンだって僕の服装にケチをつけていたじゃないか。早く元に戻りたいと思っているのは同じ筈だろう。」
「そりゃそうだが…もっと酷い事にならねばいいがな。」
「そうだとも、ユアンの言う通りだ。私は絶対に嫌だからな。もう勘弁してくれないか。」
「クラトスは自分の顔に戻れたからいいさ。でも僕はユアン顔なんだよ!この顔になってしまった絶望感はクラトスだって分かっている筈だろう。」
「それは…まあ…」
「おい待て、二人とも!何故私の顔だけ、そんなにクソ味噌に言われにゃぁならんのだ!」
「「そういう顔なんだから仕方がないだろう!」」
「……」
「とにかく僕は諦めないからね。二人ともそのつもりでいるように。」
そして最後にユグドラシルは、未だ嫌そうな二人に向かって伝家の宝刀を抜いたのだった。
『これは命令だよ。』と…。
それから三人は暇を見付けては転送装置へと通い続けた。もちろんちゃんと手や足、体の細部にいたるまで元に戻れたか分かるよう、転送失敗時に着ていた奇妙にミックスされた服に着替えて…。
それは、それこそ気の遠くなるほど何度も何度も顔や声を入れ替えながら、完全に元に戻るまで繰り返し行われたと言う…。
−クアンとユラトス 終−
※魔術や装置の転送方法に関しては、全くの私見によるものです。