一割の行方
私はユアン。知る人ぞ知る(実は誰も知らない)クールで二枚目な世界最強の戦士である。
その日、久し振りに町に出た私はその活気ある雰囲気を、自らも胸を高鳴らせながら思う存分楽しんでいた。商店街をブラブラとし、大道芸を見て拍手し、劇場で懐かしの演劇を見てマーテルとの思い出に浸る…。
その内に私は何故町へやって来たのか当初の目的をすっかり忘れてしまった。いくら考えても思い出せない。
まあいい。思い出せないぐらいなのだ、大した用事ではなかったのだろう。
過ぎ去った過去の事にいつまでもくよくよ悩んでいても仕方がない。それよりも未来を見据え前向きに生きるべきだ。これぞ私の信条、男の生きる道ってなもんだ。
そんなわけで、今日は思い切り羽を伸ばす決意をした私。
「さて、次は何処に行こうかな?」
キョロキョロと見回しながら次の目的地を探す。その目がふと足元に止まった。
「ん…これは?」
何かが落ちている…。拾い上げてみるとそれは緑と紫のどぎつい縞模様をした財布であった。しかもかなりの金額が入っているのか、ずっしりと重たい。
「!!こ、これは…」
目を見開き、慌てて周りを見回す私。
諸君は今、私がこれをこのままネコババすると思っただろう?
フッ、甘いな。私はこれでも正義を愛する者なのだ。そんな事をするわけがなかろうが!
何より落し物大王と異名をとるこの私(うっかりユアンとも言う)、落し物をした人の気持ちは誰よりも分かっている。きっと今頃この財布の主は世の無情さを嘆き悲しんでいる事だろう。
そこで心優しい私はこの財布の主を探し出し、届けてやる事にしたのだった。
通り掛かりの者を捉まえては尋ねて回る。
「もし。これはあなたの財布ではありませんか?」
「知らないわ。」
「あなたの財布では?」
「俺はそんな趣味の悪い財布は持たねえよ!」
う〜ん、そう簡単には見付からないものだな…。
だがここで諦めるわけにはいかん。私の耳にはこの財布の泣き叫んでいる声がはっきりと聞こえてくるのだ。
“帰りたいよ〜!僕をご主人様の元へ連れて行って!”
「おお、そうかそうか、可哀想に…。大丈夫だとも。この私が必ずやご主人に会わせてやるからな。」
私は財布に頬擦りをしながら、よしよしと撫でてやる。(←思い切り怪しい人)
しかしこの財布、どこかで見た事があるような気もするのだが…。
そんな事ある筈がないか。気の所為だな、きっと。
するとその時、そんな私のすぐ傍を自転車が物凄い勢いで走り抜けて行ったのだ。咄嗟の事で避けきれず、私は尻餅をついてしまう。
「あ、危ないではないか!!」
「ぼさ〜っと突っ立っているんじゃねえよ、おっさん!」
「なっ…おっさんだと!?」
おっさんとは失礼な。私はこう見えてまだ二十代、おっさんなどと呼ばれる筋合いはない。
私は抗議の為に立ち上がろうとするが立ち上がれず…どうやら些か腰を打ってしまったようだ。その間に自転車は走り去ってしまう。
く、悔しい…何と言う屈辱!
しかしいつまでもこのまま座り込んでいても仕方がない。取り敢えず立ち上がろうと手足をばたつかせ、もがく私。それでも立ち上がれない私を、皆見て見ぬ振りをして通り過ぎて行く。
冷たい…いかん、何だか私自身が世の無情を感じて来てしまったぞ。
思わず涙ぐむ私。
すると…
「ユアン?そこで無様にへたばっているのはユアンではないか?」
聞き覚えのある声。
へたばっていて悪かったな。好きでこんな恰好をしているわけではない!
キッと見上げる私。
案の定そこには騎士団時代の服を身に纏い買い物籠を持ったクラトスの姿が…。買い物籠からは大根が顔を覗かせている。
何だ、こいつ?
クラトスに奇異なる目を向ける私。しかしクラトスはそれには気付かぬ様子で、
「そんな所に座り込んでどうした?ブレイクダンスの練習か?」
「こんな往来でそんな事するかっ!!自転車に轢き逃げされたんだよ!」
「それはまた難儀な事だな。」
「同情はいいから早く起こしてくれ!腰を打ったようで一人では立ち上がれんのだ。」
「おお、それは気付かずにすまぬ事をした。」
クラトスはすぐに私の手を取ると立ち上がらせてくれ、ついでにファーストエイドをかけてくれた。
「有難う、助かった。」
「いえ、どういたしまして。」
「……ところで、お前は何故ここに?その奇妙きてれつな姿は何だ?」
「奇妙きてれつ?どこが?」
「その恰好に買い物籠は似合わんだろう?しかも大根付きで…」
「そうか?しかし買い物と言ったらやはり買い物籠は必需品だろう?大根を買ったのはユグドラシルが急にぶり大根が食べたいと言い出したからだ。」
「何故にぶり大根…と言うか、何故お前がそれを作らにゃならんのだ?付き人の天使にでも作らせればいいだろう。」
「ユグドラシルが私が作ったのでなければ嫌だと言うのだから仕方がなかろう?いつもの気まぐれだよ。一度食べれば気が済み、しばらくはご機嫌でいるのだからそれでいいではないか。逆に断ったりして見ろ。何をされるか分かったものではない。」
「ん…ま、まあ、それはそうだが…」
こいつ、私以上にユグドラシルの操縦術を心得ているな。
ユグドラシルの前では『私はあなたの忠実な僕です』てな顔で従順そうに振舞っておきながら、その実裏では『ナマ言ってるんじゃねえよ、ガキが!』と舌を出しながら逆に手の内に丸め込んでいたわけか。
とんだ食わせ者だ…侮れん奴。
「で?ユアン、お前は何をしていたのだ?こんな道の真ん中でウロウロしていたから自転車に轢かれてしまうのではないか。」
「……もしかしてお前、ずっと見ていたのか?」
「ずっとと言うわけではない。『ぼさ〜っと突っ立っているんじゃねえよ、おっさん!』辺りからかな。」
「見ていたならすぐに助けんかいっ!!」
「いや何、あまりに面白い光景だったから、つい。」
「……」
私は一発殴ってやろうと拳を固めた。
とそこへ、何ともタイミング良く背後から声が聞こえて来たのだった。
「ユアン様!!こんな所にいた。探しましたよ。」
「ボータ?」
振り返ってみると、まさしくボータがこちらに向かって走ってくる所であった。
ボータは私の元へ駆け寄ってくると息を切らしながら私を睨み付け文句を言おうと口を開きかけたが、すぐに横にいるクラトスに気付き目を見開いた。
「ク、クラトス…!?」
と、思わず叫んでしまってから、
「…様…」
と、慌てて付け加える。
無表情にボータに目をやるクラトス。
「馴れ馴れしい奴だな。私はお前に会った事があったかな?」
まずい!クラトスは私がレネゲードのトップである事は知らない筈だ。当然ボータとも初対面…。
「こ、こ、こいつは古くからの友人なのだ。お前の事はよく話して聞かせていたからそれで一目で分かったのだろう。」
この私の窮余の説明に、ボータも慌てて言い添える。
「は、はい、そうなんですよ、クラトス様。お噂はかねがね…。私はボータと申します。どうか失礼の段お許し下さい。」
「フ…そうか、古くからの友人のボータさんね。別に気にしてなどいないから、そうかたくなる事はない。まあ、これから色々と世話になるかもしれんがよろしく頼む。」
笑みを浮かべボータと握手をするクラトス。
何か意味ありげな笑みだ。言葉の節々にも作意を感じる。
まあいい。深く考えないようにしよう…。
「ところでボータ、こんな所までどうした?何か用か?」
「何か用かじゃありませんよ。お願いした武器の買い付け…い、いや、買い物はどうなったんです!?」
武器の買い付け!?
そうだった…その為に私は町へ来たのだった!!
ボータに言われようやく当初の目的を思い出した私は愛想笑いを浮かべた。
「……忘れていたんですね。」
「え?い、いや、そんな事はないぞ。」
「なかなか帰ってこないから、たぶんそうじゃないかと思っていましたよ。どうせ遊び歩いている内に忘れちまったのでしょう?」
「(す、するどい…)い、いや、だからそうではなくて、そう、これから行こうと思っていたんだ。」
「言い訳は沢山です。さあ、とっとと用事を済ませて帰りましょう。」
私の腕を掴み無理矢理引っ張って行こうとするボータ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。その前にやらねばならぬ事が出来たのだ。」
「やらなければいけない事?」
「財布を拾ったのだ。それで持ち主を探してやろうと思ってな。」
「…そんなのは警察に届ければ済む事でしょう?」
「馬鹿を言うな!直に持ち主に届ければ謝礼をふんだくれる。このまま見付からなければ即私の物だ。だが警察なんかに届けてみろ。謝礼はチャラになってしまうかもしれんし、私の物になるのだって数ヶ月も先の事になってしまうではないか。」
そう叫んでしまってから、私はハッとして口を噤んだ。だがもう既に口から出てしまったものはどうしようもなく、私はボータとクラトスの二人から蔑みの視線を浴びる事になってしまった。
「あ…ええと…その…そうではなくて…私は落とし主はさぞや困っている事だろうと考えてだな…それで届けてあげようかな〜なんて思っちゃったりして…仏心ってやつ?」
「それであわよくば我が物にと?ユアン、お主も悪よのう。」
「へっへっへっ、お代官様ほどでは…って、違〜〜う!!人を乗せて遊ぶな、クラトス!!」
「ユアン様…あなたの場合は仏心ではなく出来心と言うのですよ。」
「……」
ボータは溜め息を突いた。
「で、拾った財布はどこに?」
「ん?無論の事、私が持っている。」
そう言って懐をがさごそと探る私。ところがそこに入れておいた筈の財布がいくら探してもない。
「あれ、おかしいな?こっちだったかな?あれ?」
「…まさか拾った財布をまた落としたのではないでしょうね?」
「いやそんな筈は…。確かにここに入れておいたのだ。緑と紫の縞模様のやつで…」
「緑と紫の縞模様?」
首を傾げるボータ。
「ユアン様、それってもしかして…」
「え?」
「それはあなたの財布ではないんですか?ユアン様の財布も確か緑と紫の縞模様でしたよね?」
ボータの言葉に私は目を見開いた。
言われてみれば…そうか、あれは私の財布だったのか!
道理で何処かで見た事があるような気がしたわけだ。
…って事は何だ?もしかして私は自分の財布を拾って喜んでいたとか?
間抜けだ…あまりに間抜けすぎる〜〜!!
赤面する私。
するとそんな私の目の前に、クラトスが財布を差し出して来たのだ。
「もしかしてその財布とはこれの事か?さっきそこで拾ったのだが。」
それは紛う方なき今話題の財布そのものであった。『さっきそこで』と言う事は、自転車にぶつかり転んだ時に落としたのかもしれない。
「こ、これだ、この財布だ!間違いない!!」
そんな私にボータが呆れたように言う。
「やっぱりそれ、ユアン様のじゃないですか。」
私は咳払いするとクラトスに飛び切りの笑顔を向けた。
「有難うな、クラトス。助かったよ。」
そして礼を述べ受け取ろうとしたのだが、しかしクラトスはそれを遮り、先と同じ言葉を繰り返したのだった。
「この財布をさっきそこで拾ったのだが。」
こいつ、もしかして謝礼が欲しいのか?意地汚い奴!(←人の事がいえるのか?)
だが私はそんな心の内はおくびにも出さずに笑顔で言った。
「ああそうか。そう言えば謝礼を払わねばな。そこから取ってくれ。」
普段から私はユグドラシルから、せこいだの、けちだのと馬鹿にされている。だからきっとこいつもそう思っているに違いない。ここは一番、懐の深い男である事を見せ付けてやらねば。
「そうか?悪いな。では遠慮なく。確か相場は一割だったな。」
にっこりと笑い財布から抜き取るクラトス。
その様子を見ていた私は眉を顰めた。
「……ちょっと待て。」
「ん?どうした?」
「今お前は相場は一割だと言った筈。それにしては抜いた金が多すぎやしないか?」
「いや、これでいいのだ。」
「よかぁない!!それはどう見ても二割ではないか!!(懐の深い男はどこへ行った?)」
「そう、二割だ。だからこれでいいのだ。」
「!!何を言って…」
思わず掴みかかろうとする私をボータが押さえる。
クラトスは肩を竦めると、
「全く…簡単な計算も出来んのか、お前は。仕方がない、説明してやるから良く聞くのだぞ。この財布はまずお前によって拾われた。そうだな?」
「ああ。」
「それでもしこれをお前が持ち主の元へ届けていれば、持ち主は喜び、当然謝礼の一割を払ってくれただろう。それをお前はウハウハと受け取っていた筈だ。」
「ウハウハって言うのはちょっと引っ掛かるが、まあ、受け取っていただろうな。」
「と言う事はだ、これをお前が拾った時点で、この財布には『ユアンが一割を貰う権利』がプラスされた事になる。そこまでは分かるな?」
「あ、ああ。なんとなく…」
「しかしお前はこれを再び落としてしまった。そしてそれを拾ったのが私だ。つまり私が拾ったこの財布は、『ユアンが一割を貰う権利』がプラスされた財布だと言う訳だ。」
「はあ…?」
「…と、この時点で私がお前にこの財布を渡していれば何の問題もない。これはお前の財布ではないわけだから、私に一割を貰う権利が発生する事はなく、『ユアンが一割を貰う権利』もお前との繋がりを保ったまま残っている。」
「???」
「ところがここで、この財布は実はお前の物であった事が判明してしまった。自分の財布を自分で拾ったとて一割の謝礼を受け取る権利が生ずる筈もなく、従ってこの時点でお前と『ユアンが一割を貰う権利』の繋がりは絶たれた事になる。そして当然この『ユアンが一割を貰う権利』は新たな拾い主である私へと移行される事になるわけだ。」
「そう…なのか?」
「そうなんだよ。常識だろう?」
「…そうか、常識か。」
「従って、私が拾った時点でこの財布には『ユアンが一割を貰う権利』の上に『クラトスが一割を貰う権利』がプラスされた事になり、それは両方とも私の権利となったわけだ。だから当然私にはお前から二割の謝礼を貰う権利があると言う事になる。」
「???」
「これも常識なのだよ、ユアン。」
「…そうか、常識なのか。」
何か違うような気がするが、こう自信満々に言われるとそれでいいような気もしてきた。
「…ふむ、常識とは奥が深いのだな。」
「そうだ、奥が深いのだ。それに気が付けただけでも勉強になっただろう?」
「ああ、勉強になった。」
「と言う訳で、私は二割を貰うが異存はないな?」
思わずコクリと頷きそうになる私。
するとそこへボータが割り込んできた。
「ちょっとユアン様!そこで納得してどうするのです!!」
「何だ、ユアンの古くからの友人のボータさん。何か文句でも?」
「大有りですよ!大体『ユアンが一割を貰う権利』がどうしてあなたに移行されなければならないんです!ユアン様の財布だと分かった時点でそれは消えるのが普通でしょう!?」
「世の中には普通の物差しでは測れない物もあるのだよ。ユアンの古くからの友人のボータさん。」
「何を訳の分からん事を!オツムの弱いユアン様を煙に巻こうたってそうはいきませんよ。」
「オツムが弱いって…おいボータ、それが上司を例えて言う言葉か?」
私は控えめに抗議したが、それは憤慨しているボータに敢え無く退けられた。
「例えではありません。真実です!」
「……」
ボータは唖然としている私を押し退け、クラトスに詰め寄る。
「一割は仕方がありません、謝礼としてお支払い致しましょう。しかしもう一割の方は返してもらいます。これじゃぁ詐欺ではないですか!」
「フ…詐欺とは異な事を言う。そもそも謝礼が一割と決まっている訳ではなかろう?二割貰ったとて何の不思議もない筈だ。」
「しかし謝礼の額は落とし主が決めるものであって、拾い主が決めるものではないでしょう。」
クラトスは再び肩を竦めると、ぼそりと言った。
「一割だの二割だの細かい事でゴチャゴチャと…。細かい男は嫌われるぞ。だから彼女が出来ないのではないか?」
「!!」
その一言は確実にボータを戦闘不能に追い込んだようであった。壁に向いてしゃがみ込むとブツブツと独り言を言い始める。
「…どうせ私は女性にもてませんよ…ええ、そうですとも。悪うござんしたね…ブツブツ…」
そんなボータを横目に財布を私に放って寄越すクラトス。
「それでは二割貰っていくぞ。これに懲りたら次は落とさないようにする事だ。」
「待て、クラトス!」
去りかけていたクラトスは私の声に立ち止まった。
「何だ?」
「お前…もしかして最初からこの財布が私の物だと気付いていたのではないか?」
「はて?どうだったかな?…だが、そんな趣味の悪いデザインの財布を持つ奴などそうそういない事は確かだな。まあどちらにせよ、最初に拾った時点で自分の物だと気付かないお前の方が悪い。違うか?…しかし拾った時のお前の顔、実に傑作だったぞ。自分の財布だと言うのにキョロキョロと周りを見回したりして…。」
クックッと笑うクラトスを見て私は目を見開いた。
「さてと、帰るとするか。大金を拾った者の行動パターンが観察出来たし、今日は実に有意義な一日だった。楽しませてくれて有難うな、ユアン。」
高笑いをしながら去って行くクラトス。
やはり知っていたのだ。
最初から私の財布だと知っていながらあいつは…。
全てはあいつが仕掛けた事だったのだ。
「畜生、騙された〜〜!!」
ようやく気付いたものの、もう奴の姿は無く…。
地団駄を踏みながら呪いの言葉を吐き続ける私の声は、背後でぼやいているボータの声と重なり奇妙なハーモニーを奏でながら青い空へと吸い込まれて行ったのだった。
「おのれクラトスめ〜、許さんぞ!絶対に許さんからな〜〜!!」
「ええ、ええ、どうせ私は細かい男ですよ。ですがね、ユアン様と一緒にいてごらんなさい。誰だって細かくなりますって…」
−一割の行方 終−
※拾った財布はちゃんと届けましょう。そうでないとユアンのような目に遭いますよ、と言うお話でした。