怪談
「今度父さん達の家でお泊まり会をするんだ。リーガルも来ないか?」
そうロイドから誘われたのは三日前の事だった。
正直最初リーガルは、お泊まり会などと言う子供のような行事に参加する気はなかった。しかも集まるメンバーがゼロスにクラトス、ロイド、コレットとくれば尚更不安が募ってしまい即断ろうとしたのだが、よく考えたら彼らと会うのも久し振り…。たまには戦友と夜通しゆっくりと語り合うのも悪くはないかもしれないと思い直し、参加する事にしたのだった。
「そうか。喜んで伺わせてもらおう。だがあいにくと土曜日は仕事があってな。夕方からの参加になるがいいだろうか?その代わり月曜日は休みがとれるから二泊三日出来るだろう。」
「ホントか!?ラッキーだな。それじゃぁ、土曜日に。楽しみに待っているぜ。」
と、そんなわけで、今日はその当日。仕事を終えたリーガルは仲間達との再会に胸を躍らせながらゼロス邸に向かった。
少々緊張の面持ちで呼び鈴を押すと、ゼロスが出迎えてくれた。
「よう、おっさん、久し振り。元気そうだね。」
「約束の時刻に遅れてしまったな。すまない。」
「全然大丈夫よ〜。むしろグッドタイミングってやつ?丁度今、怪談大会を始める所だったからさ。」
「怪談…大会?」
「やだな〜。怪談って言ったら怖い話の事じゃんよ。こういう暑い日は怖い話に限るっしょ?」
「いや、それは分かるのだが…。お主なら兎も角、よくあのクラトス殿がそんな子供の遊びに付き合う気になったなと。」
「あれ、知らなかった?天使様、こういうの大好きなんだよ。自分はものすご〜い怖がりのくせにさ。」
「クラトス殿が怖がり?まさか。彼はいつだって仲間の先頭に立って魔物の群れに斬り込んで行っていたではないか。」
「そりゃ〜確かにモンスター相手なら天下無敵だろうね。でもそれとお化けは別物。なにしろホラー映画見た後、一人じゃトイレに行けなくなっちゃうんだから。それでも見たがるんだから笑っちゃうよね。」
ゼロスの言葉に複雑な表情を浮かべるリーガル。まさかあのクラトスにそんな一面があるとは信じられなかったのだ。
しかし現在ともに暮らしているゼロスがそう言っているのだから、満更嘘と言うわけでもなさそうである。
「そうか。あのクラトス殿がなぁ…。」
「そうよ〜、あの天使様がなのよ〜。」
「それでは私一人が大人を気取って傍観しているわけにもいかんな。」
「そうよ〜。だからおっさんも一緒に騒いじゃってちょ〜だい。」
「……」
このメンバーではこうなる事は予想出来ていた。それでもクラトスがいたから、子供達は勝手に遊ばせておき、こちらはこちらで大人同士ゆっくりと語り合えばいいと考え参加を決意したのだ。それなのにその頼みの綱であったクラトスまでもが同調しているのでは、もう諦めるしかない。
リーガルは溜め息を突くと、今夜は馬鹿になり切ると言う悲壮な覚悟を固め皆がいる居間へと向かったのだった。
居間では皆が車座になっており、部屋の電気は消され真ん中には蝋燭が一本立てられていた。まさに準備万端といったところである。
「あ、リーガル。待っていたんだぜ。さあそんなトコに突っ立っていないでこっち来て座れよ。」
ロイドに手招かれ、引き攣った顔でクラトスの横へ腰を下ろすリーガル。
「それじゃぁ、まずリーガルから話してもらおうぜ。」
「えっ?わ、私からか?」
「そだよ〜。リーガルさんなら一番年長者だし、きっと物凄く怖い話を知っているだろうって楽しみに待っていたんだから。」
「…一番の年長者はクラトス殿なのでは?」
「ああ、父さんは無しね。」
「はい?無しとは?」
「クラトスさんは聞き役専門なんだよ〜。とっても聞き上手なんだから。」
「…私も聞き上手なのだがな。」
リーガルは何とかして話し手からの脱却を試みたが、こうも皆からの期待に満ちた視線を浴びてしまってはそれ以上断る事も出来ず、仕方なくしばらく考えた末、以前耳にした事のある昔話を話し始めたのだった。
「…昔、ある屋敷に奉公していた娘が、主人の秘蔵していた十枚一揃いの皿のうち一枚を割ってしまってな。怒った主人は娘を斬り殺し、井戸の中へ捨ててしまったのだ。その日から夜な夜な井戸の中から娘の声が聞こえてくるようになった。『いちま〜い、にま〜い……九枚…一枚足りない。』と、それはそれは悲しげで、そして恨みのこもった声でな…。とうとう主人は寝込んでしまい、ついには狂死してしまった。それからもその屋敷では不吉な事ばかりが起こり、数代で一族は滅びてしまったそうだ。」
話を終え、一同を見回すリーガル。彼からすれば取って置きの話を場面場面で表情を変えながら熱弁したつもりであった。
ところが皆が示した反応は…
「つまらねえよ。」
「え…?」
「うん。リーガルさんには悪いけど、全然怖くないね〜。」
「大体、井戸の中で皿を数えてどうすんの?割っちゃったもんは元に戻るわけないんだから、いくら数えたって九枚は九枚っしょ。しかもその声で狂死しちゃうなんてさ、その主人も精神修行が足りないよ。」
「そだね〜。それにお皿を一枚割ったぐらいで斬り殺しちゃうのもどうかと思うよ。私なんて今までに何回割った事か…。その度に斬られていたんじゃ身がもたないよ。」
「そうだよな。短気にもほどがあるぜ。」
「あ…ええと…」
(ちょっと話が古すぎたのだろうか…。このような趣のある怪談では近頃の若者は満足しないのか?)
リーガルは予想外の反応に戸惑ってしまう。
するとそこへ…
「まあまあ皆、そんなに責めるものではない。」
「!!…クラトス殿!」
助け船を出してくれたクラトスへ感謝の目を向けるリーガル。
クラトスは『任せておけ』とでも言うように頷いてみせると先を続けた。
「確かに全然怖くはなかった。思わず欠伸をしてしまうほどにつまらなかった。しかしリーガル殿はリーガル殿なりに一生懸命に話してくれたのだから、その努力は買ってやらねばな。きっとリーガル殿は長い牢暮らし故に怪談と言うものを知らなかったのだろう。気の毒な御仁なのだよ。」
「……」
(なんだか全く庇われた気がしないのは私だけだろうか?むしろ馬鹿にされているような…。)
だがゼロス達はクラトスの言葉に納得したようだった。
「言われてみればそうだよな。おっさんはムショ帰り…。中じゃ娯楽なんてもんはなかっただろうから知らなくても当然か。無理強いして悪かったな。」
「手枷されるほどの凶悪犯だったんだもんね〜。仕方がないとは思うけど、怪談も知らないなんて可哀そうだよね。」
「よし!それじゃぁ、俺達でこれが怪談だっていう見本を見せてやろうぜ。」
「そだね!じゃぁ、まず私からね〜。リーガルさん、よく聞いていてね〜。」
リーガルはもう半ば不貞腐れており明後日の方を向いている。
そんな彼に微笑んでみせると張り切って話し始めるコレット。
「昔ね、世界中を旅している少女がいたの。全く普通の女の子で、周りの人も皆そう思っていた。でもね、その子にはある秘密があったの。それはね…」
そこで一度話を切り一同を見回すコレット。
「実はその女の子はね。なんと世界中の犬に名前を付けて回っていたんだって!」
「うおっ!」
「ひゃ〜!」
「ぬおおおおお〜!!」
皆が悲鳴を上げる中、リーガル一人がきょとんとしていた。
(一体今の話のどこが怪談だと言うのだろうか?単なる自伝ではないか…。)
しかし自分一人が分からないと言うのも悔しい気がしたリーガルは、隣で殊更大きな悲鳴を上げていたクラトスにそっと尋ねてみる事にする。
「…す、すまない、クラトス殿。今の話のどこが怪談なのだろうか?」
途端にまるで奇妙な生き物でも見るかのような目でリーガルを凝視するクラトス。
「何を言っているのだ、リーガル殿。世界中の犬に名前を付けて回っているのだぞ!お、恐ろしいではないか。身の毛もよだつような話ではないか!」
「…は、はあ…?(さっぱりわけわからん)」
困惑したように周りを見回せば、他の三人もクラトスと同じような目で自分の事を見つめている。
「リーガル、怖くなかったのかよ?」
「ん?…あ、ああ…」
「え〜!せっかく一生懸命話したのに〜。」
非常に残念そうな表情を浮かべるコレットを見て、リーガルはさすがに胸が痛んだ。
(お世辞でも怖いと言っておけば良かったか?しかしあの話の一体どこを褒めたらいいのか分からん…。)
だがこのままでは自分一人が悪役になってしまい、どうにも気分がよろしくない。
そこでリーガルは、なんとか良い点を見つけ出し慰めの言葉をかけようと大汗タラタラで必死に考え始めるのだが、全く浮かんで来ず時ばかりがむなしく過ぎて行く。
そんなリーガルにゼロスが追い打ちをかけてきた。
「あっれ〜?もしかしておっさん、さっき自分の話がつまらないって言われたものだから嫌がらせしてるとか?」
「!!そうなのかよ、リーガル!」
「ひっど〜い!」
「えっ!?い、いや、ち、違う…私は別にそんな…」
三人から不信に満ちた視線を一身に受け、窮地に陥るリーガル。
するとそこへクラトスがまたもや助け船(?)を出してくれたのだった。
「ゼロス!そんな事を言うものではない。リーガル殿に失礼ではないか。」
「ク、クラトス殿〜〜!」
感涙にむせぶリーガル。
クラトスは再び『任せておけ』とでも言うように頷いてみせると先を続けた。
「いくらリーガル殿でもそこまでせこい真似をするわけがないだろう。きっとリーガル殿は見かけによらず剛の者なのだ。このぐらいの話では恐ろしくもなんともないのであろう。」
(いや、剛とか柔とかの問題ではなくて……と言うか、またもやものすご〜く馬鹿にされている気がするのは私だけだろうか?)
リーガルは首を傾げるも、皆は納得してくれたようで…
「なるほどそうか。リーガルは『ごーのもの』ってやつだったんだな。(←実は意味が全く分かっていなかったりする)」
「それじゃぁ、私の話ぐらいじゃ怖くないかもしれないね〜。ごめんね〜、リーガルさん。」
「今度はおっさんも怖がるような話をしないとな。」
「よ〜し!じゃぁ、次は俺の番だ。」
「頑張って〜、ロイド!!」
「リーガル殿を怖がらす事が出来れば一人前だ。頑張るのだぞ。」
「おう、任せとけって!覚悟しろよ、リーガル!」
(もう勝手にやって下さい…。)
リーガルは泣きたい気分であった。
そんな彼にロイドは咳払いを一つすると話し始める。
「ある村に一人の旅人が流れ着いたんだ。村の人々は皆親切で、旅人はすっかりその村が気に入ってしまった。そこで先を急ぐ旅ではあったが、その日は村に一泊する事にしたんだ。ところがその夜の事。夕食をとりに食堂へと下りて来た旅人はその決断を後悔したんだ。何故なら…」
そこで一度話を切り一同を見回すロイド。
「何故なら…そのテーブルに並べられていた夕食がなんと全てトマト料理だったんだと!旅人は這う這うの体でその場を逃げ出し、二度とその村を訪れる事はなかったと言う…。」
「うひゃ〜!」
「きゃあ〜!」
「ぐぎゃあああ〜!!」
皆が悲鳴を上げる中、リーガルはと言えば、やはり一人首を捻っていた。
(どう考えてもこれはギャグだろう?怪談ではないよな?)
「あれ?リーガル、怖くなかった?おかしいな〜。自信あったんだけどな。」
「ロイドよ、くじけるでない。人生とは、これ日々修行なのだからな。」
「ああ頑張るぜ、父さん!」
「よ〜し!ロイド君の敵討ちだ。次は俺様だかんね〜。おっさん、小便ちびるんじゃないぜ!!」
ゼロスは、もはや虚脱状態のリーガルをびしっと指さしそう叫ぶと話し始めた。
「あるところに一軒の食堂があった。だがここに入った者は誰一人として帰って来ず、皆は死の食堂と呼んで恐れていたんだ。そこへ勇者が現れ、怯える村人達を救う為に立ちあがったんだ。勇者は一人食堂へと向かった。ところが…」
そこで一度話を切り一同を見回すゼロス。
「ところが、なんとその食堂のコックはリフィル様だったんだ!…うっかりその料理を口にしてしまった勇者は悶え苦しみながら息絶えてしまったそうだ。」
「うおっ!」
「きゃあ〜!」
「どひゃあああああ〜!!」
「……」
(どう考えてもこれは殺人事件だろう?怪談ではなくサスペンス劇場だろうが!)
「あれ?これでも駄目ってか?」
「まだまだ修行が足りぬようだな、ゼロス。」
「くっそ〜、悔しいな。もうこうなったら意地でもおっさんに悲鳴を上げさせてやるっきゃないっしょ!」
「そだね〜。」
「おう!諦めたら終わりだかんな!」
(この上まだ続けようと言うのか!?…冗談ではない。これ以上付き合っていたら私の頭がおかしくなってしまう。ここは早々に逃げ出した方が得策だろう。)
そう考えたリーガルは引き攣った笑みを浮かべると言った。
「皆の気を殺ぐようで悪いのだが、少々気分が悪くてな。非常に…いやホントに非常に残念なのだが、先に休ませてもらってもいいだろうか?」
「ええっ?大丈夫かよ。そう言えば顔色が悪いよな。」
「熱中症かな〜?」
「もしかして俺様の話が怖かったんじゃねえ?」
「いや、そうは見えんな。恐らく仕事で疲れたのだろう。今日のところは休んだ方がいいかもしれんな。すぐに部屋に案内しよう。」
「…すまんな。」
心配してくれる皆には少々気が引けたが、この機を逃したらもう抜け出せなくなるので、リーガルは俯き加減に立ち上がるとクラトスに従った。
しかし戸口の所である事に気付き立ち止まる。
「ちょっと待ってくれ…クラトス殿、確か今『今日のところは』と言っていたな?」
「ああそう言ったが、それが何か?」
「…それはつまり明日もこの(つまらない)怪談大会を行うつもりとか?」
「もちろんだ。その為のお泊まり会なのだからな。リーガル殿も二泊三日出来ると言うし、明日は一日たっぷりと楽しんでもらうつもりだ。」
あんぐりと口を開け、かたまってしまうリーガル。
そんなリーガルに他の面々が次々に声をかけてくる。
「また明日な、リーガル!」
「明日は頑張ってもっと怖い話を考えておくからね〜。」
「明日こそ絶対に悲鳴を上げさせてみせるからね。覚悟しておけよ、おっさん!」
(いや…そんなに頑張らなくていいから…)
二泊三日だなんて言わなければ良かったと悔やむものの、後悔先に立たず…リーガルは翌日もそのまた翌日の午前中も、帰る直前まで一風変わった怪談話の洪水を浴びる事となったのであった。
その日を境にリーガルは、暇そうな社員を捉まえてはこの恐怖の体験談を涙ながらに語るようになったと言う。
「とある屋敷に奇妙な家族が住んでいてな。彼らは毎晩のように怪談と称してくだらない話を延々と繰り返していたのだ。ある日私はその家に迷い込んでしまい……」
−怪談 終−