賭け 前編


 クラトス、ユアン、ミトス、マーテルの四人は、南方に位置する、とある小さな国に来ていた。この国で、最近マナを大量に消費する兵器を開発しているとの情報を掴んだからであったが、見た所、農業中心ののどかな国でそんな様子は全くない。
「とてもきれいな所ね。本当にこんな所で恐ろしい兵器の開発なんてしているのかしら?」
「そうだな。特別大量にマナが消費されている様子もないし、どう見ても兵器を作っているようには思えん。またどっかの誰かさんがガセネタを掴まされたのではないか?」
 そう言いながら意地悪く傍らのクラトスに目をやるユアン。クラトスはムッとした表情を浮かべた。
「“また”とはどういう意味だ。前回ガセを掴まされたのはお前だろう。今回の情報は確かな筋から得たものだ。お前と一緒にしないでもらいたい。」
「フン、どうだか怪しいものだ。」
 睨み合う二人。ミトスとマーテルは慌てて二人の間に割って入った。
「ま、まだ来たばかりで分からないんだから、これからゆっくり調べていこうよ。とりあえず昼時でもあるし、ここで食事にしない?」
「そうね。きれいな湖が見えるし食事には最適な場所だわ。今日の当番はユアンだったわよね。」
「あ…ああ…」
「私、お腹がすいちゃったわ。美味しい料理をよろしくね、ユアン。」
 マーテルにニッコリと笑いかけられては無下にする訳にもいかず、ユアンはクラトスの方に険悪な視線を送りながらも、食事を作りに行ったのであった。
 そしてしばらくして、少し早目の昼食を始めたのであったが、
「なんだこれは…」
 作られた料理を前にした途端、眉をひそめるクラトス。
「何ってナポリタンにビーフシチューだが?私が腕によりをかけて作ったものだ。美味いぞ。トマトはビタミン豊富で栄養があるしな。」
「私はトマトが苦手だと言ったはずだ。それなのにお前が当番の時は決まってトマトオンリーの料理になる。これはどういう事だ!?」
「嫌がらせに決まっているだろう。」
 あっさりと言ってのけるユアンに、クラトスは目を剥いた。いきなり立ち上がると目の前の料理をひっくり返す。
「こんなもの食えるか!!」
「何をする!私は皆の健康を考えてだな…」
「何が“健康を考えて”だ。たった今“嫌がらせ”と言ったばかりだろうが!お前と言う奴は、本当に嫌な男だな。その腐った性根、叩き直してやる!!」
「それはこっちの台詞だ!」
 たちまち取っ組み合いを始める二人。
 自分の分の料理を持って避難してきたミトスは、その様子を眺めて溜息をついた。
「全く、子供みたいだね。もう少し仲良くしてくれると有難いんだけどな。」
「あら?私にはあの二人、とても仲がいいように見えるけど?」
 ミトスの嘆きにマーテルが、やはり持って逃げてきた自分のパスタを頬張りながら答えた。
「えっ?」
「なんだかんだ言って、あの二人はお互いを認め合っているわ。」
「…そうかなあ?」
 首を傾げるミトス。
 なにしろあの二人は、事あるごとに衝突を繰り返しているのだ。
 ユアンはのほほんとしているがクラトスは生真面目と、全く正反対の性格。その上ユアンは自分や姉に輪をかけたような人間嫌いであるし、クラトスは他人を全く信用しないという人間不信の嫌いがある。そんな二人が合うはずがない事は誰が見ても一目瞭然ではないか。
 困惑した表情のミトスを見て、マーテルはクスクスと笑った。
「今に分かるわよ。あの二人は最強のコンビだっていう事がね。」
 マーテルはそうは言ったが、ミトスには到底信じる事など出来なかった。
 あの二人にコンビなど組ませたらどうなってしまう事か…。
 ミトスは、そんな場面など永久に来ないようひたすら祈るのであった。
 だがそんなミトスの思いとは裏腹に、この後、四人は二手に分かれて行動する事になってしまうのである。それもミトスとマーテル、クラトスとユアン、といったミトスの考える最悪の分かれ方で…。



 昼食が終わり、ミトス達は今日はこのままここでキャンプを張ろうと言う事になり、それぞれ思いのままに時間を過ごしていた。そんな中、アイテム類のチェックをしていたマーテルはある三人連れの姿に気付いたのだった。三人は老人一人に若い男女といった組み合わせで、その中の女性が足を押さえて蹲っており動けなくなっているようだった。
 マーテルは困っている様子の三人を放っておくことが出来ず、近づいて行って声をかけたのだった。
「どうかなさったのですか?」
「いえ、ちょっと足を……大した事はありませんから、大丈夫です。」
 女性の足を覗きこんだマーテルは、驚きの声を上げた。
「酷い出血だわ。大した事じゃないですか!」
「どうしたのだ、マーテル?」
 マーテルの様子に気付いたクラトスもやってきて、同じく女性の足を覗きこんだ。その後ろにはミトスとユアンの姿もある。
「さっきモンスターに襲われてしまって…でも本当に大丈夫ですから。」
 だがマーテルはすでに回復魔法をかけ始めていた。驚き目を丸くする女性。
「ごめんなさい。私はハーフエルフで魔法が使えるの。ハーフエルフに助けられるなんて嫌だったかしら?」
「いえ、とんでもありません。ただこの辺りにはエルフもハーフエルフもいないものですからちょっと驚いてしまって…」
「それならいいのだけれど。たまにハーフエルフに助けられるぐらいなら死んだ方がマシって人がいるものだから……さあ、これで大丈夫。」
「有難うございます。」
「でも、まだ傷口を塞いだだけなの。出血が止まったから治ったと思ってしまうだろうけど、そうとう深く切れていたようだし、早くお家に帰って安静にしていた方がいいわ。無理に動くとまた傷口が開いてしまうわよ。なんなら家まで送って行きましょうか。」
「いえ、帰る訳にはいかないんです。早く薬草を採って戻らなければ…」
 焦った様子のその女性に首を傾げるマーテル。すると傍に佇んでいた若い男性が初めて口を開いた。
「リリィ、この方の言う通りだ。無理はしない方がいい。ひとまず家に戻ろう。薬草ならまた私が一人で出直してくればいい。」
「でも一人では危険です。」
「わしだっているだろう?洞窟にはわしも一緒に行くから安心せえ。」
 老人も笑顔でそう言葉を添えたのだが、女性は頭を振った。
「お父様には心臓の持病があるでしょう。無理だわ。」
「ちょっと待って。さっきから薬草だとか洞窟だとか…一体どういう事なの?よかったら話してくれないかしら。」
 三人はマーテルの方を見た。しばし躊躇した様子を見せていたが、やがてポツリポツリと話し始めたのだった。
「私達はこの近くの村で農業をしている者なのですが、息子が流行病にかかってしまったのです。かと言って医者に見せる余裕もなく、困り果てている所に、この先の洞窟にその病に効く薬草があるとの噂を耳にしたのです。そこで藁にもすがる思いで私達夫婦と義父と三人でその薬草を取りに来たのですが、ここまで来てモンスターに襲われてしまい、なんとか追い払ったものの妻のリリィが怪我を負ってしまったと言う訳なのです。」
「息子には今母が付いてくれていますが、何しろ熱が高くてあのままではいつまでもつか…。ですから一刻も早く薬草をもって戻りたいのです。手ぶらで帰る訳にはいかないんです。洞窟までもう少しと言う所まできてますし、後少し私が辛抱すれば済む事ですから…」
 そう言って再び立ち上がろうとするリリィをマーテルは押え付けて再び座らせた。
「無理は駄目って言ったでしょう?一生歩けなくなっても知らないわよ。」
 マーテルはそう言いながらポケットからハンカチを取り出すと、それをリリィの傷口に巻いた。
「あっ…そんな事をしたらハンカチが…」
「これでばい菌が入るのを少しは防げるでしょう。ハンカチの事なら気にしないで。そこら辺に売っている安物だから。」
「……」
「その薬草だけどさ、僕達が採ってこようか?」
 ミトスの申し出にリリィはハッとしたように顔を上げた。
「話を聞いてみれば、やっぱり早く薬草を持って戻った方がいいと思うんだ。でもあなたの怪我も酷いからあなたも家に帰って休む必要がある。だったら二手に分かれればいいんじゃないのかな。あなた達はこのまま家に戻ればいい。薬草は僕達が採ってくるから。」
「待って下さい!実は……」
「それは有難い!」
 妻が思わず何かを言おうとしたところへ、夫がそれに被せるように殊更大きな声で感嘆の言葉を叫んだ。
「見ず知らずの方にこんな事を頼むのは心苦しいが、ここはお言葉に甘えさせて頂こうではないか。私はお前の怪我も心配なのだよ。歩けなくなったらそれこそ大変だろう?」
 リリィは言いかけた言葉を飲み込むと目を伏せた。
 するとそこへユアンが難しい顔をして口を挟んできた。
「しかし、私達はその洞窟の場所も、この人達の家も知らんのだぞ。薬草を採ってきたとしても届けに行けないだろう。それはどうする気なのだ?」
「あ、そっか…」
 ユアンのもっともな問いに頭を掻き掻き考え込むミトス。
「そうだな…ご主人かお父さん、どちらかが案内してくれると有難いんだけど…。」
「それならお義父さん、お願いできますか?この様子ではリリィは村まで歩いて行くのは無理のようだから、私が背負って行った方がいいでしょう。」
「うむ、そうじゃな。わしでは村まで背負って行くのはちと無理じゃが、案内ぐらいならこの年寄りにもできるじゃろう。」
「そうしてもらえると有難いです。お父さんは洞窟には入らなくてもいいんだ。薬草は僕達が採ってくるから、それまで外でまっていてくれればいい。」
「ミトス、私はリリィさんに付き添って行きたいのだけれど。怪我の事が心配だし、お子様の事にしても、何かお役に立てるかもしれないもの。」
「姉さま…うん、そうだね。その方がいいかもしれない。じゃあ洞窟には僕達三人で行くよ。ね、クラトス。それでいいよね?」
 ミトスは同意を求めるようにクラトスの方を見たが、クラトスは何か考え込んでいる様子で返事をしない。
「クラトス?」
 不審気なミトスの声を聞き、クラトスはようやくその視線をミトスへと向けた。
「いや、洞窟へは私とユアンの二人で行こう。ミトスはマーテルと一緒に村の方へ行ってくれ。」
「え……何でさ。」
「帰る途中にまたモンスターに襲われないとも限らない。そんな時、ご主人はリリィさんを背負っているから戦えないだろうし、マーテルは前衛向きではないからな。お前が一緒にいた方がいいだろう。」
「だったら姉さまにはユアンについて行ってもらって、僕がクラトスと…」
「いや、ユアンは薬草について詳しいから洞窟の方に行ってもらった方がいい。」
「それなら僕とユアンが洞窟へ行くから、姉さまとはクラトスが一緒に…」
「ミトス、お前、何故私とユアンを別行動にしたがるのだ?」
「えっ!?……いや別にそういう訳じゃないけどさ…」
 クラトスに睨まれ思わず目を泳がせたミトスはマーテルに救いを求めるが、その意に反して彼女はクラトスの意見の方に同意を示したのであった。
「ミトス、ここはクラトスの言う通りにしましょう。クラトスとユアンの二人ならきっとうまくやってくれるわ。心配しなくても大丈夫よ。」
「……でも…」
 そんな姉に恨めし気な視線を送るミトス。しかしマーテルはその視線をさらりと受け流すと、
「それじゃあクラトス、私とミトスは先に村へ行っているから、薬草の方はお願いするわね。くれぐれも気を付けて。」
 そして未だ不満気なミトスを真っ直ぐと見詰め、強い口調でこう言ったのであった。
「早くこちらへいらっしゃい、ミトス。私達は私達に与えられた役割を果たすべきだわ。そうでしょう?」
 ミトスは、今まで聞いた事のないそのマーテルの命令とも取れる口調に、逆らう事は出来なかった。
「分かったよ……」
 俯きながらマーテルの元へ歩み寄るミトス。
 そんな彼が、クラトスとすれ違ったその時だった。

 “あの夫婦から目を離すな。”

 (え…?)
 ミトスは思わず立ち止まりその声の主であるクラトスの方を見るが、彼は何事もなかったかのようにそのままユアン達の方へ行ってしまった。
「どうしたの、ミトス?」
「え……う、ううん。なんでもないよ。」
 早口で、そしてすぐ近くにいる自分にしか聞こえない囁くような声だった。当然他の人たちは気付いていない。その後に彼がとった行動からしても、普通の人なら空耳だろうと聞き流してしまう事だろう。
 だが、ミトスは違っていた。今まで自分達は何度となくこうして他人には分からないように意志の疎通をはかって来た。そうしなければこの危険な旅を乗り越えてくる事など出来なかったのだ。あの言葉の意味は分からない。だが、クラトスがああ言うからには何かがあるのだ。だからクラトスは敢えて自分を洞窟組から外したに違いない。クラトスは僕を信じてその決断をしたんだ。だったら僕はその期待に応えるべきなんじゃないのか…。
「…姉さまの言う通りかもしれない。」
「え?」
 ミトスの呟きに、マーテルは不思議そうな目を向けて来た。
「きっとクラトスは僕を信じて姉さまと一緒に行くように言ったんだよね。だから僕もクラトス達を信じて、僕は僕に出来る事をやる事にするよ。」
 そう言ってニッコリと笑ってみせるミトスに、もう迷いは見られなかった。
「そうね。それが一番だと思うわ。」
 そんなミトスの笑顔に、マーテルもニッコリと笑って見せたのだった。
 こうしてパーティーは、思いもかけず二手に分かれて行動する事になったのである。




 「この洞窟です。」
 クラトス達は、老人の案内により洞窟の前に辿り着いていた。
 リリィが洞窟まであと少しの所まで来ていると言ったのは本当のようだった。分かれてから一時間もせずにここに辿り着く事が出来た。その間モンスターに襲われる事もなく今のところスムーズに事は運んでいる。
「ここか…」
 油断なく辺りに気を配りながら呟くクラトス。
「薬草は洞窟の中程にあるようです。黄色い光を放つ珍しい花ですので直ぐに分かるかと。」
「分かった。では、我々が中に入るからあなたはここで待っていてくれますか?」
 そう言ってクラトスは老人に薬包を渡した。
「…これは?」
「魔物避けの香が入っています。ここは森の中だ。魔物が出てくるかもしれない。一人で待っているのは心細かろう。その匂いを魔物は嫌います。それさえ焚いていれば襲われる事はないでしょう。」
 老人は何とも言えない複雑な表情でその薬包を受け取った。
「では行ってきます。直ぐに戻りますから。」
「……洞窟の中は暗いですから、どうかお気をつけて。」
 クラトスとユアンは頷くと、薄暗い洞窟へと足を踏み入れた。
 ところがその途端、

 ガシャ     ン!!

 いきなり分厚い鉄の扉が落ちてきて入口を塞いでしまったのだった。
「な、何だ!?」
 ユアンは必死に扉をこじ開けようとするがびくともしない。
「無駄だよ。その扉は人の力では開ける事は出来ん。」
 外から聞こえてきたその声は、先程の老人ではない若い男の声だった。
「なっ…誰だお前は!?早くここを開けろ!!」
 ユアンはドンドンと扉を叩きながら声を限りに叫んだが、もうそれっきり声は聞こえてはこなかった。
 ガクリと肩を落とすユアン。
「…一体どうなっているのだ?」
「私達は騙されたと言う事だ。薬草の話もここへ私達を連れてくる為の嘘だったのだろうな。あれは恐らくこの国の兵士だろう。ここに着いた時、我等の様子を窺っている数人の気配を感じた。お前は気付かなかったのか?」
「ああ、全く……」
 クラトスの問いに反射的に答えたユアンは、そこで目を剥いた。
「て事は、お前は気付いていたと言う事か?気付いていながら、何故何も言ってくれなかったのだ!?」
「彼等の意図するところが分からなかったし、それに人質を取られていたからな。」
「人質?」
「リリィの亭主だが、あれも恐らく兵士だ。」
「えっ!?」
「リリィの足の怪我はどう見てもモンスターにやられた傷ではなかった。あれは刃物によって人為的に付けられた傷だ。そしてあの亭主の手…。あれは農民の手ではない。きれいに手入れされた貴族の手だ。リリィの様子もどことなくおかしかったしな…。気付いてはいたが、あの亭主はリリィの傍を離れようとしなかったから、迂闊に動けなかったのだ。下手をすればあの親子が殺されてしまう可能性があった。」
「だが、私にはあのじじいも共犯のような気がするがな。助ける価値があったのか?」
「そうかもしれんし、違うかもしれない。しかし少なくとも、リリィという娘だけは何かを私達に伝えようとしていた事は確かだ。」
「そう言えば何か言いかけていたな…。ひょっとしてお前、だからミトスを向こうに行かせたのか?」
「ああ。ミトスは機転が利く。何があっても臨機応変に対応できるだろうと思ってな。」
「……なんだかその言葉、私では気が利かずぼうっとしているから任せられなかったと言っているように聞こえるな。」
「そう言ったつもりだが?」
「!!…お前って本当に嫌な奴だな!もう我慢できん。ここで決着をつけてやる!!」
 武器を構えるユアン。だがクラトスはそんな彼を余所に、洞窟の中を見回している。
「この洞窟は自然に出来たものではないな。何かの施設のような感じだ。」
「おい、無視をするな!!」
 ユアンの叫び声に、クラトスはようやくユアンの方に振り返った。
「別に戦うのは構わんが、今はここを抜け出す事の方が肝心ではないのか?」
「……む?…い、いや、それはそうだが…」
 クラトスの尤もな言葉に、ユアンはしどろもどろになってしまう。
「ならば行くぞ。洞窟内の空気が動いている所を見ると、どこかに別の出口があるに違いない。」
 さっさと奥へと進んで行ってしまうクラトス。
「ま、待て!私を一人にするな〜〜!!」
 ユアンは慌てて武器をしまうと、クラトスの後を追いかけたのだった。


 それからしばらくして、奥へと進み続けていた二人は大きな部屋に出た。そこは寒々とした何とも言えない空気が漂った部屋で、ガスボンベやら色々な研究器具が散乱している。
「やはりここは何かの研究施設のようだな。」
「研究って……おい、まさかそれは…」
 目を見開くユアンに、クラトスは頷いてみせた。
「そう……ここが私達が探していた研究所に違いない。」
「…ガセネタじゃなかったんだ…」
「そう思っていたのはお前だけだろうが。しかし、そうなるとますます分からなくなってきたな。本来なら誰にも知られたくないだろうこの場所に、何故敢えて私達を連れて来て閉じ込めたのか…」
「親切に教えてくれたとは思えないしな……。しかしここは何とも言えない臭いがするな。生臭いというのか…」
 そう言いながら部屋の中を見回すユアン。その目が奥の白い柱の前にある奇妙な物の上に止まった。
「おいクラトス。あれを見ろ。」
 それは大きなゼラチン状のドームであった。中にはたくさんの白く丸いものが転がっており、どうやらそれはモンスターの卵のようで、孵化したものもいくつか見受けられる。
 ユアンは物珍しげに中を覗きこんでいたのだが、卵の傍に置かれているものに目を留めるや否や悲鳴を上げた。
 孵った幼虫の傍に置かれているのはなんと人間だったのである。置かれている人間はもはや息がなく、此処彼処に幼虫によって食いちぎられた穴が開いていた。
「ヒイイイイイイ〜〜、こいつら人間を餌にしているぞ!!」
 その凄惨な光景に、クラトスが眉をひそめながら呟いた。
「まさか我々をここに連れてきた原因はこれだったのか?」
「な、な、何だと?それはどういう意味だ。」
「つまり……」
 クラトスが自分の考えを説明しようとしたその時、突然二人の頭上に凄まじい咆哮が響き渡ったのだった。
 ハッとして見上げた二人の目の前で、今まで柱だとばかりおもっていたものが大きく動き出した。現われたのは巨大な蛇の顔であった。
「ぎゃ     !!なんじゃこりゃあ!!」
 再び悲鳴をあげるユアン。
「何だと言われてもな…。どう見ても蛇のモンスターにしか見えんだろう?」
「何故にお前はそんなに落ち着いていられるのだ。大蛇だぞ?しかも人間を食っちまう奴なのだ。まさかお前、ショックで腰が抜けちまったんじゃないだろうな。」
「お前と一緒にしないでもらいたい。騒いだところでどうしようもないだろう?……鎧や武器を身につけた白骨も転がっている事から考えるに、恐らく、こいつが研究所に住み着いてしまい研究を進められなくなったしまった為に、旅の戦士達を誘き寄せては退治させようとしていたのだろうな。」
「そんなこたぁどうでもいい!逃げるぞ。」
「この卵を放って逃げるのか?これらが育って外に出てしまったら大変な事になるぞ。」
「そうなったとしてもこの辺りの人間どもが困るだけの事だろう?私達を騙した奴等がいくら困ろうとも知った事ではないわ。大体私達二人だけで、こんなでかいのを倒せるわけがないだろうが。食い殺されるのがオチだ!まあ、そうは言ってもお前は人間だからな。同族を見捨てるのは心苦しいだろう。だったらお前一人で戦えばいい。とにかく私は逃げさせてもらう。」
 そう言って踵を返してさっさと逃げようとしたユアンであったが、その足は直ぐに止まってしまった。背後に同じ白蛇のモンスターが二匹いたのである。それらは後ろのものに比べたら小型ではあったが、それでも自分達の背丈は優に超える程の大きさであった。
「どうした?逃げないのか?」
「う、うるさい!!」
「この部屋の出口は四か所…その内一つは私達が入ってきた所だし、もう一か所はあのゼラチンドームの後ろで使用不能な状態だ。残る出口は二か所。それもこう囲まれてしまっては辿り着くのも難しいだろう。お前が言ったように、私達二人だけではこの三匹を相手に勝てる見込みなど殆どないに等しいからな。それでもその僅かな可能性に賭けて、戦闘によって逃げ道を切り開く事を選ぶか、それともこのまま黙って食われるのを待つか…どうする?」
 クラトスの言葉に、ユアンはニヤリと笑いを浮かべると言った。
「そんなこたあ決まってる。このまま黙って食われてたまるか。その数%の勝率に賭けてやるさ。お前も知ってるだろう?私は賭け事には負けた事がない強運の持ち主なんだよ。その私が言っているのだ。この賭け、間違いなく勝てる。」
「それこそ眉唾ものの話だがな…。だが、今回に限っては、お前のその野生の勘に乗ってみる価値はありそうだ。」
 クラトスもニヤリと笑い返すと、剣を抜き放つ。
「行くぞ、ユアン。ドジを踏むんじゃないぞ!」
「ぬかせっ!お前こそ私の足を引っ張るなよ!!」
 そして二人は同時に、目の前の強大な敵に飛びかかっていったのであった。




 クラトス達が洞窟内でモンスターに遭遇したその頃、一方のミトス達の方は丁度村に帰り着いた所だった。
 夫婦に続いて村の中に入ったミトスとマーテルは、すぐに村の様子がおかしい事に気付いた。
 村の彼方此方に男が立っているのだが、彼等の風体を見る限り、どう見ても農民には見えない。天気が良いにもかかわらず農作業をする様子もなく、まるでこの村を監視しているかのようである。その男達以外の村人の姿は見えず、どうやら家に閉じこもっているようであった。
「病気のお子さんはどこにいるの?」
 夫はマーテルの問いに答える事無く、それどころか背負っていたリリィをまるで放り出すように下ろすと、マーテル達を見てニヤリと笑ったのだった。
「怪我人になんて事をするのよ!」
 痛みに蹲ってしまったリリィを助け起こしながら夫を睨み付けるマーテル。
「まったく…優しい夫を演じるのも大変だったぜ。お陰で肩が凝っちまった。」
 コキコキと首を動かしながら、夫は村内に散らばっている男達に合図を送った。
 ミトス達三人は瞬く間にその男達に取り囲まれてしまったのだった。
「……そう。やっぱり全て嘘だったのね。」
「ほう、“やぱっり”と言ったな?と言う事は気付いていたとでも?」
「馬鹿にしないでもらいたいわね。私達はずっと旅をしてきたのよ。モンスターと戦った事だって数知れない。傷を見ればそれがモンスターに付けられたものかどうかぐらい直ぐに見分けられるわ。」
「成程ね…どうやらあんた等を見くびっていたようだな。あんたが言う通りだよ。この女の傷は俺が付けたんだ。あんた達を洞窟に連れて行く為にね。」
「なんて酷い事を!」
「勘違いしないでもらいたいな。俺が無理矢理傷付けたわけじゃねえ。これはあの爺さんもこの女も同意の事なんだぜ。」
「!!……そうなの?リリィ。」
 マーテルの視線を受けると、リリィは途端に泣きだした。
「ごめんなさい!ごめんなさい!!許して下さい。私は…私は…」
「リリィ、泣いていたんじゃ分からないわ。どうしてそんな事をしたの?私が魔術を使えたから良かったものの、下手をすれば歩けなくなっていたかもしれないのよ。」
 しかしリリィは『ごめんなさい』を繰り返すばかりで泣きやむ様子がない。マーテルとミトスは、困惑したように顔を見合わせた。
 するとそこに、蹄の音が聞こえてきて馬が一頭村の中に入って来た。乗っているのは若い男と先程の老人であった。
 若い男は馬から降りると“夫”に駆け寄り報告をした。
「隊長、ご命令通りあの二人は洞窟内に閉じ込めて参りました。」
「そうか。ご苦労だった。」
「ちょっと…隊長って?…閉じ込めたってどういう意味だよ!」
「隊長は隊長さ。俺はこの近くにある研究所を警備する隊を仕切っている者だ。」
「…研究所?」
 隊長はミトスの問いにニヤリと笑うと、老人の方へ目をやった。
 老人はといえば、泣き続けているリリィを見てしきりに眉をひそめている。
「まったく、あんたの娘は話にならねえな。さっきからそうやって泣きながら謝ってばかりで、こちらのお二人も困惑してしまっているようだ。代わりにあんたから二人に経緯を説明してやってくれねえか。決して俺達に脅されてやったんじゃねえって事をよ。」
「は、はいっ…申し訳ありません。直ぐに私が説明を…」
 老人はそう言ってミトス達に目をやったが、二人の冷たい視線にどぎまぎとして目を伏せてしまう。
「どうしたのさ。早く説明してよ。」
 ミトスの棘のある言い方に、長老はピクリと体を震わせるとぼそぼそと話し始めた。
「あ…は、はい……。実は私はこの村の長を務めている者なのでございます。この村は見ての通り農業を中心とした村で、貧しいながらも平和な日々を送っておりました。ところが七年程前から洞窟に巨大な蛇のモンスターが住み着いてしまいまして…」
「洞窟って、クラトス達が向かった洞窟の事ね?」
「はい左様です。そいつは卵を生みながら仲間を増やし村を襲うようになったのです。そいつらは人間を餌にするモンスターで、私達は村を守る為に毎年一人ずつ生贄を差し出さねばならなくなったのです。」
「!!」
「しかしそれにも限度があります。これ以上毎年一人ずつ働き手を失って行ってしまったら、今にこの村に若者が一人もいなくなってしまうでしょう。そこで近くにある研究所の警備隊長様にご相談したのです。」
「あの洞窟は元々研究所の避難路として掘られたもので、研究所につながっていたんだ。」
 老人の言葉を受けて、今度は隊長が話し始めた。
「俺達も洞窟内にモンスターが住み着いた事は知っていたが、やつらは研究所の中までは入ってこなかった。だから洞窟に繋がる扉を閉めて遮断しておけば、なんとか研究を進めてこれたんだ。ところが数年前に、やつらはいきなり扉を突き破って中に入り込んで来たんだ。もちろん追い払おうとしたが、卵を産む親モンスターがえらく巨大化しており、とてもじゃないが俺達では倒す事ができなかった。結果、やつらに一番広いフロアーを占拠されちまったんだ。俺達は止む無く研究所から退避するしかなかった。そんな時、村長から相談を受けたんだ。」
「……まさか、そいつを退治させる為に僕達を?」
 隊長はミトスをチラリと見て肩を竦めた。
「あんた等が最初じゃねえ。あんた等は六人目位かな…。仕方ないだろう?これ以上あいつをのさばらせておいたら研究が進まねえんだ。かと言って俺等の力じゃ倒す事は出来ねえとくれば、旅の腕自慢達に頼むしかないじゃねえか。」
「頼んでなんかいないじゃないか!騙して連れ込んだだけだろう!?」
「初めはお願いしていたんだよ。だが、行く奴行く奴、誰一人戻って来なかった。次第に噂が広まってしまって引き受ける奴がいなくなっちまったんだよ。」
「それでもわしらには、研究所と村を守る為にも、モンスターを倒してくれる戦士がどうしても必要だったんじゃよ。」
「その為にあんなお芝居をしたって言うの?自分の娘を傷つけてまで?」
「全ては村の為なんじゃよ。」
「酷い!酷過ぎるわ!」
「姉さま、そうと分かったらこんな所でぐずぐずしてられないよ。早くクラトス達を助けに行かなくちゃ!」
 頷き、走り出そうとした二人であったが、直ぐに兵士に行く手を阻まれてしまった。
「困るんだよね、お二人さん。ここでじっとしていてくれなくちゃ。死にたくなかったらね。」
「嫌だと言ったら?」
「だったら死んでもらうしかねえな。」
 隊長の合図に、ミトス達に武器を向ける兵士達。ミトスは笑った。
「馬鹿だね。僕達が倒せると思っているの?しかもそんなへっぴり腰でさ。」
「このガキが!!」
 兵士達は、ミトスの揶揄に激高して一斉に飛びかかって来た。
 勝負は一瞬でついた。もちろん勝ったのはミトスで、兵士達は皆、ミトスの周りで目を回している。
「…殺したの?」
 マーテルの問いに、ミトスは笑いながら答えた。
「ううん、気絶させただけだよ。殺しても良かったんだけど、こんな奴等殺す価値もないもんね。」
「くっ……」
 歯ぎしりをして逃げ出そうとする隊長を、今度はマーテルがフォトンをお見舞いした。あっけなく伸びてしまう隊長。
「急ごう姉さま。早く洞窟へ…」
「ええ。」
「待って、マーテルさん。洞窟の入口は閉じられてしまっているの。だからあの方達が出てくるとしたら、恐らく研究所の方になると思うわ。研究所はあの山の向こう側よ。」
 リリィが指さした山に目をやるマーテル。
「…分かったわ。研究所の方へ行ってみる。有難う、リリィ。」
 二人は、その背に天使の羽を広げると飛び立って行く。
「ば、ば、化け物だ〜〜〜!」
 背後から長老の驚愕した声が聞こえてきたが、そんなものに構っている暇はなかった。
 早くクラトスとユアンを助け出さなければ…
 焦る気持ちを抑えながら、二人は猛スピードで研究所へ向かうのであった。


−後編につづく−