賭け 後編


 研究所では、クラトス達がモンスターと熾烈な戦いを繰り広げていた。
 二人はなんとかして目の前の二匹を振り払い戸口へ逃れようと試みるのだが、モンスターはその図体の割にすばしっこく、その度に再び回り込まれてしまっていた。しかも背後からは親モンスターが風の刃を放ってきており、それは容赦なく二人の体を傷つけ続けている。
「どわっ!!」
 そんな中、聞こえてきた悲鳴にクラトスが振り返ると、いつの間にかドームから出てきていた幼虫に、ユアンが腕を噛みつかれていた。
「ユアン、大丈夫か!?」
 こちらに援護に来ようとするクラトスを押しとどめ、ユアンはすぐにそれを切り落とすと笑って見せた。
「なんのこれしき。骨を断たせて肉を切る。これがユアン流戦術だ。」
「ユアン流は結構だが、それを言うなら『肉を切らせて骨を断つ』だろう?お前の方が骨を断たれてどうする。」
「……こ、言葉の綾だ。」
「しかし、このままでは埒が明かんな。こちらの体力ばかりが削られて行ってしまう。」
 クラトスは素早く周りを見回すと、
「ここから一番近い出口はあそこだな……。」
「しかしあそこはシャッターが下りていて、パネルを操作しないと開かないぞ。」
「分かっている。だからまず、お前が先にあのシャッターの所へ走れ。お前がパネル操作をしている間、私が時間を稼ぐ。」
「お前一人でこいつら二匹を相手にする気なのか!?無茶だ!!」
「他に方法がないんだ。分かるだろう?私達は二人とも大きなダメージを負っている上にTPも僅かしか残っていない。このままではやられてしまうのは時間の問題なんだ。術中心に戦ってきたお前に比べれば、まだ私の方がTPが残っている。時間稼ぎぐらいなら十分できる。」
「……分かった。だが無理はするなよ。やばくなったら声をかけろ。私が術で援護する。」
 クラトスは頷くと二匹のモンスターに向かって剣を構えた。
「今だ!走れっ!!」
 クラトスの掛け声と同時にシャッターに走り寄るユアン。直ぐにパネルの操作を開始した。

 “ICカードを挿入して下さい”

「なっ……ICカード!?」
 焦るユアン。
 背後を見やると、クラトスは押され気味ながらも二匹の動きを必死に食い止めている。

 落ち着け…落ち着くんだ。こんな時だからこそ落ち着かなければ駄目なのだ。
 何か方法がある筈だ。考えろ、ユアン。

 深呼吸をしながら周りを見回したユアンの目に、倒れている白衣姿の男が見えた。恐らくモンスターに襲われ息絶えたこの研究所の人間であろう。よく見ると首から何かをぶら下げているようである。
「あれだっ!!」
 そちらに向かって走り出すユアン。
 だが、その動きを親モンスターが高い位置から逐一見ていたのだった。当然の如く、親モンスターはユアンに向かってその長い首を伸ばしてくる。
 それに逸早く気付いたクラトスは対峙している二匹を有らん限りの力で吹き飛ばすと、ユアンに向かって警告を発しながら走りだした。
「ユアン、後ろだ!!」
 研究員の死体の所に辿り着き、その首からカードを取っていたユアンは、切羽詰まったクラトスの声に振り返った。すぐ目の前まで親モンスターが迫って来ている。
「…嘘だろ?」
 今から術を唱えていたのでは間に合わない。ユアンは手の中のICカードをギュッと握りしめた。

 これだけは守らなければ…。
 このカードが最後の頼みの綱なのだ。

 親モンスターの口が大きく開けられ、まさにユアンを噛み砕こうとしたその瞬間、ユアンの体は突き飛ばされて床の上に転がっていた。直後に抑えられた小さな悲鳴が聞こえてきた。
「ク、クラトスっ!!」
 彼を突き飛ばしたのはクラトスだった。ユアンが突き飛ばされた事により標的を失ってしまったモンスターの牙は、その代りに飛び込んできたクラトスの体を捕らえたのだ。
「……ユアン、私なら大丈夫だ。お前は早くシャッターを!」
「大丈夫なわけないだろうが……くっそ!」
 ユアンは一瞬躊躇した後、シャッターへ駆け寄ると、素早くパネルを操作して持っているICカードを差し込んだ。
「頼む…開いてくれ!!」

 一方クラトスは、胴体に噛みつかれながらもそれを振り解こうと必死に剣を振るっていたが、親モンスターの全身は固い鱗で覆われており、無理な体勢から繰り出す剣では到底ダメージを与える事は叶わなかった。体に突き刺さった牙は逆にどんどんと食い込んできており、その激痛に歯を食いしばり耐え続けていたクラトスも、もうさすがに限界であった。大量の出血で意識も朦朧としてきている。
「…ぐっ…ここまでか…」
 と、その時、突然親モンスターの頭上に電撃の剣が現れ、モンスターの体を貫いたのである。
 ユアンが放ったサンダーブレードであった。
「ぎゃああああああ!!」
 親モンスターが悲鳴を上げたおかげでクラトスの体は解放され、床の上に転がった。そこを襲おうとした残る二匹のモンスターも、ユアンが続いて放ったエンジェル・フェザーによって押し戻された。
「クラトス、大丈夫か!?」
「…ユアン?……通路は?」
「ちゃんと開いたから安心しろ。逃げるぞ。立てるか?」
 何とか立ち上がったクラトスを先に行かせ、ユアンはしつこく後を追ってこようとするモンスターや幼虫達に向けてタイダルウェイブをお見舞いしてから、自身も開いた通路へと駆け込んだ。
「さらばだ…」
 大波に流されているモンスター達に向かって格好つけて敬礼したユアンは、鼻歌交じりにパネルを操作して再びシャッターを閉じた……はずだった。しかし、

 ガキン……

「あれ?おかしいな???」
 ガシャーンという気持ち良い音と共に勢いよく閉じる筈のシャッターが、変な音を立てて中途半端に開いてる。
 不思議そうに下を覗きこんだユアンの目に飛び込んできたのは、親モンスターの巨大な顔だった。どうやら巨大な親モンスターにはタイダルウェイブも効果がなかったらしい。
「キャ〜〜〜〜ッ!!しつこい!しつこいぞ、お前!!」
 ダブルセイバーをブンブンと振り回すが効果はなく、ユアンは恐怖の叫び声を上げながら通路に置いてあるありとあらゆる物を投げつけたのだが、親モンスターの大きな口はそれら全てをまるでブラックホールのように吸いこんで行ってしまう。
「くっそ〜〜〜!!ならばこれならどうだ!!」
 近くにあった大きなガスボンベを火事場の馬鹿力とばかりに持ち上げ、それをパックリと開けられた親モンスターの口に押し込むユアン。しかしそえさえもあっさりと飲み込まれてしまったのだった。
「ひょええええ〜〜〜〜!!!」
 ユアンは妙な悲鳴を上げて、更に投げる物を探すが、通路はすっかりきれいになってしまっていた。
「ない!ない!…もう投げる物がなくなってしまったぞ!!」
 するとそこへ、背後にいたクラトスが投げた剣が空を切って飛んできて、それは見事にモンスターの目を射抜いたのだった。
「ぐぎゃああああああ!!!」
 凄まじい悲鳴を上げて苦しむ親モンスターに向かって、すかさずユアンがダブルセイバーを何度も何度も振り下ろした。これにはさずがの親モンスターも堪らず、悲鳴を上げながら後退し、今度こそシャッターを閉じる事が出来たのだった。
「やったぞ、クラトス!ナイスフォローだ!!」
 だがクラトスからの返事はなく、壁に背を預けたままぐったりとして動かない。ユアンは慌ててクラトスに駆け寄った。
「ク、クラトス…大丈夫か!?」
 ユアンの声に、クラトスはうっすらと目を開いた。
「……すまない…剣を失ってしまったな…もう戦うにも武器がない…」
「いや、お前がああしてくれなければ危なかったのだ。あのシャッターが閉まったお陰でモンスター達はこれ以上入ってこれないだろう。あとは奥に進んで出口を探すだけなのだから心配はいらない。」
 そういって微笑んだユアンであったが、その言葉が終るか終らない内に背後のシャッターを打ち破らんばかりの物凄い音が響いて来たのである。ギョッとして振り返るユアン。
「冗談ではないぞ。まさかあいつら、あの分厚い鉄のシャッターを破る気なのか!?」
 その勢いは物凄く、シャッターが破られるのも時間の問題のようだった。
 ユアンは軽く舌打ちすると、クラトスを背負って奥へ移動しようとした。ところが…
「ユアン…私はもういいから、後はお前一人で逃げろ。」
「なっ…何を言っているんだ?」
「もう私には戦う武器もなければ、TPもない。その上動けない私なんかを連れていっても足手纏いになるだけだ…。お前一人なら逃げられる。」
「馬鹿にするなっ!!」
「ユアン…?」
 クラトスは、ユアンの大声に、驚いたように顔を上げた。
 ユアンは握った拳を震わせて、怒りの表情でクラトスを見下ろしていた。
「そう言えば、“左様ですか?それでは遠慮なく”と私が一人で逃げると思っているのか?見くびってもらっては困る!」
「私は別にっ!!」
「…お前を犠牲にして一人生き延び、それで私が喜ぶと、お前は本気で思っているのか?私はお前にそう思われていた事が悔しくて堪らないのだ。なあクラトス。私達は何の為に力を合わせて活路を切り開いてきたのだ?二人一緒にここから脱出する為ではなかったのか?一人で逃げるなど私は絶対に嫌だからな!」
「しかし……」
「よし、ならば賭けをしよう。」
「賭け?……賭けならさっき…」
「さっきのはあの部屋から逃げられるかどうかの賭けだった。今度は二人揃ってこの施設から生きて脱出できるかどうかの賭けだ。お前はどっちに賭ける?…まあ、お前はとことん後ろ向きの奴だからな。逃げられない方か?」
「……」
「私は逃げのびる方に賭ける。そうだな。さっきは金を賭けなかったから、今度は金を賭けようじゃないか。その方が盛り上がるしな。100ガルドでどうだ?」
「…100ガルド!?」
 クラトスは笑いだした。
「100ガルドが私達の命の値段か?……随分と安っぽい命…だな…」
「煩いぞ!いいな?私が勝ったら100ガルド貰うからな。」
 ユアンはそう言いながら自分のマントを取ると、それでクラトスの体を包んだ。
「……そんな事をしたら、マントが汚れるぞ…」
 その呟きを最後にクラトスは意識を失った。
「馬鹿が。今更汚れるも何もないだろうが。死にかけてる癖に細かい事を気にするんじゃない。いいかクラトス。私は金にはとことん汚い男なんだよ。金を賭けたからには、どんなにお前が嫌がろうが、その首根っこを引っ掴んででも必ずお前を連れて脱出して見せるからな。覚悟しておけよ。」
 ニヤリと笑いを浮かべ返事がない事を承知でそう語りかけると、ユアンは、意識を失いぐったりとしているクラトスの体を背負い奥へ向かって走り出したのだった。

 いくつもの小部屋を駆け抜けながら、その度にシャッターを下ろして行く。少しでも時間稼ぎになればと考えての行為であったが、進めど進めど肝心の出口が見つからない。そうこうする内に、廊下が途絶え最奥の部屋へと到達してしまった。
「くっそお、行き止まりか?」
 後戻りは出来なかった。ここに来るまでは一本道だったのだ。モンスター達が後を追っている事が確実である以上、戻る事は殺されに行くようなものだ。
「とにかく出口を見つけなければ…」
 しかしここは機密の物を置いておく倉庫のようで窓が一つもない。
「…どうやら私達は最悪の通路を選んでしまったようだな。…ん?あそこに小部屋があるな。」
 時間もあまり残されていなかった。シャッターを下ろしながら逃げて来たものの、モンスターの怪力を考えるとあれもいつまで持つか疑問だった。しかもこの部屋のシャッターは今までのシャッターのように分厚いものではなく、格子状のかなり頼りないものであった。一応閉めてはおいたが、あれではすぐに破られてしまうだろう。
 もう選択の余地はない。
「すぐに戻るからな。少しだけここで待っていてくれ。」
 ユアンは背中のクラトスを下ろし部屋の奥の壁によりかからせると、迷いもなく小部屋へと足を踏み込んだ。
 入口にドアは付いていなかったが、よく見るとここにもシャッターが設置されていた。
「これは防火シャッターか?だがこれを閉じた所で、火は防いでくれるかもしれんがあいつ等の侵入を防ぐのはとてもじゃないが無理だな…」
 部屋の両脇には書棚が置かれており、どうやらこのシャッターはこれらの書類を火から守る為のもののようだった。
「今までの研究データをまとめた重要書類って所か…とは言え中身を調べている時間はないな。今はとにかく出口を探さないと…」
 しかしいくら部屋を見回しても出口はおろか窓さえ見当たらない。諦めて部屋を出ようとしたユアンであったが、ふと見上げた天井に大きな天窓があるのに気が付いた。
「あった!!出口があったぞ。……スイッチ、スイッチ。どこかに開閉のスイッチがある筈だ。ん?これか?」
 折角見つけても開かないでは意味がない。突き破るという手もあるが、唯でさえ全身にダメージを負っている現状、それは避けたかった。
 スイッチを押すと、窓は錆びついた耳障りな音を立てながらもゆっくりと開いてくれた。
 喜びに顔を輝かせるユアン。
 その窓は二畳分の大きさで、クラトスを抱えた状態でも十分抜け出せる広さだった。
「よし、モンスター達が来ない内に早くあそこから抜け出すとするか。」
 ユアンは揉み手しながらクラトスの元に戻ったが、そこにあったのは丁寧に畳まれた彼のマントだけでクラトスの姿が消えている。
「へっ?クラトス?…クラトス、どこだ!?」
 慌てて探すユアン。すると、
「ここだ。」
 部屋の真ん中に置かれた装置から声が聞こえ、クラトスが顔を覗かせた。
「馬鹿野郎、驚かすな!……動いて大丈夫なのか?」
「すまない。ちょっと気になる物を目にしたものでな。ユアン、この装置を見てみろ。」
 ユアンは溜息をついて、クラトスの前にある装置に近付いた。
「!?……おい、まさかこれは…」
「そう、魔導砲だ。かなり小型化されている。どうやら、この国で開発されている『マナを大量に消費する兵器』とはこれの事だったようだな。魔導砲の完成目前に研究所をモンスターに占拠されてしまい研究が続けられなくなってしまった。そこでどうにかしてモンスターを追い払おうとしたのだろう。」
「あんなでかいのでは簡単に追い出せないからな。それで戦士達を連れてきては退治させようとしたわけか……そうそう、そのモンスターから逃れる出口だが、隣の部屋に天窓があった。そこから脱出できるぞ。」
「……そうか。」
「さあ、モンスター共が来ない内に早く脱出しよう。天窓と言っても私達には羽があるからな。お前が動くのが辛いようなら私が抱えて飛ぶから大丈夫だ。」
「体の方は、なんとか動けるから心配はいらぬ。……ただ、この魔導砲を放って逃げる訳にはいかない。これが完成すれば、世界のマナの減少に拍車がかかってしまうだろう。ここはこれを破壊して行く必要がある。」
「だったら早く破壊してしまおう。」
「いや、機械の破壊は私がやるからお前は一足先に脱出してくれないか?ミトス達が心配なのだ。あの二人の事だから大丈夫とは思うが、万一という事がある。私はここを抜け出るだけで精一杯だ。とてもじゃないが村まで飛んで行く体力は残っていない。だからお前に行って貰いたいのだ。破壊が終わったら私も直ぐに脱出するから安心しろ。」
 ユアンはしばらくの間、クラトスを見詰め考え込んでいたが、
「……分かった。ミトス達の事は任せろ。お前も早く脱出しろよ。モンスター達がここに辿り着くのも時間の問題なのだからな。」
「ああ、分かっている。」
 ユアンは今一度クラトスを見やると、走り出て行った。
 笑顔でその姿を見送っていたクラトスは、ユアンが見えなくなるや否やその表情を苦悶へと変え呻き声を上げながら膝をついた。腹を押さえたクラトスの手を伝って、ぽたぽたと血が床へ落ちている。
「…すまないな、ユアン。お前の賭けはどうやら外れとなりそうだ。だが、私にはあのモンスターを放っておくことなどどうしても出来ないのだ。あの卵の数からして、奴等はこれから驚くべきスピードで増え続けるだろう。今の内に巣も卵も全て、この研究所ごと消し去っておかなければ大変な事になる。この魔導砲を使えばそれも可能だろう。どうせ尽きかけている命だ。奴等と運命を共にするのもまた一興だ。」
 クラトスはよろよろと立ち上がると魔導砲の前に座り、その照準を閉じられたシャッターの真ん中に合わせた。
「さあ、来るなら来い。この一発で全てを終わらせてやる!」
 クラトスが魔導砲の電源を入れ、震える指を引き金にかけたその時、

「成程。そいつで吹き飛ばそうって訳か。」

 ハッとして振り返ると、そこにさっき出て行った筈のユアンが立っていた。
「ユ、ユアン?何故お前がここに?」
 ユアンはクラトスの問いには答えずに、スタスタと近付いてくると魔導砲を覗きこんだ。
「しかし、さっきお前はこれは完成目前と言っていたではないか。ちゃんと作動するのか?」
「スイッチは入ったのだ。後は引き金を引けば何とかなるだろう。」
「お前もかなりいい加減な奴だな。暴発したらどうするつもりだ。」
「煩いな。他に方法がないのだから仕方なかろう?それでもこうして動いたんだ。賭けてみる価値はある。お前のくだらん賭けに比べればずっとましだろうが。」
「くだらん賭けとは随分と失礼な言い草だな。」
「それより何故戻って来たのだ。ミトス達はどうした?」
「ミトスは機転が利くし頭が切れると言ったのはお前だぞ。あの二人なら心配はいらんよ。どちらにせよ、あれは私を先に逃がす為の口実だったのだろう?真意丸見えのかなり下手くそな芝居だったな。お前ほどの大根役者はそうはいないぞ。」
「……」
「戻ってきた理由はただ一つ。お前に死なれちまったら賭けに負けちまうだろうが。そうなれば賭けに関しては無敗を誇っていた私の輝かしい経歴に傷が付いてしまうからな。」
「……お前は馬鹿か。死んでしまっては賭けに勝つも何もなかろうが。」
「一人死のうとした馬鹿なクラトス様には言われたくないな。」
「…どうなっても知らんからな。」
「覚悟の上だ。……来るぞ、クラトス。」
 ユアンの言葉通り、程なくして格子状のシャッターの向こう側にモンスター達の姿が見えてきた。中型の二匹のモンスターがシャッターを突き破ろうと体当たりを繰り返し、体の小さな幼虫達は格子の隙間をすり抜け次々に二人に襲いかかって来た。
 文字通り宙を飛ぶようにして襲いかかってくる幼虫達をダブルセイバーで切り捨てながら、ユアンは背後のクラトスに向かって叫んだ。
「何をしている?早く撃たんか!!」
「まだだ…まだ、親モンスターがやって来ていない。この魔導砲の射程距離も、ボディの強度も分かっていないのだ。チャンスは一度だけ……試し撃ちをしている余裕はない。確実に大爆発を起こさせる為には、親モンスターが来なくては駄目なのだ。」
「へ?何であのでかいのを撃つのが確実性につながるのだ?第一、このままではあのシャッターが持たんぞ。私もお前も、もうTPが空っぽなんだ。あの二匹が入って来ちまったらもう終わりだぞ。」
「忘れたのか?あの親モンスターの口に、お前が色々と投げ込んでいただろう?その中に爆薬やガスボンベがあっただろうが。」
「何を投げたかなんて覚えていない。爆薬なんてあったのか?」
「……お前なあ…」
「仕方なかろう?あの時は死ぬか生きるかの瀬戸際だったのだ。いちいち覚えていられるか!」
「あったんだよ。爆薬もガスボンベも奴の体内に吸い込まれて行った。だから今、親モンスターの体は爆発物そのものとなっているのだ。そこへこの魔導砲を撃ち込めばどうなる?」
「間違いなく大爆発を起こすだろうな…」
「そうだ。そうすればこの研究所ごと、モンスターの卵も巣も全て灰になる。」
「……ちょっと待て。そうすりゃあ確かに灰になるだろうよ。だが、ここには私達もいるのだぞ?私も一緒にお焦げになれってか!?冗談ではないぞ!!」
 クラトスは溜息をついた。
「だからお前は先に逃げろと言ったのだ。今からでも遅くはない。お前だけでも退避しろ。」
「……分かった。」
 ユアンは一言そう言うと、踵を返し奥の小部屋へと姿を消した。
「それでいい。こんな所で二人一緒に犠牲になる必要はない。」
 目を伏せるクラトス。

 シャッターの向こう側では相変わらず二匹のモンスターが体当たりを繰り返しており、幼虫達も、ユアンという防壁がなくなったクラトスに飛びかかり情け容赦なく牙を立ててきていた。それでもクラトスはその場を動く事はなく、魔導砲の引き金に指をかけながら、じっと耐え続けている。
「今更体の傷が増えたところで、全然構わないのだがな…。しかしこのままでは魔導砲を撃ち込む前に私の方が先に逝ってしまう可能性もあるな。そうなったら全てが水の泡だ…」
 クラトスは唇を噛みしめた。
 頼りなさそうに思えた格子状のシャッターも、今のところ予想以上に二匹の侵入を防いでくれている。しかし度重なる体当たりによって所々拉げ始めており、あと数分もすれば破られてしまうだろう。あの二匹の攻撃に耐えられるほどの体力は、もはや自分には残されていない。
「早く来い、親モンスター。私の命が終わる前に…早く来てくれ!!」
 クラトスが祈るように呟いたその時だった。
 シャッターの向こう側の二匹の内の一匹が、なかなか破れない事に業を煮やしたのか、突然触手を伸ばしてきたのだ。
「なっ!!」
 それは、驚きに目を見開いているクラトスに向かって真っ直ぐに伸びてくると、その体に巻き付き締めあげてきた。
「ぐわっ!!」
 魔導砲から離れまいと踏ん張るも空しく、クラトスの体はぐいぐいとモンスターの方へ引き寄せれて行く。それと同時に、モンスターの背後から無数の風の刃が飛んできた。
「これは親モンスターの?……馬鹿な。こんな時に。」
 必死に魔導砲まで戻ろうと試みるが、絡みつかれた触手によって逆にどんどん引き離されて行ってしまう。どうやら風の刃はモンスター達には無害のようで、それによって触手が切られる事はなかった。かと言って自力で触手を切り離そうにも剣がない身ではそれも叶わず、クラトスの体は無数に飛び交う風の刃に傷つけられながら引き摺られて行った。

「クラトス!!」

「えっ!?…ユアン?」
 突然聞こえてきたその信じられない人物の声に、クラトスが背後に目をやると、ユアンがダブルセイバーを手にこちらに駆けてくる所だった。
「お前…また戻って来たのか?」
「馬鹿が。誰が逃げると言った。分かったと言ったのは、お前の考えが分かったという意味で決して逃げる事に同意した訳ではない。言っただろう?私は一人で逃げる気など更々ないと」
 ユアンはそう言いながら、クラトスの体に絡みついた触手を切り落として行く。程なくしてクラトスは自由になった。
「しかし確かにお前は小部屋の方へ…」
「逃げ道を確保しに行っていただけだ。」
 再び伸ばされてきた触手を斬り捨てながら叫び返すユアン。
「そんな事より早く魔導砲を…。奴がやって来たぞ!!」
 その言葉が終らない内に、入口から親モンスターが姿を現した。入ってくると直ぐに、物凄い咆哮を上げながら他の二匹と共にシャッターを壊しにかかる。
 クラトスはともすれば倒れそうになる体を叱咤しつつ、急いで魔導砲の前に戻った。
「ユアン、そこから出来るだけ離れろ!」
 クラトスの叫びに頷いたユアンは、即座に羽を広げると後方に飛んだ。
「行くぞっ。これでも食らえっ!!」
 引き金を絞るクラトス。
 親モンスターの体は放たれた魔導砲に貫かれて粉々に砕け散り、他のモンスター達を巻き込み大爆発を起こした。そして更にその爆発は室内に置かれている様々な化学兵器の誘爆を引き起こし、瞬く間に室内は火の海と化す。
「クラトス!!」
 ユアンは、爆風の煽りを受け大きく後方へと吹き飛ばされたクラトスの体を抱え上げると、そのまま小部屋へ向かった。
 小部屋に設置されていた防火シャッターは、部屋が火の海となると同時に作動したのだが、下に置かれた書棚に阻まれまだ下り切ってはいなかった。ユアンはそのわずかな隙間を潜り抜けクラトスの体を中へと運び込んだ。
 二人が潜り抜けるとすぐにその本棚は潰れてしまい、防火シャッターが閉じられる。まさに間一髪であった。
「……ユアン?」
「逃げ道を確保してきたと言っただろう?部屋が火に包まれればあの防火シャッターが閉まってしまうのは分かっていたからな。少々心許なかったが、無いよりかはマシだと思って書棚を倒しておいたのだ。そら、あの天窓だ。あそこからなら逃げられるだろう。いつまでもこんな所にいてお焦げにはなりたくないからな、さっさと脱出するぞ。」
 ユアンはクラトスを再び抱えあげると、開かれた天窓から脱出した。
 二人が出てきた倉庫から上がった火は、次々に他の棟へと飛び火し誘爆を引き起こしながら研究所全体を火に包みこんで行く。
「あれが人騒がせな研究所の終焉か…。あのモンスターも、魔導砲も、今までの研究データも全て、あの火の中に消えちまったって訳だ。」
 ユアンはそう言いながら、傍らに転がったままのクラトスへと目をやった。
「おい、生きてるか〜?」
 呼びかけてみるが返事はなく、ピクリとも動かない。
 途端にユアンは心配になった。
「まさか死んじまったんじゃないだろうな…おい、クラトス?おいったら!!」
 体に手をやり揺すりながら、声をかけ続けるが反応が全くない。
「クラトス〜〜〜!死んじまったのか。思い返せばいい思い出ばかりが浮かんでくる。いい奴だったのに…」
 大声で泣き始めるユアン。すると、
「……まだ生きている……勝手に殺すな。」
 クラトスの目がゆっくりと開かれユアンを見上げた。
「ば、馬鹿野郎!びっくりさせるんじゃない。生きてるなら返事ぐらいせんか!!」
「…なんとか生きているようだが……酷く体が重くて動く事が出来ない…」
「大丈夫か…?」
 心配そうに覗きこむユアン。考えてみれば、自分よりクラトスの方が受けたダメージが大きいのだ。その出血の量を考えたら、未だ生きている事が不思議なぐらいだ。
「困ったな…。回復してやりたいのは山々だが、私もTPが残っていないのだ。」
 するとそこへ、
「クラト〜ス!!ユア〜〜ン!!」
「ん?あれはミトスとマーテル!?これはまた丁度良い所にやって来たものだ。まるで三文小説のような流れだな。」
 こうして二人はマーテルの回復魔法を受ける事が出来たのだった。

「そうか…やはりあの夫は兵士だったわけだな。」
 マーテルの治療を受けながら、クラトスはミトスから詳しい話を聞いていた。
「うん。姉さまも、リリィの怪我がおかしいって気が付いていたんだ。」
「私だって伊達に回復のスペシャリストを名乗っている訳ではないもの。どんな風に負った怪我か見分けぐらい付けられるわ。」
「私も気付いてはいたのだが、あの状況では言い出す事が出来なかった。結果、お前達を危険な目に合わせる事になってしまい、申し訳なく思っている。」
「仕方ないよ。あの隊長じゃ、正体がばれたらすぐにリリィさんを殺しかねなかったもの。」
「おい、あの馬に乗ってやってくるのはその噂のリリィじゃないか?」
 ユアンの言葉に一同が振り返って見ると、彼の言う通り馬が一頭こちらに向かって来ており、乗っているのはリリィのようであった。
「どうしたの、リリィ?馬に乗ったりして怪我は大丈夫なの?」
「それどころじゃないんです。皆さん早く逃げて下さい。兵隊達がこちらに向かってます。兵士殺害と研究所を破壊した罪で捕えるつもりなんです。」
「研究所の方はともかく兵士殺害って?僕達は誰も殺してないよ。」
 リリィは目を伏せた。
「…実は、マーテルさん達が去った後に村人達が暴動を起こして、あの隊長さん達を殴り殺してしまったのです。彼等は村を守ると言いながら、ずっと村人を脅して押さえ込んでいましたから。それで隊長達がお二人にやられて動けなくなっているのをいい事に皆で…」
「怒りが爆発したってわけね。」
「はい…。でも、国の兵士を殺してしまったらただでは済みません。そこで父が村を守る為に、殺したのはあなた方という事にして通報してしまったのです。」
「なんだって!?それじゃあ…」
「すみません!父は村を守る事しか頭にないんです。村を守る為に仕方なく…」
「あんた達はいつだってそうじゃないか!村を守る為に人を騙し、今度は僕達に人殺しの濡れ衣を着せようっていうの?酷いよ。村の為なら何をしてもいいとでも思ってるのか!?」
「すみません、すみません…許して下さい…どうか…」
「許せるわけないじゃないか!僕達はっ…」
「ミトス、もういい。止めるんだ。」
 更に詰め寄ろうとするミトスを、クラトスが止めた。
「クラトス…でも…」
「我々は戦う力を持っている。だが、この人達にはそれがないんだ。だから他人を利用して自分達は生き延びようとする。それしか身を守る術がないんだよ。私達にそれを責める事は出来ん。」
「……」
「リリィと言ったな?わざわざ知らせてくれて有難う。私達は直ぐにここを立ち去る事にしよう。だからあなたも村に戻るがいい。ここにいては巻き込まれてしまうだろう。」
「は、はい…」
 リリィは深々と頭を下げると、村へと戻って行った。その後、クラトス達もすぐにその場を発ち、ほんの僅かな差で追っ手の兵士達との衝突を避ける事ができたのだった。
 そのまま国境を抜け隣国に逃れたクラトス達は、平原を進んでいた。
「姉さま…。クラトスはああ言ったけど、やっぱり僕は納得できないよ。」
「ミトス?」
「だって、あれじゃあ僕達だけが悪者みたいじゃないか。人殺しで、施設を破壊するような凶悪な犯罪者みたいだ。僕達は騙された被害者だっていうのにさ。弱い立場なら何をしてもいいって言うの?…汚いよ。汚すぎる。」
「そうね…汚いわよね。でも、あの人達に騙されたからあの研究所の存在を知る事ができて、魔導砲を破壊出来たのよ。研究データが燃えてしまった今、あの国が再び魔導砲を作る事は難しいでしょう。これで少しは世界のマナの減少を押さえる事が出来る…そうは考えられないかしら?
それに…」
 マーテルはそこで言葉を切ると、クスクスと笑いだした。眉をひそめるミトス。
「それに、今回一番酷い目にあったはずの二人は、そんな事ちっとも気にしていないみたいよ。」
「え?…」
 ミトスは前を行くクラトス達に目をやった。

「ところでクラトス。私はまだ100ガルドを貰っていないのだがな。」
「100ガルド?何か欲しい物があるならばマーテルに言えばよかろう。会計係は彼女だからな。」
「ちが〜〜う!!お前との賭けでの勝利金の事だ!!」
「賭け?賭けなんてしてはいかんな。何事も地道に生きていかなければいかん。」
「貴様、惚ける気か!?あの研究所で脱出出来るか否か賭けをしただろうが。お前だって100ガルドとは安い命だと言っていたではないか!」
「確かにそんな話をした事は覚えている。」
「だったら100ガルド、耳を揃えて今すぐここに出せ!!」
「しかし、私はあの時、賭けに乗るとは一言も言っていないぞ。」
「へ?…」
「従って払う義務はない。」
「き、汚いぞ!!貴様と言う奴は、とことん嫌な奴だな。もう許さん。今すぐここで決着をつけようではないか!!」
「望むところだ!!」
 チャンチャンバラバラと始める二人。

 呆気にとられた様子で二人を眺めていたミトスは、ついに笑いだした。
「また始まったよ。ホント、子供みたいなんだから。あの二人を見ていたら、なんだか一人怒っている自分が馬鹿みたいに思えてきたよ。」
「フフフ…本当にね。」
「ちょっと二人とも何やっているんだよ〜。止めなったら!!」
 二人に駆け寄って行くミトス。マーテルも直ぐに後を追った。
「ああ、聞いてくれミトス。この意地汚い人間野郎がな…」
「意地汚いのは、そこにいる青い髪のハーフエルフの方ではないのか?」
「なんだとっ!!」
「何だ!!」
「ああ!もう止めてったら!!」
「二人とも大人気ないわよ。」

 晴れ渡った青い空の元、今日も奇妙な四人組の賑やかな笑い声が響き渡っていた。


 “今に分かるわよ。あの二人は最強のコンビだっていうことがね。”

 そうだね。姉さまの言う通りだったよ。今の僕なら分かるよ。
 クラトスとユアンは、ああ見えて、誰よりもお互いの事が理解できている最高のコンビなんだよね。

 でも、僕は出来ればあの二人のコンビが避けたいと思うよ。
 何故かって?
 だってさ、あの二人って何を仕出かすか分からないんだもの。
 その度にハラハラしていたら、僕の身が持たないもんね。


−賭け 終−