※注意 前半に下ネタが出てきます。



Mの悲劇 前編



「風邪?ミトスが?」
 ユアンとクラトスは驚いてマーテルを見た。
 珍しく朝食の席に遅れて現れたマーテル。しかもいつも一緒の筈のミトスの姿がなく不思議に思っていたのだが、まさかそんな理由があったとは…。
 マーテルは頷くと、
「ええ。ほら、あの子、この間から鼻をグズグズしていたでしょう?それがとうとう熱が出てしまったみたいで…。」
「それは大変だ!」
 突然大声を出しポケットからゴソゴソとメモ帳を取り出すクラトス。
すぐに3人用の陣形を考えなくては。
「うむ、そうだな…………って違うだろ!」
 クラトスの大声に思わず頷いてしまったユアンだったが、すぐに我に返るとメモ帳をふんだくった。
「あ…」
「『あ…』じゃないっ!!風邪を引いて熱があるのだぞ?貴様は心配ではないのか!」
「心配?何故?だって風邪だろう。風邪なんてものは2、3日寝ていれば治るものではないのか?」
「甘いな。風邪もこじらせると大変な事になる。死ぬ場合だってあるのだぞ。」
「なんと!!……そんな事を言われるとだんだん心配になってくるではないか。」

(普通、最初から心配するものだろう?)

「こうしてはいられない。風邪と言えば……ふむ、まずは体温測定だな。よし体温計を持ってこよう。」
 朝食もそこそこに走り去って行くクラトス。
「なあ、マーテル。体温計なんてあったっけか?」
「さあ…。」
 ユアンとマーテルは顔を見合わせると、仲良く首を傾げたのだった。



 クラトスがミトスの寝ている部屋へと姿を現したのはそれから数分後の事であった。ミトスは床の上で毛布に包まっており、マーテルが傍らに付き添い濡らしたタオルで額を冷やしている。ここから見ただけでも顔が赤く悪寒に震えているようで、熱は高いようだ。
 本当ならちゃんとベッドに寝て氷嚢で冷やした方がいいのだろう。しかし生憎とここはホテルではなく旅人の小屋だった。無料で利用できる代わりに、あるのは暖炉にかまど、他には備え付けの毛布と枕だけで、ベッドも冷蔵庫もない。従って利用者は自分が持っている食材で自炊し、寝る時は薄っぺらい毛布に包まり床の上にじかに寝るしかないのだった。
「大丈夫か、ミトス。」
「あ、クラトス。ごめんね、迷惑をかけて…。」
「気にするな。それより体温計を持ってきたのだ。まあその顔では熱があるのは一目瞭然だが、やはり正確な体温を測っておいた方がいいだろう。」
「有難う。」
「よし。それでは早速測るとしよう。ケツを出せ。」
「はい?……どうしてお尻?」
 ミトスは眉をひそめた。
 もちろんそういう測り方がある事はミトスだって知っている。しかし病院へ行った時でもそんな風に測られた事はなかったし、初体験の者からするとかなり勇気がいる行為だ。
「…脇の下じゃ駄目?」
「医者がそのようにしていたのだから、倣うべきだろう。」
「医者がやっているのを見た?」
 一体どこで見たのだろうと考えている内に、だんだん嫌な予感がしてきたミトス。そしてクラトスがにこやかに取り出した物を見るに及びその予感は的中していた事を悟ったのだった。
「ちょ、ちょっと待って!それって動物用の体温計じゃないか!!」
 そう。今クラトスの手にあるのは、以前ノイシュを診てくれた医者が『旅をしているのでは体温計がないと不便だろう』と言って譲ってくれた物だったのだ。
「いかにもこれはノイシュの体温計だが、人間だって動物の仲間だからな。然して変わりはないだろう。」
 笑顔で近付いてくるクラトスを見て、恐怖の表情で後退さるミトス。
「そ、そんなババッチイもん僕のお尻に突き刺す気?冗談じゃない!!……嫌だ!来ないでよ。」
「大丈夫だ。ちゃんと大吟醸『和誉』でアルコール消毒をしてある。」
「そういう問題じゃないんだよっ!」

(どうも最近お酒の減りがはやいと思っていたら、そんな事に使っていたのか!)

「と、とにかく僕は絶対にご免だからね!とっととそんなのしまっちゃってよ!!」
「しかし正確な数値は測っておいた方がいいと思うがな。」
う・る・さ・い!!
 ミトスは大声で怒鳴りつけると、お尻を掴まれないよう毛布を頭からかぶった。
「はて?……マーテル、ミトスは何を怒っているのだろうな。」
「さあ?でも気にしないで。今は何にでも反抗したい年頃なのよ。きっと反抗期ってやつね。」

(……だったら、あんたらが測ってみれば?)

 口に出して言わなかったのは、クラトスから『もちろん私も使用した』との答えが返ってきそうで怖かったから…。
 今の彼を見ていると十分にあり得る事で、そうなれば次は『だからお前も…』とくるのは必定。そう言われても、こちらとしては『クラトスのお尻が間に入っているのならいいや♪』なんて気持ちになれるわけもなく、返答に窮するのは目に見えている。
 別にノイシュを汚物扱いするわけではないが、一度動物に使った物を人に使い回しするなんて常識では考えられない事だろう。

 マーテルがボケキャラなのはとうの昔に分かっているので、彼女が何を言おうがやろうが今更驚く事はない。しかしまさかクラトスも同類だったとは…。
 パーティ内唯一まともな人物だと思っていたクラトスが実は隠れ天然だった事を知り、ミトスは大きな衝撃を受けた。

(嗚呼、なんだか頭が痛くなってきた…)

 するとそこへ、
「お〜い、何を騒いでいるのだ?病人の前では静かにしなくては駄目だろう。」
 この妙に間延びした話し方 ―― ユアンだ。
 もう一人のアホの登場に恐怖に震えながら毛布から顔を出すミトス。どうも人間不信に陥ってしまったようだ。
 しかしユアンはこの場に漂う微妙な空気には全く気付かず、相変わらずの能天気な顔でミトスに近付いてくると、持っていたビニール袋を差し出してきた。
「そらミトス、氷嚢を作ってきたぞ。」
「え?氷嚢って……だって氷は?」
 先に述べたようにここには冷蔵庫がなく、氷なんて作れるわけがない。だからこそマーテルも絞ったタオルで冷やすしかなかったのだ。
 疑わしげにユアンを見るミトス。

(まさか『氷がなくてヒョウノー!』なんて言い出すんじゃないだろうね。)

 だがユアンはそこまで馬鹿ではなかった。疑問を抱くのも尤もだとでも言うように頷いて見せると、こう説明してきたのである。
「うむ。確かにここでは氷が作れない。だが外を見たら先日降った雪がまだ残っていてな。そこでそれを代用する事を思い付いたのだ。ビニールで作った急ごしらえだが、これなら立派に氷嚢になるだろう?」
 この予想外の答えにミトスはポカンと口を開けた。
 ユアンにしてはグッドアイデアである。いや、この際『〜にしては』を付けるのはユアンに対して大変失礼であろう。クラトスのボケ発覚によってどっぷり沈み込んでいたミトスにとって今のユアンは、そこから救いあげてくれる蜘蛛の糸のように見えていたのだから。
 次の瞬間、ミトスは今にも泣きださんばかりにユアンに抱き付いていた。
「嗚呼!ユアン。君はなんて素晴らしいのだろう!後光がさして見えるよ。」
「はい?」
「君は天才だ!!今までドジだ、間抜けだなんて馬鹿にしてごめんね。」
「何だ?熱でもあるのか?…あ、いや、熱はあるのか。しかしそれにしてもなんだか気味が悪いぞ。」

「気にしないでユアン。きっと思春期にありがちな情緒不安定よ。でもユアンに後光がさして見えるなんて相当重症ね…。」
「ふむ。もしかしたら熱のせいかもしれん。浮かされて幻でも見えたのだろう。」

(……ちょっとWボケは黙っていてくれる?)

 姉とクラトスを睨みつけるミトス。
 今の言葉でユアンが気を悪くしたのではないかと案じたのだが、しかしどうやらユアンはそれよりも自分の発想が役に立った事の方が嬉しかったようで、満足気な笑みを浮かべると、
「さて、次は……ふむ、床の上で毛布一枚では寒かろう。手足も冷え切っているようだし、こんな時には温めるのが一番だ。確か向こうに何枚か余っていた筈。今持って来てやるからな。」
 そう言って張り切って部屋を飛び出して行ったのだった。

 その様子を眺めていたWボケ…もといクラトスとマーテル。
「今日のユアンは本当にきびきびとしているな。奴がこれほど風邪の対処法に熟知しているとは思わなかったぞ。」
「ええ、そうね。私達も何かお手伝いできないかしら?……!!そうだわ!…ねえ、クラトス。あの氷嚢なんだけど…。」
「ん?」

 この二人のよからぬ相談は当然すぐ傍で寝ているミトスの耳にも届いていたのだが、生憎今の彼は氷嚢の冷たさに夢見心地。聞いていないのと同じ状態だった。
 まさかその為に更なる悲劇に見舞われる事になろうとは……。
 そう…幕はまだ開いたばかりだったのである。



 それから数分後…。
 ユアンが数枚の毛布を抱えウンセウンセと戻ってくると、中からミトスの、か細く泣きそうな声が聞こえてきた。
「う〜ん…寒いよ〜、寒いよ〜。」

「!?」
 何があったのかと急いで駆け込んだ彼は、中の光景を目にするや、持っていた毛布をバサリと落とした。

 ミトスが雪に埋まっている。山のように積まれた雪から顔だけポッコリと出ている様は、まるで雪だるまのようである。
 その傍ではクラトスとマーテルが、砂場で山を作って遊んでいる子供のようにペチペチと雪を叩いて固めていた。

「だ〜〜〜〜っ!何をやっているんだ、お前ら!!」
「何って、冷やしているのだが?」
「ええ。頭だけより全身を冷やした方が効果的でしょう。」

 確かに、額を冷やしても熱を下げる効果はなく、それよりも脇の下や足の付け根を冷やした方が良いとは聞いた事がある。
 しかしこれはいくらなんでもやり過ぎだろう。これでは拷問に等しく逆効果だ。現にミトスは寒くて震えているではないか。

 ユアンは慌てて雪を除け始めた。

「「あ〜あ、運ぶの大変だったのに…」」

(『あ〜あ』じゃないっつーの!!)

 数分後、雪はきれいに取り除かれ、ミトスは敷布団代わりに敷かれた毛布の上に寝かされた。
「なんだかさっきより熱が上がったみたいね。冷やしたのにどうしてかしら?」
「うむ……ミトスが大人しく寝ていないからではないか?」
「ひ、酷いや!僕のせいだって言うのっ!?…ゴホッ、ゴホッ…」
「そら、言った傍からまた大声なんて出すから咳き込んでしまったではないか。」
「そうよ。静かに寝ていなくちゃ駄目でしょう。」
「ウエ〜〜ン」

「……」
 その様子を眺めながら考え込むユアン。
 要は程度の問題なのだ。
 どうやらあの二人は加減という単語を知らないらしい。その上に悪気がないとくるのだから本当に始末に負えない。

 これはボケ属性の者全てが持つ性質なのか?
 それともこの二人だけのものなのか?

 それは分からないが、このまま二人を放置しては暴走するばかり。ミトスにとって更なる悪化を招きかねず、精神衛生上も良くないだろう。
 二人には気の毒だが、ここはやはりしばらくの間引き離した方が良いのでは…。
 最終的にそう結論付けたユアンは『お前達は邪魔だから向こうへ行っていろ!』と、クラトスとマーテルに即刻退去を命じたのだった。



 こうして追い出された二人。意気消沈して台所へとやってきた。
 入ってくるなり調理台に手を突き、ガクリとうなだれるクラトス。
「出てくる時にミトスが私達に向けた目を見たか?完全に信用を失ってしまったな…。」
「ユアンも酷いわ。あんな言い方しなくたって…。でも心配しないでクラトス。大丈夫よ。だってあの子はクラトスを剣の師として尊敬しているもの。一度や二度の失敗で心が離れるなんて事はないわ。」
「いや……一応君も信用を失った者の中に含まれているのだがな。」
「そうだわ!名誉挽回に料理を作るというのはどうかしら?きっとミトスもあなたを見直すと思うわ。」
「いや、だから君もね……」
「そうねえ…風邪の時はどんな物を食べればいいのかしら?精のつくものがいいわよね。あと消化もよくなければね。」
 クラトスは諦めたように溜め息をつくと、
「…………昔、ばあやが風邪にはネギ味噌が一番と言っていたな。」
「あら、そうなの?」
「他にはビタミンAやビタミンCなども取るといいようだ。大根などの根菜もいいとか聞いたな。」
「ふ〜ん、ビタミンに根菜ねえ…」
 食材の入った袋の中をガサゴソと掻き回し、それとおぼしき物を調理台の上に並べていく二人。
「ん?味噌がないぞ。チッ、切らしていたのか。これではネギ味噌が作れんな。仕方がない、ネギ味噌は断念して他の料理にするか。どうせ作り方もよく覚えていないし…」
「あら、味噌ならあるわよ。ちょっと待っていてね。」
 そう言ってマーテルは台所を出て行くと、少しして小さな壺を抱えて戻ってきた。
「これなんだけど…。先日町へ行った時に怪しい商人から安く買ったの。他所では手に入らない、とても珍しいものだそうよ。」
「怪しい商人?大丈夫なのか、それ?」
「でも味噌っぽいでしょ?」
 壺の中身を掻き回すマーテル。
「ふむ、確かに……しかしなんだか凄まじい色なのだが。」
「ほら、私達は白味噌しか使った事がないけど、味噌には他に赤味噌というのがあるって聞くじゃない。きっとこれがその赤味噌なのよ。名前は確か………そう!…まめいた何とかって言ったわ。」
「まめいた?ほう、それなら間違いないかもしれん。変な名だが、『まめ』という文字が使われているからな。味噌は豆から作ると聞いた事がある。」
「でしょう?」
「うむ。これが赤味噌というものだったのか。しかしこれは珍品なのだろう?そんな貴重な物を使ってしまっていいのだろうか?」
「気にしないで。これは私のへそくりで買った物だから、言わば私物なの。あなたやミトスの役に立てるのなら喜んで進呈するわ。」
「そうか?……では有難く使わせてもらおうか。」
「どうぞ、遠慮なく使っちゃって♪……そうだわ!…ねえ、ネギ味噌の作り方を覚えていないのなら、いっその事これらの材料を全部一緒に煮ちゃっておじやにすればどうかしら?」
「成程、おじやか。それはいいかもしれんな。それなら食欲が落ちているミトスも食す事ができるだろうし。」
「それじゃあ、早速作り始めましょう。せっかくの珍しい物だから味噌はたっぷり入れてあげましょうね。」
「うむ。」
 二人は頷き合うと、包丁でトントンと野菜を切り始めたのだった。

−後編につづく−