Mの悲劇 後編
一時間後、再び目の前に現れた二人を、『今度は何?』といった様子で不審気に見るミトス。傍にはユアンが付き添っており、こちらも同様に疑わしそうな視線を向けてきていた。
やはり相当信用を失っているようだ。
クラトスは思わずめげそうになるが、だからこそ料理を作ってきたのだと必死に自分を奮い立たせた。精一杯の笑顔を浮かべながら、持ってきた土鍋を置いて蓋をあけて見せると、
「実はおじやを作ってきたのだ。」
「え?……でもこれってなんだか凄い色なんだけど…」
気味悪げに土鍋を覗くミトス。
「赤味噌で味付けしたの。だから色が赤いのよ。」
「赤味噌?」
「ええ。とても珍しい物みたいなのよ。だから大切に取っておいたのだけれど、考えてみたらこのまま持っていても宝の持ち腐れでしょ。病気のあなたに食べてもらうのが一番だと思って、二人で一生懸命に作ったのよ。これを食べて早く元気になってね。。」
どことなく恩着せがましい言い方ではあるが、このマーテルの言葉はミトスの心を鷲掴みにした。
(そんな珍しい物を僕の為に……。Wボケだなんて言って悪い事をしてしまった!)
汗水たらして料理している二人の姿が目に浮かび、感涙にむせぶミトス。病気のせいなのか、どうも感情の浮き沈みが激しいようだ。
「おい、まさかこんなけったいなもん食うつもりじゃないだろうな?早まるな、ミトス。」
鍋の中身の凄まじい色に嫌な予感がしたユアンは必死になって止めたのだが、一度感情を昂らせてしまうと、もう誰の忠告も耳に入らなくなってしまうものである。
「だって、せっかく作ってきてくれたんだよ。悪いじゃない。」
ミトスはユアンの警告をあっさり退けてしまったのだった。
(あ〜あ……どうなっても知らんからな。)
心配気なユアンを余所に、レンゲを手に取り中身を掬い取るミトス。
「ん?これは……?」
「ああ、それ?それはイチゴね。」
「イチゴ?……煮ちゃったんだ、イチゴを……」
「果物にはビタミンが含まれているでしょう?風邪にいいかと思って。」
「うむ。それに色どりにもなるからな。」
「色どりって……赤いのに赤いのを入れても色どりにはならないと思うんだけど。」
「言われてみればそうだな。」
「……」
(まあいいか。これは見なかった事にしよう。)
ミトスはイチゴを戻すと、気を取り直して他の部分を掬いあげ口に運んだ。
ところが…。
「ぐひゃ ―― っ!!……何これ、辛っ…ガハッ、ゴホッ………」
ボ ―――― ッ!!
「うおおおーーーっ!?ミトスが火を噴いたぞ。」
驚愕の悲鳴を上げるクラトス
そう。彼らが赤味噌だと思っていた物……それは実は豆板醤だったのである。そんな物をたっぷり入れてしまったものだから、おじやは超激辛に。ミトスが火を噴くのも当然であろう。
そうとは知らず、ボケをかますマーテルとクラトス。原因が自分達にあるとはこれっぽっちも考えていないようである。
「大変!ミトスがモンスターになってしまったわ!!」
「風邪だと思っていたのだが、実はモンスターに進化する前兆だったのか!」
(んなわけねえだろ!)
慌ててミトスに吸い飲みを差し出すユアン。しかしそれでは足りないと思ったのか、水を汲みに走って行く。
少しして水差しとコップを持って戻ってくると、クラトスとマーテルの姿が消えていた。
(逃げたのか!?)
「……あの二人はどこへ行ったのだ?」
ミトスはコップの水を飲み干し一息つくと、
「何だか分からないけど、僕に『待っていろよ、すぐに楽にしてやるからな。』って言ってどこかへ行っちゃった。…………ねえ、ユアン。『楽にしてやる』ってどういう意味だと思う?」
「はあ?」
見ればミトスは恐怖に震えており…。
無理もない。あれだけ酷い目に遭わされれば、疑ってしまっても当然だろう。
(だから忠告したのに…)
ユアンは咳払いをすると、なるべく刺激しないよう、やんわりと言った。
「ええと…まあ…そのままの意味だと思うぞ。」
「!!」
「あ、いや、別に息の根を止めてやるとかいう意味じゃなくて……お前があまりに苦しそうだったから、ただ単純に楽にしてやりたいと思っただけじゃないかな。」
「そ、そうだよね。いくらなんでもあの二人が僕を殺そうとするわけないものね。」
「そうだとも。」
(ミトスには悪いが私はまだ死にたくない。巻き添えを食うのはご免だ。万一の時は即行逃げ出すとしよう。)
(この間姉様のおやつを盗み食いしたのがいけなかったのかな?クラトスの食事にこっそりトマトを入れたのがばれたのか?……まあいいや。いざとなったらユアンを盾にすれば。)
「「ハハハハハ…」」
互いに腹に一物あるのを隠しながら、乾いた笑いをあげるユアンとミトス。
いずれにせよ、真意は当人達が帰ってくれば分かるだろう。
そう考えたミトスとユアンは取り敢えず二人の帰りを待つ事にしたのだが、しかし、一体どこへ行ってしまったのか、何時間待っても二人は帰ってこなかったのである。
結局クラトス達が帰ってきたのは夕方の事だった。
出迎えたユアンに弱々しい笑みを向けると、疲れ切った足取りで小屋の中へと入ってくる。
「一体どこへ行っていたのだ。ミトスも(たぶん)心配していたのだぞ。」
「薬を買ってきた。」
「はい?薬?」
目を丸くするユアン。
まさか薬を買いに行っていたとは思わなかった。
だがそれにしては二人ともボロボロの姿である。
確かにここから町まではかなりの距離があるが、ノイシュに乗って行けばモンスターとの戦闘は避けられるし時間も半分で済む。ここまで泥だらけになる事はない筈…。
「本当に薬を買いに行っただけなのか?何か他に目的があったのではないか?」
「…やはりばれてしまったか。」
「へ?」
「いや、実は初めはユニコーンの角を手に入れようと思っていたのだ。」
「ユニコーンの角?」
「あれさえあれば風邪なんて一発だろう?しかし冷たく断られた。」
それはそうだろう。ユニコーンだって風邪ごときでいちいち角を持っていかれては堪らない。
「そこで私達は一計を案じた。マーテルに気を引いてもらい、隙を見て私が飛び掛かる……そしてポキッとやるわけだ。」
「ポキッ?」
「いい考えだろう。」
「……」
「だが敵もさる者。こちらの考えなどお見通しだったようで、私達は次々に後ろ足で蹴り飛ばされてしまい、気が付いたら町の前に倒れていた。ノイシュも一緒にだぞ。あんな大きな生き物まで飛ばしてしまうなんて信じられるか?……フ…。ユニコーンの攻撃にあれほどの破壊力があったとは誤算であった。」
(何が『フ…』だ!そこは気取るところじゃねえだろ!!)
呆れて、ものも言えぬとはこの事か。
ユニコーンの角などと、どこをどうしたらそのような発想が浮かんでくるのか、ユアンは二人の頭の中を覗いてみたくなってしまった。
しかし今は薬の事を聞き出す方が先決である。
「……それで薬を買う話はどこにでてくるのだ?」
「うむ、薬か。それはだな、つまり、ちょうど町の前まで飛ばされた事だし、そのまま手ぶらで帰るのもなんだから、薬でも買っていこうかと。」
「薬はついでだったのかいっ!?」
「まあいいではないか。買ってきた事にかわりはないのだから。」
「……」
「それでミトスは?まだモンスターに変身したままなの?」
「いや、マーテル。ユアンがこれだけ落ち着いていられるのだ。恐らく元に戻る事ができたのではないかな。」
(いや、そもそも誰も変身なんかしてないから。)
ユアンは本日何度目かの溜め息をつくと、二人の疑問に答えた。
「一応、もう火は噴いていないようだな。」
「本当に?それじゃあ元に戻ったのね。ああ良かった。」
「……」
「それで夕飯は?もう食べさせたのか?」
「ついさっきちゃんとしたおじやを持って行った。今食べているところではないかな。」
「何!?それは大変だ!行くぞ、マーテル。」
「ええ。」
「だーーーっ、ちょっと待て!」
すぐさまミトスの部屋へ駆け付けようとする二人を慌てて止めるユアン。
「止めるなユアン。行かねばならぬのだ。」
「だから!何をそんなに急いでいるのだ!」
「何って、薬を飲まさなければならんだろうが。」
「薬?……お前達、私の話を聞いていなかったのか?ミトスは今食べているところだと言ったのだぞ。現在食事中なら薬を飲むのはもう少し後の事だろうが。」
「それが違うのよ、ユアン。」
「何が違うのだ?」
「だって薬屋さんに、『これは食間に飲んで下さいね』って言われたんですもの。」
ポカンと口を開け、固まるユアン。
二人はそれを了承と取ったのか、『じゃあそういう事で』と再び歩き出す。
「ねえ、クラトス。この際だから、おじやに振りかけちゃいましょうか。手間が省けるでしょう?」
「ふむ、それは名案だ。」
ここでようやく自分を取り戻したユアン。
「待て!!」
「今度は何だ?まったく煩い奴だな。」
「念の為に言っておくが、食間とは『食事中に』という意味ではないぞ。」
「え?違うのか?」
「食間とは食事と食事の間、つまり食べてから二時間ぐらいして飲むという意味だ。」
「なんと!それは知らなんだ。」
「ええ、私もよ。てっきり食事をしながら薬を飲むのが通(つう)なのかと思っていたわ。」
(いや…この事に通か通でないかは関係ないだろう?)
ユアンは再び溜め息をつくと、
「…ったく、大の大人が何を言っているのか…」
「ごめんなさい。もっと勉強しなきゃ駄目ね。」
「面目ない。なにしろ私は普段から体を鍛えているから薬とは無縁なのだ。それにうちでは買い物などは全てばあやが行っていたからな。自分で薬を買うなんて初めてだったのだ。」
(…それはもしかして……自分はばあやがいる程の金持ちの出で育ちがよく、自己管理能力に優れた人間なのだと自慢しているのか?)
腹立たしさを覚えるものの、ぐっと堪えるユアン。
そんな事よりも今一番の問題は、二人が買ってきたこの薬なのである。
ユアンが知る限り、食間に飲む風邪薬など聞いた事がない。もちろんユアンは薬屋ではないので絶対にないとは言い切れないのだが、買ってきたのがこの二人である事を考えれば、やはりここは確認しておいた方がいいだろう。
「それ…本当に風邪の薬なのか?」
「ん?そりゃあ、薬屋で買ったのだから薬に間違いなかろう。少なくともマグロには見えんよな。」
「(イラッ)そうではなく、風邪に効く薬なのかと訊いているのだ!!」
「はて?風邪専門の薬なんてものがあったのか?薬とは何にでも効くものと思っていたのだが。」
(そんな万能な薬があるなら、ぜひお目にかかってみたいわっ!)
このまま言い合っていても埒があかない。
ユアンはクラトスの手から薬の箱をふんだくると、裏側の効能書きに目を通した。すると案の定そこには胃薬と書いてあり…。
「ほら見ろ、これは胃薬ではないか!買う前に能書きを読まんからこういう事になるのだ!!」
「読む?何を言っているのだ、ユアン。能書きとは読むものではなく垂れるものだろう?」
「能書き垂れは貴様だろうがっ!!」
肩で息をするユアン。
(疲れた……本当に疲れた。)
「しかしユアンが言うように、これが本当に風邪の薬でないとすると困ったな…」
「ねえ、クラトス。他のもみんなそうなのかしら?」
「さて、どうだろうな。」
「!?…おい、ちょっと待て。他のとは何だ?」
「あら言わなかった?私達が買ったのはこれだけじゃないのよ。ねえ、クラトス。」
「うむ。どれが一番効くのか判断しかねたものでな。」
クラトスはそう言いながら大きな紙袋を持ってくると、テーブルの上にドサッと置いた。
「5〜6種類は買ったかな。」
「あら、もっとよ。10種類以上はあるんじゃない?」
「いいからよこせ!」
ボソボソ言いながら覗きこんでいる二人の前から袋を奪い取るユアン。
中身を改めると、成程そこには薬がてんこ盛りに入っており、その中には傷薬や化粧品まであった。
(どう考えてもこれはいらんだろう?てか、普通こんなに買ってくるか?)
どうりで薬屋が『これは食間に』と念を押したわけである。恐らく沢山ある薬の中でこの胃薬だけ飲み方が違ったのだろう。だとすれば、残るは食前か食後…。その中に風邪薬がある確率はぐんと高くなる。
一筋の希望を頼りに掻き回し続けるユアン。
そして数分後、サプリや胃腸薬の山の中からようやく風邪薬を見付け出したのだった。
「あった!あったぞ!!風邪薬だーーっ!!」
「おお!あったのか。探し出すのに少々時間がかかり過ぎのような気もするが、まあ兎に角無事に見付ける事ができたのだからな。これで一件落着というわけだ。よかった、よかった。」
「あら駄目よ、クラトス。いくら仕事が遅くたって、ユアンなりに頑張ったんですもの。ここはもっと褒めてあげなくちゃ。……よくやったわ、ユアン。偉い、偉い。」
(一体、どの口が言っているのだ!全部お前達のせいだろうが!!)
再び湧き上がってきた怒りを必死に抑えるユアン。この二人に言いたい事は山ほどあったが、この薬を飲めばミトスも楽になれる筈。早く持っていってあげた方がいいだろう。
ユアンは、(わざとらしく)拍手喝采している二人は無視して、大事そうに箱を抱くと、ミトスの寝ている部屋へ向かったのだった。
こうして薬を飲んでぐっすり眠れた事もあったのだろう、翌日にはミトスの具合はだいぶ良くなっていた。やはり風邪には温かくしてよく休む事が一番のようだ。
「ミトス、具合はどう?」
「昨日よりは気分が良さそうだな。」
「あ、姉様にクラトス。ユアンに聞いたよ。二人が薬を買ってきてくれたんだよね。お陰さまでこの通り。昨日に比べたらずっと楽だよ。有難う。」
「あら、お礼なんていいのよ。」
「うむ。仲間として当然の事をしたまでだからな。」
(まったく……よく言うよ…)
ここでユアンがぼやいたとしても、誰にも責められないだろう。寧ろそのぼやきを口に出さなかった事を褒めてあげるべきではないだろうか。
そんなユアンの嘆きも知らずに語り続ける三人。
「本当によかったわ、元気になって。でもまだ今日一日は大人しくしてなくちゃ駄目よ。」
「うん、分かってる。」
「何かしてほしい事があったら何でも言ってくれ。」
「え、本当に?いいの?」
「うむ、もちろんだ。遠慮なく言ってくれ。」
「……」
食べていたお粥に目を落とし、考え込むミトス。
(そうだよね、病気の時ぐらい甘えたっていいよね。)
「それじゃあ、早速お願いしちゃおうかな。」
「うむ。何がしてほしいのだ?」
ミトスはニッコリ笑うと口を大きく開けた。
「クラトス、あ〜ん♪」
「?」
(ああ、もう!鈍いんだから!!)
キョトンとした顔のクラトスに苛つくミトス。
今度はおかゆと自分の口を指さし、更に大きく口を開けた。
「あ〜ん♪」
(どう?これで分かったでしょ?)
しかしクラトスにはまだ分からなかったようで…。
彼はミトスの口を覗きこむとこう言ったのである。
「ふむ。やはりまだ少し喉が赤いようだな。痛いのか?」
「ちがーうっ!食べさせてって言ってるの!!」
その様子をチラチラと見ていたユアンは笑いを堪えるのに一苦労だった。
だが堪える必要はなかったのかもしれない。何故なら当のミトス自身、怒鳴った後に笑い出してしまったのだから。
一通り笑い終えると、再び口を開けるミトス。今度はクラトスもちゃんとお粥を掬い取ったレンゲを差し出してきた。
今回は色々と酷い目に遭わされたけど、でもそのお陰で分かった事がある。
みんな、それなりに僕の事を心配してくれたって事。
他人よりずれていたって、天然ボケだって、ドジだって、別にいいじゃない。
だって、クラトスも姉様も、そしてユアンも、僕の大切な仲間なんだから。
そりゃあ、ちょっと困る時もあるけどさ。
でもそんなの気にならないぐらい、僕はみんなが大好きだよ!
「これからもよろしくね。」
ミトスは三人に向かってそう言うと、笑顔でレンゲにのっているお粥をパクリと食べたのだった。
−Mの悲劇 完−