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城の裏庭の片隅に西の塔と呼ばれる塔がある。それはその昔に犯罪を犯した貴族を幽閉する場所として使われていたものであった。クロス王子の部屋はそこにあるのだが、そんな曰く付きの塔だからか、入り口の扉は分厚い鉄製な上に常時鍵が掛けられている。その為、入る時には毎回近衛隊長の所まで鍵をもらいに行かなくてはならない。
何故そんな所に王子の部屋があるのか、誰もが抱く疑問であろう。
しかしこれはクロス自身が望んだ事なのであった。もちろん城内にもちゃんとクロスの部屋はある。クロスも最初はそこで暮らしていたのだが、なにしろ周りは皆人間だけ…。未だ反対勢力が根強く残っている事も手伝って、なかなか城の者に馴染む事が出来なかったのだ。そしてついには一人西の塔へ移りたいと言い出してしまったのだった。
とは言え、クロスは王子。ゆくゆくはこの国の王となる身なのである。このままで良いわけがなく、国王はなんとかしてクロスの心を開かせようとあらゆる手を尽くしてきた。だがそのどれもがうまくいかず、最後の手段として用いたのが、クロスと同族であるハーフエルフを話し相手として連れてくる事だったのだ。
しかしこれもあまり成功したとは言えなかった。国から国へと渡り歩く事に慣れてしまったこの者達は、定住を望まず、クロスがやっと心を開きかけたと思ったら またすぐに彼の元を去っていってしまうのだ。
おかげで最近は人間だけでなく同族のハーフエルフにさえ警戒心を抱いてしまう始末。王もほとほと困り果てており、そんな所へミトスが現れたのだった。今までのハーフエルフ達と違って、ミトスならクロスと年も近い。きっとクロスの頑なな心を解してくれるに違いないと期待を寄せていたのだった。
しかし当のミトスはとてもじゃないがそんな楽観的にはなれなかった。王から聞いた今までの話から察するにクロスの人間嫌いは相当なものである。しかも最近はハーフエルフでさえ避けるようになってしまったと言う。そんな人物の心を開かせるなんて芸当が自分に出来るとは到底思えなかったのだ。それに旅の途中であるのは自分とて同じ事。いずれクロスの元を去らねばならないのなら最初から会わない方が彼の為ではないかとも考えた。
詰まる所この時のミトスは半分やる気を失っていたのである。だが執拗なまでに食い下がり、挙句の果てに土下座までしてみせた国王に、どうしても断る事が出来ず、仕方なく会うだけ会ってみる事にしたのだった。
案の定、クロスへの第一印象は最悪なものであった。笑顔で挨拶をするミトスに対し、おどおどとした目を向けてくるばかりで一言も発しない。陰気を地で行くような少年だったのである。暗い色でまとめられた部屋の雰囲気やミトスとは対照的な銀色の髪と瞳が余計に暗さを感じさせてしまったのかもしれない。
だが一度打ち解けてみれば、それは全くの誤解だった事に気が付いた。彼も普通の少年と同じだったのだ。いやそれどころか、とても利発で魅力的な少年だったのである。
それが分かってからというもの、ミトスはクロスに会う事がとても楽しみになった。そして今では親友と呼べるまでに打ち解ける事が出来たのであった。
これには国王も大層喜び、ミトスにこのままずっとこの国に留まってくれるよう懇願してきた。だがミトスはまだ返事をしていない。そうしたいのは山々であったが、旅を止める事は同時に三人の仲間との別れを意味する。ミトスはクロスとも仲間達とも別れたくはなかったのだ。それで両方への返答を避け、今日までずるずると引き延ばしてきてしまったのだった。
つまりミトスはクラトスが言った通りの事を考えていたのだった。唯一つ違う点があるとすれば、ミトスがこのような状態をずっと続けていけると思っていた事…。よしんばどうしても答えを出さねばならない状況に追い込まれたとしても、仲間の誰かが自分の代わりに何か良い方法を考えてくれるに違いないと、すっかり周りに甘えてしまっていたのだった。
だがこれはミトス自身の問題であり、彼が自分で答えを出さなければならない事。相談に乗ってくれと言うのなら未だしも、代わりに答えを出してくれなどと言うのは、あまりにも虫がいい話なのである。
そしてこの甘さが隙を生み、この後の事態を招いてしまう事に、この時のミトスは全く気付いていなかったのであった。
そして今日もミトスはいつものように朝早くからクロスの部屋を訪れていた。
今二人が夢中になってやっている事、それは町の模型作りだった。と言ってもただの模型ではない。これは二人が描く未来の姿なのだ。
最近二人はよくハーフエルフについて語り合っていた。
現在のハーフエルフが立たされている状況を良くするにはどうしたらいいだろうか…。
そして二人が散々考えて出した結論が、ハーフエルフによるハーフエルフだけの国を作り上げる事だったのである。
そこにはもちろん人間はいない。よって人間の価値観が持ち込まれる事はなく、ハーフエルフ達は周囲の目に怯える事無く自由に羽を伸ばす事が出来るのだ。
クロスはミトスに言った。
「ハーフエルフはエルフと人間のそれぞれの良い所を引き継いでいる。だから本当はどの種族よりも優れているんだよ。エルフも人間もそれが分かっているから僕達を恐れ、殊更虐げるんだ。」
それを聞いた時、ミトスは成る程と思ったものである。
「そうか…。言われてみれば確かにそうだね。そんな事考えた事もなかったよ。」
「誰でも長きに渡り虐げられていると、だんだん卑屈になっていってしまうものなんだよ。僕自身そうだったから良く分かるんだ。」
「クロス…」
「でも君に会って、僕は変わる事が出来た。だから今度は僕が皆に勇気を与える番なのさ。流浪の民であるハーフエルフ達が自分に誇りを持って生きていけるように、疲れた心と身体をゆっくりと休める場所を作ってあげたいんだ。」
「それがこのハーフエルフの国なんだね。そんな事考えるなんてすごいや、クロス。」
感心頻りのミトスに、クロスは照れたような笑いを浮かべた。
「僕からすれば君の方がすごいと思うけどな。ハーフエルフの立場を良くする為に世界を旅しているんだもの。」
ハーフエルフの立場を良くする為?…そうなんだろうか?何か違う気がする。
首を傾げるミトス。
「どうしたの?」
「え?…いや、そうだったかなってちょっと思ったものだから…」
「何を言っているんだよ。」
クロスは笑った。
「君が僕に話してくれたんじゃないか。大戦を終わらせてマナ不足から世界を救ったら、ハーフエルフの住みやすい世の中に変えるんだって…。僕はそんな君に感化されたんだよ。」
「そ、そっか。そうだったね。」
未だ納得出来ないミトスであったが、自分がハーフエルフの立場を何とかしたいと思っているのは事実なのだ。少々言葉のニュアンスが違っても行き着く先が同じならそれでいい。それよりも何と無しに自分が話した事を、クロスがちゃんと覚えていてくれた事の方がミトスは嬉しかったのである。
「でもこの町の実現にはきっと気が遠くなるような歳月が必要なんだろうね。国を建てる土地も見つけなくちゃならないし、見付けたら見付けたで町作りには莫大なお金がいる…乗り越えなければならない課題は山のようにある。希望を捨てず頑張っていれば、いつかそうなる日が来るのかな。あ〜あ、魔法みたいにパッと出せたらどんなにかいいだろう…。」
「何を言っているの、ミトス。この完成間近の模型と同じように、僕達の夢が叶う日もそう遠くはないんだよ。だってもう、土地も町もお金も目の前にちゃんとあるじゃないか。」
「え?」
「忘れたの?僕は王子なんだよ。近い将来この国の王になるんだ。」
「あ…そうか。それじゃあ、この国を?」
「僕は最初からそのつもりだったよ。その為の準備ももう始めている。ただ、やっぱりこれには信頼できる協力者がどうしても必要なんだ。僕一人じゃ無理なんだよ。そこでミトス。それを君に頼みたいんだけど…駄目かな?」
「いいに決まってるじゃないか。もちろん協力させてもらうよ。その時が来たら、いの一番に駆けつけるよ。」
ミトスはすぐさまにっこりと笑ってそう答えたのだが、それを聞いたクロスは些か眉を顰めると、
「そうじゃない。僕が聞いているのは、これから先君がずっと僕の傍で一緒にやって行ってくれるのかどうかって事なんだよ。」
「え、これからずっと?…あ…でも僕は…」
表情を一転させ、俯き加減に口ごもるミトス。
しかしクロスは、そんなミトスの様子には気付かぬ素振りで強引に話を進めていく。
「そうなるといつまでも客間ってわけにもいかないよね。実は僕、今度この部屋を二人部屋に改装しようと思っているんだ。そうすれば一日中二人一緒にいられるようになる。どう?いい考えでしょ?」
「ちょ、ちょっと待ってよ…僕はまだ…」
「ああ、あとこの塔の合鍵も作っておいたよ。」
ポケットから鍵を取り出し、ミトスの手に握らせるクロス。
「そのキーホルダー、僕とお揃いなんだよ。部屋の改装にはまだ少し時間がかかるけど、それがあればここにいつでも好きな時に来る事が出来るでしょう?」
「クロス…だから僕はまだ…」
「それから、君の仲間達の事も考えなくちゃね。彼らには城の中に各自部屋を与えるよう指示するよ。ええと、それから…」
「ちょっと待ってったら!僕の話を聞いてよ!!」
勝手に話を進めていくクロスに堪りかね、ついに大声を出すミトス。
クロスはピタリと動きを止めた。
「そりゃあ、僕だって君と一緒にいたいと思っているよ。でも僕は旅の途中だし、今まで一緒に頑張って来てくれた仲間がいる。僕一人の我が儘で簡単に旅を止めるって訳にはいかないんだよ。だからそんなに急がないで、もう少し待って…」
クロスを傷付けないように慎重に言葉を選びながら宥めようとするミトス。
ところが今度はクロスがそんなミトスに向かって堪りかねたようにこう叫んだのだった。
「もう少し、もう少しって、一体いつまで待てばいいのさっ!!」
「!!」
「…僕はもう三週間待ったよ。いつか君が『一緒に夢を追っていこうね』って言ってくれるのを、ずっとずっと待っていたんだ。それなのに君はまだ待てと言う。待っていれば確実にここに残ってくれると言うのなら、僕はいつまででも待つよ。でも違うでしょう?これだけ待たされて、期待させて、結果、やっぱり旅に出る事にしたなんて答え、僕は聞きたくない。そんなの残酷すぎるよ!」
このクロスの心からの叫びに、ミトスはハッとすると目を見開いた。
自分の優柔不断さが周りの人達をどれだけ傷付けてしまっていたか、今初めて気が付いたのだった。
「クロス、ごめんよ。僕は…」
「もういいよ。旅にでもなんでも行けばいい。心配しなくても僕は平気さ。捨てられるのも一人ぼっちにも慣れているからね。」
言葉の一つ一つがミトスの胸に突き刺さってくる。
しかしクロスは、そんな後悔の念に顔を歪めているミトスにも容赦はしなかった。
「このハーフエルフの国の構想にしたって、結局君は本気じゃなかったんだろう?ただ僕の話に適当に合わせていただけなんだよね。いや、心の中で何夢物語のような事を言っているんだって嘲笑っていたのか。」
「そんな!!…ち、違う!僕は嘲笑ってなんていない。僕は心底共鳴していたよ。一緒にやりたいって思っていたんだ。」
「そんなの大嘘だ。だったら何故君は人間なんかと一緒にいるのさ!!本当にハーフエルフの国を創ろうと思っているなら、そんなのおかしいじゃないか!」
「え…?」
「正直僕はね、前から不思議で仕方がなかったんだ。ミトスは何故人間なんかと一緒にいるんだろうってね。人間とハーフエルフは天敵のようなものだ。理解し合えるわけがない。散々利用された挙句に捨てられるのが落ちさ。人間なんて信じるものじゃない。確かクラトスとか言ったっけ?君と一緒にいる人間…。きっと余程口がうまいんだろうね。君みたいな人があっさり丸め込まれちゃったんだから。」
「!!丸め込むって…そんなんじゃない!クラトスは信じるに足る立派な人だよ。」
「いやに彼の事を買っているようだけど、所詮人間でしょ。このハーフエルフの国にしたって、彼の耳に入ったら最後、きっと猛烈に反対して潰しにかかってくるに違いない。だって人間にとってそんな国が出来るのは脅威に他ならないだろうからね。」
「そんな事ない!クラトスだったら分かってくれる筈だよ。彼は他の人間とは違うんだ。僕や姉様の途方もない夢を聞いても笑わなかったし、いつも陰日向となって僕達を支えてくれている。クロスは会った事がないから分からないんだよ。」
「それじゃあ君は彼の全てを知っていると言うの?彼の事を一度も疑った事がないと?」
「え?……そ、それは…」
思わず言葉を詰まらせ、目を伏せるミトス。すぐに『ない』と言い切れなかった自分に愕然とする。そんなミトスをクロスはしばらくの間黙って眺めていたが、やがて溜め息をつくと優しい声音で言った。
「そんなに恥じる事はないと思うよ。ハーフエルフなら誰だって人間が信じられなくて当たり前なんだ。君はね、自分で自分に嘘を吐いているだけなんだよ。よく考えてみなよ。君だって自分の境遇を嘆いた事がある筈だよ。僕には分かる。必死に誤魔化そうとしているけど、君の心の中も実は人間に対する憎しみや不信感で一杯なんだ。その事実を素直に認める事が今の君には必要なんじゃないかな?」
クロスの銀色の瞳に見詰められ、ミトスは身体を強張らせた。彼に見詰められるとミトスはいつもこうなる。まるでその銀色の光の奥深くにそのまま吸い込まれ、心を丸裸にされてしまうかのような錯覚に陥ってしまうのだ。クロスの持つ精神力はそれ程強いものだったのである。ある意味ミトス以上かもしれない。
それでも今までは不快に思わなかった。むしろ全てを曝け出す事に心地良ささえ覚えたものだ。でも今は…。
「……クロスがクラトスの事をそう簡単には信じられないって気持ちも分かるよ。君は今まで散々人間達に酷い目に遭わされて来たんだもの、同じ人間である彼を憎んでも仕方がないのかもしれない。でも本当にクラトスだけは違うんだ。クラトスは僕を裏切ったりはしない。だから…お願いだから彼の事を悪く言うのは止めてよ。」
俯きながらも飽くまでクラトスを庇おうとするミトス。だがその声に今までのような力は感じられなかった。
クロスは再び溜め息をつくと、
「そっか……君がそこまで言うのなら、あるいは本当にクラトスって人間は信じられるのかもしれないね。でも悪いけど、正直、僕はまだ信じられない。彼がハーフエルフの味方だと言う確かな証拠を見せてくれない事にはね。」
「証拠?」
必死に考えるミトス。
彼は自分が好きなクラトスが同じぐらい大好きなクロスに疑われてしまっている事が嫌だったのである。二人には仲良くなってもらいたかった。だからなんとかして疑いを晴らしたかったのだ。そこで彼はクロスにこう提案したのだった。
「それじゃあ、こうしないかい?僕がここに留まる事にしたって話すんだ。もちろんハーフエルフの国の構想もちゃんと話してね。それを彼が受け入れてくれれば君も納得出来るんじゃないかな。」
「それはそうだけど……でもミトスはこれから先どうするかまだ決めていないって…」
「うん。でも僕も君と一緒にいたいって思っている事は本当なんだよ。ただ仲間をうまく説得出来る自信がなかっただけで…。でもこの作戦がうまくいけば、同時に姉様やユアンも説得出来る訳で、これで大手を振ってずっと君と一緒にいられるようになるんだよ。僕の悩みは解決するし、クラトスへの君の疑いも晴らす事が出来る。一石二鳥じゃない?皆を騙すようでちょっと後ろめたい気がしないでもないけど、それで君が新しい仲間として受け入れられ、今度は五人で今まで通り皆と一緒に仲良くやっていけるのなら、こんなに嬉しい事はないもの。」
「……君は僕の事を仲間だと思ってくれているの?あんな酷い事を言ってしまったのに。」
「当たり前じゃないか。そもそも僕がいつまでも煮え切らない態度をとってしまっていたのが悪かったんだ。それなのに君は僕の夢に共感してくれて、ハーフエルフの国と言う現実化可能の構想を考え出してくれた。君はもう、姉様やユアンやクラトスと同じ、僕の大切な仲間だよ。」
「有難う、、ミトス!」
嬉しそうに顔を輝かせるクロス。しかしすぐにまた不安そうな顔になると、
「…でもうまくいくのかな?クラトスは人間だからやっぱり反対するかもしれない。それどころかある事ない事僕の悪口を言って、ミトスとの仲を裂こうとしてくるかも…」
「だ〜か〜ら〜、クラトスはそんな事しないって。大丈夫、うまく行くよ。今は国創りを手伝うって立派な理由が出来たわけだし、きっと説得出来る筈さ。」
「…うん、そうだね。」
「よし!善は急げだ。早速これから話しに行って来るよ。」
張り切って出口へと向かうミトス。
「あ、鍵はさっき渡したのを使って。」
「うん、有難う。それじゃあ、ちょっとだけ待っていてね。三人を連れて戻って来るからさ。」
ミトスはにっこりと笑うと手を振り出て行った。
ところが、同じように手を振りながら見送っていたクロスは、ミトスの姿が扉の向こうへ消えるや否や、突如その表情を一変させたのだった。そこからは今までのようなおどおどとした様子など微塵も感じられない。
「ミトス…悪いけど君が考えているようにはいかないと思うよ。恐らく君の提案には、クラトスばかりか姉さんやユアンも反対してくるんじゃないのかな。だって君は何も知らないんだもの。僕は肝心な事を君に話していない。でも戻って来たらゆっくりと話してあげるよ。僕はね、ミトス。皆と同じじゃ嫌なんだよ。君にとって一番の存在じゃなければね。僕は君の姉さんもユアンも必要ないんだ。もちろんクラトスなんて論外だね。僕が必要なのはミトス…君だけなんだよ。」
クロスの顔にゆっくりと笑みが広がって行く。それはミトスには終ぞ見せた事のない、傲慢とも取れるような自信に満ち溢れた笑いだった。
そしてやがて、塔の中にクロスの勝ち誇った笑い声が響き渡ったのだった。
その頃、クラトスは重い足取りで部屋へと向かっていた。
あの少年の誘いは断ったものの、落ち着いて考えてみれば確かにこの国には謎が多すぎる。そこで自分なりに調べてみたのだが、思ったよりも町の者達の口は堅く、また誰が憲兵なのか分からぬ以上迂闊に動き回る事も出来ず、結局何も得る事は出来なかった。
そこでふと足を止め考え込むクラトス。
しかし何故少年はあのような言い方をしたのだろう。奥歯に物が挟まったような口ぶりで最後まで『あいつ』の正体も、誰が狙われているのかも明かさなかった。真実を話した方が人は動かしやすい。それなのに何故全てを話そうとしなかったのか?
何か明かせない理由があったのか。それとも…
「私の所為か。」
少年を信じる事が出来ず協力を拒み続けた自分。その姿を見て、少年の方でもまた私の事を信じられなくなってしまったのかもしれない。
クラトスは溜め息をついた。
「とにかく一度ユアン達に相談した方がいいな…。」
そう決断し、クラトスが再び歩き出そうとしたその時だった。
「こんにちは。お散歩に行ってらしたんですか?」
声をかけてきたのは城のメイドであった。彼女は食事の用意から部屋の掃除まで、自分達の身の回りの世話一切をしてくれている人で、顔馴染みである。しかし今までは顔を合わせても目礼を交わす程度で、こうして話をするのは初めてであった。そして今日の彼女はいつものメイドの姿ではなく私服で大きなボストンバックを持っている。
「そうだが……君は?どこか旅行にでも行くのかい?」
「え?…ああ、この荷物ですか?実は私、昨日で年季が明けたもので、これから田舎へ帰るところなんです。そうしたら丁度姿をお見かけしたものですから、ご挨拶をしようと思って。」
「ああ成る程。こう言う場合はおめでとうと言えばいいのかな?」
「あんまりおめでたくもないんですけどね。帰ったら帰ったで両親が早く嫁に行けって煩くて。」
ペロリと舌を出しながらそう言うメイドを見て、クラトスは微笑を浮かべる。
「そう言えばお連れの方、どうやら殿下とうまくいってらっしゃるようで安心しました。今朝も楽しそうに西の塔へ行くのをお見掛けしましたし…」
「西の塔?」
「あら、ご存じなかったんですか?そこに殿下の部屋があるんですよ。」
「城の中にあるのではなかったのか……しかし何故そんな所に王子の部屋が?」
「なんでも、殿下ご自身が望んだ事みたいですよ。どうして望んだかまでは分かりませんけど、随分と変わった方のようですから特に理由なんてないのかも。」
「…君はクロス王子に会った事があるのかい?」
「いいえ。私のような身分のものが御前に出られるわけがありませんもの。でもお噂だけは耳に入ってきてました。とても気難しい方のようで…。それを聞いて私、確かにそうかもって納得しちゃってたんです。だって今まで話し相手としてやってきた方全員が一月も持たずに、皆、夜逃げのように急にいなくなっちゃったんですよ。これってよっぽどの事でしょう?だからこれじゃあ、この先もずっと殿下のお友達になろうなんて方は現れないんじゃないかって心配していたんです。」
「ちょっと待ってくれ。夜逃げって…挨拶もしないで旅立ってしまったと言う事か?」
「ええ。たぶん陛下や殿下にも何も告げずに行ってしまわれたんじゃないかしら。ご存知ならこちらに何か連絡下さる筈でしょう?そんなもの何もなかったから、いつものように朝食をお持ちしたんです。そうしたらもう、もぬけの殻で…。皆さん前日の夜まではちゃんといらしたんですよ。これって夜中に逃げ出したとしか考えられないですよね。」
「皆が皆、同じようにいなくなったのか?」
「ええ。どなたも全く同じ。だから同僚と、ハーフエルフって夜行性なのかしらって話して……あ、ごめんなさい。別に馬鹿にしているわけじゃないんです。」
「分かってるよ。それで、彼らが出て行くのに誰も気付かなかったのか?」
「ええ、誰も気付きませんでした。だって夜中じゃ、皆疲れて眠ってしまってますもの。」
「それはそうだな…」
「でもどうしてそんなに気になさるんですか?以前の方達が何か?」
「ん?いや別に意味はないんだ。少し興味があって聞いてみただけだよ。」
「そうですか?それならいいですけど。」
「ところでその西の塔と言うのはどこにあるんだい?」
「裏庭に建っているんですけど……あ、でも行っても中には入れませんよ。いつも鍵が掛かっているんです。」
すぐに裏庭に向かおうとしていたクラトスであったが、メイドのこの言葉にピタリと足を止めると怪訝そうに振り返った。
「鍵?」
「ええ。だから入る時には近衛隊長さんから鍵をもらってこないと。お連れの方も毎日そうしている筈ですよ。」
「…何故王子のいる塔に鍵をかけるのだ?それではまるで監禁ではないか。」
「そうですよね。実は私も不思議に思って、以前隊長さんに尋ねた事があったんです。そうしたら警護の為には仕方がないんだって仰っていました。それで私も納得したんですけど…あの、やっぱりそれっておかしいですか?」
考え込んでしまった様子のクラトスを見て、不安そうな表情を浮かべるメイド。
「え?…あ、いや。近衛隊長がそう言っているのなら間違いはないだろう。」
「そうですよね!ああよかった。短い間だったけど、自分がご奉公していたお城で何かあったらやっぱり嫌だもの。それに私、殿下の事がなんだかお気の毒で。なんとか幸せになってもらいたいって思っているんです。」
「気の毒?」
首を傾げるクラトス。
確かにクロス王子がハーフエルフが故に不当な扱いを受けてきた事は、宿屋の主人の話を聞いて知っている。だが結局彼は父王に引き取られ、こうして城の中で日々の食事にも困らない安穏な生活を送る事が出来るようになったのだ。未だ重臣達からの差別は受けているものの、父王と言う強力な味方もいる。他のハーフエルフ達に比べたらどれだけ幸せな事か…。
するとメイドはクラトスの僅かな表情の動きから、その心の内の疑問を感じ取ったのだろう。顔を近付けて来るとこう囁いたのだった。
「あの、これは私から聞いたって言わないで欲しいんですけど。ただの私の勘違いかもしれないし…。実は陛下は殿下にとことん冷たいんです。いえ、何だか避けている感じと言った方がいいのかしら?だって、私、三年間ここにご奉公していたんですけど、その間陛下が塔の殿下に会いに行かれるのを見たのが数える程しかないんです。それも事務的な用事がある時だけで。正直私には、お二人の間に親子の情みたいなのが全く感じられないんですよね。」
「!!」
驚きの表情を浮かべるクラトス。
それを見たメイドは少々慌ててしまったようだった。
「あ、でも、親子の間って他人から見ても分からない所があるし、やっぱり私の勘違いなのかも。ごめんなさい、変な事言っちゃって。どうか話半分に聞いておいて下さいね。」
「フ…、そんなに慌てて弁解しなくてもその辺の所はちゃんと心得ているから大丈夫だよ。」
そう言って微笑んだクラトスを見て、メイドはホッとしたような表情を浮かべると、
「あら大変、もうこんな時間だわ。私そろそろ行かないと…」
「そうか。今まで有難う。田舎に帰っても元気でな。」
「はい。有難うございます。皆さんにもよろしくお伝えください。それじゃあ、失礼致します。」
笑顔で去っていくメイドを見送っていたクラトスは、その姿が角の向こうへ消えると急に難しい顔になって考え込んでしまう。
突然姿を消してしまったハーフエルフ達。これが今回の件に無関係だとは、どうしても思えなかった。それからメイドの話によって急浮上してきた、父王とクロス王子の不仲説…。これが真実だとすると、あの国王は息子思いの父親を演じていた事になる。
もちろん何の証拠もない。だが、やはりこの国には何かあると見て間違いないようだ。
そしてこれらの事からクラトスにはある一つの推論が浮かんで来ていた。もしこれが正しければ大変な事になる。
あの少年から聞いた話とも合わせ、なんだか嫌な予感がしてならなかったクラトスは、とにかくこの件をユアン達に伝えるべく急ぎ部屋へと戻って行ったのだった。
-つづく-