クラトスが部屋に戻って来ると、いつもは夕食まで戻ってこないミトスも部屋におり、珍しく三人が顔を揃えていた。だがその空気はやけに重苦しく、三人とも押し黙ったままである。
「どうしたのだ?」
 怪訝そうに尋ねたクラトスの声にユアンが振り返る。
「クラトスか……どうもこうもない。こいつ、やっぱり旅は止めようだなんて言い出しやがったんだ。夢だ、理想だなんて散々叫んでおきながら、友達と離れたくないからってそいつを全てあっさりと放り出そうって言うんだから、呆れちまうじゃないか。今までの苦労は一体何だったんだ!?」
「…それは本当なのか?」
 ミトスに目をやるクラトス。
「違うよ。誰も放り出すだなんて言っていない。僕はただ、これからはここを拠点にして活動していけばいいんじゃないかって言っただけだよ。今まで僕達が旅をして来たのは、ハーフエルフだってだけで行く先々で冷たい目で見られ、どこにも落ち着く事が出来なかったからでしょう?でもこの国ならそんな心配はいらない。クロスも協力してくれると言っているし、わざわざ辛い旅を続けなくても情報は集められる筈さ。クロスはね、僕達の理想を理解してくれたんだよ。言わば僕達の新しい同志なんだ。」
「新しい同志?…ふん、笑わせるな。高いところにふんぞり返っている王子様に何が分かるって言うんだ。所詮お飾りにすぎんのだろうが。」
「そんな事ない!何も知らないくせにクロスの事を悪く言うのは止めてよね、ユアン!!…クロスはお飾りなんかじゃない。だって、彼は王位を継いだらこの国をハーフエルフの国にしようとしているんだよ。流浪の民のハーフエルフが安心して休める止まり木を作ろうとしてくれているんだ。こんな凄い事、誰にでも考え出せる事じゃないだろう?」
「ハーフエルフの国!?」
 目を見開き顔を見合わせたマーテルとユアンを見て、満足気な笑みを浮かべるミトス。
 思った通りの反応だった。ハーフエルフなら誰だって自分達の国が出来ると聞いて悪い気はしない筈…効果覿面と言ったところだろう。この調子だと皆を説得出来るに違いないと思ったのだった。
 ところがそこへ今まで黙って話を聞いていたクラトスが口を挟んできたのだった。
「……今、ハーフエルフの国と言ったな?そうなると人間はどうなるのだ?」
「その国はハーフエルフだけの国だから人間はいない。あ、でもクラトスは別だよ。クラトスは僕達の仲間だものね。」
「私の事など聞いてはいない。今ここで生活している人達の事を言っているのだ。この国のハーフエルフと言ったらクロス王子だけで、あとは国王をはじめ、重臣や兵士達、国民に至るまで皆人間だろう。この人達をどうするつもりなのだ?彼らはこの国で生まれ、ずっと暮らしてきた。この国は彼らにとって祖国なのだぞ。それを追い出そうと言うのか。」
「え?そ、それは…」
 思わず言葉を詰まらせるミトス。国創りのみに浮かれ、そこまで気が回らなかったのだ。だがここで詰まってしまっては元の木阿弥と、必死に説明を始める。
「だ、大丈夫だよ。クロスだったらその辺のところはちゃんと心得ているに違いない。他に移住させるとか、方法だったらいくつもあるもの。元々ハーフエルフに理解がある人達ばかりだから、時間をかけてきちんと説明すれば分かってくれると思うし…。それにさ、これはクロスが王位を継いでからの事で、実際に動き出すのはずっと先の話なんだよ。まだ計画の段階だから色々と問題も出てくるさ。でもその一つ一つを皆で力を合わせて解決していけばいい事でしょう?」
「…つまり我々にもそのハーフエルフの国創りに協力しろと?」
「そうだよ。だってこれって素晴らしい事じゃない。僕達の理想が実現するんだよ。もちろんマナの減少を食い止める方が最優先事項である事に変わりはないよ。でもそれはさっきも言ったように、ここにいながらでも情報を集められるし、何かあればここから現地へ向かえばいい。だから、ねえ、いいでしょう?皆も手伝ってくれるよね?」
「私は反対だな。」
 即答したのはユアンだった。
「確かにその発想は素晴らしいと思う。虐げられている者でも寄り集まれば世界を動かすだけの大きな力を得る事が出来よう。だがな、この国でと言うのが気に食わん。私はこんな所からはさっさとおさらばしたいんだよ。」
 ミトスはムッとした表情を浮かべるとユアンを見たが、すぐに思い直す。
 ユアンはミトスが何を言おうがいつも真っ先に反対を唱えてくるのだ。しかしマーテルとクラトスが賛成すれば結局すぐに折れてくる。
 そこでミトスはひとまずユアンは措いておく事にして、クラトスの方へと向き直った。
「クラトスはどう思う?賛成してくれるよね?」
 このミトスの態度にムッとした表情を浮かべるユアン。
「こら、私を無視するな!!これから理由を述べようとだな…」
「煩いな。ユアンはただ天の邪鬼なだけでしょう。」
「なっ!?…お前、それはあまりにも失礼ではないか!」
 だがミトスはがみがみと言っているユアンを余所にすると、再びクラトスへ目をやった。
「で、クラトスはどう思う?もちろん賛成してくれるよね?」
「私は……」
 そう言ったまま目を伏せ黙り込んでしまうクラトス。心の内で何か戦わせている様子だ。
 ミトスは眉を顰めた。
 自分の提案に対してクラトスが返答を渋るのは珍しい。彼は今までミトスに逆らう事はしなかった。いつだって味方でいてくれたのである。それなのに今回に限って、何故こんなにも迷っているのだろう。
「…どうしたの、クラトス?」
 ミトスが心配気に声を掛けるが、それでもクラトスは俯いたままである。ミトスの中で徐々に不安が募っていく。
 そしてクラトスは、しばらくしてようやく顔を上げると、予想外の言葉を返してきたのだった。
「やはり私もここに留まる事には反対だ。寧ろ一日でも早くここを発つべきだと思う。この国は我々にとって危険でしかない。」
「!!…な、何を言っているの!?」
 信じられないと言う様子で思わず大声を上げるミトス。
「この国のどこが危険だって言うのさ!!ここの人達はハーフエルフを差別したりしないし、皆とても親切だ。危険どころか他の所に比べればずっと安全じゃないか。」
「それが作られたものであったらどうする?」
「どういう意味だよ!ハーフエルフに優しい国なんてあり得ないとでも言いたいわけ!?」
「そうではない。お前はこの町の片隅にある高い塀に囲まれた施設の事を知っているか?」
「え?」
 ミトスは突然何を言い出すんだといった目でクラトスを見た。
「…そこには子供から老人まで罪を犯した者達が大勢収容されており、皆、過酷な肉体労働を強いられている。明るい町中とは一転、地獄のような場所だ。」
「だ、だからどうだって言うのさ。罪を犯せば償うのは当然でしょ。そこに子供だとか老人だとかは関係ない。何の不思議もないじゃないか。」
「確かに正論だな。だがそれは、犯した罪が裁かれるに値するものであった場合の話だ。」
「え…?」
「あそこにいる人達の罪とは、皆ほんの些細な事ばかりなのだ。ハーフエルフに少し肩がぶつかってしまっただけの者や道を尋ねられ答える事が出来なかった者、挙句の果てにハーフエルフの前で泣いていただけの子供までが引っ張られている。これが罪と言えるのか?あれは犯罪の取締りなどではない。単なる締め付けだ。」
 目を見開くミトス。
「町には私服の憲兵が配置され、四六時中国民を監視している。何かあれば即逮捕だ。憲兵と言えば通常は軍隊内の秩序を守る為にあるものだが、この国の場合は国民を押さえ込み思想を無理矢理統一させている組織と言えよう。この国はハーフエルフに優しい国なんかじゃない。国民を威し、無理矢理にそうするよう仕向けただけの虚構に過ぎないんだ。」
「そんなの出鱈目だ!!…ハーフエルフに優しい国と言うのが嘘だっただなんて、そんな事信じられるものか!」
 頭を振りながら叫ぶミトス。
 するとそんなミトスにマーテルが、済まなそうに口を挟んできたのだった。
「ミトス…気持ちは分かるけど、クラトスが言った事は本当なのよ。私も今日初めてユアンから話を聞いたの。最初は信じられなかった。でも実際にこの目で見てようやく自分の愚かさに気付いたの。」
 驚いてユアンに目をやるミトス。
 ユアンは肩を竦めると、
「私の時は本屋の主人だった。二、三日前、偶然ハーフエルフが万引きをしている現場に出くわしたんだ。初めての事でもあり、主人はそれ程責めずに許し、ハーフエルフは謝罪して帰って行った。ところがその夜、なかなか寝付けなかった私が夜の町をぶらついていたら、その主人が憲兵に引っ張られて行くのを目撃したんだ。彼はそのまま収容所へと送られその日の内に処刑されちまった。ハーフエルフが万引きをしたのは、店の方にそうさせる原因があったからで、それは死罪に相当する程の重罪なんだとよ。」
「!!」
「更にショックだったのは、連行される現場に野次馬が多くいたにも拘わらず、誰一人として彼を弁護しようとしなかった事だ。まあ、当然と言えば当然だよな。下手に口出ししてみろ、今度は自分が収容所送りになっちまうんだから。」
「……」
「これで分かったろう?クラトスが言ったように、この国の連中は心からハーフエルフに好意を抱いている訳ではないのだ。憲兵が怖くて、そんな振りをしているだけなんだよ。」
「だったら…だったら、それこそクロスの力が必要なんじゃないかな。それは皆、陛下が…ううん、もしかしたら周りの重臣達が勝手にやっている事かもしれない。もちろんクロスは何も知らないんだよ。だから話せばきっと陛下に進言してくれる筈さ。」
「……本当にこの件にクロス王子は関係していないのだろうか?」
 クラトスがぽつりとそう呟いたのを聞いて、ミトスはきっとなった。
「それどういう意味?クラトスはクロスがやらせたとでも言いたいの?」
「やらせたとまでは言わないまでも、何らかの形で関わっていると見る方が自然だろうな。」
「なっ…何でそんな事!!」
「このように国ぐるみで嘘を吐いてまでしてハーフエルフの旅人を集めても、人間である国王や重臣達には何の益もない。」
「でもそれはクロスの話し相手を探す為だって…」
「だが、国王と王子の間に軋轢があるとの噂もあるのだ。そうなるとその理由も疑わしくなってくる。」
「え?だって…そんな…」
 目を丸くするミトス。これはミトスにとって全くの初耳だった。

 息子の為に自分に土下座までしてみせたあの国王の姿…あれが皆芝居だったと言うのか?
 そんな事、信じられない!

「それでなくてもクロス王子には謎が多過ぎる。まず第一に何故彼は西の塔で一人で生活しているのか。」
「それはクロスが周りの人間達を信じられず、なかなか馴染めなかったからだよ。仕方がないじゃないか。今まで散々酷い目に遭ってきたんだから。」
「だとしてもだ、何故塔の入り口に鍵を掛ける必要がある?これではまるで幽閉ではないか。近衛隊長は警備の為と言っているようだが、普通王族となればそれぞれに直属の警備兵が付く筈だ。鍵など掛けずとも兵士を立たせれば済む事だろう?」
「……」
「それともう一つ。お前の前にこの城に招かれたハーフエルフ達の事だ。」
「それなら知ってるよ。皆、クロスを捨ててまた旅に行っちゃったって言うんだろう。これこそ酷い話さ。クロスは悪くない、と言うか被害者じゃないか。」
「そうではない。被害者はハーフエルフ達の方だ。彼らは皆、何の挨拶も無しに突然姿を消している。これが一人二人だけならただの礼儀知らずで済むかもしれない。だが、全員となると話は違ってくる。こんな偶然の重なりがあるだろうか?しかも城を出て行く姿を誰も見ていないと言う。例えメイド達の目に留まらなくとも、城を出るには城門を通らなければならない。その城門には警備の兵士が常駐しているのだ。彼らに見られる事なく城外へ出る事など、どう考えても不可能なんだよ。」
「だからどうだって言うのさ!それがクロスの仕業とでも?おかしいのはクラトスの方だよ。今言った事は全て推論で証拠は何もない。それなのにそれを皆クロスに結び付けようとしている。クラトスは何が何でもクロスを悪者にしたい訳?どうしてクロスを目の敵にするのさ!!」
 ついに爆発するミトス。その脳裏にクロスの言葉が浮かんできた。

“人間なんて信じるものじゃない。”
“クラトスは人間だからやっぱり反対するかもしれない。それどころかある事ない事僕の悪口を言って、ミトスとの仲を裂こうとしてくるかも”

「そうか…クラトスは人間だったんだよね。」
 ミトスがポツリと漏らしたその呟きに、クラトスはギクリと身を強張らせた。
 それを見たマーテルが急いで二人の間に割って入ろうとしたのだが、それをユアンが引き止める。

 (ユアン?)

 不思議そうに振り返ったマーテルに、ユアンは静かに頭を振ってみせた。
 押し黙るマーテル。

 そんな二人を余所に、ミトスはクラトスを睨み付けると言った。
「やっぱりクラトスは人間だったんだね。だから僕達ハーフエルフの気持ちなんて分からないんだ。」
「人間だとかハーフエルフだとか、そんな事は関係ない。私は事実を言っているだけだ。」
「関係あるさっ!!…何が事実なの?クラトスはただクロスを悪者にしたいだけでしょう?僕がクロスと協力してハーフエルフの国を創ろうとしているのがそんなに面白くないの?」
「そうではない。私はただ、簡単に信用するべきではないと言っているのだ。さっきも言ったようにこの国は嘘で塗り固められている。クロス王子の言う事が真実だとは言い切れないだろう?」
「今度はクロスを嘘吐き呼ばわりするんだ。」
 ミトスは笑みを浮かべた。だがそれは今までのような親しみのこもったものではなく、侮蔑の笑みであった。
「でも残念だったね。あなたかクロス、どちらを信じるかと聞かれれば、僕は間違いなくクロスの方を信じるよ。だってあなたは人間だもの。所詮僕達とは違う生き物なんだ。」
「ミトス!!」
 これにはさすがにマーテルも我慢の限界だった。つかつかと弟の前に歩み寄るとその頬を叩こうとする。だがそれを止めたのは、他ならぬクラトス自身だった。
「いいのだ、マーテル。」
「クラトス?」
 そんなクラトスに、嘲笑うかのように言葉を継ぐミトス。
「そうだよね。何も言えるわけがない。全部本当の事だもの。それでも僕はあなたの事を信じていたんだよ。クロスがあなたを否定した時だって、あなただけは他の人間とは違うんだって庇ったんだ。それなのに、こんな風に裏切られるとは思ってもいなかったよ。やっぱりクロスの言った通りだった。あなたを信じようとした僕が馬鹿だったよ。」
 ミトスの怒りは留まるところを知らず、次から次へと溢れ出てくる。信じていた者に裏切られたという思いが更にそれを助長させているようであった。
「でもあなたは今まで僕達の為に働いてきてくれたものね。だから最後のチャンスをあげるよ。今ここで僕やクロスに対する非礼を詫びるなら許してあげない事もないけど、どう?」
 ミトスは完全にクラトスを負かした気になっていた。ところが…

「ふざけるなっ!!」

「!!」
 初めて聞くクラトスの怒号に、ミトスは思わずその身を震わせた。今までクラトスがこれ程までにミトスに対して感情を露にした事はなかった。どんな我が儘にもいつだって黙って言う事を聞いてくれていたのである。クラトスは自分には絶対に逆らわない、そう思っていた。それなのに…。
 信じられないと言ったようにクラトスを見上げるミトス。
 そんなミトスにクラトスは、抑えてはいるが確かな怒りを感じられる声でこう言った。
「非礼だと?詫びるなら許してあげない事もないだと?お前は一体何様のつもりだ!!私の事を僕(しもべ)だとでも思っているのか?生憎と私はそこまでおちぶれてはいない。…確かに私は人間でお前達はハーフエルフ。その点に関しては変えようのない事実だ。だが私は嘘を言った覚えはないし、従って謝らねばならぬ道理はない。」
 そして小さく息を吐くと踵を返し戸口へと歩き出す。
「ちょ、ちょっと、どこへ行くのさ。」
「人間だから信じられないと言うのなら、これ以上私がここにいても仕方がないだろう。信頼できぬ者同士が共にいても害をなすだけだ。」
「逃げるの?大体ここを出たって、あなたには行くトコなんてどこにもないじゃないか。意地を張らずに素直に謝った方がいいんじゃないの。」
 しかしその言葉に対するクラトスの返事はなく、彼はそのまま出て行ってしまったのだった。
 マーテルはおろおろとクラトスが出て行った戸口とミトスとを見比べていたが、ミトスが動く様子がないのを見て取ると部屋を飛び出して行った。

「待って、クラトス!」
 階段の手前でようやく追い付いたマーテルは、クラトスの腕を掴んで引き戻す。
 振り返ったクラトスは苦笑を浮かべた。
「すまない。少し言い過ぎたようだ。大人げなかったな。」
「いいえ。悪いのはミトスの方よ。ごめんなさい。まさかあの子があんな事を言うなんて…。ねえ、戻りましょう。戻ってもう一度よく話し合った方がいいわ。」
 しかしクラトスは頭を振った。
「無駄だよ…もう私が何を言ってもミトスには届かない。」
「いいえ、まだ望みはあるわ。ミトスは本心からあなたを嫌っているわけじゃないのよ。だから…」
「もういいのだ。こうなる事は分かっていた。全て覚悟の上で言った事なのだ。」
「クラトス…。」
「だが、クロス王子からは危険な臭いがする。何の確証もないが、このままこの国に留まっていては何か大変な事が起こるような気がしてならないのだ。だから、もう彼とは会わぬようミトスに忠告してみてくれないか。私で駄目でも、君の言う事ならミトスも耳を傾けてくれるかもしれない。そして出来ればこの国から立ち去った方がいい。」
「……分かったわ。でもあなたはどうするの?」
「さあな。あんな風に恰好のいい事を言って出てきたものの、よく考えてみれば情けない事に、私にはこれと言って行く場所もない。ミトスに言われた通りだ。」
 自嘲気味に苦笑を浮かべるクラトスを見て、マーテルは何も言えなかった。
「……しかしまあ、それは追々考えるとして、取りあえず町に出て頭を冷やしてくるよ。」
 クラトスはそう言うと、マーテルに向かって軽く手を上げ階段を下りて行った。



 マーテルが部屋に戻ると、すぐにミトスが駆け寄ってきた。マーテルが一人だけなのを見て少し失望したような顔をすると、廊下に顔を覗かせて辺りを見回す。
「やっぱりあいつ、尻尾巻いて逃げ出したんだね…。」
「あいつって誰の事?」
「あいつはあいつだよ!仲間の振りして僕達を騙し続けていた裏切り者だよ!」
「私には誰の事を言っているのか分からないわ。だって裏切り者の知り合いなんていないもの。」
「クラトスの事だよっ!!」
 苛々としたように叫ぶミトス。
「全く何を考えているんだか。僕達の側を離れたってどこにも行く所なんてないじゃないか。野垂れ死ぬのが落ちだよ。」
「やっぱり心配?」
「ち、違うよ。別にそんなんじゃない…」
 ミトスはマーテルから目を逸らすと部屋の中へ戻った。
「そうさ。僕は心配なんかしていない。だって、ハーフエルフの国創りが始まれば人間の彼がいたって邪魔になるだけだもの。いなくなってくれて丁度良かったんだ。」
「……ミトス、その事なんだけど、私はまだ返事をしていなかったわよね。今ここで返事をさせてもらってもいいかしら?」
「うん、聞かせてよ。もちろん賛成だよね。」
「いいえ。私はその建国には反対よ。」
「!!…ど、どうしてさ!だってこの構想が実現すればもう人間に虐げられる事もなくなるんだよ。」
「確かにそうかもしれない。でもねミトス、ハーフエルフ同士が寄り集まって人間の迫害から逃れたとしても、それは一時的なものに過ぎない。それじゃあ何の解決にもならないのよ。思い出して。私達は何を志して旅に出たのかしら?私達が目指している世界は、人間もエルフもハーフエルフもない、同じ大地に生きるもの同士、皆が手を取り合って……」
 そこまで言ってから、マーテルはハッとして言葉を切った。今までずっと考えてきた事の答えがはっきりと見えた気がしたのだ。ユアンの方を振り返ると、彼も同じ事を考えているようでそっと頷き返してきた。

“そんな風にハーフエルフがちやほやされる事がお前達の掲げる理想だったのか?”

「そうだったの……あなたはこれを言いたかったのね。」
「姉様?」
 マーテルは、意味が分からず首を傾げている弟をまっすぐに見据えると言った。
「ミトス…やっぱりあなたの、いえ、クロス王子の考え方は間違っている。だから私は協力出来ないわ。」
「!!姉様はクロスが間違っているって言うの!?そんな事あるわけないじゃないか。クロスは僕達の理想実現の為に力を貸してくれようとしているんだよ。ハーフエルフの事を誰よりも考えているんだ。それなのに…」
「いいえ。少なくとも彼は私達の理想を理解してくれてはいない。私達とは見ている方向が違うのよ。もし理解してくれているのなら、クラトスの事を悪く言って疎外するような真似はしない筈ですもの。」
「そんなのクラトスが人間なんだから当たり前じゃないか!クロスが言っていた。人間とハーフエルフは天敵のようなものだから理解し合えるわけがない。散々利用された挙句に捨てられるのが落ちだってね。そう言われても最初は僕だってクラトスの事を信じていたさ。でもさっき、クラトスがクロスの事を殊更悪く言っていたのを聞いて、クロスが言っていた事は本当だったんだって思った。クラトスはどうしても僕とクロスの仲を裂きたかったんだ。自分の目論見に気付いたクロスが傍にいたんじゃ、これから先僕達を利用しにくくなっちゃうもんね。」
「ミトス、あなた…クラトスが言う事よりクロス王子が言う事の方を信じると言うの?クラトスはここまで一緒に戦ってきた仲間なのよ!?」
「仲間なんかじゃない!!薄汚い人間なんかが仲間のわけがないじゃ…」
「ミトス!!いい加減にしなさい!!」
 マーテルはミトスに歩み寄るとその頬を思いっきり叩いた。
 ミトスは叩かれた頬を押さえ驚愕の表情で姉を見詰めていたが、やがて、
「姉様もクラトスも大嫌いだっ!!」
 と叫ぶと部屋を飛び出して行ってしまう。
 マーテルは後を追おうとしなかった。いや、追えなかったのだ。自分がした事に自分自身が驚いてしまい、呆然と赤くなった掌を見詰めていたのだった。
「…大丈夫か?マーテル。」
「ユアン。私…私…こんな事するつもりじゃなかった。ミトスを叩くなんてそんな…」
 両手で顔を覆い泣き出すマーテル。
「ユアン、どうして?どうしてあの時私を止めたの?…ミトスとクラトスが言い争っていた時に二人を止めていればこれ程拗れたりはしなかった筈なのに…」
「……」
「あ…ごめんなさい。これって八つ当たりよね。」
「いや、いいんだ。確かに君が言うようにあの時止めに入っていればあるいは元の鞘に収まったかもしれない。でもそれでは何も変わらないと思ったんだ。あんな風に本音をぶつけ合うなんて、私達にとって初めての事じゃなかったかな?もう何年もの間一緒にいると言うのに考えてみれば不思議な話じゃないか。本気でぶつかり合って初めてお互いの真の姿が見えてくる…私はそう思う。だから私達にはああする事が必要だったんだよ。」
「でもそのお陰で私達、バラバラになってしまったわ。」
「こんな事で壊れてしまう程度の絆なら、例え今は繋ぎ止められたとしてもこの先いつか破滅を招く事になる。それなら今ここでぶっ壊れちまった方がいい。」
「ユアン……」
「心配しなくても大丈夫だよ。あの二人の絆は私達が思っている以上に強いものだ。ちょっとやそっとの横槍で壊せるものじゃない。もっと二人を信じようじゃないか。」
「…そうね。あなたの言う通りかもしれない。でも私怖いのよ。ミトスはクロス王子に心酔しきっているわ。クラトスがクロス王子は危険だって言っていたけれど、私もそう思うの。このまま行ったら、何だかあの子があの子でなくなってしまうような気がして……あっ、大変!!」
「な、何だ!?突然大声を出して。」
「あの子、きっとクロス王子のところへ行ったのよね?クラトスに、もうミトスをクロス王子に会わせないようにって言われていたのよ。早く連れ戻さないと…」
「しかし私達はクロス王子の部屋がどこにあるか知らないのだぞ。」
「何を言っているの。王子は西の塔にいるってクラトスが言っていたでしょう。」
「西の塔って言われたって…」
「馬鹿ね。西の塔なんだから西にあるに決まっているでしょう!」
 そう言って部屋を飛び出して行くマーテル。
「あ、ちょ、ちょっと待て。一人じゃ危ないだろうが!!」
 ユアンは慌ててマーテルの後を追ったのだった。


-つづく-