近付いて来るクラトスに向かって術を放つ“ミトス”。
 クラトスには少年がシールドを張ってくれている。しかしそれは怒涛の如く襲ってくる“ミトス”の攻撃全てを防ぐに至らず、クラトスの体を容赦なく傷付けていた。
 それでもクラトスは歩みを止める事はなかった。必ずや無事であろう真のミトスに語りかけながら進み続ける。
「ミトス、私の声が聞こえているだろう?すぐに私が助けてやる。だからもう少しだけ辛抱してくれ。」
 そんなクラトスを“ミトス”は嘲笑った。
「いくら話しかけたって無駄だよ。もうお前が知っているミトスはいないんだ。意識を消され僕の一部になってしまったのだからね。例えまだ意識が残っていたとしても、お前に返事を返すわけがない。だってミトスにとってお前はただの裏切り者にすぎないんだから。」
「……」
「そうだ、いい事を教えてあげようか。ミトスはお前の事を相当憎んでいたよ。お前のようなゴミを信じた自分が馬鹿だった、もう顔も見たくないって、まるで吐き捨てるかのように言っていたんだよ。」
 僅かに表情を変えたクラトスを見て、嬉しそうに笑う“ミトス”。
「おや、今の一言は胸に突き刺さったようだね。そんな事知りたくなかったかな?でも本当の事だから仕方がないよね。だからさ、ゴミはゴミらしく消えな。それはミトスの願いでもあるんだ。」
 その言葉が終わると同時にエアブレイドが発動される。それはクラトスの体を切り刻みながら再び戸口付近まで押し戻した。
「残念だったね。あと少しでここまで辿り着けたのに、また振り出しに戻っちゃった。」
「くっ……」
 痛みを堪え起き上がるクラトス。
「まだやる気?いい加減諦めなよ。」
 しかしクラトスは諦めなかった。何度押し戻されようが再び立ち上がり向かって行く。
 そんなクラトスに、“ミトス”はだんだん焦れてきたようだった。小さく舌打ちをすると立て続けに術を放つ。さすがのクラトスもこの集中砲火は応えたようで、立ち上がりかけたものの力が入らず膝を折ってしまう。
 床の上でもがいているクラトスを冷たい目で眺める“ミトス”。
「まったくしつこいったらありゃしない。こんな無駄な事繰り返して何になる?これだから人間は嫌なんだ。」
「…無駄…なんかじゃない…」
「ん?」
 クラトスは顔を上げると鋭い目で“ミトス”を睨んだ。
「お前はまだミトスを完全に取り込めてはいない。ミトスはまだ消されてはいないんだよ。それなのにどうして私一人が逃げ出せる?諦められる?…私はミトスがそこにある限り何度だって立ち上がる。そして必ずお前の手から救い出して見せる。」
「だからさ、それが無駄だって言うんだよ。ミトスはね、そんな事を望んじゃいないんだよ。彼が望んでいる事は唯一つ。それは裏切り者のあんたが苦しみながら死ぬ事なんだ!!」
 “ミトス”は言い終わると同時にフレイムランスを放った。それはクラトスの体を射抜き床へ叩きつける。
「ぐわっ…」
「クラトスさん!!」
 血を吐き倒れたクラトスに慌てて駆け寄る少年。
「待って、今回復魔法をかけるから。」
 そんな二人の様子を見て、“ミトス”は勝ち誇った笑いを上げた。
「ハッハッハッ、ざまぁ見ろ!感じるよ。ミトスは喜んでる。もっともっと痛めつけてくれってさ!」
 二人に向かって更に幾多もの魔術を繰り出す“ミトス”。
 それらは少年が張ったシールドを打ち破り二人を直撃する。
「クラトスさん、駄目だ。どんどん魔力が上がってきている。もうシールドが殆ど役目を果たしていない。あいつがミトス君の力を確実に自分のものにしてきている証拠だよ。もうタイムリミットだ。」
「待ってくれ!あと少しなんだ。あと少しでミトスの傍まで行ける。だからあと少しだけ…。」
「でもそれじゃああなたが持たないよ…」
「大丈夫だ。回復してくれたお陰で大分楽になったから。」
 クラトスは心配げな少年に笑って見せると、残る力の全てを振り絞って立ち上がった。そして再び歩き始める。

「来るな!それ以上僕に近付くな!」

 狂ったように放ってくる“ミトス”の術を受けながらも、クラトスは前進し続けた。

「来るなと言っているのが分からないのか!!どこまでも馬鹿な奴…。だがもうこれで終わりだ。今度こそあの世へ送ってやるよ!」

 そう言って頭上高く上げられた“ミトス”の右手に大量のマナが集まって行く。そしてその手を今まさに振り下ろそうとしたその時だった。

『もう止めて!!』

 “ミトス”の動きがピタリと止まる。それと同時にマナは霧散し、“ミトス”は上げていた手を下ろすと霧の中からクラトスをじっと見詰めて来た。その瞳には先程までの殺気は微塵も感じられない。
「ミトス?……お前なのか?」
『うん…僕だよ。』
「よかった…やはり無事だったのだな。私はお前を助けに来たのだ。マーテル達が待っている。一緒に帰ろう。」
 ホッとした笑みを浮かべ手を差し出すクラトス。
 だがミトスは静かに頭を振るとこう言ったのだった。
『有難う……でも、もういいんだ。』
「え?」
『僕はここに残る。そう決めたんだ。』
「!!…何を言って…」
『だからクラトスだけ逃げて。今なら僕がクロスを押さえているから逃げられるよ。』
「馬鹿な!そんな事出来るわけがないだろう。」
『時間がないんだ。今の僕の力じゃいつまでクロスを押さえていられるか分からないんだよ。だから早く…』
「逃げる時はお前も一緒だ。さあ…」
『だから僕は残ると言っているじゃないか!大きなお世話なんだよ。』
「!!」
 クラトスの手を振り払うミトス。
 だが愕然としているクラトスを見るや、目を伏せるとすぐに小さな声で謝って来た。
『ごめんよ。せっかく助けに来てくれたのにこんな事言って…。でも僕は戻りたくないんだ。怖いんだよ。』
「!?」
『外の世界は怖い…戻ればまた迫害を受ける。冷たい差別の目にさらされる事になる。もうあんな思いをするのは嫌なんだ!!…でもここならそんな事はない。』
「…だがそこにいれば意識を消されてしまうのだぞ。お前がお前でなくなってしまうんだ。それでもいいと言うのか!?」
『そうだね…。僕も最初は嫌だったよ。クロスの人形になんかなりたくないって思った。でもよく考えてみたら、こんなに楽な事はないんだ。だってそうでしょう?もうこれからは悲しい思いをする事はない。何も考えずに済むんだもの。』
「……」
『だから僕は行かない。もう何もかもに疲れちゃったんだよ。もう僕の事は構わないで!そっとしておいてよ!』
 それっきりミトスは口を噤んでしまい、クラトスもまた何も言う事なく、じっと、俯き震えているミトスを見詰めていた。
 辺りに静寂が訪れる。まるで二人の間だけ時が止まってしまったかのようであった。
 その重苦しい沈黙を破ったのはクラトスだった。

「……そこは寒くないか?」

『え?』
 不思議そうな顔のミトスに、更に言葉を重ねるクラトス。
「確かにそこはお前にとって安全かもしれない。だが本当に安らげる場所なのだろうか?そこには誰もいない。お前の凍えた心を暖めてくれるものは何一つないのだ。お前はこの先ずっとそこで、一人ぼっちのまま憎しみだけを抱え生きていく事になるのだぞ。その結果どうなるかは、クロスを見てきたお前になら分かる筈だ。」
『……』
「外の世界はそんなに怖いか?戻るのは嫌か?だがよく考えてみろ。お前が今まで外の世界で感じてきたものは本当にそんな負の部分だけだったのか?そうではない筈だ。何故なら…」
 と、その時である。必死に説得を試みているクラトスの足元から突然激しい竜巻が立ち上り、彼の体を宙高く舞い上げ床へと叩き落としたのだ。
「ぐはっ…」
 何度かバウンドを繰り返した後、床の上に転がるクラトス。

『クラトス!!』
「クラトスさん!!」

 ミトスと少年が同時に上げた悲鳴のすぐ後に不気味な声が響き渡った。

「何を愚にも付かない事を言っているんだよ、このクズが!!」

 それはクロスの声であった。彼はミトスを操れなくなった事に業を煮やし、自ら力を振るい始めたのだ。
 ミトスはクロスを押さえようとする。しかし怒り狂ったクロスを制御する事はもはや不可能であった
『駄目だ、もう僕の力じゃ押さえられない。逃げて!早く!!』
 黒い霧の中からミトスが叫ぶ。
 だがクラトスは逃げなかった。ふらつきながらも立ち上がると再びミトスに話しかける。
「ミトス、今の状態を続けている限り遠からずお前はあれに同化してしまう。あれがお前の未来の姿となってしまうのだぞ。お前はこんな憎悪の塊でしかない化け物になりたいのか!」

「黙れ!お前は煩いんだよ!!」
 そんなクラトスの頭上に雨のように術を降らせるクロス。

 しかしクラトスはそれらを身に受け倒れながらも、ミトスから視線を外さずに話し続けていた。
「良く聞け、ミトス。確かに外の世界は辛い事だらけだ。だがその一方で、喜びや幸せを得る事が出来るのもまた外の世界なのだよ。辛さと幸せとは表裏一体のものなのだ。人は様々な関わりの中でこの二つの思いを繰り返しながら成長して行く。だが今お前がいるその場所にはそんな絆など一つもない。その中に閉じこもり全ての絆を断ってしまったら、お前はいつまでたっても今のままだ。お前の中の成長と言う名の時計は永久に止まってしまうんだぞ。」

「煩いと言っているのが分からないのか!」
 クロスは今度はグラビティを放った。それはクラトスの体を容赦なく押し潰す。

「ぐわああああ!!」

『クラトス!!』
 ミトスはもう見ていられないとばかりに目を伏せると、震える声で言った。
『……もういい…もういいから止めて。こんな僕の為にこれ以上傷付く事はないよ。だから…僕なんか放って早く逃げて…』

 ところが…

「ふざけるな!!」
『!!』
 響き渡った怒号に、びくっとするミトス。恐る恐る目を上げてみると、クラトスは震える両腕で上半身を支えながら真っ直ぐに自分を見詰めていた。
『…クラトス?…』
「…何がいいと言うのだ?ちっとも良くなんかないではないか。お前はこんな事ぐらいで、この先待っているであろう輝かしい未来を捨ててしまうつもりなのか?」
『輝かしい未来?そんなものどこにあるって言うのさ!そんなものありゃしない。僕に待っているものと言えば、それは地獄のような日々だけなんだよ!』
「違う!!…未来は誰にでもあるものなのだよ、ミトス。もちろんそこに行き着くまでには辛い事もたくさんある。だがな、お前は一人ではないんだ。今までの事を思い出してみろ。辛い時や悲しい時、お前は一人ぼっちだったか?誰一人として支えになってくれる者はいなかったか?そうではないだろう?」
『!!』
「そう、お前は一人じゃない。マーテルがいる。ユアンがいる。そして…」
 そこで言葉を切り俯くクラトス。
 その脳裏に先程の“ミトス”の声が響いて来た。

“お前のようなゴミを信じた自分が馬鹿だった、もう顔も見たくないって、まるで吐き捨てるかのように言っていたんだよ。”

 クラトスの手が小刻みに震えてくる。
 だがやがて心中の不安を振り払うかのようにぐっと拳を握り締めると、再びミトスに目をやりはっきりとした声でこう付け足したのだった。
「そして私もいる。」

 目を見開くミトス。

「皆、お前を支える為に集まった仲間だ。これが今までお前が生きてきた中で自らの手で築き上げてきた絆と言うものなのだよ。それがある限り、何物をもお前を侵す事など出来はしない。」
 クラトスは傷付いた体を引き摺るようにしてミトスに近付くと、再び手を差し出した。
「それでもお前がここで安穏と生きていく事を望むなら私はもう何も言わない。今一度この手を振り払うがいい。だがもし、辛くても仲間と共に未来を目指す道を選ぶのであればこの手を取ってくれ。私がこの命に代えても必ずお前をマーテル達の元へ戻してみせるから…。」
 差し出された手をじっと見詰めるミトス。
『僕は…僕は…』
 ミトスの瞳に涙が溢れてくる。
『僕は…』
 次の瞬間、ミトスは大声で叫びながら霧の中から手を伸ばしていた。
『僕をここから出して!僕は皆と一緒に生きたい!!』
 その手を掴みあらん限りの力を持って、ミトスの体を縛り付けている闇から引き剥がすクラトス。
 それと同時に凄まじい声が轟き渡る。

「ぐおおおおお!!」

 それは半身を引き裂かれたクロスが上げた悲鳴であった。
「何をする!!それは僕のものだ返せっ!!」
 揺らぐ渦の中、銀色の光を点滅させながら再びミトスを取り込もうと闇の触手を伸ばしてくるクロス。
 もう逃げ出す余裕はない。クラトスは咄嗟にミトスの体を引き寄せるとその上に覆い被さった。
「どけ!そこをどけ   っ!!」
 クロスはミトスに触れられないと見て取るや、今度はクラトスの背に向かって立て続けにファイアボールを放ってきた。
「うっ…」
「ク、クラトス!」
「…大丈夫だ…安心しろ……お前は絶対に渡さない…」
「……」
 ファイアボールはそれからもクラトスを襲い続けていた。ミトスを抱きしめているクラトスの手がピクピクと震えはじめ、唇から微かな呻き声が漏れる。

 このままだとクラトスが殺されてしまう。
 僕の所為で…僕がいるから…。

 ミトスは唇を噛み締めると、クラトスの体を思いっきり撥ね飛ばした。
「!!…ミトス!?」
 驚き見上げてくるクラトスを、ミトスは憂いを帯びた目で見詰め返す。
「ごめんね、クラトス。これ以上あなたが傷付く事に僕はもう耐えられそうもないんだ。僕がまたあいつの所へ戻れば、クラトスは死なずに済む。だから…ごめん。」
「よせ、ミトス!!」
 クラトスの制止を振り切り、宙に浮いているクロスに向かって歩き始めるミトス。
 するとそんなミトスの前に立ち塞がった者がいる。あの少年であった。
「駄目だよ。あいつの所へ行くのは君じゃない。この僕なんだ。」
「!!…君は…クロス?馬鹿な!…だってクロスは…」
 目を丸くして黒い渦と少年を見比べているミトスを見て、少年はくすりと笑った。
「そうだよ、僕はクロス。そしてあそこにいるのもクロス。そっか。君は半分意識を失った状態だったから分からないのも無理はないか。でも詳しく説明している時間はないんだ。事情は後でクラトスさんから聞いてよ。」
 そう言うと少年は視線をクラトスへと移す。
「覚えているよね、僕が言った事。今から僕があいつを実体化させるから、後は頼むね。」
「!!…待て!一体何を…」
 そのクラトスの問いに答える事無く、ただ笑顔を浮かべる少年。その姿が陽炎のように揺らいで行く。そしてそれが完全に消えた後、二人の目の前に新たに眩い光を放つ白い渦が現れたのだった。
「!!」

“僕ら善と悪に分かれてしまったんだよ。”
“今の僕らには肉体はない。今あなたが目にしている僕の姿は、作られた幻影に過ぎないんだ。”

「あれはこう言う意味だったのか…」

 闇の渦と光の渦。これら対を成す二つの渦が一つになる時、ようやく二人のクロスは引き裂かれる前の姿へと戻る事が出来る。無論それはちゃんとした肉体を持つ本来のクロスの姿であり…。

 そこまで考えたクラトスはハッとして顔を上げた。
「まさか!」
 すぐに引き止めようとするも時すでに遅く、光の渦は矢のような速さで黒い渦に向かって飛んで行ってしまった後であった。
 途端に塔全体を揺らす程の爆発が起き、部屋中が真っ白い光に包まれる。しかしそれも一瞬の事で、すぐに静寂が戻ってきた。
「…ミトス、無事か?」
「うん…大丈夫みたい。」
 床に伏せていた二人が顔を上げて見ると、今まで黒い渦が浮かんでいた場所に光に包まれた人影が立っている。やがてその光も治まり、そこに現れたのは銀色の髪をした少年の姿であった。
「クロス…」
 クラトスの呟きにゆっくりと目を開ける少年。
「これが僕の本当の姿だよ。」
「元に戻ったんだね、クロス!」
 ミトスは喜びに顔を輝かせ駆け寄ろうとした。

 しかし…

「来ないで!!」
「えっ!?」
「ごめんね、ミトス。でも駄目なんだ。確かに僕はこうして肉体も得て、元に戻る事が出来た。でも戻ったのは姿だけなんだよ。僕の中には相変わらず闇が巣食っている。あれだけ大きくなってしまってはもうそれを消し去る事は出来ないんだよ。」
「そんな……」
「遠からず僕は肉体を持った完全体の悪魔に成り果てるだろう。だからその前に…」
 クロスはクラトスへ目をやった。
「今なら肉体もあるから、あなたの剣も通じる筈だよね?」
「…私に君を殺せと言うのか?こうなる事が分かっていて…最初から死ぬつもりで君は…」
「ごめんね。あなたを騙すつもりはなかったんだ。でもこれ以外に生まれてしまった闇を消し去る方法がなかったんだ。僕が消えれば闇も消えてなくなる。だから…」
「そんな事出来るわけないだろう!!」
 思わず叫ぶクラトス。
「闇が巣食っていようがいまいが、君は現に生きてそこにいるんだ。何も急いで死ななくても、その内に他に浄化する手段が見付かるかもしれないじゃないか。」
「そんなの待っている時間はもうないんだよ。僕の意識が完全に闇に飲まれてしまってからでは遅いんだ。そうなったら僕はこの世界全てを焼き尽くしてしまうだろう。」
「しかし…」
 未だ決めかねているクラトスを見て、クロスは寂しげな微笑を浮かべた。
「あなたは本当に優しい人だね。……でも僕は言った筈だよ。」
「え…?」
「あの装置に掛けられた時点で、僕はもう死んでいるんだ。言わば今ここにいる僕はゾンビのようなものなんだよ。例えこのまま消えずに残っていたとしても、僕はずっとこの姿のまま成長する事はない。それこそ生き地獄じゃないか。そうでしょう?」
「!!」
「だから何も気に病む必要はないんだ。あなたはモンスターを一匹退治する…ただそれだけの事。そしてそれは僕を生き地獄から救ってくれる事にもなるんだよ。」
 目を伏せるクラトス。そしてそのままじっと考え込んでしまう。
 クロスはそれ以上何も言わずにそんな彼が決断するのをただ待っていた。
 それからどれだけの時が流れただろうか、クラトスはようやく顔を上げるとクロスの瞳を見詰め、スッと腰の剣を抜いた。
 クロスの顔に笑みが浮かぶ。
「有難う。あなたならきっと決断してくれると思っていた。」
 これに慌てたのはミトスだった。
「待ってよ、クラトス!クロスを殺すつもりなの?そんな…止めて。お願いだよ。」
 クラトスの腕を掴み激しく揺すりながら懇願するミトス。クラトスは前方をじっと見詰めたまま何も言わず、ただされるままになっている。
 するとそんなミトスにクロスが声をかけてきた。
「いいんだよ、ミトス君。これが皆にとって一番良い方法なんだ。」
「でも!」
「本当にいいんだよ。これが僕の運命だったんだ。でもね、こんな短くてどうしようもない一生だったけど、僕は満更でもないと思っている。だって僕は最後の最後に、素晴らしいものを君からもらう事が出来たんだもの。」
「え?」
「君と友達になれて嬉しかった。短い間だったけど、君は僕にたくさんの幸せをくれたよ。それは何物にも代え難い僕の宝物になったんだ。君には言葉では言い尽くせない程に感謝している。それなのに僕は君にあんな酷い事をしてしまった。本当にごめんね。」
 泣きながら頭を振るミトス。
 そしてクロスはクラトスの方へと向き直ると、頭を下げはっきりとした声で言った。
「クラトスさん。そろそろお願いします。」
「……分かった。」
 剣を構えるクラトス。
 その音を耳にし、ミトスはギクリとして顔を上げた。そして次の瞬間、彼は思わぬ行動に出たのだった。
「やっぱり嫌だ!止めてクラトス。クロスを殺さないで!!」
 悲鳴を上げながら剣の軌道に飛び込むミトス。
「!!」
 その姿を認めたクラトスは、咄嗟に剣を引くとミトスに当て身を食らわせた。崩れ落ちるその体を抱きとめる。
「これはまた恨まれるな…」
 クラトスは苦笑を浮かべた。
「ごめんね、クラトスさん。あなたには最初から最後まで損な役回りばかりさせてしまって…」
「いや、いいんだ。最初からこうするべきだった。やはり友人が殺されるところなど見ないにこした事はないのだから。」
 クラトスは気を失ったミトスを静かに床の上に横たえた。その様子を眺めていたクロスがポツリと呟く。
「仲間っていいものだね。」
「?」
「そうやってお互いを思いやって、助け合って、たまに喧嘩もしたりして…。僕もそんな仲間が欲しかった。」
「……」
「な〜んて、今更無い物ねだりしたって仕方がないんだけどね。」
 クロスはペロリと舌を出すと肩を竦めた。
「…君は私達に道を示してくれ、そして何度となく助けてくれた。君はもう十分に私達の仲間だよ。」
 驚いて目を見開くクロス。その顔に徐々に笑みが広がっていく。
「有難う!…こんなに嬉しい言葉はないよ。これで何の未練もなく旅立つ事が出来る。」
 クロスはそう言うと再び元の位置に立った。
 その前でクラトスも剣を構える。
「さようなら、クラトスさん。あなたに会えてよかった。」
「さらばだ…」
 クラトスは一言そう言うと、目を閉じ幸せそうに微笑んでいる少年に向かって剣を振り下ろしたのだった。




 先程まで叩きつけるように降っていた雨もだいぶ小降りとなり、遠くの空には光さえ射し込み始めていた。
「嵐は去ったか…」
 窓からその様子を眺めていた国王は満足気な笑みを浮かべると、部屋の中へ視線を戻した。そこには円柱形の機械が置かれている。
 ゆっくりと歩み寄り、それを愛おしげに撫でる国王。
「随分と高い買い物であったが、それに見合うだけの貢献をしてくれたな。あの化け物がいればわしが世界の頂点に立つ事も夢でない。全く、化け物様様だな。ワッハッハッハッ!」

「そんなにそのポンコツが大事か?」

「!!」
 突然聞こえてきた声に国王はぎくりとして振り返った。
 戸口にクラトスが立っており、こちらを睨み付けている。
「な、な、何だ、貴様!どこから入って来た!?ここは部外者は立ち入り禁止だぞ。近衛兵は何をやっている!」
 テーブルにおいてあったベルを振り、兵を呼ぶ国王。
「そんな事をしても無駄だ。彼らなら廊下で伸びているよ。ここに来るのに邪魔立てしたものでね。」
「殺したのか!」
「まさか。お前じゃあるまいし。」
「何だと!」
 いきり立つ国王を余所にクラトスは機械へ近付いていくと剣を抜いた。
「!!…な、何をする気だ。」
「…クロス王子は死んだよ。」
「え?」
「お前の言う、化け物様様は死んだと言ったのだ。こんな物があったから…」
 機械に向かって剣を振り下ろすクラトス。
 その一撃で機械は物の見事に破壊された。それでもクラトスは何度も何度も振り下ろし続ける。
「こんな物の為に一人の少年の運命が狂わされた。彼にも未来はあったのだ。それなのに…こいつが彼から全てを奪い去った!」
「よせ!気でも狂ったのか!」
「狂っているのは貴様の方だ!!」
「!!」
 クラトスに鋭い目で睨み付けられ息を呑む国王。
「己の欲望の為に息子を犠牲にし、平気な顔をして笑っている…。それでも貴様は親なのか?人間なのか?貴様などにクロスを化け物呼ばわりする資格はない!!」
「……」
「だが貴様の夢ももう終わりだ。クロス王子は死んだ。彼のような悲しい存在を作り出す機械も破壊した。周囲の大国を押さえるものは何も無くなったのだ。近い内にこの国は攻め込まれる事になるだろうよ。」
 そのまま踵を返し出て行こうとするクラトスを、国王は慌てて引き止めた。
「待ってくれ。そんな事になったらこの国はおしまいだ。国民が路頭に迷う事になる。助けてくれ。力を貸してくれ。頼む、この通りだ!!」
 必死に縋りつき懇願する国王。
 実はこの時国王には僅かながらに勝算があった。世界を救うべく旅をしているクラトス達なら、国民の事を持ち出せば必ずや力を貸してくれる…そう考えていたのである。
 しかしクラトスは彼のそんな思惑に反し、冷たく国王の手を振り払うとこう言い放ったのだった。
「自業自得だ。自分の力でなんとかするのだな。」
「!!」
 そしてクラトスは、茫然自失の体の国王を残し、今度こそ立ち止まる事無く部屋を出て行ってしまったのだった。


-つづく-