プロポーズ
ユアンは本日七回目の溜息をつくと、同室のクラトスをちらりと見やった。
そのクラトスはといえば剣の手入れに余念がない様子であったが、これにはさすがに気になってしまったようで、剣を鞘におさめると自らも溜息をつきながら、
「…一体何なのだ、ユアン。言いたい事があるのならさっさと言ってくれんか。気になって仕方がない。」
「気付いていたのか。流石だな。」
「…すぐ横で何度も溜息をつかれれば誰でも気付くと思うが?」
「そうか…なあ、クラトス。我々は仲間だよな。」
「は?」
突然のユアンの言葉に目を丸くするクラトス。だがユアンは至って真面目な様子で、
「仲間だったらやはり助け合わなければならん。そうだろう?互いに悩みを打ち明け、共に手を携えてだな…」
「……何か悩み事があるのか?」
「察しがいいな。実はそうなのだ。」
「察するも何も、話の流れからそう言わざるを得んだろう。で、何を悩んでいるのだ?」
「ん?…い、いや、実はな…」
そう言いながら、恥ずかしそうに身をくねくねとするユアン。ユアンがそんな仕草をしても気味が悪いだけだとクラトスは思ったが、敢えてそれは口には出さず、黙って先の言葉を待っていた。
ユアンはしばらくもじもじとしていたが、やがて意を決したようにクラトスを見詰めると、
「その、なんだ…マーテルに…申し込みをだな…。」
「申し込む?果たし状か!?」
「何故そうなるのだっ!!」
「違うのか?しかし申し込むと言ったら決闘ぐらいしかないだろう?」
「何故私がマーテルと決闘をせにゃならんのだ!男が女に申し込むといったらプロポーズに決まっているだろうが!」
「プロポーズ?」
「……結婚の申し込みの事だ。」
「ああ、そうか。」
ユアンは呆れたような目でクラトスを見た。
そうだ、こいつは色恋沙汰にはとんと縁のない剣術馬鹿だったっけ。やはりこいつに相談すること自体無理があったか。しかし、こいつ以外相談する相手もいないしな…。
しかしクラトスはそんなユアンの心の内には全く気付く様子もなく、嬉しそうに立ち上がるとユアンの手を握ったのだった。
「そうか、それはいい!やはり思いを伝えるのは大切な事だからな。大丈夫だ、きっとうまくいくさ。」
そしてそのまま部屋を出て行こうとするクラトス。
「待て、話はまだ終わっていない!爽やかな笑顔で立ち去るなっ!!」
「え…今のが相談事ではなかったのか?」
「今の話のどこが相談事だと言うのだ!?今のはどう聞いても決意表明だろうが。これからが本題なんだ。」
「そうか。ならばさっさと本題を言え。」
そこまで言ってから、クラトスはまじまじとユアンを見た。
「もしかしてもうプロポーズをしたとか?そして断られた…。そうか、そうだったのか。だが、生きていれば色々な事があるものだ。気を落とさず前を見て歩んでいかねばならんぞ。マーテルだけが女ではない。きっとこの先、また素晴らしい出会いがあるさ。希望を持て、ユアン。」
「ちが〜〜うっ、勝手に決め付けるな!!私は振られてなどいない。それどころかまだ彼女に話もしていないのだ!」
「なあんだ、そうか。それなら早く話せばいいだろう。」
「それが出来れば、わざわざ辛気臭いお前になど相談せんわ。」
「…辛気臭くて悪かったな。」
「私が彼女に近付こうとする度に邪魔をされるんだよ。あの小賢しい小姑にな!」
「小姑?……ミトスの事か?」
「他におらんだろうが。実は明日がマーテルの誕生日でな。それまでにどうしても告白しておきたいのだ。そして誕生日当日には指輪を渡したいと考えている。そこでお前の力を借りたいと思ってな。」
「何故そこで私が登場するのだ?」
「師匠と仰ぐお前が一緒なら、いかにミトスといえどもそうそう手出しは出来まい。」
「…だが、ミトスとて悪気がある訳ではないだろう。」
「お前はあの邪魔の仕方を見た事無いから、そう言えるのだ。あの行為にはある意味殺意さえ感じられる。」
「殺意とはまた大袈裟な。」
ユアンは再び大きな溜息をついた。
(やはりこいつはミトスに対してはとことん甘いのだな。まあ、ミトスの真の姿を見た事がないのだから仕方がないのかもしれんが…。)
「とにかくだ。私はこれからマーテルに、昨日徹夜で書いた愛情一杯の“らぶれたあ”を渡そうと思っている。だからお前も一緒に来い。」
「どうしても私も一緒に行かねばならんのか?面倒臭いな…。」
「ク、ク、クラトス〜〜〜〜〜っ!!」
「あ〜〜、もうっ!分かったよ。一緒に行けばよいのだろう?だからそう涙目で見上げてくるのはやめてくれ。」
「な、泣いてなんていないぞ!!」
グジュグジュと鼻を啜りながらユアンは言い返したのだった。
かくして、ユアンはクラトスを伴い、愛の“らぶれたあ”を手にマーテルの元へと向かったのであった。
マーテルは今回ミトスと同室だった為、少々不安気に部屋を訪ねたユアンであったが、幸いな事にそこにミトスの姿はなかった。
「あら、ユアンにクラトス。二人揃ってどうしたの?」
ノックの音にドアを開けたマーテルは、二人の突然の訪問に驚きながらも微笑みを浮かべ部屋へと招き入れた。その小首を傾げる仕草はとても可愛らしく、ユアンは思わず顔を赤らめてしまう。
「ミトスは出かけているのか?」
「ええ、ちょっと買い物に出ているわ。ミトスに用だったの?それなら直ぐに戻ると思うけれど。」
「いや、やつがいない方が好都合だ。」
「好都合?」
「い、いや、こっちの話だよ。実は今日は、マーテルにぜひとも見てもらいたい物があってやって来たのだ。」
そう言って懐から“らぶれたあ”を取り出し始めるユアン。
「あら、私に見せたい物が?何かしら。楽しみだわ。」
マーテルは嬉しそうにニッコリと笑った。
(くっ…可愛い、可愛すぎる!!)
だらしなく鼻の下をのばしながら“らぶれたあ”を取り出すユアン。それをマーテルに手渡そうとしたその時だった。
「ぬおっ!?」
なんとユアンの手の中の手紙が突如燃え上がったのである。
「うおお!あちっ、あちっ、あっちっちい〜〜〜!!!」
熱さに飛び跳ねながら窓へと目をやったユアンは、そこにあかんべーをしているミトスの姿を見付けた。彼が手紙に向かってファイアボールを放ったのだ。
(くっそ〜〜〜、あのガキ!!)
窓の外のミトスを睨み付けるユアン。
するとそんなユアンにマーテルが、
「見せたい物って、この手品の事だったの?」
「えっ?」
「確かに素晴らしい手品だわ。でもごめんなさい。魔術を使える私達にとっては不思議でもなんでもないわよね…」
済まなそうに目を伏せるマーテル。
「…い、いや違うんだ……これは…その…」
するとマーテルは、しどろもどろになっているユアンに優しくアドバイスを加えたのだった。
「そうね…でも、もうひと捻り加えたら、きっと今以上の素晴らしい手品になると思うわ。だから気を落とさないでね、ユアン。」
こうして、らぶれたあ作戦に見事失敗したユアンは、自室に戻りクラトスの治療を受けていた。
「くっそおお、ミトスの奴め!あともう少しだったのに…」
「実に見事なタイミングでのファイアボールだったな。」
「クラトス…あのなあ…」
「だがよかったではないか。マーテルは励ましてくれていたぞ。」
「そんなもん、嬉しくとも何ともないわ!第一、私がマーテルに見せたかったのは手品ではない!……フン、だが、所詮ミトスはガキだな。あの手紙を燃やした事で全てが終わったと思っている。しかしそれはあま〜〜いのだっ!!」
そう言って懐から三通の封筒を取り出すユアン。
「こんな事もあろうかと、“らぶれたあ”は全部で四通用意していたのだ。」
「…お前も暇だな。」
「よし、これを持って再チャレンジだ!」
「まだやる気なのか?」
「当たり前だ。誕生日に指輪を渡す為にも、その前に告白を済ませなければならない。……ん?噂をすればあれはマーテルではないか!」
クラトスが窓の外へ目をやると、そこにはユアンが言うように庭の花を一人観賞しているマーテルがいた。
「よし、今がチャンスだ。行ってくる!!」
「……行ってらっしゃい。」
少々呆れ顔のクラトスに見送られ、ユアンは意気揚々と窓から飛び出して行った。
「マーテル〜〜〜!!」
手紙を持った手を大きく振りながらマーテルに駆け寄って行くユアン。
ところが、彼がマーテルの元へ辿り着く寸前、またもや横やりが入ったのだった。
『タイダルウエーブ!!』
ズゴゴゴゴゴゴ…
瞬く間に波にのまれ流されていくユアン。直後にマーテルが振り返ったのだが、もうそこにユアンの姿はなかった。
「あら?…今ユアンの声が聞こえたような気がしたのだけれど、気のせいだったのかしら。」
マーテルは不思議そうに首を傾げていたが、再び花の観賞へと戻って行ったのだった。
そしてユアンはと言えば、再び自室の窓の前まで流されて来ていた。それを迎えるクラトス。
「お帰り。」
「……」
「今のも見事なタイミングでの術であったな。」
「感心している場合か!!…くっそ〜〜、私は諦めんぞ!手紙はまだあるのだ。」
「懲りずにまだやるつもりなのか?…と言うか、今のでミトスが見張っている事が分かったのだから、もう少し時をおいた方がよいのでは?」
しかしもうすでにそこにユアンの姿はなく、彼は再び手紙を持った手を大きく振りながらマーテルに駆け寄って行くところであった。
「馬鹿が…。どうなっても知らんからな。」
クラトスがそう呟いた直後、それは現実のものとなった。
『グレイブッ!!』
「グエッ!?」
足もとから突き出してきた岩の槍に貫かれ、上空へと消えるユアンの体。マーテルが振り返ったのはまたもやその後の事であった。当然、そこにユアンの姿はなく、切り立った岩が聳え立っているだけであった。
「?…変ねえ。またユアンの声が聞こえたような気がしたのだけれど。……あら、こんな所に岩壁なんてあったかしら?嫌だわ。幻聴は聞こえるわ、知らぬ間に変な所に移動しているわ、もしかしたら風邪でも引いてしまったのかしら。今日はもう部屋に戻って寝た方が良さそうね。」
そしてマーテルは首を傾げながら、自室へ戻って行ったのだった。もちろん目の前の岩壁の上部にユアンが突き刺さっている事など知る由もなかった。
「大丈夫か?」
去って行くマーテルを見送った後、クラトスは突き刺さっているユアンを救助した。
「まったくもって見事なタイミングであったな。さすがミトスと言おうか…」
「お前はその言葉しか言えんのかっ!!…くっそお、かくなる上は!!」
ユアンは最後の一通を取り出すと、それをクラトスに差し出した。
「?…これを私にどうしろと?」
「私が持って行ったら、恐らくまたミトスに邪魔をされるだろう。だから今度はお前に持って行ってもらいたい。私のために愛の伝書鳩となってくれい。」
「……」
「そんな露骨に嫌そうな顔をするな。私達は親友だろう?親友ならば助けあうのは当然ではないか。」
(確か以前の言葉ではただの仲間だと言っていたような気がしたが…いつの間に親友に出世したのだ?)
面倒な事に巻き込まれてしまったものだと思ったが、ユアンの涙目に断る事も出来ず、クラトスは愛の伝書鳩となることに渋々同意したのであった。
クラトスが部屋を訪れた時、マーテルは寝ようとしている所だった。ミトスもいつの間にか部屋に戻って来ている。
「寝る所だったのか?」
「なんだか姉さま、熱があるみたいなんだ。」
「それはいけないな。ならば出直してこようか?」
「あら、いいのよクラトス。わざわざ出直してもらうのは悪いわ。私なら大した事はないの。ただ、幻聴やら幻覚が現れたものだから…。」
「……」
「それでなんのご用なのかしら?」
「ん?……い、いや…実はな、これを渡そうと思って…」
クラトスはユアンから預かった手紙を取り出すと、マーテルに手渡した。
「手紙?…読んでもいいかしら?」
顔を赤らめ小さく頷くクラトス。
(何故私が赤くなっているのだ?これはユアンからの手紙だろうが。)
そんなクラトスの目の前で手紙に目を通していたマーテルの顔に驚きの表情が浮かんでくる。
「まあ、クラトス…。あなたがこんな気持を私に抱いてくれていただなんて、とても嬉しいわ!」
「へ?…わたしが?」
思わずマーテルの手から手紙をひったくり、内容にざっと目を走らせたクラトスの顔が強張る。
(おい、ユアン…この手紙には差出人の名前が書かれていないではないか!)
「へえ〜、クラトスが姉さまを好きだったなんて意外だなあ。」
いつの間にやらミトスが横にやってきており、同じく手紙を覗きこんでいた。
「でも、弟の僕としては大歓迎だよ。」
「え……い、いや…そうではなくて、これはだな…」
「昨夜遅くまでクラトス達の部屋の電気が付いていたから、何をしているんだろうって思っていたけど、この手紙を書いていたんだね!クラトスったら、恋愛には興味はございませんって顔をしていながら結構隅におけないんだね。」
「だからこれはだな…」
「クラトス。あなたの気持は嬉しいわ。でも、私達は今世界を救う旅の途中でしょう?その夢が叶うその日まで、今の私には結婚とかは考えられないの。だから、それまでは同じ夢を追う仲間のままでいたいのだけれども、駄目かしら?」
「ん?…ああ、まあそうだな。それは尤もな事だ。今の事は忘れてくれ。」
「悪く思わないでね、クラトス。」
「いや、悪く思うなんてとんでもない。こちらこそ突然に済まなかった。ではな…」
真っ赤になって手紙を握りしめ部屋を飛び出して行くクラトス。
すると少し離れた廊下の隅にユアンの姿を見付けたのだった。どうやら心配で様子を窺っていたようだ。
「ユアンッ、どうしてくれる!おかげで赤っ恥をかいてしまったではないか!!」
「くっそ。名前を書き忘れていたとは…。だがマーテルはお前には関心がないようだな。安心した。」
「……お前なあ…」
だがユアンはそこでガクリと肩を落とした。
「しかしこれで、あんなに苦労して書いた“らぶれたあ”も、燃やされ、水に流され、岩に粉々にされ、挙句の果てに差出人を勘違いされ、全てなくなってしまったな。」
「だが、指輪は用意してあるのだろう?」
ユアンは頷くと小さな箱を取り出した。その中にはシンプルな銀色の指輪が一つ、輝きを放っている。
「買う金がなかったから自分で作ったのだ。だから綺麗な石も付いていない。」
「手作りの指輪だなんてそれだけでも凄いじゃないか!例え宝石が付いていなくても、少々不格好で色褪せていて貧乏くさくても、そんな事は関係ないだろう。」
「……普通そこまでこき下ろすか?」
「とにかく手作りのプレゼントなのだからマーテルだって喜んでくれる筈だ。」
「そうだろうか?」
「そうあってほしいものだ。」
「願望かいっ!」
「大丈夫だ。その指輪を渡しながら自分の口で告白すればいい。その方が手紙よりもずっといいだろう。」
「そうだな…そうだよな。よし、明日こそは必ずこの指輪と共に愛の告白をしてみせるぞ!」
「頑張れ、ユアン。」
「有難う、クラトス。私は良い友をもって幸せ者だ。」
こうしてユアンは、明日のマーテルの誕生日当日に全てを賭ける事にしたのであった。
さてその翌日、ユアンはクラトスと共に指輪の入った箱を持ってマーテルの部屋へと向かった。
「大丈夫か、ユアン。少し震えているぞ。」
「大丈夫だ。」
ユアンは大きく深呼吸をするとドアをノックした。
「どうぞ。」
すぐにマーテルの声が聞こえてきて、ユアンは意を決してドアを開くと中へと入った。今日は中にミトスもいたが、今のユアンにはもうそんな事はどうでもよかった。今日こそは思いを伝えてみせるという決意は決して揺らぐ事はなかったのである。
「マーテル、誕生日おめでとう。」
「有難う。大変な旅の途中だというのにこうして皆に祝ってもらえるなんて、私、とっても幸せよ。」
ニッコリと笑顔を浮かべるマーテル。
緊張した面持ちでその笑顔を眺めていたユアンは、クラトスに肘で突かれ、ハッと我に返った。
(そうだ、ぼうっとしている場合ではない。早く本来の目的であるこれを渡さなければ…)
ごくりと唾を飲み込み懐に手を入れるユアン。だがその手はそのままの形で止まってしまった。またもやミトスが、ユアンに先んじて小さな箱を取り出したのだ。
「姉さま、僕ね、誕生日プレゼントを用意したんだ。」
「あら、嬉しいわ。何かしら?」
嬉しそうに小箱を受け取ると、リボンをほどき蓋を開けるマーテル。
「まあ綺麗!!」
なんとそれは指輪であった。しかもユアンのものと違って、それには小さいながらも宝石が付いている。
「今日の日の為に一生懸命お小遣いをためていたんだ。でも、そんなちっちゃな石が付いているのしか買えなかったけど。」
「ううん、そんな事無いわ。とっても綺麗な指輪よ。」
マーテルは早速その指輪をはめて見せた。
「ぴったりだわ。この石の不思議な輝きがアクセントになっていてとても可愛いくて素敵。有難う、ミトス。」
「喜んでもらえて嬉しいよ。そんな安物の指輪じゃ駄目かなあってちょっと心配だったんだ。」
「あなたのプレゼントというだけで、何にも代えがたいものだわ。大切にするわね。」
とても嬉しそうな様子のマーテルを見て、思わず傍らのユアンへと目をやるクラトス。ユアンはこの世の終わりとでもいうような表情を浮かべていた。
ユアンと同じ指輪のプレゼント。しかもミトスのそれは、ユアンのものより少しばかり豪華なものだった。だが同じく愛情がこもったプレゼントに変わりはなく、それに上下など付けられる筈もない。だからそんな事を気にする必要などないとクラトスは思ったのだが、ユアン本人にしてみれば、そうは簡単に割り切れない事のようであった。
これもミトスの嫌がらせなのだろうか?
だとしたら…。
ミトスへと目を移すクラトス。ミトスは喜んでいる姉を前に嬉しげに微笑みを浮かべている。だがその笑いは、見ようによってはほくそ笑んでいるようにも感じられたのであった。
それからささやかな誕生パーティが行われたのだが、結局最後までユアンは指輪を出す事が出来ず、あまりの事にパーティの間の記憶さえもブッ飛んでいる始末であった。そして気付くといつの間にやら、クラトスと二人自室に戻って来ていたのだった。
「終わったな…」
窓から、すでに夜となった暗い空を見上げながら虚ろな笑いを浮かべるユアン。
「ユアン…何故、指輪を渡さなかったのだ?ミトスと同じ指輪のプレゼントだとて、そんな事を気にする必要などなかっただろう?」
「そうはいくか!あの指輪の後にこれを出せというのか!?私にもプライドというものがあるんだ。」
「何故、そんな風に卑下する必要がある?お前の指輪はあれとは違う。お前自身の思いが詰まったものだろう。」
「そんな事は分かっている。だが、出せなかったのだ。どうしても出す事が出来なかった。」
「……」
「すまんな、クラトス。無理矢理に巻き込んだと言うのに心配までしてくれて、お前には感謝しているよ。だが、もういいんだ。今回は縁がなかった…それだけの事だ。なーに、これで全てが終わってしまった訳ではない。旅はこれからも続くのだからこの先いくらでもチャンスはあるだろう。焦らずに気長にやっていくさ。……星が綺麗な夜だな。ちょっと失礼して散歩でもしてくるよ。」
そう言って、一人フラフラと外へと出て行ってしまうユアン。
その目にキラリと光るものを見てしまったクラトスは、難しい顔をしながら考え込んでしまったのだった。
その頃マーテルは、ベッドで眠っているミトスを眺めながら楽しかったパーティの事を振りかえっていた。指にはミトスからもらった指輪がはめられている。
とても楽しいパーティだった。正直、この大変な旅の中で誕生日を祝ってもらえるなんて思ってもいなかったので、その喜びは一入であった。だが、そんな嬉しい気持の一方で、何かが欠けているような気がするのは何故なのだろうか。
「嫌だわ、私ったら…。誕生日を祝ってもらった事だけでも贅沢だと言うのに、これ以上何を望んでいるのかしら。」
とそこへ、遠慮がちな小さなノックの音が聞こえてきた。
「誰かしら。こんな夜に…」
そう呟きながらも、どこかに期待をよせながらドアを開くマーテル。
「クラトス…」
そこにはクラトスが立っていた。
「……期待はずれというような顔をしているな。」
「え?…いえ、そんな事は…」
確かに今自分は何かを期待し、クラトスの姿を目にした途端がっくりとした。だからクラトスの指摘は正しいのかもしれない。だが、一体自分が何を望んでいたのかはマーテル自身分かっていなかった。
「ミトスは寝たのか?」
「ええ。パーティの間ずっとはしゃいでいたようだったから、きっと疲れてしまったのね。」
「そうか…」
クラトスはチラリとミトスの寝ているベッドの方を見てから、視線をマーテルへと戻した。
「少し話があるのだが。いいだろうか?」
「え、ええ。」
クラトスの真剣な様子に押されるように、マーテルは頷いたのだった。
さて一方、表に出たユアンは、町の中程にある池の前で黄昏ていた。
「あ〜あ…」
大きな溜息をつきながら、石を一つポチャンと池に投げ入れるユアン。
クラトスにはああ言ったが、ユアンはこの先再びマーテルにプロポーズするチャンスなど恐らく永久に訪れる事はないだろうと思っていた。
「この指輪も無駄になってしまったな…」
そう言って指輪の入った箱も池に投げ入れようとしたユアンであったが、その目の前に作った時の苦労が浮かんで来て、どうしてもそれを投げ入れる事が出来なかった。
「私という奴は、とことん諦めの悪い男だな…」
結局池に投げ込むのは諦めたのだが、かと言ってこのまま持っているのも忍びなく、ユアンはそれを背後に放り投げる事で目の前から始末する事にしたのだった。
ユアンがその箱を溜息と共に後ろも見ずに放り投げたその時だった。背後から近付いてくる足音が聞こえてきた。
「これ、私がもらってもいいのよね?」
続いて聞こえてきたその聞き覚えのある声に、ぎょっとして振り返るユアン。そこには今さっき投げ捨てたばかりの小箱を手にしたマーテルが立っていた。
「あ…それは…」
「だって、これは私への誕生日プレゼントなのでしょう?」
「ち、違う。それはただのゴミだ!」
ユアンの返答にも構わず小箱を開けるマーテル。
「……」
何も言わずに中に収められている指輪をじっと見詰めているマーテルを見て、ユアンは肩を落とした。
(やっぱり…そりゃそうだろう、ミトスの指輪に比べたらだいぶ見劣りするからな…)
だが、そのあとマーテルがかけてきた言葉はユアンの予想外のものであった。
「…はめてくれる?」
「えっ?」
「あなたにはめてほしいの。」
「い、いや…しかしマーテルはもうミトスの指輪を…」
「気付かなかった?ミトスの指輪をしているのは右手の薬指なのよ。」
そう言って右手を上げて見せるマーテル。そこにはミトスの指輪が光っていた。
「この指輪をミトスからもらった時、とても嬉しかったわ。大切にしようと思ったのも事実。でも左手にしようとは思わなかった。私ね、ずっと前から決めていたの。この左手の薬指にはめる指輪は一つだけ…心より愛せる人に出会えた時、その人から送られる指輪だけをはめるんだって。」
マーテルはユアンの指輪を差し出した。
「だから…この指輪をあなたの手ではめて欲しいの。この左手の薬指に。」
ユアンは目を見開き呆然とした様子で指輪とマーテルの顔を交互に眺めていたが、やがて大きく息を吸い込むと震える手で指輪を受け取った。そしてマーテルの左手を手に取り、ゆっくりと指輪をはめ込んだのだった。
「ぴったりだわ。」
「まあ、サイズは以前聞いていたからな…。今はこんなものしか渡せないのだが、もっとお金を貯めて次の誕生日までには立派な指輪を用意しておくよ。」
「あら、指輪はこれで十分よ。ううん、この指輪の方がいいわ。」
「え?…いや、しかしそんなみすぼらしい指輪では恥ずかしいだろう?」
「そんな事ないわ。だってこの指輪からはユアンの思いが感じられるんですもの。温かくて優しい思いが…。それはどんなにお金を積んでも得られないものだわ。だからこの指輪のままがいい。こんなにも素晴らしい指輪を作ってくれて有難う。大好きよユアン。」
そしてマーテルは嬉しそうに微笑むと、ユアンに抱き付いたのだった。
そんな二人の姿を見詰めている影が一つ…。
それはマーテルが部屋から出て行くのに気付き、後を付けてきたミトスだった。ミトスはしばらくの間、こっそりと二人の様子を窺っていたのだが、ユアンがマーテルから指輪を受け取るや否や魔力を込めた手を振り上げたのだった。だが、その魔法が振るわれる事はなかった。すんでのところでその腕を掴んできた者がいたのである。
「ク、クラトスッ!?…なんで…なんで邪魔をするんだよ!」
「もうこの辺で止めておけ、ミトス。ここで魔力を振るったら、今までのような冗談事では済まなくなるぞ。」
「今までだって冗談なんかじゃなかった!僕は本気で…」
「あのマーテルの幸せそうな笑顔を、お前はぶち壊すつもりなのか!?」
ミトスはハッとしてマーテルの方へと目をやった。クラトスが言うように、マーテルは幸せそうな柔らかい笑顔を浮かべている。それは今まで彼女が弟のミトスにさえ見せた事がない最高の笑顔だった。
「…姉さま…」
「ミトス。お前の気持ちも分からんでもない。だが、本当に彼女の事を思っているのなら、彼女の幸せを奪うような真似は止めるんだ。」
「幸せ?ユアンと一緒になる事が姉さまにとって幸せだって言うの?…そんなの…そんなの僕は絶対に認めない!」
「ならばどんな男なら許すと言うのだ?」
「それは…クラトスみたいな…」
「私?…いや、それは違うな。例え私が彼女に求婚したとしてもお前は適当な理由を持ち出し許す事をしなかっただろう。」
「そんな事ない!クラトスだったら僕は歓迎するよ。ユアンだから嫌なんだ。」
「何故そんなにもユアンを嫌うのだ?そりゃあ確かに奴はドジで間抜けで、そのくせ虚栄心ばかりが高い見栄っ張りの大嘘吐きだが…」
「…それだけ揃っていれば嫌うには十分だと思うけど。て言うか、僕でさえそこまでは言わないよ?」
「だがそれでも、あいつがマーテルを思う気持ちは本物だ。心の底からマーテルを愛し、命をかけて守って行きたいと思っている。」
「……」
「お前だって本当はユアンの事が好きなんだろう?ただ、たった一人の姉さんを取られるような気がしてそれが嫌なだけだったんだよな。」
「僕は……」
クラトスは俯いてしまったミトスの肩に手を置いた。
「なあミトス、お前は早く大人になりたいと言っていただろう。今こそそのチャンスなのではないか?もういい加減子供じみた真似はよしてお前の望む大人になれ。そして笑顔で姉さんの幸せを祝福してやろうじゃないか。マーテルもユアンもお互いに愛し合っているんだ。一緒になるのが当然だと私は思う。二人が一緒になったところで、マーテルがお前を見捨てるわけがない。ユアンだってそうだ。二人とも今まで通りお前を支え続けて行くだろう。何も変わりはしないんだよ。お前が常日頃から言っているように、私達四人は仲間でありそして家族なんだから…。」
尊敬するクラトスの言葉でも、これだけは譲れないという様子のミトスであったが、それでもしばらくの沈黙の後、ようやく渋々と頷いて見せたのだった。
「……分かったよ。今回はもう何もしないよ。でも、ユアンの事を認めたわけじゃないからね。今回はクラトスの顔を立てて手を引くんだ。それだけなんだからね!」
「そうか、私の顔を立ててくれるか。すまんな、ミトス。…直ぐに二人の仲を認めろとは言わんよ。そんな直ぐに己の気持ちを変えることなど出来んからな。旅はまだまだ続くんだ。ゆっくりと理解をしていけばいい。」
「ユアンの事を認めるなんて、たぶん一生無理だと思うよ。」
そんな負け惜しみのような台詞でも、クラトスにとってはミトスがこれ以上の嫌がらせを思い止まってくれた事だけで十分に満足だったのである。クラトスは微笑を浮かべると、ミトスの頭をクシャリと撫でた。
「あ〜〜もう!子供扱いしないでよね!」
「フ…そうだったな。お前はもう立派な大人だった。さて、大人と言えども夜の外は冷えるだろう。部屋に帰ってホットミルクでも飲むか?」
「大人の僕としてはコーヒーの方がいいな。」
クラトスは笑った。
「そうか、そうだな。ならば温かいコーヒーでも飲もうか。」
「うん。」
ニッコリと笑ってクラトスの腕に自分の腕を絡ませるミトス。そして二人は腕を組みながら部屋へと戻って行ったのだった。
一方ユアン達は、そんな一幕があった事には気付く事もなく、草の上に腰を下ろし肩を寄せ合い星空を眺めていた。
「……なあマーテル。」
「なあに?」
しかしその後の言葉は続かず、そのまま二人の間に沈黙が下りた。
(何をしているんだ、私は…。今こそ、この思いの丈を告げる時ではないか。二人っきりとなったこのチャンスを生かさないでどうする。)
ユアンは目を伏せると深呼吸をした。
「…マ、マ、マーテル!」
やっとの思いで声に出したものの、その声はやけに甲高く震えている。
「は、はい…」
そんなユアンの呼びかけに答えたマーテルの声も上擦っていた。
「マーテル…世界が平和になったら……その…なんだ…わ、わ、私と…け、け、け…」
思わず舌を噛んでしまうユアン。バシバシと自分の頬を叩くと、今一度深呼吸をして高鳴る心臓を落ち着かせた。そしてじっとマーテルの瞳を見詰めると、今度こそはっきりと言い切ったのだった。
「世界が平和になったら、私と結婚してくれないか。」
言ってしまってから、目を閉じるユアン。再び降り立った沈黙はそれ程長いものではなかったのかもしれない。だがユアンにとってはとても長く感じられ、その沈黙は痛い程に胸に突き刺さってきていた。そんなユアンの耳にやがてマーテルの静かな声が聞こえてきた。
「はい。喜んで。」
「えっ?」
ユアンは目を開けて信じられないと言うようにマーテルを見た。マーテルは静かに微笑みを浮かべている。
「い、い、今なんと?」
「喜んでお受けしますと言ったのよ、ユアン。」
目を見開くユアンを見て、マーテルはクスクスと笑った。
「やあね、断られるとでも思っていたの?私はあなたのその言葉をずっと待っていたのよ。言ったでしょう?この左手の薬指にはめるのは、心より愛する人からの指輪だけだって…。」
「マーテル!」
「でも、斯く言う私も本当はずっと自分の気持ちに気付いていなかったの。クラトスがあなたの指輪の事を教えてくれたから、私が本当に欲しかったものは何なのか気付く事ができたのよ。」
「そうか、やはりクラトスが指輪の事を…」
「やっぱり気が付いていたのね。彼には口止めをされていたんだけれど、たぶんあなたなら気付いていると思ったから話したの。……クラトスが余計な事をしたって怒ってる?」
「怒りはしないさ。あいつがいなかったら、私は指輪を捨ててしまっているところだったのだからな。」
「私達、良い仲間を持って幸せだわ。仲を取り持ってくれた彼の為にも、きっと幸せにならなくちゃね。」
「ああ、もちろん幸せになるさ…。今この星空に誓おう。私は必ずやお前を幸せにする。そしてこの命をかけてお前を守って行く。愛してるよ、マーテル。世界中の誰よりも。」
「私もよ、ユアン…。一生あなただけを愛し、そして支えて行く事をここに誓うわ。」
見詰め会う二人。
そして満天の星のもと、二つの影はしっかりと重なりあったのであった。
−プロポーズ 終−