ユアンとダニエルさん 後編


 皆が探している中、ユアンは川に来ていた。バケツからダニエルを抱え上げると、「まだ流れが速いから気を付けろよ」と言いながら川に放す。
 放しても、ダニエルがどこかへ行ってしまう事はない。いつもユアンがいる辺りを泳ぎ回るだけで、呼べばすぐに戻ってくるのだ。
 ユアンはそんなダニエルが可愛くて仕方がなかった。
 別れるなんて考えられない。

 ダニエルが弱っているなんて嘘だ。その証拠に、今だってあんなに元気に泳いでいるではないか。

「くっそ〜、あいつら勝手な事を言いやがって……。私達はこれからもずっと一緒だ。そうだろう?ダニエル。」
 泳いでいるダニエルを眺めながら独り言つユアン。
 するとその時、そんなユアンのお腹が突然『ギュルルル〜』と鳴り、ユアンは顔を赤らめると慌ててお腹をおさえた。腹が減っているのはミトスだけではない。ユアンだって同じなのだ。なにしろここ何日か、雑草しか食べていないのだから。
「しかし、ここで鳴るか?……これでは雰囲気ぶち壊しではないか。」
 ふと川に目をやるとダニエルが顔を出してこちらを見ており…
 ユアンは苦笑を浮かべると、
「馬鹿、心配するな。いくら腹が減ったって、お前を食ったりしないから。友達を食うわけないだろう?……なあに、飲まず食わずで過ごすのはこれが初めてではない。このぐらい平気だ。」
 それにクラトスが言っていた道が使えると分かれば状況は好転するだろう。そこが崖崩れの影響を受けていないのなら、食材を狩る事もできる筈。

 だがそうなったらダニエルはどうなる?

 ユアンも地図を見たのだが、あの道は川とは反対の方へとのびていた。つまり進めば進む程、川辺から離れていくわけで、当然ダニエルは、次に川辺に出るまでの間ずっとバケツの中での生活を強いられる事になるだろう。そんな生活がダニエルにとっていいわけがない。
 ユアンの頭に先程のクラトスの言葉が蘇ってくる。

“そろそろ潮時かもしれん。川にかえした方がいいのかもしれない。何と言ってもあそこはダニエルの故郷なのだからな。”

「故郷か…」
 ユアンの故郷はこの大戦に巻き込まれ消滅してしまった。良い思い出など全くなかった筈なのに、時々懐かく思い出され、淋しさが込み上げてきてしまうから不思議だ。きっと二度と帰れないと分かっているからなのだろう。
 だがダニエルは違う。この一週間で大分離れたとは言え、この川はダニエルと出会ったあの場所へと繋がっている。クラトスが言うように、この川はダニエルにとって故郷なのだ。川辺にいる今なら、いつだってまた帰る事ができる。
「ダニエル、帰りたいか?私達が出会ったあの場所へ…。」
 考え込むユアン。
 もちろん、ダニエルの為を思えば、ここで別れた方がいいに決まっている。だがそれでもユアンはどうしてもその選択をしたくはなかったのである。ユアンは完全にジレンマに陥ってしまっていたのだった。

 それからしばらくの間、ユアンはぼんやりと川筋を目で追っていたのだが、その視線がある一点を捉えるや、突然目を見開き立ち上がった。
「あれは!!」
 少し離れた所にエッグベアの姿を認めたのだ。目の上の傷に見覚えがある。あの時、ダニエルを狙っていたエッグベアだ。恐らく雨が止んだ事で、餌を探しに出てきたのだろう。
「まずい。ダニエル、戻れ!!」
 慌ててダニエルを呼び戻すユアン。
 この声にダニエルはすぐに顔を出した。だがどうした事か、じっとユアンを見ているだけで戻ってこようとしない。
「どうしたんだ!早く来い!!」
 焦るユアン。
 そうこうしている内に、エッグベアの方でもユアン達に気付いてしまったようだった。唸り声を上げ、こちらに向かってくる。
 ユアンはダブルセイバーを取ると、もう一度ダニエルを呼んだ。
「ダニエル、早く!!」
 それでもダニエルは動かなかった。
 顔を出してこちらを見ている事からも、ダニエルにユアンの声が聞こえているのは確かである。

 それなのに何故動かない?
 何故いつものようにすぐに反応してくれないのだ?

 エッグベアはもう、すぐそこまで来てしまっていた。しばし立ち止まると、ユアンとダニエルを見比べていたが、標的をダニエルに定めたようで、ザブザブと川に入り始める。
 それはそうだろう。武器を持った人間と魚、どちらを相手にした方がいいかなど、ちょっと考えれば分かる事だ。それに奴のそもそもの目的は餌を狩る事だったのだから。

(こうなったら自分が盾になってダニエルを逃がすしかない)

 腹が減って力が出ないのは確かだが、それでもエッグベアごときに後れを取るユアンではない。なによりダニエルをあんな熊ごときの餌食にさせたくはなかった。

「入水前のラジオ体操をする暇がないが、大丈夫だろうな?……いやいや、今はそんな事を考えている場合ではないな。」

 覚悟を決め、武器を握り直すユアン。そして大きく深呼吸をすると、向かってくるエッグベアを迎え撃つべく川へ飛び込もうとした。
 と、その時である。
 今まで全く動こうとしなかったダニエルが、初めて動きをみせたのだった。
 だがユアンの方に泳いできたのではない。彼はまず水面からの華麗なジャンプを披露すると、再び顔を出してユアンを見詰めた。そしてあろうことか、エッグベアがいる方向へと泳ぎだしたのだ。
「!!馬鹿!何をやっているんだ。そっちは危ない。戻れ!戻るんだ!!」
 ユアンは必死になって叫ぶが、ダニエルは止まらなかった。真っ直ぐにエッグベアに向かって突っ込んで行く。
 これをエッグベアが見逃すはずはない。ユアンは急いで後を追ったのだが間に合わず……ダニエルはユアンの目の前でエッグベアの太い腕に掬いあげられると、そのまま岸に叩きつけられてしまったのだった。

「ダニエル ―――― ッ!!」

 怒りの目でエッグベアを睨み付けるユアン。
 エッグベアは川辺に横たわっているダニエルを食おうと、川から上がろうとしているところだった。
「させるか!!」
 ユアンはサンダーブレードを放ちその動きを止めると、すかさず走り込んで行く。
「お前なんかに……お前なんかに……ダニエルを渡してたまるものか!!…食らえ!天翔雷斬撃!!」
「ぎゃああああああ!!」
 物凄い悲鳴を上げて倒れるエッグベア。
 ユアンはもう、そちらを見ようともしなかった。ダブルセイバーを収めると、すぐにダニエルのもとへ駆け寄る。
 ダニエルは即死だった。あの腕力で叩きつけられたのだからそれも当然なのかもしれないが、もしかしたらと僅かな希望を持っていたユアンは、その事実に完全に打ちのめされてしまう。
「こんな事って……」
 ピクリとも動かないダニエルの前に、力無く膝を突くユアン。
「どうしてなんだ?どうしてあんな真似を……。約束したじゃないか。ずっと一緒にいようって。それなのにどうして……」
 その目に涙が溢れてくる。
「馬鹿野郎!馬鹿野郎!馬鹿野郎!」
 ユアンは罵りの声を上げながら、こぶしを近くの岩に叩き付けた。
 それはダニエルに向けたものではない。ダニエルを助ける事ができなかった無力な自分への怒り…。
 そしてこの行為は、探しに来たクラトスが彼を発見し止めに入るまで繰り返し続けられたのだった。
 
 皮膚が裂け血が滲むのも構わずに、何度も何度も…。
 涙を流し、大声で自分を罵りながら…。



「今日はごちそうだね〜♪」
 フォークを振り回しながらミトスが言った。
 目の前の皿には、エッグベアの肉とダニエルのムニエルが載っている。
「ところで姉様は?」
「ユアンのところへ料理を持っていった。」
 あれからユアンはクラトスに連れられ戻ってきたのだが、そのまま自分のテントに籠ってしまい、出てこなくなってしまったのだった。そこで心配したマーテルが夕食を持っていったのである。
「ふ〜ん……でも、持って行ったって無駄だと思うけど。放っておけばいいんだよ。」
「そうもいかんだろう。なにしろあいつは朝から何も食べていないのだからな。」
「だって、あのユアンがダニエルを食べると思う?」
 クラトスはその問いには答えず、ただ肩をすくめただけだった。
 するとそこへ、実にタイミングよくマーテルが戻ってくる。
「ユアンの様子は?」
 すかさず尋ねるクラトス。
 マーテルは暗い顔で頭を振ると、
「一応トレイは置いてきたけど、まったくこちらを見ようとしなかったし、一言も話してくれなかったわ。」
「……そうか。」
「……ねえ、やっぱりダニエルを料理したのはまずかったんじゃないかしら。ユアン、きっと私達を恨んでいると思うのよ。」
「姉様ったら、今更何を言っているのさ。その事ならみんなで散々話し合ったじゃないか。確かに提案したのはクラトスだけど、みんなで決めたんだ。今になって文句を言うなんておかしいよ。まあ、その時ユアンはいなかったけどさ。でもそれは呼びに行ったのに出てこなかったユアンがいけないんでしょ。」
「それはそうなんだけど……何だか私、心配で…。」
「心配する事なんてないよ。大体、魚が一匹死んじゃったぐらいで大袈裟なんだよ。料理した事にしたって、元々食材なんだからさ、本来の目的に使用されたってだけでしょ。お陰でたんぱく質が摂れて元気が出てきたし、クラトスが言っていた道も通れるみたいだから、明日にはここから脱出できる。万々歳じゃない。それなのに、いい年をした大人が、いつまでもうじうじと……馬鹿みたいだ。クラトスだってそう思うでしょ?」
「……そうだな。確かにお前の言う通りなのかもしれない。」
「ほらね。やっぱりユアンって子供っぽすぎるんだよ。成長していないんだね。」
「だがな、ミトス。それがユアンなのではないか?」
「え?」
「そんなユアンだからこそ、ダニエルと心を通じ合える事ができた……私はそう思う。」
「……」
 クラトスは笑みを浮かべると、戸惑った様子のミトスの頭をポンポンと叩いて立ち上がった。
「!?ちょっ……どこへ行くのさ。」
「ユアンのところへ。」
「言い訳でもしにいくつもり?止めときなよ。喧嘩になるのが落ちだよ。」
「そうじゃない。ただ話をしにいくだけだ。」
「話って……」
「そろそろあいつも話し相手がほしい頃だと思ってな。お前だって、ユアンがいつまでもあんな調子じゃ張り合いがないだろう?」
「!!僕は別にそんな事……って、ちょっと待ってよ、クラトス!」
 さっさと行ってしまったクラトスの後を、慌てて追おうとするミトス。
 だがそれをマーテルが止めた。
「待つのはあなたよ。」
「姉様?」
「あなたが行ったって、余計にややこしくなるだけだわ。違う?」
「でも!」
「クラトスに任せておけば大丈夫。私達は食事の続きをしながら待っていましょう。」
「大丈夫って……何でそんな自信満々に言えるのさ。姉様だってさっき、ダニエルを料理したのは間違いだったんじゃないかってクラトスに文句を言っていたじゃないか。」
「さっきはさっき。今は今。」
「そんな勝手な…」
「そうね。勝手よね。でもあなたとクラトスの話を聞いている内に、だんだん、今私達の中でユアンを一番理解しているのは彼なんじゃないかって思えてきたの。ユアンも彼になら口を開くんじゃないかって気がするのよ。彼に任せておけば大丈夫。私達は彼を信じて待っていればいい。」
「……」
「さあさあ、そんなところに突っ立っていないで座って、座って!折角の料理が冷めてしまうわよ。」
 マーテルはそう言いながら自分も席に着くと、未だ渋い顔のミトスにニッコリと笑いかけ、ビッグベアの肉にフォークを突き刺したのだった。



 クラトスがテントに入って行った時、ユアンは薄暗い中、膝を抱えぼんやりとしていた。すぐ近くに料理が載ったトレイが置かれていたが、そちらも手付かずのままである。
 その内に気配でクラトスが来た事に気が付いたのであろう、ユアンはゆっくりとこちらを振り返った。しかしその目には全く感情が無く、まるでガラス玉のようで、声をかけようとしていたクラトスは、思わず言葉を飲みこんでしまったのだった。
 それからしばらくの間、重苦しい沈黙が続いた。
 それを破ったのは、意外にもユアンの方であった。

「ダニエルは美味かったか?」

「え…」
 この質問があろう事は予想していたものの、そのあまりに抑揚のない声に戸惑ってしまうクラトス。
「ミトスなんて喜んでいただろう。ダニエルを食うのはあいつの念願だったみたいだからな。」
「……」
 ユアンは何も言えずにいるクラトスを見て、フッと笑いを洩らすと、
「そんな顔をするな。別に恨み言を言っているわけじゃない。恨む理由なんてないからな。だってそうだろう?ダニエルを殺したのは、ミトスでもお前でもない……この私自身なのだから。」
「!!ユアン、それは違…」
「そうなんだよっ!!」
 クラトスの言葉を遮り叫ぶユアン。
「……ユアン?」
「……本当は気付いていたんだ。ダニエルの様子がおかしいって事に。そりゃあ毎日一緒にいるのだから、元気がない事ぐらい嫌でも気付くよな。だが私は見て見ぬ振りをした。今朝お前達の話を聞いた時だって認めようとしなかった。…………あいつと別れたくなかったから…。そんな私の我儘があいつの死期を早めてしまったんだ。」
「……」
「私はあいつが大好きだった。呼べばすぐにやって来て、こちらを見てくれるのが可愛くて…。だから最後に私の言う事を聞かず泳いで行ってしまった時にはすごくショックだった。あいつは私よりも川に戻る事を選んだんだのだと…。でも考えてみれば至極当然の行動だったのだ。きっとあいつは、弱っている自分に何もしてくれない私を恨んでいたのだろう。」
 そう言って頭を抱えてしまったユアンを、クラトスは黙って見詰めていたが、やがて静かな声で言った。
「果たしてそうだろうか?ダニエルもお前と同じだったのではないか?」
「え?」
 驚いたようにクラトスを見上げるユアン。
「ダニエルもお前の事が好きで、ずっと一緒にいたいと思っていた。だから今まで逃げようとしなかったのではないかな。お前は毎日ダニエルを川に連れて行っていただろう?紐で繋がれていたわけでもなく、逃げようと思えばチャンスはいくらでもあった筈だ。それをしなかったのは、お前と離れたくなかったからとしか考えられないではないか。」
「……」
「冷たい事を言うようだが、今朝の様子では、たとえあの時点で川に放したところでダニエルはそう長くは生きられなかっただろう。」
「だとしたら、やはり私の所為ではないか!もっと早くに川に戻していればあんな事にならなかった。そうだろう?」
「そうかもしれないし、もしかしたら寿命だったのかもしれない。それは私には分からない。ただ1つ言える事は、ダニエル自身、自分の死期が近い事が分かっていたのではないかという事だ。そして彼はその残り少ない時間を、川に戻り自由を得る事よりも、お前と共に過ごす事に使いたいと思った。」
「しかしあいつはあの時…」
「お前から逃げたんじゃない。その逆で、感謝の意を示そうとしたのではないだろうか。」
「え?」
「ダニエルは、ここのところお前がろくな物を口にできずに腹を減らしていた事を知っていた。それでも自分を食べようとはせず、皆の非難を受けていた事も。きっと彼はそんなお前に感謝していただろう。お前の役に立ちたかったが、魚の彼には何もできず、そこで自分の命をお前に捧げる事で恩返しをしようとしたのではないか……」
「つまり……ダニエルは私に自分を食べさせる為に、殺されるのを承知でエッグベアに突っ込んで行ったと?」
「そう考えるのは、彼を食し血肉とする立場の人間である、私のエゴかな?」
「……まさかお前、それでダニエルを料理したのか?ダニエルの最後の願いを叶えるために?」
 クラトスは肩をすくめると、
「そんな格好のいいものではないよ。目の前に食材が2つ転がっていた。だから料理に使った。それだけだ。今の話だって、私の全くの想像にすぎない。ダニエルが本当にそう考えていたのかと問われれば、分からないとしか答えられないだろうな。……だがお前は違うだろう?」
「え?」
「お前は私と違ってダニエルと意思の疎通ができていたし、今朝もダニエルの行動の一部始終をその目で見ていた。あの時は混乱していて分からなかったかもしれんが、今の冷静な頭で振り返ってみれば、ダニエルが何を考えていたのか理解できるのではないか?」
「……」
「思い出すのが辛いというお前の気持ちも分かる。今朝の出来事で、まだ時間が経っていないのだから当然だろう。だが、それでもお前はそれをやるべきだと思う。ダニエルの為に…。自分が殺してしまったと思っているのなら尚更だ。…………トレイの料理を食べるかどうかは、その上で自分で決めろ。私は強制はしない。」
 クラトスはそう言って踵を返すとテントを出ていこうとしたが、2、3歩行ったところで立ち止まり再びユアンを見た。
「そうそう、ミトスだがな。あいつ、さっき食事の前に祈りを捧げていたぞ。」
「え?」
「フ…おかしいだろう?マーテルがいくら言っても、『神なんていないんだから、やっても意味無いよ』と、拒み続けていたあいつがだ。あの祈りはきっとダニエルに捧げていたのではないかな。口では色々と言っていたが、本当はあいつもダニエルの事が好きだったんだよ。お前の目を盗んでは、時々バケツの中を覗いていたようだしな。それと、これをお前にやるよ。」
 腰袋から何かを取り出すと、ユアンに放って寄こすクラトス。
 反射的に受け取ったユアンは、それを見て目を見開いた。
 それは輪ゴムで止められた写真の束だった。10枚程あるだろうか。被写体は全てダニエルとユアンで、ダニエルだけのもあれば、ユアンとのツーショットもある。
「ミトスが隠し撮りしたようなのだ。今朝バケツを覗いていた時にくれたのだが、そんな物、私が持っていても仕方がないだろう?ミトスだって、私からお前の手に渡るのは見越していただろうしな。半分ぐらいピンボケだが、5枚目なんかは良く撮れていると思うぞ。」
 ゆっくりと写真をめくっていくユアン。その手がクラトスの言う5枚目で止まった。
 それはユアンがダニエルを抱え上げている写真だった。柔らかな笑みを浮かべ、ダニエルに優しい眼差しを向けているユアンの姿。自分にこんな表情ができたのかと驚いてしまう程である。ダニエルもそんなユアンを信頼しきった様子で見上げていた。
 そこからは確かな絆が感じられ…
 ユアンの写真を持つ手が震えてくる。

 そうだ……私達は繋がっていたのだ。こんなにも強く、しっかりと…。
 それなのにどうして裏切られたなんて思ってしまったのだろう。
 どうしてもっと信じてあげられなかったのだろう。

 今思えば、あの時ダニエルは、私より先にエッグベアの存在に気付いていたに違いない。それで覚悟を決めた…。
 私をじっと見ていたのも、あの最後のジャンプも、私へのお別れの挨拶のつもりだったのか?

 最後に私の姿を自分の目にしっかりと焼き付ける為に…。
 私に自分の姿を刻み付けてもらおうとして…。

 なんて事だ!今頃気付くなんて!!

「すまない、ダニエル……すまない…」
 写真を胸に抱き、ダニエルに詫びるユアン。
 その姿を見たクラトスは、目を伏せると静かにテントを出ていったのだった。


 それからしばらくの間、ユアンは写真を抱いたまま、ぼんやりと虚空を眺めていたが、やがて傍らのトレイに視線を移すと、ムニエルの載った皿を手に取った。そして震える手で身を切り取り口に運ぶ。
「……これでいいんだよな?ダニエル。」
 それからというもの、ユアンは黙々と食べ続けた。
 一片たりとも無駄にするわけにはいかない。これはダニエルの心そのものなのだから…。
 徐々に視界が霞んできたが、構わず手を動かし続ける。

 ダニエルのムニエルは、もうすっかり冷めきっており、そしてちょっぴりしょっぱい涙の味がした。



 翌日、河原に立つユアンの姿があった。
 懐から小さな袋を取り出すと、中身を川に流す。それはダニエルの骨を細かく砕いたものだった。
「ダニエル……命をくれて有難う。お前の故郷でゆっくりと眠れ。」
 手を合わせ目を閉じ、祈りをささげるユアン。
 すると向こうの方から声が聞こえてくる。
「ユア〜ン!そろそろ出発するわよ。」
 ユアンは苦笑を浮かべると、
「せっかちな仲間が呼んでいる。もう行かねば…。それじゃあな、ダニエル。」
 名残惜しげに今一度川を眺めてから、仲間の元へと向かう。
 だがその足はすぐに止まった。
 再び川を振りかえり、首を傾げる。
「待てよ…何だかちょっと違う気がするな。」

 確かに体は川に帰した。でも魂は……。

 そうか……これはお別れではない。
 お前は私の中で生きている。これからはずっと一緒なのだ。

 ならば私はこれから先、何があっても生き続けなければならないな。
 私が死ねば、私の中のお前も死んでしまう。
 お前を2度も死なすわけにはいかないものな。

 目を伏せ、そっと胸に手を当てるユアン。
 そして少しして顔を上げると、力強い瞳で前を見詰め、こう言い直したのだった。

「さあ行こうか、ダニエル!」


−ユアンとダニエルさん 終−