守りたいもの 後編
アジトへと連れ攫われたゼロスは、ぼんやりと意識を取り戻した。嗅がされた薬の所為でひどく頭が痛み眉をしかめる。
両手を背中にまわされた状態できつく縛られており、くい込むロープに手首が痺れている。両足首もしかりで、全く身動きが出来ない状態であった。
恐らくこれは、神子という立場にいる自分に対して行われた行為であろう。今の自分の置かれている状況は極めてよろしくない。今回ばかりはちょっくらヤバイかもしんね〜な、と他人事のように冷静に分析している自分にゼロスは苦笑した。
危険な状況に置かれているにも関わらず、それでも、とゼロスは考える。クラトスをこの件に巻き込まずに済んだ事だけは不幸中の幸いだ。彼も同じくこんなひどい目に遭わせようものなら、死んでも死にきれない。
いや、まだだ。まだ死にたくなんかない。死んじまう訳にはいかないんだ。クラトスと約束をした。
彼のそばにずっといると。
決して一人にはしないと…。
「一緒に暮らし始めて一年。まだまだ天使様とラブラブムードになっていないって言うのに簡単に死ねますかってーの。」
ゼロスは身動きできない状態で、なんとか脱出策を模索し始めるのであった。
それからしばらくして、キ〜ッという耳を塞ぎたくなるような音と共に錆びついたドアが開き、4人の男たちが入って来た。
「お目覚めのようですね、神子様。」
リーダーらしき男がゼロスを見て微笑した。
「何だよ、お前達は。神子の俺様にこんな事をしてどうなるか分ってるんだろうな、お前ら。」
ゼロスは男たちを睨みつけた。
「フフフ…そんな口を利けるのも今のうちですよ。貴方の命もあと僅かだ。もうすぐ“あの方”がここに来られる。そうしたら貴方は“あの方”の手で処刑されるのですから。」
「“あの方”?」
「そう、“あの方”は崇高なる理想をお持ちになっている。それを実現するには貴方の存在が邪魔なんですよ。それで消えていただこうと、ここへお越し願った訳です。」
「崇高な理想だと?笑わせるな!どうせデザングあたりの戯言だろうが!!」
デザングと聞いて男の目が見開かれる。だが、それも一瞬の事で、すぐに男は大声で笑い始めた。
「デザング?デザングですか。アーハッハッハッハッ!これはいい。言うに事欠いてデザングとはね!」
違う?デザングじゃない?ならば一体…
「あんな猪突猛進する事だけが取り柄の単純馬鹿に崇高な理想など掲げられるはずがないでしょう?あんなのと一緒にするのは“あの方”に対して失礼ですよ。」
デザングでなければ…まさか!?
ゼロスは、はっとして男を見た。
「フフフフフ…やっとお分りになったようですな。だが、ちと遅すぎましたな。」
その声は今目の前にいる男から発せられたものではなかった。ゼロスは声の発信源である戸口の方へと視線を移した。
そこにニヤニヤと立っていたのは…
「オネッシー!!?」
「そうです。私だったんですよ。全てはこの私が仕組んだ事なのです。」
オネッシーはゆっくりとゼロスに近づいて来た。今のオネッシーは今までのオドオドとした気弱な彼ではなかった。その瞳は冷酷な光を宿しており、確固たる自信に充ち溢れている。人間こうも変われるものなのかと、ゼロスは驚きを隠せなかった。いや、これが本来の彼の姿なのかもしれない。
オネッシーはゼロスのすぐ前で立ち止まり、その冷たい目で見下ろしてきた。そしていきなりゼロスの腹を蹴り飛ばした。
「グハッ!!」
ゼロスは横倒しになり血を吐いた。
「貴方には少々お灸を据える必要がありますな。この私を散々馬鹿にしてきた報いを受けなさい。」
オネッシーはニヤリと不気味な笑みを浮かべると後ろの4人の男に向かって、ゼロスを顎で指し示してみせた。
「殺さない程度にかわいがってあげなさい。いいですか、殺しては駄目ですよ。この男に止めを刺すのはこの私なのですから。」
「へい、了解しやした。」
男たちは身動きのできないゼロスに飛びかかり、激しいリンチを加えはじめた。ゼロスは全身に与えられる苦痛に悲鳴を上げ、のたうち回る。男たちは笑いながら、殴る蹴るの暴行を繰り返した。
リンチは十数分にもおよび、オネッシーがそろそろ止めるよう指示を出した頃には、ゼロスはもう半分意識を失っていた。
「私は最初から貴方の甘っちょろい考えには共感出来ませんでした。」
オネッシーは床にぼろ屑のように横たわるゼロスを冷めた目で見ながら話し始めた。
「何がシルヴァラントと仲良くです?この世にはね、強いものと弱いもの、この二つしか存在しないのですよ。力の強いものが弱いものを従える。これは太古の昔から行われてきた正当な原理ではないですか。なにも弱い者に手を差し伸べる必要などないのですよ。せっかくこの地が一つに戻ったのです。シルヴァラントなどという存在価値のない国など滅ぼして、この地に一つの王国を創る事の方が余程有意義ではないですかな?」
「…それが…お前の理想と言う訳か…そ…ん…なこと…テセアラ王が許すはずが…ない…」
ゼロスは苦痛に顔を歪ませながらも必死に反論する。
「ええ、そうでしょうね。ですから貴方を始末したあと、王にも王女にも消えてもらうつもりです。そして代わってこの私が世界の主となるのです。この世界の生きとし生けるもの全てが私の足元にひれ伏す事になるのですよ。アーハッハッハッハッハ!!」
勝ち誇り高笑いをあげるオネッシー。だがその笑いは突然響き渡った声によって遮られた。
「随分と、ちんけな理想だな。」
全員の視線がその声が放たれた戸口へと向けられる。
クラトス!?
ゼロスの目が大きく見開かれた。
そこには見慣れた白い割烹着姿の男…鋭い眼光でオネッシーを睨みつけているクラトスが立っていたのであった。
「何者だ!?」
折角のいい気分を台無しにされたオネッシーが、不機嫌に怒鳴りつけた。
「ああ!お前はあの、おとぼけお手伝いさん!!」
そのオネッシーの後ろで4人組がクラトスを指差して叫ぶ。
「おとぼけとは心外だな!私はぼけてなどいない。その証拠にお前達の忘れ物を返してやろう。」
そう言ってクラトスは何かを放った。
4人組の足元に転がったそれは、顔の原型を留めていない程にぼこぼこにされた自称ガス会社の男であった。
「こ、この野郎。よくも俺達の同志を!!」
「どうだ、私は親切だろう?こんなゴミでも届けてやったのだからな。」
「え〜い、何をしている!早く片付けろ!!」
オネッシーの叫び声に、クラトスは刺身包丁を抜き放った。左腕にはなべのフタが装備されている。
「片付けなら、しっかり者のお手伝いさんである私に任せておけ。得意中の得意技だ。」
天使様?…それで戦う気?
ていうか、あんたお手伝いさんじゃないっしょ…
クラトスは自分の持っている刺身包丁を凝視した。
「おお、いかんいかん。つい、いつもの習慣でこんな物を持ってきてしまった…間違えた、こっちだった。」
再度抜き放ったそれは、彼の愛刀フランヴェルジュ。
それってロイド君にあげたはずじゃ…もしかして掻っ払ってきたとか?
思わずつっこみを入れたゼロスであったが、剣を抜いたとたんに変わったクラトスの表情にハッとした。
「何をボーっと眺めているんだ!こんな奇妙奇天烈野郎、とっととやっちまえ!!」
クラトスは怒鳴り声をあげたオネッシーを睨みつけた。オネッシーはその鋭い眼光に射竦められる。
「お前は、やってはならない事をしてしまったな。」
低いが、力のこもった声。
オネッシーに向けられた鋭い光を放つその目は、あの『おとぼけお手伝いさん』のものではなくまさしく『戦神』のそれであった。
その変化にいち早く気付いたゼロス。
完全に怒っている…
その顔はいつも通りの無表情。口元には微かな笑みさえ浮かべられている。一見、怒りなど微塵も感じられなかった。だが長年クラトスを見てきたゼロスの目には、その静かな表情とは裏腹に彼の中で激しく燃え上がっている怒りの炎がまざまざと見えていたのだ。
しかし、オネッシーにはそれが分らなかった。クラトスの眼光に怯んだものの、今のクラトスが背後の4人組に完全に背を向けている事に気付いた彼は、その無防備さを密かにせせら笑っていたのである。そして、4人組に背後からクラトスを襲うよう目で合図を送った。それに微かに頷いた4人はじわじわとクラトスに近付いて行き、一斉に飛びかかった。
これで終わりだ
オネッシーはニヤリと笑った。しかし次の瞬間その笑いは凍りついた。
クラトスはほとんどその場を動かなかった。その位置に立ったままで振り向きざまに剣を横に大きく払ったのである。飛びかかって来た4人全てが、その一刀の下に斬り伏せられた。オネッシーはその一瞬の出来事に驚愕し後退った。
クラトスは倒れている4人には目もくれず、そんなオネッシーに近付いていく。
「それ以上近付くな!!一歩でも近付いてみろ、こいつの命はないぞ!」
オネッシーは最後の手段とばかりにナイフを抜くと、それをゼロスの喉元に押し当てた。クラトスは立ち止った。
「お前はやってはならない事をした。」
ゼロスをちらりと見てクラトスは繰り返した。
「ちんけな理想の実現などという馬鹿らしい事の為にお前は私の大切なものを傷つけた。そして、この私の怒りに火をつけたのだ。それがどういう事なのか、お前にはまだ分からぬようだな。」
「お前らなどに私の崇高な理想がわかるものか!私は自身の手でこの腐りきった世の中を変えるのだ!!」
「崇高な理想?腐りきった世を変えるだと?」
クラトスは笑った。
「腐っているのはお前の方ではないのか?分らぬようだから教えてやろう。お前の考えている事は理想とは言わぬ。お前のような考えの事をな、人は“野望”とよんでいるのだ!!」
叫ぶと同時にクラトスは目にも止まらぬ速さで剣を振り下ろした。
オネッシーは目を見開いたまま声もなく仰向けに倒れたのだった。
「ゼロス、大丈夫か!?」
クラトスは剣をおさめ、ゼロスに駆け寄り抱きしめた。
「天使様…」
程無くして、しいなを先頭に憲兵隊がなだれ込んできた。
「なんだい。全部終わっちまったのかい?」
しいなは、きょろきょろと周りを見回して
「殺しちまったのかい?」
と聞いてきた。
「殺してはいない。急所は外してある。だが、すぐに手当ては必要かもしれんな。」
「別に殺しても構わなかったのだがな。」
しいなの後ろからデザングが姿を現し傷だらけのゼロスを見下ろした。
「無様ですな、神子殿。ケツの青い若造の癖に粋がるからこういう目に遭うんですぞ。」
「デザング!何でお前が!?」
デザングは肩をすくめた。
「私とて貴方を救いになぞ来たくはなかったのですがね。この女に無理やりに…」
「仮にも大臣をとっ捕まえるんだ。同じ地位のあんたに同席してもらった方が無難だろ。全くいくらゼロスに言い負かされたからって、いい年していつまでも拗ねてんじゃないよ!」
「拗ねるとはなんだ!わしは拗ねてなどいないぞ!」
言い合いを始めた二人を見てゼロスはクスクスと笑った。しかし、傷が痛んだのか顔をしかめる。
「大丈夫か?」
クラトスが心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫だよ。」
そうは言ったものの全身に負った傷は思ったよりひどいようだった。安心して気が緩んだのもあってか再び襲い始めた激痛に次第に意識が遠のいてくる。叫ぶように自分の名を呼び続けているクラトスの声を聞きながらゼロスは呟いた。
「天使様が助けに来てくれた。それだけでもういいんだ。あんたが一番に大切に思っているのがロイド君だって構わない。一番に守りたいのがあの家だって事も関係ない。命を賭けて俺を助けに来てくれた。それだけですごく幸せだから…」
そして、クラトスに向かってほほ笑むとそのまま意識を失った。
ゼロスが目覚めた時、辺りはまだ薄暗かった。
病院?
そっか、俺様あれから気を失って運ばれたのか…
ぼんやりと考えていたゼロスは、ふと人の気配に気付きそちらへと目を向けた。
「!…天使様?」
クラトスがベッドの傍らに座っていた。なんとも言えない悲しげな顔で自分を見つめている。それだけではなかった。
彼は泣いていたのだ。溢れる涙を拭おうともせず、声を上げるでもなく、ただ黙ってゼロスを見つめながら、静かに涙を流し続けていた。
「クラトス!?」
「また失ってしまうのかと思った。アンナのようにお前もいなくなってしまうのかと…。」
クラトスの声が震えていた。
「お前は馬鹿だ。何故分らない?確かに私はあの家を守りたいと言った。だがそれはあの建物の事ではない。私が守りたいと言ったのは、お前と二人で生きて行くという事そのものなのだ。家がどんなに大きく立派であっても、そこにお前がいなければ何の意味もない。お前の傍らだけが今の私の唯一の居場所だというのに何故分ってくれないのだ!?何故あの建物を守りたがっていると考えてしまうのだ?」
クラトスの言葉にゼロスは目を見開いた。
「それに、何故優劣をつけたがる?愛しているものに順位など必要なのか?ロイドもお前も私が命に代えても守りたいと思っている大切なものだ。どちらの方がより大切かなど私には答える事など出来ない。それでもどちらかを選べとお前は言うのか?」
未だ泣き続けるクラトスを、ゼロスは優しく抱きしめた。
「…私は間違っているのだろうか?欲張りなだけなのだろうか?」
「ううん、違うよ。俺の方が怖がりだったんだ。天使様の考えている事が分らなくて、愛されているのかすごく不安になって。だからあんたの気持を試そうとあんな意地悪な質問をしちまった。今回の事はもしかしたらそのばちがあたったのかもしれないな。
でもね、天使様。人間ていうのはどうしても自分が一番になりたいって思っちゃうんだよね。自分が一番だって聞いて安心したがるんだ。俺様もそうだった。天使様にとって一番の存在になりたかったから。でももういいんだ。天使様も俺様と同じ気持ちだってわかったから…愛してる。これからもずっと一緒にいようね。」
「私も愛してる…お前がいなくならなくてよかった…」
「いなくなる訳ないっしょ。俺様約束は守る男なのよ。そう簡単には死にませんって。」
ゼロスはそう言って笑ったのだった。
ゼロス家の朝はいつも賑やかに始まる。
「こら、ゼロス!朝食はきちんと取らなくては駄目だといつも言っているだろうが!!」
「もう十分頂きました。これ以上食ってたら遅刻しちまうよ。てことで、ごちそうさま。でもって行ってきま〜す!」
ゼロスはバタバタと玄関へと向かう。そしてドアを開けようとノブに手をかけた。
バシイイインッ!
ぐわっ!!?
ドアノブに触れた瞬間に、ドアに取り付けられていた小窓からボクシングのグローブが飛び出して来てゼロスの顔面を直撃した。
そのまますっ飛ばされて尻もちをついてしまう。
「天使様!何なのこれは!?」
鼻のあたりを押さえながら怒鳴るゼロス。
「また怪しげな連中がお前を狙ってくるかもしれんからな。防犯用に取り付けたのだ。」
「…で、何で家の中に向かって飛び出してくる訳?」
「取り付ける方向を間違えたようだ。すぐに付け替えよう。」
工具をもってきて作業を始めようとするクラトスをゼロスは必死に止めた。
「いや、いいから。付け替えないでいいからはずしてくれる?このまま取り付けたらロイド君が訪ねて来た時にもパンチ繰り出しちゃうよ。」
「そうか、それもそうだな。少々改良が必要かもしれんな。忠告してくれて有難う、ゼロス。もう少しで関係のない者まで撃退してしまうところだった。」
「どういたしまして。」
こうしてゼロスは本日も朝から疲れ切ってのご出勤となったのである。だが、それでもゼロスはとても幸せであった。
“お前の傍らが、私の唯一の居場所なのだ…”
俺様もそうだよ。天使様の傍だけが安心できる唯一の場所。
本来の自分に戻る事ができる俺様の心の我が家なんだ。
−守りたいもの 終−
あね様、この度はリクエスト有難うございました。
『ムダにカッコいいクラトス』とのリクエストでありましたが、全然カッコよくありませんでしたね…(汗)
なぜかゼロスが目立ちまくっちゃってるし。
シリアスにまとめようと思っていたのに気が付いたらこんなのになってるし…
相手がロイド君の方がもう少しシリアスになったかな、なんて今頃になって考えてしまってます。
お待たせした上にこんな文で申し訳ありません。
言っていただければいつでも書き直しますので、お申し付けください。(土下座)