トマト太郎 鬼退治編


 さて、マニュアル通りにお供を従える事が出来たトマト太郎は、野を越え山を越え、ようやく『あとちょっとで鬼ヶ島』駅前に到着しました。
「なんだよ。電車が通っているんなら、テクテク歩かなくても乗ってくりゃあよかったじゃんか。」
「何を言っているのだ、ロイ…猿よ。この鬼退治マニュアルによると歩いて鬼ヶ島に向かえと書いてある。苦労の末に打倒してこそヒーローたる所以なのだ。」
「…あんた、ヒーローになりたかったわけ?」
「別にそんなつもりはない。マニュアル通りに進めないと気が済まないだけだ。」
 トマト太郎は典型的なA型人間だったのでした。

「ところでここからはどう行けばいいのかな?」
「そんな事俺が知るかよ!」
 すると、キョロキョロと辺りを見回していた雉が言いました。
「あそこに観光案内所があるぞ。」
「でかした!さすがクルシスとレネゲードの間をウロウロしている風見鶏と呼ばれていただけの事はある。」
「誰が風見鶏だ!!風見鶏は貴様だろうが!」
「よし、あそこで尋ねてみよう。」
 トマト太郎は雉の抗議をあっさりと無視すると、案内所で聞いてみる事にしたのでした。

「鬼ヶ島ですか?それでしたら北口からバスが出てますよ。」
「歩いて行きたいのだが。」
「歩きですか?止めた方がいいですよ。歩きだと半日以上かかりますから。」
 それを聞いた途端、猿がブーブー文句を言い出しました。
「え~っ!!これからまた半日以上歩くのかよ。そんなの嫌だからな!」
「煩い猿だな。仕方がない。ここからはバスを使うとするか。」
「次のバスは三十分後になります。よろしかったらそれまでおみやげでも見ていたらいかがです?」
「おみやげか。そう言えばじいさんからは鬼ヶ島饅頭、ばあさんからは鬼の肉球の魚拓(ぎょたく)を頼まれていたっけな。」
「魚拓?…鬼は魚ではないのだから鬼拓ではないのか?て言うか、鬼に肉球なんてあるのか?」
 そう言って雉が首を傾げていると、
「鬼に肉球があるかはわかりませんが、鬼ヶ島饅頭ならありますよ。人気商品です。」
「よし、ではとりあえず饅頭を買っていくとしよう。」
 そんな観光気分に浸っている場合ではないのではないかとお供達は不審気な視線を向けて来ましたが、そんな事は何処吹く風とトマト太郎はおみやげを買いあさり上機嫌でバス乗り場に向かったのでした。
 ところが…
「犬はお断りですよ。」
 一緒にバスに乗ろうとしたノイシュを見た運転手が止めて来たのです。
「ノイシュは犬ではない。」
「くぅ~~ん…」
「どう見ても犬じゃないですか。」
 そこでトマト太郎はノイシュを蹴とばしました。
 悲鳴を上げて二本足で立ち上がるノイシュ。
「見ろ、ちゃんと二足歩行だろうが!毛深いから犬のように見えるが歴とした人間なのだ。」
 まだ疑わしい目で見ていた運転手でしたが、トマト太郎に物凄い形相で睨まれ、渋々と同乗を許す事にしたのでした。

 こうしてなんとかバスに乗る事が出来たトマト太郎一行。
 目指す鬼ヶ島まであと少し。
 頑張れ、トマト太郎!





「次は鬼ヶ島前~、鬼ヶ島前でございま~す。」
 バスに揺られる事一時間。ようやく一行は鬼ヶ島前に到着しました。
「こ、ここが鬼ヶ島?」
 バスを降りるや否や、目の前に広がる光景に目を丸くする猿。それもそのはず、浜辺には露店が立ち並び、多くの観光客で賑わっていたのでした。
「いや、ここは鬼ヶ島ではない。鬼ヶ島前の浜辺だ。停留所の名前も“鬼ヶ島前”だっただろう?」
 マニュアル本を片手に説明するトマト太郎。
「鬼ヶ島はあそこに見える島なのだ。渡るには舟が必要だな。」
 そこでトマト太郎はどこかで舟が借りられないか、露店のオヤジに聞いてみる事にしたのですが、オヤジはトマト太郎の問いに即座に首を横に振ったのでした。
「舟を借りたいだあ?冗談言っちゃいけませんぜ。俺ら人間が立ち入ることが出来るのはこの浜辺まで。鬼ヶ島に渡ろうだなんて考えない方がいい。何しろあそこにはこわ~い鬼がいるんですからね。」
「そのこわ~い鬼を退治しに行きたいのだ。」
「お止めなせえ。あそこへ行って帰って来た者はいないんだ。若い命を無駄に散らす事はねえでしょう。」
 そう言ってオヤジは震えながら、くわばら、くわばらと唱え始めたのでした。
 どうもこのオヤジでは話にならないようなので、トマト太郎は自力で舟を探す事にしました。すると、浜辺の片隅に寂れた渡し舟乗り場があるのを見付けたのでした。
「ああ、お客さん。舟をお探しですか?それでしたら私が渡してあげましょう。」
「……て言うか、お前鬼じゃん。」
 猿が言うように、なんとその船頭には一本の角が生えていたのです。
「おのれ、いけしゃあしゃあと現れおって!成敗してくれよう!!」
 刀に手をかけたトマト太郎を見て、鬼は慌てて弁解を始めました。
「お、お待ち下さい。私は鬼ヶ島の観光協会の者です。私共は人間から観光料をふんだくろう…い、いえ、鬼ヶ島はいい所だと知ってもらいたいと考えているのですが、人間達は怖がって誰も島に渡って来てくれません。そこで格安な渡し舟を設ける事にしたわけでして…。たったの100ガルド。いかがです?」
「なあ~んだ。こいつら良い鬼だったんじゃん。」
 感心している猿に、トマト太郎が言いました。
「何が良い鬼だ。この渡し舟の名前を見てみろ!」
「名前?……ええと、“三途の川の渡し舟”…えっ?三途の川!?」
 目を丸くする猿。
 トマト太郎は鬼の船頭を睨みつけました。
「こんな物騒な舟に乗れるものか!…それに金がない。」
「たった100ガルドも持ってないんですかい?けっ、貧乏人かい。貧乏人には用はないよ。あっち行きな。シッ、シッ!」
 トマト太郎が金を持っていないと知るや、急に掌を返したように冷淡になる鬼の船頭。
「フン、頼まれたって乗るものか!」
 トマト太郎はプンプンとその場を離れました。
「だからおみやげはほどほどにしておけと言ったのだ。全く、一文無しとは情けない。」
 そんな雉の苦言に、トマト太郎は口をとがらせて言いました。
「仕方なかろう、どれも旨そうなみやげものばかりだったのだから。過ぎた事をつべこべ言うな。」
「しかし一体どうする気なのだ?クラ…い、いや、トマト太郎。舟がなければ島に渡れんではないか。」
「なければ作ればいい。そこらに一杯木が生えているだろう。」
「待て。我々に船大工になれと?」
「え~~、冗談だろ!?そんなの嫌だかんな!」
「キャン、キャン!私も嫌です。」
 しかし、トマト太郎にギロリと睨まれ、お供達は仕方なく舟をこさえる事にしたのでした。

 こうしてなんとか出来上がった筏に乗って海へと乗り出す一行。
「なんか貧乏くさいよな。傍から見たらまるっきり遭難者だぜ、俺達…」
「…仕方なかろう。現に一文無しなのだからな。」
「煩いぞ、そこの猿と雉!!黙って漕がんか!!」

 かくして舟を手に入れたトマト太郎達は、ひたすら鬼ヶ島目指して漕ぎ続けるのでした。




 トマト太郎達は、何度も沈みそうになりながらも手作りの筏でやっとこ鬼ヶ島に到着しました。
「やれやれ、酷い目にあったぜ。」
 ところが腰をさすりながら島に降り立った一行は、瞬く間に鬼達に囲まれてしまったのでした。いきなりのピンチかと思いきや、どうやら鬼達には敵意は全くないようです。それどころか熱烈な歓迎ムードに盛り上がっていたのでした。
「ようこそ、鬼ヶ島へ!」
 トマト太郎達は、首にレイをかけられ島の真ん中にある大きな屋敷に案内されました。そこは鬼の頭領であるリーガル鬼の屋敷で、リーガル鬼はトマト太郎達を笑顔で迎え入れると沢山の御馳走を出してくれたのです。
「よくぞ遠路遥々お越し下された。ささやかな歓迎の宴を設けた故、楽しんで行って頂きたい。」
「やっぱ、こいつら良い鬼だったんだよ。」
 目の前の御馳走に涎を垂らしながら猿が言いましたが、トマト太郎は苦虫を噛み潰したような顔で頭を振ると、
「甘いな。やはりこいつらは悪い鬼だ。その証拠にトマトを食している。」
「「「はい?」」」
 目を丸くするお供達。よく見ると膳の上には山盛りのトマトサラダがあったのでした。
「我が分身たるトマトを食するとは許すまじ。」
「……何が分身だ。単にお前がトマトが嫌いなだけだろう?」
 トマト太郎はボソッと呟いた雉を蹴り飛ばすと、リーガル鬼を睨みつけました。
「如何に善人ぶろうがこのトマト太郎の目は誤魔化せぬぞ。トマトを食する者に善人なし。よってお前は悪い鬼だ。どうだ、参ったか!」
 しかしリーガル鬼はあくまで落ち着いておりました。
「ほう、トマト太郎殿はトマトがお嫌いか?ならば他の料理を食せばよかろう。」
「そうですよ。これはリーガル様が作った美味しい料理ばかり。なにしろリーガル様はアイアンシェフの異名があるほどなのですから。」
 隣でボータ鬼がニッコリと笑って言えば、その隣のダイク鬼も、
「そう目くじらを立ててばかりいないで食べてみな。一口食えばその美味さも分かるってえもんだ。なんなら俺が毒見をしてやるよ。それなら安心だろ?」
 そう言ってダイク鬼はニヤリと笑うと、自分で一口食べて見せたのでした。
 ところが、その途端なんとダイク鬼は突然苦しみ出したのです。
「し、しまった…食べるのを間違えちまった…」
「馬鹿者!だから仕出しものには手を出すなとあれ程…」
 そこまで言ってしまってから、リーガル鬼は慌てて口を噤みましたが、もう後の祭りでした。
「仕出しものだと?それはどういう事だ!?」
 詰め寄るトマト太郎に、リーガル鬼は舌打ちすると、
「くっそ~、ばれちまっちゃあ仕方がねえ。膳の上の料理には二種類あるのだ。私が作ったものと、リフィル弁当に仕出しを頼んだものとな。」
「げっ!リフィル弁当!?」
 その名前を聞いた猿が驚きの声を上げました。
「リフィル弁当って言えばリフィル先生が小遣い稼ぎで始めた弁当屋じゃねえか。一口食べればあの世逝きって評判の…」
「!!…貴様!やはり我等に毒入り料理を食べさせるつもりだったのだな!?」
 トマト太郎に睨みつけられ、ついにリーガル鬼はその正体を現したのでした。
「ああそうだとも。駅前でみやげものをしこたま買い込んだ馬鹿がこちらへやってくるとの情報を掴んだものでな。それを取り上げてやろうと計画を練った訳なんだが、ダイクの間抜けの所為で台無しになってしまった…。かくなる上はお前等を皆殺しにしてぶんどってやる!」
「そうはさせるかっ!!」

 こうして宴の場は、たちまち戦闘の場へと化したのでした。


 戦闘が始まるや否や、他の鬼達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまい、ダイク鬼は毒入り弁当のダメージで気絶しています。残るはボータ鬼とリーガル鬼の二匹だけ。そこでトマト太郎は、まずは邪魔なボータ鬼から集中攻撃で倒してしまう事にしたのでした。
「食らえ、雷神剣!」
「裂空斬!」
「サンダーブレード!」
「キャン、キャン、ノイシュキック!!(←なんだそりゃ?)」
 如何に怪力ボータ鬼でも四対一ではたまりません。だいぶ苦戦しているようでした。そんなボータ鬼を助けようとしているのか、それとも端から助ける気などないのか、リーガル鬼はテケテケとやって来ては素振りを繰り返し、直ぐに逃げて行ってしまいます。そうこうしている内に、ボータ鬼はやられてしまったのでした。

「さあ、残るはお前だけだ。覚悟しろ!!」
「チッ、役に立たん奴等だ。」
 倒れているダイク鬼とボータ鬼を見やり、舌打ちするリーガル鬼。
「だが私は簡単には倒せんぞ。」

 相手はボータ鬼との戦闘後で疲れている筈。対して自分は素振りを繰り返した故、準備万端。この戦闘、勝てぬわけがない。

 そう考えたリーガル鬼は華麗なるコンポを決めようと突っ込んでいきましたが、予想に反してトマト太郎達の動きは素早く、一向に攻撃が当たってくれません。焦ったリーガル鬼は、一気に片を付けるべく、とっておきの技を繰り出しました。
「これならどうだ! 爪竜連牙弾!!」
 しかしそれさえも見事な空振りに終わり、逆にトマト太郎の風雷神剣をまともに食らってしまったのでした。
「くっ、これ程とは…」
 その場に崩れ落ちるリーガル。
 どうやら役に立たないのはリーガル鬼の方だったようです。
「えい、えい、お~~!!」
 トマト太郎達は勝どきを上げました。

 こうしてトマト太郎達は、苦労の末についに鬼を退治する事が出来たのでした。




「申し訳ありません。私が悪うございました。どうかお許し下さい。」
 トマト太郎達にリーガル鬼は涙ながらに謝りました。
 しかしトマト太郎は、そんなリーガル鬼をあくまでも冷たく突き放します。
「言葉では何とでも言える。態度で示して貰わねばな。」
「はい、それはもちろん…これからは手枷をして生きて参ります。もう悪い事は致しません。」
「まあ、それはそれで殊勝な心がけではあるがな…」
「まだ何か?」
「分からんか?私は歯ごたえのある黄金色した固いものが好きなのだ。」
「……わ、分かりました。それではこの屋敷の財宝を全て差し上げます。それでどうかご勘弁を。」
「それだけか?」
 目を見開くリーガル鬼。
「…トマト太郎殿、お主も悪よのう。」
「フッフッフ、何を言うリーガル殿。私などまだまだ。貴公の足元にも及ばぬわ。」
「くっ…。分かりました。分かりましたよ。それではこの屋敷ごと全部…いや、この島ごと差し上げましょう。もってけ、ドロボ~、畜生めが!」
「もう一声っ!!」
「え~い、こうなったらやけのやんぱちだあ!それプラス、一生下僕としてあなたにお仕えすると致しましょう。これでどうだっ!?」
「よおし、乗った!!」



 こうしてまんまと鬼ヶ島を丸々手に入れる事が出来たトマト太郎は、ジーニアスじいさんとプレセアばあさんを呼び寄せ、この鬼ヶ島で暮らす事にしたのでした。
「よくぞ己の使命を全うして下さいました。あなたは私達の自慢の息子です。」
 涙を流してトマト太郎の労を労うプレセア。その目はすでに屋敷内の財宝を吟味しておりました。
「フ…このトマト太郎、使命を果たすまでは死なぬのが信条でな。」
「プ、プ、プレセア。これで僕達はお金持ちになれたんだね。もう剣玉の大道芸をしなくてもいいんだ。」
「…ジーニアス。あなたは大道芸などしていませんでした。」
「そ、そうだっけ?」
「そうです。あなたは何もしていません。」
 ばっさりと切り捨てるプレセア。
「あ、でも、プ、プ、プレセア。洗濯してトマトを拾って来たのは僕だから、やっぱり今回の事は僕のお手柄って事になるんじゃないのかな?」
「ジーニアス、あなたはトマトを拾ってきただけで何もしていません。トマトを切ったのは私ですし、実際に鬼退治をしたのはトマト太郎です。今回の事でジーニアスが役に立った割合と言えば僅か1パーセントぐらいなものでしょう。」
「……」
 そんな二人を取りなすようにトマト太郎は言いました。
「まあまあお二人とも喧嘩はそれくらいで…。今日からお二人は何もせずに楽しく暮らして下さればいいのですから。これからはここにいる鬼達が身の回りの事も全てやってくれます故、ご安心ください。」
「「それは有難い事だ。」」
 嬉しそうにニッコリと笑う老夫婦。

 そして老夫婦はトマト太郎やお供達と共に、ぼやく鬼達を盛大にこき使いながら末長く幸せに暮らしたと言う事です。

 めでたし、めでたし。


−トマト太郎 鬼退治編 完−