鶴の恩返し
むかしむかし、あるところにゼロスというナンパ好きの二枚目青年が住んでおりました。毎日女の人を見付けてはあま〜い言葉で誘惑し貢物をもらって暮らしておりましたが、そんなモテモテの日々の中でも、何故か孤独を感じてしまっていたのでした。彼の元に集まって来る女性達は、きれいな顔をしている彼の上辺だけを見ており誰一人として本当の彼を見ようとはしていなかったのです。そう、ゼロスには心を許せる真の友人というものがいなかったのでした。
そんなある日の事、ゼロスがたまには猟でもしてみようかと山に入ったところ、大きな木の根元で何やら鳶色の生き物がうごめいているのを見付けたのでした。恐る恐る近付いてみると、なんと見た事もない美しい生き物が猪を捕らえる為に仕掛けられた罠にかかって苦しんでいるではありませんか。そのあまりの美しさにゼロスが思わす見とれていると、
「何をぼさ〜と見ているのだ。早く助けんかい!」
「えっ?あんた話せるの?」
ゼロスは驚きながらもその生き物を助けてあげたのでした。
「ふ〜、助かった。まさかこのようなところに罠が仕掛けられているとは思いもよらず…私もまだまだ修行が足りぬようだ。」
「あんた一体何もの?」
「見て分からんか。鶴に決まっているだろう。」
「鳶色の鶴なんて初めて見るね。」
「そうか?だが、それでも確かに鶴なのだから仕方がないだろう。とにかく助けてくれた事には礼を言おう。有難う。」
鶴はそう言うと、忙しない様子で翼をはためかすと大空へ飛び去って行ってしまいました。
「変な鶴…」
ゼロスは肩をすくめ家路へと着いたのでした。
しかしその日から、ゼロスの頭に浮かぶ事といったらあの不思議な鶴の姿ばかりで、気が付くとあの鶴にもう一度会いたいとぼんやりしてしまっている自分がおりました。おかげで町までナンパをしに行く気にもなれず、いつの間にかあれ程貯め込んだ食料も底をつき始めてしまったのです。
「参ったな…。これじゃあ餓死するのも時間の問題だ。かといってあの鶴を見てからと言うもの、どんな女性を見ても色あせて見えてしまい、気の利いたナンパ言葉も出て来なくなってしまった。仕方がない、真面目に働いて金を稼ぐしかないか。」
とは言っても、まともに働いた事がないゼロスにはどうやったら金が稼げるのか皆目見当がつかず、途方に暮れてしまっておりました。するとそこへ、扉を叩く音が聞こえてきたのでした。
ドシッ、ドシッ、バキィ〜〜ン!
「煩いってえのっ!そんなに乱暴にぶっ叩いたらドアが壊れちまうっしょ!!」
怒り心頭に扉を開くゼロス。表には見た事がない鳶色の髪の青年が立っていました。
「これは失礼した。なにしろノックなどした事がなかったもので、加減が分からなかったのだ。」
「……あんた、誰?」
「私はクラトスと言うものだ。食うのに困っているようだな。どれ、ここはひとつ、私が助けてやろうではないか。」
「なっ!?…余計なお世話だ!!」
ゼロスが断るも、その男は図々しく上がり込んで来ると、奥の部屋へ続く襖を開けました。
「おお、偶然にもこんなところに機(はた)があるではないか!」
「まあね。お袋が使っていたやつだ。でも俺様には機織りなんて出来ないから放りぱなしになっている。」
「よし、私が織ってやろう。お前はその出来上がった反物を売りに行けば良い。」
「はあ?…い、いや、でも…」
「よいか?機織りをしている間は決して覗いてはならぬぞ。分かったな?」
思わずコクコクと頷いてしまったゼロスを見て、満足気に微笑むと襖を閉じるクラトス。
程なくして閉じられた襖の向こうから奇妙な声と機を織る音が聞こえてきました。
きえ〜〜っ!ブツッ!
バタン、バタン…
ひょえ〜〜っ!ブツッ、ブツッ!
パッタン、パッタン…
「……あの〜、大丈夫ですか?」
「だ、大事ない。覗くなよ、絶対に覗いてはいかんぞ。」
「はあ…」
それからしばらく奇妙な掛け声と機織りの音が続き、やがて織り上がった反物を手にクラトスが姿を現したのでした。
「さあ、これを売って来るが良い。」
それは未だかつて見た事もない美しい反物でありました。
「これは素晴らしい反物だ!…でも、あんた、大丈夫?」
心配げにクラトスの顔を覗きこむゼロス。姿を現したクラトスは酷く疲れきった様子で、肩で息をしていたのでした。
「それになんだか髪型がさっきと変ったような気がするんだけど…?短くなったと言うか、量が減ったと言うか…」
「そうか?久々の機織りでリフレッシュした結果であろう。気にするな。それより早くそれを売りに行くが良い。」
そしてゼロスは、首を傾げながらもその反物を売りに町へと行ったのですが、ゼロスが思った通り、その鳶色に輝く珍しくも美しい反物は高価な額で飛ぶように売れたのでした。
それからというもの、クラトスが織った布をゼロスが町に売りに行くという日々が続き、いつしかゼロスにとってクラトスの存在は掛け替えのないものになっていたのでした。
クラトスの織る布は評判がよく、売りに行けば毎度完売の勢いの為、ゼロスの暮らしは見る見るうちに楽になって行ったのですが、唯一つ、ゼロスには心配な事がありました。それはクラトスの事でした。彼は機織りをする度に、何故かどんどんと髪の毛が薄くなってきているのです。このままではつるっ禿げになってしまう日もそう遠くはないでしょう。スキンヘッドのクラトスなんて、ゼロスには想像出来ない事でした。それでも髪の毛が減っているだけならまだいいのです。ゼロスの目にはクラトスが日に日にやつれて行っているように見えたのでした。
このまま放っておいてよい筈がない。クラトスはゼロスにとっては初めての心許せる友人なのです。クラトスを失いたくなかったゼロスは、彼に機織りを止めるよう何度となく言ったのですが、その度にクラトスは心配はいらないと笑い飛ばしました。それでも心配でならなかったゼロスは、ついに機織りの現場を覗き見てしまったのでした。
その場の光景に目を見開くゼロス。なんと機を織っているのは、以前助けたあの鳶色の鶴だったのです。鶴は自分の羽を抜いてはそれで一心不乱に機を織っていたのでした。程なくして、襖の隙間から覗いたままの恰好で固まっていたゼロスに、鶴が気付きました。
「見〜た〜な〜〜!?」
「ひぃぃぃ〜〜っ!!」
鶴の物凄い形相に腰を抜かしてしまうゼロス。
「そう…私はあの日、お前に助けてもらった鶴だったのだ。どうしても恩返しをしたくて人となってお前の元へやって来たのだが、正体を知られてしまったからにはもうここに居続ける事は出来んな…」
「クラトス!?」
「私は去らねばならない。あちらにあと何反か織り上げた物がある。それでしばらくは生活に困る事はないだろう。短い間であったが、お前と暮らせて楽しかったよ。有難うゼロス、幸せになるのだぞ。……さらばだ。」
羽を広げ舞い上がるクラトス。
「クラトス!!」
急いで家の中に飛び込むと、縄を手に出てきたゼロス。何を隠そう、ゼロスは投げ縄の名人だったのです。しかしながら、その縄は投げられる事はありませんでした。その必要がなかったのです。クラトスは舞い上がったものの、羽を抜き過ぎたが為にそのまま飛び去って行く事が出来ず、見事に墜落してしまったのでした。
「む…無念…」
再び人の姿になり、地面に這いつくばっているクラトスに近付いて行くゼロス。
「これはさ、きっと、ここにずっといなさいって言う神様の思し召しなんじゃないかな。」
「神様?…そんなもの私は信じてはいない。」
「そう?俺様は信じてるよ。だって、こうしてあんたに会う事が出来たんだから。」
「……」
「なあ、ずっとここにいろよ。」
「…私は人間ではない、鶴なのだぞ。」
「いいじゃん、それでも。クラトスには違いないんだから。」
「もう、機を織る事も出来ぬ。」
「今度は俺様が働くよ。あんたの為なら何だって出来る。」
ゼロスはクラトスを優しく抱きしめました。
「ゼロス…。いいのか?こんな私でもお前の傍にいてもいいのか?」
「もちろんだよ、クラトス。これからはずっと一緒だ」
「ゼロス…有難う!!」
クラトスはまるで幼子のように、ゼロスの胸の中で泣き続けたのでした。
こうして孤独な青年と一羽の鶴は一緒になり、共に助け合いながら末長く幸せに暮らしていったという事です。
めでたし、めでたし。
−おしまい−