願い
昔、流れ星に願い事をした事がある。
「ねえ、クラトス。流れ星に願い事をすると叶うんですって。」
アンナの言葉に、私は思わず苦笑をもらした。長い時を生き続けてきた私にとってそんな夢物語のような事ははっきり言って馬鹿らしいと思ったのだ。
そんな私にアンナは、こう言った。
「馬鹿らしいって思っているでしょう。でもね、そんな夢みたいな話でも信じる事が力になる事もあるのよ。ねえ、一度だけ信じてみない?」
アンナにしつこい位に言われた私は、ただ一度だけ願いをかけたのだった。あの時のアンナの嬉しそうな笑顔は今でもこの目に焼き付いている。
“この幸せがいつまでも続きますように”
それがその時に願った事だった。そしてその願いは叶う事はなかったのだった。
それ以来、私は願い事はしなくなった。星に対してだけでない。望みを持つ事そのものを否定したのだ。
そうだろう?こうなりたいと望んだとてどうなるというのだ。そんなもの叶うはずはないのだから。
そもそも長い間罪を犯し続けてきた私に願い事をする権利などあろうはずがないのだ。
そう思って生きてきた…
「天使様、ほら、流れ星がいっぱい。すごく綺麗だよ。」
今私はゼロスと一緒に暮らしている。
デリス・カーラーンと共にこの地を去るつもりだった私は、直前のゼロスからのプロポーズを受けこの地に残る事にしたのだった。ゼロスはテセアラ郊外にある、昔さる貴族が住んでいたという古い屋敷を買い取り、私達はそこで二人だけの生活を送っている。
「流れ星に願い事をすると願いが叶うんだってさ。知ってた?」
「…ああ、昔からそういう言い伝えがあるな。」
「天使様は何か願い事したことある?」
「さあ、どうだったかな。お前はどうなのだ?」
「俺様は今まではなかったよ。でも、今さっきこっそりお願いしちゃったもんね。」
クラトスはゼロスを見た。
「何を願ったか聞きたい?俺様の願いなんて決まってるっしょ。天使様とず〜っと一緒にいるって事。たとえ死んじまったとしても、生まれ変わってまた一緒になりたいってさ。」
「かなり確率の低い願い事だな。生まれ変わっても、とは…。今頃神様が困っているのではないか?」
クラトスは苦笑した。ゼロスはプ〜とふくれる。
「無理な事じゃない!天使様がどんな姿になろうとも俺様には絶対にわかる自信があるんだ。」
「絶対などという言葉は軽々しく使うものではない。世の中に絶対などという事はありえないのだから。」
「それでも絶対なんだよ。天使様、俺様の事甘く見てない?」
「お前の方こそ世の中というものを甘く見ているのではないか?いい年して非現実的な事ばかり言うな。」
「いいや、絶対って言ったら絶対なの!」
「絶対などありえん!」
「ある!!」
「ない!!」
まるで子供の喧嘩だ…
その夜、私達は初めての大喧嘩をした。こんな馬鹿らしい事でだ。
そして本日ゼロスは口をきく事もなくプイッと仕事に行ってしまったのだった。
一緒に暮らし始めて一年。
ゼロスは神子としての公務がある為毎日テセアラへと通っていた。私はゼロスが留守である昼間家の事をするようになり、こうして自然と二人の役割分担のようなものが決まっていった。
最初は私も働こうとしたのだが、私に出来る事といったら傭兵の仕事位のもので、そうなると当然泊まりの仕事も増えて家にいる事が少なくなる。二人の時間を大切にしたいと言っていたゼロスはその事を嫌がり猛反対したのだった。こんな話をすると、どこぞの亭主関白の夫婦の揉め事のように聞こえてしまうだろうが、私自身家事をする事に別段抵抗も感じなかったので、文句を言う事もなく今は主夫としての日常を送っている。
ゼロスが昨夜の喧嘩をひきずったまま不機嫌に出掛けて行くのを見送った後、私は庭に出て草むしりを始めた。ゼロスだけではない。この私も今朝は相当気分が悪かった。
あいつは一体いつからあんなロマンチストになったのだ。
何が星に願いをだ。
何が生まれ変わってもだ。
そんな事私は信じはしない。願い事を叶える神など存在するはずがないのだから。
ブツブツと愚痴をこぼしながら草むしりをしていると、門の所で老婆が蹲っているのが見えた。
「どうかしましたか?どこかお加減でも悪いのですか?」
「ええ、少し気分が悪くなりまして…でもすぐに治まりますから。」
老婆は突然にニヤリと不気味な笑みを浮かべると私に向って手のひらを突き出してきた。
完全に油断していた。老婆の突然の豹変に私は防御する暇もなく、老婆の放った術のようなものをまともに受けてしまい意識を手放したのだった。
「うまくいったようだな。」
物陰から男が出てきて気を失っているクラトスを覗き込みながら言った。
「クルシスの四大天使だった男と聞いてうまくいくか不安もあったのですが、案外呆気なかったですな。」
「で、この術は解ける事はないのだろうな?」
「ある事をしない限り解ける事はありません。それもする事は殆ど不可能に近いでしょうな。」
「我々の計画に、この男の存在が邪魔になる。いずれ始末するとしても今は大人しくしていてもらおうか。ガ〜ハッハッハッ!」
男は聞くに堪えない下品な笑い声を上げると、意識のないクラトスを抱え上げどこかへと連れ去っていったのであった。
「お目覚めですか?大天使クラトス様。」
男の揶揄するような口調にクラトスは目を開いた。どうやら自分は冷たい地下室のような所に連れてこられた様だった。
!!?
「ガッハッハッハッハッ!驚いたようだな。今の姿が、かの四大天使様の成れの果てとはね。」
クラトスは男を睨みつけた。
まてよ…この男誰かに似ているな。
このオツム空っぽそうな顔つきといい、ひどく下品な物腰といい、ある男を連想させる。
「俺の名はマグカップ。(センスのない名前ですみません・汗 by筆者)おめえらに殺されたマグニスの親類の者だ。」
ああ、成程!妙に納得してしまうな…
「まあ、親戚と言ってもマグニスの母親の妹が嫁いだ亭主のいとこの、そのまたいとこの妹と結婚した男の姉の息子が俺なんだがな。」
気の遠くなるような血筋だな。そのオツムでよく言えたと褒めてあげたいぐらいだ。
というか、誰もそんな事は聞いてはいないのだが…
「そこでだ、俺は親戚のマグニスの仇を討つべく立ち上がったのだ。お前ら“世界を救った英雄”どもを片っ端からブッ殺してやろうとな。」
マグカップは煙草のヤニで黄色くなった歯を見せ、ニカッと笑った。
「俺はこのクルクルとよく回る頭で考えた。どうすればおまえらを全滅させる事が出来るのか。」
同じクルクル回っているのでも、お前の場合は左巻きに回っているのではないか?
「鍵はテセアラの神子にある。奴は未だ神子としての実権を握っているからな。これを利用する手はないと考えたのだ。テセアラの神子を殺してこの俺様が神子とすり替わってその地位に就けば、てめえらの討伐をお上の命令という事にして兵隊を動かす事だってできるのだ。この俺の持って生まれた美貌なら、誰一人としてゼロスとすり替わった事に気付かねえだろうよ。ガッハッハッハッ!」
持って生まれた美貌? いや、どこかで部品の配置を間違えたのだろう。
誰が見たってお前をゼロスと間違える者などいる筈がない。
「今貴方は、『このブタヅラの左巻き野郎が、何寝言いってやがんでえ!』と思ったでしょう?しかしながら、私の呪術にかかればたとえマグカップ様のように干からびた豚のような醜い顔でも、ゼロスと同じ顔に変える事が出来るのですよ。」
今まで黙ってマグカップの隣に立っていた男が口を挟んできた。当然の事ながら男はマグカップにボコボコにされる。
男は涙を流しながらも話を続けた。
「かく様な姿に貴方を変えたのも私の呪術によるものなのですから。」
呪術だと? こいつダークエルフか!?
実はクラトスは今、人の形をしていなかった。彼は赤茶色の毛を持つ猫の姿に変えられて革紐で柱につながれていたのだった。もちろん人語は理解はできても話す事はかなわない。
「元の姿に戻りたいですか?方法をお教えしましょうか。まあ、月並みですがね。元に戻るには相思相愛の相手からの口付けが必要なのですよ。」
ダークエルフはクックックッと笑った。
「ですがまず無理でしょうね。まず第一に、貴方にそんな相手がいるのかどうか。第二に、たとえいたとしてもその人物にはこの猫が貴方であるとは分らない。そして第三に、猫に口づけしたがる輩などいるはずもないでしょう。よって貴方は元へは戻れないと、こういう訳なんですよ。でも大丈夫、ゼロスを殺したら次は貴方を殺して差し上げましょう。死ねば自然に術も解け、貴方は元の姿に戻れますから。」
「てぇわけだ。あのアホ神子を殺して来る間、そこで大人しくしているんだぜ。なんならマタタビをやろうか?ワ〜ハッハッハッハッ!!」
マグカップは再び下品な笑い声を上げると、最後の打ち合わせだと言って、ダークエルフを連れ地下室を出て行った。
「で、どうすんだ?」
部屋に戻ってきたマグカップはダークエルフに尋ねた。
「テセアラの神子はすげ〜強いと聞くぜ。俺の力技が通じりゃあいいが、仕留めそこなった場合、お前は呪術しか使えんだろう?」
「大丈夫。そんな時の為にこれを用意したのですから。」
ダークエルフは懐から拳銃を取り出した。
「それで胸を撃ち抜きゃあ一巻の終わりってか?ギャハッハッハッハッ!!」
「そう言う事です。フフフフフ…」
その時突然、廊下の方がやけに騒がしくなった。
“ここにいやがったのか!”
“あ、こら!待ちやがれ!!”
ドシン、バタン!!
「うるさいぞ、何事だ!!」
堪らずマグカップがドアを開け怒鳴りつけた。
「あ、マグカップ様…申し訳ありません、猫に逃げられました。」
「何だとぉ!?」
「あまりにも暴れるもんで痛めつけていたんですが、急に革ひもを引きちぎって飛びかかってきやがったんで。そしてこっちが驚いた隙をついて半開きの扉から出てっちまったんでぇ。慌てて追いかけてきたら、ここで話を立ち聞きしていやがったんで捕まえようと思ったらまた逃げられました。」
「何やってやがんだ。この屑が〜〜〜!!」
「すみません!!そうとう痛めつけてやったんで、まだそう遠くへは行っていないはず。すぐに追いかけて捕まえてきますんで!!」
すぐに走り出そうとする手下を、ダークエルフが止めた。
「待ちなさい。四大天使とはいえ、今はただの猫です。なんの力もない。話を聞いていたというのなら向かう先はただ一つでしょう。ここからゼロスの家までは距離がだいぶあります。どんなに頑張っても猫の足じゃあ我々の方が先に到着するでしょう。ゼロスを始末した後にノコノコやってきた奴も始末してしまえば済む事です。ほっときなさい。」
「ガッハッハッハッハ!それじゃあ、アホ神子と間抜けな猫を始末しにいくとするかあ!」
マグカップは関節をポキポキ鳴らしながら、鼻歌交じりにゼロス邸へと向かったのであった。
その頃、クラトスは全身の痛みをこらえ、必死に走り続けていた。
神よ。貴方が本当に存在するというのなら、私の願いを聞いてくれ。
私はどうなってもいい。この姿のまま死ぬ事になっても構わない。
だが、ゼロスだけは…あの心優しい男だけは助けて欲しい。
それが出来ぬのいうのなら、せめて私にあいつを助ける事ができる力を与えてくれ。
今クラトスは、あんなにも否定し続けてきた神に向かって懸命に祈り続けていた。
身勝手だと思われても構わない。望むのであればこの身を生贄として捧げよう。
だからゼロスを死なせないでくれ!
私がようやく見つける事が出来たあの光をどうか消さないでくれ!
クラトスは祈り続けながら、ゼロス邸へとひた走るのであった。
その頃ゼロスは、クラトスを探し回っていた。
「全く天使様、どこ行っちゃたんだろうねえ。ロイド君の所にもいないって言うし、リーガルの所にも、ユアンの所にもいない。」
ゼロスはガックリと肩を落とした。
「ああ、こんな事ならあんなにムキになるんじゃなかったな〜。ていうか、天使様もそうとうムキになってたよな。昔、何か嫌な事でもあったのかね。」
キョロキョロと辺りを見回していたゼロスの目が、ある一点に釘付けになる。
「あんれ〜。あそこに倒れてんのなんだあ?」
ゼロスは見つけたそれに近付いていった。
「猫?ひどい怪我じゃん。」
ゼロスは屈み込むと猫にヒールストリームをかけた。ぐったりと目を閉じていた猫が気付いてゼロスを見上げてきた。
「ニャー!ニャンニャン、ニャウーニャン!!」
猫はゼロスの姿を認めると跳ね起きて物凄い声で鳴き出した。
「おい、おい、お礼でも言ってるのか?そんなに騒ぐなって。俺様猫語は分らないんだよね。」
ゼロスは興奮する猫の頭を、よしよしと撫ぜた。
「ニャオ〜ン…」
「どうした?そんな悲しそうな声出して。お前、捨てられたのか?」
ゼロスは猫を抱きあげる。
「ウチくるか?…あ、でも天使様怒るかな…けど、こんなトコいたらモンスターに食われちまうよな。」
ゼロスは猫を眺め、微笑んだ。
「大丈夫。安心しな。俺様が天使様を説得するからさ。ああ見えて結構優しいんだぜ、天使様って。なんて言ってもお前にゃ分らないか。会った事ないもんね。」
「ニャウ。」
「そうと決まったら名前付けなきゃね。」
ゼロスは猫を高々と持ち上げて一点を見つめる。
「お前男の子かあ。付いてるもんね。」
ツンツンとある場所を突っつく。
「ギャウ〜〜〜!」
ゼロスはクスクスと笑った。
「毛並みは天使様にそっくりだけど同じ名前なんて付けたらマジ怒られちまうし、そうだな〜ニャン太にするか。ちょっとセンスなさすぎだけど、名無しの権兵衛よりはいいだろう?」
ゼロスは猫を抱えなおすと、
「とりあえずウチに置いてくるか。その後でまた天使様を探しに出てくればいいし、それにもしかしたらもう帰ってきてるかもしれないな。」
戻ってきているクラトスの姿を想像しニンマリとすると、猫を抱えたままレアバードに乗って家へと帰っていったのであった。
家に戻ったゼロスは、小さなカゴにタオルを幾重にも敷き詰め、その上に猫をのせた。
「今日からここがお前の家だよ。」
「ニャーニャー、ミャオー、ニャンニャン!」
猫はゼロスを見上げ、何かを訴えるように鳴き続けている。
「一体なんだって言うんだよ。何が言いたいんだ、お前は。そんなに鳴いても俺様分らないって〜の!」
困り果てたゼロスが肩をすくめた時、玄関のチャイムの音がした。ゼロスの顔が明るくなる。
「もしかして天使様かな?チャイムなんか鳴らしちゃって結構殊勝なとこがあんじゃん。」
「フ〜〜ッ!ギャ〜ギャ〜、ギャオ〜〜!!」
さらに一層けたたましく鳴き始める猫。ゼロスはポカリと猫を叩いた。
「こら、静かにしろ!俺様がちゃんと天使様に話をつけてやるから。そんなに騒いでると一発で放り出されちまうぞ!」
ゼロスは猫を一喝すると、玄関へ向かった。
とびっきりの笑顔で戸を開ける。とたんに何かが振り下ろされてきて、ゼロスは反射的に後ろに飛びのいた。
「誰だ、お前!!」
「ガ〜ハッハッハッハッ!さっさと死ねや、豚が〜〜〜!!」
いや、ブタはアンタでしょ。でも、何か誰かに似てるねこいつ…
「俺様はマグニスの母親のいとこの、そのまたいとこの…ええと、なんだっけかな…まあいい。とにかく親戚のマグカップ様だ〜〜〜!!今日は我が一族の恨みを晴らしにきた!我が戦斧の力とくと味わうがいい!!」
斧をブンブンと振り回してくるのをかわしながらゼロスは考える。
こいつ力技だけで頭からっぽそうだし、その点料理しやすいとは思うけど、問題は剣を奥の部屋に置いてきちまったって事なんだよね。
ゼロスは神子という立場から命を狙われる事が多い。その為剣は常に装備しているか手に届く所に置いておくようにしている。だが今日はニャン太の寝床を作ったり、この来客をてっきりクラトスだと思いこんでしまったが為に部屋の壁に立て掛けたまま置いてきてしまったのだ。
やべ〜な。油断しちまった。俺様ピ〜〜ンチッ!
何か武器の代わりになる物はないかと周りに視線を走らせながら、マグカップの攻撃をかわし続けるゼロス。
その時である。
「ミャ〜!!」
…ニャン太?
見ると、ニャン太がゼロスの剣をくわえて必死にひきずってきていた。
「!!なんで、てめえがここに居やがるんだ!!?」
ニャン太を見たマグカップが驚き叫ぶ。その一瞬の隙をついてゼロスは大きく後方へ飛んだ。
ニャン太のそばに着地し、剣を手に取る。
「サンキュ〜、助かったぜ。剣さえあればこっちのものだ。 見てろよ、ニャン太。すぐに片付けてやるからな。」
ゼロスの猛反撃が始まった。
ゼロスはああ見えて考えて戦うタイプであった。瞬時に敵の次なる動きを読み取って、それに合わせて自分の戦法を変えていく。全ての動きが計算の上に成り立っていた。それは子供の頃にクラトスに剣術を教わり、得たものである。そんなゼロスにとって、めくらめっぽうにただ押してくるだけの戦法であるマグカップは非常にやりやすい相手であった。
当然、たちまち戦況はゼロス有利へと変わって行った。
「くっ…」
「止めだ!」
ついに膝を折ったマグカップに向かって、ゼロスは剣を振り上げた。
「!!?」
その時、突然背後の戸口の方から殺気が感じられゼロスは振り返った。そこには銃口を自分へと向けているダークエルフの姿が…
やべっ!避けられねえ。
ゼロスの目が大きく見開かれる。その目に引き金を引くダークエルフの動きがスローモーションのように映った。
パ―――ンッ!
ニャウッ!!
ぶつかってきた何かに押され、尻もちをついた状態のゼロスの目の前にニャン太がポトリと落ちてきた。たちまちカーペットに血が広がる。
「ニャン太!!」
ニャン太が体当たりでゼロスを押し倒し、ゼロスの代わりに弾を受けたのだった。ゼロスは怒りのこもった目でダークエルフを睨みつけた。
後の事はゼロス自身覚えていなかった。自分が怒りにまかせてダークエルフをボコっている所に憲兵隊が雪崩れ込んできてマグカップとダークエルフを逮捕していった。
「あの二人は不審な行動が多く、以前から監視していたのです。」
説明する憲兵隊長。
「だったらもっと早く捕まえろって〜の!」
「申し訳ありません、証拠固めに時間がかかりまして…しかし、間に合ってよかった。」
隊長の言葉にゼロスは、はっとした。
間に合ってなんかいない。ニャン太が撃たれちまったんだ。
慌てて見回すが、猫の姿は消えていた。ゼロスは隊長を放ったまま走り出て行く。
「神子様、お待ち下さい。まだお聞きしたいことが…」
あんな怪我をしてるのにどこ行っちまったんだ。
あんたには他にどこにも行くところなんかないじゃないか。
戻って来い! あんたの居るべき場所は唯一つ。
この俺様の傍らだけなんだから…
ゼロスは猫の残して行った血の跡を追ってただひたすらに走り続けるのだった。
ニャン太 ―― クラトスは付近の森の中で倒れていた。
ダークエルフの撃った弾は、クラトスの左肩を撃ち抜いていた。弾が体に残らなかったのは良かったのかもしれないが、その傷口からは止まる事なく血が流れ続けている。
なんとかここまで逃げてきたものの、出血の多さにもう動く事さえ出来なくなっていた。
これ以上この姿のままゼロスのそばに居たくはなかった。
銃口がゼロスを狙っているのを見た時、気が付いたらもう彼の前へと体を投げ出していた。
人の身であれば声を出し警告する事も出来ただろう。あるいは自分も剣を抜いて戦う事も出来たはずだ。だが猫である今の自分では、そのどちらもする事が出来なかった。それでもゼロスを救いたい…その一心でこの身を投げ出したのだった。それが猫である自分に出来る精一杯の事だったのだ。
今の自分は何も出来ない。話す事も出来なければ剣も魔術も使えない。このままでは何の役にも立つ事もできずに彼の足を引っ張るだけだろう。猫である限り、毎日の食事から始まり何から何まで彼の世話になり、そして守られながら生き続けなければならない。
本当の猫であるならばそれでもいいかもしれない。
だが、もしゼロスが、このニャン太という猫が実は自分である事を知ってしまったら…
こんな役立たずの世話ばかりかかる男など彼は必要とはしないだろう。すぐに捨てられるに決まっている。
あの時…銃で撃たれた時、死んでしまえればよかったのに…
もう、この世界で私が生きていける場所などなくなってしまったのだから。
未だ続いている出血にだんだんと意識が遠のいて行く。
でも、ゼロス…お前だけでも助かってくれてよかった。
フ…。神は私の最後の願いだけは叶えてくれたようだな。
私はこのまま死んでしまってもいいのだ。 私の命と引き換えにお前が生き続ける事を願ったのだから。
ただ欲を言うならば、もう一度だけお前の声を聞きたかったな。
もう一度だけクラトスと呼んでもらいたかった…
クラトスの目から一筋の涙が流れる…とその時、自分に近付いてくる何かの気配に気付き、クラトスはうっすらと目を開けた。
「ナイトレイド!? 血の匂いを嗅ぎつけてやってきたのか…」
オオカミの姿をしたモンスター『ナイトレイド』が三匹、涎を垂らしながら倒れているクラトスにジリジリと近付いてきたのだ。人間だった時ならともかく、今の自分ではどうしようもない。 しかも出血で動けない為、逃げる事も出来ない。クラトスは自嘲の笑いを浮かべた。
こんな奴らに殺されるのか…だがそれもいい。
これが、長い間、多くの命を奪い続けてきた私に与えられる罰なのかもしれない。
どうせならこの身をずたずたに引き裂き、跡形もなく粉々にしてくれ。私にはこんな死に方が相応しいのかもしれない。
さらばだ、ゼロス。 今まで本当に有難う。私は幸せだったよ。
クラトスは静かに目を閉じた。
だが、衝撃はいつまでたっても訪れず、代わりに物凄い物音とナイトレイドの悲鳴が聞こえた。
バキッ、ズドッ!!
ギャイ〜〜〜ン!キャン、キャン!!
「てめえら、ちょっとでもこいつに触れてみやがれ!この俺様が許さねえからな!」
「!!!」
突然に耳に飛び込んできた懐かしい声に驚き、クラトスは目を開けた。
倒れている自分を庇うようにゼロスが目の前に仁王立ちしていた。ナイトレイドは突如現れた人間に恐れをなし、尻尾をまいて逃げだして行く。
三匹全てが逃げ出した事を確認すると、ゼロスは膝をつき倒れているクラトスを覗き込んだ。その目は限りなく優しかった。
「…クラトス…お前、クラトスなんだろう?」
気付かれてしまった!?
クラトスは恐慌をきたしその場から逃げ出そうとするが、再び倒れてしまう。
そんな彼の体を暖かい光が包み込んだ。ゼロスが回復魔法をかけたのだった。
「逃げなくていいから、大丈夫だから。」
「ニャウ?」
「どうして分ったのかって?言ったでしょ。たとえクラトスがどんな姿に変わっていようとも、俺様には絶対にわかるってね。」
ゼロスはクラトスを抱き上げた。
「さ〜て、お姫様をどうやって元の姿に戻そうかね。」
考え込むゼロスに、クラトスはゆっくりとかぶりを振って見せた。
「なに?もういいって言うの?だめだね。あんたそんな事言って、その姿のまま俺様の前から姿消しちまうつもりなんでしょ。そんな事俺様、許さないから。」
再び考え込むゼロス。
「きっと、あのバカダークエルフに呪術でもかけられたんでしょ。だったら奴から聞き出すのが一番早道かもね。でも、その前に…」
ゼロスはニヤリと笑ってクラトスを見た。
「知ってる?呪いをかけられたお姫様っていうのはさ、愛する王子様のキスで呪いが解けるって昔から相場が決まってるんだよね〜。試してみていい?」
「ニャウ〜ン、ニャン、ニャン!」
クラトスは身をよじって逃げ出そうとする。だが、ゼロスはがっしりとつかんだまま放そうとはしなかった。
「猫なんかにキスするのは嫌なんじゃないかって?俺様全然OKよ。だって、ただの猫じゃないもんね。クラ猫でしょ。」
それでもクラトスは暴れ続けていた。
“元に戻るには相思相愛の相手からの口付けが必要なのですよ。”
あのダークエルフの言葉が頭に浮かんでくる。
もし口付けを受けてもなお、元に戻る事が出来なかったら…
クラトスは、ゼロスが自分に対して抱いている思いがどれ程のものなのか自信が持てなかったのだ。
嫌だ。そんな死刑宣告のようなまねはやめてくれ。
なおも暴れ続けるクラトスを、ゼロスは優しく抱きしめた。
「怖がらないで…クラトスはそんなに俺様の事が信用できない?」
クラトスは動きを止め、ゼロスを見上げた。その視線がゼロスの瞳とぶつかる。
「…ニャオ〜。」
「あんたは絶対って言葉を嫌っていたけど、今は敢えてその言葉を使わせてもらうよ。大丈夫、安心して。絶対に俺様が元に戻してやるから。」
クラトスはしばらくゼロスの真摯な瞳を見つめていたが、やがて静かに頷くと目を閉じた。
かすかに震えているクラトスの体を抱えなおすと、ゼロスはその唇に優しく口付けをした。その瞬間、二人の体が眩しいばかりの光に包まれた。そして、その光が治まった後ゼロスの目の前に現れたのは…
「天使様、目を開けてごらん。」
ゼロスの言葉に、クラトスは恐る恐る目を開いた。
今まで見上げるだけだったゼロスの顔がほぼ正面に見る事ができている。そして、両手、両足を見てみるクラトス。
「戻ってる?」
「お帰り、クラトス!」
クラトスはゼロスに抱きついた。その目から涙が溢れてくる。
「すまない、すまなかったゼロス…私は…私は…」
「違うでしょ。こういう時は何て言うんだっけ?」
「…有難う…」
「はい、よく出来ました。」
ゼロスはニッコリと笑った。
「俺様はどんな事があってもあんたを離さない。俺様にはあんたが必要なんだから。そしてあんたにも俺様が必要なんだ。そうでしょ、クラトス?」
クラトスは何度も何度も頷いた。そんなクラトスをゼロスは再び優しく抱きしめた。
その暖かい胸の中で、クラトスはいつまでも涙を流し続けるのだった。
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