誠之助が連れて行かれるのを見送ったクラトスは、改めて二人に向き直った。
「何故お前達がここにいる?お前達もユアンの仲間のお仕事人なのか。」
「あっれ〜。ユアンの奴またドジ踏んだわけ〜?」
「私を殺すのか?だが、私にはやらねばならない事がある。今殺される訳にはいかんのだ。」
 身構えるクラトス。だが、二人は動こうとはしなかった。
「どうした、何故殺さない!?」
「まあ待て。今貴公は誠之助は違うと言っていたな。あれはどういう意味だ?」
「言った通りの意味だ。誠之助は辻斬りではない。」
「…やはりそうか。」
「やはり?」
「俺達だって人違いはしたくないからね。奴が越後屋の紹介で小黒藩に入った事とか色々と調べた訳よ。そうしたら今回奴の辻斬りを見たって証言したのが越後屋の番頭だって言うじゃんよ。これは何かあるなと思っていたのよ。」
「越後屋の番頭だと!?……そうか、やはり奴等は最初から誠之助を利用するつもりで…」
 走り出そうとしたクラトスは、ふと立ち止まり振り返った。
「あと少しだけ猶予をくれないか。誠之助の無実を晴らす事ができたその時は私を好きにしてくれて構わない。だから今は見逃してくれ。」
 頷くリーガルを見て、クラトスは一礼すると走り去って行った。
「熱血だねえ。」
「律儀というか…何というか…」
 感心するゼロスに少々あきれ顔のリーガル。
「でもあいつ、あのまま越後屋や小黒藩に乗り込んで行ったりしないだろうね。証拠も何もないんだけどねえ。」
「あの男はそれ程馬鹿ではないだろう。ちゃんと証拠固めぐらいするだろう。だが、お前が他人の心配をするとは珍しいな。だいぶあの男がお気に召したようだな。」
「まあね。あの真っ直ぐさが新鮮というか、今まで会った事のない人種だからね。それに顔も俺様の好みだし。」
 クックッと笑うゼロス。
「さあて、それじゃあ俺達はあのドジっ子を救出しにでも行きますか。どうせまた自分の糸に絡まってるんだろうから。」
「よくあれで今まで生き残ってこれたと不思議で仕方がないのだが。」
 二人は苦笑して肩をすくめると、ユアンの救出に向かったのだった。



 さて、一方クラトスはというと、リーガルの言ったようにすぐに乗り込む事はせず一旦長屋へ戻ってきた。すると、クラトスの姿を見つけた急いでロイドが駆け寄ってきた。
「兄貴、大変なんだ。紗代さんが倒れちゃってさ。」
「紗代さんが!?」
「今医者に診てもらってるトコなんだ。」
 クラトスが慌てて誠之助の家に行くと、ちょうど診察を終えた医師がアンナとマーテルに見送られ出てくる所だった。
「心労が祟ったのね。気に病むのはお腹の子にもよくないわ。今は一番大事な時ですからゆっくり休むように。」
「有難うございました、リフィル先生。」
「それじゃあ、お大事にね。」
 家の前に立っていたクラトスの横を会釈しながら帰って行くリフィル。一瞬交わった視線から只者ではない事を感じ取ったクラトスは、思わず去っていくその背中を見詰めたのだが、リフィルの方はそれに気付かなかったのか振り向く事無く帰って行った。
「あら、お帰りなさい、あなた。」
「…あの人は?」
「え?ああ、あの方は聖字医院のお医者様でリフィル先生よ。この長屋の者は皆あそこにお世話になっているの。」
「そうか…それで紗代さんの具合は?」
「大丈夫。お腹の子も無事よ。今は眠ってるわ。」
 家の中に目をやりながらアンナは溜息をついた。
「誠之助様の事が余程応えたのね。行方不明だと思ったら、さっき役人がやってきて捕まったって言うじゃない。その途端倒れてしまったの。」
「役人の奴、散々家の中を引っかき回して帰って行ったんだぜ。」
 憤慨しているロイド。
「ねえ、あなた。誠之助様が辻斬りなんて嘘よね。何かの間違いよね。」
 心配そうに自分を見上げるアンナにクラトスは笑って見せた。
「無論だ。大丈夫、どんな事をしても必ず私が無実を証明して見せるから。」
 紗代の為にも必ず誠之助を助け出す事を誓ったクラトスであったが、もう間に合わなかったのである。
 異例の速さで詮議は進み、その三日後に、誠之助に打ち首獄門との裁きが下ってしまったのであった。

 当時、浪人は武士ではあったが切腹は許されず町人と同じ扱いを受けていた。誠之助の場合、一応小黒藩に取り立てられる事にはなっていたが、小黒藩でその旨を否定された為浪人として扱われたのだった。斬首された首は一定期間、罪状を記した立札の元晒首(さらしくび)にされる。誠之助もその例にもれず、その首を晒されたのであった。
 晒首の所には雨の中にも関わらず、世間を騒がせた辻斬りの顔を一目見ようと多くの人が詰めかけた。中には石を投げつける者さえ現れる始末。そんな群衆から少し離れた所にクラトスはいた。その目は誠之助の首から逸らされる事はなく、悔しげに唇を噛みきつくこぶしを握っている。
 ひとり、またひとりと立ち去って行く中、クラトスだけはその場から動く事は無かった。否、動けなかったのである。雨に濡れながら誠之助の首をいつまでも見詰め立ち尽くしていた。

 悲劇はそれだけでは終わらなかった。
 その日失意のクラトスが長屋へ戻ってくると、アンナが長屋の入口にそわそわとしながら立っており、クラトスの姿を認めるや否や彼の腕に縋りついてきたのだ。
「あなた、紗代さんが…紗代さんが…」
 アンナの尋常でない様子に、クラトスは急いで紗代の家へと駆け込んだ。
 彼を待っていたのは誠之助の後を追って自害した紗代の姿だった。白い衣につつまれたその遺体は三つの位牌を前に胸で両手を組んだ姿で横たわっており、辺りには線香の煙が漂っていた。傍らにはマーテルが付き添っている。
「クラトスさん、これを…」
 マーテルはクラトスを見ると、二通の手紙と布袋を手渡してきた。
 布袋は以前誠之助から預かり自分が紗代に渡したものだ。手紙の内一通もその時の紗代へあてた誠之助の手紙だった。クラトスはもう一通の手紙へと目をやった。表に綺麗な紗代の字で「クラトス様」と書かれたその手紙を開き読み始める。

クラトス様。
私は、お腹の子と共に誠之助の元に参ります。誠之助は生きよと言ってくれましたが、あの人なしで生きて行く気持ちにどうしてもなれず、弱い私をどうかお許し下さいませ。
心残りは一つだけ。
 誠之助の手紙にもしたためられておりますが、この度の辻斬りは小黒藩藩主忠利公の仕業。手に入れた名刀の切れ味を試したいばかりに罪のない町民を切り捨てていたのでございます。誠之助は言わばその身代わりにする為に利用されたのです。最初から誠之助を藩士として迎え入れる気などなかった。
 とは言え、これは一藩の大名に関わる事。私どもがいくら無実を叫んだところで握りつぶされていた事でしょう。ですが、このままでは誠之助も浮かばれません。
 噂に、晴らせぬ恨みを晴らしてくれるという「闇のお仕事人」の話を聞きました。どうかクラトス様の手でこのお仕事人を探し出し、私どもの恨みを晴らしてくれるようお願いして下さい。誠之助の手紙に、忠利公は毎、丑の日には越後屋の寮にて過ごすとありました。その時なら藩邸よりは警備が手薄と存じます。その事もお仕事人にお伝えください。
 どうか、どうか誠之助とこの紗代の最後の願いをお聞き届け下さいませ。


「馬鹿な、お仕事人だと!?所詮奴等は金さえ貰えばなんでもする殺し屋ではないか!」
「待って下さい。お仕事人はそんな…」
「あなたに何が分かると言うのだ。奴等は誠之助を殺そうとしたのだぞ。無実の誠之助をだ。そんな奴等を信用など出来るか!」
 クラトスは、マーテルを睨みつけると走り出て行く。
 家に戻ったクラトスは、未だ封印の施されたままで置いてある刀を手に取った。
「あなた…」
 振り向くとそこにアンナとロイドが立っていた。
「…すまない。私は誠之助から紗代さんの事を頼まれたのだ。それなのにあんな事になってしまった。私は自分が許せない。だから、せめて二人の仇は私の手で取りたいのだ。今日は丑の日。この機会を逃したくはない。」
「だからって一人じゃ無理だよ。俺も行く。」
「お前はアンナを頼む。お前も男の子だ。しっかりと義姉さんを守っていけるな?」
「それは…でも!」
 クラトスはロイドの頭に手をやり微笑んだ。
「後は頼んだぞ、ロイド。」
 そして刀の封印を破るとそれを腰に差し、ゆっくりと長屋を後にしたのだった。
 クラトスとて、たった一人で乗り込んで無事に済むとは思っていなかった。だが、例え刺し違える事になっても忠利公だけは必ず討ち果たす覚悟を決めていたのである。


−つづく−