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その頃、越後屋の寮では、小黒藩主忠利とエド家老、越後屋とその番頭の四人が酒を酌み交わしていた。
「これで、殿様もご安泰というわけで…」
忠利の盃に酒を注ぎながら越後屋が笑みを浮かべた。
「殿、これを潮に今後夜の外出は御控えくだされ。」
家老の言葉に忠利は肩を竦めた。
「分かっておるわ。だが、名刀を手にするとどうしても切れ味を試したくなってな。」
「殿!!」
「まあ、まあ、ご家老様。その時はそれ、また間抜けな浪人を身代わりに使えばよろしいでしょう。しかし、浪人に罪を被せるとは、ご家老様も考えましたな。ご家老様の口車にのせられたあの浪人が少々可哀そうな気もしますがな。」
「ふん、何を言う。わしは嘘は言っとらんぞ。殿の護衛なのだから身代わりとして命を落としても文句は言えんだろうし、まだ正式に藩士として迎えた訳でもないからな。その者が打ち首になろうが、うちとは関わりない事だ。浪人なんてものは普段何の役にも立たぬのだから当藩の為に役立ってもらってもばちはあたるまい。要はここの違いよ。」
自分の頭を指差し笑う家老。
「ふふ…まあ、そのお陰で私もこの先小黒藩の絹織物を一手に担うことができるのですからね。まさに浪人さまさまでございますな。」
「越後屋、お主も悪よのう。」
声をあげて笑う四人。
と、その時である。急に表が騒がしくなったと思ったら、一人の家来が駆け込んできた。
「なんだ、何事だ!」
「た、大変でございます。門前に浪人者がいきなり現れこちらに向かって来ております。ここは危険です。は、早くお逃げ下さい!」
「うろたえるな!ここにはかなりの数の護衛を連れてきておる。いくらなんでも一人ではここまで辿り着けまい。」
「それが、とてつもない強さで瞬く間に数人が斬り伏せられ…ひっ!」
廊下へと目をやった家来が腰を抜かす。家老は慌てて外を見てみた。
すると、一人の浪人が止めに入る藩士や用心棒達を次々に斬り捨てながらこちらへと向かってくるのが見えた。その浪人の通った所には無数の死体が転がっており、生きている者は一人としていなかった。その鬼神の如き様相に思わず後ずさる家老。
「あ、あれは、クラトス?」
「何じゃと!?」
同じく外を覗いていた越後屋の叫び声に、家老は問い質した。
「打ち首になった浪人の片割れでございます。」
「辞退したと言う奴か?」
「は、はい…」
そうこうしている内にクラトスは中庭に到達してしまった。返り血なのか、はたまた己自身の怪我による血なのかは分からないが、その体は血によってぐっしょりと濡れており持っている刀の刃先からも血が滴っていた。
「な、何をしておる!曲者はたった一人ではないか、はよう始末せんか!!」
家老の怒鳴り声に生き残っている藩士達が一斉に斬りかかったが、それらも全て一刀のもとに斬り捨てられてしまった。
ギラギラとした目を四人へと向けるクラトス。
「誠之助の仇!覚悟しろ!!」
すると、四人の前に一人の剣士が立ちはだかった。その男は、先程から部屋の隅に控えていた藩お抱えの剣術指南役であった。
「せ、先生、お願い致します!」
剣士は、中庭に下りてくると静かに剣を構えた。
(こいつは今までの奴等とは違う…かなり出来る!)
クラトスも剣を構えなおし全神経を男へと集中させる。
程無くして二人の一騎打ちが始まった。二人の力は殆ど互角で戦いは長引いた。クラトスは、戦いが長引けば長引くほど、ここに来るまで多くの人間を相手にしてきた自分の方が体力的に不利になるのは分かっていた。だが、ここで急いてはならないと自分に言い聞かせながら戦っていた。力が互角である以上隙を作った方が負ける事は目に見えている。逸る気持ちを抑えながら打ち合す剣のみに集中するよう努めていた。
すると、そんな緊迫した戦いの中、越後屋がそっと懐から銃を取り出しクラトスに向け構えたのだった。だがクラトスは、相手に全神経を注いでいた為越後屋の不穏な動きに全く気付かなかったのである。気付いた時には遅かった。咄嗟に体を捻りかわそうとはしたものの発射された弾を避け切る事など出来る筈もなく、弾はクラトスの右肩を貫いたのだった。
刀を落としそうになるのを何とか堪えたクラトスであったが、その代り、脇腹に指南役の一太刀を浴びてしまい、ついに膝を折ってしまったのだった。出血の為目の前が霞んでくる。
「まあ、田舎侍にしては頑張った方だな。誉めて使わそう。しかしそのままでは苦しかろう。安心しろ、すぐに楽にしてやる。」
蹲ったクラトスに、指南役の男がニヤニヤ笑いながら近付いてくる。そして刀を振り上げた。
ここまでか、と思ったその時だった。闇の中に突如一筋の光が現れたと思ったら、それは真っ直ぐに指南役へと飛んできて振り上げたその手に絡みつき動きを封じたのだった。あまりに突然の事に何が起きたのか分からない様子の指南役。クラトスはその機を逃さず、残る力の全てを込めて立ち尽くしているその体を刺し貫いたのだった。指南役は目を見開いたまま絶命した。それを見届けクラトスもまたその場に崩れ落ちそうになるが、その体をしっかりと抱きとめた者がいる。目を開けてみると、
「ユアン?」
「しっかりしろ、クラトス!」
そんな二人に向け越後屋が今一度銃を構えたが、今度は何処からか小刀が飛んできてその手に刺さり弾を逸らした。慌てて銃を拾う越後屋に、
「拾っても無駄だよ。その型式の銃は確か二連発だよね。もう弾切れって事。」
声と共に現れた二人の男、ゼロスとリーガルに向けて越後屋は引き金を引くが、その言葉の通り何度引いても弾が出る事はなかった。
「駄目だねえ。ちゃんと使用説明書は読まなくっちゃ。」
「貴様ら何者だ!?」
叫ぶ家老に、ゼロスはニヤリと笑って見せた。
「直に死ぬ奴に名乗る必要なんてないっしょ。でも、どうしても知りたいって言うんなら名乗らないでもないけどね。『闇のお仕事人』って知ってる?」
その言葉と同時にゼロスは驚くべき速さで越後屋に駆け寄ると取り出した扇でその首筋を切り裂いた。そして番頭が付き出してきた匕首をかわすとその番頭も仕留める。その流れるような動きはあたかも舞台での舞を見ているようであった。
そのゼロスに今度は家老が斬りかかったがその間にリーガルが入り投げ飛ばした。そして転がった家老に跨るとその首をへし折ったのだった。
「ま、待て…お前達何が希望だ?」
じりじりと詰め寄ってくる二人のお仕事人に、忠利は薄ら笑いを浮かべ後ずさった。
「金か?地位か?何でも望みのものを与えよう。」
「そんなものは欲しくはない。」
答えたのはクラトスだった。そしてふらりと立ち上がると、
「こいつだけは私にやらせてくれ。」
そう言って再び剣を構えるクラトスを見て、お仕事人達は後ろへと下がる。その様子を見た忠利は相手が手負いのクラトスのみだと知って、これは勝てると思ったのかニヤニヤと笑いながら刀を抜くと中庭へと降り立った。
上段に構える忠利と下段に構えるクラトス。しばらく二人はそのまま睨み合っていた。
先に動いたのは忠利だった。勝ち誇った笑いを浮かべると上段に構えていた刀を一気に振り下ろしたのだ。だが、クラトスは素早くそれをかいくぐりながら一撃を忠利の胴へと叩きこんだ。忠利は斬られた腹を押さえよろめいたがそれでも倒れずに振り返った。すると、クラトスはこちらへ背を向け刀を突き出した格好で膝をついている。それを隙だらけと見た忠利は再度斬りかかったのだったのだが、しかしそれは完全に忠利の誤算だったのである。クラトスはそのままの姿勢で背後に向かって刀を頭上に振り上げたのだった。その切っ先がちょうど向かって来た忠利の胸を貫き、忠利は目を剥いて仰向けに倒れると今度こそ二度と起き上る事はなかった。
忠利を仕留めると、クラトスは地面に手を突き苦しげに息をついた。そして周りにいるお仕事人達に、
「正体を知られた者は消すのが掟なのだろう?…もうこれで思い残す事はない。好きにしてくれ。」
顔を見合す三人のお仕事人。すると、
「そうよ、それが闇の世界の掟。生かしておく訳にはいかないわね。」
声の方に振り返るクラトス。聞き覚えのある声にそれが誰かは分かっていた。果たしてそこにはリフィルが立っており、その隣には…
「マーテル?あなたもお仕事人だったのか!?それじゃあ彼等がここに来たのも…」
「アンナさんから頼まれたの。貴方を救いたい、そして紗代さんの願いを叶えたいからと言って、エドに詳しい私ならお仕事人を探し出せるんじゃないかと紗代さんの残したお金を渡されたわ。私はそれを元締めに渡してそれで彼等が来たってわけ。」
「残念ながらその一方の願いは叶えられないけどね。悪いけど掟を破る訳にはいかないわ。不運だと思って諦めてちょうだい。」
そう言って懐剣を抜くリフィル。
「待って下さい!クラトスさんは私達の事を話したりしません。だから…」
「どきなさいマーテル。危険な芽は摘んでおいた方がいいのよ。」
「まあ、待ちなって元締め。」
言い争う二人の間に割って入ると、ゼロスはクラトスの目の前に一両小判を放った。
「それ仕事料。受け取るか否かはあんたの自由だ。だが拒否すれば俺達はあんたを消さなきゃならない。」
「ちょっとゼロス!」
文句を言おうとするリフィルを押しとどめゼロスは話を続けた。
「それを取るって事は殺し屋稼業に足を突っ込むって事だ。もちろん死を選択する事も出来るが、それで本当にいいのかね?俺様がこんな事言えた義理じゃないけど、残された家族の事も考えた方がいいんじゃねえ?あんたの弟はまだまだあんたの保護を必要としているし、奥さんだって武士の妻としてあんたの後を追いかねないだろ。確かにあんたが殺し屋になったら家族も危険に巻き込む事になるかもしれねえけど、それにしたって死ぬよりは生きていた方がずっといいに決まってる。それでもあんたは死を選ぶかね。」
クラトスはゼロスを見上げた。
“アンナさんとロイドを幸せにしてやれよ。”
その脳裏に誠之助の最後の言葉が浮かんだ。
(…お前は、私が生き続ける事を許してくれるのか?)
クラトスはギュッとこぶしを握り目の前の小判を見詰めた。
(自分は紗代さんを守る事が出来なかった。だから死を持って償おうと思っていた。だが…)
皆が見守る中、クラトスはそっと目を伏せると小判を手に取った。そして決意の目でリフィルと見上げるとこう言ったのだ。
「私を仲間にしてくれ。私は生きたい。死に逃げるのではなく生き続ける事で償うべきなのだ。その為にこの身が地獄に落ちようとも構わない。それが私に出来る死んでいった友に対して出来る唯一の事なのだと思う。」
リフィルが皆を見渡すと全員が彼女を見詰め頷いた。リフィルは溜息をつき肩をすくめた。
「…全く、どうしてどいつもこいつも甘チャンなのかしらね。」
「決まったね。」
ニンマリと笑うゼロス。
「ようこそ、闇のお仕事人に!これがあんたの初仕事ってわけだ。」
それから、クラトスはリフィルの医院に運ばれ治療を受けた。弾はきれいに肩を貫通しており脇腹の傷も出血の割には大した事はなかった。その為大事に至る事無く、一週間後には腕を吊った状態ながら無事に退院出来たのである。
「退院できたのはいいが、しばらくは腕を動かせん。これでは人足仕事が出来んな。」
家に帰ってくる早々ぼやくクラトスにアンナは笑顔で言った。
「でも命が助かったのだからそれでよしとしないと。」
「しかし、これでは生活費が…」
するとその時、勢いよく戸が開けられ男が入って来た。鬚をたくわえた小男で坊主の姿をしている。
「邪魔するぜ。あんたかい?ロイドってガキの保護者は。」
「はあそうですが…ロイドが何か?」
「俺はこの先の伊瀬利亜寺の住職のダイクっていう者で寺子屋をやっている。先日そこにマーテルさんの紹介って事でロイドが入塾してきたんだ。」
クラトスは思わすアンナを見た。
「黙っていて御免なさい。ロイドさんが少しでもあなたの助けになる為に学をつけたいって言うものだから、マーテルさんに相談して彼女の弟が通っている寺子屋を紹介してもらったの。」
「寺子屋って…ロイドも武士の子だ。読み書きぐらい出来るだろうが。」
「冗談じゃねえっ!!!」
ダイクの怒鳴り声にクラトスはビクンと身を震わせた。
「あのガキは酷過ぎらあ。読み書きは出鱈目だし算術もてんで駄目。そのくせ言う事だけはでかくて糞生意気とくらあ。お陰で前の先生が逃げ出しちまって寺小屋が成り立たなくなっちまった。あんた、責任をとって貰おうか!」
「せ、責任って…」
「聞くトコによるとあんた算術に明るいそうだな。武士だから読み書きも出来るだろう。」
「わ、私に寺子屋をやれと?いやしかし、私は子供の扱いは苦手で…」
「あんだってえっ!!」
「……わかりました。」
ダイクに睨みつけられ、クラトスは小さくなって渋々承知したのだった。
こうして休校状態だった伊瀬利亜寺の寺子屋は新しい先生を迎え再び開校の運びとなり、クラトスは思わぬ事から新しい職を得たのであった。
−第1話 完−