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「兄貴、野良猫組って知ってるか?」
夕食の席でロイドが言った。
「野良猫組?なんだそれは?」
「知らんのかクラトス。これだから田舎者は…」
首を傾げたクラトスに、ユアンが沢庵をボリボリ食べながら肩をすくめる。
「田舎者、田舎者とうるさい奴だな!ていうか、何故お前が当然のように一緒に夕食を食っているのだ!」
「マーテルの所に遊びにきたついでだ。」
「ならばマーテルの家で食えばいいだろうが!」
「マーテルだけならそうしているさ。だが、あの家には口煩い弟がいるのだ。」
「あなた、まあいいじゃありませんか。ユアンさんが一緒だと賑やかで楽しいですし。」
「さすがアンナさん。話が分かる奥方だ。」
「……今度からは毎月給食費を持ってこいよ。」
クラトスは調子の良いユアンを睨みつけた。
「相変わらずみみっちい男だな…ま、いいか。ところで野良猫組だが、少し前まで江戸を騒がせていた盗賊団だ。殺しをしないっていうのがモットーで、しかも悪徳商人とか、えばりくさった旗本しか狙わない。私達町の者からすればヒーローのような奴らだったな。だが、三年前ぐらいにプッツリと姿を消してしまった。足を洗ったのか、はたまた死んじまったのか、それは分からん。」
「それがまた現れたんだよ〜!!」
ロイドがユアンの話に割って入って来た。
「また現れた?」
「知らなかったのかよ、ユアン。昨夜、材木問屋の枯れ木屋に押し入って奉公人を皆殺しにしたんだってよ。盗んだ金は二千両!今町で、すげえ噂になってるぜ。」
「だが、枯れ木屋といえば評判のいい店だっただろう?それに野良猫組は人殺しはしないと言っていたではないか。おかしいのではないか。」
「そこなんだよ、兄貴。だから、町の人たちは皆首を傾げてる。でも、人を殺したって事以外は手口だって同じだし、『野良猫組参上!』って張り紙も残されていたんだ。」
「世知辛い世の中に宗旨替えでもしたのではないか。ま、所詮盗人だからな。」
今度はめざしにかぶり付きながらユアンが言った。
お前…さっきはヒーローだとか言ってなかったか?
「だったら、ショックだよな〜。俺、密かに尊敬していたのにさ。」
「こらっ!盗人などを尊敬なんてするんじゃない!…まあ、どちらにしても、今回二千両もの大金を盗んだのだ。町方もやっきになっている事だろうし、しばらくは現れる事はないのではないか。」
しかしクラトスの読みは外れてしまい、野良猫組はその後も何軒もの押し込み強盗を繰り返したのであった。
「やあ、ロイド。暇そうだな。」
ロイドが長屋裏の空き地でぼんやりとしていると、一人の老人が声を掛けてきた。
「なんだ弥助じいさんか。」
弥助は同じ長屋の住人で、植木屋をしている。
「どうした?今は寺子屋の時間じゃないのかい。」
「つまんねえよ、あんなトコ。しかも先生が兄貴だぜ。うちに帰ってまで今日の復習だとかいって勉強させられるし、たまったもんじゃねえよ。俺は勉強より内職でもしてた方がずっと楽しいのにさ。」
「そんな事言うもんじゃねえ。勉強させてもらえるってだけでも幸せだと思わなきゃな。でないと俺みたいになっちまうぞ。」
「何言ってんだよ。弥助さんは腕がいいって評判だぜ。俺、弥助さんみたいに腕のいい職人になりたいんだ。」
ロイドはニッコリと笑って懐から小さな木彫りの猫を取り出すと、弥助に見せた。
「根付かい?こりゃまたよく出来てるな。」
「俺が作ったんだ。作品第一号。おれ、こういうのを作る職人になりたいんだよ。」
「器用なんだな、ロイドは。だが、それならそうでちゃんとクラトスさんに言わなきゃ駄目だ。こんなトコで寺子屋をさぼっていたって何にもならねえぜ。そりゃあ、お前さんが職人になるって言ったらちょっとはがっくりするだろうけど、本気でなりたいのなら反対せんだろう。お前を苦労してここまで育ててくれた兄さんじゃねえか。それを騙すようなまねはするもんじゃねえ。」
「…分かってるよ。折を見て兄さんにも話すつもりでいるんだ。ちょっと怖いけどね。」
「しっかし、よく出来てるなあ。初めて作ったにしちゃあ、そこらの職人にも劣らない出来だぜ。」
しきりに感心しながら根付を眺める弥助を見て、ロイドは嬉しそうに笑った。
「よかったらそれ、弥助さんにやるよ。褒めてくれたお礼にさ。」
「本当かい?…だが、俺なんかがもらっちゃっていいものかどうか。だってこれは初めて作った物なんだろう?」
「いいんだ。弥助さんみたいな人に貰ってもらえるなら俺も嬉しいし。弥助さんが俺の初めてのお客さんだ。」
「そうかい?…ありがとうよ。大切にするからな。」
弥助は猫の根付を大事そうに懐へとしまう。
「ホントは俺、もうひとつなりたいものがあったんだけどさ。今はこれだけになっちまった。」
「まあ、子供の頃は色んな夢をみるもんだ。だが、どうして一つになっちまったんだ?」
「もうひとつはさ、野良猫組みたいな盗賊になりたいって思ってた。だってカッコいいじゃん。義賊って感じでさ。」
「!!」
「でも昨日それを言ったら兄貴に怒られちゃったよ。」
「当然だ。盗人なんかになるもんじゃねえ。」
「そんなに怒るなよ。なるのは止めたんだから。最近の野良猫組って変だしさ。」
「……」
「弥助さんもそう思うだろ?だって、平気で人殺しはするわ、あたりかまわず押し込むわで、あれじゃあ急ぎ働き(※1)のやつらと変わりないじゃん。幻滅しちゃったよ。ユアンが言っていたけど、所詮は盗人だったのかな。」
「あんなのは盗人とは言わねえ!!本来、真っ当な盗人は入念に計画を練ってから入るもんだ。入られたかも分からねえぐらいに仕上げるもんなんだ。奴らは盗人の風上にも置けねえ外道よ!」
突然に大声をだした弥助に、ロイドは目を丸くした。
真っ当な盗人?
そんなのいるのか?
弥助は、目を丸くしているロイドを見てハッと我に返った。
「すまねえ。ちょっと興奮しちまったようだ。そ、それじゃあ、俺は仕事があるからこれで失礼するぜ。根付をありがとよ。」
そそくさと去っていく弥助の後姿を見送りながら、ロイドはそっと呟いたのだった。
「盗人道にも明るいとは、さすが弥助さん。ますます尊敬しちゃうなあ。」
さて、ロイドの元を逃げ出して来た弥助は、仕事場に向かいながらしきりに反省をしていた。
「いけねえ、いけねえ。ついつい熱が入っちまった。ロイドの奴、変に思わなかっただろうな…」
実は、弥助は以前、野良猫組の一人であった。ところが七年前に、その頃亭主を亡くして戻ってきていた一人娘の鈴が不治の病にかかってしまったのである。そして一年もしないうちに逝ってしまった。弥助は、一人残された孫娘であるお島を育てる為に足を洗ったのだ。当時、組の頭(かしら)であった権兵衛は情に厚い立派な人物で、弥助が足を洗う事を快く許してくれた上に、生活の援助までしてくれたのだった。その権兵衛も三年前に亡くなってしまい組は解散したと聞いていたのだが…。
また現れたと言う事は、誰かが組を継いだのか?
権兵衛には権太という息子がいる。しかし、今回の事は彼の仕業ではない事は分かっている。
頭の一人息子と言えば、本来なら二代目を継いだとて何の不思議もない。しかしながら、この権太、はっきり言って頭の器ではないのである。盗みの技術は、権兵衛の血を引くだけあって相当のものを持っているのだが、少々短気な上に単純なのだった。正義感が強いのはいいのだが、そればかりが空回りしてしまい、いつもほんの小さな事でも、周りの者を巻き込んでは何倍もの大騒ぎに発展させてしまう。一癖も二癖もある連中を束ねるはずの盗賊の頭が、自身が暴走していてはお話しにならない。権兵衛も、そんな息子を愛おしく思いながらも、これじゃあ二代目は継がせられねえなとよく苦笑いしていたものであった。
権太は組の古株である弥助の事を、とっつあんと呼んで、とても慕ってくれており、権兵衛が亡くなり組が解散となってからは、盗人家業から足を洗い真っ当な職に就く為の相談も受けたりしていた。今は、大工の見習いとして真面目に生活している。それに来月、おしまと祝言を挙げる事になっているのだ。その権太が再び盗人家業に手を染めるはずがない。
やはり、元野良猫組の誰かか…それとも全く関係ない奴らが名を騙っているのか。
どちらにせよ、弥助にとって、野良猫組の名を汚す今回の行為は許せない事だった。このままでは亡くなったお頭に申し訳が立たない。
とは思うものの、弥助はもう年だった。以前のように体も動いてくれないだろうし七年ものブランクもある。それに権太とお島との婚礼も近い。亡くなったお頭はいつも権太の将来を心配していた。今は復讐よりも、権太達の幸せを見守って行く事こそが自分の役目なのではないか?
正直、弥助は迷っていたのだった。
そんな事を考えながら歩いていると、ある武家屋敷に見知った顔が入って行くのを見かけた。
「あれは……卯之吉?」
卯之吉も元野良猫組の者だった。腕は良かったのだが冷酷な野心家で、常日頃から、お頭の「決して人を殺めず」の方針は甘いと不平不満を言っていた男だ。
弥助はあの男だけはどうしても好きになれなかった。今回の事でも真っ先に卯之吉が頭に浮かんだほどだったし、今見ても、真っ当な仕事に就いているようには到底思えず、遊び人のような姿をしていた。
弥助は卯之吉が去るのを待ってから、さりげなく彼が入って行った屋敷を窺いながら前を通り過ぎた。
「あの屋敷は確か…」
「弥助とっつあん!」
角を曲った所で立ち止まり古い記憶を辿っていると、突然背後から声をかけられた。場合が場合だけに、思わず悲鳴を上げそうになる。慌てて振り返るとそこには権太が立っていた。
「なんでえ、若じゃねえですかい。脅かしっこなしですぜ。」
「ごめんよ。脅かすつもりはなかったんだ…けど、とっつあんも見ただろ?」
例の武家屋敷を親指で指しながら権太が言った。
「…卯之吉ですかい?」
「ああ。ここは火盗改方(※2)の与力、水野主膳の屋敷なんだぜ。そんなトコへあいつが入って行くなんておかしいと思わないかい?」
火盗改め!?そうか、そうだった…
「ところで、なんで若はこんな所に?」
「野良猫組の偽物が誰かを突き止めようと思ったんだよ。俺は卯之吉が臭いと思ってずっと見張っていたんだ。」
「若!!そんな事は…」
止めろと言おうとした弥助の口を塞ぎ、権太は話を続けた。
「だって悔しいじゃないか。このままじゃ親父だって浮かばれない。それで色々と調べていて、卯之吉が水野と繋がっている事まで掴んだんだ。」
「ですが、もうこんな事は止めておくんなせえ。卯之吉は恐ろしい男です。万一の事があったらどうするんですか。若はもう盗人家業からは足を洗ったんだ。野良猫組の事はもう忘れる事です。」
「でもっ!!」
「亡くなったお頭だって堅気になった若を見て喜んでいなさるにちげえねえんだ。復讐してほしいなんて望んでおられるはずがねえ。ですから、どうかこんな無茶な事はもう…」
「……わかったよ。弥助とっつあんには逆らえねえや。それにお島ちゃんを幸せにするって約束したもんな。ちょっと悔しいけど、我慢するよ。」
弥助の必死の説得に、権太は渋々ながら承知してくれた。
それから権太を帰すと、弥助は改めて水野の屋敷を見上げた。
“このままじゃ親父だって浮かばれない”
確かに権太の言う通りかもしれない。
頭は、例え盗人家業であっても、決して人を殺めない事に誇りを持っていた。今回現われた偽物はその誇りを粉々に打ち砕いたのだ。しかもそれが元手下のやった事だとしたら、お頭はさぞやあの世で嘆いているに違いない。
頭の名誉の為にも、誰かが真犯人を突き止めなければならない。だが、それを権太にさせる訳にはいかなかった。ここは自分が動くしかないのかもしれない。
弥助は決意を固めると、老人とは思えない身のこなしで、佐野の屋敷へと忍び込んで行ったのだった。
−つづく−