クラトスは洗濯機の前に立っていた。蓋を開けて中を覗き込んでから、フムと考え込む。
 そして、かごに入っている洗い物を眺めた後、再び考え込んだ。
「これから家事をこなしていく上で、時間の短縮は一つの課題になるな。スケジュール通りに事を運ぶ為にも、もっと速く洗えるに越した事はないだろう。」
 クラトスはそう言ってコンセントを抜くと、よっこらしょっと洗濯機を横に倒した。そして剣の代わりに腰に差していたドライバーを手に持った。裏蓋をあけて中の機械を見たクラトスの目が怪しく輝く。
 実はクラトスは厄介な悪癖を持っていた。機械類を目にするとやたら分解したくなってくるのだ。そしてパワーアップと称して、改造を試みる癖があった。それで成功していればまだいい。彼が手をつけた物の八割方はスクラップと化しているのである。
デリス・カーラーンでも機械を壊しまくり、『破壊魔人』との異名をとっていた。ユグドラシルから彼を機械類へ近付けないようにとの指令が出たほどである。
 しかしながら、クラトスの名誉の為に付け足しておくが、これはあくまでも彼の分解癖が出た場合であって、操作する分には何の問題もない。むしろ興味がある分、誰よりも機械操作には長けていた。変な欲を出して中身をいじらなければオペレーターとしては非常に有能な人材なのである。
 クラトスは鼻歌を歌いながら洗濯機を分解し始めた。
「思えばあのサイバックでの作業は良かったな。あれでロイド達の手助けをする事も出来たし、神の手と呼ばれたこの右手が(誰が呼んだの?)役に立てて無上の喜びを感じる事ができた。幸せな思い出の1ページだ。」
 などと、めずらしく成功した例を思い浮かべ感涙にむせんでいる。
 そうこうする内に作業は進み、しばらくしてクラトスは蓋を閉じると洗濯機を起こした。
「うむ、いい仕事をした。これで所要時間短縮のスーパー洗濯機に生まれ変わった。」
 汗を拭き拭き、満足げに微笑む。
「よし、これからはこれの事を『ハイパワー・アウリオン・ウオッシャー』と呼ぶ事にしよう。いや、ワイルダーの方がいいかな。『ハイパワー・ワイルダー・ウオッシャー』にしよう。その方がゼロスも喜ぶだろうしな。」
 再び鼻歌を歌いながら洗い物を中へ入れて、スイッチを押した。

 ウィ〜〜〜〜ン!!カタカタカタ…

 奇跡的に洗濯機は回り始めた。
「うむ。心地よいモーター音だ。さて、あとは『スーパー・ゼロス・洗濯機』(さっきと名前が違う)が洗ってくれるから、私は掃除に取りかかるとするか。」
 クラトスは意気揚々と居間へと向かうのであった。



 それから少しして、クラトスは掃除機をズルズルと引きずりながら居間へとやってきた。
「そう言えば昨日ゼロスが、これはレザレノ製の掃除機だから埃は舞い上がらないしゴミパックの交換が不要だと言っていたな。全く便利な世の中になったものだ。」
 クラトスは感心しながら掃除機を眺めた。再びクラトスの目が怪しく光る。
「そうだな…これもパワーアップすれば屋敷をより綺麗にする事ができるな。ピカピカになった家をみたらきっとゼロスは喜んでくれるだろう。」
 クラトスはゼロスの喜んだ顔を思い浮かべて微笑んだ。
「よし、お前も私の神の右手で生まれ変わらせてやろう!」
 そして不気味な笑みを浮かべ腰のドライバーを抜くと、掃除機に飛びかかったのだった。
 この時、掃除機の悲鳴が聞こえた気がしたのはあながち幻聴ではないかもしれない。

 数分後、クラトスは再び額の汗を拭いながら満足そうにほほ笑むと、立ち上がった。
「よし、『スペシャル・ワイルダー・クリーナー』の誕生だ。」
 クラトスはスイッチへと手をかけた。
「お前の晴れ姿を私に見せておくれ、『グレイト・ゼロス・バキュームクリーナー』よ。」(結局彼にとって名前などどうでもいいらしい)

 ギュイ〜〜〜ン!!

 またもや成功か!?と思いきや…
「およ????」
 掃除機が前に進んでくれない。いや、床に吸いついてびくともしないのだ。
「ムムム…ちと吸引力を上げすぎたのか!?」
 クラトスは、青くなったり赤くなったりしながら必死に床からはがそうとしている。スイッチを切れば済む事なのだが、今の彼は、とにかく床から離さなければとの思いでいっぱいでそんな事に頭が回らなくなっているようだ。

 ムムムムム!グッ、ガッ、ギッ……グググググ…

「えーいっ!!こざかしい―――!!」
 ついにクラトスはきれた。思いの他、彼は短気のようだった。
 背に羽を広げると、天使のパワーを最大限に出して引きはがしにかかる。

 ぬおおおおおおおおおお!!!!
 ばきっ!!!!

 ついにはがす事に成功し、その掃除機を振り回しながら
「己の不運を嘆くがいい!!」
と、びしっと決めた気でいるクラトス。しかし、すぐに我に返ると慌てて床を見る。
「まずい、勢いで床まで引っぱがしてしまった。これではゼロスに怒られてしまう。なんとかしなければ…」
 大きく開いた穴を覗き込み、クラトスは必死に考えを巡らせる。
「おお、そうだ!ロイドに直してもらえばいい。あの子は手先は器用だからな。」
 しばし、愛息子ロイドの笑顔を浮かべ妄想に酔いしれるクラトス。
「思い起せば14年前心ならずも別れてしまい、もう死んでしまったのだと涙、涙の日々であった。それがどうだ?生きて私の前に現れてくれた。しかもあんなに立派に成長してくれて…うっ、うっ…」
と、涙まで流して感動している。再び我に返り、
「いかん、いかん、もう少しで本来の使命を忘れる所であった。」
 スタタタタと、居間を出て行くと風呂場のマットを引きずりながら戻って来た。それを穴の上にばさりとかぶせる。
「とりあえずこれで応急処置(?)をしておいてと…すぐにロイドを呼びに行ってくるとしよう。」
 割烹着と三角巾をぬごうと手を上げかけたクラトスであったが、その時ふいに鳴った玄関のチャイムの音に眉をしかめる。
「誰だ!?この忙しい時に!!」
 クラトスは舌打ちをすると、不機嫌丸出しの顔で玄関に向かうのであった。



「ちわ〜。テセアラ新聞の者ですが〜」
 仏頂面でドアを開けたクラトスに向かって愛想を振りまく新聞屋。
「テセアラ新聞?そんなのに用はない。ではな。」
 閉じかけたドアにカバンをはさみ込み、こじ開けながら必死に食い下がってくる新聞屋。
「ただいまキャンペーン中でして、ご契約下さった方にもれなくテセアラジャイアンツ戦の野球観戦のチケットをプレゼント。ボックスシートでっせ旦那。こんなのなかなか手に入りやせんぜ。」
「あいにく私はアルタミラマリーンズのファンなのでな。あそこのホワイトデー監督が好きなんだ。」
 再びドアを閉めようとするクラトス。粘る新聞屋。
「なんならプロレスのチケットもお付けしやすぜ。」
 この顔は格闘好きと読んだ新聞屋。ニコニコともう一枚のチケットをちらつかせた。
「私はプロレスなど好かぬ。パンツ一丁の男が抱き合うのを眺めて何が面白いのか。」
 チッ、読みをはずしたか…と舌打ちする新聞屋。
 しかしここで引き下がっては、この道30年、やり手勧誘員の名がすたる。
「洗剤とタオルもあるんすがね。部屋干しOKの漂白剤入りでっせ。普通なら三百ガルド位するこの品がなんとタダ!」
 タダという言葉に食指が動くクラトス。新聞屋の目がキラリと光る。
「今なら2個…いや6個お付けしやすぜ。もってけ、どろぼ〜!!」
 思わず手を伸ばしかけたクラトスであったが、いや、とかぶりを振った。
「やはりやめておこう。新聞ならレネゲード新聞をとっているからな。2つもいらん。」
「レネゲード?旦那、あそこはいけませんぜ。えげつない記事を書く事で有名で、我々報道関係者の鼻つまみ者。悪いこたぁ言わねえ。今の内に、うちの新聞に乗り換えた方がいいでっせ。」
「私はそんな尻軽ではない!レネゲード新聞のトップとは顔見知りだが、あの男は少し抜けている所はあるがそんなに悪い男ではない。私からしてみればお前の方がよほど胡散臭い。それに、私は陰口をたたいて人を陥れる輩が一番嫌いなのだ!お前の顔など見たくはない。他を当たるのだな!!」
 クラトスは今度こそドアを閉め、ガチャリと鍵をかけた。

 全く気分が悪い。あんな男の為に時間を無駄にしてしまった。

 早くロイドを呼びに行かなければ、と支度を始めた所に再び呼び鈴が鳴った。
「あの男、懲りずにまだいたのか!?しつこい奴だ!!少々痛い目にあわせた方がいいかもしれんな。」
 クラトスはバットをつかむとノッシノッシと玄関へ向かった。バーンッとドアを開けると、怒号を上げバットを振り下ろした。
「いらんと言ったらいらんのだ。しつこいぞ!!」
「うわっ!!」

 むむ…私の渾身の一撃をかわすとは。
 おのれ、ちょこざいな!!

 再び振り上げ目の前の人物を睨みつける。
「!?…ロイド?」
 目の前に立っていたのはあの新聞屋ではなくロイドであった。その横にはにこやかに微笑むコレットも立っている。
「なっ!?どうしたんだよ父さん。いきなり危ないじゃんか。」
「すまない。さっきまでしつこい新聞屋がいたものでな。」
「新聞屋って、あれの事?」
 ロイドが指さす先を見てみると、先程の勧誘員がつぶれたカエルのような姿でのびていた。
「すみませ〜ん。私があの人、レアバードで轢いちゃったんですう〜」
「そうか。まあいい気にするな。それよりロイド、いい所に来てくれた。今から呼びに行こうとしていた所だったのだ。まあ、二人とも中へ入ってくれ。」
 二人は家の中へと入って行く。クラトスは一応新聞屋にファーストエイドをかけると、自分も家へと入っていった。
 哀れ新聞屋はその後自力で意識が戻るまで、そのままの姿で放置されたのである。



「うわー!こりゃまた見事に穴開けたもんだな。」
 穴を覗き込み驚きの声を上げるロイド。
「そう言うな。このままではゼロスに怒られてしまうのだ。何とか直してはくれぬか?」
「まあ、他ならぬ父さんの頼みだ。直してやるよ。大丈夫、こんなのすぐに直るからさ。」
「すまぬな。恩にきるぞロイド。」
「クラトスさん、私と同じだね〜」
 コレットの発言に少々カチンときたクラトス。小娘がいらぬ事を言うな!と思いながらも、ここは大人の貫録で笑ってみせる。
 トンテン、トンテンと修理を始めたロイドに、
「私は洗濯物を干してくる。申し訳ないが頼むぞロイド。あとでケーキをご馳走しよう。」
「ホントに?やったね!」
 喜びガッツポーズをとるロイド。張り切って仕事を再開する。
「それじゃあ、私は二階のお掃除手伝っちゃいま〜す。」
 コレットの申し出に不安がよぎる(完全に自分の事は棚上げしている)が、しかし、そこも大人の貫録で余裕を見せるクラトス。
「そうか?ではすまんがお願いしようか。」
「は〜い。任せて下さい!」
 コレットの元気の良い返事に弱々しく微笑むと、クラトスは洗濯機の所へ向かうのであった。


 さて、洗濯機の前にやってきたクラトス。もう洗い終わっている事に満足げな笑みを浮かべる。いそいそと蓋を開けて洗濯物を取り出そうとしたが、中の状態を見て目を丸くする。
 そこには見事に縮んでしまった洗濯物が…。
 そればかりではない。全ての物がビリビリに破けてしまっている。
「しまった…こっちもパワーを上げすぎたか!」
 変わり果てた洗濯物を手に呆然とするクラトス。
「さて、一体どうしたものか…」
 如何にゼロスの追及を逃れようかと思案にくれるクラトス。
 と、その時、コレットの物凄い悲鳴が家中に響き渡ったのである。
「きゃ〜〜〜〜!ゴキブリ〜〜〜〜〜!!!」
 クラトスは手にしていた洗濯物を放り出し、駆けつけるのであった。


−つづく−