春うらら
「四月馬鹿?」
ユアンはクラトスの言葉に目を丸くした。
「うむ。近所の奥さんが話していたのだ。どういう意味なのだろうな?」
「お前、そんな事も知らんのか。とことん浮世に疎いやつだな。仕方がない。お前の生活アドバイザーである私が一から教授してしんぜよう。」
「生活アドバイザー?・・・いつからそんなものになったのだ?」
「お前は世の中と言うものを知らなさ過ぎる。私がいなければ何も出来ないではないか。」
「・・・・・・」
「心配するな。私がいる限り、お前に恥はかかせんよ。」
こうしてユアンは大袈裟に溜息を付いてみせると、シュンとしているクラトスに親切に指導してあげたのだった。
「いいか、四月馬鹿というのはな・・・・・・」
ロイドは表に出ると、晴れ渡った空を見上げ、大きく息を吸い込んだ。
(なんて清々しい日だ。こんな日は何かいい事ありそうな・・・。)
そして、笑顔を浮かべ今一度深呼吸をした時だった。
「ロイドく〜〜〜んっ!!」
聞こえてきた呼び声に、うるせえなと振り向いてみれば、血相を変えたゼロスが走って来るところであった。
「なんだよ、ゼロス。尋ねて来てくれるのは嬉しいけどさ。これから一仕事をするところなんだ。」
「それどころじゃないんだよ。天使様が・・・天使様があ〜〜〜〜」
「父さんがどうしたんだよ。」
「狂っちまったんだ!」
「・・・・・・はい?」
「だから〜、天使様がおかしくなっちまったんだよ!!」
「父さんがおかしいのは昔からだろ?ほら、あの人、ちょっと一般常識からずれてるし。」
「今回のは今までとは違うんだ。」
「どう違うって言うんだよ。」
ゼロスは取り敢えず深呼吸をして自分を落ち着かせると、ゆっくりと話し始めた。
「今朝さ、天使様は庭で、日課である素振りを始めたんだ。」
「父さん、真面目だからな。でも、それのどこがおかしいって言うんだよ。ちっともおかしくなんてないじゃんか。」
「ところがだ。天使様の持っているのは剣じゃなかった・・・なんと牛蒡だったんだよ!!」
「牛蒡で素振り!?」
「なっ?おかしいだろう?」
「・・・い、いや、もしかしたら単に間違えただけかもしれないし。」
「普通、剣と牛蒡を間違えるか?間違える訳ないっしょ。それだけじゃない。俺様の今日の朝食、なんだと思う?」
「人様の食卓の事なんて知らねえよ。」
「真黒なトーストの横に、変な物体が並んでいたからこれは何かと尋ねてみたら・・・」
「尋ねてみたら?」
「リフィル様直伝のオムレツだってさ〜〜!!食った後、大変だったさ。」
「食ったの?」
「俺様、天使様が作ったものならなんだって食う主義だから。」
「そう・・・それはまたご苦労な事で・・・」
「だが、それだけじゃ終わらなかった。」
「まだあるのかよ。」
「こんな天気の良い日は庭で花見と洒落たいところだけど、先日の暴風で散っちゃっているから無理だね、なんて話をしたわけさ。そうしたら天使様、どうしたと思う?・・・なんと、丸坊主の木に向かって灰を撒き散らし始めたんだ。『枯れ木に花を咲かせましょう』なんて言いながらさ。」
「・・・父さん、日本昔話でも読んだのかな?」
「日向ぼっこがしたいって言ったら、いきなりジャッジメントをかまして天井に大穴開けちゃってさ、『どうだ?日当たりが良くなったろう?』って自慢気に言うんだ。」
「・・・・・・」
「止めの一発がこれ。」
「まだあるの?」
「今日の昼食にツナサラダらしきものが出て来てさ、変わったツナだねって言ったら、栄養満点の缶詰を見付けて来たんだって。味は結構行けてたさ。でもそれはただの缶詰じゃなかったんだ。後から気になって聞いてみたら、なんと猫缶だって!!」
ゼロスはそこでとうとう泣きだしてしまった。
「信じられる?俺様、猫缶なんて食わされたのよ。酷いっしょ?俺様、最近は浮気も控えて、ひたすら天使様一筋の生活を送っているというのに、あんまりじゃありませんか!!」
よよよと泣き崩れるゼロスを横目に、ロイドは考え込んでしまった。
クラトスは確かに浮世離れしているが、これ程ではなかった筈だ。それに他はともかく、ゼロスに対しては、常に優しく尽くしていたと言うのに・・・。
やはりゼロスが言うように、頭のネジが一本飛んでしまったのだろうか?
何と言っても、春だからな・・・。
「ねえ、ロイド君、どう思う?頭のレントゲンでも撮ってもらった方がいいのかな?それともリフィル様に診てもらった方が・・・」
「その前に、本人に聞いてみたら?何か理由があるのかもしれないし。」
「俺様、そんな勇気ないって。もし本当に狂っていたらと思うと怖くてさ。いきなり涎垂らしながら『グヘヘ〜』とか笑われたりしたら、俺様、耐えられないよ。」
涙ながらに訴えるゼロスに、ロイドは溜息をつくと、
「分かったよ。俺が聞いてやるよ。それならいいだろ?」
「ロイドく〜ん、有難う。やっぱ持つべきものは友だね。俺様、感激!」
かくしてロイドはゼロスと共に、クラトスのいるゼロス邸へと向かったのだった。
ゼロス邸に着いたロイドは、その惨状に目を見開いた。
ゼロスの話の通り、屋敷の屋根は見事なまでに破壊されてしまっており、庭にある桜の木には灰が積もっている。
(本当だったのか・・・)
別にゼロスを疑っていたわけではい。そうではないのだが、まさかこれ程とは思っていなかったのだ。
そして屋敷の中に入ったロイドは、更に驚きの声を上げたのだった。
「な、な、何をしているんだよ、父さん。」
「おお、ロイドか。何をしているって、日向ぼっこだが?お前こそ、急に訪ねてくるとは一体どうした風の吹き回しだ?」
「・・・なんか父さんの様子が変だって聞いたからさ・・・」
「変?・・・私は至って正常だが?」
「いや、その恰好、どう見ても変だって。」
なんとクラトスはパンツ一丁の姿で、どこから調達してきたのか、亀の甲羅を背負って腹這いになっていたのだった。ご丁寧にサングラスまでしている。
「これのどこが変なのだ?亀の甲羅を背負って日光浴。これがホントの甲羅干し・・・なんてな。ウヘヘヘ。」
ゼロスはロイドの背中にしがみ付くと囁いた。
「やっぱおかしいよ。救急車呼んだ方がよくねえ?」
しかしその囁きは、天使であるクラトスには筒抜けであった。
「ゼロス、失礼な事を言うな!私はどこも悪くないぞ。大体、お前達は知らないのか?今日は、やって来た春を祝って皆で馬鹿な事をするという『四月馬鹿』の日なのだぞ。」
「「四月馬鹿!?」」
異口同音に叫び声を上げ、思わず顔を見合わせるロイドとゼロス。
「父さん・・・・・・いや、おおよそ見当は付くけどさ、それって誰に聞いたの?」
「ユアンだ。」
(やっぱり!!)
再び顔を見合わせた二人を見て、クラトスは急に心配そうな表情を浮かべた。
「ユアンはこう言ったのだ。『今日四月一日は、皆で馬鹿になり切る日で、それで四月馬鹿と呼ばれている。四月と言えばもう春。世間の人達は、春になるとそれに合わせて自分の頭も春にする。暖かくなると、何かと危ない人たちが増えるのはその為なのだ。』と・・・。言われてみれば確かに理にかなう話で、私は成程と納得してしまったのだが・・・・・・違うのか?」
「うん、ちょっとね・・・。とにかく着替えなよ。それからゆっくり説明してあげるからさ。」
ゼロスは不安そうな様子のクラトスを抱き起こすと、優しい声でそう言ったのだった。
その頃、ユアンと言えば、お昼寝の真っ最中であった。いや、もう夕刻でもある事だし、夕寝と言うべきか。
枕を抱え、幸せそうな笑顔を浮かべて眠っていたユアンであったが、突如響いた、ドアを蹴破る物凄い音に叩き起こされたのだった。
何事かと跳ね起きたユアンが見たものは、粉々に砕け散ったドアの所に立っている、ゼロスとロイド、そしてクラトスの姿だった。
「な、な、なんだ、お前達。随分と乱暴な訪問だな。」
「理由は分かっているっしょ?生活アドバイザーのユアン殿。」
ゼロスの怪しい微笑みに、冷や汗を流すユアン。
「あ、ああ・・・四月馬鹿の事か?あれはほんのジョークだよ。」
「そのジョークのお陰で、天使様は亀の甲羅を背負ったんだぞ。あれじゃあ、まるで亀仙人(※)じゃないか。俺様、天使様が気の毒で、気の毒で・・・」
「何故、亀の甲羅を・・・?」
思わずクラトスを見やるユアン。
クラトスは赤面した。
「お前が変な事を教えるからいけないんじゃないかっ!お前の所為で、父さんは馬鹿丸出しだったんだからな!!」
剣を抜くロイドとゼロス。
ロイドの言葉に更にゆでダコのように顔を赤らめながら、クラトスも剣を抜き放った。
「待て、お前達!落ち着け。あれはジョークだと言っただろう?ほのぼのと心和むジョークだったんだよ。今日はエイプリルフール。嘘をついてもいい日の筈だ。」
「私がお前から話を聞いたのは昨日の事だ。今日ではない。」
「3月31日じゃ、エイプリルフールじゃないよな?」
「いや、ちょっと待て・・・。そんな怖い顔をするなって・・・」
じりじりと近付いてくる三人に、後退るユアン。
「心配するなって。今日は四月一日、これもジョークだからさ。」
そう言いながら更に近付く三人。三人とも微笑みを浮かべてはいるものの、目は全く笑っていなかった。
とうとう壁際に追い込まれてしまうユアン。
そしてユアンは、秘奥義三連発を食らい、三途の川の一歩手前まで行く羽目になってしまったのである。
「父さんは?」
その数日後、ゼロス邸を訪れたロイドは、クラトスの姿が見えなかったのでそう訪ねてきた。
「天使様はユアンの所。」
「またかよ。あんな目に遭ったと言うのに、父さんもお人好しだな。」
「そこが天使様のいい所なんじゃないの。なんだかんだ言っても、ユアンの事はいい友人だと思っているみたいだし。まあ、四千年も付き合ってきたんだからね。腐れ縁ってやつ?」
「また、あの話をしているのかな?」
「たぶんね・・・。」
その頃、クラトスとユアンは、湯気の立つコーヒーカップを前に語り合っていた。
「クラトス、あの世とは本当に美しい所だったぞ。一面花畑でな・・・」
「そうか。それでマーテルやミトスに会ってきたのか?」
「いや、残念ながら二人には会えなかった。」
「そうか・・・。ところでユアンよ。もうエイプリルフールは終わったのだがな。」
「クラトスッ!!私が嘘をついていると言うのか!?私は本当に見て来たのだ。そこには花畑があって、皆が幸せそうに笑っていたのだ!」
クラトスはいきり立つユアンを、慌てて宥めた。
「分かった、分かった。私が悪かった。お前は見て来たんだよな。」
「そうだとも!」
「だが、皆が幸せそうに笑っていて良かった。そうなるとマーテルやミトスも今頃、姉弟仲良く暮らしているかもしれないな。」
「そうだな・・・そうだといいな。」
「ああ。きっとそうしているさ。」
それから二人は、あの世で仲良く幸せに暮らしているマーテルとミトスの姿を想像して笑顔を浮かべると、ゆっくりとカップを傾けたのだった。
−春うらら 終−
※亀仙人→漫画「ドラゴンボール」に登場する悟空の師匠。武天老師と呼ばれる武術の達人。でも凄まじい程のスケベじじい。