お前だから


 天使様と初めて会ったのは、俺がまだガキだった頃…。
 俺の警護兼教育係としてやってきたんだ。
 本当は大好きだったのになかなか素直になれなくて、随分と困らせたっけ。
 それから数年が経ち、天使様はクルシスに戻る事になった。
 こんなに早く別れがやってくるなんて全く考えていなかった俺は、焦ったよ。
 このままでは天使様は嫌な気分のまま帰って行く事になってしまう。その前に俺の本当の気持ちを伝えたいと思った。

 それで俺は一大決心をしたんだ。
 当日は父の日。それに便乗してプレゼントを贈ろう。そしてその時に俺の気持ちを伝えようって…。



*****



 1週間前の事。突然ロイド君とコレットちゃんが訪ねてきて、父の日のパーティーを開くんだけど来ないかって誘われたんだ。なんでも、両家合同で父の日を祝おうという事になったらしい。
 でも俺は最初は参加する気なんてなかったさ。だって俺はロイド君の父親じゃないし関係がないから。ロイド君達だって天使様だけを誘いに来たのだろうと思っていた。
 だから天使様には、俺の事は心配せずにゆっくり楽しんでおいでねって言ったんだ。
 そうしたらそんな俺にロイド君はこう言ったものだ。

「何を言っているんだよ。お前も来いよ。だってお前は父さんの彼氏だろう。家族も同然じゃないか」

 俺はビックラしちゃったね。
 ロイド君が俺をそんな風にみていたなんて考えた事なかったから。
 天使様を見れば、あまり一人ででは行きたくない様子だったし、それで俺様も参加させてもらう事にしたんだ。

 本当はあまり気が進まなかったんだけどね…。



 そして当日、6月の第3日曜日。
 空は快晴。パーティー日和!……とはいかず、あいにくの雨。
 元々乗り気でなかった俺は益々行きたくなくなってしまったけど、ドタキャンするというのもちょっとね……で、渋々重い腰を上げたんだ。
 パーティーは本当にこぢんまりとしたものだった。
 二つの家族が食事を囲んで談笑する……そんな感じ。
 このようなホームパーティーは嫌いじゃない。城で催されるパーティーのようなきらびやかさはないが、同時に腹黒い貴族どもの醜い駆け引きも存在せず、落ち着いていられるからだ。
 現に俺は、コレットちゃんのお父さんやファイドラ婆さんと話をしたりして楽しんでいたさ。
 でもそれは前半だけだった。
 パーティーが進むに連れ、何故か妙に天使様とロイド君の事が気になってきてしまい、俺はいつの間にか二人の方をチラチラと窺い見るようになっていたんだ。
 そうなるともうパーティーを楽しむどころじゃない。俺はパーティーの輪の中から離れると、部屋の隅にあったソファーに腰を下ろした。
 視線は相変わらず二人の方に向けたまま。
 何がそんなに気になったのかって?
 それは天使様の表情。

 ロイド君と話している時の天使様の顔は、いつも俺に見せているものとは全然違っていたんだ。
 父親の顔って言うのかな。
 笑顔も慈愛に満ちた優しいもので…

 もちろん実の息子のロイド君とそうではない俺とでは、同じ笑顔でも違いは出てくるのは当り前だ。それでも天使様が俺を愛していないわけじゃない。愛情の形が違うだけ。
 それは分かっているんだけれど、俺は何故かあの笑顔に物凄い嫌悪感を抱いてしまっていたんだ。
 その内に今度は本当に気分が悪くなってきて、俺は堪らずに立ち上がると、コレットちゃんのところへ行ってこう言った。
「悪いけど、俺様、これで失礼させてもらうわ。」
「え?どうして?……って、ちょっと!」
 コレットちゃんの慌てて引き止める声が聞こえてきたが、構わず逃げるように家を出る。
 これが礼を欠く振る舞いである事は十分承知していたが、これ以上あの場所には居た堪れなかったんだ。
 天使様のあんな顔、見ていたくなかったんだよ、俺は。

 外ではまだ雨が降り続いていた。
 雨が降っていたって事、すっかり忘れていたよ。
 差してきた傘は中に置いてあるが、今更取りに戻る気にはならなかった。
 まあいいさ。濡れて帰るのも悪くはない。カッカッとしている頭も少しは冷めるだろう。

 ところがそこへロイド君が俺の後を追って飛び出してきちゃったんだよね。
 きっとコレットちゃんから事情を聞いたのだろう、そのまま立ち去ろうとする俺の腕を掴んで引き戻すと、
「帰るって、一体どうしたんだよ。なんか気に障る事でもあったのか?」
 心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
 その澄み切った瞳に、冷めかけていた俺の頭は再びヒートアップしてしまった。それどころかそのまま一気に沸点へ…。

 何故って、そもそもの原因はこいつなんだ。
 こいつがいるから俺はいつだって……

 俺はロイド君の手を振り払うと、睨みつけた。
「…………なんでお前なんだよ。」
「え?」
「なんでお前が天使様の息子なんだよ!!」

 それは俺がずっと心の奥底に封じ込めてきた怒り。
 でもロイド君には何故俺が急に怒り出したのか分からないようで、ただただ目を丸くしている。
 そりゃあそうだよな。だってロイド君は知らないんだから。
 俺が今までどんな思いで天使様とロイド君を見てきたのかなんて…。


 天使様が昔妻子を失っていた事を俺が知ったのは、天使様が俺の警護兼教育係の任を終えクルシスに戻って行った後の事だった。
 言われてみれば、思い当たる事はあったんだ。
 天使様はたまに遠い目をしている時があった。その時の天使様はとても悲しそうで、俺が話しかけても上の空…。どうしてなのかずっと分からなかったんだけど、死んだ息子の事を考えていたのだとすれば合点がいく。
 正直ショックだったさ。
 時々ふとみせていた優しさは、実は俺にではなく、その失った子へと向けられたものだった。天使様は俺に自分の子供の姿を重ねていただけ。俺自身を見てくれていたんじゃなかったんだって…。
 だってそうだろう?そうでもなければいくら任務とは言え、誰が好き好んでこんな俺の面倒を何年もみようなんて思う?今まで天使様ほど俺の相手を続けられた奴なんていなかった。酷い奴は1日も持たなかったんだから。

 それでも俺は天使様を恨んだりはしなかった。
 そんな事以上にあの人が好きだったから。
 俺の存在で、あの人が過去の悲しみを少しでも和らげる事ができたのなら、息子の代わりだろうが何だろうが構わないと……そう思っていたんだ。

 それなのに、そんな俺の前にこいつが現れた。
 死んだ筈の実の息子のこいつが!

 勘違いしないでほしい。俺は別に天使様の息子が生きていた事に腹を立てているわけではない。問題はその息子がロイド君だったって事。

 馬鹿が付くほど正直で、愚鈍なまでに誠実な少年…。

 そう言えば聞こえはいいが、俺からすればただの単純馬鹿だ。他人を疑う事を知らない甘ちゃん。きっとこいつは、裏切りとか策謀とか、そういうのとは無縁の世界で生きてきたんだなって思った。だから甘っちょろい理想を掲げていられるのだろう。
 こういう奴はその真っ直ぐさ故に、後先考えず突っ込んで行く傾向がある。その結果、一緒にいる仲間まで危険にさらされる事になるんだ。
 こんな奴に関わったら、命がいくつあっても足らない。
 そう……ロイド君は俺の一番嫌いなタイプの人間だったんだ。

 俺は腹が立って仕方がなかったよ。
 俺はこんな奴の代わりだったのかって、悔しいやら悲しいやらで、もうどうしようもなかったね。

 それからというもの、ジレンマとの闘いだった。
 命がけでこの息子を助けようとしている天使様の力にはなりたかったけど、かと言ってこいつの仲間になるなんてまっぴら御免だったし…。
 で、散々悩んだ末に出した結論は『ロイド君達の味方につく』だった。
 ロイド君達に賛同したわけでも何でもない。ただただ天使様の為だけに。
 このもやもやした気持ちは、きっと時が解決してくれるだろうって思っていたんだ。

 でもそれは甘かったな。
 世界が平和になっても、天使様がデリス・カーラーン行きをやめてこの地に残ってくれても、天使様と同棲生活を始めても、このもやもやが晴れる事はなかった。

 こいつがいたから…

 もしかしたら、天使様がこの地に残ったのは、実はロイド君の為だったのではないか?
 俺と同棲してくれたのだって、ここにいればロイド君も安心するだろうし、育ての親のダイクさんに変に気遣いをさせる事なくロイド君を見守る事ができると考えたからなのではないか?

 ロイド君が天使様に会いに来る度に、二人が楽しそうに話しているのを見る度に、俺の頭の中にはこんなしょうもない不安が浮かんだ。
 そして、天使様にとって俺はあくまでも『息子の代わり』に過ぎないんだって事を思い知らされるんだ。

 それでもその息子がこんな馬鹿ちんでなければ、俺はもう少し救われたんじゃないかと思う。
 それがロイド君だから苛つく。無性に腹が立つんだ。


「なんでお前が天使様の息子なんだよ!!」
 俺は繰り返した。
 もちろんロイド君に罪はない。いきなりこんな事言われてさぞや迷惑な事だっただろう。
 でも溢れてきた感情はもう抑える事ができず、気が付けば俺はあらん限りの暴言を叩きつけていた。

 そして…

「ねえ、ロイド君。頼むからさ、俺の前から消えてくれない?天使様にも会わないでもらいたいんだよね。」

 そうさ。そうすれば天使様は俺だけのものになる。
 もう息子の影に惑わされる事もなくなるんだ。
 俺は……俺はもう……

「俺はもうお前の代わりはまっぴらなんだよ!!」
 ついにそう叫んでしまった俺は、ロイド君の背後を見て目を見開いた。

 天使様が立っていたんだ。何とも言えない表情を浮かべて…。

 俺はくるりと背を向けると走りだした。
 振り返る事なんてできなかったさ。
 こんなパーティーに来るんじゃなかったって、心の底から思ったね。
 誘われた時に感じたあの、なんとなく行きたくないという気持ち……あれはこうなる事を暗示していたのかもしれない。

 溢れ出る感情に任せて、俺は言ってはならない事を口にしてしまった。
 俺はロイド君ばかりか、天使様まで傷付けてしまったんだ。




 家に戻ると俺は、雨に濡れた体もそのままに呆然とソファーに腰を下ろした。
 怒りや後悔や悲しみや、色々な感情がごちゃごちゃになって俺の心をかき乱していた。

 何故あんな事を言ってしまったのだろう。
 一生この胸の中だけに収めておくつもりだったのに…。

「怒っているだろうな、ロイド君……」

 散々憎しみを叩きつけている内に気付いた。
 俺は本当はロイド君が好きだったんだって。
 単純で馬鹿で、こんな奴の仲間になんてなりたくないと思ったのも事実。でも一緒にいる内に、だんだんとあの真っ直ぐさに惹かれていった。
 最終的にロイド君側につくと決めたのは、天使様に頼まれたからだけじゃない。それがロイド君だったから、俺は仲間になったんだ。

 でもだからこそ余計に、ロイド君を見る度に複雑な思いに駆られた。
 ロイド君には敵わない。ロイド君がいる限り、俺はいつまでも『息子の代わり』という呪縛から解き放たれる事はないのだと。

 あれは嫉妬だ。天使様とロイド君の強い結び付きに対する醜い嫉妬。

 でも今更気付いたってもう遅い。
 最愛の息子を傷付けた俺を、天使様は許さないだろう。
 これでジ・エンド。
 俺はあんなに苦労して手に入れた天使様との幸せを、自分でぶち壊してしまったんだ。
「くっそ ―― っ!!」
 自分の愚かさに腹が立ってしょうがなかった。
 怒りに任せて、目の前のガラステーブルに載っていた物を払い落す。本や新聞は床の上に不自然な形で広げられ、一輪挿しは派手な音を立てて割れた。
 でもこんな事をしたって虚しくなるばかり。
 俺は力が抜けたように再びソファーに腰を下ろすと、頭を抱えた。
「後先を考えない愚か者は俺の方じゃないか。……ホント、俺って馬鹿だよな…」
 涙が溢れてくる。泣いたって仕方がないのに、次から次へと出てきて止まらない。
 そして俺はいつの間にか寝ちまっていたんだ。
 泣き疲れたガキのように……。



 それからどれぐらいの時が過ぎただろう。俺は頭に何かが被さってきた事で目を覚ました。剥ぎ取ってみればそれはタオルで……目の前には天使様が立っていた。
「どうして濡れたままでこんな所に寝ているのだ?早く拭け。風邪をひくだろうが。」

 いつもと変わらぬ態度。
 怒っていないのだろうか?
 いやまさか、そんな筈はない。もしかしたら呆れ果てて何も言う気にならないのかも。

 もちろん謝らなきゃって思ったさ。
 でも口から出たのは全く正反対の言葉で…

「煩いな、俺の勝手だろ!ほっといてくれよ!!」

 で、天使様はどうしたかと言えば本当に俺を放って、割れた一輪挿しを片付け始めた。……いや、放ったわけじゃないな。天使様には分かっていたんだ。重ねて言わなくても、ちゃんと言う通りにすると…。
 俺は悔しかったけど拭き始めたさ。変に意地張って本当に風邪をひいちまったら、それこそ馬鹿みたいだし。

 それから俺は頭を拭きながらぼんやりと天使様の動きを目で追っていたんだけど、そこで床の上にすごく懐かしい物が落ちているのを見付けたんだ。
 それは昔、クルシスに戻る天使様へ俺がプレゼントした手作りの押し花の栞だった。でももうすっかり色褪せてしまっており、当時の美しさは微塵もない。まさか未だにあんな物を使っていたとは思わなかった。さっき俺が本を払い除けた拍子に抜け落ちたのだろうが、そんな事でもなければ全く気付かなかっただろう。
「それって、もしかして…」
 俺は思わず声に出して指さしてしまったよ。
 その声に、割れた一輪挿しの欠片を拾い集めていた天使様が顔を上げた。最初は何の事をいっているのか分からない様子だったが、俺の指先を辿り、栞に気付いたようだった。僅かに目を細めると、それを拾い上げる。
「……そんなもん、まだ持っていたのかよ。馬鹿じゃないの。とっとと捨てちまえばよかったのに。」
「捨てられるわけがないだろう。」
「どうして?……ああそうか。死んだ息子からの贈り物だと思って大切に取っておいたってわけか。でももういいんじゃないの?だって息子は生きていたんだし。“息子の代わり”なんかに貰った物を後生大事に取っておかなくても、これからは本当の息子がいっぱいプレゼントしてくれるさ。」

 どうして俺ってこう捻くれているのかな。
 本当はこんな事を言いたいんじゃないのに。
 このままでは関係修復どころか、状況は悪くなる一方だ。
 でも焦れば焦るほど、口から出るのは皮肉ばかり。

 するとそんな俺に、天使様はこう言ったんだ。
「そうではない。お前に貰った物だからだ。」
「え?」
「……これはお前がくれた初めてのプレゼントだ。しかも手作りの。だからどんなに色褪せても捨てる事などできなかった。」
 天使様はとても愛おしそうにその栞を本に挟み直すと、ガラステーブルの上に戻し、目を丸くしている俺の方を振り返った。
「お前は勘違いしている。私はお前をロイドの代わりだなどと思った事は1度もない。」
「!!……そんなの嘘だ!だって昔…俺がガキの頃に護衛に来てくれていた時、天使様はたまに遠い目をしている事があったじゃないか。あれは息子の事を思い出していたんだろう?それで俺と息子とダブらせて、俺を息子の代わりとして見るようになったんじゃないの?」
「もちろん、あの頃の私は妻子を失って間がなく、お前を通してロイドを思い起こす事もあったさ。だがそれだけだ。ロイドとお前を混同させた事などない。当然だろう。お前はゼロス・ワイルダーであって、ロイドではないのだから。」
「……」
「大体、そんな感傷に浸っている余裕はなかったよ。ロイドの事を思い出していたのは最初の数週間だけだった。お前には散々手こずらされたからな。頭の回転が速く何でも器用にこなす優等生だが、性格に少々難あり……扱いには苦労した。」
「あの…ちょっと……それって褒めてんの?貶してるの?」
 天使様はむくれている俺にフッと笑ってみせると、
「……そんなお前があの栞をくれた。そうするにはさぞや勇気がいった事だろうに…。だからこそ余計に嬉しかった。大切にしようと思った。」
「あ……」

 俺は思い出した。あの栞を天使様に贈った時の事を。
 本当は押し花の栞なんて女の子みたいで恥ずかしかったんだ。でも作り方を教えてもらったのが、当時俺の世話をしてくれていたメイドだったのだから仕方がない。

 こんなプレゼント、笑われるんじゃないか?
 それよりもまず、俺のプレゼントなんか受け取ってくれないんじゃないか?

 そんな様々な不安が浮かんできたけど、勇気を振り絞って渡した。
 そうしたら、天使様は物凄く喜んでくれて…。
 あの時の笑顔は、ロイド君の影へではなく、確かに俺自身へと向けられたものだった。

「……それじゃあ、デリス・カーラーン行きをやめて俺と一緒に暮らしてくれたのも、ロイド君の為では…」
「お前、そんな事まで疑っていたのか?」
「だって…」
「……ロイドの為ではない。ロイドがいくら懇願してきても私が意思を変える事はなかっただろう。それだけ私の決意は固かったのだ。それを翻させたのは、お前だ。お前は私を救ってくれた。だから残ろうと思ったのだ。」
「……俺が天使様を救った?」
「そう……お前は、アンナを忘れる事などできないと言った私に、それならば私の中のアンナごと愛していくと言ってくれた。昔の罪を償いきれずに苦しんでいた私に、その罪を自分も一緒に背負っていくと言ってくれた。これらのお前の言葉は、乾ききった私の心の中にすうっと沁み入ってきた。お前の優しさが有難かった。そんなお前だから、私は信じる事ができたのだ。お前となら一から出直す事ができるのではないかと…。」
 そして天使様は静かな声でこう付け加えたんだ。

『お前だから、一緒に暮らそうと思えた。お前だから、私は愛したのだ』 と……

「ハハ……ハハハハ…」
 俺は笑い出した。
 それはヒステリックな笑い…。
「ゼロス?」

 馬鹿だ……俺って本当に馬鹿だ。
 天使様はこんなにも愛してくれていたのに、俺は勝手に一人で邪推して、一人で騒いで…。

「……俺、自分に自信が持てなかったんだ。愛されているって自信が…。だって、今まで俺の事を本気で愛してくれる人なんていなかったから。俺はいつだって一人ぼっちだった。だから俺は天使様を疑い、ロイド君に当たり散らして、傷付けて……」
「……」
「………ホント、俺って最低だよな。」
「……だが、今は違うだろう?」
「え?」
「お前は一人じゃない。私がいる。ロイドだっている。」
「でもロイド君は……俺、あんな酷い事を言ってしまって…もう俺を許しちゃくれないだろう。」
「ロイドは怒ってなどいなかったよ。それどころかお前の事を心配して、私に早く帰れと言ったくらいなのだから。」
「……ロイド君がそんな事を?」
「ロイドも私もお前を愛している。お前はちゃんと愛されているんだよ。自信がなければ、これから作っていけばいい。そうできるように、今まで以上に私がお前を愛していくから。お前が私の罪を一緒に背負ってくれたように、今度は私がお前の苦しみを背負おう。」

 俺は目を見開いた。

 この人は、根っからの父親だったんだって思った。
 広くて、大きくて、温かくて……こんな俺でも優しく包み込んでくれる…。

 次の瞬間、俺は天使様に抱きついていた。
 だってそうしないとまた涙が出てきてしまいそうだったから。

 天使様は何も言わずに俺を優しく抱きとめてくれたんだ。




 一通り泣き終え落ち着くと、俺達は部屋を片付け夕食を食べる事にした。
 変な話だけど、安心したら何だか腹が減ってきちゃったんだよね。
 作るのは俺。だって今日は父の日だから。
 あと数時間で今日は終わってしまうけれど、その残りの時間、今度は俺に父の日を祝わせてくれって天使様に頼んだんだ。
 これからは毎年、こうやって祝って行こうと思う。

 今日あった事を忘れないように…。
 二度と同じ過ちを繰り返さない為に…。

 もちろん天使様を父親として見るのは、一年の内この日だけ。
 だって俺にとって天使様は父親じゃない。人生のパートナーなんだから。
 真っ暗なトンネルを抜け出し、ようやく見付ける事ができた俺のパートナー。

“お前だから、一緒に暮らそうと思えた。お前だから、私は愛したのだ”

 俺も同じ。

 天使様だから、一緒にいたいと思った。
 天使様だから、愛したんだ。

 そんな二人が手を取り合ったのだもの、幸せになれないわけがない。


「今年は料理しかできなかったけど、来年は何か作ってプレゼントするね。俺は天使様の息子じゃないけど、それでも受け取ってくれる?」
「もちろんだとも。有難う。」

 天使様の顔に笑みが広がる。
 それはやはりロイド君に対するものとは違っていたけど、もうそんな事は気にならなかった。

 だってやっと気付いたから。
 ロイド君にだけの笑顔があるように、俺にだけの笑顔がある。
 これがその笑顔。
 あの栞をプレゼントした時も、俺が一緒に暮らそうと言った時も、いつだって天使様はこの『俺にだけの笑顔』を浮かべていたんだ。


 そうだ!これから父の日には、毎年あの押し花の栞をプレゼントしよう。
 あれは俺と天使様の始まり……あの栞が二人を結びつけてくれたのだから。
 きっと天使様も喜んでくれるだろう。そして再びこの『俺にだけの笑顔』を見せてくれるに違いない。

 あの日のように…



“あの……これ、あげるよ。今日は父の日だから…。あなたは僕の父さまじゃないけど、同じぐらい大好きだったよ。だから僕の事忘れないでね。絶対、絶対だよ!”



−お前だから 終−