スパルタ料理教室


 今年も残すところあと一週間となり、町の者は皆忙しなく動き回っていた。今年の事は今年のうちに片付け、お正月をすっきりとした気分でゆっくりと迎える為に、大掃除や挨拶回りにと駆けずり回っていたのだった。
 そんな中をゼロスは一人、のんびりとした様子で家路についていた。時刻はまだ四時を回ったところ。帰宅するにはちと早すぎる時間である。
 しかし別にさぽって帰って来たわけではない。今年中にやらなければならない仕事はもう粗方片付けてしまったのである。
 大体、マーテル教会というものは行事が少なすぎるのだ。年末も、そして年が明けてからも、特別に行事というものを設けていない。新年の礼拝ぐらいしてもよさそうなものだが、神子制度の廃止によって自分の地位に危うさを感じた面々は、王族にゴマをする事だけで精一杯で、民衆の事にまで頭が回らなかったのである。

 そんな事をしなくてもマーテル教会がなくなってしまうわけではないと言うのに…。

 もうマーテル教は人々の心に根付いているのだ。例えクルシスの件があったとしても、女神マーテルこそがこの世界の神である事になんら変わりはないのである。
 それが彼らには分かっていないのだ。きっと今日も王族のパーティを渡り歩きながら、ゴマをすりまくっている事だろう。全く人間とは浅ましい生き物だ。あの連中を見ていると、ミトスがああなった気持ちも分かるような気がする。
 まあどちらにせよ、今のゼロスにとってはどうでもいい事だった。行事が少なければ、それだけクラトスと一緒にいられる時間が持てるわけで、万々歳なのであった。
 恐らく仕事納めの日までずっとこんな調子が続くだろう。ゼロスの家ではもともと正月をそれ程盛大に祝う習慣はなく、大掃除も済ませてしまっている。あとは仕事始めの日までクラトスと二人、のんびりと過ごしていけばいい。
 そんなバラ色の生活を思い浮かべながら、ゼロスはウキウキと自宅へと向かっていたのであった。



「ただいま〜!!天使様の愛しのゼロスが今帰りましたよ〜!」
 満面に笑みを浮かべ、そのまま居間へ駆け込んで行くゼロス。
 クラトスはいつもより早い彼の帰宅に大層驚いたようだった。慌てたように何かを背後に隠すと作り笑いを浮かべる。
「あ、ああ、お帰り。きょ、今日はまた随分と早いのだな。」
 そんなクラトスの様子にゼロスが気が付かぬ筈はない。ニヤリと笑うと、
「うん。もう年末だしね。仕事もそんなにないんだ。ところで、天使様は何をしてたの?今、後に隠したのは何かな〜?」
 素早くクラトスの背後に回り、それを奪い取ってしまう。
「あ!そ、それは…」
「え?……これって、料理のテキスト?」
 ゼロスからの物問いたげな視線を受け、顔を赤らめるクラトス。観念したように溜息をつくと、説明を始めた。
「実は最近、クッキングスクールに通い始めたのだ。正月と言っても毎年うちでは何もしなかっただろう?だから今年はおせち料理でも作ってみようかと思ってな。」

 おせち料理を?…俺様の為に?

 ゼロスの胸が早鐘を撞くように高鳴る。
「な、なぁんだ、そうだったの。でもそれなら別に隠す事なんてないっしょ。」
「…その…内緒で作ってお前を驚かせてやろうと思って…」
 ますます顔を赤らめるクラトス。

 ドキュ〜〜ン!(ハートの矢がゼロスの胸を射る音)

 か、かわいい〜〜!可愛いすぎる!!

 ついにゼロスの理性は吹っ飛んだ。もう我慢できないとばかりに、口を尖らせチュ〜の構えに入ると、クラトスを押し倒すべく飛び掛って行ったのだった。
 しかし何故かそこにいた筈のクラトスの姿はいつの間にか消えており、彼が抱きつきキスをしたのはソファーの上に置いたあったクッションであった。
「………」
 クッションを抱きしめたまま固まってしまうゼロス。
 と、そこへクラトスが戻ってくる。
「どうしたのだ、ぜロス?クッションなんか抱きしめて、寒いのか?暖房は丁度良い温度に設定してある筈だがな。」
「寒いというか…(心に)すきま風が吹き抜けている気分よ。」
「すきま風!?それは大変だ!!明日にでもロイドを呼んで修理してもらわねば。」
「ちが〜〜うって!!そのすきま風じゃないの!俺様が言いたいのは心の問題で、諸行無常って言うか……ああ〜〜っ、もう!この際そんな事はどうでもいいんだよ!」
 ゼロスはクッションを放り投げた。
「てか、天使様、急にどこへ消えちゃってたわけ!?折角俺様があんな事やこんな事をしてあげようと…ブツブツ…」
「いや、私はこれを取りに行っていたのだが…お前に見せてやろうと思ってな。」
 そう言ってクラトスが差し出してきたもの、それはカードであった。
「Yクッキングスクール生徒証?」
「立派なものだろう。さすがに学割はきかないが、これを持っているだけでしっかりと学ばなければという気分になってくるから不思議なものだ。それに私の場合、特別に授業料を5割引にしてもらった事でもあるし、その分誰よりも頑張らねばな。」
「5割引?…Y?…」
 だんだんと嫌な予感がしてくるゼロス。
「あのさ、ちょっと聞いてもいいかな?」
「何だ?」
「この教室って、講師は誰がやっているの?」
「ああ、その事か。それなら心配はいらない。私とは古くからの友人で信頼できる男だからな。この事は私も知らなかったのだが、なんでも彼はワンダーシェフに就いて修行した事があるそうなのだ。」
 クラトスはそう話しながら入学案内のパンフレットを持ってくると、ゼロスに見せた。そこにはニッコリと笑っている貧相な青髪の男の顔が…。

 黙ったままそれを破り捨てるゼロス。ついでに生徒証もパキリと折ってしまう。

「!!…何をするんだ!ユアンに頼んで再発行してもらわねばならんではないか!」
「そんな必要はありません!今すぐこんな学校、辞めちまいなさい!!」
「しかしそれでは…」
 困った様子のクラトス。しかしゼロスは譲るわけにはいかなかった。

 確かに天使様の手作りのおせちには十分に惹かれるものがある。
 だが、その為に大事なマイダーリンをこれ以上、あの変態の毒牙の前にさらし続けるわけにはいかないではないか!

 そこでゼロスは、クラトスを安心させるかのように優しく微笑んでみせると、こう言い切ったのであった。
「大丈夫。料理の先生なら、俺様が飛び切りの人物を紹介してあげるから。」




「で?なんでそこにあたしが出てくるんだい?」
 しいなはお茶を飲みながら不機嫌そうに言った。
 ここはご存知、ミズホの里。あれからゼロスは、クラトスをしいなの元へと連れてきたのだった。
「お前だって一応女なんだから、料理ぐらい出来るっしょ。」
「『一応』は余計なんだよ!…そりゃあ、あたしだって料理は出来るさ。でもね、あたしが言いたいのはそんな事じゃなくて、どうしてこの暮れの忙しい時に、あたしがこんなのの面倒をみなくちゃならないのかって事なんだよ!料理を教わりたければ、リーガルのトコへ連れて行きゃいいだろ。あいつは金持ちおやじだから、年末と言ったってどうせ暇だろうしさ。」
 しいなは割烹着姿のクラトスを指差し怒鳴り散らした。

「…こんなの?」
 その言葉を聞き、僅かに目を伏せるクラトス。

「リーガルだって!?冗談じゃねえ!…あのおっさんは隙あらば天使様を奪おうと目論んでいるエロおやじなんだぜ。俺様がそんなところへ大事な天使様を連れて行けると思う?それにおせち料理はこの里の発祥でしょうが。やっぱ、学ぶからには本場で学ばせたいって思うのは当然でしょ。この親心、分かってもらいたいもんだね。」
「何が親心だい!この世間知らずで唐変木な天使の御守りがしたけりゃ、あんたが一人でやりゃぁいいだろ。あたしまで巻き込まないでおくれ。」

「世間知らず?唐変木?御守り?……」
 今度は顔を伏せてしまうクラトス。

「そんな言い方はないっしょ!天使様は、あばずれのお前と違って純粋なだけなんだよ。」
「誰があばずれだいっ!?」
「お前だよ、お・ま・え!」
「なんだって〜〜!?もう一度言ってごらん!」
 今にも取っ組み合いを始めそうな二人であったが、その時、ぎしりと廊下が軋む音が聞こえてきた。ハッとして振り返ると、クラトスが部屋から出て行こうとしているところであった。

「ちょ、天使様?どうしたの?」
「そうだよ。黙って帰ろうとするなんて水臭いじゃないか。」

 クラトスはそんな二人の方へ振り返ると、
「嫌がる者に無理に教えを乞うわけにもいかぬだろう?…いや、いいのだ。しいなが嫌がるのも無理はない。何しろ私ときたら、息子に決闘を申し込めば返り討ちにあってしまうわ、ようやく封印を開放したのはいいがマナ不足でぶっ倒れ、肝心要の最終決戦に加わる事が出来なかったわで、散々愚かな行為を繰り返してきたという、世間知らずで唐変木で御守りが必要な役立たずの裏切り者なのだからな。」
 そう言って、『フッ…』と自嘲気味な笑みを浮かべるクラトス。
 それって何年前の話よ、と思いながらもゼロスはしいなに肘鉄を食らわせた。それは暗にお前の所為だと物語っており、しいなは慌てて弁解を始める。
「いや、その…なんだ…違うんだよ。別に私はあんたを扱き下ろそうと思ったわけじゃなくて…売り言葉に買い言葉ってやつ?…そら、これはいつものこのエロ神子との単なるじゃれあいなんだよ。そりゃあ、あんたを引き合いに出しちまったのは悪かったよ。でも、あんたの事を突くのがこのエロ神子には一番効くものだから、つい…。あんたを傷付ける気なんてなかったんだ。本当にごめんよ。悪かったよ。もうあんたの事を裏切り者だなんて嫌っている奴は仲間にはいないんだからさ、だからどうか気にしないでおくれよ。」
「いいのだ。無理に取り繕う必要はない。そう思われて当然なのだから、私は気にしてなどいない。」
 再び『フ…』っと笑みを浮かべるクラトス。

 これは完全に落ち込んでいるよ…十分気にしているじゃないか!

「あ〜〜、もう!分かったよ。教えりゃいいんだろ。いえ、ぜひとも教えさせて下さいませ。」
 ついにしいなは折れたのだった。



 それから少しして、しいなはクラトスと差し向かいでお茶を飲んでいた。ゼロスは『じゃ、後はヨロシクね〜』と先に帰ってしまった為、今ここにいるのはクラトスと自分だけである。
 クラトスは傍にマイ包丁セットを広げ、これで準備万端とばかりに先程からしきりにワクワクと期待を込めた視線を送って来ている。
 それを器用に避けながら、しいなは、これからどうするかを必死に考えていた。

 果たしてこの男に自分が教授する事など出来るのだろうか?

 一緒に旅をしていた頃から、少々変わった男だとは思っていた。いつも無表情で、何を考えているのか分からない。そのガードの固さといったら、面から相手の胸中を読み取る事を得意とする忍びであるしいなでさえ、彼の真意を最後まで見抜くことが出来なかった程なのである。
 そもそも自分よりはるかに長い時を生きてきたこの男の方が一枚も二枚も上手なのは当然なのであって、その心を読もうとする事自体が無理な話だったのだ。
 しかしゼロスと一緒に暮らすようになって、この男も随分と変わって来たと聞いていた。そしてそれは今日久し振りに会ってみて、しいな自身、一番に感じた事であった。周りに張り巡らされていた壁が取り払われ徐々に素が現れてきたのか、随分と人当たりが柔らかくなって来たようだ。
 とは言え良い事ばかりではないようで、噂によると彼の場合、元々変わっていたものに更に輪を掛けた変人と化してしまい、数々の奇行を繰り返しているようなのだ。それが事実である事は、この割烹着姿を見れば一目瞭然であった。
「ゼロスに言わせると、それはユアンが原因みたいなんだけどね…」
 そっと呟くしいな。
 確かにその通りかもしれないが、クラトスとて、その変人ユアンと4000年もの間付き合ってきたのである。彼自身同様の因子を持っていなければそんな長期間の関係を維持出来よう筈もない。その元々持っていたものが、世界が平和になった事により箍が外れ開花した…詰まる所、どっちもどっち、同じ穴の狢だと言う事だ。
 まあどちらにせよ、そんな事は然したる問題ではなかった。今のしいなには、この変人と化したクラトスをどのように指導していくかを考える事が最優先事項だったのである。しかも彼はここに来る前にユアンの教授を受けていたと言うのだから、全く始末に負えない。

 まずはユアンからどんな出鱈目を吹き込まれたのか知る必要があるね…。
 それを正した後に一から叩き込んでいくのが最良のやり方かもしれない。

 そう考えたしいなは紙を取り出すと、聞き取り調査を開始したのであった。
「ええと、確かあんたはここに来る前にユアンの教室に通っていたんだったね。そこでどんな事を習ってきたんだい?…いやね、おせちというのは、その家その家で様式や作り方が違うものなんだ。中には常識では考えられないような突飛なものを作る家もある。まあ、通常の料理教室ではごく普通の一般的なものを教えるだから、そんな心配は必要ないと思うし、そう願っているけれどね。でも万が一という事もあるから、ちょいと聞いておきたいんだ。」
 クラトスを傷付けぬようソフトな言い回しを駆使して、今まで習った事は普通ではない事を暗に悟らせようと努めるしいな。
 だがそんな心配は無用のようであった。クラトスは首を傾げながらこう答えたのである。
「何を教わったかと言われても、何しろまだ二回しか受講していないからな。」
「二回!?…たったの二回だけ?」
 しいなは目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。
「ああ。その内一回は説明会のようなものだったし、二回目も生徒が私一人だけだったものだから、材料代がもったいないと、講義だけだった。」
「…一人だけ?」
「そうなのだ。なんだか知らぬが、説明会に来た他の者全てが入校を断ってきたとかで…。やはり主婦は忙しいから受講する暇がなかったのだろうか。しかしそれなら最初から説明会などに来なければよかろうに。これにはユアンも相当落胆していたようだった。それはもう、傍から見ても気の毒なぐらいにな。」
「へえ〜。」
 としか、しいなには言いようがなかった。
「と言う事は、調理実習は一度もやってないと?」
「うむ、そうなるかな。料理教室なのにな。考えてみればおかしな話だ。」
「それはよかった!」
 希望の光を見出すしいな。まだ何も吹き込まれていないのならば、大いに改良の余地があるではないか。
「よかった?」
「い、いや、こっちの話だよ。それで講義というのは何をやったんだい?」
「おせち料理の由来や意味についてであった。あれはなかなか勉強になったぞ。」
「へえ〜!」
 再び驚きの声をあげるしいな。
 あのユアンの事だから、てっきり出鱈目料理を伝授して『はい、終り』というパターンだと思っていたのだが、まさかそんな講義から入るとは意外であった。意味も分からずおせちを口にしている連中が多い昨今、なかなかどうして、大したものではないか。さすが4000年間生きてきただけの事はある。しいなはユアンを見直してしまった。
「そうかい、そうかい。それじゃあ今日はその復習といこうかね。」
「何だ、料理はしないのか?」
 残念そうに傍らの包丁セットを見やるクラトス。
「やりたくても材料がないんだよ。でも勘違いしないでおくれよ。あたしはユアンみたいにケチっているわけじゃないんだからね。突然訪ねて来られたものだから準備をしていなかっただけなんだよ。」

 誰もそんな事は言ってなかろうが…。

「それじゃあ、今からテスト問題を作るからね。ちょっと待っていておくれ。フフ…一度こういうのをやってみたかったんだよね、あたし。」
 そう言って楽しげにおせち料理の品目を書き連ねていくしいな。
 するとそれを覗き込んでいたクラトスがポツリと不気味な一言を呟いたのだった。
「ほう、数の子か。これは是非、ロイドに食べさせたいものだな。」
 しいなの手がはたと止まる。
「…ロイドは数の子を食べた事がないのかい?(まあ、あの家は貧乏そうだから仕方がないのかもしれないけど…)」
「さあ、それは分からぬ。だが、これを食べると数字に強くなるのだろう?」
「はい?」
「そうユアンに教わったのだが、違うのか?名前からして如何にもそれっぽいではないか。そもそも数の子とは何なのだろうな?野菜の名前かな?」
「ええと…」
 戸惑いの表情を浮かべるしいな。
「『かっちゃん、数の子、鰊(にしん)の子』って言葉を知らないかい?数の子っていうのは鰊の卵を塩漬けにしたものなんだけどね…。それで、数の子という名前とひっかけて、子孫繁栄を願う料理とされているんだけど…。」
「ほう、そうだったのか?まさか魚の卵だったとは!ユアンの奴、勘違いしていたのだな。あとで教えてやらねば…。ええと、数の子は子孫繁栄と…。」
 しっかりとメモるクラトス。
「しかし危ういところであった。もう少しでロイドに山盛り食べさせてしまうところだった。子孫繁栄なんてものを食わせてみろ。馬鹿正直なあいつの事だ。きっとボコボコと子供を作りまくるに違いない。」

 ボコボコって…ゼロスじゃないんだから。
 一応あんたの息子なんだよ?

 しかし数の子を知らなかったとは。一体何を習ってきたのやら…。
 だんだんと不安を覚えてくるしいな。
「そ、それじゃあさ、これはなんて教えてもらったんだい?」
 しいなが指差したのは黒豆であった。一番簡単なやつだ。いくらなんでもこのぐらいは知っているだろうと踏んでの質問であった。
 ところが…
「黒豆か。これは豆粒のようにみみっちく経費削減に努めるよう、食すのだろう。今の世相を見事に反映した料理だな。」
「……これは『まめまめしく、元気に良く働けるように』って意味なんだけどね。」
「え?そうだったのか?」
「それじゃあ、これは?」
 しいなはもう半ばやけくそになっていた。
「昆布巻きか。それは柔らの道を究めるためと聞いた。」
「その心は?」
「形が柔道着に似ているだろう?」
「……」
「ところで、デンサクさんはないのか?」
「え?デンサクさん?」
 目を丸くしているしいなを横目に、書き連ねられた品目を指で追っていくクラトス。
「おお、あった、あった。これだ。」
 クラトスの指が止まったのは、『田作り』のところであった。
「これはデンサクさんという人が考案した料理なのだろう。世の中には凄い人がいたものだと感心したものだから、良く覚えている。」
「これは『た・づ・く・り』!豊作を祈願する料理で、ごまめの事だよ!!」
「ほう、デンサクさんは別名をごまめと言うのか。」
「ちが〜〜う!デンサクさんは関係ないの!!」
 ゼーゼーと肩で息をしながらクラトスを睨むしいな。
 クラトスはきょとんとした表情を浮かべている。

 道理でユアンの教室に生徒が集まらないわけだよ。こんな出鱈目を教える教室なんて誰だってお断りだろうからね。
 だがこれでこの男のレベルがよ〜く分かった。
 これは根本から叩き直す必要があるね。

「…いいかい?よくお聞き。今から正解を書いたプリントを作るから、今日はそれを持って帰りな。明日はそれのテストをするから、よ〜く勉強してくるんだよ。間違えたらその数だけ手裏剣が飛んでくると思いな!全問正解するまで何度でもやるからね!!」
 しいなのあまりの剣幕に恐れをなしたクラトスは、プリントを受け取ると這う這うの体で逃げ帰ったのだった。




 それから四日後の事。ゼロスが物凄い形相でしいなの元へ怒鳴り込んできた。
「やい、しいな!俺はお前に料理を教えろと言ったんだぜ。それなのになんで天使様はプリントを前に必死こいて勉強しているんだよ?どう考えてもこれって変っしょ。」
「仕方ないだろ。あまりに変な事ばかりを覚えこまされていたものだからさ。数字に強くなるとか、経費削減だとか、挙句の果てにデンサクさんときた。そんなのを正月料理にしてどんな意味があるって言うんだい?」
「へ?数字?経費削減?デンサクさん?…何それ?」
「数の子は数字に強くなる為、黒豆は経費削減奨励、ごまめはデンサクさんが考案したんだとさ。」
「……それってユアンが?」
「ああそうだよ。皆あいつが吹き込んだんだ。あたしとしては、そんな間違った解釈の元で料理を作ってほしくなかったからね。だってそうだろ?正月料理っていうのはただの料理じゃないんだ。この一年家族が元気に過ごせますようにって願いがたくさん籠められているんだから。で、クラトスはどうしたんだい?あと少しで全問正解出来るトコなんだけどね。」
「…寝込んじまったよ。」
「え?寝込んだ?」
 目を見開くしいな。
 ゼロスの話はこうであった。

 それは昨夜の事…。
 クラトスがしいなの家に通い始めて早三日。もうだいぶ教えてもらったに違いない。今日あたり覚えたての料理の試作品を作って待っていてくれるかもと、ゼロスはうきうきと帰宅したのであった。
「ただいま〜!!天使様の愛しのゼロスが今帰りましたよ〜!」
 満面に笑みを浮かべ玄関の戸を開くゼロス。
 ところが、いつまでたっても返事がない。今日は通常通りの帰宅時間だ。いつもならクラトスの方でも笑顔で玄関まで出迎えに来てくれる筈であった。
「おかしいな。出かけているのかな?」
 首を傾げながら居間に向かうゼロス。
 クラトスはいた。しかしその目は何故か虚ろで、数枚のプリントを前に何やらブツブツとしきりに呟いているのだ。
「て、て。天使様!?…ど、どうしたの!?」
 その尋常ならぬ様子に、ゼロスは慌てて駆け寄り肩を揺すったのだが、クラトスは全く気付く様子はなかった。それどころかゼロスの存在さえ見えていないようで、相変わらず意味不明な言葉を繰り返し続けている。
「昆布巻き喜び超ラッキー。」
「え?」
「数の子は子沢山でポッコポコ…」
「はい?」
「黒豆マメマメ、三マメマメ。合わせてマメマメ、六マメマメ……!!うああああ、手裏剣が飛んでくる〜〜!嫌だ、助けてくれ〜〜!!」
「ちょ、ちょ、天使様!?しっかりして!!」
 そしてクラトスは、そのまま目を回してしまったのだった。



「そうかい、そんな事が…。まさかそこまで根を詰めてやるとはね。やっぱり真面目な人だったんだね。」
「感心している場合か!!…てか、お前、手裏剣で天使様を脅したわけ?」
「だって、刺激があった方が覚えが早いだろう。」
「あのなあ……」
「でもちょっと薬が効きすぎたみたいだね。あたしもついムキになっちゃってさ。悪かったよ。反省している。」
「全くだぜ。大体、薬を飲ます相手が違うっしょ。」
「そうだよね…。もう暗記はいいから、次からはちゃんと料理を教えるからってクラトスに伝えておいてくれないかい。でも、今年中に来れそうかね?」
「大丈夫だと思うよ。料理好きの天使様の事だから、実習が出来るとなったら、明日にでも包丁持ってすっ飛んで来るんじゃないかな。」
「それならいいけどさ…」
 ホッとするしいな。
「で、あんたはあいつのところへ行くつもりかい?」
「当たり前っしょ。そもそもの原因はあいつなんだからね。思いっきり苦い薬を飲ませてやらなくちゃ。」
「だったらあたしも一緒に連れて行っておくれ。あいつの所為でしなくてもいい苦労を負わされたんだからさ。」
 こうしてゼロスとしいなは顔を見合すと、不気味な笑みを浮かべ、ユアンの元へと向かったのだった。




 そして大晦日の夜となった。
 今ゼロスはすっかり暗くなった道を自宅へと急いでいる。
 今日、ゼロスは国王主催の年越しパーティに呼ばれていたのだ。国王が主催と言う事でどうしても断れなかったのだが、やはりあんな欲の塊のような連中と一緒に新年を迎える事がどうしても我慢できず、そこで年明けの乾杯を前に強引に退席して来たのだった。
 それでもこうして顔を出し、かなりの時間過ごしてきたのだから、もう十分に義理は果たした筈。
 ゼロスはあんな所にいるよりも、クラトスと一緒にいたかったのだった。


「ただいま〜!」
 時刻は0時2分前。かなり急いで帰ってきたつもりだが、ギリギリの時間になってしまっていた。返事がないところを見ると、クラトスはもう寝てしまったのだろうか。
 取りあえず居間へ行ってみたがそこにも姿はなく、念の為覗いてみたキッチンで、ようやくテーブルに突っ伏すように眠っているクラトスを見付けた。その前には重箱が置いてあり、そっと開けてみると、おせち料理がきれいに詰められている。
「頑張ったんだね…」
 作り終えた満足感からか、眠っているクラトスの顔には笑顔が浮かんでいた。そんな幸せそうな顔を見詰めている内に、自然ゼロスの顔にも笑みが浮かんでくる。
 と、その時、時計が0時の鐘を打った。年が明けたのだ。
 すぐにでもおせち料理をつまんでみたい気分であった。でも…
「やっぱりこのおせちは目が覚めたら一緒に食べようね。」

 きっと美味しいだろうな。あんなに頑張ったんだもの、美味しくない筈がないよね。楽しみは取っておくに限る。

「明けましておめでとう、天使様。こんな素敵な料理を作ってくれて有難う。今俺様はとっても幸せだよ。」
 ゼロスはそう囁くと、笑顔で眠っているクラトスの額にそっとキスをしたのだった。


−スパルタ料理教室 終−