2.不器用な男


 その日ゼロスは、仕事を早く切り上げ早々に家路へとついていた。
 昨夜は嘘をついて、クラトスを一人ぼっちにさせてしまった。クラトスは、簡単には他人を信用しない。それは、四千年もの長い時を戦いの中で生きてきた彼の性とでも言おうか。だが、そんなクラトスが、事ゼロスに関しては全幅の信頼を置いている。
 だからこそ余計に辛いのだ。彼に嘘をつき続ける事が…。
 ゼロスは、今日こそはクラトスに全てを話そうと決意していた。その後、彼を国王に引き合わせ、はっきりと今回の件を断るんだ。その結果、自分の立場が悪くなろうが、そんな事は知ったことじゃない。
 今の俺があるのは皆クラトスのおかげなんだから。
 もう、クラトスがいない世界なんて考えられないのだから…。
「よっし!」
 ゼロスは、玄関の前で自分に活を入れると、思い切ってドアを開けた。
「ただいま〜!天使様!!」
 ところが、クラトスの返事はなく、しーんと静まり返っている。
「天使様?」
 いつもクラトスがいるはずの居間へと行ってみるゼロス。だが、そこにも姿は見当たらず、その代りにテーブルの上に封書が置いてあるのを見つけた。表に、クラトスの字で「ゼロスへ」と書かれている。
 震える手で便箋を取り出して読んだゼロスの顔が凍りつく。
「何よ、これ…」
 ゼロスは、手紙を握りしめ、慌てて外へと飛び出して行ったのだった。





「父さん?ここには来てないぜ。」
 ゼロスがまず駆け付けたのは、ロイドの所だった。

 来ていない?
 だが、昔の仲間といっても、クラトスにとってはさほど仲がいいというわけでもなく、逃げ込む所といったらロイドの所しか思い浮かばない。

「……お前がいけないんだろ。」
「え?」
「本当だったら、今ここでお前を絞め殺したいぐらいだよ。そんな事したら父さんが悲しむから抑えてるんだ。お前、俺と約束したよな。父さんは絶対に幸せにするって。それなのに、何で父さんを捨てたんだよ!」
「俺様は、捨ててなんて…」
「もともとお前は身分の高い貴族さまだからな。釣り合う相手を見つけて、これ幸いと乗り換えたわけだ。けど、それじゃあ父さんはどうなるんだよ。こんな事になるんならお前なんかに父さんをまかせるんじゃなかった。」
「知っていたのか、お見合いの事…」
「お前は神子で有名人だからな。世間で噂になってるよ。」
「まさか、それを天使様に?」
「言えるわけないだろ。知らせようと家まで行ったけど結局言えなかった。父さんは俺が探す。見付かってもお前には知らせない。これからは俺が面倒を見る。」
「ロイド君?」
「…だから、お前はその女性と結婚すればいい。そして幸せになれよ。父さんもそれを願って姿を消したんだろ?」
「……」
「父さんも、俺も、お前を信じていたんだ。別れるにしたってもっと別のやり方があったんじゃないのか?こんなやり方、残酷すぎるよ!」
 ロイドは、ゼロスを睨み付けるとドアをバタンと閉めて家の中に入って行ってしまった。
 ゼロスは、閉ざされた扉を前に、ただ立ち尽くしていた。




 その頃、クラトスはある町のアイテム屋でアルバイトをしていた。
 クルシスによって壊滅状態にされた町や村に住んでいた人達の中には、復興には加わらずに、新天地を求めて故郷を捨てた者もいた。そうした人達が集まって新たな町や村が数多く作られており、今クラトスがいる町もそんな中の一つであった。
 昔からある町では、仲間達に会ってしまう確率が高い。出来ればそれは避けたかった為、敢えて新しい町を選んだのだが…。
 やっとの事で得た仕事は、アイテム屋の店番だった。
 店主はアルタミラに店を持っているおばさんで、いわばここはその支店のようなものだった。
 そのおばさんが留守の間、店の番をするというもので、給金が他に比べて抜群にいい割には非常に簡単な仕事であった。その上、昼と夜に食事まで付いており、剣以外は殆ど何も出来ないクラトスにとってはまさに至れり尽くせりの仕事なのだった。
 本来なら不満などあるはずがない。いや、実際不満などなかったのだが、何故かクラトスは不機嫌であった。
 むっつりとした顔でカウンターの向こう側に座って、入口を睨みつけている。
 そこへ、五歳ぐらいの、ませた子供が小銭を持って初めてのお使いにやって来た。
「おじちゃん、グミおくれ。」
「何のグミだ。」
「え?だからグミだよ。グミも知らないの?おじさん、頭大丈夫?よくここで働いていられるね。」
「グミにも色々ある。回復の目的、程度によって使い分けるものなのだ。お前は体力を回復したいのか?それとも魔力を回復したいのか?はたまた、どの程度の回復を必要としているのだ?」
「もくてき?ていど?それって何?」
「目的とは、実現しよう、到達しようとして目指す事柄をいう。」
「?????」
「また、程度とは、高低・強弱・多少・優劣などの度合をいう。」
「そんなの分かんないよ。甘くておいしいグミが欲しいんだ。」
「グミとは皆甘くておいしいものだ。それではどれを所望しているか分からんな。そもそもお前は何故グミが欲しいのだ?怪我をしているようには見えんが。」
「うちに置いておくんだ。ママはいつもそうしてる。それがなくなったから買いにきたんだよ。おじさん、店員のくせにえばってるんじゃないよ。僕は客だぞ。ちゃんと商売しろよ。」
「だが、どのグミが欲しいのか分からぬからには売るわけにいかぬな。一度家に帰って、何のグミが欲しいのか母上に聞いてきなさい。いいか?母上だ。ママなどと胸糞悪くなる呼び方はこれからは止めなさい。」
「…うるさいよ、おじさん。僕は生まれた時からママって呼んでるんだ。なんて呼ぼうが僕の勝手でしょ。いいから早くグミ出してよ。」
「生意気なガキだな。何個欲しいのだ。」
「んと、これだけ。」
 小さな手をクラトスの前に広げて見せる子供。
「五個だな。よし…」
 クラトスは棚からグミを取り出しカウンターに置いた。
「ミラクルグミ五個だ。締めて一万五千ガルド、耳を揃えてここに出せ。」
「ママはこれしかくれなかったよ。」
 そう言って子供は、握っていた五百ガルドをカウンターにぶちまけた。
 クラトスはチラリとそのお金を見ると、
「それでは、話にならんな。帰って母上にそう伝えなさい。」
「ママはいつもこれで買ってるぞ!お前、悪徳店員だな。パパに言いつけてやるぞ。パパは偉いんだ。お前なんかすぐにクビにできるぐらい偉いんだぞ!」
「それがどうした。まだオムツも取れてないくせに、今からそのように親の権力を笠に着ているようでは碌な大人になれんぞ。お前のようなくそ生意気なガキに売る物などない。とっとと帰れ!!」
 そう言って子供に五百ガルドを返すと、もう用はないとばかりに新聞を取り出し読み始める。
「僕はオムツなんてしてないぞ。うわあ〜〜〜ん。くそおやじが僕を苛めるよぉ〜〜〜!!」
 子供は大声で泣きながら店を出て行ったのだった。




「……それで、クビになったと?」
 クラトスの話を聞いて、ユアンは呆れたように呟いた。
 クラトスは現在ユアンの所に居候していた。今回の仕事も彼の紹介によるものだったのだが…。
「あのようなガキは私は好かん。」
「そうは言ってもまだ子供だろう。お前自身一児の父親のくせによくそのような事ができたな。」
「ロイドはあんな生意気ではなかった。もっと素直で可愛かったのだ。親の躾の差だな。」
 ユアンは溜息をついた。
「お前、これでクビになったのは何度目だ?確か最初に紹介した喫茶店の仕事は三日しか持たなかったな。」
「愛想が悪いと言われたのだ。私はあれでも精一杯笑っているつもりだったのだがな。」
「大工の見習いの仕事も紹介したな。」
「あれはクビになったのではない。自分から辞めたのだ。釘打ちがうまく出来なくて自分の指に刺してしまった。これでは身が持たんと思ったのだ。」
「次はレアバードの整備工だったか?」
「あれは楽しかったな。実のところ辞めたくはなかったのだが、私が使いやすく改造してやったのが客の気に食わなかったようだ。」
「飛ぼうとしたら火を噴いたと聞いたぞ。」
「スピードを上げたいとの要望に応えるため、車体を軽くしようと部品をいくつか外したのがよくなかった。失敗は成功のもとと言うではないか。これからだったのに…」
「……だれでも命は惜しいからな。それから、町中で大立ち回りをしたのもあったよな。」
「荷物の配達の仕事だった。配達先でゼロスの悪口を言っていたのだ。我慢できずについ…」
「そう言えばさっきゼロスがお前を探しに来たぞ。」
「ゼロスが!?…それで何と答えたのだ?」
「お前に頼まれていたように、ここには来ていないと言っておいた。だが、心配して随分と探し回っているようだったぞ。いいのか?」
「……いいんだ。」
「しかしこれからどうするつもりなのだ?」
「また仕事を紹介してくれんか?子供には関わらない仕事がいいな。それと傭兵の仕事は減ってきている上にゼロスに見つかる可能性があるから別の仕事がいい。」
「別の仕事と言ってもな…お前ほど不器用な男は見た事がない。剣術以外は全く駄目ではないか。やはり、ゼロスの元に戻るか、ロイドの所に厄介になった方が良くはないのか?」
「ゼロスの所へはもう戻れないし、ロイドに世話をかけてしまうのも嫌だ。」
「しかしなあ…」
「家事なら得意だぞ。料理だってこの一年腕を磨いてきた。そうだな。人に料理とかを振る舞う仕事がいいな。何だったらレネゲードの賄いをやってもいいぞ。」
「おい、クラトス。私はお前の為を思って言っているのだ。もう一度ゼロスとよく話し合ったほうがいい。」
 クラトスは、ユアンの言葉に目を伏せた。
「…何を話し合えというのだ。あいつは無理をしてでも私と共にいようとするだろう。だが、あいつにとって私などといるよりも、貴族のお嬢さんと一緒になった方が数段いいに決まってるんだ。私はゼロスには幸せになって貰いたい。だから身を引く決心をしたんだ。頼むから、もうこの事は蒸し返さないでくれ。」

 ゼロスにとっての幸せか…。
 だが、それではお前はどうなるのだ?ゼロスと共に生きて行く為にデリス行きを止めてこの地に残ったのだろうが。
 お前はいつだってそうだ。そうやって周りに気を使ってばかりで自分の幸せを考えようとしない。
 こいつはゼロスと共にいるべきなのだ。ゼロスにとってもその方がいいはずだ。
 しかし、こいつも頑固だからな。素直に帰るとは思えんし…。

 ユアンは、必死に考えた。
 クラトスが自立を諦め、ゼロスの元へ自分から帰るように仕向ける方法はないものか。

「そうだ、クラトス。お前にピッタリの仕事があるぞ。」
「本当か!!」
「飲食店の仕事だ。子供が来る事もない。」
「それは有難い。早速紹介してくれ。」
「では、これから面接に行こう。大丈夫。お前なら一発で合格だ。」




「ユアン、ここは……」
 こうして、ユアンに連れられ喜び勇んで面接にきたクラトスだったのだが、その職場を目にした途端、絶句してしまった。
「希望通りの職場だろう?飲食店で子供が来る事もない。」
「まあ、まあ、お話通りの美人さんね。ユアンさん、いい人紹介してくれて助かるわあ。」
「ふざけるなユアン!ここはバーではないか!!」
「アルタミラの高級店だから変な客も来ないし、給料もいいぞ。」
「……帰る。」
 すぐさま逃げ出そうとしたクラトスであったが、ママさんに腕を掴まれ引き戻されてしまう。
「丁度一人、ホステスが止めてしまって困っていたのよね。」
「私は男だ!!」
「あらあ、あなたなら十分通用するわよ。かつらを被って…そうね、ドレスじゃなくて着物にすれば体型の違いも隠せるでしょう。磨けば光るものも持っているし、すぐにナンバー1になれるわよ。源氏名はクラ千代でいいかしら。」
「私は嫌だと言っている。それにここはアルタミラの高級バーだろう。リーガルが来たらどうするのだ。」
「ママが言っただろう?かつらを被って着物を着てれば誰もお前だとはわかりゃせん。」
「そうよ。どこから見ても立派な女性にしてあげるわ。」
 ママは、にっこりと笑うとホステスを呼んだ。
「サキちゃん、マコちゃん、この人をお願いね。着物を着せてお化粧してあげてちょうだい。」
「任せて、ママ。きれいに仕上げてみせるから!」
 サキとマコに両腕を掴まれ引きずられていくクラトス。
「離せ!私はこんな所で働く気はない!!」
 クラトスの叫び声は無情にも閉じられた扉の向こうへと消えて行ったのだった。

 こうしてクラトスはユアンの計略にはまり、アルタミラの高級バーでホステスとして働くことになったのである。


−つづく−