3.アルタミラ狂騒曲 前編
アルタミラの街は眠る事はない。
昼間は海や遊園地と言った、いわば家族の為の観光地であったこの場所は、夜になると大人達の歓楽の場と化して行く。様々な色のネオンで鮮やかに彩られた街の中、恋人達は愛を語り合い、仕事や我が子のお守から解放された大人達は、カジノへ、またはバーへと繰り出して行く。
そう、大人達にとっては、夜こそがアルタミラなのであった。
そして今日も今日とて、アルタミラは眠る事なく動き続けていた。
その日、いつものようにアルタミラが夜の街へと変貌し始めた頃、ユアンは一件の店の片隅でジンジャーエールの入ったグラスを傾けていた。別に彼は酒が飲めないわけではない。ただ今日の彼は、ある事情により酔っ払ってしまうわけにはいかなかったのである。
この店はユアンの馴染みの店であった。
「シンフォニア」という名のこのバーは、アルタミラにある割にはそれほど大きな店ではない。しかし、ママを始めとする数人のホステス達の隅々まで行き届いた客への対応に、高級店が数多く立ち並ぶこの街の中でもトップクラスの人気を博していた。アルタミラというお金持ちが集まる街であるが故にお高くとまった店が多い中、この「シンフォニア」のママは姉御肌のさっぱりとした下町気質の女性であった為、その珍しさが金持ち連中にうけているのかもしれない。
今、そのママは、ボチボチと客が入り始めてきた店内を笑顔を振りまきながら横切り、店の奥にある事務室へと向かっていた。途中、カウンターに座っているユアンの方をチラリと見る。その視線の意味に気付いたユアンはすぐさま立ち上がり、ママに続いて事務室へと姿を消した。
事務所へ入って来たママは、中にいた二人のホステスへ声をかけた。
「サキちゃん、マコちゃん、そろそろ時間なんだけど、どんな具合かしら?」
「ああママ、バッチシよ。」
サキの明るい返事に頷いたママは、二人の奥に立っている着物姿の女性に目をやった。その口から思わず感嘆の溜息が漏れる。
「私の着物だったからちょっと地味すぎるかと思ったのだけれど、全然そんな事なかったわね。」
「美しいではないか。」
ユアンもママの後ろでニヤニヤと眺めている。
「アップにした髪がまたいい。白いうなじが色っぽいぞ〜、ク・ラ・千・代。」
クラ千代 クラトスはユアンを睨みつけた。
「最近のかつらって便利よね。自在にスタイルを変えられるんだから。色は店にあったものから一番合いそうなのを選んだんだけど…」
「ショッキングピンクのどこが私に合うというのだっ!!」
思わず叫び声をあげるクラトス。彼は今、ショッキングピンクのかつらをつけていたのだった。
「だって、他になかったんだから仕方ないでしょ。」
「黒があったではないか!」
「黒は駄目よ。あなたの瞳の色と合わないわ。カラーコンタクトなんてここには置いてないし。」
「いいではないか。よく似合っているぞ、ク・ラ・千・代。」
「ユアン!貴様〜〜〜!!殺してやる!」
「あ〜ら駄目よ、クラ千代ちゃん。」
ユアンに殴りかかろうとした“クラ千代”の前にママが立ち塞がった。
「その声…もう少し高めの声を出してくれなくっちゃ。無理なようならあまりしゃべらないように。無口な人で通すから。」
「無口な人なら得意だろ?ク・ラ・千・代。」
茶化してくるユアンを、“クラ千代”は涙目で睨みつけた。
「それはそうと、ママ。この喉仏はどうしたらいいかしら?」
「そうか、それがあったのよね……いいわ。冷え症の人って事でマフラーでも巻いておきましょ。」
「いいねえ。和服の似合う、無口で冷え症の女か!萌えるぞ、ク・ラ・千・代。」
“クラ千代”はもう言い返す気力も失せてしまったようだった。
「さあ、行きましょうか。お客様に紹介しましょう。」
こうして、ユアンが萌える女“クラ千代”は、華々しく初デビューを迎える事となったのである。
店内は、すでに多くの客で賑わっており、ママはそんな店内を回りながら、客の一人一人にクラ千代を紹介していった。
カウンター席に戻ったユアンはジンジャーエールをチビチビと飲みながら、さりげなくその様子窺っている。
「お!?ママ、新人さんかい?」
「クラ千代ちゃんっていうの。ひいきにしてあげてね。」
ママは嫌がるクラトスを客の前に無理矢理に押しやりながら、笑顔で紹介した。客の前に引っ張り出されてしまったクラトスは仕方なく強張った笑顔を浮かべ、か細い声で自己紹介したのだった。
「クラ千代と申します。よろしく…」
それを見ていたユアンは、普段のクラトスからは想像できないその声に危うくジンジャーエールを噴き出しそうになった。
(クラトス、お前、一体どこから声を出しているのだ?)
耳を澄ませていないと聞こえないような小さな声であったが、客はえらく満足そうであった。
「いや〜、そのハスキーな声がたまらないねぇ。」
ユアンは再び噴きそうになる。
「恥ずかしがっちゃって。ウブなんだねえ。可愛い、可愛い。」
黙って俯いたままのクラトスの尻をさらりと撫でまわす客。
クラトスはそれに対してピクリと体を震わせた。その瞳が怪しい光を発し始める。
表情は全く変わっていなかった為、客は気付いていないようだったが、長年彼と付き合ってきたユアンにはその目の光が怒りの兆候である事が分かりすぎるほど分かっていた。このまま放っておくとまずい事になると思ったユアンは、すぐさま取りなしに入ろうとしたが、それより先にママが割って入ったのだった。
「ブラウンさんったら、ホント手が早いんだから。この子は新人さんなんだからあんまりからかわないで下さいな。この子に逃げられたら困るのは私なんですからね。」
「すまん、すまん。あまりにもさわり心地のよさそうな尻だったものだから、つい…。もうしないよ。」
ワッハッハッと豪快に笑う客。ママはこっそりとクラトスに耳打ちした。
「あんな事で反応しちゃ駄目よ。お客様はお金様だと思えばいいのよ。札束にお尻を撫でられたってなんとも思わないでしょ。それ以上の事は私がやらせやしないわ。そんな客は用心棒に追い出させるから安心して。はい、笑顔、笑顔。」
さすが百戦錬磨のママさん。クラトスの心の動きをちゃんと読みとっていたようだ。
クラトスはママに肩を叩かれ、仕方なく再び引き攣った笑顔を浮かべたのだった。
「でもブラウンさん、今日はお一人?珍しいわね。いつも部下の方々を連れて来て下さるのに。」
その後、ママはブラウン氏の相手を始めた。その横ではクラトスが慣れない手つきで酒をつくっている。
「いや、後から人が来る事になっている。大会社のお偉いさんなんだが私の古くからの友人でね。しばらく無沙汰していたのを、先日偶然に再会したんだ。それで今夜ここで会う約束をしたわけなんだが。」
「あら〜、どんな方かしら?楽しみだわ。」
「ママも知っていると思うよ。ほら、このアルタミラにビルを構えているレザレノのリーガル会長だよ。」
その名を聞いた途端、クラトスがかき混ぜていたグラスをひっくり返した。慌ててグラスを起こすと、ブラウンに詫びながら必死こいてテーブルを拭き始める。
「すみません、すみません…お洋服にかからなかったでしょうか?」
「失礼いたしました、ブラウンさん。何分まだ慣れていないものですから。」
ママも慌ててフォローに入る。
「ハッハッハッ。大丈夫、大丈夫。全然かかっちゃいないよ。こんな事ぐらいで青くなって震えてしまうなんて可愛いじゃないか。」
確かに彼は青くなっていた。しかしそれは酒をこぼしてしまったからではなかったのだが、そんな事をブラウン氏が知る筈もない。
クラトスは、ママの袖を引っ張り、
「あのママさん、私、別のテーブルに移った方が…」
リーガルと知り合いだと知っているママは、その方がいいと判断したようで頷きかけたのだが、地獄耳のブラウン氏はクラ千代のか細い声を聞き逃さなかった。
「何を言っているんだい、クラ千代。別のテーブルに移るなんてとんでもない。私はお前が気に入ったんだよ。……おお、そうだ。リーガルにお前を紹介してやろう。あいつは顔が広いから、いい客を連れて来てくれるかもしれんぞ。」
いいえ…紹介していただかなくても十分知り合いなんですが…
そう言いたいのを必死にこらえるクラトス。そんな彼にママが耳打ちしてきた。
「クラ千代ちゃん、こうなったら仕方ないわ。大丈夫よ。今のクラ千代ちゃんを見ても気付く事はないと思うわ。念のため、ユアンさんに近くの席に移動してもらいましょう。」
結局クラトスはこれも運命と、諦めるしかなかったのである。
それから程なくして、ブラウン氏の言葉通りにリーガルがやってきてしまった。
レザレノのリーガルと言う以上、そんな事はありえないとは分かっていたが、それでもクラトスはずっと心の中で同姓同名の別人でありますようにと祈り続けずにはいられなかった。だがその一途な願いも空しく、店員に案内されてやってきたその人物は、やはり正真正銘、あのリーガルだったのである。
「よお、よく来たなあ、リーガル。なかなかいい雰囲気の店だろう?」
リーガルはブラウンの言葉に頷きながら、店内を見回した。
久しぶりに見るリーガルは、もちろんあの囚人服はきておらず手枷もしていなかった。地味ではあるが上品で高級そうなスーツに身を包んでいる彼は、まるで別人のようであったが、その鋭く光る目は以前のままで変わってはいなかった。
「いや、貴公から店の名前を聞いた時には思い出せなかったが、確か昔、二、三度商談で来た事がある店だ。ママの事も覚えている。」
「まあ、覚えて下さっていたとは光栄ですわ。」
「一度来た店の事は忘れはせぬ。それにこの店はブラウンが言うように居心地の良い店だったからな。それよりママの方がすごいのではないか?二回ほどしか来ておらず、しかもろくに話もしなかった私の事を覚えてくれていたとは。」
「リーガルさんは有名人ですもの。このアルタミラで店をやっている以上、あなたの事を知らない者などおりませんわ。」
「フ…」
何が「フ…」だ!恰好つけおって!!
どうもあいつは好きになれん。
隣のボックス席でソファーに這いつくばるようにして身を隠しながら、ユアンは呟いた。
ユアンは二枚目が嫌いであった。クラトスも同じような雰囲気を持ってはいたが、彼の場合、三枚目の一面も持っている事に長い付き合いの中で気付いた所為か、今ではさほど気にならなくなっている。だが、リーガルとは殆どというか全く付き合いがなかった為、あの偉そうな態度が鼻について仕方がなかったのである。
もちろんリーガルに恰好をつけているつもりなど毛頭ない。それはいわば、上流社会に生まれ育った彼の、身にしみついた自然な行為であったのだが、その事さえも貧乏育ちのユアンには到底理解できない事なのであった。ユアンがリーガルを毛嫌いする理由。それは単にユアン自身がどんなに努力しても二枚目になれないという負い目からきているのだが、その事にユアンは全く気付いてはいなかった。
這いつくばったまま、ぶつぶつと文句を言い続けるユアンの後ろで、リーガル達の話は進んでいた。
「だが、この子の事は知らなかっただろう?何しろ今日入った子だからな!」
ブラウンがニヤリと笑って、クラトスの腰に手を回すとその身を引き寄せた。いきなり腰に手をやられたクラトスは一瞬身を強張らすが、目を伏せ耐えているようだ。よく耳を澄ませば、口の中で「お金様、お金様…」とお経のように唱えている声が聞こえてくる。幸いブラウンはその声には気付いていないようだった。ブラウンとて腰に手をやるつもりはなかった。本当は肩を組もうとしたのだが、背が低かった為にクラトスの肩まで届かなかったのである。
「クラ千代っていうんだ。可愛い名前だろう?俺一人のお気に入りとして大切に隠しておきたかったのだが、お前は古い友人でもあるし、特別に紹介しようと思って待っていたんだ。」
「……クラ千代?」
リーガルは鋭い目でクラトスを見詰めてきた。ギクリとして顔を伏せるクラトス。
「馬鹿!そんな目で睨みつける奴があるか!この子はシャイなんだから気を付けろ!」
「す、すまない。脅すつもりはなかったのだ。」
「クラ千代。こいつは怖い顔をしているが悪い奴ではない。恐がらなくても大丈夫だよ。」
クラトスは小さく頷くと、顔を伏せたまま前に進み出て挨拶をした。
「クラ千代と申します。どうかよろしくお願い致します。」
「ハスキーな声がまた、たまらんだろう?」
ニコニコと褒めまくっているブラウンを余所に、リーガルはしきりに首を傾げていた。
さてそれから席に着いたリーガル達であったが、盛り上がっているのは上機嫌なブラウンだけであった。とにかく彼は本日クラ千代に会えた事が嬉しくて堪らないらしく一人でしゃべりまくっている。リーガルは完全に聞き手に徹することにしたようで、ブラウンの話に時々相槌を打ちながら一言二言添えるだけで、彼から話しかける事はしなかった。
クラトスといえば、リーガルからなるべく離れた位置に腰を下ろしなるべく顔を合わせないようにしながら、ひたすら水割り作りに精を出していた。
気のせいか、先程から時々リーガルの視線を感じる。頼りとするママは、今別の客に挨拶に行っているので席をはずしている為、ここは何としても自分一人で切り抜けなければならない。自然、水割り作りに力が入る。クラトスの前にはもうすでに十杯以上の水割りが並べられており、まるで水割り作りに命をかけているようであった。
当然これだけの量をブラウンとリーガルだけで片付けられるはずもなく、近くの席のホステスや客達が、出来上がっているのをこれ幸いと、いくつか自分のテーブルへと運ぶ姿も見受けられていた。そんな中、ブラウンはクラ千代の作った酒を他の者にのませてなるものかと必死にグラスを空け続けていた。
「おい、少し飲み過ぎではないのか?支払いの事を気にしているのだったら私も、もつから大丈夫だぞ。」
心配そうに忠告するリーガルに、ブラウンはトロンとした目を向けてきた。
「この際金は問題ではない。クラ千代の作った酒は全て俺のものだ!それを黙って持って行くなど図々しいにも程がある。」
「支払いの件でしたら大丈夫です。このテーブルで飲まれたものはちゃんと付けていますから。」
見ると、クラトスの近くにメモが置いてあり、そこに「正」の字が書き並べられていた。
「……」
「見ろ。さすがクラ千代だ。ちゃんと我々の事を考えてくれているではないか!」
「そういう問題ではない!我々ももう年なのだ。飲み過ぎは体に良くないだろう!?クラ千代殿も、ちと作りすぎなのではないか?」
「クラ千代の事を悪く言うな〜〜!!」
ブラウンはいきなり立ち上がった。
驚くリーガルとクラトス。
だが、直ぐにその勢いはなくなりブラウンはしきりに首を傾げ始める。
「ん?………」
「な、なんだ。どうした?」
「すまん。トイレに行きたくなってしまった。」
そう言って股間を押さえながらヒョコヒョコと走って行ってしまった。
「全く…だから飲み過ぎだと言ったのだ。」
溜息をつくリーガル。その目がクラトスの方へと向けられる。
リーガルは、思わず顔を伏せたクラトスに静かな声で言った。
「……貴公、クラトス殿であろう?」
「え?ク、クラトスって誰ですか?」
いきなりの指摘にどぎまぎとしたクラトスは、つい地声を出してしまった。
「やはりな。一目見た時からそうではないかと思っていた。いかに姿を変えようと、クラトス親衛隊の私の目は誤魔化せんぞ。」
クラトス親衛隊って何?
「それに…」
リーガルは後ろのソファーに手を回すと、そこに這いつくばっていたユアンの髪の毛を掴んで引きずり出した。
「何故ここにユアンがいるのだ?これこそ貴公がクラトス殿である証拠ではないのか?」
別にそこにユアンがいたとて私がクラトスである証拠にはならんだろう?
そうは思ったが、もうこれ以上惚けるのは無理だと思ったクラトスは、観念して目を伏せた。
「ゼロスが心配していたぞ。何故こんな所にいるのだ?」
「ゼロスはリーガル殿の元にも行ったのか?」
「昔の仲間の所を探して回っているようだった。なあ、クラトス殿、お見合いの事なら心配せずとも……」
クラトスは耳を塞いで震え出した。
「やめろ!そんな話は聞きたくない!!」
「クラトス殿……」
とその時、ユアンがリーガルの口を塞ぐと店の隅へと引きずって行った。
「何をする!私はクラトス殿と話が…」
「今のあいつにゼロスの話は禁句だ!」
「しかし……」
「お前もクラトス親衛隊を名乗っているぐらいなら分かるだろうが。あいつだって本当はゼロスと共にいるのが一番いいと分かっているんだ。あいつには欲しいものは他人から奪い取ってでも手に入れるという意識がこれっぽちもない。そんな事をするぐらいなら自分が我慢しちまう、そんな奴なんだ。見ているこちらがいらいらするぐらいにな。だが、あいつにとってゼロスは、もうなくてはならない存在になっている。切り離してしまえば、それは同時に自分自身の心が死んでしまう事につながるのだと気付いてない。……時間が必要なんだよ。あいつがその事に気付くまで。自分からゼロスの元へ帰ろうと決意するまでにはな。」
ユアンはクラトスの方へと目をやった。
いつの間にか、一人震えていたクラトスの隣にサキとマコがやってきており、彼に何かを囁いている。クラトスは彼女達のおかげで徐々に落ち着きを取り戻してきているようだった。
「ここの店の連中は、皆、奴と同じように心に大きな傷を負ってボロボロになってしまった所をママに拾われた者ばかりなんだ。もちろんママ自身も過去に色々とあり、それを乗り越えてきた人だ。だからこそ他人の気持ちを理解する事ができ、それが客へのきめ細やかな心配りへと繋がってくるのだろう。ママ達にはクラトスの事は話してある。彼女等に任せておけば大丈夫だ。彼女達なら、きっとあいつに、今、必要なものが何なのかを気付かせてくれるだろうよ。」
リーガルは驚いて目を見開いた。
この男、今まではただ気の向くままに行動しているだけの単純バカだと思っていたのだが、実はその行動の一つ一つが深い考えに基づいたものだったのか?これは見直す必要があるかもしれんな。
「…分かった。お主の言うように、しばらくは静かに見守っていく事にしよう。」
リーガルの返答に、ユアンは満足気に頷いた。
「ところで、そのクラトス親衛隊の事なのだがな…」
リーガルは突如話題を変えてきたユアンを不思議そうに見た。
「今、何人ほどいるのだ?」
「へ?……いや、私一人だが…」
「一人!?一人では“隊”とは言わんだろう。それは単なるストーカーだろうが。」
それは私が変態だと言う意味なのか?
「一人ぼっちではいかにも寂しいな……よし、私も入隊してやろうではないか。」
「いや、これはあくまで私個人の心の親衛隊というわけで、特別、組織しようとは考えていな……」
「そうだな。ロイド達も誘ってみるか。あいつらお祭り好きだからな。きっと喜んで参加してくれるぞ。」
「いや、だから……」
一人静かにクラトスへの思いを温めて行こうと思っていたリーガルは、つい言ってしまった一言で、事態が思わぬ方向へ向かい始めてしまった事に一抹の不安を覚える。
そんなリーガルの不安を余所に、ユアンは楽しそうに名簿作りまで始めるのであった。
さて、クラ千代初デビューから数日が経ったある日の事。
「クラちゃんも大分仕事になれてきたわね。」
クラトスの化粧をしてやりながら、サキがニコニコと話して来た。
クラトスは自分では化粧がうまく出来ない為、未だにサキとマコに交替で化粧をしてもらっている。
「クラちゃんが作った水割り、評判いいわよ。これから水割りのクラちゃんって呼ぼうかしら。」
その横でマコもクスクスと笑いながら話に加わってくる。
「どう?慣れてきた所で、今夜あたり“あれ”をやってみない?」
クラトスはブルンブルンと頭を振った。途端に動いちゃ駄目よ、とサキに頭を押さえつけられ怒られてしまう。
「嫌だ!あれだけは勘弁してくれ!!」
「せっかく練習したんだから、やらない手はないでしょ。きっとウケるわよ〜。今日はリーガルさんとユアンさんがクラちゃんの為に新しいお客さんを連れて来てくれるそうだし。」
「新しい客?私の為に?」
首を傾げるクラトス。
「準備OK!!さ、行きましょうか。クラちゃん目当てのお客さんも結構いるのよ。お待たせしちゃ悪いでしょ。」
「え?あ、ああ…しかし新しい客って…?」
クラトスの問いかけに、サキとマコはクスリと笑った。
「お店に出れば分かるわよ。さあ、グズグズしてないで行きましょ。」
クラトスは、二人に引きずられるように店内へと連行されて行ったのだった。
「いよっ!待ってました、クラ千代!!」
クラトスが店に姿を現すと同時に大きな声上がった。何やら聞き覚えのある声にそちらへと顔を向けたクラトスの顔が凍りつく。
店の一角のソファーを陣取っている一団が『我らのクラ千代大明神!!』との横断幕を掲げ、ヒュ〜ヒュ〜と指笛を鳴らしている。
「ロイド!?何故お前がここに?い、い、いや…何故あなた方がここにいらっしゃるのですか?」
驚きのあまりつい地声で叫んでしまったクラトスは、慌てて声の調子を改めた。
なんとそこには、ユアンとリーガルの他に、ロイドをはじめとするシルヴァラント組、そしてしいなやプレセアまでが顔を揃えていたのである。
クラ千代の受難はまだまだ続くのであった。
−つづく−