4.アルタミラ狂騒曲 後編
明るく手を振っているロイド達を前にクラトスは混乱した頭を必死に静めた。
このような姿を息子達に見られてとてつもなく恥ずかしかったが、今はそんな事は問題ではない。いや問題ではあるが、それが一番の問題というわけではない。今一番の問題は、『誰がロイド達に私の居場所を教えたか?』なのだ。
考えられる人物と言えば…
クラトスの目がソファーの端っこに申し訳なさそうに座っているリーガルをとらえた。
その殺気さえ帯びた目に、慌てて否定の意のブロックサインを送るリーガル。店の隅の柱の陰で、なにやらノートを見ながらニヤニヤしているユアンを指し示す。
クラトスは溜め息をつくと、ユアンに近付きノートを取り上げた。
「何をするんだっ!」
「それはこっちの台詞だ!!どうやらお前が私の居場所をロイド達に言いふらしたようだな?」
「いや、言いふらしてなどいないぞ。しつこく訊かれたから仕方なく…。」
「何が仕方なくだ!あれだけの人数に知れ渡ってしまったのだ。言いふらしたのと同じだろうが!!大体、何なのだ、このノートは。人が窮地に陥っているというのに、一人ニヤニヤとしやがって!」
舌打ちをしながらノートに目を落とすクラトス。その目が見開かれる。
「……クラトス親衛隊名簿?…何だ、こりゃ…。」
「フ…。それはその名の通り、クラトスを愛し守り応援する団体だ。」
「はい?」
「最初はリーガル一人だけだったのだがな。それではあまりに寂しすぎるから、私がメンバーを集めたのだ。まずはロイド達に声をかけ、次に奴らの証言を元に、お前が旅の間接触した人物を一人一人訪ね、世界中を飛び回った。これだけ集めるのにはホント、苦労の連続。汗と涙の物語だったのだぞ。」
何が苦労だ!おまえはただお祭り好きなだけだろうが!
そう思いながらも一応律義にノートに目を通すクラトス。
成程そこにはユアンが言った通り、昔の仲間であるロイド達を始め様々な面々が並んでいる。ダイクにアルテスタ。エルフ族長にイガグリ老にタイガ。ケイトやピエトロ、ワンダーシェフにジョルジュ。ファイドラ婆さんまで名を連ねているのには驚いたが、きっとコレット経由なのであろう。
「ん?ちょっと待て。キャンディ?……これは誰だ?このような女人は知らんが?」
「何だ、忘れたのか?彼女の方ではちゃんと覚えていたというのに。」
「…その言い方……まるで私が町娘相手にやりまくっている淫乱男のようではないか!」
「そうではないのか?なにしろ行く先々で、『ああ、あの素敵な方ね』なんてハートマークが飛びかっていたし、今は今で女装までして色気ムンムン、男をたらしこんでいるし。」
「貴様…その減らず口、今ここでひん剥いて酒のつまみにしてやろうか?」
「そうしたければやってもらってもいいのだが、私の口は毒があるから食中毒になりかねん…って、馬鹿!本気で剥こうとするな!冗談だよ、ジョーク。まったく、頭の固い男だな。」
「……」
「このキャンディという女はな、たらい舟の受付嬢だよ。」
「!!そんなエキストラ、いちいち覚えていられるか!!」
「まあ、そりゃそうだわな。」
全く悪びれる様子のないユアンに、クラトスは苛々とノートをめくっていたのだが、その手が最後の方のページではたと止まった。
「……何だ、この焼け焦げや穴があいているのは?」
「ああ、それか。焼け焦げはヴォルトにイフリート、穴はアスカが開けたものだ。」
「何だと!?…お前、精霊にまで署名させたのか!?」
「当然だろう。お前と精霊とは切っても切れない仲だからな。」
「切っても切れない仲って……別に親交があったわけではないのだがな。」
「いや〜、大変だったのだぞ。しいなに呼び出してもらったまではよかったのだが、もう少しで殺されそうになったりしてな。まさに命がけの作業であった。」
殺されればよかったのに…。
「それに他の精霊と違ってこいつら三匹(?)には手が付いていないだろう?だからアスカにはくちばしで突いてもらい、ヴォルトにはビリビリ放電している所にノートをかざし焼印(?)してもらった。イフリートには手は付いているのだが、あいつの場合、ペンを持たせたら燃え尽きてしまってな。そこで飛んでくる火の粉をノートで受け止めたってわけだ。」
「そんな神業を披露している暇があったら、別の職を紹介せんかっ!!」
「何だ、また職を変わるつもりか?もったいない。今のが天職だと思うがな。」
「……」
クラトスは何も言わずにノートを真っ二つに破り捨てた。
「あっ、酷い!」
「酷いのはどっちだ!人を肴に遊びやがって!!」
一発殴ってやろうと拳を握るクラトス。
するとそこへ、
「ちょっとクラちゃん!何、そんな所で油売っているの!」
突然聞こえてきた声にギクリとして振り返ると、サキが腰に手を当て仁王立ちしており…。
「え……い、いや、別に油を売っているわけでは…」
「そうだとも。こいつは油など売っておらんぞ。こいつが売っているのは喧嘩だ。この私にな。」
胸を張ってそう言ったユアンを、今度はマコが蹴り飛ばす。
「あのね、売っているのが油だろうが喧嘩だろうが、この際どうでもいいの!せっかく指名していただいたお客様を待たせるなんて失礼でしょ!!」
二人の勢いに恐れおののくクラトス。
「指名って……別にあいつらはそんな客ではなくて…」
「つべこべ言っていないで、さあ行くわよ。あとその話し方。地声に戻っているから気を付けてね。」
「え?… あ、は、はい。」
サキとマコは後退るクラトスの腕を掴むと、問答無用とばかりにロイド達のテーブルへと連行していったのだった。
「あ〜、クラ千代が戻って来た〜!どこ行っていたんだよ。酌ぐらいしろよ〜。」
戻って来たクラトスを上機嫌なロイドが迎えた。
眉をひそめるクラトス。
彼が上機嫌なのはいつもの事だが、これは少々異常である。よく見ると目が据わっており、顔も赤い。
「お前…いや、ゴホッ…あなたは、まさか酒を飲んだのではないでしょうね。」
「だってここはそういう店だろ。俺、もう18になったんだし〜。」
「18はまだ未成年だろうがっ!……いや、未成年でしょう!!」
「いいじゃん、いいじゃん、2年ぐらい大目に見てよ。」
「……」
酔っ払っているのはロイドだけではなかった。彼の左隣ではジーニアスがボトルを抱えて居眠りしているし、その横ではコレットが立ち上がってホーリーソングを歌っており(恐らく持ち歌がそれしかないのであろう)、どうやらそれがこの連中の酔っ払い度を更に加速させているようであった。
一体引率者は何をやっているのかとリフィルの方に怒りの目を向けてみれば、彼女もまた酒の勢いで遺跡モードとなっており、「私の酌では飲めないと言うのか!」と、嫌がるリーガルに酒を強要していた。子供に注意するべき立場にある大人がこれでは話にならない。もう滅茶苦茶である。
残るプレセアとしいなはまともであったが、まるで「この連中と自分達とは赤の他人です」とでも言いたげにできるだけ距離をおいて座り、俯いていた。
この一角だけに漂う高級バーらしからぬ雰囲気に唖然とするクラトス。このまま放置してはこの店の評判を落としかねない。(何故かホステスとしての使命感に燃えている)これはもう早々にお引き取り願うしかないと考え、この狂乱の中でまともを貫いているプレセアとしいなに協力を仰ごうとした。
ところがこの二人、飲んでいるのがトマトジュースであった。これが自分に対する当て付けである事は明明白白である。「お前の所為でこんな恥ずかしい目に遭っているのだぞ」といったところであろう。しかも“私達には構わないで下さいオーラ”に包まれており、うっかり近付いたら、風刃縛封の上に斧で真っ二つにされかねない。
恨むなら私ではなくユアンを恨んでほしい…。
それならば、その悪の元凶であるユアンに責任を取らせようと思うも、これはこれで破り捨てられた名簿をセロテープで修理するのに余念がなく、また生意気にも“私を頼るなオーラ”を放っており、当てになりそうもない。
途方に暮れてしまうクラトス。
そしてそんな彼を更なる悲劇が襲う。
ロイドがとんでもない事を言い出したのである。
「そうだ、あれやってよ。」
「はい?あれとは何の事でしょう?」
「またまた惚けちゃって。サキさん達から聞いたぜ。3人で、初めてのお客さん向けの自己紹介を考えたって言うじゃん。俺、それ見たいな〜。」
「!!…あれはっ…いや、あれは初対面の方にやるべきもので、あなたがたには今更な事でしょう。」
「でも俺、クラ千代に会うのは初めてだもん。」
「……」
渋面をつくったクラトスを、サキ達がやってきて宥めた。
「まあまあ、いいじゃない。ここで練習させてもらうのだと思えば。」
「練習?あんなもの、今更練習もないだろう…いや、ないでしょう。」
「いいから、いいから。反応も見たいし。ね?」
嫌がるクラトスを無理矢理店内の中央へと連れて行くサキ達。
ちょっと待て…。こんなところでやるのか?
案の定、突然中央に現れたクラトス達にはロイド達ばかりか他の客まで注目してしまっており、これではまるで晒し者である。
しかしサキとマコは全く動じる様子もなく、戸惑っているクラトスを余所にさっさと始めてしまうのだった。
「皆さ〜ん、こんばんは〜!私達はこの店のアイドル3人組…」
「サキで〜す♪」
「マコで〜す★」
「……クラ千代です…」
「3人合わせて…」
「おサキ、マッ、クラ♪」
シーンと静まり返る店内…。
クラトスは最後のポーズをとったまま固まり青くなった。
だからやりたくなかったのだ。こんなオヤジギャグ!(そういうお前もオヤジだろう?)
だがサキは強かった。皆が引こうが何処吹く風でこう言い添えたのである。
「……な、あなたも私達の真心で癒しちゃいま〜す♪」
「うお〜〜!!」
途端に湧きあがる店内。
それと同時に、呆気にとられているクラトスの元へ数人の男どもが駆け寄ってくる。
「それじゃあ、私は早速クラ千代ちゃんに癒されちゃおうかなあ〜。」
「馬鹿!クラ千代ちゃんに癒されるのはわしだ!クラ千代ちゃんはハゲ頭が嫌いなんだとよ。」
「違〜う!クラ千代ちゃんはボクのようなインテリ風の紳士に興味があるのだ!!」
「ええと…ちょっと、あの……」
オヤジどもに囲まれ、腕を掴まれ、引っ張られ、困惑するクラトス。いつもだったら弾き飛ばしてやるところだが、客となるとそうもいかない。
するとそこへ…
「待て、待て、待て〜ぇ!」
現れたのはロイドであった。クラトスをオヤジの群れから助け出すと、背に庇う。
「クラ千代は俺のものだ。ジジイは引っ込んでろっ!!」
「いやロイド…助けてくれたのは有難いのだが、私は誰のものでもないのだが?それにオヤジからジジイに格下げ(それとも格上げか?)するのもどうかと…」
「ジジイとは何だ、このクソガキが!」
「いや…クソガキというのもあんまりでは?」
「そうだそうだ!ガキは家に帰ってミルクでも飲んでねんねしてな!!」
「ミルクって…いや、この子はこう見えてもう18で…」
「黙って聞いてりゃ、ガキ、ガキと馬鹿にしやがって。もう許さねえ。『のしいか』ならぬ『のしジジイ』にしてやるぜ!」
「フン、ちょこざいな!返り討ちにしてやるわ!!」
紳士と言えども一皮むけばただのエロジジイであった。クラ千代欲しさにロイドとの戦闘に突入して行く。
「ロイド〜、頑張って〜!」
狼と化したオヤジの群れに孤軍奮闘しているロイドを、ホーリーソングで援護するコレット。
しかし酔っ払って焦点の定まっていない彼女のそれは、ロイドだけでなく店内全ての者達を興奮の渦へと巻き込んでしまい、その結果、彼方此方で喧嘩が始まってしまった。
「ちょっとお客様、おやめ下さい。冷静に…冷静に…。」
クラトスは店内を駆けずり回り必死にこの騒ぎを治めようとするが、蚊の鳴くような声では当然の事飛び交う怒号によってかき消されてしまい…。そして客の放った肘鉄を食らうに及び、ついに彼の堪忍袋の緒はバチーンという派手な音を立ててぶち切れたのだった。
ちょうどその時、店の前に立つ3人の人物がいた。
「おお、この店だ。以前仕事で使わせてもらったのだが、落ち着いた感じの静かで実にいい店でね。」
「でもお父様。私はこういう店はあまり気が進みませんわ。」
「大丈夫だよ、リリア。ホステスが嫌ならつけないよう計らってくれるし、そういう店だから他の店と違って女性客も結構いるのだ。もしそれでも気に入らなかったら、ゼロス君と二人先に帰っても構わない。とにかくもう友人を呼んでしまっているのだ。少しだけ辛抱しておくれ。私はどうしてもお前の旦那様になる人を友人達に自慢したいのだよ。」
「もう、お父様ったら…。」
旦那様という言葉に顔を赤らめるリリア。
「分かりました。お付き合いしますわ。」
「おお、そうか!承知してくれるか!」
「でもゼロス様はご迷惑ではないのかしら?」
「え?」
突然話を振られ、ゼロスはどぎまぎしながらリリアを見た。
だがすぐに笑顔を浮かべると、
「いや、私は別に迷惑だなんて思っていませんよ。」
「さすが未来の息子殿だ。いやあ、結構、結構。」
豪快に笑いながら扉に手をやるハリス卿。
ところが、いつもは静かな筈の店内から今日に限って何故かドシンバタンと騒がしい音が聞こえてくる。
「ん?おかしいな。パーティでもやっているのだろうか?……いや、たまにあるのだよ。馴染み客の誕生パーティなんかもやってくれるものだからな。」
「まあ。そんな事までして下さるの?」
「ああ。……だとしたら縁起のいい事この上ないかもしれんな。」
再び笑顔を浮かべ今度こそ扉を押し開くハリス卿。
と、その時であった。
「いい加減にせんか ―― っ!!」
いきなり怒鳴られ、立ち竦む3人。
もちろんこれは、堪忍袋の緒を切らしたクラトスが、暴れている者たちへ放った怒号であった。
そして店内では、ここに来てようやく騒ぎに気付いたユアンが動いていた。リーガルに素早く駆け寄ると彼を立ち上がらせる。これによって皆の注目がリーガルへと注がれ、彼がクラトスの後ろにいた事もあって、先程の怒号は彼が放ったものだと皆が勘違いしてくれたのだった。
だが、それに騙されない者が一人だけいた。もちろんゼロスである。さすがと言おうか、彼は入り乱れている大勢の人の中からクラ千代を見付けると、それがクラトスである事を即座に見抜いてしまったようだった。。
その口から呟きが漏れる。
「天使…様……?」
また、天使の聴覚を持つクラトスがこの呟きに気付かない筈もなく…。
驚愕の表情を浮かべ見詰め合う二人。
次の瞬間、クラトスは踵を返すと店の奥へと逃げ込んでいた。
「あっ!」
ゼロスはすぐに後を追おうとするが、その前にロイドが立ち塞がる。
「…お前、何しに来たんだよ。」
「何しに来たって…俺様はただ偶然に…。とにかく頼むからそこをどいてくれ。天使様と話を…」
「何の話をする気だよ。別れ話か?…ほら、後ろで心配そうにこっち見てるの彼女だろ?」
ゼロスはハッとして振り返った。そこにはロイドが言うように、不安げな表情を浮かべたリリアが立っており…。
「いい気なもんだよな。婚約者連れて来て、父さんに見せ付けて…。いいのかよ?放っておいて。待ってるぞ、彼女。」
そう言って、動向を見守るかのようにゼロスをじっと見詰めるロイド。
だが彼はいつまで待っても動く様子はなく、ロイドは小さく溜め息をつくと言った。
「もういい……行けよ。」
「え?」
「彼女のところへ行けって言ってるんだよっ!そして『何でもないんだよ』って優しく声をかけて安心させてやればいい。そうしたいんだろう?お前は。だったら行けよ。早く行けったら!!」
「……」
ゼロスはしばし迷った末に、目を伏せるとリリアの元へと戻って行ったのだった。
それから数時間後、仕事を終えたクラトスは重い足取りで店を後にした。
まさかここにゼロスが現れるとは思ってもいなかった。
だが考えてみれば、ここはアルタミラ。有名人や金持ちが集まってくる場所である。当然ゼロスが現れたとて不思議はないわけで…。
目を伏せ溜め息をつくクラトス。
今日はあれから裏方の事務へと回してもらったので事なきを得たが、もしかしたらゼロスは明日も店にやってくるかもしれない。その時自分は、果たして取り乱す事なく他の客と同じように彼と接する事ができるだろうか?
「もう来ないでほしい…。」
だがそう思う一方で、また来てくれる事を願っている自分もいる事に気付き、激しく頭を振る。
なんて女々しいのだ、自分は!
きっぱりと諦めた筈なのに…。
二度と合わないと誓った筈なのに…。
心の奥に残っているゼロスの面影を振い落とすかのように、乱暴に歩き出すクラトス。その足がふと止まった。
前方の橋の上に見覚えのある一人の女性が立っている。リリアであった。
「あ…」
誰か待っているのであろうか?
!!…もしかしてゼロスか?
慌てて反対の方向へ逃げ出そうとするクラトス。
だが彼女の待ち人はゼロスではなく、クラトス本人であった。
リリアはクラトスに気付くと会釈をしてみせ、ゆっくりとこちらに歩み寄ってきたのだ。
「こんばんは、初めまして。私、リリア・ハリスと申します。」
「え?……あ…ええと…」
突然の事に、思わず口籠ってしまうクラトス。
もちろん今の彼はかつらを取っているし化粧も落としている。服装だって着物ではなく、いつもの紫紺の服に戻っており、クラ千代だった気配は全く残していない。それなのに彼女は彼がクラ千代であると確信しているようだった。
リリアはクラトスをまっすぐに見詰めると言った。
「あなただったのですね。」
「え?」
「私、以前から薄々気付いておりました。ゼロス様には他に想う方がいるのだと…。それがあなただったのですね。」
「な、何を言って…。確かに私はゼロスと知り合いだが、そんな関係では…。第一、私は男だ。」
「ええ。だからゼロス様も私にはっきりと言う事ができなかったのでしょう。」
「……」
「…分かっています。私はあなた方の間に割り込んできた邪魔者なのだと。でも……でも、私は!」
そこで言葉を切り、俯いてしまうリリア。
よく見れば両肩を微かに震わせており、そこからは彼女がこうして会いにくるにあたり、どれだけの勇気を振り絞ったかが窺われ、クラトスは言葉を失った。
しばらくしてようやく決心を固めたのか、リリアは再び顔を上げると話を続けた。
「……初めてなんです。こんなふうに心の底から愛せる人に出会ったのは。これからもずっと一緒にいたい。二人で幸せを築いていきたい。だから…だから…私は引きません。たとえ邪魔者だと分かっていても、掴みかけたこの幸せを手放したくない。……酷い事を言っていると思います。なんて我儘なのだろうと自分でも思います。でもどうしようもない…この気持ち、どうしても抑える事ができないのです。」
「……」
「お願いです。もうあの方の前に現れないで!私からあの方を取り上げないで下さい。お願いです…お願いです…」
両目に涙を溜めながら必死に頭を下げ続けるリリアを、複雑な表情で見詰めるクラトス。
「…………幸せだな。」
「え?」
「フッ、ゼロスの事だよ。あいつは幸せなやつだ。あなたのような人にこんなにも想ってもらえて。」
「!?…それは…」
クラトスは笑顔を浮かべリリアを見た。
「あなたは何か勘違いしている。私にとってゼロスは弟のようなものなのだ。……私はあいつの幸せを願っている。それなのにあなたから取り上げたりするわけないだろう?」
「……」
「さあ、もう夜も遅い。ご両親も心配するだろうから早く帰りなさい。申し訳ないのだが送って行く事はできない。大丈夫かね?」
「え、ええ。向こうに馬車を待たせてありますので。」
「そうか。ならばそこまで気を付けて行きなさい。……ゼロスとお幸せにな。」
「……あの…」
「ん?どうしたのだ?」
「…いえ、何でもありません。夜分にお引き止めして申し訳ありませんでした。それでは失礼致します。」
深々と頭を下げ、走り去って行くリリア。
その姿が橋の向こうへ消えるまで見送ると、クラトスは疲れたように近くの塀に寄り掛かった。
「素敵な女性だな。素直で、どこまでも真っ直ぐで…。」
彼女の愛は本物だ。
本気でゼロスを愛し、その想いを正直に私にぶつけてきた。
それに比べて私は…私は…
「とんだ大嘘吐きだ!!」
星空に向かって叫ぶクラトス。
その頬に一筋の涙が伝う。
でも仕方がないではないか。
あんなふうに必死に訴えてくる彼女に向かって、どうして本当の事が言える?
“私こそあなたよりもずっと前からゼロスを愛していた。だからゼロスは私のものだ。横取りしないでくれ。”
そんな事、言えるわけがない。
彼女と私、どちらがあいつを幸せにできるかなんて、火を見るより明らかなのだから。
邪魔者は彼女じゃない。この私の方なのだ。
「だから消えるのは私の方でいい…。」
その呟きは星空へと吸い込まれて行き、クラトスはその行く先を見届けるかのようにじっと空を見詰めたままいつまでもその場に立ち尽くしていた。
−つづく−