かちかち山
商店街を歩いていたクラトスは骨董屋の前で呼び止められた。
「ちょいとお客さん、掘り出し物があるんですが寄っていきませんかい?」
振り返れば、にやけた男が揉み手をしながらこちらを見詰めている。はっきり言ってクラトスが一番嫌うタイプの男であった。
「骨董屋などに用はない。」
当然の事、眉を顰め立ち去ろうとしたクラトスであったが…
「そんな事言わずに。若奥さんにぴったりの品物なんですよ。」
その一言で足がピタリと止まる。
「若奥さん?」
再び振り返ったクラトスの顔は相変わらずの無表情であったが、よく見ると目のきつさが消えている。心なしか顔も赤らめているようだ。
これは脈ありと、骨董屋は怒涛の攻めへと入る。
「おや、違いましたんかい?…フリルの付いた真っ白な割烹着に、今時珍しい買い物籠。その粋な格好から、どう見ても若奥さんとしか思えなかったんですがねぇ。」
「粋?」
「その上、飛び切りの別嬪さんと来てる。いや〜、ご主人が羨ましいね〜。」
「そ、そうだろうか?…い、いや、そんなに褒められると照れるな。」
今度は口元に僅かばかりの笑みが浮かんで来たのを見た骨董屋。
(よしよし、土俵際まで追い込んだぞ。あと一押しだ。)
そして止めの突きを放ったのであった。
「そんな奥さんにこの品が加わりゃぁ、更にラブラブ生活間違いなしの太鼓判だ〜。どうですかい?特別にお安くしておきますぜ。」
この一言でついにクラトスは土俵から転げ落ちたのだった。
「よ〜し、買った!」
気が付くと、がま口を取り出しそう叫んでいたのである。
翌日朝食の席で、ゼロスは見慣れぬものがテーブルの隅に置かれているのに気付き首を傾げた。
「天使様…これは何?」
「ああそれか。それは『火打ち石』というものだそうだ。」
「火打ち石?」
火打ち石っていえば、時代劇とかでよく見るあれだよね…。
でも何故そんなものが家にあるんだ?
ゼロスはますます首を捻ってしまう。
するとその疑問に答えるかのようにクラトスが言った。
「昨日骨董屋で手に入れてきたのだ。出掛けにこれで打ちかけると身が清められると聞いて、ぜひお前にもやってやりたいと思い探し続けていたのだが、ようやく見付ける事が出来てな。」
「わざわざ探してくれたの?俺様の為に?……」
クラトスの心遣いに感動を覚えるゼロス。
だが、クラトスが言った事は半分以上が出任せであった。
実は彼はあの骨董屋で目にするまで、火打ち石のひの字も知らなかったのだ。無論、切り火(※)の事など知っていようはずもない。それは昨日骨董屋から聞いて初めて得た、知りたてほやほやのまだ湯気が立っているような知識だったのである。
だがクラトスは、自分が骨董屋の煽てに乗って必要のない物を買ってしまった事をゼロスにだけは知られたくなかった。そんな事が知れたら何を言われるか分からないし、何より主夫としてのプライドが許さなかったのだ。
それに、お前の為に、と言えばゼロスが上機嫌になるのは分かっていたし、尚且つ自分の失態が隠せるのならば、これこそ一挙両得というものではないか。嘘を吐くのは嫌いであったが、家庭内の安泰に努めるのも主夫の大事な仕事である。無理に真相を暴露する必要もないだろう。
ゼロスと暮らし始めて数年。クラトスはすっかりゼロス操縦法を掴んでいたのであった。
一方ゼロスは、そんなクラトスの思惑など知る由もなく、例のごとく一人妄想の世界へ旅立っていた。
(以下、あまりにくだらないので薄字となっております。読まなくても然したる影響はありませんので、すっ飛ばしちゃって下さい。)
ゼ「さあ天使様、ハードボイルドな夜がやってきたぜ。あんな事やこんな事、いっぱい、いっぱい、やっちゃおうよ〜。」
ク「待て、ゼロス。その前にこれで身を清めよう。なにしろ大人の男と女(?)の愛の儀式なのだから。」
クラトス、火打ち石をカチカチとする。
ゼ「嗚呼、天使様〜、そんなトコにやっちゃいや〜ん。俺様、ビリビリと感じちゃうよ〜ん。もう我慢できない。ゼロス、いきま〜す!」
(朝っぱらから何を妄想しているんだ、こいつは…)
「ゼロス、ゼロス!」
クラトスの呼ぶ声にハッと我に返るゼロス。
「どうしたのだ?早く出かけないと遅刻してしまうぞ。」
「あ…そ、そうだね。(くっそ〜、今いいトコだったのに。)」
ゼロスは渋々と席を立った。
(ま、いいか。続きは今夜やればいいわけだし。ムフフ…)
「で、天使様。今朝から早速、それをカチカチとやってくれちゃうわけ?」
「え?…あ、ああそうだな。折角買ってきたのだ。150ガルドだったとはいえ、金を払ったのだから使わなくてはもったいないものな。」
「150ガルド?馬鹿に安かったんだね。」
「フ…。私は買い物上手の主夫だからな。」
「ああ、そうだったね〜。天使様、さっすが〜!」
「「ハハハハハ…」」
なんて話をしながら玄関へ向かう二人。
しかし今の時代、普通の人が火打ち石なんて使う事など滅多になく、従ってどう考えてもそんな貴重な品が150ガルドなんて安値で買える筈がないのである。
普段の二人であったなら、当然その安すぎる値段に疑問を抱き、この火打ち石が曰く付きの品である事を即座に見抜いていたに違いない。しかし、今のゼロスはすっかり舞い上がってしまっていたし、クラトスに至っては火打ち石の存在すら知らなかったわけで、二人とも全く疑問を抱かなかったのであった。
「さあて、じゃあ、お願いしちゃおうかな〜。」
玄関に立ち、うきうきとクラトスに背を向けるゼロス。
「そ、そうだな。」
クラトスは緊張の面持ちで火打ち石を構えた。
大丈夫だ。骨董屋の説明は漏らさずメモに取り何度も読み返したし、昨夜は時代劇のビデオを見て、実際どのように使うかを徹夜で勉強した。
そう自分に言い聞かせながらも、ついつい手が震えてしまうクラトス。
だが、幸いと言おうか、不幸と言おうか、、ゼロスはこちらに背を向けている為にそんな様子に気付く事はなかった。
「フフ〜ン。なんか、火消しの頭になった気分だね〜。『お前さん、気を付けて行っといで〜』なぁんて感じ?いいねえ、いいねえ。」
「よ、よし…では行くぞ、ゼロス。」
「はいは〜い、カチカチしちゃって〜♪」
カチッ!カチッ!
ボオオオオ〜〜〜!
「えっ?何?何?あちっ、あちっ、あち〜〜〜!!」
「なっ!?火打ち石とはこんなにも火の付きがいいものだったのか?め組の頭はよく燃えなかったな…。まあ、火消しの家が火事になったなんて洒落にならんがな。」
「ちょ、何落ち着いてんの!そんな事はどうでもいいから早く消して!消してったら〜!熱いっしょ!」
「す、すまん。今魔術で…って、私は水系魔法は使えなかったんだ…ええと、ど、どうしよう…そ、そうだ。バ、バケツだ。バケツに水を…」
「なんでもいいから早くして〜〜〜!!」
結局ゼロスは病院送りとなった。クラトスと暮らし始めてから、一体何度目の入院になるだろう。しかしそんな嘆きも、クラトスが毎日見舞いに来てくれる為、すぐに吹っ飛んでしまったゼロスであった。
そしてこれはあとで知った事だが、どうやら例の火打ち石はあまりに火の付きがよすぎて、過去に何度も事故を起こしたものであったらしい。それが回り回って骨董屋の下へやって来てしまった。当然、そんな曰く付きのものが売れる筈もなく、それで処分に困った骨董屋が、たまたま通りかかったクラトスに押し付けたのだった。
こうしてゼロスの『火打ち石、愛の劇場』は悲惨な結末で幕を閉じたのであった。
もちろん骨董屋は、クラトスによってボコボコにされた事は言うまでもない。
−かちかち山 終−