選挙
「へ?選挙に出馬する?」
ゼロスはクラトスの言葉に目を丸くした。
「えっ?えっ?嘘でしょ?」
「嘘ではない。町会の人に出てみたらどうかと勧められてな。なんでも現会長が今月一杯で引退するとのことで、後継者を探しているそうなのだ。」
「町会?…ああ、選挙ってもしかして町会長の?」
「ああ、そうだ。」
ホッと胸をなで下ろすゼロス。
な〜んだ、町会長ね…。
ああ、びっくらこいた。選挙に出馬なんて言うから、俺はまた国政に打って出るのかと思っちまったぜ。
「…あれ?でも天使様って町内にあまり知り合いなんていないよね?それなのになんで推薦なんて受けるわけ?」
「いやなに、以前ゴミ当番をやったことがあっただろう?あれでファンができてしまってな。」
「ファン!?……ああ、そう…。」
あの時はあまりの騒ぎに『頼むから今後当番をやるのは止めてくれ』なんて懇願してきたくせに、どうもこの町内の人達の心理は分からない。
しかしまあ、本人もやる気になっているようだし、町会長選程度なら選挙の規模もたいしたことはないだろう。万一(?)当選して主夫業との両立が難しくなったとしても、またメイドを雇えば済むことだ。ここは一つ身内として応援してやるべきだろう
―― なんて思っていたのだが…。
ピンポ〜〜ン!
「お!ロイド達が来たようだな。」
「へ?ロイド君達にはもう知らせたの?」
「ああ。選挙には運動員が必要だからな。」
「えっ、運動員!?」
たかが2丁目町会会長選に何故運動員が?
呆気にとられているゼロスを尻目に玄関へと向かうクラトス。
程なくしてガヤガヤとロイド達が入って来た。
ロイドにコレットがくっついてきているのは頷ける。あの二人は言わばクラトスのシンパであり、この家にもちょくちょく顔を出しているからだ。
しかし…
「…なんでユアンまでいるわけ?」
「フッ、私はクラトスの選挙参謀だからな。」
「なんでたかが町会長選に選挙参謀や運動員が必要なんだよっ!!」
「今『たかが』と言ったか?…フッ、甘いな神子よ。何故ならこの選挙、対抗馬にリーガルが出馬するからだ!」
「リーガル!?…ちょっと待ってよ。なんでそこでおっさんが出てくるの?この町内に住んでいるわけじゃないし、関係ないっしょ。」
「そう思うだろう?ところがどっこい、奴はこの町内に別宅を持っているのだ。」
「別宅?…もしかしておっさん、お妾さんを囲っているとか?」
「いや。残念ながらそうではない。(←何が残念なのか?)一人静かに仕事がしたい時などに使用しているようだ。」
「だからって今まで役員をしていたわけでもないし、町内の行事にも全く参加してなかった人がどうして突然に……それって変でしょ。」
まだ納得できない様子のゼロス。
するとロイドとコレットが、
「それはさ、きっとあれじゃないか?ほら、あいつ『レザレノ会長』って称号持っているじゃん。だからさ、世界中の『会長』と名の付く物は全て我が物にって考えているんだよ。」
「そうそう。きっと世界征服を企んでいるんだよ〜。悪人だね〜。」
「ちょっとあんたらテレビの見過ぎ…。」
「だってさ。そうとしか考えられないじゃんか。なあ?」
「うん、そだよ〜。悪人!悪人〜♪」
「あんたらねえ……」
そこへユアンがその場を取り成すかのように再び口を挟んできた。
「まあまあ…。とにかくだ。征服しようとしているかどうかはさて置き、奴はレザレノ会長として知名度が高い。とかく一般大衆というものは有名人に弱いものだ。票集めには苦労せんだろうし、当然推す者も出てくるだろう。手強い相手であることは確かだ。」
「まあそりゃね…。」
「クラトスもゴミ当番を通じて人気が出てきたとは言え、まだまだ奴には及ばんだろう。そこで私の出番というわけだ。」
だからそれが一番分からないんですけど…。
なんであんたの出番なんですか?
あんたはただお祭り騒ぎが好きなだけだろうと、ゼロスはジロリとユアンを睨みつけたのだが、ユアンは何処吹く風で…。
「なにしろ奴の家は裕福だからな。運動員の数もこっちの倍以上いるし、金に飽かして選挙カーやポスターまで作っている。それに太刀打ちするのは並大抵のことではない。」
「選挙カーにポスター!?」
ゼロスは思わず素っ頓狂な声を出した。
「嘘でしょ?まさか町会長選程度でそこまで…」
「それが本当なんだよ〜。」
と、コレット。
「選挙カーは最新式のピッカピッカだし、ポスターだって如何にも修正しましたっていうような笑顔の写真をでっかくバ〜ンて。その横に『手枷のない安全で自由な町づくり!』なんて書いちゃって町中に貼りだしちゃっているんだよ〜。今まで自分が手枷していたっていうのに笑っちゃうよね〜。一番の危険人物はあの人自身じゃない。」
何がおっさんをそうまでさせるのか?
て言うか、コレットちゃん…今日の君は何故にそんなに毒舌なわけ?
「でもさ、裕福さならこっちだって負けてねえっつ〜の。な?そうだろゼロス。」
「えっ?……あ、ああ、まあ…。」
ロイドに肩をポンと叩かれどぎまぎするゼロス。
確かに金ならある。リーガル程の財力はないにしても、選挙カーやポスターを用意するぐらいなら軽いものだ。でも正直、こんなくだらない闘争に巻き込まれたくはなかった。
断ろうと口を開きかけるが、ロイドの期待に満ちた目に何も言えなくなってしまう。
まいったな…。俺様、弱いんだよね〜。ロイド君の真っ直ぐな瞳。
どうしたものかと思案するゼロス。
すると今まで黙っていたクラトスがこう言ったのだった。
「いやロイド、そこまでしてもらってはゼロスに悪い。これは私自身の戦いなのだから。」
ゼロスは感動した。(←何に?)
先の迷いなど木っ端微塵に吹っ飛んでしまい、たとえ火の中水の中。喜んで心中しよう(←すでに負けると決めつけている) ―― なんて思ったりしたのだが、そこへ…
「クラトス。お前の気持ちはよ〜く分かっている。そうだよな、神子といっても平和となった今では、ただのしがないサラリーマンだ。金を出させるのは忍びなかろう。」
ユアンであった。
途端に気分を害するゼロス。
しがないサラリーマンで悪うござんしたね!
「だが心配するな。神子に金を出してもらう必要はない。その為に私が来たのだ。貧乏人には貧乏人の戦い方がある。敵が財力で押してくるなら、こちらはエコを全面に押し出し対抗する。資源不足が叫ばれている昨今、必ずや民衆はこちらの側についてくれるだろう。ちなみにこれは私が作った手作りポスターだ。写真なんかと違って温かみがあるだろう?」
そう言ってユアンが懐から取り出してきた絵を覗き込む三人。

ゼロスは目を丸くした。
「これ……誰?何かの事件の指名手配書?」
「何を言っているのだ、神子。ちゃんと『クラトス・アウリオン』と書いてあるだろうが。」
「う、嘘だ!こんなの父さんじゃないっ!!」
ロイドが今にも泣き出しそうに叫べば、コレットも、
「そだよ〜。これはどう見てもゲゲゲの鬼太郎だよね〜。」
クラトスと言えば、何も言わずにさめざめと涙を流している。
「ちょっとお前達!写実主義の画家を志したこともある私に対して、それはあまりに失礼な態度ではないか!この絵のどこが気に食わんと言うのだ!!」
「画家を志した?しかも写実主義の?……嘘でしょ?」
「嘘ではない!!私の描いた絵はいつだって評判がよかったのだ。お前達だってトリエットに貼られていたロイドの手配書を見ただろう?フ…何を隠そう、あれも私の作品なのだ。」
あれはあんたの仕業だったのかっ!!
「フフフ、あの時は部下に天才だと誉め称えられ大変だったな〜。さて、諸君。これで私の才能が分かっただろう?…さあ、手分けしてこれを貼りだしに行こうではないか。」
ユアンはニッコリと笑うと、絵をコピーした束を取り出したのだが…。
「「「「却下!!」」」」
声を揃えてそれを押し戻す四人。
ユアンはムッとした表情を浮かべ文句を言おうとしたが、四人に睨まれ無抵抗のまま撃沈。残念そうに束を再びポケットにしまった。
それからしばらくの間微妙な沈黙が続いていたのだが、それを破ったのはユアンであった。
彼は咳払いを一つすると、
「まあ、何だ…どうしてもこの絵が気に入らないと言うのなら仕方がない。これはまた描き直すとしてだ。気を取り直してこれから街頭演説に行こうではないか。」
「街頭演説?」
かったるそうにユアンを見るゼロス。
「うむ。メルトキオの広場でな。今日の5時から使えるよう確保しておいたのだ。」
「メルトキオ?だってあそこはうちの町内じゃないっしょ。」
「フッ、甘いな、神子。確かにあそこは2丁目ではない。しかし、ここに住んでいる大半の者があそこで働いているし、主婦も買い物で訪れることが多い。絶好の場所なのだよ。」
「はあ。成程ね…。」
「演説の方も、マニュシストが作ってあるからこれを元にやればバッチシよ。」
「……それを言うならマニフェストでしょ。」
「えっ?…あ…そ、そうだったか?まあ、細かいことは気にするな。とにかく出掛けるぞ。選挙カーもちゃんと用意してあるのだ。」
なんだか頼りないなと思いながら、後に続いて行く一同。
外へ出ると、ユアンは振り返り言った。
「ジャ〜〜ン!これがその選挙カーだ!」
それを見たクラトスの目が見開かれる。
「これに…乗れと?」
「何だ、その嫌そうな顔は。CO2を全く出さないエコカーで、しかも三輪駆動だぞ。」
「何が三輪駆動だ!これはただの三輪車ではないか!!」
「いいから乗れ!選挙参謀の言うことが聞けんのか!」
「分かったよ。乗ればいいのだろう、乗れば…。今乗るからそんな怖い顔で睨むな。」
渋々と三輪車にまたがるクラトス。なんとも珍妙な姿である。
と、その時だった。向こうの方から子供の泣き声が聞こえてきた。
「ママ〜、あのおじちゃんが僕の三輪車を〜〜!!」
強奪したのか!?
舌打ちするユアン。
「チッ、煩いガキだな。ちょっと拝借しただけではないか。」
「「「「返してきなさいっ!!」」」」
結局、母親に平謝りに謝ると三輪車を子供に返し、一行は徒歩でメルトキオに向かうこととなった。
これで確実に一票失ったな、と項垂れながら歩く四人。ところが元凶である当のユアンは度重なる失敗にも全く堪えていないようで、口笛を吹き吹き歩いている。ふと気が付けば、恐らくちんどん屋と間違われたのであろう、子供達がキャッキャッと騒ぎながら付いてきており、それが四人の心を一層暗くさせた。
さて、そんなこんなでようやく現場に着いた一行。
「はて?レネゲード隊員達に準備をしておくよう言っておいたのだが……おお、いたいた。お〜〜い!」
「あ、ユアン様、お待ちしておりました。準備は出来ております。さあ、こちらへ…」
案内の者に付いて行くと、そこにはマイクが1本置いてあり、レネゲード隊員の一人が『ユアン様の為ならエ〜ンヤコ〜ラ♪』と歌いながら発電機を回している。
「ビールケースも用意してくれたか?」
「はっ、ただいまお持ちいたします。」
走り去って行く隊員。
「ビールケース?」
「知らんのか、クラトス。選挙と言えばビールケース。その上で演説するのが今の流行なのだ。聴衆により近い位置に立って演説することで心をつかむ…これぞ選挙の王道。」
「そうなのか?」
「そうなんだよ。」
程なくして隊員が戻って来る。
「あいにくとプラスチック製のものが手に入らなくて、段ボールなんですが…。」
「ん?まあいいだろう。」
「おい、これに乗るのか?なんだかつぶれそうだな。」
「つぶれるだと!?」
途端に目を剥き大声を出すユアン。
「な、な、何だ?いきなり大声を出すな。驚くではないか。」
「いかんぞ、クラトス。『つぶれる』なんて縁起でもない。そんな不吉な言葉は二度と口にしてはいかん!選挙では禁句だ。」
「えっ?…あ、ああ、分かった…。」
「よろしい。では始めるか。司会は私がやるから、ロイド達三人は聴衆の整理に当たってくれ。」
「聴衆なんかいねえじゃん。」
「これから集まるんだよ!ほれ、行った行った!」
追い払われるように広場の真ん中へと向かう三人。
「チェッ、ユアンの奴威張っちゃって何様だよ。」
「まあまあロイド君、抑えて抑えて。一応選挙参謀なんだからさ、我慢しましょ。」
「ねえ、ところでさ〜、今日ってお祭りだったけ?なんか屋台が出ているよ。」
「え?」
コレットに言われて見回してみれば、成程、広場にはたくさんの屋台が並んでいる。
「いや今日は普通の日の筈だけど…。」
よく見れば屋台やっているのは皆知った顔ばかり。
「あいつらレネゲード隊員じゃねえか。してみると、あれもユアンの指示か?客寄せの為に…。」
全くよくやるよと肩をすくめるゼロス。
するとそこへユアンの声が聞こえてきた。
「あ〜、あ〜、ただいまマイクのテスト中…よし、いいな。……え〜、本日はお日柄もよろしく〜、皆様も気持ちよくお過ごしのことかと思います〜。」
何がお日柄だ!結婚式じゃないんだから…。
「え〜、そんな中まことに恐縮ではありますが〜、これから2丁目町会会長選候補クラトス・アウリオンの独演会(?)を始めますので、ちょっとだけお耳を拝借願います〜。」
わけの分からん司会だ…。
「ではクラトス・アウリオン先生、どうぞ〜!」
クラトス登場。
「うわ〜。なんかロボットみたいな歩き方だね〜。」
「父さん、相当緊張しているな…。」
カクカクと歩きながらユアンが立っている所までやってきたクラトス。マイクを受け取ると、置いてあった段ボール製のビールケースの上に乗った。
と、その途端、
ズボッ!!
「大変!底が抜けて落ちちゃったよ〜!!……あ、でもさ〜、あれで聴衆と同じ目線に立てたじゃん。よかったね〜。」
「あのね、コレットちゃん…そういう問題じゃないから…。」
そこへすかさずユアンの怒声が飛んできた。
「そこのアホ面少女!『落ちた』言うな〜〜!!」
「アホ面だって。ひっど〜い!」
頬をプーとふくらませ怒るコレット。
一方クラトスは、ただちに代わりの木箱が用意され(そんなのがあるのなら最初からそっちを出せ!)、どうにかこうにか演説を始めることが出来たようだった。
とは言えあの緊張ぶり。一体どうなることかと心配したのだが、そこはさすが元四大天使である。話している内に徐々に落ち着きを取り戻していっているようだった。
「よかった。父さん、どうやら大丈夫そうだな。……って、あれ?なんだか急にトイレに行きたくなっちまった。」
「きっと安心したからじゃない?それになんだか今日は冷えるしね。確かあっちに公衆トイレがあった筈だよ〜。」
「そうか?じゃあ俺ちょっと行ってくるわ。」
「私はその間に屋台で何か温まるもの買ってくるね〜。」
「おう。サンキュ。それじゃあゼロス、悪いけど…。すぐに戻るからさ、」
「はいはい、行ってらっしゃい。」
二人を笑顔で見送りクラトスに視線を戻すゼロス。
クラトスは最初の緊張はどこへやら、もうすっかり自分のペースを取り戻しており、マイク片手に熱弁を振るっている。
ゼロスはクスッと笑うと、
「なんか自分の演説に酔っちゃっているみたいだね。よくカラオケで一度マイクを持ったが最後、絶対に離さないタイプがいるけど、きっと天使様もその口だね。」
しばらくしてロイドが戻って来た。
「いや〜、もう少しで漏れちまうところだったぜ。あれ?コレットはまだなのか?」
「まだ戻って来ていない。きっと屋台が混んでいるんしょ。……あっ、噂をすればで戻って来たみたいよ。」
その言葉通り、コレットがおでんの器を持ってこちらに走って来るのが見える。
「お待たせ〜。おでん三人前、運ぶの大変だから一つの器にいれてもらっちゃった〜。」
そう叫びながら、大きな器を抱え手を振り振り走って来るコレット。
ところが…。
「キャッ!」
「!!大丈夫か、コレット!」
「エヘッ、こけちゃった〜。うん、私は大丈夫。でもせっかくのおでんが…」
「おでんなんてまた買えばいい。コレットが無事ならそれでいいんだ。」
「有難う!ロイド!!」
手を握り見詰め合う二人…。
ちょっと君達…。そういうことは他でやってくれませんか?
俺様もここにいるんですけど。
ゼロスは居心地が悪そうに目を逸らした。
そんな三人の様子を遠くから眺めていたユアン。気持ちよく演説しているクラトスからマイクを奪い取ると叫んだ。
「そこのお笑い三人組!『もれる』『こける』言うな〜〜!!」
これにはさすがにゼロスもカチンときた。すかさず怒鳴り返す。
「黙って聞いてりゃ、お笑い三人組だと!?ドジっ子大魔王のお前にそこまで言われる筋合いはないわっ!!」
これに勢いを得たコレットとロイドも叫ぶ。
「そだよ〜。そんなにあれもこれも駄目だって言われたら、何も話せなくなっちゃうよ〜!」
「そうだそうだ!選挙サンボウだかマンボウだか知らないが威張るんじゃねえっ!」
対するユアンも負けじと怒鳴り返す。
「煩いぞ!さっきから禁句を連発しているお前達の方が悪いのではないか。それを棚に上げて言いたい放題…。このアホンダラ!これ以上邪魔をするんじゃないっ!!」
くそっ!私がこんなにも一生懸命に頑張っているというのに、あいつらは…。
私の我慢ももう限界だ。
邪魔者は排除あるのみと、魔力を込めた手を上げるユアン。
ところが…。
「邪魔をしているのはお前だ!!」
「?」
突然背後から聞こえたきた声に恐る恐る振り返ると、そこには物凄い形相のクラトスが立っており…。
「げっ!」
あまりの恐ろしさに、あんぐりと口を開け固まってしまうユアン。
クラトスはそんなユアンにゆっくりと近付いてくると、マイクを奪い返し、瞬迅剣で突き飛ばしたのだった。
こうしてめでたくマイクを奪還したクラトス。何事もなかったかのように再び気持ちよさそうに演説を始めようとしたのだが、どうしたことか声がちゃんと響かない。
それもその筈、飛ばされたユアンが発電機を回しているレネゲード隊員を巻き込み転倒。結果、マイクに電気が送られてこなくなってしまったのだ。
「チッ!」
軽く舌打ちしたクラトス。これでもう演説は諦めるのかと思いきや、なんと発電機の所まで行って、自分でハンドルを回し始めたのだった。
「すげ〜!自分で発電しながら笑顔で演説しているよ。父さん、最初はあまり気が進まないみたいだったのにな。今ではやる気満々じゃん。」
「よくマイク持つと豹変する人っているからね〜。クラトスさんもそうなのかも〜。」
「……」
今の騒ぎで聴衆の数は倍に膨れ上がっていた。クラトスの奇行はともかく、このまま終われば “めでたしめでたし” だったのかもしれない。
だが突き飛ばされたユアンがこのまま黙っているわけがなく…。クラトスは、ユアンの号令の元、次々に飛び掛かって来るレネゲード隊員達を撥ね退けながら演説をすることとなってしまったのである。
またこの乱闘を聴衆がコントと間違え大爆笑。もう滅茶苦茶である。これでは選挙演説もなにもあったものではない。
こうして大混乱の中、町会長候補クラトスの街頭演説は幕を下ろしたのだった。
それから数日後…。
「天使様。確かこの前の日曜日が投票日だったんだよね?俺様は仕事で行けなかったんだけどさ、結果はどうなったの?」
「……平凡太郎。」
「え?」
「だから、平凡太郎氏が新しい町会長だ。」
「?…誰、それ?」
「時計屋の主人だ。地味ながら長年町内に尽くしてきた人だ。」
「いやだからそうじゃなくてね。俺様が聞きたいのは、そんな人が急にどこから湧き出てきたのかって……え?あれ?もしかして会長候補って天使様とおっさんだけじゃなかったの?」
「ああ。その平凡太郎氏とリーガルに私の3人が候補だった。」
それは初耳だ…。
つまるところ、こういうことらしい。
会長候補は全部で3人。最初に派手な活動を開始したのはリーガルで、少し遅れてクラトス。平凡太郎氏は店が忙しく何もしなかった。この時点では平凡太郎氏のポイントはかなり低かったようだ。
ところが、まず金に飽かせた活動が反感を買い、リーガルの支持率が急落。クラトスの場合は、三輪車事件の母親があることないこと吹聴した為にやはり急落。それで残る平凡太郎氏がめでたく当選したというわけだ。
そしてあの演説だが、あれだけの聴衆を集めたものの、皆、売れないお笑い芸人がコントをやっているのだと思っていたようで、選挙演説として聞いていた者など誰一人としていなかったのだった。
あの俺様の苦労は一体なんだったのか?(←実は何も苦労していない)
脱力するゼロス。
しかし当のクラトスは全く気にしていないようで、何事もなかったかのように元の生活に戻り、家事に勤しんでいる。
凄い。ワイヤロープのような神経だ。もっと繊細で傷付きやすい人かと思っていたんだけどね。
でもあれだけ図太くなければ、4000年も生きてはこれないか…。
と、その時、クラトスが皿を落とす音が響き渡った。
「!!」
「あ、すまん。ちょっと手がすべってしまった。」
苦笑を浮かべ欠片を拾い集めるクラトス。彼にしては珍しい失敗だ。
あれ?もしかして結構傷付いてる?
ゼロスは立ちあがると言った。
「天使様、カラオケ行こうか。」
「えっ?」
驚いて振り返るクラトス。
「…いや、私は……」
「歌舞音曲は苦手、でしょ?でもいいじゃん、たまには。きっとすっきりするよ。」
それでもクラトスはしばらく迷っているようだったが、やがて小さな声で言った。
「そうか?……それじゃあ、行こうか?」
「よし、決まり!!」
クラトスの顔に恥ずかしそうな、でも嬉しげな笑みが浮かぶ。
「…いや、実はな。あの演説以来、どうもマイクというものの感触が忘れられなくてな。また持ってみたいと思っていたのだ。」
クスッと笑うゼロス。
「だと思った。」
「え?」
「ううん、なんでもない。それじゃあ、行こうか。」
「あ、ああ。」
腕を組んで歩き出す二人。
今日はきっと天使様の独唱会になるだろう。
でも構わない。そうやって嫌なことなんて忘れちゃってさ、明日からまた笑顔の天使様に戻ってくれればそれでいい。
ガチャリと鍵がかけられた扉の向こう側。楽しげに話す二人の声がだんだんと遠ざかっていった。
−選挙 終−