※毎度の事ですが、今回は特にクラトスが別人と化しております。もはや人間ではないようなシーンも登場します。そういうのが嫌な方は即座に戻る事をお勧め致します。読んでから、こんなのクラトスじゃないと文句を言われても受け付けませんので、あしからず…




戦うゴミ当番


 小鳥のさえずりと共に、閉じられたカーテンの隙間から朝日が差し込んでくる。
 夏に入ったとはいえ、ここテセアラは涼しく過ごしやすい。この地の気候のおかげだろうか。暑いとはいえ、それはムシムシとした暑さではなくカラッとした過ごしやすい暑さなのであった。特にゼロス邸が位置する郊外では木々が多い為、爽やかな風が吹き抜けて来て心地よい。
 ゼロスは体を起こすと、ベッドの上で大きく伸びをした。

 気持のいい朝だ。今日は何かいい事がありそうな…

 本日、ゼロスは仕事が休みであった。
 最近になって世界もようやく落ち着きを取り戻してきており、以前のように毎日登城する必要がなくなったのである。教会の行事がある時には目の回る忙しさになるのだが、それ以外の日は、週に二、三回城へ顔を出すぐらいで済むようになってきていた。
 もう少しすれば夏休みもとる事ができる。

 今年の夏休みは、天使様と二人、どこかへのんびりと旅行へ行くんだ。
 今まで忙しくて休日返上で働いていたものだから、あまり構ってあげられなかったからね。

 今からその日を指折り数えて待っているゼロスであった。
 このようにクラトスと過ごせる日が増えた所為か、休日と言えばいつも昼近くまで眠っており、クラトスに叩き起こされていた彼も、最近は一人でばっちりと目を覚ます事ができるようになっていた。
「こんないい天気なんだもん。寝ているなんてもったいないよね。今日は天使様とムフムフの一日を送るんだ。」
 ゼロスはウキウキと着替えを済ますと一階へおりていった。
 だが、てっきりクラトスの笑顔に会えると思っていたゼロスは、その期待を裏切られてしまう。いつも朝早くから台所でバタバタとやっているクラトスの姿がなかったのである。
「あの天使様の事だからまだ寝てるって事はないよね。ちょっと外に行っているだけなのかな?」
 どちらにせよすぐに戻るだろうと思ったゼロスは、とりあえず水でも飲もうと、ミネラルウォーターが入ったペットボトルを冷蔵庫から取り出した。
「朝起きたらコップ一杯の水を飲む…これが健康の秘訣なんだよね。」
 とか呟きながらコップに注ごうとしたゼロスは、その水が残り少ない事に気付く。すぐに買い置きの新しいボトルを冷蔵庫に入れなおすと、そのままその残り少ない水をラッパ飲みで飲み乾した。
「クゥ〜〜ッ、たまらないねえ!」
 ゼロスは満足そうに唸ると、手にした空のボトルをゴミ箱へと投げ入れた。
 と、その時、
「何をしているかっ!!」
 突然聞こえてきた大音声に、ゼロスは文字通り飛び上がった。
 慌てて振り返ると、そこには、腰に手をやり鬼のような形相で自分を睨みつけているクラトスの姿が…
「な、な、何をしてるかって、空になったボトルを捨てただけでしょうが。脅かさないでよ、天使様。」
「そのゴミ箱に捨てていいのは可燃ゴミだけだ。ペットボトルはリサイクルに出すのだから、こっちの袋に入れろと説明しただろうが。聞いていなかったのかっ!?」
「あ……で、でも、ちょっと間違えただけでしょうが。そんな目くじらたてなくたっていいじゃんよ。」
「そのまま気付かずに出してしまったらどうするのだ。迷惑を被るのはゴミ当番なんだぞ!」
「ゴミ…当番?」
 クラトスは、首を傾げているゼロスの鼻先に、B5サイズぐらいのなにやら名前が書き並べられているベニヤ板を突きつけた。
「何、これ?」
「ゴミ集積所の掃除当番の札だ。町内会で順番に行っている。今週は私の番なのだ。」
「そ、そうなの。でも今までこんなの回ってこなかったよね?」
「今まで関わらぬよう逃げ回っていたのだが、先日とうとう在宅しているのを見付かってしまってな。家にいるのならやってくれと仲間に引き込まれてしまったのだ。」
「そ、そう…それは大変だったね。」
「どうもユアンが密告したようなのだ。私としては他人と関わるのは嫌だったし、ずっと家の中の事だけをやっていたかったのだが、ユアンのやつは変な所で正義感が強くてな。町内会の事にもちゃんと参加しなくては『いけてる主夫』にはなれんぞと言われてしまった。」

 なんでそこでユアンが出てくるの?あいつはこの町内に住んでいないでしょうが…ていうか、『いけてる主夫』って何?

「どういう繋がりなのか分からんが、何故かうちの町内会長とユアンは知り合いのようでな。会長が当番をするものがいないとこぼしていた所へユアンが、ならばうってつけの暇人がいるぞとチクったようなのだ。」
 まるでゼロスの心の中を読んでいるかのように話を続けるクラトス。
「暇人とはなんとも失礼な言い方ではないか。少々腹が立ったが、まあ、ユアンの言い分にも一理あると思ってな。引き受ける事にしたのだ。私は引き受けたからには完璧に任務をこなさなければ気がすまんたちでな。それでさっきも言ったように今週は私が当番なもので、集積所へ見に行ってきたのだが、どこかの馬鹿が可燃ゴミも不燃ゴミもごちゃ混ぜで出していた。仕方がないから私が分けて出し直してきたのだ。あれを捨てたのは、よもやお前ではあるまいな?」
「そ、そんなわけないでしょうが。大体、うちのゴミはいつも天使様が出しているっしょ。」
「そうか。ならばいいのだが。さっきお前がボトルを捨てる現場を目撃してしまったものだから、つい疑ってしまった。すまん。」
「…いや、いいんだけどさ…」

 せっかく休みだから二人でお出かけしようと思ったのに、なんだか無理そうだね…

 ゴミ当番に命をかけている様子のクラトスを見て、ゼロスはそっと溜息をついたのだった。



 その翌々日の事だった。
 昨日は仕事だったが、今日は一日家で過ごす事ができる。
 朝、目覚めたゼロスは、時計を見て眉をひそめた。まだ朝の五時半…起きるのには早過ぎる。
「せっかく出勤日が減ったのにさ、それでも毎日同じ時間に目が覚めちゃうんだよね。サラリーマンの悲しい性かね。今日は休みだし、もう少しこのヌクヌク感を楽しんでいよ〜っと。」
 どうせ今日はゴミの収集日。早く起きたとてクラトスと出かける事はできない。
 ゼロスはベッドの中でモゾモゾとしながらまどろみ、朝の至福のひとときを味わっていた。
 すると…
「ぬおおおおお〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
 突如、表から聞こえてきた怒号に、ゼロスは跳ね起きた。
「何?何?…あれってもしかして天使様?」
 ゼロスは取るものも取り敢えず、パジャマ姿のまま表へ飛び出していったのだった。

 集積所へと駆け付けたゼロスは、そこで目を剥いて怒り狂っているクラトスを発見した。
「ど、どうしたの?天使様。」
「ゼロスか。ちょっと聞いてくれ。またゴミをごちゃ混ぜで出した奴がいる。」

 何だ、そんな事か……また、天使様に命の危険が迫っているのかと思っちゃったよ。驚いて損した。

 そんな事を思っているゼロスを、クラトスは睨みつけた。
「何だ、そんな事かとでも言いたげな顔だな。」
「えっ?…い、いや…」
「これはゴミ当番の私にとっては深刻な問題なのだ。何故、私が他人のゴミまで分別してやりゃにゃあならんのだ!何故だ〜〜〜〜っ!!」

 …当番だから、でしょ?

「いかに当番とて、もう我慢の限界だ。よし、こうなったら…」
 その袋の口を開け、中身のゴミを漁り始めるクラトス。
「ちょっ…天使様?」
「お前も手伝え。犯人を突き止めるのだ。」
「手伝えって…あの…」
 戸惑っているゼロスを余所にゴミ漁りに燃えるクラトス。
「……ムムム、駄目だ。郵便、書類の類は全てシュレッターにかけていて判読不能だ。ん?ここに古着があるな。よし、これで…」
 その古着を取り出したクラトスは、なんと、いきなりクンクンとにおいを嗅ぎ始めたのだった。
「…あの…天使様?…一体何をしていらっしゃるんで?」
「無論、このにおいを辿って行くのだ。天使の嗅覚の凄さを犯人に思い知らせてやる。ゼロス、お前も天使なら手伝え!」

 いえ、遠慮します…ていうか、あんた一応人間で、犬じゃないっしょ?

 地面に這いつくばり、クンクンとしながら進んで行くクラトスを見て、ゼロスは妙に悲しくなるのであった。

 こうしてにおいを辿って行く事数分、クラトスはあるアパートの一室に辿り着いた。ゼロスも犬になりきったクラトスを放ってはおけず付いてきている。ここにくるまでに、一体何人からの忍び笑いを浴びたであろうか…。クラトスは任務遂行の為なら己のプライドさえも捨てる事が出来る勇気ある男だったようだ。
 クラトスはドアノブのにおいをクンクンとして満足気に頷くと、ドアを乱暴にノックした。六回ほど叩き続けていると、ようやくドアが細めに開かれ、中から眠たそうな顔をした青年が顔を覗かせた。
「朝っぱらからうるせえな。一体今何時だと思っているん…」
 その鼻先にゴミ袋を突き付けるクラトス。
「このゴミはお前のものであろう?今日は不燃ゴミの日だ。ちゃんと分別して出し直してもらおう。」
「え?ゴミ?…な、な、何の事だよ。俺は知らねえよ。」
 目を逸らし惚けようとする青年に、ゼロスはそっと耳打ちした。
「素直に認めた方が身のためだ。この人、町一番の暴れん坊だから何をするか分からない。命の保証はできないぜ。」
 青年は上目遣いにクラトスを眺めた。言われてみればなんだかヤバそうな目つきをしているな。ここは下手に出た方がよさそうだ。
「す、すみません。分別しようとは思うのですが、ついつい面倒で…」
 ペコペコと頭を下げて必死に謝る青年。
「面倒なのは皆一緒だ。それでも皆、分けるよう努力しているのだぞ。お前もこれからは気を付ける事だな。」
「はいっ!これからは誠心誠意、ゴミの分別に努めていく所存でありますです!」
「うむ。分かったならそれでいい。素直で大変結構な事だ。そのゴミはちゃんと分別して出し直すのだぞ。ではな。」
 最敬礼する青年に見送られ、クラトス達はアパートを後にしたのだった。



 さて、その翌日の夜の事であった。
 夕食を終え、ソファーに転がってテレビを見ていたゼロスは、出かけようとするクラトスを見かけ目を丸くした。
「天使様?こんな時間にどこに行くの?」
 クラトスはいつも身に着けている割烹着と三角巾を取った紫紺の服の姿で、剣を腰に差している。
「明日はゴミの日だからな。不心得者が現れぬよう監視に立つ事にしたのだ。」
「明日にしたら?もう夜だし。」
「夜中にゴミ出しする者もいる故、今夜は徹夜で張り込むつもりだ。幸い私は天使で、徹夜など屁でもないからな。」
「……でも、剣は必要ないんじゃ…」
「成敗するのに剣は必要であろう。」
 成敗って……このままでは死者が出るかもしれない。
 そう思ったゼロスは、さっさと出て行こうとするクラトスの後を慌てて追うのだった。


 ゴミ集積所の前に立つ二人の男。
 そのうち一人は腰に差している剣の柄に手を置き、鋭い目で道行く人を睨みつけている。
 クラトスが言ったように、夜中にゴミ出しする者が結構いるようだ。そのいずれもが仁王立ちしているクラトスに恐れをなし、ゴミを置くと早々に逃げるように立ち去っていく。こんな調子でずっと張り込んでいた二人であったが、結局違反者は一人も現れなかった。
「夜が明けて来たよ。もう立ってなくたって大丈夫じゃないの。皆ちゃんと分別しているようだし…」
「いや、油断は禁物だ。こう言う時にこそ気を引き締めねばならん。……ん?」
 言葉を切り何やら前方を睨みつけているクラトスの様子に気づいたゼロスは、その視線の先へと目を向けた。
 ゴミ袋をもった人が口笛を吹き吹きこちらへとやってくる。よく見るとそれは先日のアパートの青年だった。青年は最初はクラトスに気付く事無く上機嫌でこちらへと歩いてきていたのだが、ここにクラトスが立っているのに気付くや否や、猛スピードで逃げだした。
「またもやあいつか!逃げるところを見ると後ろ暗いことがあるようだな。逃さんぞ!!」
 剣を抜き走り出すクラトス。
「ちょ、ちょ、天使様!?」
 慌てて後を追うゼロス。
 青年は、人としては足の速い部類に入るのかもしれない。だがそれはあくまで人としてであって、人外の、しかも四千年間戦闘で鍛え抜いてきた脚力には到底かなう筈もない。たちまち追いつかれてしまう。クラトスは青年からゴミ袋を奪い取ると中身を確認した。その目が怒りに燃え上がる。
「この間あれだけ言ったのに、お前には分からなかったようだな。」
「ひぃ〜〜〜、ごめんなさい!」
 青年は腰が抜けて動けないようだ。
「私が許すのは一度だけだ。その次などない!一度言って分からぬ輩はこの場にて成敗してくれよう。我が秘奥義食らうがいい!!」
「て、て、天使様!!止めて!何も一般人に秘奥義なんてかまさなくても…」
 駆け付けてきたゼロスが制止の声を放つも、時すでに遅く…緋炎の揺曳、シャイニング・バインド は放たれてしまったのであった。
「ぎゃああああああ!!」
「とどめだ!!天翔蒼破斬もどき!!」
 その寸前にゼロスがクラトスを抑えつけた。
「止めなさいって。戦闘じゃないんだから!それにそれはロイド君の技でしょうが。ていうか、もどきって何?」
「マテリアルブレードを装備してないものだからな。」
「……あ、そう……」

 こうして青年は死の一歩手前で助けられ、ゼロスに回復魔法をかけてもらったのであった。その時青年は、これからは必ず分別してゴミ出しすると涙ながらに誓ったという。




 さて、こんな騒動があったものの、クラトスのゴミ当番はなんとか無事に終える事ができた。
「で?今度はいつぐらいに回ってくるわけ?ゴミ当番は。」
「いや、もう二度と回っては来ぬ。」
「えっ?」
「何故か町会長に断られてしまってな。あんなに一所懸命やったのに何がいけなかったのかな?せっかくこれからは町内の役に立てると思っていたのにな…」

 そりゃね、会長としてもこの町内からゴミごときで死人を出したくはないだろうからね…

 だが、ゼロスはその事は敢えて言葉に出さず、しゅんとしているクラトスの肩を抱いて優しくこう言うのだった。
「これから天使様が個人的にちゃんと分別してゴミ出ししていけばいいんじゃない?それだけでも十分に町会の役に立てると思うよ。」
「そうだろうか?」
「うん、そうだよ。だから元気出しなさいって。そうだ、今度夏休みがとれるからさ、気晴らしにどこか旅行に行こうよ。天使様はどこに行きたい?」
「旅行か。それは久しぶりだな。楽しみにしていよう。そうだな…どこがいいかな…」
 楽しげに、どこへ行こうかと考え始めたクラトスを見て、ゼロスは微笑んだ。

 天使様には悪いけどさ、ゴミ当番を断られてよかったよ。あんなのが何度も回って来たら俺様の方がぶっ倒れちゃう。
 ま、なんでも真剣に取り組むのが天使様のいいところなんだけどね…。
 なんにしても今回のゴミ当番、本当にお疲れ様でした、天使様。
 頑張ったご褒美に、夏休みには二人でのんびりと過ごそうね。


−戦うゴミ当番 終−