海へ行こう! 前編
その日帰宅したゼロスは、玄関先に出迎えに現れたクラトスを見て思わず悲鳴を上げてしまった。それもその筈、なんとクラトスは服ではなく水着を着ていたのである。しかもその水着は…。
「なんて恰好をしているの!?」
「これか?実は今日、商店街へ行ったら洋品店で水着のバーゲンセールをやっていてな。考えてみたら私は水着というものを持っていない。そこで覘いてみたらこれを見付けた。試着してみたらピッタリだったし…」
「試着したの?それを?」
「ああ、もちろんだ。サイズが合わなければ買う意味がないからな。それでも買おうかどうか随分迷ったのだが、店のおばちゃんやユアンも良く似合っていると言ってくれたし、安かった事もあって思い切って買って来てしまった。」
何故そこにユアンが出てくる?
て言うか、天使様、完全に二人に遊ばれているよ…。
「ゼロス?どうした?」
てっきり喜んでくれるものとばかりに思っていたクラトスは、ゼロスの反応が今一なのを見て急に不安になったようで、心配そうに顔を覗きこんで来た。
「お前に早く見てもらいたくてこうして着替えて待っていたのだが……似合ってないか?お前には気に入らなかったか?」
「いや、そんな事はないけどね…」
複雑な表情を浮かべ口籠るゼロス。
そう、そんな事はない。困った事に、とても良く似合っているのだ。はまりすぎる程にピッタリと決まっている。ただ…
言うべきか、言わぬべきか、それが問題だ。
もちろんゼロスに文句はない。個人的には大変気に入っており、毎日その姿でいてもらいたいと思っているぐらいなのだ。しかしながら自分には、世情に疎すぎるこの天使様に常識を教え、正常な生活を送れるよう導いて行くという使命がある。
ゼロスは悩みに悩んだ末、やはりここは真実を告げるべきだと決断し、なるべくクラトスを傷つけないように優しい声音でこう言ったのだった。
「俺様もとても似合っているとは思うよ…・・でもさ、天使様。それ、女性用なんだよね。」
「へ?」
素っ頓狂な声を出し、自分が着ている水着に目をやるクラトス。
そう…クラトスが着ているのは、水色の地に向日葵の模様が描かれたワンピース型の水着で、裾には大きなフリルが付いているという代物…明らかに女性用の水着なのであった。
だが、それでもクラトスはまだ納得できないようで、小首を傾げながら、
「水着に女性用と男性用があるのか?水に入ってしまえば同じ事だろう?」
いや、そういう問題じゃないでしょ。
「そうか。女ものの水着であったか…。」
しょげるクラトス。
「折角これで念願の海へと思っていたのだが、残念だ。」
「あれ?…確か天使様、前に海には行った事あるって言っていたよね?」
「え?私?無論私は行った事はあるが。」
「だって今、念願の海って…」
「い、いや、そういう意味ではなく…つまり、海へは行った事はあるが、海水浴というのは初めてだという事を言いたかったのだ。だから今年はぜひ行ってみたいと思ったのだが、女ものではそれも叶わなくなってしまったな。」
その顔は本当に悲しそうで、ゼロスはそんな彼を見るに忍びなく、思わずこう叫んだのだった。
「そんな事ない!そんなに気落ちする事はないよ、天使様。その水着でいいじゃない。海へ行こうよ!!」
「ゼロス……しかし本当にいいのか?だってこれは女ものの水着なのだろう?」
それでも構わないと大きく頷いてみせるゼロス。
そもそもゼロス自身はこの水着クラトスを大層気に入っているのだ。要はこの姿を他の奴に見せなければ済む事なのである。問題はいかにして二人だけの世界を作り上げるかなのだが…。
シーズン中でもあり、砂浜を数日間貸し切る事は無理であろう。しかしそれでも二人きりのポイントを見付ける事は可能な筈だ。誰も近付きそうもない岩場を見付けるもよし、ボートで沖に繰り出すもよし…いざとなったら海の家の自室でもいいではないか。
そうやってなんとかして二人きりになり、そこでこんな事やあんな事をやりまくるんだ!
ゼロスの中で恒例の妄想が始まる…。
「クラトス。可愛いよ。」
「あん。そんなトコ触っちゃいや〜ん。人に見られたら恥ずかしいわ。」
「誰も見てはいないさ。ここには僕達二人しかいない。二人だけの愛の世界なのさ!」
「嗚呼、ゼロス。愛しているわ…」
恥ずかしそうに目を伏せるクラトス。
「僕もだよ、クラトス。さあゆっくりと楽しもう。二人だけの幸せに満ちた時を!」
「……乱暴しちゃいやよ。」
「もちろんだとも。君を悲しませるような事をする筈がないじゃないか。」
優しくクラトスを抱きしめるゼロス。
クラトスはうっとりと目を閉じており、すでに受け入れ態勢を整えているようである。
「それじゃあ、遠慮なく…。いっただっきま〜す!グヘヘ!」
しかしその妄想は、ゼロスが獲物クラトスへ飛びかかる寸前、現実のクラトスの放った一言により儚くも消え去ってしまったのであった。
「そうか。海へ行く事を許してくれるのか。よかった!ロイド達も喜ぶ事だろう。」
はい?…ロイド達?
「あの〜、つかぬ事を伺いますが、もしかしてロイド君も一緒に?」
「ああ。ロイドやコレット、ユアンにも声をかけた。ユアンなど旅館の手配まで請け負ってくれてな。」
ドヒャ〜〜ン!…なんて余計な事を!!
「水着もある事だし、楽しい旅行になりそうだ。」
そう言ってニッコリと笑うクラトス。彼の心はすでに海へと飛んで行っているようである。
「駄目〜!駄目、駄目、駄目〜〜〜!!やっぱそんな水着じゃ駄目っしょ!」
「ゼロス?…しかしさっきは構わないと…」
「だって女性用だよ!?お・ん・な・も・の!そんなもの着たら女装になっちゃうでしょ。父親に女装癖があるだなんて、ロイド君の教育上よろしくない!!」
「女装癖だなんて、私は別にそんな……それじゃあ、海へは行けないのか?」
再びショボンとするクラトス。
「いや、男に二言はない。このゼロス。一度連れて行くと言ったからには何があろうが連れて行きますとも!」
「しかし水着が…」
「大丈夫!それの代わりに俺様がごくフツーの水着を買ってきてあげる。」
「本当か!?…有難う、ゼロス!!」
「任せなさい!!天使様にピッタリな、カッコイイやつを選んであげるからさ!」
ポンと胸を叩いてみせるゼロス。
とは言え、体の線くっきりのピッチリとした水着など着せられるわけがない。そんな事をしようものならこの天使様の事、一発で世の女性達の視線を集めてしまうだろう。
だからそうさせない為に、誰もが目を逸らすようなダブダブのダサいデカパンを買ってこようっと。天使様は俺様だけのもの。誰にもつまみ食いさせてなるものか!
こうしてゼロスとクラトスは、ロイド達と共に初の海水浴へと旅立ったのであった。
一行が目的の地へと着いた時、すでに夕刻となっていた。
「うわ〜、磯の香りがする!まさに海に来たって感じだね〜。」
目の前に広がる大きな海を眺めながら、嬉しそうにコレットが言った。
ここは以前ロイド達が遊んだ事がある、あのアルタミラの海岸ではない。もちろんあそこは海へ行くと決めた時に真っ先に思い浮かべたのだが、やはりシーズン真っ盛りであった為か、すでにホテルは満室で取る事が出来なかったのである。
しかしながらアルタミラは大半を裕福層が占めていたのに対し、ここはいわば一般庶民が多く訪れる海岸で、ロイド達にとってはむしろこちらの方が性にあっているのかもしれなかった。
「で?俺達が泊まる旅館はどこにあるんだ?」
キョロキョロと辺りを見回しながらロイドが言った。
今回、旅館の手配をしてくれたのはユアンであった。パンフレットを見せてもらったが実に綺麗な旅館で、この時期にあのような所を押さえる事が出来たとは、さすがユアンだとロイド達は感心したものである。
だが、いくら見回してもそのような建物は見当たらない。
「もう少し先にあるんじゃない?きっと知る人ぞ知るって所なんだよ〜。」
「おお、そうだな!」
コレットの言葉に納得したように頷くと更に先へと行こうとしたロイド達であったが、しかしそれをユアンが引き止めた。
「お前達何を言っているのだ。旅館ならちゃんと目の前にあるではないか。」
「え?」
立ち止まり目を丸くするロイド。
「目の前って…変な掘っ立て小屋があるだけじゃんか。」
「ロイド君、それは掘っ立て小屋に失礼でしょ。こういうのはね、廃屋っていうんだよ。」
「おおそうか。廃屋か。」
「いい加減にしろよ、おまえら〜〜!」
そんな二人を見ていたユアンが堪らずに叫んだ。
「何が掘っ立て小屋だ?何が廃屋だ?…失礼なのは貴様らの方だろうが!何を隠そう、これこそが我等が泊まる海の家なのだ〜〜!!」
「「「「え っ!?」」」」
一様に悲鳴を上げるロイド達。
「ちょっと待てよ!これのどこが海の家だって言うのよ!?」
「ちゃんと看板が出ているだろう。」
一同がユアンの指さす方へと目をやると、成程、彼が言うように『海の家カーフェイ』と看板が出ていた。
「カーフェイ?……どこかで聞いた事があるような…」
(ユアンの名前だ。)
首を傾げながら記憶をたどるゼロスに、そっと耳打ちをするクラトス。
「!!…てめえの旅館かよっ!」
「いかんのか?ちゃんと営業許可も下りている立派な海の家だ。文句はあるまい。大体お前らが泊まる旅館がないと困っていたから我が不動産を提供してやったというのにその言い草は何だ!」
よく営業許可が下りたな…。
「でもこれじゃあパンフレットと違い過ぎるよ〜〜!」
「そうだそうだ!これじゃあ詐欺じゃんか!」
「詐欺などではない。パンフレットにあった建物が歳月を経て現在の趣のある建物へと変化しただけだ。言ってみればビフォーアフターってところだな。」
ビフォーアフター?…それって普通逆の場合を指すんじゃないの?
これじゃあ、成れの果てと言った方がいいような…。
「確かに建物の写真は若干違うかもしれんが、あとはパンフ通りだ。海水浴場は目の前だし、風呂だって完備している。」
そう言いながら四人に旅館の中を案内するユアン。
「……風呂って、このドラム缶の事?」
「うちはワイルドを売りにしているからな。」
「もしかしてここへただ海水を汲んで来て沸かすつもりじゃねえだろうな?パンフレットには温泉って書いてあった筈でしょ?」
「ミネラルたっぷり。お肌がつるつるになるぞ。」
「やっぱ海水を沸かすつもりっしょ!?」
「温かければ温泉に違いなかろう。文句あるか!?」
「…ユアン。それでは温泉ではなくただの温水ではないのか?」
「あ〜〜〜、煩い!!」
ついに癇癪を起すユアン。(癇癪を起したいのはこっちの方なのだが…)
「だったら別の旅館に泊まればいいだろうが!私はそれでも全然構わないのだぞ。但し、今のこの時期、飛びこみの客を受け入れてくれる旅館があればの話だがな。」
「「「「……」」」」
顔を見合わせる四人。
するとコレットが言った。
「仕方ないよ〜、みんな。ここに泊まろう。それにここなら色々と楽しめそうだよ〜。」
ワイルドな女コレット。
あの再生の旅が彼女をここまで強くしたのだろうか?それとも単なる天然か?…いずれにせよ今となっては他の旅館を探せよう筈もなく、四人はこの『海の家カーフェイ』に泊まる事にしたのであった。
翌日。一行は朝食もそこそこに、早速楽しみにしていた海へと繰り出す事にしたのだが、玄関に姿を現したクラトスを見たコレットは思わず首を傾げてしまった。
「あれ〜、クラトスさん、折角来たのに帰っちゃうの?」
「何言っているの、コレットちゃん。わざわざ水着に着替えて帰る人なんているわけないっしょ。」
確かに今のクラトスはゼロス見立てのデカパン水着を着ていた。しかし…
「でもクラトスさん、ボストンバックを持ってるよ。」
コレットが言うように、クラトスは来た時に持っていた荷物をそのまま抱えていたのである。
「あれ?ホントだ。父さん、どうしてそんなもん持っているんだ?」
「え…いや、これは…」
どぎまぎするクラトス。
ゼロスは黙ってそんなクラトスを見詰めていた。
するとロイドが納得したように、
「ああ、成程!…分かるぜ、父さん。そうだよな。こんな旅館に荷物を置いて行くのはちょっと不安だもんな。」
「いや…私は…」
「でもロイド。こんな荷物持って浜に行く人なんていないよ〜。」
「そうなんだけど…でもやっぱ俺も持って行こうかな。貴重品なんてものはないけど、取られたりしたら嫌だからな。」
そこへユアンが頭から湯気をたてて口を挟んで来た。
「ったく!お前らは本当に無礼な奴らだな!荷物は私が責任を持って見ていてやるから安心して行って来い!!どうせ海は目の前なのだ。必要な物があったらまたここに取りに戻れば済む事だろう。」
「だよな。こんな旅館に料金払うんだ。それぐらいしてもらわなくっちゃ割が合わねえよ。」
ぼそりと呟いたゼロスを睨み付けるユアン。
しかしゼロスは素知らぬ様子である。
「大体クラトス、お前がいけないのだぞ。ほれ、とっととその荷物をよこさんか!」
ユアンはまるで八つ当たりのようにクラトスからバッグを奪い取った。
「ユアン!ちょっと待ってくれ。私は…」
「何だ。持って行く物が入っているのか?ならば早く出せ。」
そう言ってクラトスの腕を掴むと奥へと連れて行くユアン。
「お前達は先に行っていろ。場所は私が最高の所を確保しておいてやった。あそこに旅館名が書かれた立札が立ててあるだろう。あそこからならこの旅館もよく見えるし、お前らも安心だろう。」
「ああ、あの汚い字の立札か。」
「汚い字は余計だ!…ていうか、ロイド、お前にだけは言われたくはないわ。」
「!!…酷え…」
「とにかく、そういう事だからあそこで待っていろ。この馬鹿にはすぐに後を追わせるから。」
こうしてユアンに半ば追い出されるようにして浜辺へとやって来たロイド達。
ユアンが確保してくれていた場所にピーチパラソルをおっ立て海水浴の準備をしていると、程なくしてそこへクラトスも合流した。
「あれ、父さん。結局手ぶらじゃんか。」
「ん?…ああ。よく考えてみたら財布はゼロスが持っているし、タオル類は皆の分をコレットが用意してくれていたから、私が持ってくる物など何もなかった。」
「なんだよ。まだボケるには早いぜ、父さん。」
「フ…確かにそうだな。面目ない。」
「ま、いいじゃんよ。こうして天使様も来た事だし、全員揃ったところで早速泳ぐとしますか!」
「さんせ〜い!」
うきうきと、海へ向かって走り出そうとするコレットとゼロス。
ところが…
「ちょっと待った〜〜!」
「なによ、ロイド君。俺様、早く泳ぎたいんだけど。」
ロイドは不満丸出しのゼロスに向かって人差し指を立てるとそれを振ってみせる。
「チッチッチッ!甘いな〜、ゼロス君。海と言えばまずやる事があるでしょうが。」
「やる事?」
顔を見合わせるゼロスとコレット。
「そんな事あったっけ?準備運動ならさっきちゃんと済ませたし…海と言えばやっぱ泳ぐか甲羅干しでしょう。」
「ちが〜〜う!海と言えばスイカ割り!これっきゃない!!」
「はい?スイカ割り?…ふん、くだらない。そんな子供みたいな事出来ますかって〜の!」
「くだらないとはなんだよ!伝統芸能のスイカ割りを馬鹿にするのか!」
「なにが伝統芸能よ。ロイド君はただスイカが食べたいだけでしょうが。」
「(それもあるけど)そんなんじゃないぞ。俺は純粋にスイカ割りがしたいだけなんだ。」
「は〜〜い、やめやめ!折角海に来たんだ。そんな事しないで泳ぎを楽しみま…」
「私はスイカ割りもいいと思うがな。」
え?…天使様?
「目隠しをして目標物の気を感じ取り、そこへ一撃を加える…まさに剣術の極意ではないか。修行にもなる事だし、私は賛成だな。」
ゼロスはしばし唖然としてクラトスを見ていたが、やがて大きく手を打つと叫んだ。
「そ、そうだよね〜!こんな所に来ても剣の道を究めようとするなんて、さすが天使様。スイカ割り、大いに結構!やりましょ、やりましょ。修業は大切だもんね〜!」
「…チッ、調子のいいやつ。」
「何か言った?ロイド君。」
「いいや、別に。」
「でも〜、スイカはどうするの?持って来てないし、見渡したところ売っている店もないみたいだよ〜。かと言って、あの木賃宿みたいな旅館じゃもちろんスイカなんて置いていないだろうし。」
「大丈夫。そんな事もあろうかと思って、これを作って来た。」
そう言ってロイドが取り出したのはスイカ模様の覆面であった。
「それを誰かが被ってスイカの役をやれと?…て言うかさ、ロイド君、そんなの作っている暇があったのなら本物のスイカを持ってくればよかったんじゃない?」
「馬鹿言っているんじゃねえよ。あんなもん持って来たら重たくて荷物になるだろ。」
こいつ、端から誰かにスイカ役をやらせる事しか考えてなかったな?
ところで…その誰かって誰?
一緒にいるメンバーを見渡し、急に寒気を覚えるゼロス。
「あの〜、ロイド君?…ちょっと聞いていいかな?」
「なんだよ。」
「一体誰がそのスイカの役をやるのかな〜なんて思っちゃったりなんかしたりして…」
強張った顔のゼロスを見て、ロイドはニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
「誰って?…そうだなあ。まずコレットにはさせられないよな。女の子だし。」
いや、壁を突き破っても平気の平左で笑っているぐらいだから、この中では最適な人物じゃないかと思うけどね。
「父さんはマナを放出して体が弱っているから無理はさせられない。」
それ、いつの話よ…。
「俺はエクスフィア回収という重大任務があるから、残念ながら出来ない。」
あれ?この間、全て回収し終えたって言ってなかったっけ?
「残るは…」
全員の視線がゼロスに集まる。
「ちょ、ちょい待ち!…それだったら俺様だって神子という重大な任務が…」
「神子制度はもうすぐ廃止になるだろ?そうしたらお前はお払い箱だよな?」
お、お、お払い箱って!?
「そ、それでも俺様には天使様を幸せにすると言う大切な仕事が残されている!」
しかしそんなゼロスの最後の希望も、ロイドの笑顔によって見事に打ち砕かれてしまう。
ロイドはゼロスの肩にバシッと手を置くとこう言ったのだった。
「今まで有難うな。だが、心配しなくても大丈夫。父さんの事は俺とコレットが引き継いで面倒を見て行くつもりだから、心置きなくスイカとして散ってくれ!」
「ロイドく〜〜〜んっ、酷!!」
泣き叫ぶゼロス。
するとそこへ、クラトスが助け舟を出してくれたのだった。
「ロイド。それではゼロスがあまりにも可哀そうだ。こんなどうしようもないエロ神子でも、虚栄心の塊のような鼻持ちならない男であっても、お前とクルシスとレネゲードの三者を天秤にかけ続けた蝙蝠のような卑劣な男であってもだ。お前にとっては命を賭けて共に戦った仲間ではないか。そんな態度は取るべきではない。」
言葉の節々に気になる点はあったものの、ゼロスにとっては悪魔の手から救い出してくれる有難い言葉に違いはなく、彼の目にはクラトスに後光が差しているかのように映ったのだった。
「そうだよな。父さんの言う通りだ。俺が悪かったよ。実はさ、そう言われるかもしれないと思ってこうしてくじも作って来たんだ。」
そう言って今度はくじを取り出すロイド。
ちょっとロイド君、そういうのがあるなら最初から出してくれないかな。
「悪かったな、ゼロス。お詫びにお前に一番に引かせてやるから許してくれよな。というわけでちゃっちゃと引いてくれ。」
「……」
ゼロスは差し出されたくじをロイドの顔色を窺いながら選んだ。しかしどの棒に手をやってもロイドの表情は変わらない。馬鹿正直なロイドなら簡単に見分けられると思ったのだが、どうやらロイドはこの数年の内に、感情を抑える術を父親から学び取ったようだ。
仕方なくゼロスは、ままよとばかりに一本を引き抜いた。その先は見事なまでに赤く染まっている。
「大当たり〜〜!!良かったな、ゼロス。これで晴れてスイカ役決定だ。」
「ちょい待ち、ロイド君。その残りのやつも見せてもらおうか!どうせ全部赤く塗ってあるんだろ!」
しかしロイドは奪い取ろうとするゼロスを避けながら、残りの棒を近くの焚き火に放り込んでしまった。(何故こんな所に焚き火があるのかは聞かないで下さいby筆者)
「あ、ごめん。手が滑っちゃった〜。」
「き、汚いぞ、ロイド君!」
しかし証拠が燃えてなくなってしまったからには、それ以上追及する事も出来ず、ゼロスは渋々ながらもスイカの役をやる事になってしまったのであった。
こうしてスイカの覆面を被ったゼロスは肩までを砂浜に埋められ、残りの三人が順番を決めているのを眺めながら迫りくる運命の時を待っていた。
どうせならコレットちゃんがいいな。彼女なら優しいからそれ程強くは叩かないだろう。
だがそんなゼロスの思惑とは違って、一番バッターとなったのはどうやらクラトスのようであった。
「ゲッ!…て、天使様?」
ブンブンと腕を振り回して準備運動をしているクラトスを見ながら、それでもゼロスは微かな望みを抱いていた。
天使様なら大丈夫。さっきだって庇ってくれたぐらいだもの。愛する俺様の事を思いっきり殴るなんて事はやらない筈だ。
しかしクラトスが手にしたものを見たゼロスは目を剥いた。
「ちょ、ちょ、ちょっと天使様?なんでフランヴェルジュなんて持ってんの!!」
「戦士たるもの、全ての状況に対処出来るようにしておかなければならない。」
「全ての状況って何っ!?…え?え?ちょっと止めてったら、天使様〜〜。」
「大丈夫だ。軽く当てるだけだから安心しろ。ちゃんと当てる事が出来れば手荒な事はしない。」
当てる事が出来ればって…。
それじゃあ当たらなかったらどうするつもりなわけ?
そうこうしている内に、回転を終え目隠しをしたクラトスがこちらへとやってくる。
「どうしたゼロス。声を出してくれなければどこにいるか分からんではないか。」
誰が出すかっつ〜の。まだ天使様となんにもやっていないというのに、こんなトコで殺されてなるものか!
「父さん、もっと右…そう、そのまま前進して!」
「!!…(チッ、ロイド君ったらまたもや余計な事を!)」
「こっちか?……むっ、捉えた!!」
捉えたって…リーガルじゃないんだから…。
そのようにゼロスが心の中でぼやき続けていると、そのすぐ横にフランヴェルジュが振り下ろされてきた。
ぎゃ〜〜〜っ!!
声にならない悲鳴を上げるゼロス。
「む…外したか!」
本気だ…この人、本気だよ!!
それからは怯えたゼロスが必死に気を抑えた為、さすがのクラトスもそれを読み取る事が出来なかったのか、数センチの差で空振りを繰り返していた。
次第にクラトスも苛々として来たようである。
「ム〜〜、何故当たらん!ゼロス、声を出さぬか!!」
出しません、出しません。絶対に出しません!!
「あくまでも声を出さぬつもりだな?…ようし、かくなる上は…」
剣を両手で持ち、それを顔の前に掲げるクラトス。
えっ?…もしかしてそのポーズは……
「これで終わりだ!!」
『聖なる鎖に抗ってみせろ!…シャイニングバインド!!』
「ぎゃああああああ〜〜〜〜〜〜!!!」
気が付くと、ゼロスは宿屋にてクラトスの介抱を受けていた。
その頃にはもう夜となっており、窓からきれいな星空が見えていた。
「すまなかったな、ゼロス。私とした事がついムキになってしまった。」
「……」
「だがお前もいけないのだぞ。素直に声を出してくれさえいれば私とて秘奥義など出す事はなかったのだ。」
その代り、頭をかち割られて死んでいたでしょう…。
だったら命がある分、まだこっちの方がマシだ。
「でもさ、父さんの秘奥義、久し振りに見たぜ。すごかったな〜。俺、鳥肌がたっちまった。」
「そだね〜。スイカが見事に丸焦げだったもんね〜。」
「考えてみるとさ、本物のスイカを使わなくて正解だったよな。あれじゃあ粉々になっちまって食えたもんじゃなかったよ。」
「そだね〜〜。」
「「ハハハハハ…」」
俺様なら粉々になってもいいわけっすか?
ロイド君…俺様に何か恨みでもあるの?
ゼロスは涙を浮かべた目で窓の外の星空を見上げた。
くっそ〜〜!スイカ割りなんて…スイカ割りなんて…
だいっきらいだ〜〜〜!!
ゼロスの心の叫びは、窓を突き抜け、満天の星空へと吸い込まれて行ったのだった。
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