リーガルの憂鬱


 その日、リーガルはレザレノの執務室で仕事をしていた。相変わらず忙しい毎日が続いていたが、そんな日常にも彼はそれなりに満足していた。今は休憩時間中で、紅茶を飲みながら窓の外を眺めている。
「平和とはいいものだな。」
 リーガルは青く晴れ渡った空を見つめ呟いた。
 少し前まで、この空はデリス・カーラーンの出現で闇に覆われていた。世界中に凶悪なモンスターがはびこり、人々は恐怖に打ち震えていた。このまま世界は滅びてしまうのかという不安の中、自分達は必死に戦い続けていた。そして、ボロボロに傷つきながらも諦めずに仲間と力を合わせて平和を掴み取ったのである。
 今、世界は元の姿に戻り、空を覆っていたデリス・カーラーンも徐々にこの地から離れていっている。
「平和とはいいものだ。」
 リーガルは再び呟き、目を伏せた。そして、あの苦難の日々を思い起こしながら、じっくりと平和をかみしめるのであった。

 彼は、まだ知らなかった。もう直ぐこの地に嵐がやってくることを。
 そして、平和とはかくも脆いものだったのかと、思い知ることになるのである。




「リーガル様、お客様です。」
 リーガルは、書類から目を上げ秘書を見た。
 その秘書に案内され懐かしい人物が部屋に通されてきた。
「久しぶりだな。リーガル殿。」
「クラトス殿ではないか!」
 リーガルは、この昔の仲間の思いがけない来訪に喜び、立ち上がるとかたく握手をかわした。
「本当に久しぶりだ。元気そうだな。今はゼロスと一緒に暮らしていると聞いていたが…」
 リーガルはクラトスに応接用のソファーをすすめ、自分は向かいに腰を下ろした。そしてきょろきょろと物珍しげに部屋を見回しているクラトスを見て微笑みを浮かべた。
 しばらく振りに会ったクラトスは、随分と纏っている雰囲気が変わっていた。以前旅をしていた頃の刺すような鋭い空気が、穏やかで包み込むような温かみを帯びたものに変化している。あの、誰も寄せ付けようとはしなかった男をここまで変えたゼロスの凄さに改めて感心する。
「ゼロスやロイドは元気にしているだろうか。」
「二人とも元気だ。ロイドはエクスフィアを集め終わって、今はダイク殿の下で修行している。ゼロスはゼロスで神子の仕事に忙しい毎日を送っている。」
「そうか、それはよかった。ロイドもゼロスもクラトス殿が残ってくれて喜んでいるだろう。」
「…そうだろうか?確かにロイドは暇を見つけては会いに来てくれるし、ゼロスもとても良くしてくれている。だが最近思うのだ。私は二人の負担になっているのではないかとな。少し前までなら、私はエクスフィア集めを手伝ったり、クルシス関連の後始末をしたりとやる事があったのだが、今は世界も落ち着きを取り戻しつつあって、私にできる事がなくなってしまった。
 逆にロイドやゼロスはどんどん忙しくなっていてな。私は暇を持て余してしまっている。ゼロスは『天使様は居てくれるだけでいいんだよ』と言ってくれるし、ロイドも回数は減っているものの会いには来てくれている。しかし、このままでは『ひからびたご隠居さん』に成り果てるような気がしてならないのだ。」

「ふむ…」
 リーガルは、しゅんとしてしまっているクラトスを眺めて考え込む。

 つまり、定年退職を迎えた企業戦士が陥る心境にどっぷり浸かってしまっているということか…
 しかしゼロスも『居てくれるだけでいい』などと言わずに何か手伝ってもらえばいいものを。
 四大天使としてクルシスを引っ張ってきた程の男だ。やってもらう事はいくらでもあるだろうに。

 そこへ、先程の秘書が入ってきて二人の前に紅茶を出した。会釈をして部屋を出て行く。
 リーガルは思考を中断し、温かく香りの良い紅茶を口に運び一息つと、微笑を浮かべクラトスに話しかけようとしたがその言葉を飲み込んだ。
 クラトスがティーカップを凝視している。その目はにっくき仇敵を前にした者の様だった。何かゴミでもはいってしまったのかとカップを覗き込もうとしたリーガルは、はたと思い当たり、秘書を呼んだ。
「すまぬが、こちらにはコーヒーを頼む。」
「かしこまりました。」
 クラトスを見ると、ほっとした表情を浮かべていた。
「すまない。リーガル殿。」
「いや、私も貴公がコーヒー好きなのを失念していた。申し訳ない。」
「どうも紅茶というものは好きになれなくてな。あんな物はただの色の付いたお湯ではないか。」
 その言葉にリーガルはきっとした目でクラトスを睨んだ。
 クラトスはリーガルの変化に気付かず、入れ直されてきたコーヒーを嬉々として飲んでいる。
 リーガルはこみ上げてくる怒りを必死に押さえつけた。 

 悪気はないのだこの男は。 
 それに今クラトス殿は傷ついている。
 それに追い打ちをかけるような事をするものではない。

 そして得意の営業スマイルを浮かべ、その場を切り抜けるのであった。

「ところでクラトス殿。時間があるようなら、私の仕事を手伝ってはもらえぬだろうか。」
 何か仕事を与えれば、クラトスも元気を取り戻すとリーガルは考えたのだった。
 案の定、クラトスの瞳が輝いた。
「いいのか?だが、私に手伝えるだろうか?」
「簡単な事務作業だから大丈夫だ。」
「事務仕事ならクルシスでもしてきたからな。私でも出来そうな気になってきたぞ!」
「それは、よかった。」
 リーガルはすっかり元気を取り戻したクラトスを見て微笑んだ。
 そこへ、再び秘書がやって来た。
「リーガル様、またお客様です。」
 リーガルが入り口へと目を向けると、そこには…
「リーガルさん! 遊びに来ちゃったよ〜」
「コレット?」
「あ、クラトスさんも来てたんだ〜」
 コレットは、脳天気な空気を撒き散らしながら、ずかずかと部屋に入ってくるとクラトスの横にどさっと腰をおろした。
「クラトスさん。ロイドったらね、全然遊んでくれないんですよ〜。ジーニアスも忙しそうだし。それにね……」
 入ってくるなり機関銃のようにまくし立てるコレットに、リーガルは呆気にとられる。

 遊びに来るのはかまわない。だが、もう少し礼をわきまえてもいいのではないか…

「ロイド達も忙しいのだ。 仕方あるまい。」
 クラトスが慰めるように言った。
「分かってるけど、つまらないんだもん。」
 コレットは口をとがらせる。
「おお、それならば私と一緒にリーガル殿の仕事を手伝わぬか?私も暇を持て余していてな。そうしたらリーガル殿がそういう話を持ちかけてくれたのだ。」
「ええっ?いいんですか〜?」 
 嬉しそうにリーガルを見るコレット。

 クラトス殿…貴公はなんという事を…

 それでもリーガルはコレットの天使の微笑みに勝つ事は出来ず、諦め半分で了承したのであった。
 こうして、リーガルの悪夢のような一日が始まったのである。




 リーガルが二人に会社の概要を説明していると、ノックの音が聞こえ一人の社員が入ってきた。社員は、リーガルの前に座っている二人を見て、一瞬躊躇した。
「先日の件の報告だな。この二人の事なら心配はいらぬ。始めてくれ。」
 リーガルは空いているソファーを指して、座るように言った。
「はっ。」
 社員は腰を下ろすと、書類を見ながら報告を始めた。
「先日、社長がおっしゃっていた、玩具メーカー『バンザイ』に対して、我が社の保有している株についてですが…」
 株、と聞いてクラトスの目が輝いた。
「おお、これが噂のインサイダー取引というものか!」
 リーガルは飲みかけた紅茶を噴き出した。

 噂の、だと!?我が社に関するそんな噂が流れているというのか!?

「インサイダーってなあに?なんかおいしそうだね〜」
「株の取引の事をそのように言うらしいのだ。ゼロスが教えてくれた。」

 ゼロスよ…いい加減な事を教えるでない!!

 リーガルは咳払いをした。
「クラトス殿。インサイダーとは不正に行われる株取引のことだ。我が社が行っている正当な取引は当てはまらぬ。」
「…そうなのか?私の勘違いかな。」
 首をひねるクラトス。
 社員は報告を続ける。
「…現在、我が社は47%の株を保有しており、筆頭株主となっております。よって、業務提携を…」
「ほう、この様にして会社の乗っ取りが行われるのだな!!」
「うわ〜!乗っ取っちゃうんだ〜!!」

 リーガルは持っていた書類をばさりと落とした。

「ゼロスが言っていたのだ。リーガル殿の会社は他社を乗っ取る事で大きくなってきたと。」
「うわ〜!あくどいね〜!!」

 ゼロス…お前は私に何か恨みでもあるのか。
 これではまるで私腹を肥やす悪徳商人のようではないか…

「クラトス殿…せめて、企業買収と言ってもらいたいのだが…」
「また違ったのか?申し訳ない。」

「『違った』で思い出したんだけど…」
 コレットが勝手に関係のない話をし始める。
「さっきさ〜、この社員さん。リーガルさんの事、社長って呼んでたよね。リーガルさんって会長さんじゃなかったっけ?」
「うむ、確かにそうだな…もしかして、会社の地位は社長で、会長というのはアルタミラの町会長の事なのではないか?」
「そっかぁ〜、町会長さんてなんかかっこいいよね〜」
 見ると、社員は必死に笑いを堪えている。
 リーガルは再び咳払いをした。
「私は、レザレノの社長と会長を兼任しているのだ。けっして町会長ではない。」
「そうか。また間違えてしまったな。」
「っもお〜、クラトスさんたらおチャメさんなんだから〜」
 二人の天使は、声をそろえて笑っている。
 リーガルは頭を抱え、八つ当たりのように社員を睨みつけた。その目はこう語っていた。

「おまえは左遷決定だ!!!」

 社員は恐れをなし、報告を早々に切り上げて逃げ出して行った。
 リーガルは気を取り直し、二人に仕事を頼むことにした。自身で作成していた書類の束を持ってきてクラトスに渡した。
「これは営業への通達事項なのだが、こちらにある会議内容をこの書類に書き込んで行ってもらいたいのだ。上の三枚は私が仕上げてあるから、それを参考にしてほしい。」
「うむ。承知した。」
 それから…とリーガルはコレットの方に振り返った。
 コレットはわくわくと期待を込めた目で自分を見ている。

 この女には簡単な作業を頼んだ方が無難かもしれんな。

 リーガルは机に置いてあった何冊かのファイルを持ってきて、コレットに渡した。ファイルには鉛筆で番号が振られている。
「後で秘書にでも頼もうかと思っていたのだが、そなたにお願いしよう。」
「うっわ〜!秘書さんの仕事ですか〜」
「会議の資料を纏めたファイルなのだが、番号順に名前を付けていってもらいたいのだ。」
 リーガルは番号とファイル名を書き記したメモ書きとペンを渡しながら言った。
「このペンで背表紙に書き込んでくれればいい。」

 ただ、メモにあるファイル名を書き写していくだけの単純作業だ。馬鹿でも出来るだろう。

「はぁ〜い。名前を付けるんですね。私、得意です。」

 少々、言い方が気にかかったが、リーガルは聞き流すことにした。
 こうして三人は黙々とそれぞれの仕事をやり始める。
 しばらくして秘書がやってきた。

「リーガル様、本日の営業への通達事項なのですが…」
 リーガルはクラトスを見た。
「クラトス殿。さっきお願いした書類だが、あとどの位で出来上がるだろうか?」
 クラトスは最後の一文を書き上げ顔を上げた。
「ちょうど良かった。今出来上がった所だ。」
 見本にしていたリーガルの仕上げた三枚を上にのせ、トントンと書類をそろえながら答える。
 リーガルは満足げに笑みを浮かべた。

 思ったとおりだ。やはり仕事が速い。

 秘書は書類を受け取ると部屋を出て行った。
 リーガルはコレットの様子を見にいく。
「調子はどうかな?」
「は〜い。私も、もう直ぐ終わりま〜す!」
 リーガルは出来上がったファイルを手に取った。そして、目を見開く。
 そのファイルの背表紙には、大きな字で 『ポチ』 と書かれていたのだ。
 慌てて残りのファイルも見てみると、そこにはそれぞれ 『ジョン』 『チビ』 『タロー』 と書き込まれている。
「ナイスなネーミングでしょ〜」
 コレットはニッコリと笑って自慢した。リーガルはあまりの事に声も出ず口をぱくぱくとしている。
 そこへ、秘書が書類をもって駆け込んできた。
「リーガル様!先程の通達書類なのですが、営業の方から何が書いてあるのか分からないとの苦情が…」
 リーガルは書類を受け取って目を通す。
 一枚目には今朝自分が仕上げたものがのっている。読み直してみるが別段、変な箇所は見当たらない。

 何が分からんと言うのだ!!

 パラパラと捲っていく手が四枚目にきて止まった。ここからはクラトスが書いたものだ。

 綺麗な文字で非常に読みやすい。見事に仕上がっている。そう…たった一つの点を除いたらの話だが…
 たった一つの点…それは、これが全て天使言語で書かれていたことだった。

「…クラトス殿…これは…?」
「ん?クルシスでは重要書類は全て天使言語で作成していたのだが、ここでは違うのか?」
 コレットが横から覗き込む。
「あ、ほんとだぁ。でも、レザレノの社員さんって天使言語も読めないんだ〜!情けないね〜」

 相次ぐ出来事にふらふらと眩暈を起こしていたリーガルは、コレットの言葉がとどめの一発となり、そのままひっくり返ってしまったのであった。




「クラトス殿、これを5部コピーして来てくれ。」
 リーガルはクラトスにホチキスで止められた書類を渡しながら言った。
 リーガルの後ろには秘書が立っており彼の頭に氷嚢をのせている。
「それが済んだらこれをFAXしてきてくれ。付箋に書かれている番号に送ってくれればいい。両方とも3階のフロアで出来る。」
「うむ。承知した。」
 クラトスは書類を受け取り、部屋を退出していった。
 それを見送ると、リーガルはコレットを見た。コレットはさわやかな笑顔を浮かべ彼の前に立っている。
 リーガルは振り返って秘書に言った。
「彼女に出来そうな仕事を何か探してやってくれ。」
「かしこまりました。」
 秘書はコレットを連れて部屋を出て行った。
 一人になったリーガルは大きく息をはきだした。

 あの二人を使う事がこれ程大変とは思わなかった。酷く疲れをおぼえる。
 二人には適当に仕事を与えて、今日一日をなんとか切り抜けるとしよう…

 それからしばらく、リーガルは静かな環境で仕事に集中することができた。だが、ふと気になって戸口を見る。
 クラトスが戻ってこない。コピーとFAXだけなのだ。もう戻ってきてもいいはずだ。
 リーガルは心配になり、様子を見に行くことにした。

 3階では、会長自らがフロアに現れたことに皆驚愕していた。普段ここにリーガルが姿を見せることはほとんどない。社員達は慌てて席を立つと彼に最敬礼を始める。リーガルはそれらに頷きかえしながらクラトスを探した。すると、フロアの隅の机に座ってなにやらやっているクラトスを発見した。リーガルが覗き込むと、クラトスは先程渡した書類を必死こいて書き写しているところだった。
「クラトス殿。何をしているのだ?」
「何って、貴公に頼まれた仕事をしているのだが?」
「…手書きで写さずとも、コピー機でとればよかろう。」
「おお、そうか。」

 リーガルは再び眩暈をおぼえた。
 氷嚢を持ってくればよかった…

 その時、フロアの隅に設置してある電話交換室のほうから悲鳴が聞こえた。
 リーガルはとりあえずクラトスをその場においたまま、交換室へと駆けつけた。
 リーガルが部屋に駆け込むと、そこにはコレットが座っておりその横に秘書が泡をふいて倒れていた。
「あ、リーガルさん!なんかねぇ、このボタンみんなボヨヨ〜ンてなっちゃったんだけど〜。」
 コレットはリーガルに気付くとにこにこしながらそう言った。見ると機械のボタンが全て飛び出しており、中のスプリングが見えてしまっている。まさにボヨヨ〜ンという形容がピッタリの状態である。
「あっちのでもやってみたんだけど、み〜んなこうなっちゃうんだよ。押しても戻らないんだけど、どうしてかなぁ〜」
「…コレット…普通、この様な状態を『壊した』というのではないか?」
「そっかぁ〜壊れちゃったのかあ。エヘヘ、失敗しちゃった〜。それで秘書さん、倒れちゃったんだね〜」
 リーガルは周りを見回した。全ての機械がご臨終状態になっている。

 全滅か!!

 この機械は結構高額なものであった。秘書が倒れてしまったのも理解できる。リーガルは近くの者に秘書の事を頼むとコレットをその場から連れ出した。ひとまずクラトスの所へと戻る。だが、クラトスの姿を見てリーガルは固まってしまった。
 クラトスがカメラでパチパチと机上の書類を写していたのだ。
「今度は何を始めたのだ!!」
「ん? コピー機とはこれの事ではないのか?」
「コピー機はあれだ!!!!」
 リーガルはびしっと隅においてあるコピー機を指差した。クラトスはそちらへと目を向ける。そこでは社員がソーターを使ってがしゃがしゃとコピーをしていた。
「あれがコピー機?だがあれではホチキスがひっかっかってしまうだろう?」
「はずせばよかろう!?」
「ほう、ホチキスとははずせるものだったのか?」
 リーガルは額に手を当てた。そんなリーガルの背中からコレットが覗き込んできた。カメラを持ったクラトスを見て、
「うわ〜クラトスさん、かっこいい!!産業スパイみたいだね〜」
「そ、そうか?」
 クラトスは頭をかきかき照れている。
「……」
 リーガルは咳払いをし、クラトスに尋ねた。
「それでFAXは送ってもらえたのかな?」
「ああ、それなら大丈夫だ。近くの人にやり方を教わった。」

 ならばコピー機も尋ねればよかろうが!!

「それで、FAXし終わった用紙はどこにある?先方に電話するのに使いたいのだが。」
「送ったものが手元にあるはずなかろう?」
「……」
 リーガルは黙ってクラトスの腕をつかむとFAXのところまで連れて行き、送信済みの用紙を取り上げ見せた。
「???FAXとは、この用紙が直接相手の所へ飛んでいくのではなかったのか?」
 リーガルは頭をかかえて蹲った。そんなリーガルにコレットが追い討ちをかける。
「どうしたの、リーガルさん。あ、もしかして更年期〜?」




 リーガルは会長室へと戻ってきた。椅子にどっさりと腰を下ろし、ため息をつく。

 あの後、天使達は倉庫整理へとまわした。もう、その位しか頼める事が思い浮かばなかったのだ。
 そして、自分でコピーをやった。会長自らがコピーをするはめになろうとは…。
 社員達の奇異なる物でも見るような視線の集中砲火を浴びながら、コピーをすませて、やっと自室に戻ってきたのだった。

「手伝ってもらっているはずなんだが…なぜかいつもより忙しく感じるのは気のせいか?」
 倉庫整理にまわしたのは少しかわいそうな気がするが、これでしばらくは静かに仕事ができるだろう。
 微笑を浮かべるとリーガルは中断していた仕事を始めたのだった。

 だが、それは大きな間違いだったのだ。リーガルがその事に気付くのは全てが終わった後の事であった。
 終焉の時は、もうすぐそこまできていた。


 その頃、倉庫では…

 コレットが『火気厳禁』とでっかく書かれた張り紙を見て、首をひねっていた。
「ねえ、クラトスさん。『かきげんきん』 て何かなあ?」
「下記現金?…『現金』と下のほうへ書き記してあるという事ではないか?」
「ふ〜ん。現金なんて書いてないみたいだけど、ま、いいかぁ。でも、薄暗くてよく見えないよ。懐中電灯ないんだよね〜」
「蝋燭ならあるぞ。」
「ラッキ〜!マッチは私がもってるよ〜」
 そして二人は、蝋燭に火を灯すため、マッチをすったのである。

 それは、レザレノ王国崩壊の瞬間でもあった。





「抜けるような澄んだ青空。吹き渡る爽やかな風…自然とは、かくも素晴らしいものだったのか。」
 リーガルは空を見上げ呟いた。良く見るとその目には涙が浮かんでいる。
 ついさっきまでこの空を覆い隠すようにそびえ立っていたビルは跡形もなく消え去っていた。彼が心血を注いで築き上げた大企業。泣く子も黙ると言われたレザレノ・カンパニー王国は、たった二人のおとぼけ天使達により脆くも崩れ去ったのである。
 不幸中の幸いだったのは、従業員から死者が出なかった事だった。あの巨大なビルは、爆発後もすぐに崩壊する事はなく、その間に、リーガルや天使達の誘導で安全な場所へ避難する事が出来たのであった。
 中でもクラトスの功績は賞賛に値するものであった。さすが、あの救いの塔が崩れる前に多くの天使達を避難させた実績を持つだけの事はあって、彼の誘導は的確で、そして迅速であった。彼が居なかったら多くの社員が瓦礫の下敷きになっていたであろう。彼は全社員の命の恩人であった。たとえ、崩壊の原因の一端が彼にあったとしてもである。
 彼は本来、こうした危機的状況においてのみ本領が発揮されるタイプなのかもしれない。

「あ! ロイドとゼロスがきたよ〜」
 コレットが大きく手を振りながら大声で叫んだ。コレットは走って行ってロイドに飛びついた。
「嬉しい!!迎えに来てくれたんだね〜!!」
「何言ってんだよ。急に居なくなっちまったからみんな心配してたんだぞ。」
「えへっ、ごめんね〜。あ、でもね。聞いてロイド。私、OLしちゃったんだよ〜」
「…へ、へえ〜。そりゃ凄えじゃんか。」
 実の所、ロイドはOLがなんたるか全く分からなかった。ただ、コレットがあまりに嬉しそうに言うものだからきっといい事なのだろうと、適当に返事をしただけなのだった。
 ロイドとコレットが話している横では、ゼロスがクラトスを叱っていた。
「勝手にどっか行っちゃだめでしょ。心配すんでしょうが。」
「すまない。」
「無事だったからいいけどさ。でも、なんか嬉しそうだね、天使様。」
 するとクラトスは満面に笑みをたたえて、こう言った。
「リーガル殿が仕事をさせてくれたのだ。とても楽しかったぞ。」

「仕事?」
 ゼロスはクラトスの背後を見た。
 そこには呆然と佇んでいるリーガルの姿があり、そして、その前には瓦礫の山が…
「…そ、そう、仕事しちゃったんだ…」
 ゼロスはリーガルに哀れみの視線を送った。視線に気付きリーガルが振り向く。ゼロスと目が合った。

 ゼロス…お前がクラトス殿に仕事を手伝わせなかった理由がようやく分かった…
 お前はこうなる事を予測していたのだな。
 いや、もうすでにこの様な目に遭っていたのか…

「書類をつくったし、FAXとかいうのもしたのだぞ。株の話もしたな。その時はお前が教えてくれた事が役に立った。」
 嬉しそうに話し続けるクラトスを見て、ゼロスは微笑をうかべた。
「そっか〜。色々出来てよかったね。」

 すまねえな、リーガルのおっさん。
 あんたが酷い目に遭ったのは可愛そうだけど、俺様にとっては天使様が喜んでる事が一番なんだ。
 だってさ。天使様のこんな笑顔見るの久しぶりだから。

 その時、ロイドが素っ頓狂な声を上げた。
「あっりゃ〜?これはまた見事な壊れ方だなあ。粉々じゃんか。」
 今はじめて気が付いたように瓦礫の山と化したレザレノ・オフィスビルを仰ぎ見る。
 そしてトテトテとリーガルに歩み寄ると、ばしっと肩を叩いた。
「リーガル、ほら、あれだろ?たんまり溜め込んだ金で…クリーニングってやつ?あれをおっぱじめる気だろう。」
「…それを言うなら、リニューアルだ…」
 リーガルの低く抑えた声が響き渡る。
「あっれ〜、そうだっけ?」

 こいつら親子は、そろいもそろって私を愚弄するつもりか!!

 リーガルはこみ上げてくる怒りを必死に抑えつけた。
 そんなリーガルの様子にいち早く気付いたゼロスは慌ててロイドを引き寄せる。
「じゃ、じゃあ、俺様達は引き上げるわ。」
 早急にその場から逃げ出そうとするゼロスをよそに、天使達はリーガルに声をかける。
「リーガル殿。また助けが必要ならいつでも呼んでくれ。仲間ではないか、遠慮はいらぬ。」
「私もいつでも駆けつけるよ〜。私たちって頼りになるでしょ〜!!」
「俺も、そのリニューなんとかっていう奴やったら、パーティに呼んでくれよな。旨いもん食えるしパーティ大好きだからさ!」

ぶちっっっっ!!!

 ついにリーガルの怒りが爆発した。
「三華猛蹴脚!!!!」
 駆け寄って四人に技をお見舞いしようとしたが、僅差で四人は羽根を広げ空中へと逃げた。そしてそのまま飛んで行ってしまったのだった。

「くっ! これ程とは…」
 後には膝をつきうなだれるリーガルが一人残されたのであった。




 そして、逃げ出した四人組は…

「リーガルの奴、また見事な空振りしてたなあ。」
「あれは『空振り』って技なんじゃないかなあ〜」
「それは、あまりに酷い言い方ではないか?せめて『秘奥義 空振り』と言ってあげた方がよくはないか?」
「…天使様…そっちの方が酷いって…」
「あはははっ。そりゃあナイスネーミングだぜ、父さん。『逃さん!秘奥義 空振り!!』なんてな。」
「きゃはっはっは。ロイドそれおもしろ〜い!」
「なにしろ『尻餅ダンディー』だからな。仕方ねえよ。」

「「「はっはっはっは!!!」」」


 なぜか、リーガルを目の敵にしている三人(一人は変な方向にボケをかましているだけのようだが)を見て、ゼロスは無性にリーガルが気の毒に思えてきた。以前、同じような辛酸をなめた身としてはひとごとには思えなかったのである。

 それで、せめてもの思いをこめて、彼はリーガルを密かにこう呼ぶことにしたのである。

 『哀愁のダンディー』 と…


−リーガルの憂鬱 終−


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