新年会


 本日は新年会という事で、親子とリーガルはとある居酒屋にやってきた。
「それでは皆さん、今年もよろしくって事で乾杯といきますかあ!」
 元気一杯ジョッキを掲げるロイドを見てリーガルは眉をひそめた。
「待て、ロイド。お前の持っている物は何だ?」
「何って生ビールに決まってるじゃん。こういう席ではとりあえずビールって言うのがお約束だろう。」
「お前は未成年ではないか。酒は駄目だろう。」
「正月ぐらいいいじゃんか。最近俺もめっきり酒が弱くなったからそんなに飲まないからさ。」
「さ、最近?…」
「十歳になる前から飲んでたもんね。正月には青玉ワインを一日一瓶あけてたし、親父の日本酒に付き合う事もあった。それでも全然平気だったんだぜ。でも最近はすぐに酔っぱらうようになっちまった。」
「すぐに酔う、酔わないの問題ではない。未成年に酒はいかんのだ。なあ、クラトス殿…?」
 同意を求めてクラトスの方へ向いたリーガルは目を丸くした。
 クラトスは徳利を片手に手酌で日本酒をあおっていた。すでに出来上がっているようだった。
「クラトス殿?確か酒は好きだと言っていたと思うが…」
「ん?ああ、好きだぞ。」
 リーガルへ向けた目がひどくドロンとしている。

 好きだが弱いという事か…。

 リーガルは咳払いをした。
「クラトス殿からもロイドに言ってやってくれ。未成年が酒を飲んではいかんのだと。」
「お?ロイド、何を飲んでいるのだ?」
 クラトスはリーガルの言葉が聞こえているのかいないのか、ロイドが飲んでいるものを指さして尋ねた。
「レモンサワーだよ。さっき頼んだんだ。」
「ロイド!だから酒はいかんと…」
「大丈夫だって。サワーなんて酒の内に入らないよ。」
 さらにロイドを諭そうとするリーガルの前に指をくわえたクラトスがぬ〜と割り込んできた。
「ロイド、それは美味そうだな。」
「ん?ああ、甘くてジュースみたいだぜ。父さんも飲むか?今度は俺、グレープフルーツサワーを頼むつもりだから。」
「そうか?ならば私も同じものを。」
「分った。おーい、姉ちゃん。グレープフルーツサワー二つね。」
 えらく慣れた様子のロイドに、リーガルは頭を振った。

 店員を姉ちゃん呼ばわりするとは、こいつ相当場慣れしてるな。
 まるでオヤジのようではないか。

 リーガルはこの親子の事は無視して一人で酒を楽しむ事にしたのであった。


 さて、しばらくしてさっきの“姉ちゃん”が三人のテーブルへやってきて、ジョッキを二つ置いて行った。
「お?きたか。」
 クラトスが嬉しそうに眼を輝かせジョッキを手にする。
「なんだか妙に赤い液体だが、これがグレープフルーツサワーなのか?」
「あれ?グレープフルーツサワーってこんなに赤かったっけ?」
 ロイドが不思議そうに首を傾げたが、すぐにハッとしてニカッと笑う。
「きっとあれだよ。ほら、赤いグレープフルーツってあるじゃん。あれを使ったサワーなんじゃねえ?」
「おお、言われてみればそんなのもあったな。きっとそうだ。そうに違いない。」
「それじゃあ、そういう事で。乾杯といきますか。」
「うむ。」
 二人はニッコリと笑ってジョッキを掲げた。
「「かんぱ〜い!」」
 二人はまず一口味見してみた。
「む?なんだか覚えのある味だな。」
「でも美味いよな。」
「うむ。」
 二人はニッコリとすると、残りを一気に飲み干した。
 すると丁度その時、さっきの“姉ちゃん”がひどく慌てた様子で戻ってきた。隅に座っていたリーガルに言う。
「申し訳ありません。さっきお運びしたお酒ですがテーブルを間違えてしまいまして。」
 リーガルは親子の方をチラリと見てから、
「もう飲んでしまったようだ。別に構わない。うちのテーブルに付けといてくれ。どうせもっと頼むつもりのようだったのだから。」
「本当に申し訳ありませんでした。先程の二杯はサービスという事にさせて下さい。あとこちらがご注文のグレープフルーツサワーです。」
 “姉ちゃん”は深々と頭を下げると立ち去ろうとした。
「ああ、ついでに聞いておきたいのだが、さっきの酒は何なのだ?」
「はい?…ああ、あれはトマチュウです。」
「トマチュウ?」
「トマト酎ハイです。」
「!!」
 愕然とした表情のリーガルを見て“姉ちゃん”は首を傾げながら戻っていった。
 リーガルはこれから起こるであろう惨劇に思わず身震いしたのであった。


 さて、間違えてトマト酎ハイを飲み干してしまった親子。
 アルコール+トマトの効果でパワー全開となっていた。クラトスはロイド相手に泣きながら語っている。
「クルシスでも新年会があってな。私はよくミトスに苛められたものだった。ミトスはしきりに芸を要求してきて、ユアンと二人で安来節を踊らされたり尻文字もやらされた。おまけに腹踊りまで強要されて…うっ、うっ、何度泣かされた事か。」
「ひでえな。それってパワー…はら…はら…波瀾万丈ってやつだろ。」

 それを言うならパワーハラスメントだ…
 密かにツッコミを入れるリーガル。

「ユアンは楽しんでやっていたようだが、真面目な私には耐えられなかった。」
 クラトスは泣き続けている。

 私も貴公は真面目な男だと思っていたよ、昔はな…。
 しかしこの男は本当に酒はあまり強くないようだな。
 まあ、トマトの相乗効果もあるようだが、まさか泣き上戸だとは思わなかった。

 リーガルが心の中で毒づいていると、いつの間に手にしたのか、クラトスが傍らにあった鶏挽肉をそのまま一気に鍋の中に放りこんでしまう。
 リーガルは思わず悲鳴を上げた。
「あ〜〜、それはこのスプーンで団子状にして入れないと…」
「ん?そうだったのか?まあいいではないか。これでも食えない事はない。」
 リーガルが慌てて放り込まれた挽き肉を必死に寄せ集めている横で、ロイドが鍋に箸を突っ込んでかき回し始めた。
「うわ〜そぼろ鍋だ〜〜〜!」
「ちょ、ロイド、止さないか!」
 リーガルが叫んだその時、突然クラトスが床に這いつくばって土下座を始めた。
「すまん、リーガル殿。私がせっかくの鍋を台無しにしてしまった!」
 大粒の涙を流しながら、ペコペコと詫び続けるクラトス。
「え?い、いや、そんなに気にしなくても…」
「あ〜あ、リーガル、父さん泣かせちゃ駄目じゃんよ。」
「わ、私が泣かせた訳ではないだろう。クラトス殿はすでに泣いていたではないか。」
「い〜けないんだ、いけないんだ!!」
 はやし立てるロイドの横でクラトスが今度はいきなり剣を抜き放って叫んだ。
「かくなる上はこの腹かき切ってお詫びしよう!」
 剣で切腹しようとするクラトスをリーガルは必死に止めに入った。
「ま、待て。そんな大げさな事ではなかろうが。貴公は時代劇の見過ぎだ!」
 揉み合う二人。なんとか剣を取り上げて鞘へと収める。
 がっくりと項垂れているクラトスの肩を慰めるように叩きながらロイドが声をかけた。
「元気出せよ、父さん。そうだ!俺が歌を歌ってやるよ。」
 ロイドは立ち上がると箸をマイクのように持って歌い出した。
「きたの〜さかばどおりには〜…」
「何故、北酒場?」
 リーガルの呟きにロイドが振り返って答えた。
「だって、俺これしか知らねえもん。これは親父の十八番でさ、酔うといつも歌ってたから。」
「……」
 ロイドの歌を聞いて、今度はクラトスが立ち上がった。
「よし!私も歌っちゃおうかな。」
「おお、いいぞ父さん!歌いまくって嫌な事なんて忘れちまえ。」
 クラトスもロイド同様箸をマイク代わりに歌い始める。
「波の谷間に〜命の花が〜ふたつ並んで〜咲いている〜」
「今度は兄弟船?」
 再び呟いたリーガルにクラトスが答えた。
「これぞ歌というものだ。まさに日本男児の心意気!」
「いよっ!!カッコいいぜ!!」
 ロイドは手を叩いてしきりに声援を送っている。

 日本?それは一体なんだ?
 人間離れしていると思ったら、やはりこのシンフォニアの世界の人間ではなかったのか。

 ふと、周りを見回すと、他の客達がこちらを指差してゲラゲラと笑っている。リーガルは居たたまれなくなって、トイレに立つ振りをしてその場を離れるのだった。


 しばらくして戻って来たリーガル。クラトスは二曲目を歌い始めていた。眉間に皺をよせ、こぶしを振りながら熱唱している。
「まだ歌っているのか。今度はなんだ。」
「演歌の王様、サブちゃんが歌う名曲。北の漁場だって。すげえ迫力。俺、父さん尊敬しちゃうな〜」
 ロイドが焼き鳥を食べながら説明した。
 クラトスはすっかりなり切っているようだった。どこから調達したのかねじり鉢巻きを締め、借りたのかかっぱらったのか、店員のはっぴを着ている。そして周りの者達は笑いながらも盛大な拍手を送っている。クラトスは手を上げて笑顔でそれにこたえていた。
 すっかり調子にのったクラトスは、その後も何曲もド演歌を歌い続け、スターさながらに聴衆から拍手喝采を浴びたのであった。


 大騒ぎをしまくった親子は、今、ソファーの上で夢の中にいた。店も看板となって、店内にはリーガル達三人と後片付けをしている店員が残っているだけで、その他の客は皆帰ってしまっていた。幸せそうな笑顔を浮かべて眠っている親子を眺めながら、リーガルは呟いた。
「酒を飲んだ時には、早くつぶれてしまった方が勝ちだとよく言うが本当だな。結局後始末は私がする事になるのか。」

 だが、あれだけ振り回されながらも頭にこないのだから不思議だ。
 考えてみても、去年この親子が転がり込んできてからというもの碌な目に遭ってはいないというのに。

 迷惑だと思った。いきなりやってきて当然のように住み着いた親子を邪魔だとも思った。旅をしていた頃には全く気付かなかった親子の別の一面を見せつけられて、毎日が驚きの連続だった。それでも憎み切れないのは何故だろう。

「あら、眠ってしまったんですね。」
 店員の“姉ちゃん”がやってきて笑いながら話しかけてきた。
「すまないな。今タクシーを呼んだからそれが来たらすぐに引き上げるから。」
「いいんですよ。気になさらなくても。」
 “姉ちゃん”は眠っている親子を覗き込みながら言った。
「ふふ。とってもよく寝ちゃってますね。子供みたい。でも、お客さんの事を信頼しきってるって感じですね。」
「え?私を?」
「でなきゃこんなに無防備にならないんじゃないですか。見た所、二人とも剣士様のようですし。」
「……」
「でも今日は楽しかったです。初めてですよ。店員もお客様も皆一緒になって楽しんだのは。ここだけの話、いつも苦虫噛みつぶしたような顔ばかりしてる店長さえも笑っていたんですもの。最初は嫌そうな顔をしていた他のお客様も最後には楽しそうにしていましたしね。まるでこの二人って周りの人達を幸せにしちゃう不思議な力があるみたい。」
 リーガルは“姉ちゃん”の言葉にハッとしたように親子を見た。
「あら、タクシーが来たみたいですよ。ぜひまたいらして下さいね。お待ちしてますので。」
 そして三人は、何故か店長まで出てきて店員総出で見送られながら帰途についたのであった。



 帰り道、タクシーの中で親子の寝顔を見ながらリーガルは先程の“姉ちゃん”との会話を思い浮かべていた。

 “お客さんの事を信頼しきってるって感じですね”
 “この二人って周りの人達を幸せにしちゃう不思議な力があるみたい”

 確かにこの親子が来た時迷惑だと思った。でもだんだんとその気持ちが薄らいできたのは、いつの間にかこの親子の存在が私にとって必要なものになっていたからかもしれない。それにたぶん私は嬉しかったのだ。この二人が旅をしていた頃とは違う一面をこの私に見せてくれた事が。そして他の誰でもない、この私を頼って来てくれたという事が。
 この二人が私を信頼してくれているように、この私も二人を信頼しているのだ。二人によってなんだか寂しくてぽっかりと穴が開いてしまったようだった私の心が癒されたのも事実なのだから。

 そうだな。彼女が言った通りだ。今こそ正直に白状するよ。
 この二人は私に幸せを運んできてくれた、私にとってはまさに天使なのかもしれないとな。

「でもこれからもこの二人には振り回される日々が続くのであろうな。」
 リーガルは苦笑しながらも、まあ、そんな日常もいいかなとも思うのであった。
「さて、明日は恐らく二日酔いであろうこの二人に何か作ってやるかな。」

 タクシーは、楽しそうに料理を考えているリーガルとぐっすりと幸せそうに微笑みを浮かべ眠っている親子を乗せて、夜の街を走り続けていくのだった。

−新年会 終−




※曲名を実名で出してしまったけどまずかったかな…というわけで一応説明書きを付け加えておきます。
「北酒場」…作詞:なかにし礼 作曲:中村泰士 唄:細川たかし
「兄弟船」…作詞:星野哲郎 作曲:船村徹 唄:鳥羽一郎
「北の漁場」…作詞:新條カオル 作曲:桜田誠一 唄:北島三郎

くれぐれもお断りしておきますが、これらの曲が十八番なのは私ではありません。兄です。一応断っておかないと私の趣味を誤解されそうなので。