始まりの1歩
「クラトス君はちょっとみんなの輪の中に入れないところがありますね。いつも一人でぽつんとしている事が多いです。」
「へ?」
幼稚園での保護者面談で担任のリフィルからそう言われたブレイズは、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
クラトスは確かに大人しくてマイペースなところはあるが、まさか友達がいないとまでは思っていなかったのだ。
そう言われてみれば思い当たる事はいくつかあった。幼稚園から帰って来ても友達と遊びに行くという事もなかったし、家で友達の話をした事もない。
「……もしかして、いじめられているとか?」
「いいえ。当園ではそのような事実はありません!!」
まるで記者会見の席でのように大声で否定するリフィル。
そのあまりの大きさにブレイズは首をすくめると困った表情を浮かべ、面接が終わるのを一人で遊びながら待っているクラトスのほうをちらりと見たのだった。
その夜、夕食の後片づけをしながらブレイズは考えていた。
今ブレイズはクラトスと2人で暮らしている。少し前までは母ソアラも一緒だった。だが半年前に外国の子会社へ2年間の出向話が浮上。ソアラは家族みんなで行く事を望んだのだが、大学生になったばかりだったブレイズはここに残る事を希望した。三流とはいえ、折角入学したのだからちゃんと卒業したかったのだ。そこでソアラは悩んだ末に、短期間の出向だった事もあり、クラトスをブレイズに託し単身赴任したのだった。
だからブレイズは現在、弱冠18歳の大学生だとは言え、この家の主でありクラトスの保護者なのである。問題があれば自分が解決しなくてはならない。
(とにかく本人に確認しなくちゃな。でもあまり刺激してもいけないし…)
ブレイズは皿を洗いながら、後のテーブルに座っているはずのクラトスに出来るだけさりげなく尋ねた。
「なあ、クラトス。幼稚園はどうだ?友達はできたのか?」
「ううん…どうしても合わないの。価値観の違いって言うのかな。もう一緒にはやっていけない。」
(はい?)
奇妙な返答に不思議そうに振り返るブレイズ。
するとクラトスはいつの間にか居間のテレビの前へと移動しており、画面には喫茶店にて友人を前に泣きながら話している女性が映っていた。
「付き合っている時はただ楽しくて、そんな事考えもしなかった。でも結婚して一緒に暮らし始めて、気付いてしまったの。そうなると彼のする事なす事気に障って、最近は夜の営みも苦痛に…。もう離婚するしかないのかな。ねえ、夕子。あなたはどう思う?」
「だ〜〜〜〜っ!何、恋愛ドラマなんて見ているんだよっ!!」
ブレイズは慌てて居間にすっ飛んでいくと、テレビを消しクラトスを睨みつけた。
「あ!ひどい…」
「酷いじゃねえっ!こんなの、ガキのお前が見るもんじゃねえだろうが。それより友達だよ、友達!」
「ともだち?」
クラトスは首を傾げながら、ブレイズを見上げた。
「ああ……今日、リフィルせんせいから何か言われたんだ。」
「え?い、いや、そうじゃないぞ。やっぱ家族としてはお前がどんな幼稚園生活を送っているか気になるじゃねえか。」
「ふ〜ん……別にふつーだよ。」
「!!普通って、お前、それじゃあ答えになってな…」
思わず大声を出してしまい、ハッとして言葉を切るブレイズ。
(いけねえ、いけねえ。俺とした事がつい感情的になっちまった。おだやかに、おだやかに…)
「そ、そういえばもうすぐ遠足だったよな。あれは、弁当持ってみんなでワイワイと……こう、なんて言うか、気分が解放されるからな。『友達100人できるかな〜♪』てなもんだ。みんなと仲良くなるチャンスじゃねえか。」
「……」
「あ、もちろん今だって友達ぐらいいるだろうけど、倍増するって言うか、やっぱ友達は多いほうがいいだろう?」
「……ぼくは遠足にはいかないよ。」
「へ?どうして?」
「行きたくないから。」
「何言ってるんだよ!!遠足だって大事な行事だろ!園児なら参加するべきだ。」
「別にいいじゃん。ぎむきょーいくじゃないんだから、行かなくてもいいでしょ!」
「お前な、ガキのくせに屁理屈こいてんじゃねえよっ!」
つい苛々して怒鳴りつけてしまうブレイズ。すぐに後悔するが後の祭りだった。
見ればクラトスは目に一杯涙を浮かべており…。
「だって…だって…ボクはみんなに……。」
(え?)
そして呆然としているブレイズを押し退けると、
「幼稚園のみんなも、ブレイズも、大嫌いだ〜!」
と叫びながら居間から出て行ってしまったのだった。
「お、おい、待てよ!!」
ブレイズは慌てて引き止めようとするも続く言葉が出て来ず、ただ見送るしかなかったのである。
シンフォニア幼稚園は、その名のとおり毎日が賑やかである。笑い声や泣き声、生意気そうな口調に威勢の良い口調。そんな色々な表情の園児達が醸し出すシンフォニーは、通りかかった人を皆笑顔にしてしまう。
ところがこの日はそんな魔法にかからない人物が一人…。
その男は季節外れのトレンチコートに中折れ帽を目深に被り、おまけに大きなマスクで顔を覆いサングラスをしていた。まるでホラーミステリーによく出てくる“謎の男”のようである。
電柱の陰に隠れるように身を寄せている事からも、恐らく本人は目立たぬよう変装しているつもりなのだろう。しかしその見るからに怪しい姿は却って道行く人の目を引いてしまい、訝しむ視線の集中砲火を受けていた。
それでもめげずにしきりに双眼鏡で園内の様子を覗きつづける男。
そして時々双眼鏡から目を外しては、何やら手帳に書き込んでいるのだった。
一方園内では、そんな怪しげな男の存在には気付く事なく、いつものように微笑ましい(?)人間模様が繰り広げられていた。
金色の髪の子が子分らしき青髪の子を引き連れ、女の子と2人でおままごとをしている男の子に近寄ってくる。
「やあ、ジーニアス。僕達これから『せかいせーふくごっこ』をやるんだけど、君も一緒にやらないかい?」
「あ、ミトスくん…」
ジーニアスと呼ばれた子は困ったように、声を掛けてきた子ミトスと、隣に座っているピンクの髪の女の子を見比べた。
結果、女の子のほうが勝ったようで…。
「……ごめんね。今、ボクはおままごとをしているから…。」
やんわりと断るジーニアス。
だがミトスは諦めなかった。
「ままごとなんて面白くも何ともないじゃない。やっぱ男はロマンに生きなくちゃ。僕と一緒にリソーせかい実現のために戦おう!」
「分かってよ。今まで赤ちゃん役ばかりだったのを、頼み込んでやっとパパ役にしてもらったんだ。夢にまで見たプレセアとのふうふ生活なんだよ。だから…」
「そうか。ジーニアスは男のゆーじょーより、女とのあいじょーを取るんだね。」
「い、いや、そうじゃなくて…」
するとそこで、今まで黙って眺めていた青髪の子が口を挟んできた。
「だったらお前の仕事をせかいせーふくにすればいいのではないか?これならミトスとプレセア、両方と遊ぶ事ができて、皆がはっぴーになれるではないか。」
「おお、それはいいね。ユアンもたまにはいいコトを言うじゃない。」
即座にその案に賛成するミトス。
青髪の子分ユアンは、親分に褒められ満更でもない様子だ。
ところが…
「…ごめん、駄目なんだ。」
「え?」
「その……仕事はもう決まっていて…。」
そう言って向こうを見るジーニアス。その視線の先では赤い服をきた男の子が砂で作った鍋や包丁らしきものを前に「らっしゃい!らっしゃい!」と叫んでいた。
「君はロイドのバカの下で働くつもりなの?」
「そういう設定なんだよ。」
「ハッ、君がかじ屋とは!」
鼻で笑うミトス。
「あんな肉体労働、君がやる仕事じゃないよ。せかいせーふくのほうがカッコいいじゃない。」
すると…
「かじ屋さんをばかにしてはいけません…。」
「え?」
ミトスは声の主プレセアに視線を移した。
「かじ屋さんがいなければ、なべもほうちょうもできません。かじ屋さんはいっぱいしゅぎょーをしてやっと一人前というきびしいせかいなんです。せかいせいふくなんていうヤクザな仕事より立派な仕事です。」
「せかいせーふくのどこがヤクザな仕事なんだよっ!」
「まず収入がありません。収入がなければおまんまの食い上げです。それに、はーどぼいるどな仕事で危険です。ジーニアスがその仕事についた場合、殉職する確率99%…。わたしはみぼーじんになりたくありません。」
「えっ?ボク、死んじゃうの?」
驚くジーニアス。
しばらくの間そのまま固まっていたが、やがて申し訳なさそうにミトスを見ると、
「あ…ええと……ごめんね、ミトス。ボク、やっぱりかじ屋で地道に生きていく事にするよ。」
「!!うわ〜〜ん!ジーニアスの裏切り者〜!!」
泣きながら走っていくミトス。
ユアンもしばし迷った末、その後を追って行く。
「あ、ちょっと待ってよ、ミトス!!裏切り者ってボクはそんな…」
それを見たジーニアスは慌てて腰を浮かすが、
「心配いりません、ジーニアス。こういう時は放っておいてあげるのがいいんです。男には一人で泣きたい時があるんです。」
「そ、そうなの?」
「はい。昨日、ドラマで言ってました。」
「……」
「では続きを始めましょう。朝ごはんの用意ができましたよ、だんなさま。」
砂を山盛りにした、ままごと道具の茶碗を無表情に差し出すプレセア。
「え?あ…は、はい!」
ジーニアスは正座に座り直すと、手を合わせて「いただきます」をしたのだった。
その一部始終を眺めていた例の男。双眼鏡から目を外すと小さく舌打ちをした。
「ありゃあ、完全に尻に敷かれているな。てか、この幼稚園、変な奴ばっか。」
他にも、しきりにすっ転んでは壁に人型の穴をあけている少女に、女の子を口説いている赤い髪の少年。園舎横にて藁人形相手に手裏剣投げの練習をしている、幼稚園児らしからぬナイスバディな少女等々、もう滅茶苦茶である。
「もっとまともな奴はいないのかよ…」
男は再び双眼鏡を目に当てると別の場所を覗き始めたのだが、その途端、潰されたカエルのような声を上げた。
「げぇっ!なんだありゃ?」
園庭の隅の方で用務員らしき男が掃除をしている……と、まあ、そこまでは普通の光景である。だがよく見るとなんとその用務員は手枷をしているのだった。散々変な園児を見せつけられてきた男にとって、その姿はまさにとどめの一発であった。
「なんなんだよ、この幼稚園は!」
(囚人の社会奉仕か?……んな馬鹿な!)
見間違いかもしれないと、身を乗り出して双眼鏡を覗き込む男。
と、その時であった。突然背後からトントンと肩を叩いてきた者がいる。
「うるせえな!今大事なトコなんだから邪魔すんな!!」
「君、そんな所で何をしているのかね?」
「え?」
その威圧的な声にピクリと身を震わせる男。
恐る恐る振り返ってみれば、そこには怖い顔をした警備員が立っており…。
「最近この辺りで頻繁に不審者が出没していてね。」
「あ…い、いや、俺はそんな…」
「真昼間に、ニヤニヤと双眼鏡で幼稚園を覗き込む……立派な不審者じゃないのかね?」
「ニヤニヤなんてしてねえだろうが!!」
警備員の腕を振り払う男。
「お!今、暴力を振るったな?」
「何言ってるんだよ!ちょっと振り払っただけだろ!!」
「無駄な抵抗はやめろ。……おい、確保だ!確保しろ!!」
「だから違うって!俺は無実だ〜〜!!」
男は必死に訴えるが、どこから湧き出てきたのか大勢の警備員にたちまちのうちに囲まれると、取り押さえられてしまったのだった。
それから数分後、副園長のジョルジュに案内され廊下をいくブレイズの姿があった。
「大変な目に遭いましたな。しかしあなたも悪いのですよ。あんな恰好で園内を覗いていたら誰だって疑ってしまうでしょう。」
そう。あの挙動不審の男はブレイズだったのである。
ブレイズの知るクラトスは、大人しい子だがいつもにこにこしていて近所の人達からも可愛がられており、昨日の面談で言われた幼稚園での様子とはあまりにかけ離れていた。だからもし本当に一人ぼっちでいるのだとしたら、それは(リフィルは否定していたが)苛めっ子がいるからだとしかどうしても考えられなかったのだ。とは言え、クラトスに直接尋ねようとしてもまた昨夜のようになってしまうだろうし、リフィルはリフィルでクラトスが超引っ込み思案の困った子と決めつけている様子…。ならば自分で調べるしかないではないか。
そこでああして探偵風(?)に変装し偵察にやってきたのだったが、警備員に怪しまれあんな事に…。有無も言わさず引っ立てられそうになったところを、たまたま通りかかったジョルジュに救われたのだった。
「いや本当に面目ない…。もしあの時ジョルジュ先生が来てくれなかったらと思うと、今でも鳥肌が立ってしまいます。」
そう頭を掻きながら素直に詫びるブレイズを見て、くすりと笑うジョルジュ。園長がこの青年に好意をもっている訳がなんとなく分かったような気がしたのである。
実はこうしてブレイズを案内してきたのは園長の指示によるものだった。入園時の面接はジョルジュが担当したので、園長が彼と会うのは初めてである。だがその後、クラトスの送り迎えや参観日などに来園する彼の様子を眺めている内にすっかり気に入ってしまったのだろう、一度ゆっくりと話をしてみたいものだと口癖のように言っていたのだった。
「こちらです。」
「え…あ、は、はい。し、失礼します!」
やがて廊下奥にある園長室の前に着くと、ブレイズはジョルジュに促され緊張の面持ちで最敬礼をしながら部屋へと入った。
だが顔をあげて中にいた人物を目にするや、驚きの声をあげてしまう。
「げっ、お前はあの手枷用務員!」
そう叫んでしまってから慌てて口を両手で塞ぐブレイズ。
だが『手枷用務員』はそんな暴言も気にする様子もなく、笑いながら椅子をすすめると、
「初めまして。ようこそいらっしゃいました。私が園長のリーガル・ブライアンです。クラトス君のお兄さんですね。あなたの事はいつもここから見ておりました。若いのにちゃんと父親代わりをしているしっかりした方だと…。ぜひ一度ゆっくりとお話したいと思っていたのです。」
「は、はあ…」
「フ…。この手枷が気になりますかな?」
ブレイズの視線を追って、笑みを浮かべる園長。
「あ、いえ、そんな…」
「気にする事はありません。最初は皆同じような反応を示しますから。……この手枷は言わば夢実現への願かけのようなものでしてね。世界中の子供達が幸せになるその日まで、この手枷をはずす事はないでしょう。」
(それはまた壮大な夢で…。でもそれじゃあ一生はずすのは無理のような…)
「ところで今日あなたがあのような真似をしたのはクラトス君の事で?そう言えば今日はクラトス君はお休みでしたね。」
確かに今日はクラトスを休ませていた。
今朝お腹が痛いと言ってずる休みしようとしたクラトスを無理矢理幼稚園へ引きずっていこうとしたところ、今度は『ママのところへ行きたい。幼稚園を辞めてママと一緒に暮らす』とぐずり始めたのだ。そして柱にしがみつくと、それ切り梃子でも動こうとせず……そこで取り敢えず今日のところは幼稚園を休ませ、落ち着くのを待とうと思ったのである。
しかし園長が1人の園児の出欠まで把握しているとは意外だった。
(この園長に相談してみようか?)
手枷をした変な園長ではある。だが不思議と惹かれるものがあり、信頼を寄せ始めている自分がいた。なによりこの人は教育のプロである。話している内に何か良いヒントが得られるかもしれない。
「あの……実は…」
ブレイズは決心すると、ここに至るまでの経緯を話し始めたのだった。
その夜クラトスを寝付かせた後、ブレイズは居間で昼間の出来事を思い起こしていた。
“クラトス君は少し変わったところはありますが良い子ですよ。以前、園で飼っているウサギが病気になった事がありましてね。その時クラトス君は1人で必死に看病していました。とても優しい子なのだなと思ったものです。リフィル先生が言うように苛められている事もないです。ただ他人に対して臆病になっているところはあるようですね。理由は分かりませんが、非常に繊細な子ですから、何か些細な事で自分がみんなから嫌われていると思い込んでしまったのかもしれません。でもそんな事は全然ないんですよ。大人しくてあまりしゃべらなくても、優しいクラトス君がみんな大好きな筈ですから。”
穏やかな顔でそう話していたリーガル園長。
そしてその言葉は、園長との話を終えて帰ろうとしていた彼に駆け寄ってきた子供達によってすぐに裏付けられた。
口々にクラトスが休んだ理由を問うてきた子供達。
その顔はどれも心配そうで…。
クラトスは嫌われているわけではない。
それどころかたった1日休んだだけで、あんなにも心配してくれる友達がちゃんといたのである。
それなのに…。
幼稚園を辞めたいというのは、クラトスの本心でない。
そもそも最初にここに残ると言い出したのはクラトスのほうだったのだ。
外国への出向話が出た時、ソアラは幼いクラトスだけは連れて行こうと考えていたのである。でもクラトスは頑強に拒んだ。
それはきっとクラスの子と離れたくなかったから…。
中々馴染めないでいても、クラトスは彼らが好きだったのだ。
最初に友達の輪の中に入り損ねてしまったが為に孤立してしまったなんて話は間々ある事。
今考えると、あの時リフィル先生は別にクラトスを問題児扱いしたわけではなく、ただ家族である自分と今後の対応を話し合おうとしただけだったのかもしれない。
それを自分が勝手に勘違いし、焦って、問いただし……結果、クラトスを追いこんでしまった。
もっと長い目で見守っていればよかったのだ。
ここまでこじれさせてしまったのは自分…。
でもどうしたらいいのか分からなかった。
「こんな時、母さんがいてくれたら…。」
電話で相談しようと受話器に手を掛けるブレイズ。
だがすぐに離すと頭をふった。
ソアラは自分を信じクラトスを託して行った。今のクラトスの保護者は自分なのだ。なにより、父亡き後、自分達の為に身を粉にして働いてきた彼女にこれ以上余計な心配をかけたくはなかった。
「俺がなんとかするしかない。」
それからブレイズはソファーに座り直し腕を組んで目を閉じると、夜更けまでじっと思案していたのだった。
翌日ブレイズは、やはり今日も幼稚園を休み塞ぎこんでいるクラトスを散歩に誘った。
日に照らされキラキラと輝いている木々や道端に咲く花々を眺めている内にだんだんとクラトスに笑顔が戻ってくる。
そう。これが本来のクラトスだった。
ブレイズもソアラも、この笑顔にどれだけ慰められた事か。
だからクラトスには笑っていてほしい…。
やがて川までやって来ると、ブレイズは向こう岸を指さし言った。
「見ろよ、クラトス。あっちに綺麗な花が咲いているぞ。あんな花を採って帰って飾れば殺風景な部屋も華やぐだろうな。」
「え…でも、川があるから向こうに渡らないととれないよ。」
「だよな。あれを手に入れるには向こう岸へ渡らなければならない。不思議だよな〜。欲しい物ってやつは、いつだってあんな風に遠くにある。夢にしても、友達にしてもな。」
「!!」
「お前、ママのところへ行きたいって言っていたけど、あれは本心じゃないよな?本当はこのままこちらに残って、あの幼稚園で友達と遊んでいたいんだろう?だったらママのところへ逃げちゃ駄目だ。お前からみんなに近付いていかなくちゃ。こっち側で指をくわえて眺めていても何も始まらないんだぜ。」
「……でも僕は…」
「大丈夫!」
「え?」
「ほんのちょっとだけ勇気を出して1歩踏み出せばいいんだ。」
「……」
考え込んでしまうクラトス。
(俺ができるのはここまでだ。あとはお前次第…。)
決心するまで少し時間がかかるかもしれない。
でも大丈夫。
友達は逃げやしない。お前は嫌われているわけではないのだから。
「まあ焦る事はないさ。のんびり行こうぜ。」
ブレイズは笑いながらそう言うと、クラトスの肩を優しく叩いたのだった。
翌日、クラトスは幼稚園に行った。
もしまだ行きたくなければ休ませるつもりでいたのだが、今朝起きてくるとすぐに自分から行きたいと言ってきたのである。
だが園内での様子は相変わらずで、友達に話しかけるでもなくずっと独り遊びをしている。
それでもブレイズはもう尻を叩くような事はしなかった。
きっと今クラトスは向こう側へ踏み出す為に力をためているのだろう。
ならば自分はそんな彼を信じ、そっと見守っていればいい……そう思ったのである。
そしてそんな調子のまま、数日が過ぎた頃の事だった。
お昼の時間になり、園庭で遊んでいた子供達が次々に戻ってくると、お弁当を取り出し仲の良い子同士で集まり始める。
こんな時、仲間に入って行けないクラトスをリフィル先生が適当なグループに入れてあげるのが常だったのだが、今日は違っていた。
鞄から弁当を取り出したクラトスはしばらくの間そのままの恰好でじっと固まっていたのだが、やがて何かを決意したかのように顔を上げ深呼吸をすると、ぎこちない足取りでロイド達に近付いて行ったのだった。
そして小さな声でこう言ったのである。
「あの……僕も一緒に…いいかな?」
驚いたようにクラトスを見るロイド達。
だがすぐに笑顔になると、
「ああもちろん!」
不安そうだったクラトスの顔がパッと明るくなる。
それからクラトスは、あまり話に加わらないながらもロイド達と楽しく弁当を食べる事ができたのだった。
その様子を外から眺めていたブレイズは(あれから懲りずにちょくちょく覗きにきていた)、思わず涙ぐんでしまった。
「よかった……よかったなあ、クラトス。」
もちろんまだ完全に溶け込めたわけではない。
クラトスが踏み出した1歩は、小さな小さな始まりの1歩。
それでも今日振り絞った勇気を忘れなければ、きっと大丈夫。
「お前の幼稚園生活は今始まったんだ。遠足の日までにもっともっと友達ができていればいいな。」
ブレイズは園内で笑顔を浮かべているクラトスに向かってそっと呟いたのだった。
−始まりの一歩 終−
やはり少し長くなってしまいました。と言いますか、ほのぼの話でないような……こんな内容でよかったのでしょうか。(汗)
ブレイズとクラトスときたら、やはり母親はソアラしかいないと、勝手にソアラを母親に据えてしまいました。
そして折角だからオールスター出演にしようと思い、こんな事に…。ユアンの出番ちょっとだけ。(笑)
白桃リール様、大変お待たせして申し訳ありませんでした。
これに懲りずにまた遊びにおいでください。お待ちしております。
この度はリクエストしてくださり、有難うございました。(礼)