続・猛烈アンナさん
「オラオラ、肉だ、肉だ。肉、持ってこ〜い!!」
アウリオン家の朝はアンナの怒号で始まる。
その度に胡坐をかいてふんぞり返っているアンナに山盛り一杯の骨付き肉を差し出すクラトス。その姿はまるで、村を困らすモンスターに生贄を差し出す村人のようだ。
最近など、そんなアンナを真似て、ロイドまでもが『にきゅだ!にきゅだ〜!』と、叫びだす始末。
それでもクラトスは幸せだった。アンナが生きて一緒にいてさえくれればそれでいい…そう思っていたのである。
「そ、それは大変な事だな……」
クラトスから話を聞いたユアンは、心底同情の意を示しながら言った。
ここはシルヴァラントベースのユアンの部屋。相談があると言って突然クラトスが訪ねてきたのである。
「まあ大変は大変だがな。しかしそんな生活もまた結構いいものなのだ。肉を貪り食うアンナに『もうその辺にしておいた方がいい』と忠告する私。するとアンナが、『煩せえぞ、このヤロー』とぶん殴ってくる…その強烈パンチに何とも言えない愛を感じてな。喜びに胸が一杯になるのだ。」
(こ、こいつ…見かけによらずMだったのか?)
「母親の真似をして『にきゅだ、にきゅだ』と叫ぶロイドも可愛くてな〜。思わず頬擦りしたくなってしまう。」
クラトスの顔はすっかりだらしなく伸びきっており、まさに幸せの絶頂と言った様子だ。
(クラトス…お前は家族が出来て変わったな…)
ユアンははっきり言って、そんな顔のクラトスなど見たくはなかったが、幸せな妄想を壊すのも忍びなく、取り敢えず話を合わせておく事にした。
「………そ、そうか。ま、まあ、幸せそうで何よりだ。ならば別に問題などないではないか。一体何に悩んでいるのだ?」
『幸せすぎて怖い』なんて返事が返ってきたら即ぶん殴ろうと構えながらユアンは言った。
しかしクラトスの答えは、そんなユアンの想像とは違うものであった。
「いや、それはそうなのだが……実は先日、アンナがあまりに肉を貪り食うものだから、つい『そんなに食べると太るぞ』と言ってしまったのだ。それ以来、ダイエットだと言いながら肉は全く食べなくなり、キャベツばかりをバリバリと…。」
「はて?してみるとエクスフィギュアと言うのは雑食だったのか?…と言うか、そもそもエクスフィギュアはダイエットなんて出来るのか?よくは分からんが、あれってどうみても筋肉の塊だろう?減らす脂肪なんてないのではないか?」
「お前もそう思うか?…そうなんだよな。あの手足に入っているラインが霜降りっぽいのだが、あれだって必要最小限の脂肪分だろう?」
(はい?霜降り?)
「食事を取らなければ筋肉が細るばかり。そうしたら動けなくなるばかりか、下手すれば死んでしまうかもしれない。私はそれが心配で心配で…」
「それなら止めさせればいいだろう?『私はそんなふっくらとした君が好きなんだ』とか言って。」
「もちろんそう言ったさ。」
(言ったのか!?…やはりお前は変わったな、クラトス…)
「だが、彼女の悩みはそれよりももっと切実なものだった。」
「切実?」
「着れる服がないと言うのだ…。これではお洒落も出来ないと。」
(はい?)
「思えば今彼女が着ている服は囚人服のままで、買ってやろうにも市販のものでは合うサイズがない。」
(まあ、あの体では当然だろうな…)
「嗚呼、可愛そうなアンナ!彼女だって人並みにお洒落を楽しみたいだろうに!!」
頭を抱え悩ましげに叫ぶクラトス。シェークスピアの主人公さながらである。
「そもそも彼女がああなったのは私の責任だ。だから私には彼女の望みを叶えてやらねばならない義務がある。着られる服さえあればダイエットも止めてくれるだろうしな。それでお前のところにやって来たわけなのだ。」
「ふむふむ、成る程…」
納得したように頷くユアン。しかし直に我に返ると叫んだ。
「…って、そうじゃないだろ!!何故そこに私が出てくるのだ!?私は洋服屋ではないのだぞ。服の仕立てなど出来る訳なかろうが!」
「そんな事は分かっている。私だってお前に洋裁をやってもらおうだなんて考えていない。そんな心配はせずとも、洋服屋ならちゃんと連れて来た。」
と、クラトスの言葉が終わると同時にまるで申し合わせていたかのように一人の男が部屋に飛び込んで来たのだった。
「ちわ〜毎度!『テーラー 寸足らず』でございます〜!」
そんなやけに明るい洋服屋を前にしかめっ面になるユアン。
「勝手に部外者をベース内に入れてもらっては困るのだがな……てか、そもそも連れて来る場所が違うのではないか?服を作りたいのはアンナであり私ではない。アンナの元へ連れて行くのが筋だろう?」
「最初はそうしたさ。だがサイズを測ろうとメジャーをあてた途端、アンナがくすぐったがってな。腕を振り回すものだから、その度に洋服屋がICU入りになってしまうのだ。」
「だからそこに何故私が出てくるのだ!!」
「だってお前のところにはメカがあるだろう?」
「はい?メカ?」
「お前が作った警備用のポンコツロボットの事だ。救いの塔に設置してあるあれだよ。」
「…ポンコツで悪かったな。」
「人間ではアンナと同じサイズの者がいなくても、ロボットなら大丈夫だろう?救いの塔に行けば早いのだが、いくらなんでもあそこに一般人を連れて行くのはどうかと思ってな。そんな時、お前のところにもあった事を思い出したのだ。」
「あるにはある。しかし、ここだって一般人の立入は禁止なのだがな。」
「そう固い事を言うな。無二の親友がこうして頭を下げているのだから。」
「こんな時だけ勝手に親友になるなっ!!」
しかしクラトスはそんなユアンの抗議など全く聞いてはおらず、どこから持ってきたのか、ロボットのカタログを見ながら吟味している。
「このパーフェクトマーダーなんて丁度良いと思うのだが?」
「…ちょっと大きすぎないか?」
「いや、大きい方がゆとりのある服が出来て好都合なのだ。どうだ?貸してくれんか?」
そう言ってユアンを見詰めるクラトスの目は期待に満ちており、断ったところでそう簡単に引き下がってくれそうもない。
そこで、もう面倒臭くなってしまった事もあり、ユアンはクラトスの頼みを聞く事にしたのであった。
「分かった。だが、もしサイズが合わなくっても私は知らんからな。」
「大丈夫、大丈夫。」
何が大丈夫なのかは知らないが、こうしてユアンは妙に能天気なクラトスに急かされるようにして、部下にパーフェクトマーダーを取りに行かせたのだった。
「ピピピピ…ガッ、ピ。(お呼びですか、ユアン様)」
部屋に入ってきたパーフェクトマーダーは、その図体からは想像出来ないような華麗なお辞儀をしてみせた。
「…ああ。今からこいつがお前のサイズを測りたいそうなのだ。しばらくの間、じっとしていてもらいたい。」
その会話を聞いたクラトスは、思わず、お前はメカの言葉が分かるのかと突っ込みを入れたくなったのだが、今はアンナの服が無事に出来るがどうかの瀬戸際でもあり、喉まで出掛かったその言葉を飲み込んだ。
するとマーダーは首を傾げながらこう答えたのだった。
「ガガ?…ピピピピ、パポピポ?(サイズ?…しかしそれなら設計図に書いてあるのでは?)」
「おお、そう言えばそうだったな!……いや、駄目だ。設計図はクルシスにある。ユグドラシルに知られる訳にはいかんのだ。」
「ガガガ、ピピ、パーパーポー。(そうっすか。なんだか知りませんが、それなら仕方がありませんね。ではどうぞ。)」
「測っていいんですかい?」
洋服屋の問いに頷いてみせるユアン。
「へえ、これがメカってやつですかい?あっしも長い事仕立てをやっておりやすが、こんなのを測るのは初めてでさあ。」
洋服屋は興味津々にマーダーへ近付いて行く。
「ちゃんと測れるだろうか?」
「任せておくんなせえ。」
心配げなクラトスにポンと胸を叩いてみせると、洋服屋はメジャーを取り出し測り始めたのだった。
すると…
「ピー、ガガガ、パピーー!(ああいや〜ん、そんなトコ触っちゃ…エッチィ!)」
(こいつはメスだったのか!?)
目を見開くユアン。
「何て言っているんです?」
「…い、いや。気にせず続けてくれ。おい、マーダー。少しの間だから我慢しろ。」
「ガガ、ピピピピ。(分かりました。我慢するから素敵な服を作ってね。)」
(いや、お前の服を作っている訳ではないのだが…)
だが、この分だとマーダーの服も作らなければならなくなりそうだ。自分の服でない事が分かったら、こっちが銃殺されてしまう。
ユアンは予定外の支出に陰ながら涙するのであった。
そんなこんなで一時間が過ぎ、ようやくサイズを測り終えた洋服屋はクラトスのほうへ向き直ると言った。
「それじゃあ、あっしはこれから帰って仕立てにはいりやす。布地の方はお任せと言う事でよろしかったんでしたよね。」
「ああ。明るい色のやつならなんでもいい。」
「へい、かしこまりやした!…ええと、パステル系ね…」
クラトスの希望をメモる洋服屋。
そんな洋服屋にマーダーも言う。
「ピピピ、ポッポピー。(素敵な服をお願いね♪)」
「?…何て言っているんです?」
ユアンは溜息を突くと、不思議そうな洋服屋にそっと耳打ちをした。
「同じ奴をもう一着頼む。そっちは私の方へ持って来てもらいたい。二着作った事はくれぐれも内密にな。」
「へい、分かりやした。」
洋服屋は任せろとばかりにユアンにウインクしてみせると、思わぬところで客が増えた事で上機嫌で帰って行った。
「有難う、ユアン。お陰で助かった。」
マーダーを倉庫に戻し二人きりになると、クラトスが感極まった様子で手を握ってきながら言った。
「お役に立ててよかったよ。また何かあったらいつでも来てくれ。」
何故こいつにゴマをすらねばならないのかと思いながらも取り敢えず愛想笑いを浮かべるユアン。いつもユグドラシルから「ドジ、ドジ」と馬鹿にされている所為か、すっかり周りをヨイショしまくる癖がついてしまったようである。
「そうか?ならば今度から何かあったら遠慮なくお前を訪ねる事にしよう。」
「えっ?」
思わずクラトスを凝視するユアン。
いや、今言ったのは社交辞令なのだ。出来ることならもうこいつには関わりたくない。ロクな事がないからな。だから頼むからもう来ないでくれ!
しかしこんなユアンの切実な心の叫びもクラトスには聞こえなかったようで、『やはり持つべきものは友だな!』なんて暢気にのたまっている。
「そうだ。このお礼と言ってはなんだが、これから一杯飲みに行かないか?どうせ暇なのだろう?」
『どうせ暇なのだろう』は余計だと思いながらも、現在懐具合が寂しいユアンにとって、この誘いには心動かされるものがあった。
ところがユアンが承諾の意を伝えようとしたその時、ロイドが泣きながら駆け込んで来たのである。
「とうたん、ママが…ママが〜〜!!」
「ロイド?ママがどうしたと言うのだ?」
「あのね、ママがね、たおれちゃったの〜。」
「!!」
「恐らくダイエットによる貧血だろう。私の方はいいから、早く帰ってやれ。」
「すまん。」
クラトスはユアンに頭を下げると、ロイドを抱き上げ急いで帰って行った。
ユアンが言ったように、アンナが倒れた原因は過激なダイエットによる貧血であった。
「…心配かけてごめんなさい。」
「もうダイエットなんて止めるんだ。私にとってお前は、今のままでも十分に綺麗なんだから。」
「でも…」
「分かっている。お洒落がしたいのだろう?大丈夫だ。そう思って今お前の為に服を作らせている。」
「!!…本当に?」
「ああ。だからもう無理するのは止めてくれ。お前がいなくなったら私は…」
「有難う!クラトス!!」
アンナは喜びのあまり泣きながらクラトスに抱きついた。
パキ、メキ!
「グエッ!!」
骨が軋んで目を白黒させているクラトスに気付かず、抱きしめる手に更に力を入れるアンナ。
「私の為に服を頼んでくれただなんて嬉しい。私、もうダイエットは止めるわ。あなたに心配かけたくないもの。今までごめんなさいね、クラトス。」
「…分かってくれた…のなら…もういいから…とにかく離しては…くれんか…」
クラトスは必死に耐えていたものの、ついに限界に達して白目を剥いて気絶したのであった。
「キャ〜〜、ごめんなさい。クラトス、しっかりして!」
そこで初めてクラトスの異変に気付いたアンナは、慌てて気絶している彼を離すと、懸命に介抱したのだった。
「オラオラ、肉だ、肉だ。肉、持ってこ〜い!!」
アンナの怒号が響き渡る。
そんな彼女にいそいそと肉を捧げるクラトス。
アウリオン家にいつもの光景が戻ってきた。
忙しい毎日ではあったが、クラトスの心は充実していた。
今アンナが着ているのはクラトスが新調した服であった。そのピンクの花柄のワンピースこそ、二人の愛の証。
その服に袖を通したアンナが傍にいてくれる…それだけでクラトスは幸せだったのである。
−続・猛烈アンナさん 終−