お姉さんのおみやげ


 ここはイセリアの学校。村の教師リフィルの指導で図工の授業が行われていた。
 その様子を窓からこっそり覗いている影が一つ……小さな男の子である。
 教室の隅に立ち、作業する生徒を眺めていたリフィルは、すぐにそれに気付き首を傾げた。
 この村の子なら全員知っているのだが、あの子供は初めて見る顔である。小さな村なので観光客が来ればすぐに噂になる。でも今のところそんな話は聞こえてきていないし、近くに親の姿も見えない。

(他所の町から一人で遊びに来たのだろうか?)

 男の子というのはそのような冒険をしたくなるものである。それは、教師であり、また、自身も弟がいるリフィルは十分に理解していた。現に今日、彼女の弟ジーニアスは二人の友人と共に近くの森にキャンプに行っており、初めての子供だけのキャンプにわくわくしながら出掛けて行ったものである。(実際は内一人の保護者であるドワーフがこっそり見守っているのだが)
 しかし、ここから一番近い町はトリエット。この村に来るには砂漠を渡らなければならず、あのような小さな子が一人で来られるものではない。ジーニアスが近くの森へ行ったのとは訳が違うのだ。
 どうにも気になってしまったリフィルは声を掛けてみる事にしたのだった。

 そっと外に出て近付いて行くが、子供は中を覗くのに夢中で全く気付かない。興味津々、目を輝かせて窓に張り付いている姿はとても可愛らしく、つい笑みが浮かんできてしまう。
 リフィルはなるべく男の子を驚かせないように気を付けながら、優しい声で話しかけた。
「こんにちは。」
 子供は一瞬ビクンと体を震わせたが、リフィルの顔を見て敵意がないのが分かったのだろう、すぐにニコッと笑うと挨拶を返してきた。
「こんにちは。おばちゃんはここの先生なの?」
「ええそうよ。お姉さんの名前はリフィル。坊やは?」
「僕はク〜って言うの。」
「そう、ク〜ちゃんね。それでク〜ちゃんはどこから来たのかしら?一人で来たの?」
「う〜んと、あっちから。」
「あっち…ね。」
 苦笑を浮かべるリフィル。
 いかにも子供らしい答え方である。だがこれでは話にならない。そこで重ねて問おうとしたのだが、もうク〜の関心は再び教室の中へと戻ってしまっており…
「ねえ、みんな何をやっているの?」
「え?…あ、ああ、今は図工の時間でね。」
「ずこ……う?」
「図工と言うのは、絵を描いたり物を作ったりする勉強の事よ。今日は父の日だから、お父さんへのプレゼントとして埴輪を作っているの。」
「ふ〜ん。パパの日のプレゼントか〜」
 羨ましそうな様子のク〜。
 リフィルはしばらく考え込んでいたが、やがてはたと手を打つと、
「そうだわ!ク〜ちゃんもやってみない?」
「え?いいの?……でもク〜にできるかな?」
「本当は土をこねたり乾燥させたり焼いたりと色々手間がかかる物なのだけど、今回は紙粘土で作っているから大丈夫。ク〜ちゃんにも出来るわ。」
「ほんと?わ〜い!じゃあク〜もやってみる!!」

 両親が心配しているのではないかと気にはなったが、このまま尋ね続けたとて恐らく不明瞭な答えしか返ってこないだろう。もしかしたら迷子なのかもしれない。
 ならば、ちょこちょことどこかへ行ってしまわれるよりは、目の届く所にいてもらった方が安心だ。まだ日は高い。家の事は埴輪作りをさせながらゆっくりと聞き出し、それから送って行けばいいのではないか…

 そう考えたリフィルは、喜んでいるク〜の手を取ると、教室の中へ招き入れたのだった。



「ク〜ちゃんのパパは何てお名前なのかしら?」
 紙粘土の扱い方を教えながら、リフィルはさりげなくク〜から家の事を探り出そうとしていた。
 ところがク〜の答えときたら、相変わらず意味が分からない事ばかり…
 傍から見たらコントとしか思えないような光景を繰り広げてしまっていた。
「ク〜のパパはね〜、ドジなの。」
「ドジ?……いい?ク〜ちゃん。お父さんの事をそんな風に言ってはいけないわ。」
「だってドジなんだもん。」
「ク〜ちゃん!口で言っても分からない子はお仕置きよ!」
「うわ〜ん!!ク〜は、おばちゃんがパパの名前をきいたから答えただけなのに〜!」
「えっ!?……ドジって、名前だったの?」
「……うん…」
「ご、ごめんなさい……お姉さんが悪かったわ。そんな名前の人がいるなんて思わなかったから。」
「ドジって名前は変?」
「そ、そんな事はないわ。と、とても素敵な名前だと思うわよ。」
「そうだよね。ク〜もそう思うよ。呼びやすいし。」
「そ、そうよね。短くて呼びやすいわよね。……それで、ドジさんは…お仕事は何をなさっているのかしら?」
「お仕事は、紙にいっぱい字を書いてパチパチするの。」

(紙をパチパチ?ホッチキスの事かしら?……という事は事務職?)

 しかしトリエットの店と言ったら殆どが露店である。彼らが事務職を雇うとは思えなかった。考えられるのは宿屋ぐらいだが、あそこも事務一切は主が一人でやっていると聞く。
 ではトリエットではないのだろうか?

 考え込むリフィル。
 もちろん彼女は、少しでもク〜の家の場所を知る手掛かりが掴めればと思い、必死に考えているのだが、当のク〜はどこまでも暢気であった。
 こちらの話を聞いているのかいないのか、粘土をこねくり回しながら、全く違う話題を持ち出してくるのだ。
「ねえ、おばちゃん。このワニワ、二つ作っていい?」
「……」
 そんなク〜に、だんだんと苛々を募らせていくリフィル。
 こうなるともう、全てにおいて鼻に付いてきてしまうものである。

『人がこんなに一生懸命になっているというのに、このガキは!』とか、『おばちゃんじゃないっつ〜に!分からないガキね!』とか ―― しょうもない怒りが次々に湧いてきて、徐々に表情がきつくなってくる。
 それでも必死に抑えていたのだが、

「ねえねえ、おばちゃんったらー。作ってもいい?」

 ク〜が、なかなか返事をしてくれないリフィルに対し再度聞いてくるに及び、ついに怒りを爆発させ怒鳴りつけてしまったのだった。

「おばちゃんじゃなくてお姉さんよ。それとワニワじゃなくて埴輪ね。は・に・わ!」

 この声にク〜は文字通り飛び上がると、首をすくめてリフィルを見た。その険しい顔つきに、理由は分からないものの、彼女が自分に対して苛ついている事にようやく気付いたのだろう、震える小さな声で言い直してきた。
「……お、お姉さん、この、ワ…ハニワ、二つ作っていい?」
 そんなすっかり怯えてしまった様子のク〜に、ハッと我に返ったリフィル。

(私としたことが……小さな子にはもっと我慢強く接しないと…)

 大人げなかったと反省しながら、慌てて口調を和らげる。
「あ…ご、ごめんなさい。いきなり大声を出したりして…びっくりしちゃったわよね。」
「…ううん…だいじょ〜ぶ…」
「本当にごめんなさいね。…………ええと…何の話だったかしら?……あ、そうそう、埴輪を二つって話だったわね。紙粘土はたくさんあるし別に構わないわ。でも二つもあげるの?」
「違う。一つはボタンさんにあげるの。前に一度、幼稚園にお迎えに来てくれた事があったから、そのお礼にプレゼントするの。」
「え?ク〜ちゃん、幼稚園に行っているの?」
「うん。ずっと前にちょっとだけ行った。でも今は行ってない。」
「!!」

 これはかなり貴重な情報だ。
 このシルヴァラントでは幼稚園に行く子は稀である。皆日々の生活に窮しており、そんな余裕はないのだ。それが出来るとしたら裕福な家の子に限られてくる。

(この子の家ってお金持ちなのかしら?とてもそうは見えないけど…。着ている服もバーゲン品みたいだし…。そう言えば『今は行っていない』って言ったわよね。という事は、前はお金持だったけど今は違うって事?事業に失敗して破産でもしたのかしら?それともボタンさんって言う人がパトロンとか?)

「ク〜ちゃん、そのボタンさんって人はどういう?」
「ボタンさんはね、ドジと一緒にお仕事してるの。それはミ〜には内緒みたいなんだけど、ク〜はこっそり後をつけた事があるから知っているんだ。でもミ〜に教えちゃうとドジが怒られちゃうから、ミ〜には言わないの。」
「???」

 またもや変な名の人物が登場してきたものだ。
 ドジにボタンにミ〜?……この子の周りには猫の名前のような人しかいないのだろうか?

 何より、ク〜の言っている事が全く理解出来ない。
 どうやらこの子の周りには複雑な人間模様が渦巻いているようだが、その全てをク〜の口から聞き出すのは不可能だろう。何より今のク〜は埴輪作りに夢中で、こちらの話などほとんど聞いていない様子。
 そこでリフィルは、ひとまずク〜の取り調べ(?)は置いておいて、しばらくは埴輪作りの指導に集中する事にしたのだった。


 それから2時間程が過ぎた。
 他の子供達は皆埴輪を作り終え帰って行き、今教室にいるのはリフィルとク〜の二人だけとなっていた。
 ク〜にとっては初めての紙粘土。かなり悪戦苦闘していたが、少しだけリフィルが手伝ってあげたのもあって、それらしい形になっている。今は仕上げの色付けに取り掛かっているが、それももうすぐ終わりそうだ。
 寄り目になりながら一生懸命に筆を動かしているク〜を見て、思わず微笑みを浮かべるリフィル。
 すると…
「できた〜!見て見て、おば…お姉ちゃん!!」
 完成した埴輪を嬉しそうにリフィルに見せるク〜。
「やったじゃない。よく頑張ったわね。」
「ク〜、上手?」
「ええ。とっても。」
「わ〜い!それじゃあきっとドジもボタンさんも喜んでくれるよね。あのね、今日はね、ドジはボタンさんと一緒に仕事しているの。だからク〜、これを持って行ってあげるんだ。」
「え?仕事場に持って行くって、ク〜ちゃん、場所を知って……あ!」

“ミ〜には内緒みたいなんだけど、ク〜はこっそり後をつけた事があるから知っているんだ”

 後をつけたという事は、当然その場所を知っているという事だ。
 だとするとク〜はいつでも父親のもとへ帰れるわけで…

「ク〜ちゃん……迷子になってこの村へやって来たんじゃなかったの?」
「違うよ。だってク〜、おうちにちゃんと帰れるもん。ここに来たのはドジを待っている間、暇だったから。でも来てよかった。これでパパの日のプレゼントもできたし。」

 迷子ではなかった…。
 とんだ勘違いで、随分と無駄に時間と労力を使ってしまったのものだ。
 最初からストレートに尋ねていればこんな事にならなかったのに。

「それじゃあ、ドジさんの仕事場ってこの近くなの?」
「うん。砂がいっぱいあるトコにたっているの。」
「砂漠の中に?」

 そんな馬鹿なと首をひねるリフィル。
 砂漠の中にあるものと言ったら、トリエットの町以外では遺跡ぐらいしかない。
 この子の父親というのは、遺跡荒らしだったのか?(←それはあんただろう)
 しかしそれでは、さっきの『書類にホッチキス』という話はどうなるのだろう?

「ドジさんは、そこでボタンさんと二人でお仕事しているのね?」
「他にもいるよ。コチコチと硬いのを頭に被った人がいっぱい。」

 頭に被る硬い物……ヘルメットの事だろうか?
 !!…そうか、きっと建設業の事を言っているのだわ。ドジさんとボタンさんはそこの事務職で…
 そうよ!そうに違いない!

 ようやく謎が解け、すっきりとしたリフィル。
 そうなると不思議なもので、さっきまでの苛々は嘘のように消えてしまい、その元凶であったク〜に対しても慈愛を持って接する事ができるようになっていた。
「それじゃあ、その埴輪をきちんと包まないとね。」
 優しい笑みを浮かべながら紙袋を取り出すと、ク〜の作った埴輪を入れ、リボンを飾り付けてやる。
 これは他の子供達にも渡した物だった。課題が『父の日のプレゼント』なだけに、映えるようリフィルが用意しておいたのだ。
「どう?これでプレゼントっぽくなったでしょう。」
「うん!有難う、おば……お姉さん!」
 嬉しそうに紙袋を胸に押し抱くク〜。
「あのね、ク〜ね、これを二人に渡したら、パパの日のパーテーをしようって考えているの。ドジをびっくりさせようと思って。」
「パーティ?……それはいい考えだと思うけど、でも仕事場で勝手にパーティを開くというのはどうかしら?そういうのは、おうちでやったら?それとも社長さ…お父さんより偉い人に『いいよ』って許しをもらったのかしら?」
「ドジよりえらい人なんていないよ。ドジがいちばんえらいの。」
「えっ?ドジさんが社長さんなの?」
 驚くリフィル。てっきり雇われ事務員だとばかりに思っていたのだ。

(という事は、会社を再興したのかしら?)←勝手に事業に失敗したものと決めつけている。

「そう…それなら怒られないかもしれないわね。でもパーティをするには色々準備が必要よ。もう出来ているのかしら?」
「え?そうなの?……ク〜、パーテーって、騒いで楽しめばいいのかと思っていた。」
「それはそうだけど、楽しむにはそれなりに準備が必要でしょう?飾りつけたり、音楽をかけたり、料理だって…」
 そこでふと言葉を切るリフィル。
 その目が怪しく輝く。
「準備、何もしていないのね?」
「……うん。どうしよう。そんなにいっぱいあるんじゃ、もう間に合わないよ。」
「大丈夫よ。何も全部揃える必要はないわ。簡単なパーティなら一つだけで十分。その一つなら、今すぐにでもお姉さんが用意してあげられるから。お姉さん渾身の新作よ。それも一緒にプレゼントすれば、ドジさんやボタンさんの喜びも二倍になるわよ。」
「ホント?でもク〜がもらっちゃっていいの?」
「もちろんよ。たくさん作ったからおみやげとして包んであげる。今日は実験台が出掛けてしまっているものだから、余ってしまいそうで困っていたの。」
「え?じっけん?」
「あ…と……い、いえ、何でもないわ。誰かに喜んでもらえれば、お姉さんも嬉しいから。それじゃあ、ちょっと待っていてね。今、家から持ってくるわ。」
 不思議そうな顔のク〜を残し、うきうきと出て行くリフィル。
 自分の新作を他人に……こんな幸せな事はない。今まではどんなに一生懸命に作っても振る舞えるのはジーニアスだけで、正直少し淋しかったのだ。
 あのク〜という子供には散々苛々させられたが、このような機会を与えてくれた事には感謝しなければならないだろう。
「ここはやはり、たっぷりとサービスしてあげないとね。」
 リフィルはニンマリとすると、大きなタッパーをいくつか取り出し、その中に『渾身の新作』をギュウギュウに詰め込んだのだった。


 そして…
「本当に一人で大丈夫なの?」
 作った埴輪とおみやげが入っている段ボールを持ったク〜を、リフィルは心配気に見た。
 もちろんリフィルは送って行くと言ったのだが、その申し出をク〜は頑強に固辞したのだった。
「やっぱり前まで送って行きましょうか?荷物も重いでしょうし。」
「だいじょ〜ぶ。ク〜ね、力持ちなんだよ。それに飛んで行けばすぐだもん。」
「え?飛んで行くって…」
「それじゃあ、ク〜、行くね。いろいろとありがとう、おば…お姉ちゃん。バイバイ。またね。」
 手を振りながら、その背に羽を広げるク〜。
 リフィルは目を見開いた。

(な、な、なんと!もしかしてあれは天使の羽?あの子は天使だったのか!)

「こうしちゃおられん。早く捕まえなければ。大切な研究材料、逃してなるものか!」
 『ウオオオオ!』と雄叫びを上げながら家に飛び込むリフィル。再び出てきた時には虫取り網を手にしていた。
 しかし空のどこを見ても、もうク〜の姿はなく…
 その日イセリアでは、悔しがるリフィルの、野獣が唸るような恐ろしい声が夜まで響き渡っていたと言う。



 一方、イセリアを飛び立ったク〜は、シルヴァラントベースに来ていた。
 突然現れたク〜に、目を丸くするユアンとボータ。
「お前、よくここが分かったな。と言うか、よく入ってこれたな。入口に見張りが立っていただろうに、止められなかったのか?」
「外のおじちゃん達なら、邪魔するから頭で『えいっ』ってやったら目を回しちゃった。」
 ク〜の背丈からすると、頭突きを食らわされた箇所は恐らく急所のある辺り…。目を回すのも当然であろう。食らった兵士達の驚愕、察するに余りある…。
 ボータは、ただちに救護班を入口に向かわすよう指示を下した。
 ユアンはそれを見届けると、ク〜の方に向き直り、
「一体何をしに来たのだ?駄目だろう、勝手にデリスを抜け出しては。またミ〜に怒られても知らんぞ。」
「だって今日はパパの日だから、プレゼントを渡そうと思って。ボタンさんの分もあるんだよ。」
 ク〜は段ボールを下ろすと、リボンの付いた紙袋を取り出し二人に渡した。
 それを受け取ったボタン…もといボータは困惑顔で、
「…私までもらってしまっていいのでしょうか?」
「うん。ボタンさんは前に幼稚園にお迎えに来てくれたでしょ。そのお礼。」
「それはそれは……どうも有り難うございます。」
 お礼を言いながら紙袋を開けるボータ。
 だが中身を目にした途端、固まってしまう。

(何故、埴輪?)

「ク〜が作ったんだよ。どう?上手いでしょ。」
「えっ?……あ、ああ、そうですね。とても上手ですよ。」
 冷や汗タラタラで、引きつった笑みを浮かべるボータ。
 こんな物(と言っては失礼だが)、一体どこへ飾ればいいのだろうか?
 隣のユアンはと見てみれば、彼がもらったのもやはり埴輪で……しかしその反応はボータとは全く違っていた。
「おお!凄いじゃないか、ク〜。一目で埴輪と分かるなんて相当の進歩だ。知らない内に成長していたのだな。」
 涙を流さんばかりに喜んでいるユアンを、複雑な表情で見詰めるボータ。

(ユアン様……あなたはいつから親馬鹿に成り果ててしまったのですか?)

「有難う、ク〜。私は嬉しい。これは生涯の宝として、この部屋に大切に飾っておくからな。」
「うん!……あ、あとね、もう一つあるんだ。」
「もう一つ?」
 ク〜は頷くと、再び段ボールに手を突っ込み『リフィルのおみやげ』を取り出し蓋を開けた。
 中には奇妙な物体が詰め込まれており…
「……何、これ?」
「お姉ちゃんがくれたの。パーティで食べてって。」

 『食べて』と言うからには料理なのだろう。
 しかしこれは…。

「毒でも入っているような色合いですね?」
 ユアンに小声で言うボータ。
 確かにボータの言う通りだ。この、おどろおどろしい物体を見れば誰でもそう思うだろう。
 そうでなくても我々レネゲードはクルシスに対抗する秘密組織。身辺には十分気を配る必要がある。もしかしたら我らの存在に気付いた誰かがせん滅をはかろうと、ク〜を使って毒物入りの食事を持ち込ませたのかもしれない。

 『お姉ちゃん』とはクルシスの工作員なのか?

 そうなると、自然その人物は限られてくる。クルシスに関係しており、尚且つク〜の周りにいる女性などそうはいないからだ。と言うか一人しかいない。

「もしかしてそのお姉ちゃんと言うのは、プロネーマの事か?」
 プロネーマは日頃からユグドラシルの寵愛を一身に受けているク〜を妬んでいた。この際レネゲードもろとも抹殺しようと考えたしてもおかしくはない。
 しかしク〜はすぐにそれを否定した。
「ネーマ?……違うよ。だってネーマはお姉ちゃんじゃなくておばあちゃんでしょ。」

「「はい?」」
 思わず顔を見合わせるユアンとボータ。

「おいおい、ク〜。それはいくらなんでも……せめておばちゃんと…」
「だって、ドジ、よく言っているじゃない。『あのババア、ユグドラシルに色目をつかいやがって』とか、『ババアがしゃしゃり出てくるんじゃねえよ』とか。ババアっておばあさんの事でしょう?」
「!!」

 げに恐ろしきは、子供の目。そんなたわい無い愚痴の一言一句を覚えているとは!
 これからはク〜の前では愚痴、陰口の類は控えた方がいいのかもしれない。

 ユアンは咳払いをすると、
「ク〜、それ、間違っても本人の前で言うんじゃないぞ。」
「どうして?」
「どうしてもだっ!!」
「う…うん……分かった。」
「兎に角だ、お前の言う『お姉さん』はプロネーマではない…これに間違いないのだな?」
「うん。」
「デリス・カーラーンの者でもない?」
「うん、違うよ。お姉さんは学校の先生で、ク〜にハニワの作り方を教えてくれたの。」
「そうか。それなら問題はないようだな。」
 そう決断したユアンを、慌てて部屋の隅に引っ張ってくるボータ。
「ちょっとユアン様、そんな簡単に…」
「大丈夫だ。ク〜はああ見えて、敵意には敏感なのだ。腹に一物ある者が近付いて来ればすぐに気付く。間違っても懐いたりはしないだろう。」
「それはそうでしょうが……しかし万一という事も…」
「お前も心配症だな。ク〜が懐いたという事は、イコール良い人って事なんだよ。そんな人が毒の入った物を贈りつけてくるわけがないだろう?あの料理は見た目は悪いが、きっと美味しいに違いない。有難くいただこうではないか。」
「はあ…」
「よおし、決まった!」
 ユアンはニッコリと笑ってパンッと手を打つと、食器棚から皿を出して料理を盛り分け始める。
 ところが…
「ク〜はいらないよ。」
「へ?何で?」
「だってそこにあるのトマトでしょ?ほら、あっちにも、こっちにも…」
 ク〜の指さす箇所を順繰りに目で追っていくユアン。
 成程、それらは焦げて茶色に変色していたが、よく見ればトマトである。
「……お前、目ざといな。」
「お姉ちゃんには悪いけど、ク〜、トマトは嫌だもん。こんなに散らばってたら、きっとにおいとかが、うつっちゃってるよ。」
「そうか?まあ、嫌なもんは仕方がないな。」
「ユアン様、それではク〜ちゃんにはお菓子でも食べてもらったらどうでしょう?買い置きがありますし。すぐに持って来ましょう。」
「すまんな。そうしてくれるか?」
「かしこまりました。お酒とジュースも持ってきますね。」
 一礼して出て行こうとするボータ。
「あ!ちょっと待ってくれ。」
「はい?」
「ついでと言ってはなんだが、警備で残っている者達に声をかけてきてくれんか。これだけの量、私とお前だけでは食べ切れんだろうから。」
 ボータはニッコリと笑うと、
「はい、分かりました。彼らもきっと喜びますよ。」

 それからシルヴァラントベースでは残っている隊員達を交えてのパーティが開かれた。皆、酒が入っているので味も分からず、料理は見る見るうちになくなっていく。
 そしてそのドンチャン騒ぎは夜更けまで続けられたのだった。


 その翌日、一人の旅人が砂漠を歩いていると、どこからか人の呻き声のようなもが聞こえてきた。
 この辺りではモンスターにやられてしまった旅人も多い。普通なら亡霊の声だと思い逃げ出してしまっただろうが、この旅人は勇敢だった。
 周囲に用心しながら、声の出所を辿っていく。
 着いた先は、ある建物の前であった。
「はて?こんな所に建物なんてあっただろうか?」
 しかし呻き声は確かにこの中から聞こえてくるようだ。
 中に入ろうとするが、重い扉は押しても引いてもびくともしない。
 ヒュウヒュウという風の音にまじって聞こえてくる呻き声は止む様子はなく…
「もしかしてここは幽霊屋敷か?」
 だんだんと怖くなってきた旅人はついに逃げ出してしまった。
 その拍子に扉の横に貼り付けてあった紙が舞い上がる。
 そこには几帳面な字でこう書かれていた。

『都合により、しばらくの間休業いたします』



−お姉さんのおみやげ 終−