ゼロス君の子守唄


 クラトス?
 俺はあいつは嫌いだね。偉そうに人に命令ばっかしやがってさ。できればあいつにはもう二度と会いたくはないね。
 ずっとそう思っていた。でも、それは俺があいつが好きだって事を認めたくなかったからで、本当は違っていた。
 “ク〜”との出会いが、俺にその事を気付かせてくれた。そしてこれから進むべき道を決める事ができたんだ。
 “ク〜”が俺を変えてくれた。
 ある意味、“ク〜”と出会えなかったら今の俺はなかったのかもしれない。



 「た、た、大変だ〜〜〜!!」
 その日、デリス・カーラーン内にユグドラシルの悲鳴が響き渡った。
 慌ててユアンが駆け付けると、ユグドラシルは彼の部屋の隅に置いてあるベッドの前で頭を抱えていたのだった。
「どうしたのだ、ユグドラシル!?」
 ユグドラシルは振り返ってユアンを見た。その顔は呆然とした表情で、心なしか涙を浮かべているようにも見える。
「クラトスがいなくなった!」
「クラトス?クラトスって、あのクラトスか?」
「他に誰がいるっていうのさ。」
「…しかし、それはまずいのではないのか?」
「だから困ってるんじゃないか!もうすぐシルヴァラントの神子が再生の旅に出る。その時にはクラトスに護衛を頼もうと思っていたのに…」
「……だが、それはまだ三年も先の話だろう。」
「そうだよ。あと三年しかないんだ。そうしたら僕はクラトスを手放さなくちゃならないんだよ。それまではずっと一緒にいようと思っていたのに…。」
「……」
「ユアン、探してきてよ。今すぐ連れ戻してきてったら!!」
「…何故私が…」
「僕はこう見えて忙しんだ。今日も会議が七つも入ってる。探しに行きたくても行けないんだよ。」
「その会議は私も出るんだが…」
「ユアンなんていなくたって会議は進むよ。暇なのはユアンしかいないんだ。だから探してきて!早く!急いでったら〜〜!」

(ちっ!我儘な奴…)

「分かったよ。行けばいいのだろう。」
 ユアンは心の中で舌打ちしたが、ユグドラシルを怒らせると怖いので渋々探しに行く事にする。だがこのまま馬鹿にされたままでは気がおさまらないと、よせばいいのに、戸口の所で振り向き、ユグドラシルの神経を逆なでする一言を言い放つ。
「……ところでユグドラシル。その姿でその言葉使いは止めた方がいいと思うぞ。見ていて背筋が寒くなる。」
 そして猛スピードで退散したのだった。その背後でユグドラシルの怒りの魔法攻撃が扉を粉々にしたのは言うまでもない。




 ゼロス・ワイルダー、19歳。テセアラの神子。少々ひねくれ者。そしていつも命を狙われている。今日も今日とて暗殺者に襲われておりました。
 しかしながらこのゼロス。そんじょそこらの奴には負けない剣術の腕を持っていた。なにしろ、剣神と謳われている四大天使から直接指導を受けたのだ。それで、今回もあっさりと無頼の輩を撃退したのだが…。
「…ちょっと、そんなトコで何してるわけ?」
 見ると、たった今、すぐ傍で格闘が行われていたにも関わらず、子供が座り込んで何やらやっている。

 なんだ、このガキ…えらく肝の太い奴だね。

 子供は座り込んだままでゆっくりと振り返るとゼロスを見上げた。
「…アリさん…」
「はい?」
「アリさんがエッサ、エッサって、なにか運んでるの。どこに持っていくのかな?」
「家の中に運んでいくんだろうよ。お前も早く家に帰んな。こんなトコにいたらモンスターに食われちまうぜ。」
 ゼロスは肩をすくめ歩き始める。

 アリさんだとよ。全く脳天気なガキだぜ。ちょっと頭がおかしいんじゃねえの。

 相手にしない方がいいと思い、さっさと立ち去ろうとしたゼロスであったが、その子供はテケテケと走ってくるとゼロスの足に抱きついたのだった。危うく転びそうになるゼロス。
「ちょっ、危ないでしょうが!」
「お腹すいた〜〜。」
「あ、そう。なら、早く家に帰ってママに作ってもらいな。」
「ママいない。」
「!?…パパは?」
「パパもいない。」
「…お前、迷子なの?」
「ううん、ちがう。」

 死んじまったのか?…それとも捨てられたとか?
 でも、そんな事言われても困るんだよね。はっきり言って俺は関係ねえし。

「…一人で暮してるのか?」
「パパとママはいないけど、ミ〜とドジはいるよ。」
「ミ〜とドジ?…それって名前なわけ?」
「うん。」

 そりゃまた、変な名前だね…。
 ミ〜だなんて猫じゃあるまいし、ドジに至っては気の毒としか言いようがない。

「だったら、そのミ〜とドジの所へ帰んな。」
「嫌!あそこには帰りたくないの!!」
「どうしてだよ。喧嘩でもしたのか?」
「ちがう。僕がいるとミ〜が困るんだって。僕なんていない方がいいんだって…」
「!!」
 ゼロスは子供の言葉に目を見開いた。

自然、ゼロスの頭に、昔母親に言われた言葉が浮かんで来る。
“お前なんて生まれてこなければよかったのに…”

「…ミ〜がそう言ったのかよ。」
「ううん…ミ〜はいつも一緒に遊んでくれる。」
「じゃあ、ドジが?」
「ドジはたまに意地悪するよ。でもホントはね、とっても優しいんだ。」
「だったら、誰がそんな事を…」
 子供は答えようとはしなかった。その代り、非常に寂しそうな表情を浮かべるとポツリとこう言ったのだった。
「なんでみんなで悪口を言いあうんだろう。みんな同じなのにな…」

 一体こいつは何を言っているんだ?さっぱり訳がわからねえ。
 ただ、こいつには帰る場所がないって事は分かった。でも同情する気にはならない。
 居場所がないっていう事に関しちゃ俺と同じなのかもしれないが、こいつは俺とは違う……そう、俺とは違うんだ。

 ゼロスは冷たい目で子供を見下ろした。
「だからって付き纏ってくるな!お前が行き場がなくたって俺には関係ねえし、第一俺はガキは大嫌いなんだよ!」
「ウワ〜〜ン!!」
 子供は大声で泣き出すと、ますますしがみ付いてきた。
 そのあまりの大音響に思わず耳を塞ぐゼロス。引き剥がそうとするが、スッポンのように離れようとしない。
「うるさい!分かったよ、何か食わせりゃいいんだろ。ただし食ったらすぐに出てけよ。」
「ありがとう!僕ね、ク〜っていうの。」
 ニッコリと笑って自己紹介する子供。

 泣いた烏がもう笑ってやがる…現金な奴。
 嫌だねえ。だからガキは嫌いなんだよ。

 こうしてゼロスは仕方なく子供を連れ帰る事にしたのであった。
 これがゼロスと少年ク〜の出会いだったのである。



 「なんで食わねえんだよ。折角作ってやったんだ。食えよ!」
 家にク〜を連れて来たゼロス。すぐにメイドに子供向けの食事の支度をさせたのだった。メニューはナポリタンにトマトソースがたっぷりかかったハンバーグ。子供が好きなメニューの定番である。にもかかわらず、何故かク〜は食べようとしない。
「お腹いっぱいなの…」
「さっきは空いてるって言っただろうが!遠慮するガラか、とっとと食え!!」
「いや〜〜〜〜!!」
 無理矢理食べさせようとするゼロスの手を振り払い、テーブルをひっくり返すク〜。
「このガキ、なんて事しやがる!!食べ物を粗末にする奴はこうだ!!」
 ゼロスは逃げ回るク〜を捕まえて抱えあげると、お尻をバシバシと叩いた。
「うわああああん!!」
「泣いたって許さねえからな!他人の好意を無にしやがって!」
 どうやらゼロスは、食べ物を粗末にした事よりもそっちの方に頭にきたようだ。
 ところが、泣き喚いていたク〜が突如ぐったりとして静かになってしまった。焦るゼロス。
「って…まさかこのぐらいで死んじまったんじゃねえだろうな…」
 だが、ク〜は死んだのではなかった。それどころかゼロスの腕の中でス〜ス〜と眠っていたのである。
「ちっ、なんなんだよ、このガキは。おい、起きろ!誰がここで寝ていいって言ったんだよ!!」
 ベチベチと頬を叩くものの全く起きる気配はない。
 ゼロスは諦めて今日の所は家に泊める事にしたのだった。
「今日だけだからな。明日になったら絶対に叩き出す!」
 だが、そうは言っても行き場のない子供を追い出す事はさすがにできず、結局ク〜はそのままゼロス邸に居座る事になってしまったのだった。

 翌日からゼロスの生活は一変してしまった。
 朝、ク〜を起こす事から始まり、服を着替えさせて食事を一緒にとり、夜には風呂に入れてやり、その後は寝付くまで傍にいて鳶色のくせのある髪をなでてやりながら本を読み聞かせたりする。メイドに任せようとするのだが、ク〜はゼロじゃないと嫌だと言ってきかないのだった。
 ゼロス自身、俺ってこんなに面倒見がよかったっけと首を傾げてしまうほどク〜に構いっきりであった。
 昼間でも、どこへ行くにもク〜が付いてくる。家に置いて出ようとしても例によってごねる為仕方なく連れていくのだが、ク〜が傍にいる所為でナンパも出来ない。
 ク〜を連れて最初に街へ出た日など、本当に酷い目に遭った。
 その日、街に出たゼロスはいつものように大勢の女性達に囲まれた。当然傍らにいるク〜に皆の視線が集まる。
「きゃ〜、神子さまが子供を連れてらっしゃるわ!ねえねえ、その可愛い子はどうなさったの?」
「まさか神子さまの子供じゃないですわよね。」
「ハハハそんなわけないっしょ。これは知り合いの子でちょっと預かってるだけ。」
「そうですよね。いくら神子さまだってまさか子供まで…ねえ?」
「ハッハッハッ…。(『いくら神子さまだって』ってどういう意味よ。それになんで疑問符がつくわけ?)」
 するとその時、珍しそうに女性の群れを見上げていたク〜が爆弾発言をしたのだった。
「あのね、ゼロはね、夜寝る前にベッドの中で気持ちいい事してくれるんだよ。」
 その途端、スーッと潮が引くように離れて行く女性たち。
「ついにあんな小さな子供にまで!?」
「許せないわ〜。私達というものがありながら男の子に手を出すなんて!」
「神子さまってそういう趣味をお持ちだったのね!幻滅だわあ。」
「汚いわ。不潔よ!!」
「ち、ちがう!俺様はそんな……おい!いい加減な事を言うんじゃねえ!」
 ゼロスはク〜をポカリと殴った。
「きゃ〜、殴ったわよ!子供に八つ当たりするなんて酷い人ね。」
「散々弄んどいてあれはないわよね!」
「鬼!冷血!悪魔!!」
 女性達の冷たい視線に耐え切れなくなったゼロスは、ク〜を抱えあげると逃げるようにその場を立ち去ったのだった。
「あの人達、何を怒っているのかなあ。ゼロに頭をなでてもらうと気持ちいいのにね?」
 腕の中でク〜がのたまうのを聞いて、ゼロスはなんだか妙に疲れを覚えたのであった。


 そんな感じでク〜に振り回される日々が続き、気付いたら一週間が過ぎていた。
 近頃では傍にク〜がいる事が当たり前になっていた。それどころかク〜が傍にいないとどこか落ち着かないのである。ゼロスの中でク〜は、いつの間にかなくてはならない存在になっていたのだった。
 だが、そんな二人の生活もついに終わりを迎える日がきたのであった。
 その日、ゼロスはやけにイラつきながら帰宅した。親友だと信じていた人間に裏切られたのである。
「くっそ〜、あいつ、俺の前では親友面していたくせに、陰で俺の悪口を言い触らしていやがった。」
 ゼロスは部屋中をイライラと歩き回りながら怒鳴り散らしていた。部屋には他にク〜だけしかいない。
「裏切りなんて日常茶飯事さ。人間なんてそんなもんだと思っていたさ。でも、あいつだけは違うって思っていた。あいつだけは信じていたのに!俺はもう誰も信じない。信じるものか!!」
「ゼロは誰も信じてないの?」
 ゼロスはギラギラとした目をク〜へ向けた。
「ああ信じてないね。この世の中、皆嘘ツキばっかりだ。だから俺も嘘を付いてやる。本心は決して見せずに、俺の言動一つ一つに右往左往させられる周りの嘘ツキ共を笑い飛ばしてやってるんだ!」
「それでいつも楽しくもないのに笑っている振りをしているの?そんなの変だよ。怒りたければ怒ればいいじゃない。泣きたければ泣けばいい。ゼロが嘘をついてるからみんなも嘘をつくんじゃないのかな。」
「ガキがわかったような口をきくんじゃねえよ!!大人の世界ではガキみたいに泣きわめきゃ済むってわけにはいかねえんだ。皆、自分を偽って生きている。全ては虚構の世界なんだよ。」
「だったら、ゼロは僕の事も本当は嫌いだったの?嫌いなのに優しくする振りをしていただけなの?」
「……言っただろ。俺は子供が大嫌いなんだって。正直、いなくなってくれた方がせいせいするね。」
 ク〜は目を見開いた。ゼロスはそんなク〜に黙って背を向ける。そのすぐ後にク〜が部屋を飛び出して行く音が聞こえたが、ゼロスは後を追おうとはしなかった。どうせ家の中のどこかでいじけているのだろう程度にしか思っていなかったのだ。
 しかし、しばらくして興奮が収まったゼロスがク〜を探してみると、家のどこにもその姿が見えなかったのである。
「まさか、出て行った?」
 ゼロスは慌てて家を飛び出し、街中を探し回るが見つからない。
「くっそぉ、俺はなんて事を言っちまったんだ。これじゃあ俺もお袋と同じじゃないか。あいつは一人ぼっちだったんだ。その寂しさは誰よりも俺が分かっているはずだったのに、それなのに俺は…」
 ゼロスは街の外へ足を伸ばして探してみる事にした。
「ク〜!!ク〜!!どこにいったんだ!?俺が悪かったよ。だから帰ってきてくれよ。」
 大声でク〜を呼びながら歩き回り、気がつくと街からは大分離れた崖まで来てしまっていた。
「まさかここから落ちたって事はないよな…」
 恐る恐る下を覗きこんでみるが、到底深い谷底までを目視する事はできなかった。
「下りてみた方がいいかな。確か向こうの道から下りる事ができたよな…」
 なにしろ相手は子供だ。万が一という事がある。
 ところが、急いでそちらへ向かおうとしたゼロスの前に立ち塞がった者たちがいた。
「おやおや、これは神子様。こんな所で奇遇ですな。」
 現在の神子制度に異を唱え、今までもゼロスの命を何度も狙ってきた奴らだった。
 今日に限って馬鹿に大人数である。しかも慌てて出て来た為にゼロスは丸腰だった。
「どけよ。今はお前らの相手をしている暇はないんだ。」
「そうはいきませんな。フフフ、今日は丸腰ときたかい。いけませんなあ、常に命を狙われている神子様が丸腰とは!全く間抜けな神子様だ。おかげでこっちは仕事がやりやすいがね!」
 一斉に剣を抜く無頼共。ゼロスは襲いかかる刃を必死にかわしていたが、何しろ相手は大人数。到底かわし切れるものではなかった。ついにゼロスは足を滑らせ谷底へ転落してしまう。
「殺ったか!?」
 だがゼロスは落ちてはいなかった。崖の途中の突き出した岩棚にすんでの所で掴まる事ができ、ぶら下がっていたのである。
「畜生、しぶとい野郎だぜ。岩を落とせ!谷底に突き落とすんだ。」
 雨のように岩が降ってくる中、ゼロスは必死にしがみ付いていた。
 だが足をかける場所がなく宙ぶらりんの上に、落とされる岩が否応なしに体を打ちつけていた。次第に手も痺れてくる。
「くっ…。駄目だ、もう持たない。」
 不思議だな。こんな世の中、いつだってオサラバしてやるさって思っていたのに、どうして俺はこうしてしがみ付いているんだろう。いっその事この手を離してしまえば楽になれるだろうに……そうさ、離してしまえばいい。もう充分だろ?俺が死んだって誰一人悲しむ者なんていないんだから。
 ところが、ゼロスが全てを諦め手を離しかけたその時、上空から蒼い光が舞い降りてきたのである。
 ゼロスは信じられないという顔でその光を見詰めていた。あの光の持ち主は一人しかいない。だが、それはゼロスが思っていた人物とは違っていたのだった。
「え!?…ク〜?」
 果たしてそれはク〜であった。驚いた事にその背には蒼い羽が煌めいている。
 ゼロスは目を見開いた。

(まさか…嘘だろ?ク〜、お前はあの…)

 ク〜はゼロスの所まで下りてくると、その腕を小さな両手で掴み引き上げ始めた。しかしなんといっても子供である。到底ゼロスの体を引き上げる事など不可能に近かった。それでも天使化により力が強くなっている為なのか、少しずつだがゼロスの体は引き上げられていた。
「なんだ、あの羽の生えたチビは!?神子を助けるつもりなのか?よし、矢を放て。あのチビから始末するんだ!」
「!!!…ク〜、俺はいいからその手を離して逃げるんだ。聞こえただろ!?あいつら今度はお前を狙ってくる気だ。」
「嫌!ク〜はゼロを助けるの!!」
「馬鹿、殺されちまうぞ!!俺なんか放っておいて早く逃げろ。」
「ゼロはク〜を助けてくれたもん。だから今度はク〜がゼロを助けるの!」
「俺はお前が嫌いだって言っただろ。お前なんかに助けてもらいたくはないんだよ。」
「ゼロがク〜を嫌いだっていい。それでもク〜はゼロが好きだもん。大好きなゼロが死んじゃったら嫌だもん。だから助ける!」
「……」
 ゼロスは崖の上を見上げた。男達が弓を構えてク〜を狙っているのが見える。
 ゼロスは片手を離しク〜を抱き寄せるとその体を覆うように胸に抱いたのだった。
 片手でぶら下がっているのはちょっと辛いけどな…でも例え落ちたとしてもこいつには羽があるから大丈夫だろう。
「ゼロ?」
「おとなしくしてろ。お前は俺が守ってやるから。あいつらに指一本触れさせやしない。」

 これなら矢が貫くのは俺の体だろう。俺は死んじまうだろうけどク〜だけは助かる筈だ。
 考えてみりゃ、お笑い草だ。この俺が他人の為に命を投げ出すなんてな。
 でも俺は満足だぜ。こいつの為なら命だって惜しくはない。
 こんな事俺が思ったのは今までの人生で二回だけ……そう、今回で二回目なんだ。
 今こそ認めるよ。俺はあんたが…

「放て   !!」

 頭上から声が聞こえ、ゼロスは覚悟を決めて静かに目を閉じた。
 だが、いくら待っても矢は体を貫いてはこなかった。それどころか男達の悲鳴が聞こえてきたのである。
 不思議に思ったゼロスは再び崖の上へと目をやった。そこに見えたのは眩しいぐらいの光。
「あれは…インディグネイション?」
 光が収まると途端に崖の上は静かになり、そこから下りてきたのはなんと羽を広げたユアンであった。
 ユアンは苦虫をかみつぶしたような顔でゼロスの腕を掴むとそのまま崖の上に引き上げてくれた。
「…まさかあんたが助けてくれるとはな。」
「お前を助けたわけではない。私が用があるのはこいつだ!」
 ユアンはゼロスが抱いているク〜の襟首をつかみぶら下げた。
「手間をかけさせやがって。さあ、帰るぞ。」
「いやっ!!」
 するとク〜は一声叫ぶとユアンの顎を蹴り上げたのだった。
 ユアンは涙目になりながらもその手を離さなかった。ク〜を小脇に抱えなおすと尻をバシバシと叩き始める。
「いい加減にしろ!お前を連れて帰らなければ私が怒られるのだからな!」
「ちょっと、相手は子供でしょうが!」
「子供?冗談じゃない。こいつはクラトスだ!ユグドラシルが自分の元から二度と逃げ出さぬようにと子供の姿に変えたんだよ。結局また逃げ出したわけだがな。…ん?驚かんのだな。気付いていたのか。」
「その羽を見た時に、そうじゃないかとは思ったけど、こうして改めて言われてみるとちょっと複雑だね。なにしろク〜は泣くや喚くわで感情表現が豊富だし、あの人とは正反対だからね。」
「ふん、普段感情を抑えている分、子供になってその反動がきたんだろうよ。」
 ビシバシと尻叩きをしながらユアンがそっけなく言う。
「なるほどね……てか、その辺で止めなって。いくらなんでも今は子供だろ。」
「お前にしてはえらく殊勝な事を言うではないか。だが、こいつはこれぐらいしないと分からんのだ。」

 しつけってか?いや、というより何か八つ当たりのような気がするんですけど…
 だがまてよ、ク〜がクラトスだって事は、ひょっとしてミ〜とドジっていうのは…

「やめてよ、痛いよ〜!ウワ〜〜ン、ドジなんて大嫌いだああああ!!」
「うるさい!お前にまでドジなどと言われる覚えはないわ!!(ビシッ、バシッ)」

(あ…やっぱり?だとしたら残るミ〜は一人しかいないよね。ユアンの事をドジなんて呼べる奴は…)

 ゼロスがそんな事を考えていると、タイミングよく想像通りの人物の声が聞こえてきたのだった。
「何をしているの、ユアン?」
 突然聞こえてきた声に、ユアンの手がピタリと止まった。ゆっくりと振り返り愛想笑いを浮かべる。
 ミ〜さまの御降臨であった。
「お、おお、ユグドラシル。丁度いい所へきたな。たった今クラトスを見付けて連れ帰る所だったのだ。」
「何をしているのかって訊いているんだけどね。」
 ユグドラシルはユアンの手からク〜を奪い取った。
「い、いや、ちょっとこいつにお仕置きを…」
「ミ〜!…ドジがね、僕を苛めるんだよお!」
「おお、おお、可哀そうに、痛かっただろう?」
 ユグドラシルはク〜にスリスリすると、ユアンを睨みつけた。
「お仕置きが必要なのはドジの方だね。」
「や、やめろ、ユグドラシル!私はクラトスの為を思ってだな……うわっ!ぎゃ〜〜〜〜〜!!!」
 ユグドラシルのグランドクロスに、ユアン、あえなく撃沈。
「さあ帰ろう。」
 ク〜は羽を広げてユグドラシルの手から逃れると、いやいやをした。
「僕がいるとミ〜が困るんでしょ。だから嫌!!」
「誰がそんな事を言ったんだい?」
「知らない人…廊下で話している声が聞こえてきたの。僕は“にんげん”だからミ〜の傍にいるのはおかしいんだって。ねえ、どうして“はーふえるふ”と“にんげん”は一緒にいちゃいけないの?」
「…残念ながらこの世界の種族は皆憎み合っているんだ。確かにク〜は元は人間だった。でも今はミ〜やドジと同じ天使なんだよ。元の種族がなんであろうが関係ない。今は同じ種族だし、大切な仲間なんだ。」
「じゃあ、僕は帰ってもいいの?ミ〜と一緒にいてもいいの?」
「当たり前だろう。それどころかいてもらわなくては困る。ク〜は私にとって何よりも大切な存在なんだからね。他の者の言う事なんて気にする事はない。ク〜は堂々としていればいいんだ。だから一緒に帰ろう。」
「……ゼロは?ゼロも一緒がいい!」
 ク〜はゼロスの所に飛んでくると、抱きついた。

(なんだかユグドラシルの顔が険しくなってる気がするんですけど…。嫉妬してるとか?)

「ゼロの家は我々とは別なんだ。だから一緒には帰れないんだよ。」
「いや〜!ゼロも一緒がいいの!!」
 もしかしたら、ク〜はゼロスに大嫌いだと言われた事を気にしているのかもしれない。だからここで別れたらもう二度と会えないのではと考えてしまったのだろう。だとしたら俺の所為だ。俺があんな事を言ってしまったから…。
 ゼロスはク〜を下ろすと、優しくその髪をなでた。
「大丈夫、また会えるさ。」
「本当?」
「ああ、会えるとも。何年先になるかは分からないけど、ク〜が良い子にしていれば、いつかきっとまた会える。だからお帰り。それがク〜にとっても一番いい事なんだ。」
 ク〜はそれでもしばらく迷っているようだったが、やがて渋々頷いた。
「……わかった。ゼロが言う通りにク〜は良い子にしてる。だからぜったいだよ。約束だよ。」
 ク〜が出してきた小さな小指にゼロスは自分の指をからませた。
「約束だ。きっと会おうな。その日を楽しみにしているよ。」
「うん、ク〜も、いっぱい、いっぱい楽しみにしてるね。」
 もういいだろうとでも言うように、ユグドラシルはク〜を奪い取った。そしてゼロスを睨み付けると、お前なんかに渡してたまるかとでもいうようにク〜をギュッと胸に押し抱いた。
 しかしゼロスはそんなユグドラシルの方など見てはいなかった。じっとク〜に視線を注いだまま、
「ク〜、最後に一つだけお前に謝っておくな。」
 ク〜はユグドラシルの腕の中で不思議そうな表情を浮かべる。
「お前の事を大嫌いだって言ったけど、あれは嘘だ。大好きだよ、ク〜。お前に会えてよかったと心の底から思ってる。」
 ク〜は驚いたように目を見開いた。何かを言いたそうに口を開けたが、ユグドラシルは構わずに羽を広げると飛び立つ。ク〜はその腕の中から必死にゼロスに叫び返していた。
「僕も、僕もゼロが大好き!ありがとう、ゼロ。またね、さよなら!!」
 だんだんと遠ざかるその姿が見えなくなるまで、ゼロスは手を振り続けたのだった。


 「ユグドラシルの奴、ありゃあ完璧焼き餅だな」
 ゼロスは背後から聞こえたユアンの声に振り返った。
「なんだ、あんた生きてたの?」
「当たり前だ!あんな事で死んでたまるか!!…しかし意外だったな。神子が子供好きだったとはな。」
「ガキは嫌いだよ。でも、ク〜は特別だ。」
「クラトスだからか?」
「……」
「一応言っておくがな、シルヴァラントの神子があと三年ほどで再生の旅に出る。」
「へえ、それが何か?」
「ユグドラシルはその護衛にクラトスをつける気でいる。その時にはもちろん元の姿に戻すだろう。そして場合によってはお前にも動いてもらうつもりのようだ。当然、クラトスと顔を合わす機会もあるだろうが、期待はせん事だな。元の姿に戻ったクラトスはク〜だった時の事は覚えていないだろう。つまりこの一週間のお前との思い出はきれいさっぱり消えているって事だ。」
 残念だったな神子、とでも言いたげに勝ち誇った様子でゼロスを眺めるユアン。
 だが予想に反してゼロスはクックックッと笑い始めたのだった。ユアンは眉をひそめる。
「ク〜があんたの事、なんて言っていたか教えてやろうか?」
「…フン、どうせロクな事言っとらんだろう。」
「ドジはたまに意地悪をするけど、本当はとっても優しいんだとさ。」
「!!!」
「ク〜の言う通りだな。あんたは優しいよ。あんたが言わなくてもいい事をわざわざ俺に教えてくれたのは、俺がクラトスと再会した時、あいつが何も覚えていない事にショックを受けると思ったからだろう?」
「ち、違うぞ。私はただ…」
「でもさ、そんな心配は無用だよ。俺はあいつが何も覚えていなくたって構わない。それでもク〜との事は実際にあった事なんだから。その思い出は俺のこの胸の中にバッチシ残っているんだからさ。」
「……神子、お前変わったな。」
「そう?だとしたらク〜と会ったからだろうさ。」
 ゼロスはニンマリとして、ク〜が去って行った空を見上げた。

 “なんでみんなで悪口を言いあうんだろう。みんな同じなのにな…”

 あの言葉はあんたの本心だったんだろう。
 誰もが同じ一つの命として認めあえる世界…
 あんたがそんな世界を望んでいるのなら、俺はそれを現実にするために動こう。その為に道化を演じ続けてやるさ。
 それが俺があんたにしてやれるたった一つの事だから。

 あんたは俺が生まれて初めて心の底から信じる事ができた人なんだ。
 
 そう、今こそ俺は認めるよ。
 クラトス、俺はあんたを愛している!


−ゼロス君の子守唄 終−