その日、ゼロスはいつもより早く仕事を切り上げ浮き浮きと聖マーテル幼稚園に向かっていた。
 ユアンからこのお迎えの話を持ち掛けられた時、彼は渋った表情を見せていたものの、その実心の中では飛びあがって喜んでいたものだ。これでまたク〜と一緒の時間を持つ事が出来る。いや、それどころかあわよくばこのままク〜を引き取り、屋敷から通わそうとまで企んでいたのであった。その際はフールが邪魔になるが、それはそれ、適当に言い包めてあいつだけデリスへ帰ってもらえばいい。そうしてユグドラシルへの言い訳はフールに任せ、自分はク〜との幸せ一杯の生活を送るのだ。
 そんな夢の生活を頭に思い描きながら、ゼロスはにやにや笑いを浮かべた締まりが無い顔でようやく幼稚園に到着したのであったが、どうも園内の様子がおかしい。幼稚園には似付かわしくない面構えの男達がうろうろとしており、大勢の野次馬達が中を覗いているのだ。
 不思議に思ったゼロスは、隅の方でやはり心配そうな表情でその様子を眺めている母親達に声をかけたのだった。
「あの人達、警察の人ですよね。何かあったのですか?」
「ええ。なんか誘拐だとかなんとか…」
 そう言いながら振り返る母親達。
 誘拐とは穏やかではない。ゼロスは是が非でもその続きが聞きたいと思った。
 ところが振り返った母親達は情報をくれるどころか彼の姿を認めた途端に、その目を異常に輝かせながら聞き返してきたのである。
「あら、あなた。もしかして神子様では?」
「え?…い、いや…」
 突然獲物を前にしたハイエナのような目つきへと変わった母親達に、思わず後退るゼロス。そんな彼の腕を逃さんとばかりに掴むと母親はこう叫んだのだった。
「そうよ、神子様よ!間違いないわ!この間、週刊誌に載っていたのを見たもの。」

 週刊誌って…何故?
 俺様、スキャンダラスな事は何もやっていないんだけどね…。

「キャ〜〜、こんな所で本物に会えるなんて!」
「「「サインしてくださ〜い!」」」
 その声を合図についにハイエナ達は獲物めがけて飛びかかってきた。それを聞きつけた近くの野次馬達までもが寄って来て、幼稚園はたちまちサイン会のイベント会場と化してしまう。こんな事をやっている場合ではないと分かっていながら、ゼロスは気付くと差し出される色紙に笑顔でサインをしていた。二枚目の神子ともなればこんな事はしょっちゅうで、ゼロスは常にサインペンを持ち歩いていたのである。
 一人一人と握手してサインを書きまくるゼロス。スターの習性とは実に恐ろしい。
 そんな騒ぎが収まりかけた頃、ようやくゼロスの存在に気付いた園長が駆け寄って来た。
「ああ、神子様。大変な事が起こってしまいました。我が園始まって以来の不祥事です!このままでは私の首が飛んでしまう…い、いや、それよりも歴代の園長に顔向けが出来ませぬ。」
 ゼロスに抱き付き、よよと泣き崩れる園長。ジジイに抱きつかれる趣味はなかったが、母親達から情報が得られない以上園長から話を聞くしかないだろう。
 そこでゼロスは園長の肩を抱くと優しい声音でこう言ったのだった。
「園長、とにかく中で詳しい事情をお聞かせ下さい。」
 途端に眉を顰める母親&野次馬達。園長を『邪魔しやがって』とでも言うように殺気だった目で睨み付けている。
「いや〜ん神子様、行っちゃうの〜?」
「ごめんよ、ハニ〜。俺様ちょっと園長さんとお話があるからさ。ハニ〜達とはまた今度ゆっくりとね。」
キャ〜〜〜〜〜!神子様〜〜〜!!
 ゼロスのウインクにメロメロになる母親達。
 それからゼロスは、彼女達の黄色い声を背に、ともすれば崩れそうになる園長を支えながら建物の中へと入って行ったのだった。

 ボータが幼稚園に姿を現したのはその一時間後の事であった。その頃には野次馬や捜査員達も帰り始めており、園内は日常の静けさを取り戻しつつあった。
 ゼロスはその時、残っている捜査員達と話をしていたのだが、ボータの姿を目にするやすぐにこちらへとやって来てくれた。
「さすが早耳だね。あんたがここに来たって事は、もう何が起こったか知っているとみていいのかな?」
「ああ、もちろんだ。うちの情報網を甘く見ないでもらいたい…と言いたいところなのだがな。残念ながら私が事件の事を知ったのは偶然で、ユアン様が攫われたという事以外分かっていないというのが正直な所なのだ。そこでお前の方で何か聞いていないかと思ってやって来たわけなのだが…」
「生憎と俺様の方でも大した事は掴めていないぜ。なにしろ唯一の目撃者である先生が錯乱状態でね。ちゃんとした話が聞けないんだ。分かっている事と言えば、犯人は手枷をした男だという事ぐらいか。」
「手枷の男!?もしやそれはリーガル・ブライアンでは…」
「名前までは分からなかったけど、恐らくそうだろうね。実は昨日それらしき男を家の前で見かけたんだ。」
「!!」
 驚くボータに頷いてみせるゼロス。
 そう…昨日はどうしても思い出せなかったが、今日捜査員から彼が脱獄をしたとの話を聞いてやっと思い出したのだ。あれは確かにリーガル・ブライアンだった。国王主催のパーティで一、二度顔を見ただけだった為に即座に浮かんでこなかったのだが、今となってはそれが悔やまれてならない。あの時俺がちゃんと思い出してさえいれば、こんな事にはならなかったかもしれないのに…。
「でも、どうしても分からない。あいつなんでフールなんて攫ったんだ?あいつはフールがユアンだって事知らない筈だろう?」
「ユアン様は間違えられただけだ。奴の真の狙いはクラトス様…いや、ク〜にあった。ユグドラシルのところへ身代金要求の手紙が送られてきたのをこの目で見たから間違いはない。それにこれは隊員の調べで分かった事なのだが、どうやらリーガルはムショ仲間からクルシスには幹部に大切にされているク〜という子供がいるらしいとの情報を得たようなのだ。」
「つまり営利誘拐だと?」
「それを当座の逃走資金にしようと考えたのだろうな。あの刑務所は重大犯罪者が収められている所故、世俗から完全に隔離されている。従って面会人も出入り出来ず、手紙もご法度。もちろん電話など出来ようはずもないから、逃走資金が欲しくても、家の者と連絡を取る事が出来なかったのだろう。」
「脱獄の目的はやっぱりヴァーリへの復讐か?」
「恐らくはな。だが、そっちの方は今の所は放っておいても大丈夫だろう。ヴァーリはそれとなく部下に見張らせているし、第一金が手に入らなければリーガルも動きが取れんからな。今一番の問題はユアン様の事なのだ。ユグドラシルの奴、誘拐されたのがク〜ではなくユアン様だと分かるや否や、金を出すのを拒否しやがった。警察とて所詮クルシスの犬だ。信用出来ん。つまり我々レネゲードの手で救出するしか手がないのだ。とはいえ、リーガルは格闘技の達人だと聞くし、なによりユアン様が人質に取られている以上、私一人では難しいかもしれない。そこで神子、ぜひともお前に手を貸して欲しいのだ。」
「でもさ、俺様もユグドラシルと同じくク〜さえ無事ならそれでいいわけで、ユアンがどうなろうが知った事じゃないからね。助けたとて何の益にもならないし、そんな義理ないっしょ。」
「……」
 そう言ってくるとは思っていた。この神子は昔から自分にとって利益になる事でしか決して動こうとはしなかったのだ。しかし、だからと言って我々にはその狡猾さを責める資格はない。
 神子といえば聞こえはいいが、結局はクルシスからもレネゲードからも単なる道具としてしか扱われず、散々利用された挙句に捨てられる運命にある。しかしこの男はそれを逆手に取り、二つの組織をうまく天秤にかけながら生き延びてきた。それも無理からぬこと…二つの巨大な組織が相手では、そうでもしなければ到底生きては来れなかったのだろう。
 我々にとってこの男が道具であるように、彼にとってもクルシスやレネゲードは道具でしかないのだ。その道具の為に命をかけてくれと頼む方が土台無理な話だったのかもしれない。
 諦めたように肩を落とすボータ。
 ところがゼロスの言葉はまだ続いていた。
「…って言いたいところなんだけどね。」
「えっ?」
 ゼロスは怪訝そうな顔のボータを見てニヤリと笑うと、
「実はク〜がさ、後を追って行ったみたいなんだよね。でも今のあいつはクラトスじゃない。潜在能力はあっても、それを引き出す術を知らないただの子供なんだ。だからあいつも捕まっちまったかもしれない。だとしたら保護者である俺様としては助けに行かないわけにはいかないっしょ。ついでにフールも助けてやろうじゃないの。」
「神子…すまない。有難う。」
「よせよ。フールの奴はついでだって言っただろ。ただ助けに行くにもまずはリーガルのアジトを突き止めないと…。あいつはこの幼稚園にも俺様の家にも徒歩で現れた。てことはだ。徒歩で移動できる範囲にあって、人目につかない場所だって事になる。」
「分かった。手の者に付近を捜索させよう。」
「なるべく急いでやってくれよ。まあ、俺としちゃああまり心配はしていないんだけどね。ユアンってああ見えて結構面倒見がいいからさ。ク〜の事もちゃんと守ってくれると思ってる。でも早く見付けるに越した事はないだろう?」
 そう言ってゼロスは悪戯っぽくウインクしてみせたのだった。




 フールが意識を取り戻したのはどこかの小屋の中であった。しっかりとした造りの古い木造の小屋で、薄暗くガランとしている。見回すと隅の方に農作業に使われる道具類が雑に置かれており、それらに蜘蛛の巣が張っているところから想像するに、もう何年も前から使われなくなった農家の物置といったところであろうか。
 今彼は両手を後ろに回された状態で太い柱に縛り付けられており、食い込んでくる縄で体中が痛み、その上に嗅がされた薬の後遺症だろうか、酷く気分が悪く、ともすれば戻しそうになるのを必死に堪えていた。
 半開きになった窓から外を見れば、空はもうすっかり暗くなっており、一つ二つの星までが輝き始めている。
「もう夜か…。くっそ〜、冗談ではないぞ。」
 なんとかして逃げ出したいものであったが、きつく結ばれた縄目は子供の力ではどう足掻いても自力で解く事はかなわなかった。身動きが取れず気分が悪い現状では術を唱えるだけの集中力も望めず、フールはすっかり途方に暮れてしまったのだった。
 そこへ例の手枷の男が入って来た。手には毛布を持っている。
「気が付いたようだな。手荒な真似をして済まなかった。」
「謝っている暇があったらこの縄を解け!」
「残念ながらそうはいかんのだ。私にはどうしても金がいるものでな。」
「…金?」
「クルシスに身代金を要求したのだ。可愛がっているク〜殿の為ならやつらとて拒みはしないだろう。貴公には少々窮屈な思いはさせるが、なあに、ほんの少しの辛抱だ。身代金の受け渡しは明日の夕刻。金が手に入り次第直ぐに釈放してやるから安心するがよい。」

 ク〜だって!?

 思わず目を見開くフール。
 そうか、何か変だとは思っていたのだ。私など誘拐しても一文にもならんからな。こいつはク〜と私を間違えたわけか…。しかしク〜があの場に残っている以上、この誘拐が人違いだという事がユグドラシルの耳に入るのも時間の問題だろう。いや、もうすでに入っているかもしれない。だとすればだ。ク〜ならともかく私の為にあのユグドラシルが金など出す筈がない。

 参ったな…。これは最悪の事態も覚悟しておく必要があるかもしれんぞ。

 手枷の男はそんなフールの内心の焦りには全く気付く様子もなく、安心させるように微笑みを浮かべると持っていた毛布をフールにかけてやりながら言った。
「ここは夜になると冷えるからな。毛布を持って来てやったぞ。お兄さんはこう見えても紳士なのだ。危害を加えたりはせんから安心して眠るが良い。そうそう、腹が減ったかもしれんがちょっと待ってくれ。明日の朝一番に調達してきてやるからな。」
 それから男はフールの目の前にある柱を陣取るともう一枚の毛布に包まり、程なくして耳障りな高鼾をかきながら眠ってしまったのだった。
「何がお兄さんだ。このくそおやじが!」
 男を見詰め呟くフール。

 いずれにしても、この男が人違いだと気付いた時が私の命の終りだということか…。
 ああ、思えば波瀾万丈の人生だったなあ。せめてマーテルを解放するまでは生きたかったのだが、これも我が運命なのかもしれん。

 こうしてフールは窓から覗く星空を見上げながら、まんじりともしないで夜を明かしたのだった。


 とはいえやはり疲れていたのだろうか。自分では寝るつもりなどなかったのだがいつの間にか眠ってしまったようで、フールは自分を呼ぶ声によって夢の世界から現実へと引き戻されたのであった。その時にはもう日が昇っており、窓から差し込んでくる朝の光をまともに受けたフールは眩しそうに目を瞬いた。
「よかった。フールちゃん、やっと目が覚めたんだね!」
 笑顔で自分を覗きこんで来た顔を見てギョッとするフール。
「ク〜!?なんでお前がここにいるんだ!」
「なんでって、もちろん助けに来たんだよ。おじさんが小屋を出て行くのを見て、あの窓から忍び込んできたの。ちっちゃいって便利だね。ちょっと羽が擦れたけど、ク〜、ちゃんと入れたよ!でもこの縄、固くて解けないの。今頑張っているからちょっと待っていてね。」
「馬鹿!頑張らなくていいから早く逃げろ!!」
「嫌だ!だってフールちゃんはク〜の大切なお友達なんだもん。だから逃げる時は二人で一緒なの!」
「そんな陳腐な青春ドラマのような事を言ってないで早く逃げるんだ。あのおやじはな、本当はお前を誘拐したかったんだぞ。」
 フールがそう叫ぶと同時に入口の方でどさりと物を落とす音がした。ハッとしてそちらへと目をやると、そこには足元に食料をばら撒いた状態の手枷の男が驚愕の表情で立っていたのだった。

 戻って来た事に気付かなかったとは…くっ、不覚。

 唇をかむフール。
 そんなフールに、男は強張った表情で尋ねた。
「今…何と言った?」
「え?な、なんの事でしょう?」
 フールは焦った。今の話を聞かれたとすれば、男は自分の勘違いに気付いてしまった事になる。だが、今ならまだ間に合う。自分は無理でもク〜だけならば逃げ出す事が出来るのだ。
 次の瞬間、フールと男の口から同時に言葉が放たれていた。

「逃げろ、ク〜!!私の事はいいから早く逃げるんだ!」
「惚けるなっ!ちゃんと聞いていたんだぞ。今、お前は私の事をおやじと言っただろう!?私はお兄さんだ。断じておやじではない!!」

 不気味な静けさが辺りを覆い、時が止まった。

 おい、おい、そっちかよ…。

 心の中で呟くフール。
 見れば男はあんぐりと口をあけたまま固まっており、ク〜はク〜で目を丸くして自分と男を見比べている。このままではすこぶる状況がよろしくない。勘違いとはいえ、自分から真相を暴露してしまった以上、男の金縛りが解ける前にク〜だけはなんとしても逃がさなくてはならなかった。
 そこでフールは再び叫んだのだった。
「馬鹿、止まっているんじゃねえ。さっさと逃げろ!!」
 その声にようやく動き始めるク〜。
 しかし男の方が速かった。思ったより早くダメージから回復してしまった男は、一足飛びにク〜へと駆け寄ると、その襟首を掴んでぶら下げてしまったのだった。そして縛る為の縄を探したが見当たらず、仕方なく落ちていた犬用の首輪で代用する。それは鉄製の首輪に鎖が付いたもので、もちろん一寸やそっとの力では引きちぎる事など不可能な代物であった。一体この家の元の主はどんな猛犬を飼っていたのかと不思議に思うところだが、男は取り敢えずク〜にそれを取り付けると、鎖を柱に巻き付けしっかりと固定させたのだった。
「いや〜〜、ク〜はわんこじゃないよ〜〜。」
 ク〜は泣き喚いたが、男はそれを無視すると怒りも露わにフールに近付き、その頬を物凄い力で殴りつけた。
「このガキ。よくも私を騙しおったな!」
 それでもフールは怯えた様子も見せず、口の中の血をペッと吐きだすと鋭い目でいきり立つ男を見据えて静かな声でこう言い返した。
「騙す?…フン、言っておくが私は自分がク〜だなどとは一言も言っていないぞ。お前が勝手に勘違いしただけではないか。」
「なんだと   っ!」
 フールのその落ち着きはらった態度は男の怒りに更に油を注ぐ事となってしまい、男は顔を真っ赤にすると再び殴ろうと手を上げたのだったが…
「乱暴は止めて!!」
 ク〜の悲鳴にも似た叫び声にハッと我に返る男。やがて上げていた手を下ろすと目を伏せ言った。
「くっ、私とした事が…。殴ったりして済まなかったな。常日頃から弱いものを甚振るのは性に合わんと言い続けているくせに、つい頭に血が上ってしまったようだ。」
「……」
「確かにお前の言う通りだ。私が勝手に勘違いして勝手にお前を攫ってきた。そんな自分のミスを棚に上げ、子供のお前を殴りつけるなど恥ずべき行為であった。申し訳ない。しかし、こっちの子がク〜だったとは意外だったな。どう見ても闘神と呼ばれるような子供には見えなかったのだが…」
「闘神?」
「ああ。ムショ仲間にそう教えられたのだが、どうやらデマだったようだ。まあ、落ち着いて考えてみれば闘神などと呼ばれる子供がいるわけがないものな。」
「……いや、ク〜は間違いなく闘神だよ。少なくとも我々にとっては神ともいえる存在だったのだ。」
「我々?」
 首を傾げる男。

 そうだとも。クラトスはまさに闘神と呼ぶに相応しい男なのだ。クラトスがいなかったら、ミトスも私も今こうして生きてある事はなかっただろう。クラトスという百戦錬磨の司令塔がいたからこそ、私達はあの過酷な戦いを乗り越えてくることが出来たのだ。
 そしてそれはク〜となった今でも変わる事はない。ある意味こいつは崩壊寸前である我々を繋ぎとめている楔のような存在なのかもしれない…。

「今に…」
 フールは不思議そうな男をじっと見詰めながら言った。
「今にお前にも分かる時がくるだろうよ。」

 もっともその時にはこいつはクラトスという本来の姿に戻っているだろうが、それでも恐らくこの男なら気付くに違いない。クラトスこそが実はあの時のク〜という少年だったのだということに…。
 そして私は……私はその時、この闘神と相対している事になるやもしれんな。

 フール  ユアンは、この時すでに、この先クラトスと自分が道を違えるであろう事を予感していたのだった。


 それから三人は朝食を済ませ、思い思いにただなんとなく時を過ごしていた。誰一人として口を利く者はなく、小屋の中にはなんとも気まずい空気が流れていたのだが、その沈黙を最初に破ったのは他ならぬク〜であった。
「おじちゃん、なんで手にそんなの付けてるの?カッコイイけど重くて動き辛そうだよね。取っちゃえばいいのに。自分で取れるんでしょう?」
「…確かに取る事は可能だが、そういうわけにはいかぬのだ。この手枷は私の罪の証。罪が償えるその日まで、この手からこれが消える事はない。フ…私の罪はまだ償えていないのだ。」
「脱獄しておいて、何を気取っているのだ。」
 ボソッと呟かれたフールの言葉に目を見開く男。
「何故その事を…」
「情報網を持っているものでな。ていうか、そもそもそんな物を付けていれば誰だって脱獄犯だと思うだろうが。」
 思わずうなり声をあげる男。
 するとそこへ黙って二人の話を聞いていたク〜が再び口を挟んで来た。
「ねえ、『だつごく』ってなあに?」
「うん?脱獄というのはそうだな…ほれ、ク〜も悪戯をするとミ〜にお仕置きだと言って押入れに閉じ込められるだろう?その度にお前は屋根裏からこっそり抜け出しているようだが、それを脱獄というのだ。」
「このおじちゃんも押入れから逃げ出して来たの!?」
「そうだ。こいつは牢獄という名の押入れから逃げ出してきた極悪人、リーガル・クルミアンという男なのだ!!」
「クルミアン?…なんだか美味しそうな名前だね。でもク〜はツブアンの方が好きなんだけどな。」
 この頓珍漢な会話に、フール曰くリーガル・クルミアンは怒鳴った。
「何が押入れだ、何が!第一私の名前はクルミアンでもツブアンでもない。私はリーガル・ブライアンだ!」
「な〜んだ。あんこじゃなくてフライパンなんだって。フールちゃん、間違えちゃ駄目だよ〜。」

ブ・ラ・イ・ア・ンだっ!!

 床を踏み鳴らしながら絶叫するリーガル・ブライアン。
「わざとだろう?お前達わざと間違えただろう?…そうに決まっている。こんなわざとらしい間違え、嫌がらせとしか思えん。」
「確かに私の方は嫌がらせだが、ク〜の場合は単なる天然だ。気にするな。」
「……」
 もう何も言う気にもなれず、むっつりと黙りこむリーガル。
 するとまたもやク〜が口を開いたのだった
「ねえ、カルカル・フライパンおじちゃん。」

 こいつ…あくまで間違い続けるつもりか!

 リーガルはカチンときたものの子供のこと故怒るわけにも行かず、怒りをぐっと抑えると無理矢理笑顔を浮かべる。
「何だ?」
「おじちゃん、どんな悪戯をしたの?気持ちは分かるけど逃げ出すのは良くないと思うよ。だってク〜もね、逃げ出した後、いつもミ〜にお尻百叩きされちゃうんだ。だからおじちゃんも今の内にごめんなさいしないともっと酷い目に遭っちゃうよ。」
 ク〜は心底心配そうであった。
 まじまじとク〜を見詰めるリーガル。
「フ…酷い目か。確かにそうかもしれんな。心配してくれて有難う。お前は優しい子だな。しかし、大人の世界では謝っても済まない事もあるのだよ。今戻ったら、私は厳重な監視下に置かれ、もう二度と出てくる事は出来なくなるかもしれない。それでは困るのだ。私にはやらねばならない事がある。」
「やらなきゃならないこと?」
「復讐だよ。昔、私はある男の企みにはめられてしまい、最愛の女性をこの手にかけたのだ。」
「!!…殺した…の?」
 頷くリーガル。
「坊やにはまだ難しくて分からないかもしれんが、その女性はある石によって姿を怪物へと変えられてしまったのだ。彼女は私に自分を殺してくれと懇願し、私はその願いを叶えざるを得なかった。その場の状況を知る者は誰しもが口を揃えてこう言う。『あれは仕方がなかったのだ。』と…。確かにそうかもしれない。しかし私が彼女を殺した事に違いはないのだ。私はそんな自分が許せない。それよりなによりも、その原因を作った男が許せなかった。それで私はその男に復讐するべく脱獄をしたのだ。」

「もう止めろ!!」

 フールの叫び声に、すっかり自分の世界に入り込んでいたリーガルはハッと我に返った。見ると、ク〜がガタガタと震えながら蹲ってしまっている。
「なっ!?ど、どうしたのだ?」
「どうしただとっ!?」
 リーガルを睨み付けるフール。
「確かに最初に聞き始めたのはク〜であり、お前はそれに答えただけかもしれん。だが、そんなに詳しく話す必要がどこにある!?」
「……そ、そうか。恐がらせてしまったか。すまん。子供に話す事ではなかったな。」
「『すまん』で済む問題か!お前はこいつの心の傷を…」
「止めて、フールちゃん。おじちゃんは悪くないんだよ!」
「ク〜…」
「…ただ、ク〜ね、おじちゃんの話を聞いていたら何だか分からないけど急に胸が苦しくなって…。驚かせてごめんなさい。」
「いや、私の方こそ悪かった。今までこんな話を他人にした事などなかったのに、お前の綺麗な瞳を見ていたらつい…。もしかしたら私自身、誰かに聞いてもらいたいという思いが心の奥底にあったのかもしれぬ。本当にすまなかった。」
「ううん、いいの。それより少しは楽になった?」
「えっ?」
「辛くて悲しい事を誰にも言えずに胸にしまっておくのってすごく苦しいよね。だからそれを話す事で少しでもおじちゃんの気持ちが楽になったのなら、ク〜も嬉しいな。」
 驚きに目を見開くリーガル。思わずフールの方へと目をやると、彼は彼でじっとク〜を見詰めていた。
 リーガルが二人の子供に向かって口を開きかけたその時だった。突然表から拡声器で怒鳴る声が聞こえてきたのだった。

「リーガル・ブライアン、警察の者だ。表は包囲されている。人質を解放し、大人しく投降しなさい!」

 半開きになった窓から覗き見てみると、その言葉の通り小屋の周りはすっかり警官隊に囲まれてしまっており、その前には拡声器を持った警官隊の隊長らしき男と見知らぬ黒髪の男、そしてその隣には神子ゼロスが立っている。
 警官隊はともかくとして、問題は神子と黒髪の男であった。神子の剣の腕は先刻承知であったし、黒髪の男も見たところ相当の腕の持ち主であるようで、逃げ切る事は困難だと思われる。
 するとそんなリーガルに、ク〜がこう言ったのであった。
「おじちゃん、ク〜を盾にして。そうすればきっと逃げられるよ。」
 驚いてク〜を見るリーガル。少年はあくまでも真剣であった。
「ク〜、お前……。」

 いや、そんな事出来るわけがないだろう。
 こんな天使のような子供をこれ以上危険に晒す事など出来ようはずがない。

「いいのだ、ク〜。自分の始末は自分でつける。」
 そう言って微笑みを浮かべるとリーガルはゆっくりと戸口へと向かった。
「カルカル・フライパンおじちゃんっ!!」
 ドアに思いっきり額をぶつけるリーガル。

 せめて最後ぐらいはちゃんと名前を呼んでもらいたかった。
 そして、できる事ならば『おじちゃん』ではなく『おにいちゃん』と…。

 しかしそこはさすが大人である。リーガルはそんな心の内など露ほども見せず、微笑みを浮かべこう言ったのだった。
「怖い目に遭わせてすまなかったな。さらばだ!」
 ドアを大きく開け放ち、表へと飛び出して行くリーガル。それは銃殺も覚悟の決死行であった。
 しかし警官隊は発砲して来なかった。否、出来なかったのだ。
 リーガルが飛び出してくると同時に、ゼロスと黒髪の男ボータも飛び出したが為に三者入り乱れての戦いとなってしまい、迂闊に撃つ事が出来なくなってしまったのである。
 銃を構えたままで三人の戦いを見守るしかない警官隊。そしてそれは小屋の中のク〜も同じであった。開け放たれたドアから顔見知りの三人が殺し合っているのを黙って見ているしかない自分がとても情けなく思えていた。
「おじちゃん、ゼロ、ボタンさん…どうして…」
 するとフールがそんなク〜に声をかけてきた。
「ク〜、お前は首輪だけだから両手が自由だ。鎖も長いから私の傍まで来れる筈だ。ここに来て、お前のファイアボールで私を縛っている縄を焼き切ってくれ。」
「!!…そんな事をしたらフールちゃんが怪我をしちゃうよ!」
「魔力を最小に調節すればいい。」
「無理だよ!ク〜は魔法が下手くそなんだよ。そんな事出来るわけないじゃない。」
「迷っている時間はないんだ。私が出来るものなら自分でやっている。だが私は両腕を後ろに回されて身動きが取れないからお前に頼んでいるんだ。大丈夫だ。お前なら出来る。私が自由になったらお前も直ぐに解放してやるから。」
「でも…」
「このままではリーガルが死ぬか、神子達が死ぬかなのだ。いや、もしかしたら全員死んでしまうかもしれない。そうさせたくはないだろう?」

 そう…。神子達が飛び出したのは恐らくリーガルを射殺させないが為。だがあの警官隊は十中八九ユグドラシルの命で動いている。情報を掴むのが早いクルシスの事。当然もう奴の耳にもク〜がこの小屋に向かった事は入っているだろう。だからこそこんなにも早く警官隊が差し向けられた。あいつにとってはク〜さえ無事なら後の者はどうなっても構わないのだ。万が一の時は容赦なく殺すように命令している可能性が高い。

「ク〜、皆を助けられるのはお前しかいないのだ。私はお前を信頼している。例え怪我をしたとしてもお前を恨んだりはしない。思い出せ。お前に魔法を教えてくれた者が言った言葉を…。」
「魔法を教えてくれた人…」
 ク〜に魔法を教えてくれたのはドジであった。彼はなかなかうまく出来ないク〜を馬鹿呼ばわりしながらも辛抱強く教えてくれたのである。そんな彼が口癖のように言っていた言葉…。

『いいか。魔法っていうのは自分を誇示する為にあるのではない。他人を守る為にあるのだ。その気持ちを忘れなければ必ず出来る。だから簡単に諦めるんじゃない。お前には元々その力があるのだから。』

「……分かった。ク〜、やってみる。」



 その頃外では相変わらず激しい戦いが繰り広げられており、その様子を隊長は苛々とした様子で眺めていた。二対一であるのですぐに決着がつくものと踏んでいたのだが、なかなかどうしてリーガルという男も二人相手にしぶとく粘っていて、この勝負、まだまだ長引きそうであった。
「ちっ!このままでは埒が明かんな。」
 上からの命令では掴まっているク〜という子供だけ助け出せさえすれば、あとの者はどうなっても構わないとの事だった。とは言え、神子様までやってしまうのはどうかと思い今まで躊躇していたが、こういつまでたっても片がつかないでは私の出世に響いてしまう。セレス様という代理の方もおられる事でもあるし、ここは一つ、不慮の事故として片付けてしまうとするか…。
 そう決意するものの、未だ隊長は迷っていた。
 と、その時である。それまで組み合っていた三人が一呼吸置く為に左右に分かれたのであった。
 それを見た隊長の目がキラリと光る。

 おお、グッドタイミング!
 今ならリーガル・ブライアンは一人だけ。この機を逃す手はない!

 一斉射撃開始の合図に右手を高々と上げる隊長を見て、警官隊達は引き金に指をかけ構える。
 ところが…
「撃ち方、はじ…」
 意気揚々と『始め!』と叫ぼうとした隊長であったが、その口は途中で止まってしまった。それもその筈。なんと自分達とリーガルの間に突然蒼い光の翼を持った子供が舞い降りて来たのだ。

「だめ〜〜〜っ!!撃っちゃだめ〜〜!」

「まさか…天使?」
 信じられないというように呟く隊長。後ろの警官達も呆然と立ち尽くしている。
 もちろんそれはク〜であった。ク〜はそのままリーガルの前に来ると、彼を庇うように両手を広げ立ち塞がった。
「ば、馬鹿。なにやっているんだ。早くそこをどけ。そんな所に立ったら危ないっしょ!」
 ゼロスは慌ててク〜を退けようとするが、ク〜はその手を振り払うとリーガルに抱きつく。
 ショックを受けるゼロス。
「ゼロもボタンさんもだめ〜!おじちゃんを苛めたら駄目なの!!」
「お…おい、ク〜?」
「おじちゃんは大切な人の仇をうちたかっただけなんだもん。だからおじちゃんは悪くない!お願い。だから逃がしてあげて。おじちゃんを捕まえないで!」
 リーガルに抱きついて一生懸命に訴えるク〜を見て、さすがのゼロスもわけが分からず困惑してしまった。
 すると、
「もういいのだ、ク〜。私は牢に戻る事にしたよ。」
「え?…おじちゃん?」
 驚いてリーガルを見上げるク〜。
「私は間違っていた。仇を討ちたい気持ちは今も変わらないが、それは今の罪をきちんと償ってからやるべきだったのだ。それを私は自分が早く楽になりたいが為に一人焦って暴走して、結果お前達を巻き込み迷惑をかけてしまった。私はそんな自分が恥ずかしい。お前がそれを気付かせてくれたのだよ。」
「でもおじちゃん、折角だつごくしてきたのに…。このまま逃げられるんだよ。ク〜がおじちゃんを守ってあげる。だから…」
「有難う、ク〜。次に仇を取る機会を得た時、その時にはお前の力を借りるとしよう。今回の脱獄も全く無益だったわけではない。なぜならお前という素晴らしい子に出会えた。だからこそ私は戻るのだ。今度お前に会う時に、胸を張って堂々と会えるように。短かったが、お前と過ごした時間はとても楽しかったよ、ク〜。達者でな。」
 リーガルはク〜の頬に優しく口付けをすると立ち上がった。
「神子、世話をかけた。」
「え?…いや、俺は別に…」
 ゼロスは戸惑いながら隊長の方へ目をやった。
「おい。囚人は大人しく捕まってやるってよ。まさか無抵抗の人間を撃つような真似はしねえだろうな。」
「め、滅相もない。私としましてはそいつを連れ戻す事が出来ればいいわけでして…。」
「ふ〜ん、そうかい。だったらとっとと連れて行くんだな。ただし丁重にな。傷つけでもしたらどうなるか分かっているんだろうな?」
「は、はい。かしこまりましてございます。」
 ゼロスの殺気さえこもった言葉に、大汗をかきながらリーガルの身柄を受け取る隊長。
「おじちゃん!きっとだよ。仇を討つ時にはきっとク〜にも教えてね。」
 微笑みを浮かべ頷き返すリーガル。

 仇を討つ時か…。
 その時まで、あの子は私の事を覚えていてくれるだろうか。
 いや、覚えていなくても構わない。むしろあの子には私の事など忘れて幸せになってもらいたいと思う。

 “ク〜は間違いなく闘神だよ。少なくとも我々にとっては神ともいえる存在だったのだ。今にお前にも分かる時がくるだろうよ。”

 あの言葉の意味が何となく分かったような気がする。あの子は私に、運命と向き合い戦っていく勇気を与えてくれた。まさに神のような気高く美しい心を持った子供…いや、天使と言った方がいいかな。

「有難う、ク〜。さようなら…私の天使。」
 リーガルは誰にも聞こえないような小さな声でそう呟くと、警官達に連れられ再び監獄へと帰って行ったのだった。

 その姿が見えなくなるまで見送っていたク〜にゼロスは眉をひそめると言った。
「どうしてあんな無茶をしたんだ。下手をすればお前も撃たれていたかもしれないんだぞ。」
「うん、ごめんなさい……。でも、放っておけなかったの。なんだかね、あのおじちゃんはク〜と同じなんだって思えたの。」
「え?」
「なんでかは分からないけど、そう思ったんだ…」
 そう呟くク〜の瞳はなんだかとても寂しそうで…。だがク〜は直ぐに顔を上げるとニッコリと笑って言った。
「でも、もうゼロに心配かけるような事はしないよ。本当にごめんなさい。あのね、ク〜ね、ゼロの顔見て安心したらなんだかお腹が空いちゃった。ゼロの家でご飯食べていってもいい?」
「あ、ああ。それはいいけど…」
「うわ〜い!それじゃあ早く帰ろうよ!」
 嬉しそうに歩き出すク〜の背中を、呆然と見詰めるゼロス。
 するとそんな彼の横にいつの間にか来ていたフールが言った。
「そう言えばお前は知らなかったんだな。お前に会う前、クラトスは妻子を失っている。あいつはあのリーガルと同じく、怪物と化した妻をその手で殺しているんだ。」
「!!…嘘…だろ?だってクラトスはそんな事一言も…」
「お前だったら自分が受けた心の傷を他人にベラベラと話したりするか?」
「それは…」
「そうだろう?あいつは今までずっとそれを自分の胸だけに収め、自分の罪に苦しみながら生きて来たんだ。ミトスはな、本当はその悲しみを消してやりたくてクラトスをク〜へと変えたのだよ。しかし、深く刻まれた悲しい記憶はどんな事をしたって消せる筈もない。記憶を消されク〜となっても、あの事件の事はあいつの心の奥にずっと痛みとして残っていたのだろう。それがリーガルの昔話を聞いてほんの少しだけ蘇ってきてしまった…。」
「……」
「クラトスに戻っても、あいつは今まで通り一人で抱え続けて行くだろう。だが、いつまでもしまいこんでおく事など不可能なのだ。いつかは向き合わねばならぬ時がきっとくる。そうなった時、あいつは一体どうなってしまうのだろうな…。」
 そう言ってク〜を見詰めるフール…ユアンの目は心底心配そうなのであった。




 誘拐事件も無事に解決し、普段通りの日常を取り戻した聖マーテル幼稚園に子供達が楽しみにしていたお遊戯会の日がやってきた。
 あの騒ぎの所為でク〜達の担任の先生は精神疲労によって休職となっており、騒ぎの中心であったク〜達は、あんな危ない子供は辞めさせてくれとの他の保護者達の強い要望により退園を余儀なくされていた。よってこのお遊戯会を最後にク〜達は幼稚園を辞める事になってしまったのである。
 それでも心配して様子を見にきたゼロスにク〜はこう言ったものだ。
「辞めるのは寂しいけど、少しだけでも幼稚園生活を楽しめたからク〜はいいの。だからゼロもあんまり心配しないでね。それよりお遊戯会はきっと見に来てほしいな。ク〜、頑張って踊りを覚えたから。絶対に来てね。約束だよ。」

 そして今、ク〜はマグロのお面を被って舞台の上で踊っている。
「脇役だっていうのに、あんなに目立っちゃって…。あれじゃあ、浦島太郎も形無しだ。立ってるだけで人目を引いてしまうスター性はク〜となっても健在のようだね。」
 苦笑を浮かべるゼロス。

 クラトスも目立つ男だった。ガキの頃に護衛として自分の前に現れたクラトス…。俺は反発しながらもあいつに惹かれていた。早足で前を行くあいつの姿が見えなくなると急に不安になって、泣きそうになりながら後を追いかけたものだった。例え見失っても、目立つあいつは直ぐに見付ける事が出来た。でもそれはもしかしたらあいつの方で立ち止まって俺を待っていてくれたからかもしれない。
 あいつは俺の中に死んだ息子を見ていたのだろうか。
 それでも構わないと思う。そりゃあ、ちょっとは妬けるけどね。
 あいつは俺を神子としてではなく、一人の人間として扱ってくれた初めての人だったから…。
 あいつは本当に全力で俺の事を守ってくれた。

 “そうなった時、あいつは一体どうなってしまうのだろうな…。”

 どうにもなりはしない。いや、させはしない。そうならないように今度は俺が全力で支えてやるんだ。
 その為にも俺は、昔あんたが俺にしてくれたように悲しみも苦しみも全てを包み込んでやれるような大きな男にならなければならないな。

 舞台の上のク〜をじっと見詰めるゼロス。

 安心しな。お前の笑顔はこの俺が必ず守ってやるからな。
 絶対に誰にも壊させたりするものか。


 ライトの下で一生懸命に踊るク〜の笑顔は、今のゼロスの目にはとても眩しく映っていた。
 ゼロスは決意も新たにそんなク〜を見詰め続けていたのだった。

 こうして波瀾万丈の幼稚園生活最後の日は、ク〜の輝くような笑顔で幕を閉じたのである。


−ゼロス君の子守唄3 完−




※ようやく完結致しました。長々とくだらない話をすみませんでした。(汗)