俺は子供の頃からサンタの存在など信じちゃいなかった。近所の同い年の子供達がサンタクロースの話題に熱中していても、決して加わろうとはせず、一人軽蔑の目で眺めていたものだった。そんな俺は、大人達の目にはさぞ可愛げのない子供だと映っていた事だろう。

 でも仕方がないじゃないか。
 だって俺は神子という立場上、誰よりも早く大人にならなければならなかったのだから。

 でもそんな俺の前に、あるクリスマスの夜、サンタクロースがやって来たんだ…。





 町の真ん中に大きな公園がある。自然の姿をそのままに残したそれは、町の人達の憩いの場であり、そしてク〜のお気に入りの場所でもあった。
 最近ク〜は毎日のようにその公園へとやって来ていた。普段、地上へは降りるなと口煩く言ってくるユグドラシルも、今は仕事が忙しいらしく、そんなク〜行動を阻止する者は誰もいない。
 公園にやってくるとク〜は、大きな木に背を預け、今ではすっかり仲良しになった野良猫さんと一緒にお気に入りの絵本を読むのだった。
 その絵本とはもちろんク〜の宝物、『ヨシオくんのクリスマス』である。

「ヨシオくんはね、パパやママがいなくて貧乏だったんだって。ク〜と同じだね。でもヨシオくんはとっても良い子だったから、毎年クリスマスにサンタさんがやって来てプレゼントをくれていたんだよ。そのお陰でヨシオくんは頑張れたんだ。頑張って、頑張って、そして幸せになれたんだよ。ねえネコさん、サンタさんて凄いと思わない?貧乏に負けずに頑張ったヨシオくんも偉いよね。」
「ニャ〜!」
 元気に同意を示すネコさんに、ク〜は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「でもいいな〜。ク〜もサンタさんに会いたいよ。そう言えばもうすぐクリスマスだね。ク〜のところにもサンタさん、来てくれるかなあ?」
「ミャ〜ン。」
「うん、そうだね。その為にはク〜もいっぱい、いっぱい良い子にならないとね。」

 そんな事を話しながら、ク〜は何度も何度も絵本を読み返す。

 ク〜にとってヨシオくんはアイドルであった。
 サンタさんはヒーローであった。

 だから何度読んでも飽きる事はない。

 こうしてネコさんとおしゃべりしながら本を読み続け、夕刻になったらデリス・カーラーンへ帰る…それが最近のク〜の日課となっていた。

 ところが今日は少々違っていた。いつものように本を読んでいたク〜に声をかけてきた者がいたのである。
「なんだチビ。お前、見かけない顔だな。一人なのか?だったら来いよ。俺達はこれから鬼ごっこをして遊ぶんだが、お前も味噌っかすとして加えてやろう。」
 それはこの辺りのガキ大将であった。彼はいつも一人ぼっちでいる子を見かけては、こうして声をかけ仲間に入れてやっていた。その為、心優しいガキ大将として大人達にも受けが良かったのだが、実は彼のこうした行為は、ただの親切心から行われているわけではなかったのである。

 友達のいない哀れな奴ほど扱いやすいものはない。優しい言葉一つで簡単に手懐けられるし、こういう奴ほど従順なものなのだ。

 これは彼が数年間のガキ大将生活から得た持論であった。この考えの元、彼は哀れな子羊を子分として取り込みながら伸し上がって来たのだ。
 詰まる所、彼の親切は相手の為などではなく自分自身の為だったのである。
 こうして彼はこの辺りで一番のガキ大将に納まる事が出来たわけであったが、まだ満足はしていなかった。
 彼が目指しているのはこの国一のガキ大将。その為にはもっともっと子分を増やし、勢力を拡大していかなければならない。
 そんな野望を抱きながら、彼は今日も一人ぼっちの哀れな子羊を探し続けていたのである。

 そしてそんな彼が次のターゲットに選んだのがク〜なのであった。
 もちろん彼は、今回のチビも当然簡単に尻尾を振って来るものと考えていた。しかしこの子羊は、他の羊達とは少々違っていたのである。
 声をかけられたク〜は、チラリとガキ大将を見たものの、すぐに視線を本へ戻すとこう言ったのだ。
「悪いけど、ク〜は今ネコさんとご本を読んでて忙しいから、お兄ちゃんとは遊んであげられないの。」
 一瞬向けられたその目は、まるで『お前の本性はお見通しだ』と言っているかのようで、ガキ大将は思わずピクリと身を震わせたのだった。
 しかしここで引く事は彼のプライドが許さなかった。
 是が非でも取り込んでやろうと躍起になる。
「野良猫なんかと本を読んでいても仕方ねえだろうが。どうせ分かりゃしないんだから。」
「ネコさんはお兄ちゃんと違ってお利口さんなの。だからちゃんと分かるんだもん。」

 この一言で、ガキ大将は完全に頭にきた。
 生意気な口の利き方も許せなかった。
 
 (チビのくせに俺の事を馬鹿にしやがって…思い知らせてやる!)

 ついに実力行使に出るガキ大将。
 彼はク〜を睨み付けると、その手から本を奪い取ったのである。
「あっ、何するの!?返してよ〜!!」
 そして取り返そうとするク〜を避けながら、声を上げて本を読み始める。
「なになに。ヨシオくんはパパやママがいなくて貧乏でした?……そりゃあ、パパやママがいなけりゃ貧乏だろうな。子供じゃロクな仕事につけないもんな…ええとそれから…でもヨシオくんはとっても良い子でした?……良い子って言うのもどうかと思うぜ。世の中ちっとは悪い事もしなきゃ渡っていけねえもんな……それからどうしたって?…何?サンタクロースがやって来て幸せにしてくれただと?…へっ、サンタクロースだってよ!笑わせてくれるぜ。」
 ケタケタと笑うガキ大将を見て、今度はク〜がむっとした表情を浮かべた。
「何が可笑しいのさ!」
「だって可笑しいじゃないか。もしかしてお前、サンタクロースがいるなんて信じているのか?サンタクロースなんてもんはな、いないんだよ。」
「!!…嘘だい!サンタさんはいるもん!ヨシオくんを幸せにしてくれたんだもん!!」
「バッカじゃねえの。これは作られたお話だろ。ヨシオもサンタクロースも想像上のものなんだよ。ま、お前はまだネンネだから分からないのも仕方がない。俺様が教えてやるよ。いいか?サンタクロースの正体はパパやママなんだ。だから例えこのヨシオってやつが実在していたとしても、パパやママがいないこいつのところにサンタクロースがやってくるわけがないんだよ。」
「そんなの嘘だ!」
「嘘じゃねえよ。嘘を吐いているのは、この絵本の方だ。だからこれは俺が貰っておく。ネンネの教育上良くないからな。」
「!!……いや〜!返して!返してよ〜!!」
 ク〜は泣きながら本を取り返そうとするのだが、いくら飛び上がってもガキ大将の頭上に高々と上げられた本には手が届かない。
「へへ〜ん、どうしたチビ。情けねえな。届かないのかよ。」

 するとその時だった。

「お前達、何をやっているのだ!」

 その場全員の視線が声の方へと向く。
 そこに立っていたのはフールであった。
「フールちゃん!」
「なんだ?このへんてこりんは。」
「私の事をへんてこりんとは失敬な奴。いや、それよりも我が盟友を苛めるとは許しがたし!覚悟しろ。成敗してくれる!!」
 この時代劇がかった台詞に、わけがわからず首を傾げるガキ大将。
 そして、
「え〜い、なんだか分からねえが、やっちまえ!」
と、子分達と共に一斉に飛びかかったのだった。



 「それで逆に成敗されてしまった……と。」
 ユグドラシルは溜息を突いた。
 ここはデリス・カーラーンのユグドラシルの部屋。
 少し前にフールがク〜を連れて帰って来たのだが、その姿は全身擦り傷だらけで、フールに至っては腕まで吊っているという、なんとも悲惨なものであった。
 そこで驚いたユグドラシルが二人に事情を尋ねていたのである。
 その二人の話を総合すると、あの後フールはガキ大将一派にこてんぱてんにやられてしまい、そこで残されたク〜とネコさんが引っ掻いたり噛み付いたりしながら連携して、ようやく本を取り返してきたという事のようであった。

 ユグドラシルは再び大きな溜息を突くと言った。
「全く…たかが子供の集団に遅れを取るなんて情けないね。」
 ユグドラシルにギロリと睨み付けられ、思わず目をそらすフール。
 するとそこへク〜がフールの弁護をしてきたのだった。
「フールちゃんは悪くない。喧嘩が弱くてやられちゃったけど、ク〜を助けてくれようとしただけだもん。悪いのはあの子の方だ。あの子はク〜の本を取って、この絵本を嘘吐き呼ばわりしたんだよ。嘘吐きはサンタさんがいないって言ったあの子の方じゃないか。そうでしょう?」
 必死に訴えてくるク〜へと視線を移したユグドラシルは、ク〜が大事そうに抱えている絵本を見て眉を顰めた。

 実は今、ユグドラシルは『クリスマス禁止令』を公布しようと考えていた。
 毎年この時期になると地上の者達は決まって「クリスマス、クリスマス」と騒ぎ出す。
 だがクリスマスとは異教の祭りなのである。

 この世界では女神マーテルこそが唯一絶対の神…。
 人々はマーテル教会だけを信仰していればいい。

 人間達の行動はこうしたクルシスの意向に反していた。
 もちろんマーテル教会の方からも今まで散々クリスマスなど止めるよう言ってきた。兵を出して威したりもした。だが誰一人として従わなかったのである。
 そこでユグドラシルは最後の手段である、法での取り締りを行おうとしていたのであった。

 そんな時に今回の事件が起き、あろう事かク〜までもがすっかり世間のクリスマス熱の影響を受けてしまっている事が発覚した。
 ク〜はクルシスの天使なのである。その真っ先に女神マーテルへの忠誠を誓わねばならない立場の者が、異教の祭りに現を抜かしていては示しがつかない。
 ユグドラシルはこれを心配していたのである。だから彼はク〜が地上に降りる事をよしとしなかったのだ。

 そう、この絵本だ…今回の事は全てこの絵本が引き金となっているのだ。
 この絵本がなければク〜がサンタの存在を知る事はなかっただろうし、自分に隠れて地上へ降りる事もなかっただろう。地上に降りなければガキ大将に出会う事もなかっただろうし、そうなれば当然今回の喧嘩騒動は起こらなかった筈。

 ユグドラシルはク〜の目を覚まさせる必要があった。
 ク〜にこれ以上異教の祭り事に深入りさわけにはいかなかった。

 そこでユグドラシルは溜息を突くと、ク〜の手から本を取り上げたのだった。
「あっ!…ミー、なにするの!返してよ!!」
「悪いが返すわけにはいかない。この本はお前に悪影響を及ぼす。そのガキ大将が言った事は間違ってはいないのだよ。」
「え?」
「嘘吐きはその子ではない。この絵本だという事だ。この世にサンタクロースなんてものはいないのだよ、ク〜。あれは異教徒の作り出した幻想なのだ。」
 目を見開くク〜。
「どうして……どうしてそんな事を言うの?」
「ク〜、聞きなさい。この世界に神は一人しか存在しない。ク〜も知っている女神マーテルがその人だ。だからク〜はマーテル様だけを信じていればいいのだ。異教徒が作り出したクリスマスやサンタクロースなんかに振り回されてはいけない。分かるだろう?」
「ク〜には分からないよ、そんな事!!どうしてマーテル様だけなの?サンタさんが一緒にいちゃいけないの?マーテル様がそう言ったの?…そんなの変だ。だって、サンタさんは何も悪い事なんてしていないじゃない。それなのにどうしてミ〜までもが一緒になってサンタさんを苛めるのさ。酷いよ!」
 正直ユグドラシルはこれ程の怒りを買うとは考えていなかった。自分の言う事ならク〜はなんでも素直に聞いてくれるものと高を括っていたのである。
 だから彼は、このク〜の予想外の反撃に焦った。
「いや、ク〜、私は別に苛めてなんか…。そもそもサンタなんてものは存在しないのだから…」
 しどろもどろになりながらなんとか宥めようと努めるが、ク〜は全く聞こうとはしなかった。宥められるどころか更にエキサイトして行く。
 ク〜はなんとユグドラシルに向かって頭突きを食らわせてきたのである。それは見事なまでにユグドラシルの股間を直撃した。
「!?…ヌオオオオオオ〜〜!!」
 悲鳴を上げて悶えるユグドラシルを横目に、彼が落とした絵本をさっと拾い上げるク〜。
「この本は誰にもあげない!例えミーでも駄目なの!この本はク〜の宝物なんだもん。大切にするって約束したんだもん!!」
 それからク〜は股間を押さえながら飛び跳ねているユグドラシルを睨み付けると、取って置きの秘奥義を放ったのだった。
「ミ〜の意地悪!ミ〜なんて大嫌いだ!!」
 その一言は確実にユグドラシルを戦闘不能にした。
 ク〜は、あんぐりと口を開けたまま固まってしまっているユグドラシルを残し、大声で泣きながら部屋を飛び出して行ってしまったのだった。


「おい、大丈夫か?」
 フール  ユアンが声を掛け続けること数分、ユグドラシルはようやく正気を取り戻した。
「あ…ああ…」
 いまだショックから抜けきらない様子でフラフラとソファーに腰を下ろすユグドラシル。
「参ったな。頭のいいク〜ならすぐに理解してくれると思ったのだが…」
「それは無理だろう。クラトスならともかく、ク〜はまだ子供なのだ。突然、マーテルこそが唯一絶対の神なのだとか、クリスマスは邪道だとか言われても理解できるわけがない。」
「だが私は諦めんぞ。もう一度連れ戻してきちんと説明すればきっと分かってくれる筈だ。」
「おい、ク〜にあそこまで言われたというのに、まだ懲りないのか?」
「当たり前だ。ク〜はこのクルシスの天使なのだよ。クルシスの方針には従ってもらわねば困る。」
「…一つ聞いてもいいか?」
「何?」
「何故そこまでクリスマスを敵視するのだ?あれは地上の者達が年に一回だけ見る事ができる夢なのだ。あったところで別段マーテル教に害を及ぼすわけでもないし、無理に取り上げてしまう事はないだろう?夢とは誰でも自由に見る事が出来るものの筈だ。如何に指導者たる我々であってもその夢を取り上げてしまう権利などない。」
「……人間どもが夢を見る必要なんてないよ。」
「え?」
「人間どもが夢を見るなんて許さないと言ったんだ。だってそうだろう?人間どもが姉様にどんな仕打ちをしたか…お前だってよもや忘れたわけではあるまい。あいつらは寄って集って姉様をなぶり殺しにした。姉様は悪い事などしていなかったのに。それどころか人間を愛そうとまでしていたのに。」
「お、おい?それとこれとは…」
「関係があるさ!そうやって姉様を殺した連中の子孫が、今度は女神マーテルを無視して異教のクリスマスなんかに興じている…。人間どもはどこまで姉様を袖にすれば気が済むのだ?私はそれが許せないんだ!!人間どもに夢を見る資格なんてない。見させて堪るものか!」
「……」

 それは違う。
 人間達は別にマーテルを無視しているわけではない。

 ユアンはそう言おうとして言葉を飲み込んだ。自分が何を言おうとも、もうユグドラシルの心までは届かない事が分かっていたからである。
 ユグドラシルの心を動かす事が出来る者がいるとしたら、それは二人だけ。
 マーテルと、そして…。

「サンタクロースなんていらない……クリスマスなんてなくなってしまえばいい。」
 子供のような口調でぽつりとそう呟くユグドラシルを、ユアンはただ見詰めているしかなかったのだった。




 その頃、デリス・カーラーンを飛び出したク〜はゼロスの家へとやって来ていた。
 ゼロスはこの思いがけない突然の来訪に最初こそ驚いたものの、ク〜が来る事を拒もう筈もなく、快く受け入れたのだった。
 ク〜は家の中に入るなり、胸の中に溜めていた不満を一気に捲くし立て始めた。それは止まる事をしらず延々に続いて行く。こんなにも怒っているク〜を見るのはゼロスにも初めての事であった。

「苛めっ子も、ミ〜も、みんな、サンタさんはいないって言うんだ。でもサンタさんはいるんだよ。クリスマスの日にやって来て、みんなに幸せをくれるんだよ。だからヨシオくんだって幸せになったんだもん。」

 (はい?…ヨシオくんって誰?)

 突然のヨシオくんの登場に首を傾げるゼロス。
 だがク〜が大事そうに抱えている絵本の題名を目にするや、すぐに納得した。
 どうやらク〜は、ヨシオくんの事は世界中の誰もが知っているものと思い込んでいるようで、そんなゼロスの様子にも気付かずに興奮して話し続けている。
「それなのにどうしてみんなサンタさんはいないって言うの?これじゃあ、サンタさんが可哀想だよ。」
「…まあ、そう興奮するなって。世の中には色々な考えのやつがいるもんさ。」
「でもっ!」
「とにかく食えよ。腹が減っているんだろう。」
 そう言って、ゼロスはク〜の為に用意させた食事を指差した。
 ク〜はしばし躊躇していたが、美味しそうな匂いに我慢できなかったのか、素直に食べ始める。そしてすっかり満腹となったク〜は、やはり疲れていたのだろう、その場で寝てしまったのだった。
 そんなク〜を抱え上げ、寝室へと運ぶゼロス。
 しかしク〜は完全には眠ってはいなかった。明かりを消し、部屋から出ようとしたゼロスに話しかけてきたのである。
「ゼロ…」
「ん?なんだ起きていたのか。」
「うん……あのね、聞きたい事があって…」
「何?」
「ゼロも、サンタさんはいないと思ってる?」
 不安そうに見上げてくるク〜を見て、ゼロスは安心させるように微笑んでみせた。
「いや。俺は信じているよ。会った事だってある。」
「!!…本当?」
「ああ。本当だとも。ちょっとばかし、へんてこなサンタだったけどな。」
 当時の事を思い出したのかクスリと笑うゼロス。
「けど、その話はまた今度だ。今日はもう遅い。早くお休み。良い子は早く寝るものだ。サンタクロースは良い子のところへやってくるのだろう?」
「うん。でも続きをきっと聞かせてね。」
「ああ。約束だ。」
 ク〜はにっこりと笑って目を閉じた。
「おやすみなさい…ゼロ。」
「おやすみ。いい夢を。」
 そしてゼロスは、ク〜が眠った事を確認すると、部屋の電気を消しそっと寝室を出たのだった。


「サンタさんか…」
 居間に戻ってくると、ゼロスはそう呟きながらソファーに腰を下ろした。
 ク〜ぐらいの頃、ゼロスはすでにサンタクロースの存在など信じてはいなかった。そして大人となった今では、当然いない事が真実である事も分かっている。
 しかしク〜に言った事は嘘ではない。ゼロスは確かにサンタクロースに会ったのだ。
 それは実にへんてこなサンタであった。
 まず彼は煙突ではなく窓から入ってきた。しかもサンタクロースご愛用の白い袋は持っておらず、代わりにリュックを背負っており、もしサンタの服を纏っていなかったら泥棒と間違えてしまった事だろう。
 その服も、サイズが合っていないのか妙に窮屈そうで、帽子からは癖のある鳶色の髪が飛び出しているし、ヒゲに至っては半分取れかかっていた。しかもよく見ればそのどれもにセール品の値札がぶら下がっていたのだが、本人はそれに全く気付いていなかった様子で、ゼロスの視線を受けて初めてハッとした表情を浮かべると顔を赤らめ慌ててむしり取ったのだった。

 随分と間抜けなサンタだ。いや、サンタも色々と生活が大変なのかもしれない。

 それから彼は強張った笑みを浮かべると、平坦な声で「メリー・クリスマス」と言ってプレゼントを差し出してきた。何をくれたのだろうと開けてみれば入っていたのはミスティシンボルで、正直「なんだこりゃ?」と思ってしまったものであった。

 そんな奇妙なサンタだった所為か、ゼロスにはその正体がすぐに分かってしまった。まあもともとゼロスはサンタクロースの存在など信じていなかったので、彼が偽者である事は最初から分かっていたわけだが…。
 しかしそうやって看破されてしまう事は彼自身恐らく承知の上だった筈だ。何故なら彼もゼロスがサンタクロースなど信じていない事は知っていたのだから。

 だったら何故彼は敢えてサンタクロースに扮して俺の前に現れたのだろうか?
 彼は一体俺に何を伝えたかったのか?

 その答えは今でも出せていない。
「ホント、一体あれはなんだったんだろうね。」
 あの時のサンタクロースを再び思い浮かべ、苦笑を浮かべるゼロス。
 ただ不思議な事に、あの時ゼロスには騙された事への怒りは全くなかったのである。それどころか冷え切った心が暖かくなっていくのを感じ、妙に心地よかった。

 もしかしたら俺は、他人を拒絶しながらも心の底ではぬくもりを求めていたのかもしれない。

 だからそのぬくもりを与えてくれた彼は、ゼロスにとっては間違いなくサンタクロースなのである。
 例えそれが正体バレバレの似非サンタだったとしても…。

 すると、ゼロスがそのように子供の頃の事を思い出していたその時だった。突然背後から声が聞こえてきたのである。

「何を一人でにやついているのだ。気味の悪い男だな。」

 すっかり回想に耽ってしまっていたゼロスは、その気配に全く気付かなかった。文字通り飛び上がると、慌てて振り返る。そこ立っていたのはフールであった。
「あ、あんた一体どこから入って来たんだ!?いつからそこに?なんであんたがここにいるんだ!?」
 矢継ぎ早に質問を浴びせるゼロスに、フールは一つ一つ落ち着いた声で答えてゆく。
「何故いるかと言われても、用があったからとしか答えようがないな。入って来たのはそこの窓からだ。鍵が開いていた。来たのはついさっき。正確に言えば『ホント、一体あれはなんだったんだろうね。』辺りかな。」
 ゼロスはなんだか疲れてしまい、溜息を突くと、
「………で、何の用なわけ?」
「え?何が?」
「さっき用があるから来たって言っただろうが!」
「ああその事か。用があるのはお前ではない。ク〜だ。いるんだろう?ここに。あいつが家出をして身を寄せられる場所と言ったらここしかないからな。」
「ユグドラシルの命令で連れ戻しに来たってわけか。」
「違うよ。ちょっと話をしたいだけだ。」
「フ〜ン…。でもそれは無理だな。もう寝ちまったから。」
「もう?まだ8時だぞ?……まあ、お子様だから仕方ないか。」
「お子様はあんたも同じでしょ。てか、あんたまだ元に戻してもらえないの?」
「いや。ユグドラシルの術はもう解いてもらっている。今は自分の意思でこの姿になっているのだ。」
「どうしてよ。もしかして癖になっちゃったとか?」
「うん。皆に可愛い可愛いと言われるのが堪らなく嬉しくてな〜♪一度やったらもう止められんわ。」
 と、ついついゼロスに乗せられてしまったフールであったが、すぐに我に返ると叫んだ。
「って、ちが〜う!…ク〜のお守りをする時はこの姿でと決めているだけだ。あんまり姿を見せないと『フールちゃんはどこへ行ったの?』と、ク〜が騒ぐものだからな。」
「へえ〜。て事は、ドジはいなくてもク〜にとっては然したる問題じゃないわけだ。」
 ジロリとゼロスを睨み付けるフール。
 どうやら図星だったようだ。
「フン!全く、口の減らない男だな!まあ好きに言ってりゃいいさ。……と、それはさて置きだ。取り敢えずそういうわけだから、私はしばらくここに泊まらせてもらう事にするからな。」
「ちょっ、何を突然…話が見えないんですけど?」
「言っただろう?私はク〜に話があってここに来たのだ。だがク〜はもう寝てしまっているから今日は無理。だったらここに泊まって明日話をするしかないだろう?」
「だ、だったら『今夜だけ』でいい筈でしょ。『しばらく』ってどういう意味よ!……ちょっと、部屋を勝手に物色しないでくれる?」
「細かい事は気にするな。人生には色々あるんだよ。どうせ空き部屋はたくさんあるのだろう?食事は自分で作るし、世話はかけん。そう目くじら立てる事あるまい。」
 こうしてフールはゼロスの抗議もなんのその。家中の空き部屋を覗きまくると、『おお、この部屋がいいな』とか言いながら勝手に居座ってしまったのだった。


−つづく−