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それから数日が過ぎ、明日はいよいよクリスマスイブといった夜の事。ゼロス邸の前に一つの影が舞い降りてきた。それは言わずと知れたユグドラシルであった。
フールがそうであったように、ク〜がゼロスの家にいる事はユグドラシルにも当然察しがついていた。そこですぐにフールに連れ戻しに行かせようと思ったのだが、どういうわけか、あの日以来彼の姿が見えず、仕方なくこうして自ら出向いてきたのであった。
何と言っても明日はクリスマスイブ。ク〜が慕っているサンタクロースがやって来ると言われている夜なのだ。
だからその前になんとしてもク〜を連れ戻したかった。サンタクロースから愛するク〜を奪回したかったのである。
しかし、そんな決意を胸に勢い込んでやって来たユグドラシルであったが、いざ目指すク〜がいる家の前に立ってみるや、突然気後れしてしまったのであった。
最後に別れた時に自分を睨み付けてきたク〜の目が忘れられない。もしここで無理矢理に連れ戻したりしたら、恐らくク〜は絶対に自分を許さないだろう。ク〜の心が自分から離れていってしまう事が、ユグドラシルは何よりも怖くて堪らなかったのである。
そこで彼は窓からこっそりとク〜の様子を窺うだけに止める事にしたのであった。
窓へと近付くとク〜の明るい笑い声が耳に飛び込んで来た。以前は自分が当たり前のように聞いていたその声がゼロスの家から聞こえてきた事に、寂しさを覚えると同時にむらむらと嫉妬心が湧いてくる。しかしここで己の訪問がばれてしまっては元も子もない。湧き上がるそれを必死に抑えながら、中を覗くユグドラシル。
部屋の中では、ク〜、ゼロス、フールの三人が楽しそうにおしゃべりしながら何かを作っていた。よく見るとそれは靴下で、大きさからするにどうやらサンタクロースのプレゼントを入れる為もののようである。
『何故フールまでもがここに?』と思ったものの、今のユグドラシルにとってはク〜の事の方が大切だったので、それは捨て置き、中の会話に神経を集中させる事にした。
さてその当の三人であるが、彼らはそのようにユグドラシルに覗かれているとは気付いていないのか、相変わらず賑やかに騒いでいた。
「見て見てゼロ。出来たよ〜。」
巨大な靴下の完成品をゼロスに見せるク〜。その長さはク〜の身丈ぐらいある。
「ちょっとク〜、それちょっとデカすぎでしょう。」
「え〜、そんな事ないよ。だってプレゼントが入らなかったらサンタさん、困るでしょ。」
「それにしたって……てか、お前一体どんなプレゼントを望んでいるわけ?俺様にこっそり教えてくんない?」
「駄目〜!ゼロには内緒。サンタさんが分かっていればいいんだもん。」
(そのサンタが俺様なんだけどね…)
実はゼロスは少々焦っていた。イブは明日だと言うのに、いまだク〜が何を欲しがっているのか掴めていないのだ。そこでそれとなく尋ねてみたわけだが、敵も然る者。なかなか一筋縄ではいかない。
それでも諦めずになんとか聞き出そうとするゼロス。
「そりゃあ、お前が言うように当のサンタクロースさえ知っていればいい事だろうさ。でもよく考えてみろよ。サンタクロースは世界中の子供にプレゼントを持って行かなけりゃならないんだぜ。もしかしたらお前の希望を他の子のと間違えて覚えてしまっているかもしれない。だからさ、俺がちょっくら確認してきてやろうってわけなんだよ。それならいいだろ?なあ、教えろよ。」
「駄目〜!そんな事しなくてもサンタさんは頭がいいから大丈夫なんだもん。」
「……」
「全く、見ておれんな。」
四苦八苦しているゼロスを見て嘲笑を浮かべるユグドラシル。しかしとても楽しそうなク〜の様子を見て考え込んでしまう。
ユアンはサンタクロースは人々の夢なのだと言った。
ク〜も今、その夢を見ているのだろうか?
あんなにも楽しそうに瞳を輝かせて…。
“夢とは誰でも自由に見る事が出来るものの筈だ。如何に指導者たる我々であってもその夢を取り上げてしまう権利などない。”
夢を見るのは自由…。
言われて見れば自分も遠い昔、ク〜と同じように目を輝かせながら何かの夢見ていたような気がする。
でも思い出せない。
夢とは何だ?そんなにも楽しいものなのか?
と、その時だった。部屋の中のク〜が突然こちらを振り返ったかと思ったら満面に笑みを浮かべ、自分に向かって手を振ってきたのである。
(!!…しまった。気が付かれてしまったか?)
さすがのユグドラシルも、これには慌ててしまった。
中の連中には気付かれていないものとすっかり思い込んでいたのだ。況してやあんな別れ方をしたク〜に笑顔で手を振られるなどとは考えてもいなかった。
すぐに逃げ出そうとするも、時すでに遅く、目の前で窓が開かれるとク〜が顔を覗かせた。
「ミ〜、来たんだ〜!」
「え?…いや、別にここに来たわけではない。ただ通りすがっただけだ。」
「フ〜ン、そうなんだ。でもちょうど良かった。ク〜ね、ミ〜に渡したい物があったの。はい、これ。」
そう言ってク〜が差し出して来たのは、靴下だった。
「?…これは?」
「ミ〜の分だよ。ク〜が作ったの。」
「!!…ば、馬鹿な!だから私はサンタなど認めんと…」
「サンタさんはね、良い子のところへ幸せを運んできてくれるんだよ。ミ〜はいつも一生懸命仕事をしているから、きっと来てくれるよ。ほら、サンタさんが見付けやすいようにサンタさんの人形も付いているんだよ。これもク〜が作ったの。だってク〜はミ〜が好きだから、幸せになってもらいたいもん。」
「…好き?」
「うん。ク〜は、ミ〜もゼロもフールちゃんもみんな大好き!だからみんな幸せになって欲しいの。」
「………」
「そうだ!ねえ、ミ〜も入っておいでよ。一緒にクリスマスの飾りつけしよう。」
ユグドラシルはしばらくの間ニコニコとしているク〜を前に呆然としていたが、やがて、
「じょ、冗談ではない!私は認めない。クリスマスもサンタも、絶対に認めないからな!!」
と叫ぶと羽を広げ飛び去って行ってしまったのだった。
「とか言いながら、あいつ、靴下はしっかりと持って行ったな。」
くつくつと笑いながらユアンが言った。
今時刻は9時を回ったところである。ク〜はさっさと寝てしまったので、部屋にいるのはユアンとゼロスの二人だけであった。その為今はユアンも、フールから本来の自分の姿へと戻っている。
「その事だけどさ。あんた、ク〜に何か言ったのか?うちに来た時のク〜の様子からすると、どう考えてもユグドラシルにあんなにも優しく声をかけるとは考えられないんだよね。」
「いや別に。私はただ、奴の昔の事を少し話しただけだ。あいつだってな、マーテルがあんな事になる前は普通の少年となんら変わりはなかったんだよ。普通にサンタを信じ、普通にクリスマスを楽しみにしていたんだ。だが、そんな事を私が一々話すまでもなく、ク〜にはちゃんとあいつの気持ちが分かっているようだったよ。ク〜はもう、あいつを許していたんだ。」
「そっか…。まあ、ク〜ならそうかもしれないな。」
そう言いながら、今度はゼロスがくつくつと笑った。
眉を顰めるフール。
「何だ?」
「わりい。ちょっと思い出しちまったもんだから。ク〜と初めて会った時、あいつがあんたの事を何て言っていたかをさ。」
「私の事を?」
「忘れちまったのか?ク〜はこう言っていたんだよ。『ドジはたまに意地悪をするけど、本当はとっても優しいんだ』ってね。」
「……」
「あれ〜?もしかして優しいって言われるの嫌とか?」
ユアンはニヤニヤと自分を覗き込んでくるゼロスを睨み付けた。
「フン。私はそんなふうに言われる程優しくはないからな。それよりお前は、そんなくだらん事を思い出している暇はあるのか?イブは明日なのだぞ。ク〜のプレゼントをまだ決めていないのだろう。」
ゼロスはそれを聞くと、がっくりと肩を落とし溜息を突いた。
「そう、それなんだよね。なんとか聞き出そうとしたけど答えてくれなかったもんね。ふう…どうしたものかね。」
「心配するな。さっきク〜に、念のためにサンタが間違わぬよう靴下の中に希望の品を書いたメモを入れておいた方がいいと忠告しておいてやったからな。」
「本当か!?それは有難い!」
「しかし先程部屋を覗いてみたら、ク〜のやつ、靴下を抱きしめて寝ていたものだから中を見る事は叶わなかった。まあ、明日は離して寝るようちゃんと言っておくから。」
「!!…それじゃあ意味ないじゃねえかよ!今日中に分からなきゃ、明日買う事が出来ないだろ!」
「まあ所詮子供の事だ。おもちゃとか、お菓子とか、絵本とか、そういった類のものを入れておけばいいのではないか?」
「そんなので簡単に済めばいいんだけどね…。」
なにしろ相手はク〜なのである。そんなありきたりのものを欲しがるとは到底思えず、ゼロスは明日の事を考えると頭が痛くなるのであった。
そして翌日。待ちに待ったクリスマスイブがやって来た。
ク〜はたくさんのご馳走を前にご機嫌であった。そしてそこにはフールと、何故かユグドラシルが同席している。
「何故お前がここにいる?」
小声でユグドラシルに尋ねるフール。
「仕方がないだろう。今朝早くにク〜からの招待状が届いたのだ。昨日の事もあるし、無下には出来なかった。」
そうは言っているが、あれだけクリスマスを否定していたユグドラシルだ。普段の彼であるならば如何にク〜からの誘いとは言え断っていた事だろう。それが満更でもない顔つきでここに座っているとは大変な進歩だ。
(やはりこいつのかたくなな心を解きほぐす事が出来るのは、マーテルかク〜しかいなかったようだな。)
ユグドラシルに分からぬよう、こっそりと笑みを浮かべるフール。
するとそんなフールにク〜がグーグーと鳴っているお腹を押さえながら、
「ねえ、フールちゃん。ゼロはまだかなあ。ク〜、お腹空いちゃったよ。」
「あ、ああ、悪かったな。ゼロスからは先程連絡があったのだった。なんでも残業になってしまったとかで、私達だけで楽しくやってくれとの事だった。」
「ええ〜!?ゼロ、遅いの?」
「仕事なのだから仕方があるまい。ここはゼロスが言うように私達だけで楽しくやろうじゃないか。」
とは言え、この面子ではそうは盛り上がらないだろうなと思いつつ、ク〜を宥めるフール。
ク〜は渋々ながら納得したようだった。
「…うん、そうだね。お仕事ならしょうがないよね。ク〜、我慢する。」
こうしてゼロス抜きでパーティーは始まり、まあそれなりの盛り上がりを見せながら9時すぎにお開きになったのであった。
「ク〜は?」
ク〜を寝かし付けてきたフールが居間に戻ってくると、ユグドラシルが尋ねてきた。
ゼロスが欠けたパーティーになってしまったものの、ク〜にとってはそれでも十分に楽しかったのだろう。まだ起きていると言って聞かないク〜をフールが無理矢理に寝室に押し込んで来たのであった。
「一応ベッドには入れきてたが、あの様子だとまだしばらくは起きているだろうな。パーティーの興奮がまだ冷めていないという事もあるだろうが、なによりあいつにとっては、サンタクロースに会うという一番のイベントが残っているのだから。」
「フン…サンタクロースか。」
憎々しげに呟くユグドラシル。
「全く、何が楽しいんだか。あのパーティーにしたって、そんな興奮する程のものでもなかっただろう。ただ飯を食いながらク〜一人がしゃべりまくっていただけではないか。」
「そうか?私の目にはそう言うお前も結構楽しそうにしているように見えたがな。」
「!!…冗談ではない。何故私が!」
「私は楽しかったぞ。昔の事を思い出す程にな。」
「え?」
「ほら、昔よくマーテルやクラトスと四人でクリスマスパーティーの真似事をやったではないか。旅の途中で金もなく、ご馳走と言っても高が知れていたが、それでも十分楽しかった。お前もあの頃の事を思い出していたのではないのか?」
「……そんな昔の事は忘れたな。」
だがそれは嘘であった。彼はちゃんと覚えていた。いや、思い出したと言った方が正しいだろうか。
確かにフールが言うように、四千年前、自分達は毎年のようにクリスマスを祝っていた。そしてお互いの夢をよく語り合ったものであった。
(夢か…。そう言えば昔姉様に夢について聞いた事があったな。)
『ねえ、姉様。僕の夢の話を聞くと、みんな笑うんだ。そんなのは妄想に過ぎないと言って…。真面目に聞いてくれたのは姉様やユアン、クラトスだけだった。夢を見るのはそんなにいけない事なの?大き過ぎる夢を見ちゃいけないの?』
『そんな事はないわ、ミトス。人は誰でも夢を見る。夢を食べながら生きているの。』
『食べる?…なんだか獏みたいだ。』
『ふふ、そうね。でも獏が食べるのは悪夢でしょう?人が食べるのは未来への希望という夢。たくさんの希望という名の夢を見て、それを一つ一つ消化していきながら人は成長していくの。だからミトスも怖がらずにたくさんの夢を見なさい。大き過ぎたって構わない。それに向かって自分自身が成長していけばいいのだから。夢を見る事はちっとも悪い事ではないのよ。』
「おい、どうした?大丈夫か?」
(!?)
ぼんやりと四千年前に思いを馳せていたユグドラシルは、フールの声によって現実へと引き戻された。
「え?」
「『え?』じゃない!突然ボ〜っとしちまったからどうしたのかと思ってしまったではないか。熱でもあるのではないか?」
「ああ…いや大丈夫だ。ちょっと考え事をしていただけだから。」
「そうか?ならばよいのだが。…で、どうする?今日は泊まっていくのだろう?」
「泊まるって…ここはお前の家ではないだろうが…」
「細かい事は気にするな。どうせ部屋は余っているのだ。お前一人紛れ込んだところで大した違いはあるまい。」
「そういう問題ではないと思うのだが……いや、私はこれで失礼する。これ以上お前達のクリスマス騒ぎに付き合う気もないからな。」
「そうか。残念だな。ク〜だって、明日起きたときにお前がいなかったらさぞ寂しがるだろうよ。」
ユグドラシルは本気で引き上げる気でいた。だがこのフールの最後の一言によりその決心は脆くも崩れ去り、結局彼は泊まる事となったのである。
それから数時間後の事。ゼロスは大急ぎで自宅へ向かっていた。その腕にはク〜へのプレゼントがしっかりと抱えられている。中身はおもちゃ。ク〜の希望する品とは違うかもしれないが、それでも喜んでくれそうなものを慎重に選んできたつもりである。
だが時計を見れば時刻はもう11時を回っており、イブも終りへと近付いていた。
「ちっ、今日に限って仕事がてんこもりなんだから、ホント嫌になっちまう。もうこんな時間…早くこのプレゼントをク〜のところへ持っていかなけりゃ、今日が終わっちゃうよ。」
恐らくク〜はもう寝てしまっているだろうが、その方が都合がいい。これはあくまでもサンタクロースが持って来たものであり、決して俺からのものだと知られてはいけないのだから。
家に着いたゼロスは、コートを脱ぐのももどかしく、一直線にク〜の部屋へと向かった。そっとドアを開けて覗いてみると部屋は真っ暗で、どうやらゼロスが考えていた通り、ク〜は眠ってしまったようである。
ゼロスはホッとしたように息をつくと、ク〜を起こさぬように気をつけながら、プレゼントを手に靴下へと近付いていった。
と、その時である。
「ゼロ、何をしているの?」
その突然聞こえて来たク〜の声に、ゼロスは心臓が飛び出すぐらいに驚き、思わずプレゼントをその場に落っことしてしまった。
「…それは?」
ク〜からの物問いたげな視線を受け、慌てるゼロス。
「こ、これはだな。そ、その、つまり…そ、そう、サンタクロースがちゃんとやって来たかどうか心配になってちょっと覗いてみたんだ。でもよかったな。ほら、ちゃんと入っていたぞ。サンタさんはちゃんとク〜のところにも来てくれたんだよ。」
「嘘っ!!」
「え?」
「それはサンタさんが持ってきたんじゃない。今ゼロが持ってきたものじゃないか!だってク〜、ちゃんと見ていたんだもん。寝ないでずっとずっとサンタさんが来るのを待っていたんだもん。」
「あ……」
ゼロスは目を見開き絶句してしまった。
いつも早くに寝てしまうク〜の事だから、てっきり今日も同じだろうと思っていた。まさかまだ起きていたとは…。
ク〜はベッドから出ると悲しそうにゼロスを見た。
「ク〜はずっと待ってた。でもサンタさんは来なかった。どうして?ク〜が悪い子だから?それともク〜にはパパやママがいないから来てくれないの?」
「!!…違う。それは違うよ、ク〜。」
「何が違うの?だって来なかったじゃない。ク〜は一生懸命良い子にしていたのに来てくれなかったじゃない。やっぱりあのガキ大将やミ〜が言うようにサンタさんはいなかったんだ。この絵本も、サンタさんに会った事があるなんて言ったゼロも、みんなみんな嘘吐きだ!!」
ク〜は泣きながら絵本をゼロスに投げつけると、羽を広げ窓から飛び出して行ってしまう。
「待ってくれ、ク〜!!」
ゼロスは慌ててその後を追ったのだった。
その一部始終を見ていた影が一つ…それはユグドラシルであった。
「ク〜……あんなに泣いて…」
その脳裏に姉の言葉が浮かんでくる。
“人が食べるのは未来への希望という夢。たくさんの希望という名の夢を見て、それを一つ一つ消化していきながら人は成長していくの。”
私はその希望をク〜から奪ってしまった。自分が抱く人間への恨みを晴らしたいという、ただそれだけの為に…。
ク〜を傷付けたのは絵本でもゼロスでもない。この私なのだ。
ギュッと拳を握り締めるユグドラシル。
「姉様…私はどうしたらいい?」
するとそこへ…
「なんだか騒がしいな。何かあったのか?」
と、パジャマ姿のフールがやって来た。手には湯たんぽを持っている。
全く…どこまでも暢気な奴!
苛々としたようにフールを見やるユグドラシル。その目が湯たんぽに止まる。
「…それは何だ?」
「何って見て分からんか?湯たんぽだよ。あまりに寒いから拝借して来たのだ。しかし今夜はやけに冷えるよな。雪でも降るんじゃないか。」
「いや、今夜は晴れだそうだ。さっき天気予報でそう言っていた。それにこのぐらいの寒さでは例え降ったとしても雪にはならんだろう。」
「そうか?私には十分に寒いがな。しかし雪が降ればホワイトクリスマスになったものを。ちょっと残念だな。」
その言葉にハッとした表情を浮かべるユグドラシル。
「ユアンっ!!!」
「な、な、なんだ!?」
「ちょっと頼みたい事があるんだけど、いいかな?」
ユグドラシルにギュッと手を握られたユアンは、その物凄い勢いに気圧され、怯えたようにコクコクと頷いたのだった。
一方ゼロスは、ようやくク〜を掴まえる事に成功していた。はあはあと息を弾ませながら話しかける。
「いいからちょっと話を聞けって。」
「離してよ!嘘吐きのゼロなんて嫌いだ!」
「それを言われるときついんだよな。自分が買ってきたプレゼントをサンタからだと言ってお前を騙そうとしたのは確かだし…。それにサンタクロースに会ったっていう話も、会ったのは事実なんだけど、嘘って言われりゃ嘘って感じで、なんて言うか、微妙だからな。」
「何を言っているの?意味が分からないよ。」
「つまりそのサンタは俺の知り合いの変装だったって事。」
「え?」
「でもその頃の俺はサンタクロースの存在なんて信じちゃいなかったから、偽者だってすぐに気付いちまった。しかもそのサンタというのが、姿形からプレゼントに至るまで全てへんてこな代物だったしな。」
そこまで話してから、ゼロスは当時の事を思い出したのかクスクスと笑い出した。それを見たク〜は不思議そうな表情を浮かべると、
「どうして…」
「え?」
「どうしてゼロは笑っているの?だってその人はサンタさんに化けて来たんでしょ?自分はサンタさんなんだよって、ゼロに嘘を吐いたんじゃない。それなのに何で怒らないの?」
「怒る理由がないじゃないか。だって俺は騙されちゃいないんだ。そうだろう?それにその人だって俺がサンタを信じていない事は知っていたんだから、騙せるだなんて思っていなかった筈さ。あの人は俺に見抜かれる事を承知で、それでも敢えてサンタクロースとして俺の前にやって来たんだ。」
「どうして?どうしてその人はそんな事をしたの?」
「どうして、か……。そう、何故その人がそんな事をしたのか、俺にもずっと分からなかった。いくら考えても答えが出なかった。でも今やっと分かったような気がする。あの人はきっと、俺に夢を見る事の大切さを教えようとしたんだ。」
「夢?」
「そう、夢だ。そもそもサンタクロースって何だ?何故子供達は毎年サンタクロースがやって来るのを楽しみにしているんだろうな。ク〜、お前は?お前はどうしてサンタさんに憧れるんだ?」
「だってサンタさんはプレゼントを持って来てくれるんだもん。ク〜が欲しいものを持って来てくれるんだよ。」
「そうだな。みんなクリスマスプレゼントに自分の願いをこめる。サンタクロースはそんなみんなの願いを、夢を、運んできてくれる幸せの使者なんだ。だからみんなサンタクロースが来るのを楽しみにする。」
「うん、そうだよ。サンタさんはみんなを幸せにしてくれるんだよ。」
嬉しそうにそう言うク〜を見て、ゼロスは笑みを浮かべる。しかしすぐに真顔に戻ると、
「でもさ。昔の俺はそんなプレゼントに託す夢なんてものは全然持っていなかった。欲しいものなんてなんにもなかったんだよ。だから俺はクリスマスなんて嫌いだった。『サンタクロース、サンタクロース』って騒いでいる近所の同い年ぐらいの子供を見ると無性に腹が立った。はっきり言って軽蔑していたね。」
「……」
「けど、それは俺の本当の気持ちの裏返しだった。俺にもちゃんと欲しいものがあったんだ。俺はその気持ちを無理矢理押し殺していただけだった。だって俺は早く大人にならなければいけなかったから…。その為には夢なんてものは邪魔なだけだと思っていた。でもそれは間違っていた。人は夢を見る事で成長していく。大人になる上で、夢は必要なものだったんだ。だからあの人はサンタの姿で俺の前にやって来たんだと思う。俺に夢を見る事の大切さを教える為に。こんな俺にもちゃんと夢はあったんだって気付かせる為に。」
「……ゼロの夢ってなんだったの?」
「俺の夢か?俺の夢は『一家団欒』かな。」
「え?」
目を丸くするク〜を見てクスクスと笑うゼロス。
「変な夢だろう?でも俺には温かな家族なんてものはなかったから。だから心地よいぬくもりってものを何よりも求めていたんだ。そしてあの人はそれを俺に与えてくれた。夜が明けるまでずっと俺の傍にいてくれたんだ。だからさ、例え偽者でも、その人は俺にとっては本物のサンタクロースなんだよ。だから俺がお前に言った事は、嘘だけど本当だったって事。」
「じゃあ、やっぱり本物のサンタさんはいないの?だからク〜のところに来なかったの?」
「う〜ん、どうだろうな。今話したように俺の所へ来たサンタは結局は偽者だったわけで、俺は所謂本物のサンタクロースってやつには会った事がない。だからはっきりと“いるよ”と答えてやれないのが辛いところだ。でもあれだけ絵本とかで騒がれているぐらいだからきっといるんじゃないかな。」
「でもク〜のところには来なかったよ。」
「それはさ、サンタクロースっていうのは全国の子供にプレゼントを配っているから忙しいわけさ。もしかしたら毎年全部は回りきれていないのかもしれない。だからその年ごとに行く家をクジかなんかで決めているんじゃないかな。つまり今年はたまたまク〜のところへ来る年じゃなかったと…。」
「え〜!サンタさんが来るのに当たりとはずれがあるの?ク〜ははずれちゃったの?そんな〜」
「贅沢言うなよ。俺なんてこの年齢になるまでまだ一度も来てもらってないんだぞ。」
「そっか…そうだね…。それじゃあ、ヨシオくんはきっとくじ運がよかったんだね。毎年来てもらってたんだもん。いいな〜。ク〜も当たりだったらよかったのに。でも来年は来てくれるかなあ?」
「お前が信じて待ち続けていればきっといつか来てくれるよ。」
「うん。ク〜は信じているよ。ずっとずっと待ってる。」
そしてク〜は星空を見上げると、大きな声で
「サンタさ〜ん!ク〜、良い子になって待ってるから、きっと来てね〜!」
と、叫んだのであった。
するとその時だった。そんな二人の上に白いものがヒラヒラと舞い降りて来たのである。それはどんどんと増えて行き、辺りを薄っすらと白く染め始めた。
(これは雪?…嘘だろ。あんなにきれいに星が輝いているのに、なんで雪が降るんだよ。)
そしてそれに続いて聞こえて来た『シャン、シャン』という鈴の音。
不思議そうに見上げた二人の目に飛び込んできたもの、それは…
「あ!サンタさんだ!!サンタさんがク〜のとこにも来てくれた〜!!」
ク〜は千切れんばかりに手を振りながら駆け寄っていく。
「嘘だろ…。」
信じられないといった様子で繰り返すゼロス。
しかしよく見ればそのサンタは少しばかり変だった。帽子からはみ出しているのは金髪で、ヒゲをつけて誤魔化してはいるもののその顔はどう見ても少年であった。そして極めつけはソリを引くトナカイ…なんとそのトナカイ、茶色ではなく白と緑のツートンカラーだったのである。
「あれってもしかして…」
「そう。あれはミトスだ。」
声に振り返ると、そこに立っていたのはユアンであった。
「あ、やっぱり?…でもどうしてあいつが?だってあいつはクリスマスを否定していたんだろう?」
「さあな。何か思うところがあったんだろう。さっき私にサンタセットを一式揃えるよう頼んできたんだ。」
「さっき?…よく揃えられたね。」
「フ…当たり前だろう。私に不可能な事などない。」
「あっそ。それはそれは御見逸れ致しました。」
「……と、言いたいところだが、今回ばかりは私も苦労した。なにしろこの時期そんな突然に言われても簡単に揃えられるものではないからな。まず服は、クラトスが隠し持っていた事を思い出し、それを拝借する事にした。」
(ああ、あの時の服ですか。)
「ソリはフラノールから掻っ払って来たし、トナカイはノイシュの頭に木の枝をつけ、鼻に赤いスプレーを吹きつける事で代用した。プレゼントもいくつか見繕ってなんとか揃える事が出来た。」
(気の毒なノイシュ…)
「…てか、全部盗品じゃねえか!」
「仕方なかろう。時間がなかったんだ。それからあいつは、ユグドラシルの姿ではク〜にばれるのでミトスの姿となり、感動のシーンを盛り上げる為にセルシウスを呼び雪を降らせた。これで立派なサンタクロースの出来上がりってわけだ。」
「立派ねえ…。」
首を傾げるゼロス。そんな間に合わせのサンタクロースで果たしてク〜の目を誤魔化す事が出来るのか疑問だったのである。
そして案の定、ク〜は不思議そうにミトスサンタにこう尋ねていた。
「サンタさん、なんか絵本のサンタさんと違うね。トナカイさんはク〜のお友達のノイシュにそっくりだし。」
ミトスは一瞬ギクリとしたようであったが、さすがクルシスを統べる長である。すぐに笑顔を浮かべると答えた。
「絵本などに描かれているサンタは私の祖父なのだ。私は現代風のサンタだから少しばかり違うのは当然だろう。トナカイは実はお前の知っているノイシュと親戚なのだ。だから似ているのだろう。」
「え〜、そうだったの!?ク〜、ちっとも知らなかったよ。」
「うむ。世の中にはまだまだお前の知らない事だらけなのだ。勉強になっただろう。」
「そうだね。ク〜、もっといっぱい勉強する事にするよ。それでサンタさんは、ク〜にプレゼントを持って来てくれたの?」
「ああ。持って来たぞ。そら、これだ。」
そう言ってミトスが取り出したプレゼント。それは…
(!!…それって俺が買ってきたやつじゃん!)
しかもク〜はそれを見てこう言ったのだった。
「あれ?これ、ク〜がお願いしたのと違うよ。」
「そ、そうだったか?それは済まない。ちょっと手続き上に不備があったようだな。それじゃあ、お前の希望したのはこっちだったかな。」
ミトスは慌てて次々に品物を取り出すが、そのどれもがク〜の望むものとは違っているようであった。
「もしかしてサンタさん、ク〜のお手紙見てくれなかったの?靴下の中に入れといたんだけど。」
「そ、そうなのか?い、いや、だが私はこちらに直行して来てしまったから見ていないのだ。本当に済まない。後日宅配便で届けるから、何が欲しかったのか教えてくれないか?」
(サンタが宅配便を使うのかよ!?)
「仕方ないな〜。それじゃあ、もう一度言うね。ク〜が欲しかったのは、眼鏡と杖だよ。」
「へ?眼鏡と杖?まだ子供のお前が?」
「ク〜が使うんじゃないよ。ク〜が知っているおじいちゃんに使ってもらうの。おじいちゃんの眼鏡壊れていたし、足腰が痛むって困ってた。だけどサンタさんは大人のところには来ないでしょ?だからク〜が代わりに頼んであげたの。それともそういうのは駄目なの?ク〜自身のじゃないと駄目?」
「あ…いや、そんな事は………分かった。眼鏡と杖だね。用意して送るよ。」
「本当?わ〜い、有難う、サンタさん!お願いします。」
ク〜は戸惑った表情を浮かべているミトスにペコリとお辞儀をすると、嬉しそうに抱きついたのだった。
こうしてミトスサンタはク〜の注文を聞くといずこかへと飛び去っていった。
そしてク〜はその姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けていたのだった。
「有難う、サンタさん!」
と、繰り返し叫びながら…。
クリスマスイブの夜が明けていく。
そんな中、突然に降ってきた雪。
人々はこの思いがけない天からのクリスマスプレゼントに歓喜し、歌ったり踊ったりして心行くまでホワイトクリスマスを楽しんでいた。
そんな賑やかな人々の喜びの声を聞きながら、ミトスはユアンと二人ゼロス邸の前に立ち、ク〜の眠っている部屋を見上げていた。
「見事なサンタクロースだったな。雪まで降らせて…見ろ、みんなあんなに喜んでいるぞ。」
「僕はク〜の為にやったんだ。人間達の為なんかじゃない。」
「そうだとしても、喜んでいる姿を見て悪い気はしないだろう?」
「……」
「で?どうするつもりだ?」
「どうするって何がさ。」
「『クリスマス禁止令』だよ。まだ公布するつもりでいるのか?」
「…あれは止めたよ。お前が言うように、あったところで別段マーテル教には影響がないからね。だから今回はお前の顔を立てて白紙に戻す事にした。それでいいだろ。」
「それはどうも。ご厚情のほど感謝いたします。」
『全く、素直じゃないんだから。』と思いながら、笑みを浮かべ頭を下げて見せるユアン。
「でもこれできっとマーテルも喜んでいるだろうよ。」
「そうだろうか?」
「彼女は他人が幸せな姿を見て、自分も幸せだと思えるような女性だった。だからあんなにも皆が嬉しそうにしている姿を見て彼女が喜ばない筈がない。そうだろう?」
「…そうだね。姉様ならそうかもしれないね。」
再びク〜の部屋を見上げるミトス。
自分が扮したサンタクロースに喜び、ク〜は何度も何度もお礼を言ってきた。
でも違うんだ。僕はお前に何も与えていない。
お前が僕に与えてくれたんだよ。
そしてミトスはク〜から貰った靴下を握り締め、こう呟いたのだった。
「夢を有難う。僕のサンタクロース…。」
−つづく−