「いたずらばかりやっていると風呂敷仮面が来るぞ。」

 全てはこの一言から始まった。
 もちろん風呂敷仮面なんてものは存在しない。
 これはユアンが、いたずらが過ぎるク〜を見かね戒めようと言った出まかせであり、言わば世の大人達がいたずらっ子に対して冗談半分に『悪い子はお化けに攫われてしまうぞ』と叱るのと同じであった。
 この聞きなれない名前に、当然ク〜は首を傾げると尋ねて来た。
「風呂敷仮面ってだ〜れ?悪い人?どこにいるの?」
「いや悪い人ではない。その反対で正義の味方の優しい人だ。ただいたずら好きの悪い子は容赦しない。お前がまだ行った事のない遥か遠くの地に住んでいるのだが、悪い子がいるとすぐに飛んできてお仕置きするんだ。」
「ミ〜やドジみたいに?お尻をペンペン叩くの?」
「ああそうだとも。」
「うわ〜ん!!ク〜、そんなの嫌だよ〜!!」
「だったらいたずらは止める事だ。」
「良い子にしていればお尻ペンペンされない?」
「ああ。それどころか風呂敷仮面は良い子には願い事を一つ叶えてくれるんだ。」
「ほんと?…じゃあ、ク〜、良い子にしてる。」

(フ…うまくいったな。所詮は子供よ。これでこれからは静かにしている事だろうよ。)
 ク〜の言葉に満足気に微笑むユアン。

 しかしこのたわい無い会話が後の騒動の発端になってしまうとは、さすがのユアンもこの時は全く考えていなかったのであった。


 それから数日経ったある日の事。 デリス・カーラーン内にユグドラシルの声が響き渡った。
「ク〜が…ク〜がいなくなった〜〜!!」
 またですか、と溜め息を突くユアン。
 いつもの事である。毎日のように起きている恒例行事だ。いい加減嫌気がさしていたユアンは放っておこうかとも思ったのだが、すぐに駆け付けないとユグドラシルの機嫌が悪くなるのが目に見えているので、渋々部屋へ向かう。
 そもそもユグドラシルは大袈裟すぎるのだ。
 ク〜の行く所など決まっている。大方公園で日向ぼっこをしているか、ゼロスの家辺りで遊んでいるのだろう。どうせ夕方になれば戻ってくるのだから、毎度毎度あんなに大騒ぎする事はあるまいに。
 その度に余計な仕事を押し付けられ迷惑を被る私や他の天使達の身にもなってもらいたい。
 ここはひとつ、苦言を呈する必要があるかもしれない。(ちょっと怖いけど)
 そう決心したユアンは部屋の前に着くと深呼吸をし扉を押し開いた。そして思っている事をそのままに口にしようとしたのであったが、中にいたユグドラシルの姿を見るや、そんな考えは吹っ飛んでしまった。
「!!…ユグドラシル?お前、その姿は一体…」
 ユアンが驚くのも無理はない。なんとユグドラシルは何故か手拭いを頬被りしていたのだ。ちょっと見、コソ泥か引越しの手伝いに来たおじさんのようである。
 唖然としているユアンをぎろりと睨み付けるユグドラシル。
「私の事などどうでもいいのだよ。今はク〜を連れ戻す事の方が大切なのだ。」
 ユアンは再び溜め息を突いた。
「あいつは遊びたい盛りなんだ。少しは自由にさせてやったらどうだ?一々そんな目くじらを立てなくても、夕方になれば『お腹が減った〜』とか言って戻ってくるさ。」
「いつもならそうだろうね。」
「え?…いつもと違うのか?」
「違うから心配しているんじゃないかっ!!」
「…何があったのだ?」
「ん?それは…」
 ユアンの問いに言い淀み目を逸らすユグドラシル。彼にしては珍しい事だ。
 ユアンはこれは何かあるなと直感したものの、取りあえず黙ったまま次の言葉を待つ事にする。
 ユグドラシルは目を泳がせながら言葉を継いだ。
「いや…ちょっとね…ク〜がいたずらをしたものだから叱ったんだ。そうしたら飛び出して行ってしまって…」

 いたずら…?
 いや、まさかそんな事はないだろう。
 あの風呂敷仮面の話をしてからク〜のいたずらはピタリと止んでいたのだ。それなのにユグドラシルに対してだけ行うと言うのは変な話ではないか。
 本当にいたずらをしたのだろうか?

 ユグドラシルに、こっそりと不審気な目を向けるユアン。だが直接問い質す勇気はなかった。
「…分かったよ。あいつの逃げ込む所と言ったらゼロスの家ぐらいだからな。すぐに行って連れ戻してくるよ。」
「それが違うんだ。奴の所じゃない。」
「はい?違う?…お前、もしかしてク〜がどこに行ったのか把握しているのか?」
「細かく場所が特定出来ているわけではない。分かっているのは、今回ク〜が降りたのはテセアラではなくシルヴァラントだって事だけだ。」
「シルヴァラント!?まさか!!だってあそこは野蛮人が一杯いる恐ろしい所だから絶対に行ってはいけないと毎日のようにお前が脅すものだから、ク〜は今まで近付こうとしなかっただろう?」
「脅していたとは失礼な。私はただク〜をあちらに降ろすのは避けた方がいいと考え釘をさしておいただけだ。あちらには再生の神子がいる。そしてその護衛をクラトスにやらせようと思っているんだ。如何に今は子供の姿をしているとは言え、万が一という事がある。接触は避けるに越した事はあるまい?」
「それにあっちはクラトスがアンナに出会った所でもあるしな。突然記憶が戻ってミイラ取りがミイラにって事も…」
 途端に不機嫌になるユグドラシル。
「ユアン…余計な事は言わない方が身のためだよ。そうならないようにするのがお前の任務なのだからね。」
「……(勝手な事を言いやがって、クソガキが!)」
「分かったら早く行って連れ戻して来い!ク〜に何かあったらお前を許さないからね。」
「…一つ聞いてもいいか?」
「何?」
「その頬被りとク〜のいたずらは何か因果関係が?」
 ユグドラシルははたと頭の手拭いを抑えると叫んだ。
「ない!そんなものは絶対にない!!」

 分かりやすい奴…これは絶対に関係があるな。

「くだらない事を詮索している暇があったら、とっとと行って来―いっ!!」
「はっ、は〜〜い!」
 ユアンはユグドラシルが放つ術を掻い潜りながら、慌てて部屋を飛び出して行ったのだった。


 数時間後、シルヴァラントにゼロスを連れたユアンの姿があった。
 ゼロスはすこぶる機嫌が悪く仏頂面をしている。何しろ久々の休日を自宅でのんびり過ごそうとしていた所を否応なしに連れ出されたのだから無理もない。しかも連れて来られた先が反対世界のシルヴァラントとくれば尚更であろう。
「ねえ、ところで何で俺様までここにいるわけ?」
「言っただろう。ク〜の一大事なのだ。」
「それは分かるけどさ。テセアラの神子である俺様がここにいる事も、ある意味一大事だと思うんですけど?」
「こっちの世界にあまり来たくないのは私も同じだ。だがユグドラシルの命令なんだから仕方がないだろう。」
「はあ、さよですか。」
 肩を竦めるゼロス。

 まったく、なんだかんだ言っても結局こいつはユグドラシルには逆らえないんだから…。

「でもさ、どうやってク〜を探し出すつもりよ。シルヴァラントたって広いんだろ?」
「心配するな、これがある。」
 ユアンはマントの中から小型の機械を取り出した。
「何それ?」
「マナ探知機だ。これから色々と役に立つだろうと思ってな、デリスから掻っ払っておいたのだ。クラトスのマナもインプットしてあるから、これさえあれば一発で場所を特定出来る。」
「へえ〜、あんたにしては珍しく気の利いた代物を…。」
 ゼロスの嫌味を聞き流し、機械の操作を始めるユアン。
 さすが4000年もの間ユグドラシルに鍛えられただけあって、嫌味には耐性が出来ているようだ。
「よし、察知したぞ!…って待てよ。これはちょっとまずい事に…」
「何、どうしたの。故障?」
「いや、故障ではない。その…場所がちょっと…」
「だから〜、一体何なのよっ!」
 だんだん苛々としてくるゼロス。
「いや…その…つまりだな、あいつ、よりによってイセリア付近にいるんだ。」
「はい?イセリアって?」
「マナの血族が住まう神託の村…つまり再生の神子がいるところだ。」
「!!ちょっ、それはまず過ぎっしょ!」
「ああ、まずい、大いにまずい!こちとら出来る限り神子の前には姿を見せたくないと思っているのに…」
「そりゃまあ、暗殺しようとしている相手の前には行きたくないだろうよ。」
「…何か言ったか?」
「いんや、別に。」
「しかし参ったな〜。もしこれでク〜が神子に接触し何かの拍子に記憶が戻ったりしてみろ。大変なことになる。ユグドラシルから大目玉を食らう事は確実だ。」
 頭を抱え込むユアン。
「だったら尚更早く連れ戻さないと。大体まだク〜が再生の神子と会っていると決まったわけじゃないんだし、いつまでもここでうだうだ悩んでいても仕方ないっしょ?」
「あ、ああ、そうだよな…。確かにお前の言う通りだ。よし、取り敢えず行ってみるか。」
「レアバード使えば一飛びだしね。」
「いや、レアバードは使えん。」
「へ?なんで?」
「こっちにはそんな物は存在せんからだ。それなのに空を飛んで行ったりしてみろ。たちまち大騒ぎになるぞ。」
「なんだよ、それ。それじゃあテクテク歩いて行けってか?冗談じゃないぜ!」
「歩かなくても馬車を使えばいい。」
 ユアンはちょうど良くやって来た馬車を指した。
 そのあまりのボロさに眉を顰めるゼロス。
「馬車ってあれ?この俺様にあの走っているのが不思議なぐらいのボロ馬車に乗れって言うの?…なんか乗る前から尻が痛くなって来たよ。」
「テセアラと違って、こっちは衰退世界なんだ。仕方がないだろう。つべこべ言うな!」

 ク〜よ、何でお前はこんな原始時代に来ちまったんだ?
 俺様、恨んじゃうよ…。

「ほらっ、何をぐずぐずしているんだ。とっとと行くぞ!!」
「へ〜い、へい、分かりましたよ…」
 ゼロスは泣きたい気持ちを必死に抑え、馬車に乗り込んだのだった。


 イセリアはシルヴァラントの西端にある小さな村である。対してユアン達が降り立ったのはハイマ…。その為、二人は馬車を乗り継ぎながら、野を越え山を越え、砂漠を越えて行かなければならなかった。
 そんな苦労の末、ようやく最後の砂漠越えを終えた二人は、念の為村から少し離れた所で馬車を降りた。
 痛む腰をさすりながら地図を見てぼやくゼロス。
「ちょっとこれって…あんたらの基地の転送装置を使えばすぐ近くに降り立てられたじゃんよ。」
「仕方なかろう?ク〜がイセリアにいると分かったのはこちらに来てからの事なのだ。」
「普通、来る前に調べたりしない?例え電波の受信範囲があったとしても、最初の場所…ハイマだっけ?あそこからキャッチ出来たぐらいなんだから救いの塔からでも十分可能だったでしょ。」
「言われてみればそうかもしれんな。だがまあ過ぎた事だ、気にするな。」
「こんな酷い目に遭っているんだ!気にするっつ〜の!!…ったく、計画性ゼロなんだから。こんなのでよくレネゲードが続けて来れたもんだ。」
「…何か言ったか?」
「いんや、別に。」
「ところで何だな、今よくよく見なおしてみると、ク〜の位置がイセリアの村から微妙にずれているのが気になるな。」
な ・ ん ・ だ ・ って !?
 ゼロスは目を剥いた。
「それじゃあ、何か?こんな死にそうな思いして長時間ボロ馬車に揺られて来たと言うのにイセリアにはいないと?大体一発で場所を特定出来るんじゃなかったのかよ!!」
「そう怒るな。イセリア付近にいる事は確かなのだから今までの努力が無駄になる訳ではない。」
「怒りたくもなるでしょうが!この原始的旅行のおかげで俺様もう、脱腸+ぎっくり腰寸前、全身ボロボロなんだからね!」
「そんな大袈裟な…。仕方がないだろう?お前には分からんかもしれんが、このレーダーってやつは色々と複雑で読み取るのが難しいんだよ。ええと、これがイセリア村で、そしてここにク〜がいて…だから…」
「ああもうっ!苛々する!!」
 ユアンの手から探知機を奪い取るゼロス。そして映し出されているレーダーと手元の地図とを見比べながら、
「ここがイセリアでク〜はここにいるわけだろ?だったら答えは一つしかないでしょうが。ク〜は村の近くにある、あの森にいるんだよ!どこが難しいの?こんな簡単なレーダーも読み取れなくて、あんた本当にレネゲードのリーダーなわけ?」
「……」
 ゼロスの辛辣な口調にユアンはしゅんとしてしまう。
 そんな彼を見てさすがのゼロスも少々気が引けたのか、今度は語調を和らげ言葉を継いだ。
「まあ兎に角さ、これでク〜がこっちの神子に接触している可能性は低くなったんだから良かったじゃんよ。」
「え?」
「だってそうだろう?ク〜は村にいないんだから。」
「お、おう、そうだな!確かにお前が言う通りだ。村にいないのだから神子には会いようがない。」
「そう言う事。でも急いだ方がいいかもね。今は森の中でも、いつ村へ移動するか分からないから。」
「よし、それではすぐに森へ向かおう!」
 俄然張り切りだし、先に立って歩き始めるユアン。

 なんとまあ…打たれ強いと言うか、立ち直りの早い事。驚嘆に値するね。

 あの逞しさの半分でもいいから分けて欲しいと思いながら、ゼロスも後に続いたのだった。



 それと同じ頃、森の中のなだらかな山道を登っている少年と少女の姿があった。
 年の頃は12、3歳ぐらいだろうか。少年がたくさんのボタンの付いた珍妙な赤い服を着ているのに対し、少女の方は白い清楚な服と、一見なんともアンバランスな二人であったが、楽しそうに話しながら歩いているのを見ると、どうやら仲の良い友達同士のようである。
 するとそこへ、どこからか調子外れの変な歌が聞こえて来た。

『ぜ〜んぜん、だめだめ、カラオツム〜。お前のあたまはどこにある〜。たまには知恵出せ、役に立て〜。』

「何だ、あれ?」
 首を傾げながら声のする方へ行ってみると、一人の小さな男の子が紫陽花の木の前で踊りながら先程の曲を歌っていた。
 思わず顔を見合わせる二人。
 ここは森の中だけあって平地よりモンスターの出現率が高い為、普段からあまり人が立ち入る事はない。そんな所にあんな小さな子供が一人で、しかも呑気に歌いながら踊っているなんて信じられなかったのである。
 二人は急いで子供に駆け寄ると声をかけた。
「おいお前、そんな所で何やっているんだよ。」
 男の子は振り返ると木を指さし一言。
「カラオツム…」
「はあ?」
 訳が分からず目を丸くする少年。
 思わず、こいつ頭がおかしいのかとも思ったが、よく見ると男の子の指す先にはカタツムリがいた。

 ああ、カタツムリの事か。
 そう言えばさっきの歌も、調子外れな上に歌詞が違っていたから分からなかったけど、よく考えてみると『かたつむり』だったような。
 しかし『カラオツム』とは…。
 確かにカタツムリはオツム空っぽで何も考えてなさそうな顔をしているには違いないが、その呼び方ではいくらなんでも可哀そうだ。
 それにこいつもいつまでも間違えて覚えたままって言うのもなんだし、ここは一つ年長者として正しい名前を教えてやる必要があるな。

 そう考えた少年は咳払いをすると言った。
「いいか?これは『カラオツム』じゃなくて『カタツムリ』って言うんだぞ。」
 ところが男の子はそれを素直に受け入れるどころかムッとした表情を浮かべるとこう言い返してきたのだった。
「ちがうもん!カラオツムだもん!ミ〜がそう教えてくれたんだもん!!」
「ミ〜?」
「ミ〜はなんでも知っているの。それで色々教えてくれるの。」
「…もしかしてさっきの歌もそのミ〜が教えてくれたのか?」
「うん。」
「それはお前、ミ〜って奴に騙されて…ムグ?ムグムグ…」
 慌てて少年の口を塞ぐ少女。そして不思議そうに見上げている男の子にニッコリと笑ってみせると、
「それでそのカラオツムがどうしたの?」
「うん?あのね…カラオツムが葉っぱから落っこちて困っていたから拾ってまた乗せてあげたの。そしたらカラオツムが嬉しそうに笑ったから…」
「カタツムリが笑うわけないだろ。」
 面白くなさそうにそう言う少年を少女が肘で突っついて黙らせる。
「そう。それで?」
「うん、それを見たらク〜も嬉しくなっちゃってね、それで歌を歌っていたの。」
「そっか〜、ボクはク〜ちゃんって言うんだね。ク〜ちゃん、いい事したね。」
「いい事?ほんと?」
「うん。だってク〜ちゃんはカタツ…カラオツムさんを助けたんだもん。偉いよ。ク〜ちゃんは優しいんだね。」
 その言葉に嬉しそうに微笑むク〜。
 少女はそんなク〜の頭を撫でてやると、
「でもね、ここはモンスターがたくさん出るし危ないの。だからこれからはもうここで遊ぶのは止めた方がいいよ。」
「うん…」
「いい子だね。それじゃあ、もうすぐ日が暮れるからもうお家に帰ろうね。私達が送って行ってあげる。お家はどこなの?」
 そう言って少女がク〜の手を取ろうとしたが、しかしク〜はそれを振り払った。
「嫌っ!!」
「でもね、ク〜ちゃん、きっとパパやママが心配しているよ。だから…」
「パパもママもいないもん。」
「いないって…もしかして迷子?」
「違う!…ク〜はまだ帰れないの。いい事をたくさんして、いい子になってからじゃないと駄目なの。」
「え?…それってどういう事?」
 しかしク〜はそれ切り口をつぐんで俯いてしまう。
 顔を見合わせる二人。
「訳わかんねえな。やっぱ迷子なのかな?」
「どうしよう。」
「どうしようたって…」
 困った表情を浮かべポリポリと頭を掻いていた少年は、少女の意味ありげな視線に気付き慌てて手を振った。
「駄目、駄目だかんな!家に連れて行くなんて絶対に駄目!!突然こんなわけの分からないガキを連れ帰ったりしたら親父になんて言われるか…第一、俺、ああ言う生意気そうなガキは苦手なんだよ。」
「でもこのままここに放っておいたら、あの子、モンスターに襲われちゃうよ。可哀そうじゃない。」
「……」
「お願い、ご両親が見付かるまででいいの。きっとおじさんだって怒ったりしないよ。私も一緒にお願いするから…ね?」
 少年はしばらくの間苦虫を噛みつぶしたような顔で、必死に頼み込む少女と俯いたままのク〜を見比べていたが、やがて溜め息を突くと言った。
「分かったよ。コレットにそこまで頼まれたんじゃ断れねえよな。」
「!!有難う、ロイド!」
 ロイドと呼ばれた少年は照れ笑いを浮かべるとク〜に近寄り言った。
「それじゃあ、取り敢えずうちに来いよ。すぐそこだからさ。」
 ハッとして顔を上げるク〜。
「え…でもいいの?」
「遠慮するガラかよ。行くトコないんだろ?ドワーフの誓い第二番『困っている人を見かけたら必ず力を貸そう』だかんな。」
「ドワーフ?」
「うちの親父がそうなんだ。ま、来れば分かるさ。俺はロイドでこっちはコレット。よろしくな、ク〜。」
 ロイドの人懐こい笑顔に、ク〜もようやく笑顔を浮かべ差し出された手を握り返した。
「ありがとう。」
「よし、それじゃあ、行こうぜ。」
 そして三人はク〜を真ん中に仲良く手をつないで歩いて行ったのだった。


 その姿を物陰から窺っている影が二つ…言わずと知れたユアンとゼロスであった。
「おいユアン、行っちゃったぜ。後追わないでいいのかよ。」
 去って行く三人を目で追いながら、傍らのユアンの肩に手を置くゼロス。
 しかしユアンはそれどころではないようで…
「くっそ〜、ユグドラシルの奴、許さん!!」
「はい?」
「変な歌をク〜に吹き込みやがって…」

 ああ、その事ですか…。

「そんなに気にする事ないんじゃない?別にあんたを名指しにしているわけじゃないんだし。」
「ならば、私以外の誰を指していると言うのだ!?」
「……他にはいないかもね。」
「くっそ〜〜!何がオツムカラだ!何がたまには役に立てだ!人を馬鹿にしやがって!!」
「…オツムカラじゃなくて、カラオツムだったよ?」
同じ事だろう!!
「はあ、確かに…。てか、この際その事は置いといて、後を追わないとやばいんじゃない?さっきも別れ道があったっしょ。」
「心配せずともこの先は一本道だ。」
「ああそう…」
「問題は別にある。ク〜が神子と接触してしまったのだ。」
「え?あの赤いのがこっちの神子ってわけ?」
「違う、男の方じゃない!女の方だ。マーテルの器が男のわけあるまい!!」
「確かに…。それじゃあ、あのコレットとか名乗った、かわい子ちゃんが神子ってわけか。」
 そのゼロスの言葉にユアンはハッとして顔を上げた。
「待てよ…」
「何?どうしたのよ?」
「ん?…いや、何でもない。兎に角、後を追おう。確かこの先には山小屋が一軒建っていた筈だ。恐らく奴らもそこへ向かったのだろう。」
「?…あ、ああ、分かった。」
 何やら様子のおかしいユアンに、首を傾げるゼロス。


 そうだ。確かあの少年はロイドと名乗っていた。
 これはひょっとしてひょっとするかもしれんぞ。
 思わぬ所で思わぬ奴に出くわしたもんだ。
 この事はゼロスには知られてはならない。知れば邪魔をしてくるに決まっているからな。

「フフ…いよいよ私にも運が向いて来たようだ。」

 ユアンはゼロスに悟られないように、込み上げてくる笑いを必死に抑えるのだった。


−つづく−