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「へ〜、それじゃあ今日はお姉ちゃんの誕生日なんだ。」
ク〜が傍らに立つコレットを見上げ、にっこりと笑って言った。
その問いにコレットも笑顔で答える。
「うん、そうなんだ。それでロイドが『今日は夜遅くまで大騒ぎしようぜ。』って誘ってくれてね。だから泊まりがけで遊びに来たというわけなの。」
ここはダイク家の前。ク〜は何故か二つ返事でダイクの許しを得られ、しばらくの間この家に厄介になる事になった。それはそれで一安心だったのだが、コレットがここに来た本来の目的はそれであった。
だが仕事に夢中だったダイクが全く支度をしていなかった為、今家の中ではロイドとダイクで慌てて準備中。その間ク〜とコレットは外で待っている事になったのである。
「うわ〜、おめでと〜!」
「有難う。」
再びにっこりと笑顔を浮かべ答えるコレット。
「そっか。だからおじちゃんとお兄ちゃんがごちそうを作っているんだ。今日はパーテーやるんだね。楽しみだね〜。」
「うん、そうだね。」
「?…どうしたの、お姉ちゃん。誕生日だって言うのに何だかとても寂しそうだよ。」
コレットは驚いてク〜を見た。
ロイドがパーティをやってくれると聞いて嬉しかったのは彼女の偽りのない気持であった。でも今回は大好きなロイドが言ってくれたから特別なのであって、本来彼女はク〜が指摘したように誕生日など嬉しくもなんともなかったのである。
確かに普通誕生日とはおめでたいものだ。この日、親は子がここまで無事に育ってくれた事を喜び、子は自分をこの世に送り出してくれた親に感謝し、輝ける未来に向けて夢を馳せる。
でもコレットは…。
彼女にとって誕生日を迎えると言う事は、神託の日にまた一歩近付く事だった。神託を受ければ再生の旅へ出なければならない。それはすなわち死を意味していた。
彼女の未来はもう決まっていた。そこに自由な夢を描く余地などなかった。
そんな誕生日など嬉しい筈がない。
それなのに人々は毎年彼女の誕生日になると決まって世界再生の日が近付いたのだと喜びお祭り騒ぎをする。
再生の旅が成功すれば救いがもたらされるのだから、それも仕方がないのかもしれない。また彼女自身もこれが神子として生まれて来た自分の宿命である事を十分理解し受け入れている。
でも時々そんな喜び浮かれる人々を恨めしく思ってしまう自分がいた。
そんな事を考えてしまう自分が嫌だったから、彼女はいつも笑顔を浮かべる事でそんな思いを必死に心の奥底に押し込めて来たのだった。そして今までこの笑顔の裏にある自分の本当の思いに気付く者など誰一人としていなかったのである。それをこの子はいとも簡単に見破ってしまった…。
やはり純粋な子供の目は誤魔化せなかったと言う事だろうか。
いや、でもこの子の場合はそれだけではないような気がする。
動揺を覚られまいとさりげなく視線をク〜から逸らすコレット。
だが気付くといつの間にか、まるで熱に浮かされたかのように心の内を話していた。
「そうだよ…ク〜ちゃんの言う通り、私は誕生日が嫌い。だってそんなものがあっても寂しくなるだけだから。おかしいよね、そんなの。でも仕方がないの。私は所謂
“普通の女の子” じゃないんだもの。みんなとは永遠に交わる事のない “特別な存在” なのだから。」
そこまで一気に言ってしまってからハッとして口をつぐむコレット。
(やだ…私ったら何を話しちゃっているんだろう。今日初めて会ったばかりの、しかもこんな小さな子に、いきなりこんな重たい話をしたって困らせちゃうだけじゃない。)
ところがク〜はそんなコレットにポツリとこう言ったのだった。
「…仲間外れにされるのって悲しいよね。」
「えっ?」
「でも大丈夫。お姉ちゃんにはク〜がいるよ。ク〜が守ってあげる。」
予想外の言葉に驚いて振り返ったコレットは、自分をじっと見つめているク〜の視線とぶつかった。
(!?…この瞳は…)
澄み切ったとても綺麗な瞳だ。でもそれは何も知らないただ純粋なだけの子供のものではなかった。
そう、これは世の中の様々な事を見聞きして来た大人の瞳…。
きっとこの子は数えきれないぐらいの喜びや悲しみを肌で感じて来たのだろう。だからこそ彼女の中にある悲しみに敏感に反応出来たのかもしれない。
まだ3〜4歳の子供の筈なのに、普通ならあり得ない事である。でもこの子の目が宿す光がそれを如実に現していた。
その輝きはとても温かい。常に相手を優しく包み込み、同時に心の奥底にある不安や悲しみといった負の塊を瞬く間に溶かしてしまうのだ。
それは同じような思いを経て来た者だけが初めて得る事が出来る癒しの光…。
だからこの子の前に立つとどんな者でも心を開いてしまう。無意識の内に癒しを求めてしまうのだろう。
(ああ、それでか…)
その事に気付いたコレットは、今まで抱いていた疑問の答えがやっと分かった気がした。
実はああしてロイドを説き伏せク〜を連れて来たものの、正直コレットにはダイクの許しを得られる自信はなかったのである。
もちろんダイクは決して不人情な人ではなく、むしろ誰よりも情に厚い人である。だがある事情により仕事以外の事での他人との係わりは極力避けるようにしていたのであった。その事情とはどうやらロイドの過去に関係しているようなのだが詳しくは分からない。ただその件についてはロイドも固く口を閉ざしている事から、余程の事だと想像出来る。
そんな事情を抱えているダイクであったから、突然連れて来た迷子を、一晩泊めるだけならともかく親が見付かるまで留め置く許しを得ると言うのはちょっと難しい気がしていたのである。
ところがダイクはク〜を一目見て許しをくれた。思わず呆気に取られてしまう程あっさりと…。
不思議な事はそれだけではない。なんと、あの人見知りが激しいノイシュがク〜に対しては全く警戒心を示さず、それどころか嬉しそうに鳴きながら自分のいる小屋の方へと呼び寄せたのである。
あの時はわけが分からず、ロイドと二人しきりに首を傾げていたのだが、でも今ならなんとなく分かるような気がした。
もしかしたら、ダイクも、ノイシュも、ク〜の瞳の輝きを見てこの子の持つ温かな優しさに気付いたのではないだろうか。だからすんなりとこの子を受け入れた。そしてそれは私も同じで…。
「有難う…ク〜ちゃんは本当に優しい子だね。」
照れ臭そうにえへへと笑うク〜を見て、コレットも微笑みを浮かべた。
「そうだ!お姉ちゃんを元気にしてくれたお礼にク〜ちゃんにいい物をあげるね。」
「いい物?」
コレットは頷くと、ポケットからしおりを取り出しク〜に渡した。その真ん中には押し葉が貼り付けられている。
「あれ〜、これ、はっぱがハートの形をしているよ!!」
「うん。これはクローバーと言ってね、普通は葉が三枚なんだけどたまにこうして四枚のがあるの。それは幸せの四つ葉のクロバーって呼ばれていて、それを見付けて持っていると幸せになれるって言われているんだよ。」
「これをク〜にくれるの?」
「うん。」
これは単なるおまじない…。でも私は信じているよ。
だからク〜ちゃんにあげる。
あなたは私に優しさを与えてくれた。
これはそのほんのお返し…。
「ありがと〜。」
ク〜は嬉しげに四つ葉のクローバーを受け取ったが、すぐに小首を傾げると、手の中のしおりとコレットの顔を見比べながら、
「でもそれじゃあ、お姉ちゃんのがなくなっちゃうよ。」
「いいの。お姉ちゃんはもういらないんだ。」
「どうしていらないの?…あ、もしかしてお姉ちゃん、これ持っていても幸せになれなかったの?」
「え?…いや…ええと…」
(まさかそんなところを突いてくるとは…。困ったな、何て言ったらいいのだろう?効かなかったからク〜ちゃんにあげるって言うのも変だし、かと言って私は幸せになれたからあげるって言うのも、なんだかお古みたいで変だよね…)
返事に窮してしまうコレット。
するとク〜はパチンと手を打つとこう言ったのだった。
「ああ、そっか。このはっぱはク〜用のでお姉ちゃん用じゃなかったんだね。」
「えっ?」
「それじゃあ、お姉ちゃんのはっぱはク〜が探してあげる。だから諦めないで。」
「!!」
諦めないで…それは普通なら何でもない一言である。でも神子であることを理由に今まで何もかも諦めて来たコレットにとっては激しく胸突かれる言葉だった。
「でも…私は…」
俯き小さな声で呟くコレット。
「…私も…幸せになりたいって思ってもいいのかな…」
「そんなの当たり前じゃない。きっとどこかにお姉ちゃん用があるはずだよ。お姉ちゃんだけの幸せのはっぱが。待ってて。ク〜が絶対に探し出してあげるからね。」
「当たり前…私だけの幸せ…」
神子である私に幸せがあるとするならば、それはこの命を捧げて世界を再生しみんなを救う事。だから自分の幸せを願うなんて許されない。ずっとそう諦めて来た。
でも…でも…もし許されるのなら…。
「どこにあるのかな〜、お姉ちゃんのはっぱ。」
その場にしゃがみ込み探し始めるク〜。
コレットはしばらくの間そんなク〜をぼんやりと眺めていたが、やがてぎゅっと拳を握りしめると隣に同じようにしゃがみ一緒に探し始めたのだった。
「お姉ちゃん?」
「私も探したくなったの。いいかな?一緒に探しても。」
「もちろんだよ!二人でならきっとすぐに見付かるよ。」
「そうだね。」
にっこりと笑い合い四つ葉のクローバー探しを始める二人。
だがなかなか見つからず、その内、準備が整ったとのロイドが呼ぶ声が聞こえてきてしまった。
「どうしよう…まだ見付かってないのに、お姉ちゃんのはっぱ。」
「また今度探せばいいよ。」
「そっか。そうだね。それじゃあ競争しよう。お姉ちゃんが先に見付けるか、ク〜が先か。」
「うん。」
「約束だよ!」
そう言ってク〜は背伸びをしてコレットの小指に自分の指を絡ませると、ロイドの方へ走って行く。
「お兄ちゃん、ごちそ〜いっぱいある〜?」
「馬鹿!お前の誕生日じゃねえんだぞ!!」
まるで兄弟のようにじゃれ合う二人を見て、コレットはクスッと笑うと足元に生えているクローバーに目を落とした。
もし許されるのなら…私も私自身の幸せを探してみたい。そう思った。
もちろん四つ葉のクローバーが私の幸せと言うわけではない。それは単に幸せ探しのきっかけに過ぎず、本当の幸せは自分自身の手で探さなければならないのだ。
簡単には見付からないだろう。また例え見付かったとしても、残された時間が少ない私にとってそれは瞬く間に終わってしまう本当に短いものに違いない。
でもそれでも構わない。だってそれは私と言う人間が確かにこの世に存在した事の証なのだから。
それさえあればもう何も怖くはない。
生まれてきて良かった、私はこんなにも幸せだったよって、偽りではない心からの笑顔を浮かべ旅立っていける…。
ク〜ちゃん…本当に不思議な子。
でも私にそんな風に思える勇気を与えてくれたのは、あなたなんだよね。
有難う…。
コレットは夕暮れの空を見上げ大きく伸びをした。
「こんなすっきりとした気分は久し振り!見付かるといいな、私の幸せ。」
そんな彼女の耳に、再びロイドの呼ぶ声が聞こえて来た。
「おーい、コレット。何してんだよ。早く来いよ。」
「うん、今行くよ!」
コレットは明るい声で返事を返すと家の中へと入って行ったのだった。
程なくして家の中から誕生日を祝う楽しそうな歌声が聞こえて来る。
その声を外で草陰に身を潜め聞いていたゼロスは、溜め息を突くとユアンの肩を揺すりながら言った。
「おい、ユアン。どうする気だよ!」
しかしユアンは心ここにあらずと言った感じで一方をじっと見つめたままで返事をしない。
「おいったら!聞いてんのかよっ!!」
「ん?」
「『ん?』じゃねえよ。どこ見てんだよ、あんた。あっちに何かあるのか?」
「い、いや、何もないぞ。知り合いの墓を見付けたなんて事は絶対にない!」
「…墓?」
「だから何もないんだって言っているだろう!」
ユアンは確かめに行こうとするゼロスを慌てて引き戻すと、
「で、お前は何を言っていたんだったっけな?」
「!!…だからーっ、いつまでこうしている気なのかって聞いているんだよ!!何が悲しくて表で蚊に食われながら他人の誕生パーティを覗いていなきゃなんねえんだ?あんたが身内を名乗ってとっととク〜を引き取ってくれば済む事だろう?」
「そう簡単に言うな。中にはシルヴァラントの神子もいるのだぞ。さっきも言ったように私は神子の前に姿を見せるわけにはいかんのだ。かと言って、フールの姿で『ク〜ちゃん、遊びましょ〜』って迎えに行くわけにもいかんだろう?」
「まあ、そりゃね…」
「そうだ!お前が行けばいいのではないか?」
「こっちの神子の前に姿を見せない方がいいのは俺だって同じでしょうが!もしかしたら俺にも動いてもらうかもしれないって、以前あんた自身が言っていた事だろう?」
「大丈夫だ。これがある。」
そう言ってユアンが取り出したのは唐草模様の風呂敷。
ゼロスは目を見開いた。
「…それを俺様に被れと?」
「似合うと思うぞ。」
「…いらね。あんたがすれば?」
「お前…今回、なんか妙に冷たくないか?」
「いきなりこんな所へ連れて来られた上にそんなもん被れって言われて喜ぶ馬鹿いないっしょ!…てか、あんた何でそんなもん持ち歩いているわけ?」
「何故って決まっているではないか。我が組織の為、デリスから物資を調達するのに便利だろう。」
「それって調達じゃなくて盗みっしょ?」
「細かい事は気にするな。……と、それはさて置き、ク〜の事だが、うまい方法が浮かばないものをいつまでもぐだぐだ考えていても仕方がない。その件は追々考えるとして、とりあえず今は腹ごしらえせんか?」
「はあ?」
「さっきから家の中からいい匂いが漂って来ているだろう?私はもう限界なのだ。ちょっと食料を調達してくる。すぐに戻るからお前はク〜の見張りを続けていてくれ。」
「えっ!?…ちょ、ちょっと?」
急な話の転換に付いて行けず慌てるゼロス。すぐに我に返って止めようとしたが、もうユアンはかなり離れた所まで行ってしまっていた。
「…ったく。なんなんだよ、あいつ!」
しかし考えてみると、どうもさっきからユアンの様子がおかしい。
もちろんあいつがおかしいのは元からだ。だが、こっちへ来てから特に変な行動をとるようになったような気がする。
この家に来た時も、変な犬がいる小屋を見て『間違いないようだ』とニヤリと笑っていたし、かと思ったら今度は向こうにある墓を気にしているようだったし…。
あれは何か良からぬ事を企んでいる顔だ。そしてそれは、奴が殊更に俺には知られまいとしている事から考えるに恐らくはクラトスに関する何か…。
「……」
ゼロスはユアンの姿が道の向こうへ消えるのを確認した後、そっと家の横にある墓へと近付いて行った。
アンナ・アーヴィング…知らない名前だ。
だが何かある筈だ…。
思い出せ。あいつの様子がおかしくなったのはいつからだった?
…確かシルヴァラントの神子である彼女を目にした時からだったように記憶しているが、でも彼女が原因だとするとこの家に来てからのあいつの行動に説明が付かない。この家は彼女の家ではないわけだし、この墓だって彼女とは関係ないだろう。
だとすれば残るはあの赤い服の少年か?
そこまで考えたゼロスの脳裏に、ふと以前ユアンが言っていた言葉が浮かんで来た。
そう…あれはク〜の誘拐事件があった時の事だった。
“そう言えばお前は知らなかったんだな。お前に会う前、クラトスは妻子を失っている。あいつはあのリーガルと同じく、怪物と化した妻をその手で殺しているんだ。”
思わず目の前の墓を凝視するゼロス。
「まさか……まさかね…」
浮かんで来た一つの仮説を否定の言葉を口にする事で振り払おうとするも、完全に消し去る事は叶わず…。
ゼロスはそれからしばらくの間、墓の前から動けずにいた。
ユアンが戻って来たのはそれから更に数時間後、空に星がちらほらと輝きだした頃であった。
その時にはダイク家での誕生パーティも終わったのか、辺りは静けさを取り戻しており薄暗い中虫の声だけが響いていた。
「遅くなって済まなかった。実はあれから考え直してな。ク〜もこの調子だとしばらくはさしたる動きもないだろうし、今夜はこのまま引き揚げても大丈夫だろうと宿の手配をして来たのだ。少し離れているがトリエットって街だ。食事の用意も頼んで来た。そこを拠点に明日からは交代でク〜を見張ればいいだろう。」
「…ふ〜ん。」
「で、どうだ。ク〜は変わった事はなかったか?」
「大ありだよ。」
驚愕に目を見開くユアン。
なにしろ、もしク〜に何かあったら自分がユグドラシルに殺されかねないのだから無理もない。
「なんだと!一体何があったんだ!?」
「…トマトを食ったんだよ。」
「はい?」
「…パーティで野菜サラダが出てさ。それに入っていたトマトをあいつ、食ったんだ。『良い子』は好き嫌いはしないからって言ってな。」
「おいおい、脅かすな。大ありだなんて言うから私はまたもっと大変な事があったのかと心臓が止まりそうになっちまったじゃないか。」
「大変な事だろう?あいつが大嫌いなトマトを食ったんだぜ。」
「そりゃあ、まあ…しかしだな…」
「何でク〜のやつ、あんなにも良い子になる事にこだわるんだろう…」
「え?…そりゃ、ユグドラシルに叱られたからに決まっているだろう。」
「でもあいつがユグドラシルに叱られるのは初めてじゃない。今までにも何回もあっただろう?その度にあいつなりに反省はして来ただろうさ。でも、今回みたいに無理に『良い子』になろうとする事なんてなかった。ましてや大嫌いなトマトを自ら口にしようとするなんてあり得ない。違うか?…きっとあいつが『良い子』にこだわる理由がある筈なんだ。あんた、ずっとあいつの傍にいたんだろう。何か思い当たる事はないのかよ。」
「…そんな事言われてもな。大体子供なんて気まぐれなものだろう?急に好き嫌いが変わる事だってあるさ。」
「…あんた、本気でそう思っているのか?」
ユアンを睨み付けるゼロス。
そして尚も言葉を継ごうとしたその時、家の中から誰かが出てくる気配を感じ、慌てて身を隠した。
出て来たのはあのロイドと言う少年であった。
ロイドは外のベンチに腰を下ろすと何をするでもなくじっと夜空を見上げている。
するとそこへ、今度はコレットが現れ、黙ってロイドの横に腰を下ろした。
「どうしたの、ロイド。眠れないの?」
ロイドはちらりと彼女を見たが、すぐに視線を空に戻すと小さな声で言った。
「…あんなやつ、連れて来なければよかった。」
「え?それってク〜ちゃんの事?」
「他にいねえだろっ!」
「どうして?仲良くすればいいのに。だってロイド、兄弟が欲しいって言っていたじゃない。」
「俺が欲しかったのは兄貴で、あんなクソ生意気なガキなんかじゃねえ!」
「クソ生意気って…」
「だってそうだろ?事あるごとに『良い子になるんだ』なんて抜かして親父に胡麻すってさ。俺に当て付けがましくトマトを食って見せたり…コレットも見ただろう?あいつ、すげえ顔していたじゃんか。きっと本当はトマトが嫌いなんだぜ。それなのに親父の前だからっていいカッコしてさ。お陰で食えない俺はあいつと比べられて怒られちまったじゃねえか。」
「ク〜ちゃんはロイドがトマトが嫌いだって事、知らなかったんだよ。だから別にいいカッコとかそんなんじゃ…」
「それだけじゃねえ。パーティの後、お手伝いするとか言って皿を運んで数増やしちまうし(=割る)、風呂を沸かしておくとか言っちゃあ火事を起こしかけるし、その尻拭いは全部俺がやらされたんだ。おまけにあいつを泊めたが為にあいつにベッドを占領されちまって、俺は床の上で寝る羽目になっちまった。まったく、いいとばっちりだぜ。」
「……」
「いい事なんて何もない。あんなやつ、連れて来なければよかった。大体、あんなガキの頃から人の顔色窺ってばかりいるようじゃ、ろくな大人にならないぜ。」
「…それは違うと思う。」
「え?」
「ク〜ちゃんは胡麻をすっているわけでも、顔色を窺っているわけでもないよ。理由は分からないけど、良い子になりたいって本気で思っているんじゃないかな。その為になんだかすごく無理をしているように私には思えるの。」
「無理…」
「ねえロイド。ロイドの気持ちは分かるよ。小さい子が一緒にいれば周りはどうしてもその子を中心に考えてしまうものね。だからロイドの中に色々な気持ちが湧いてきても当然だと思う。でも一度、そんな思いを全て除いたまっさらな目でク〜ちゃんを見てあげてくれないかな?」
「……」
「ごめんね、変な事言っちゃって。でもきっとロイドならク〜ちゃんの事、理解出来ると思うんだ。だって二人は似ているもの。」
「俺とあいつが似てる?…冗談だろ。」
「ううん、似ているよ。強くて優しくて純粋で、どこまでも真っ直ぐなところ、そっくりだよ。」
その長所のオンパレードに苦笑を浮かべるロイド。
「馬鹿、お前まで何言っているんだよ。俺を煽てたって何も出ないぞ。」
「そっか。残念。」
ペロリと舌を出しそう言うコレットを見て、ロイドはついに噴出した。軽くコレットのおでこを突くと、
「…もういいよ。確かにお前の言う事も尤もだ。あいつが嫌いな事は変わりねえけど、そんなの抜きにもう一度あいつの事じっくりと見てみるよ。」
「有難う、ロイド。」
「もう遅いしお前はもう寝ろよ。明日の朝、村に帰るんだろ?俺はもう少し頭を冷やしてから戻るからさ。」
「…分かった。それじゃあ、先に寝るね。おやすみなさい。」
「おやすみ。暑いからってちゃんと布団かけろよ。寝冷えするんじゃねえぞ。」
「やだ〜、ロイドったら。子供じゃないんだから大丈夫だよ。」
笑顔を浮かべ軽く手を上げたロイドに、手を振り返し家に戻って行くコレット。
だが戸口の所で立ち止まると、ベンチで再び夜空を見上げているロイドを盗み見た。
ロイド…ロイドは笑ったけど、あれは私の正直な気持ちだよ。
だってロイドは、神子としてではなく私自身を見てくれた初めての人だから。
そんなロイドだからク〜ちゃんの事もきっと分かってくれる筈。
私はそう信じているよ。
コレットが立ち去った後も、ロイドはしばらくの間相変わらず夜空を見上げながらなにやらじっと考え込んでいた。
一方ユアンとゼロスはコレットが家の中に入って行くのを見送ると、一人残っているロイドに気付かれぬようそっと草陰を抜け出し家の前にある橋の所までやって来た。
「どうした。まだク〜のトマトの件が気になるのか?」
「…ああ。」
「あまり考え過ぎない方がいいと思うぞ。それよりも今はク〜を連れ戻す方法を考える事を優先させるべきだろう?」
「分かってるよ。でもどうしても気になっちまうんだ。」
「兎に角これ以上ここにいても仕方がない。我々も今日の所は宿に帰ろう。明日には神子も帰るようだし、良い方法が見付かるかもしれん。」
「分かった、そうしよう。」
「もう夜だしレアバードを使っても大丈夫だろう。そうすりゃ、一飛びだ。」
どこか広い場所はないかとキョロキョロ見回しているユアンをぼんやりと眺めながら、ゼロスはコレットの事を考えていた。
“まっさらな目でク〜ちゃんを見てあげてくれないかな?”
あの言葉が実は彼女自身の心の叫びである事は、ゼロスにはすぐに分かった。
周りの人間は自分達の事をあくまでも神子としか見ようとしない。
確かに自分達は神子だ。でもその前に心を持った人間でもあるのだ。
それなのにいつも特別な目で見られ続ける事が、どれだけ悲しいか、どれだけ苦しいか…それは同じ神子である自分にしか分からないだろう。
彼女は俺と同じなのだ。同じ辛さを味わって来た仲間同士…ずっとそう思って来た。
でも…実際に彼女を見てそれは間違いであった事に気付いた。
彼女と俺は根本的に違う点があったのだ。
同じ重すぎる運命を背負いながら、何故彼女はあんなにも他人を気遣う事が出来る?
何故あんなにも優しくいられるんだ?
「おめでたいって言うか、なんていうか…とてもじゃねえが、俺には真似出来ねえや。」
もしかしたら彼女は、生まれながらの本物の天使なのかもしれない…。
「天使か……」
ゼロスは肩を竦めると、ようやく場所を見付けられた様子のユアンの元へ歩み寄って行ったのだった。
−つづく−