翌日、村に用事のあるダイクがコレットを送って行く事になり、ロイド達も見送りの為に同行した。
 曲がりくねった坂道を、ダイクをしんがりに仲良くおしゃべりしながら下って行く。
 やがて森の出口に着くとコレットが言った。
「二人とも有難う。ここまででいいよ。」
「村まで送るよ。」
「大丈夫だよ。ダイクさんも一緒なんだし。」
「そうそう。俺が一緒なんだから心配すんねぇ。」
「いや、心配とかそう言うんじゃなくて・・・その・・・(もう少し一緒にいたいって言うか)」
 少々顔を赤らめながら、もぐもぐと言うロイド。
 するとその横にいたク〜が、
「おねえちゃん、もうお別れなの?ク〜、寂しいな。」

 ロイドは目を剥いた。
 (このガキ!俺が恥ずかしくて言えなかった事をよくもこうはっきりと・・・)

 コレットはニッコリとしてク〜の頭に手を置くと、
「またすぐに遊びに来るよ。」
「ほんと?待ってるからね。」
「うん。」
 仲良く指切りをする二人。
 ロイドは面白くない様子だ。
 コレットはそんなロイドに向き直ると、その手を取り言った。
「昨日は誕生日のお祝いしてくれて有難う。あんなに楽しい誕生日は初めてだったよ。とても嬉しかった。本当に有難う・・・。私、昨日の事はずっと忘れないよ。」
「え・・・い、いやだな、そんなもう最後みたいな事、言うなよ。また来年もやろうぜ。来年だけじゃないぜ。再来年もその次もその次も・・・ずっと毎年やって行こうと思っているんだ。来年はジーニアスも来れるって言ってるし、今年で終わりだなんて言ったらあいつ怒っちまうよ。」
「これから毎年ずっと・・・」
 一瞬暗い表情になり俯くコレット。だがすぐに笑顔を浮かべると、
「そうだね。これから毎年皆で集まって・・・きっと楽しいだろうな。来年がすごい楽しみ!」
「ああ、楽しみにしてろよ。何しろ俺とジーニアスが主催するんだからさ。」
「うん。」
「ま、取り敢えず、次に三人が顔を合わすのは明日学校でって事だけんどな。」
「うん。それじゃあ、明日学校で・・・。ク〜ちゃんの事頼むね。帰ったらお婆様に、ク〜ちゃんの両親らしい人を見かけたらすぐに知らせてくれるようにお願いしておくから。」
「そうだぞ、ロイド。お前は兄ちゃんなんだから、しっかり面倒を見なきゃ駄目だ。坊主は兄ちゃんの言う事をきいて良い子でな。」
「うん!ク〜、良い子でいるよ。」
 ダイクの大きな手に頭をクシャクシャされ、ニッコリと頷くク〜。

 (なんで俺がこんな奴の兄貴にならなきゃなんねえんだよ!)

 そう思ったものの、コレットの手前嫌な顔をするわけにもいかず・・・ロイドは引き攣った笑いを浮かべると力ない声で言った。
「分かったよ・・・ちゃんと面倒見るから心配するなって。」
 その言葉にコレットは安心したように笑うと、ダイクと共に村へと帰って行った。


 それからロイドはク〜と一緒に今来た道を引き返し始めたのだが、長年通い慣れた道だと言うのに半分ぐらい戻った頃にはもうぐったりと疲れ切っていた。それというのも、ク〜が『あ、鳥さんだ〜』と言ってはあっちへ、『うさぎさんがいた〜』と言ってはこっちへと、一瞬たりともじっとしていないのだ。
 その度に追いかけて連れ戻すのだが、またすぐにどこかへ走って行ってしまう。それが本道の上でならまだいい。しかし崖下等の危険な場所にまで平気で近付いて行ってしまうのだから、こちらとしてはうっかり目を離す事も出来ない。
 子供と言うものは皆そうなのかと、ロイドは自分が幼かった頃の事を思い返してみるが、こんなにもダイクの手を煩わせた覚えはなかった。
 確かにやんちゃは数えきれないぐらいした。しかしそれは家の中に限られており、こうして森の中を歩くときは大人しくダイクに従っていたものだ。
 それなのに・・・この差は何だろう。
 だんだんとロイドの中で苛々が募って行く。
 しかしク〜の方ではそんなロイドの心中など何処吹く風と、『森って楽しいね〜』とか言いながら、相変わらず自由奔放に動き回っている。
 ロイドは思わず殴り倒してやりたい衝動に駆られ、拳を握りしめた。
 するとク〜はそんなロイドにニッコリと笑ってみせるとこう言ったのだ。
「ク〜ね、森って暗くて怖い所なんだなってずっと思っていたんだ。でもこうして来てみると動物さんはいっぱいいるし、いい所だよね〜。」
「え?」
 まじまじとク〜を見詰めるロイド。今の一言で自分とク〜との違いにやっと得心がいった気がしたのだった。

 自分はほんの小さな頃から森の中で暮らして来た。だから自然と言うものは心を癒してくれる一方で、時には人間に牙を剥いてくる存在でもある事を肌で知っている。それ故、改めてダイクから注意を受けずともむやみに動き回ったりはしなかったのだ。
 しかしク〜は違う。今の話から察するに、恐らくク〜は町育ち。森へ来るのは初めてか、たとえ来た事があったとしても一、二回ぐらいなのではないだろうか。それなら森の怖さを知っていなくても無理はない。知らないから彼方此方平気で動き回る事が出来るのだろう。

 だとしたら、誰かが教えてやらなければならない。もちろん本来ならそれは両親の役目である。だが両親から逸れ迷子となってしまっている現状では、今傍にいる自分が負うべき事なのではないだろうか。
 あまり気の進まない事ではあったが、ダイクやコレットにも言われたように、自分には年長者として幼き者を導いて行く義務がある。
 突如として湧きあがって来た義務感に後押しされ、ロイドは決意の表情でク〜へと振り返ると口を開いた。
「おいク〜。いいか、よく聞け。森って奴はな・・・」
 だが、その決意は一瞬にしてしぼむ事になる・・・。
 横にいるク〜が歌を歌い始めたのだ。それがまた、思わず耳を塞ぎたくなるような酷い音痴ときた。しかもその歌というのが・・・

 森へ行きましょう〜、マイハニー。グヘヘ。
 薄暗〜い、グヘヘ。あの森へ、イヒヒヒヒ。
 君を押したお〜し、俺様は、ムフフ
 馬乗りで、ムフフ、撫で回す〜

 言いかけた言葉を飲みこみ、ぽかんと口を開けたままク〜を凝視するロイド。
 この曲が『森へ行きましょう』である事はなんとなく理解できたのだが、詩がすっかり痴漢を企む変態男風に書き換えられてしまっている。それを年端もいかない子供が楽しそうに歌っているのだから、余計に不気味さを感じてしまう。
 そう言えば出会った時にも変な歌を歌っていた。もしかしてこれも・・・。
「・・・その歌もミ〜ってやつに教わったのか?」
「ううん。これはね、ゼロが歌ってたの。」
「ゼロ?」
 新たな登場人物に眉をひそめるロイド。
 いずれにせよ、こんな出鱈目な歌を子供に吹き込むなんて、そのゼロにしてもミ〜にしてもロクな奴ではないだろう。それどころかさっきの過激な歌詞から想像するに、ひょっとすると、やばい筋の人達と言う事もあり得るではないか。
 ロイドは、傍らで相変わらず上機嫌で歌い続けているク〜を気味悪げに眺めた。
「・・・やっぱ俺、こんな奴と係わりたくねえよ。」
 ふと見回せば、ク〜を見付けたのが丁度この辺りであった事に気付く。思えばそれがこの悪夢の始まりだった。
 やはりあの時、無視すればよかったのだ。そうすればコレットと二人水入らずで誕生祝いをする事が出来ただろうし、ダイクからも、年上なんだからとドジを踏んだク〜の代わりに本来なら食らわなくてもいい筈の説教を食らう事もなかっただろう・・・。
 ロイドの心の中にだんだんと不穏な考えが頭をもたげてくる。

 (今こいつをここに置いて行けば、今までの事全部、白紙に戻せるだろうか・・・。)

「・・・・・・」
 このまま何処かへ行ってくれる事を願いながら、ロイドはそっとク〜の傍を離れると草陰に身を潜めた。
 しばらくしてロイドがいない事に気付いたのか、半分泣きながら自分を呼ぶク〜の声が聞こえてくる。
「お兄ちゃん?お兄ちゃん、どこ?」
 その内にそれも聞こえなくなり・・・。
 こっそり様子を窺ってみると、ク〜は少し先の別れ道に立っており、しゃくりあげながら左手に伸びている脇道の方をじっと見ていた。今にも入って行きそうな様子である。その先にあるのは人間牧場だ。
 ハッとして腰を浮かすロイド。
 だが、すぐにク〜から目を逸らすと再びしゃがみこんだ。

 俺は知らない・・・知るものか!
 構う事はない。いいじゃないか、行かせればいい。
 そうすれば俺はめでたくあいつから解放されるんだ。

 自分に言い聞かすかのように呟くロイドの拳が震えてくる。

 (でもこのまま放っておけば、あいつはディザイアンに捕まり、そして・・・。)

「・・・・・・くっそっ!」
 次の瞬間、ロイドは草陰から飛び出していた。
 真っ直ぐにク〜に駆け寄ると、その手を掴んで引き戻す。
 ク〜は一瞬ぴくりと体を震わせたが、相手がロイドと分かるとホッとしたように笑みを浮かべた。
「あ、お兄ちゃん。どこにいたの?ク〜、一人で帰ろうかと思っていたんだよ。」
「馬鹿、家はそっちじゃねえ!そっちへ行ったら駄目だ!!」
 ク〜は不思議そうな顔をしてロイドを見上げた。
「え、そうなの?・・・じゃあ、あっちには何があるの?どして行っちゃ駄目なの?」
「え・・・それは・・・」
 口籠るロイド。
 至極尤もな質問である。こう聞き返してくる事は予想されて然るべきであっただろう。しかしロイドはそんなに深く考えてはいなかった。行くなと言えばそれで従ってくれるものと高をくくっていたのである。
 一体何と説明すればいいのだろう・・・。
 この先には人間牧場がある。そう言った所で、それが何たるかを知らないク〜では到底納得出来まい。かと言って、あの施設のむごたらしさを子供のク〜に一から説明するのも気が引ける。
「あっちには・・・」
 必死に考えを巡らせるロイド。
「・・・あっちには・・・そう、鬼がいるんだ。」
「鬼?」
「ああ、鬼だ。人をさらって来ては食っちまうこわ〜い鬼がな。」
「・・・悪い鬼なんだね。それじゃあ、ク〜が退治してやる!」
「馬鹿!お前が敵う相手じゃねえんだ。お前みたいなチビが行ってみろ。たちまちのうちに丸飲みされちまうぞ。」
「・・・でも・・・」
「でもじゃねえっ!・・・とにかく金輪際あっちへ行ってはいけない。分かったな。」
 ロイドは不服そうなク〜に強い口調でそう言うと、その手を掴み引き摺るようにして歩き始めた。

 あのまま放っておけばよかったとも思う。
 でも自分にはどうしても出来なかった。
 そのおかげで、これからまたしばらくの間お守をする羽目になってしまったわけだが、あの時声をかけなければきっと後になって悔やんでいたに違いない。

「ああ・・・俺ってほんと損な性格だよな。」
 ロイドは諦めきった表情を浮かべ天を仰いだのだった。



 こうしてようやく我が家へと戻って来たロイドは、ク〜を掴まえていた手を放すと家の中を見回した。
 ダイクは村へ立ち寄った後材料の仕入れに足を伸ばす為、帰りは明後日以降になる。それまでは自由だ。
 ここで命の洗濯といきたいところだが、その前に朝食の後片づけやら掃除やらを済ませておいた方がいいだろう。それからゆっくりすればいい。
「よし、そうと決まったらとっととやっちまうか。」
 ロイドは腕まくりをして、まずは食器洗いからと流しの前に立った。
 すると・・・
「ク〜も、ク〜も!」
 ぎょっとして振り返るロイド。いつの間にやらク〜が隣にやって来ており、しきりにロイドのズボンを引っ張っている。
「お、お前はいいんだよ。外でノイシュと遊んでいな。」
「嫌!ク〜もお手伝いする!良い子になるんだもん。」

 (また良い子かよ・・・と言うか、洗い物した事があるのか?こいつ)

 溜め息を突くロイド。
 正直邪魔になるだけだから手伝って欲しくはなかったが、この様子ではたとえ断ったとしても素直に引き下がってくれそうもない。
 そこでロイドは仕方なくク〜にスポンジを渡すと、小さいク〜が流しに届くように踏み台を持ってきてその上に立たせ、手分けして洗う事にしたのだった。
 幸い流しは、洗い終わった食器を置く台を挟んで二つある。昔ダイクが一人で暮らしていた時には洗面所兼用の小さなものが一つだけしかなかったのだが、ロイドが来てからさすがにそれでは狭いと考えたのだろう、その隣に食器洗い専用の少し大きめのものを新たに作ったのだ。
 ロイドはその内広い方をク〜に使わせ、自分は狭い方で洗い始めた。
 シャカシャカと手際よく洗っていくロイドを見ながら、自分も割り当てられた食器を手に取るク〜。だが初めての事でなかなかうまく洗う事が出来ない。
 どこがいけないのだろうと必死に考えた結果、ク〜の出した答えは『スポンジが違うから』であった。
「お兄ちゃん、ク〜、そっちのフカフカがいいな。」
「フカフカ?」
 一瞬何の事を言っているのか分からなかったが、ク〜の視線をたどりスポンジの事だと分かる。どっちだって同じだろうと思ったが、それで気が済むならと渡し、ロイドは代わりに亀の子たわしを取るとそれで再び洗い始めた。
 一方ク〜も目当てのスポンジを手に入れご機嫌で再び洗い始めたのだが、そもそも洗い方自体がおかしいのであって道具を変えたとて突然上手に洗えるようになるわけもなく。
 またもやク〜の出した結論は・・・。
「・・・お兄ちゃん、やっぱク〜、そのトゲトゲがいい。」
 ロイドに交換してもらい、今度こそと亀の子たわしで洗い始めるク〜。
 しかしどうも、やけに手がチクチクして、なんだかさっきのフカフカより洗いにくい気が・・・。
 動かす度に水や洗剤の泡が自分めがけて跳ねてくるのだ。

 (どうして?お兄ちゃんはあんなに上手に洗っていたのに・・・)

 相変わらず手際よく洗っているロイドの方を羨ましそうに見るク〜。
「ん?どうしたんだ?」
 その視線を感じ、ク〜が立っている流しの方を見たロイドは、その場の惨状に目を丸くした。
 流しの彼方此方には見事なぐらい洗剤の泡が飛び散っており、ク〜自身も上半身びしょびしょ。足元はと見てみれば、そこにも大きな水溜りが・・・。こちらまで水が飛んで来なかったのは奇跡に近い。
 ここへ来てようやくロイドはク〜が慣れない作業に四苦八苦していた事に気付いた。
「・・・もしかして初めてだったのか?」
「・・・うん。」
「・・・・・・」

 やはり・・・。
 それはそうだろう。この年齢で男の子とくれば、洗い物などやった事がなくて当然だ。
 最初にやり方を教えてやればよかったのかもしれない。

 目を伏せるロイド。
 この時点ではロイドにそれ程怒りはなかった。それどころか、“気にするな、お前は悪くない。悪いのは気が回らなかった俺の方なんだから”と慰めるつもりでいたのだ。
 確かに今まで散々苛々させられて来たし、今回もこの後始末をするのが自分である事を考えるとムッとしてしまったのも事実。しかしすっかりしょげてしまっているク〜を見てしまうと、さすがにその上に更なる追い打ちをかけるような真似は出来なかった。

 (我慢、我慢・・・人間、我慢が大切だ)

 ロイドはぎこちないながらも何とか笑顔を浮かべた。

 ところが・・・

 そこでク〜が突然傍らにあった布巾を手に取ると、流しをゴシゴシ拭き始めたのだ。しかし余程慌てていたのだろう、その手が勢い余って、ロイドが洗い終わり積み重ねてあった食器に当たってしまう。
「「あっ!!」」
 声を上げ、同時に手を伸ばした二人の目の前でガラガラと崩れ落ちていく食器。
 ヒビが入ってしまったかもしれない。たとえ無事であったとしてもこれではまた洗い直さなければならないだろう。
 洗い場に散らばってしまった食器を見詰めるロイドの表情が徐々に変わっていく。

(どうしてこいつは次から次へと俺の手を煩わせる事ばかりするんだ?・・・仏心を出した俺が馬鹿だった。もう我慢も限界だ!)

 次の瞬間、ついにロイドは抑えに抑えていた怒りを爆発させた。慌てて拾い上げようとしたク〜の手を振り払うと、睨み付ける。
「・・・ご、ごめんなさい・・・ク〜、きれいにしようと思って・・・」
「これがお前の言う、『きれいにする』って事なのかよ!」
「あ・・・あの・・・」
 ク〜はおろおろと踏み台を下りると、怯えたようにロイドを見上げた。
 ロイドにもク〜に悪気がなかった事は分かっていた。恐らく黙り込んだ自分を見て怒らせてしまったと思い、名誉挽回しようとしたのだろう。
 しかし一度噴き出してしまった怒りは止まる所を知らず、気が付くとロイドの口からは次々にク〜をなじる言葉が飛び出していたのだった。
「何が手伝うだ。こんなのは手伝いとは言わねえ。俺の仕事を増やしているだけじゃねえか。これを見ろよ。こんなにグシャグシャにしちまいやがって、どうしてくれるんだ?この後始末は皆、俺がやらなければならないんだぞ。だから俺は外でノイシュと遊んでいろって言ったんだ。それなのに何もできない癖にでしゃばりやがって。挙句の果てにこれか?そんなに俺を困らせて嬉しいか?・・・いいからもうお前は引っ込んでろ!はっきり言って邪魔なんだよ!!」
 ロイドの辛辣な口調に俯いてしまうク〜。その口から小さな呟きが漏れる。
「・・・・・・違う・・・」
「あん?何だって?」
 揶揄するかのように耳の後ろに手を当て首を傾げてみせたロイドに、ク〜は今度は大きな声で同じ言葉を叫んだ。
「違うっ!!・・・・・・違うもん。わざとじゃないもん。お兄ちゃんを困らせるつもりなんてなかった。ク〜はただ良い子になりたかっただけだもん。だからいっしょーけんめーお手伝いしようと思ったのに・・・それなのに・・・」
「それなのに何だって言うんだよ。俺が悪いとでも言いたいのか?冗談じゃねえぞ。自分のしたことをよく考えてから物を言えってんだ!・・・何が良い子になりたいだ。お前みたいに人の足を引っ張ってばかりの奴が良い子になんてなれっこねえだろが!」
 最後の一言に、ク〜は目を見開いた。

 (良い子になれない?・・・それじゃあク〜は・・・)

「・・・そんな・・・ひどい・・・」
「何が酷いって言うんだよ。俺は本当の事を・・・」
「お兄ちゃんの意地悪っ!!」
 そう叫んでロイドを見据えたク〜の目から涙が溢れてくる。
「・・・お兄ちゃんなんて・・・お兄ちゃんなんて・・・だいっきらいだ〜!!」
「!!・・・って、待てよ!」
 くるりと背を向け戸口に向かって走りだしたク〜を、ロイドは慌てて手を上げ制止しようとしたが、ク〜はそれを振り切りそのまま大声で泣きながら外へ飛び出して行ってしまったのだった。


 一人残されたロイドは上げていた手をだらりと下ろした。
「チッ・・・まったく何だって言うんだ、あいつ。」

 俺は悪くない・・・。間違っていない・・・。
 そうだとも。そもそもやりたい放題だったあいつがいけないんじゃないか。
 悪いのはあいつなんだ。俺は悪くない。

 とその時、ロイドの左手にある石がきらりと光った。
 母の形見であるその石は、ロイドが悲しい時、辛い時、必ずと言っていい程こうして光を発し、まるで母が生きて傍にいるかのように優しく包み込んでくれた。それでロイドは今までどんな事も乗り越えてこれたのだ。
 しかしそのいつもなら温かく癒してくれる筈の光が、今日はやけに冷たく感じられた。
「・・・母さん、怒っているのか?どうしてだよ。だって俺は・・・」
 思わず口を尖らせたロイドの脳裏に、先程のク〜の顔が浮かんでくる。

 “お兄ちゃんの意地悪!”

 そう叫んだ時、ク〜の目に怒りは感じられなかった。そこにあったのはただ悲しみだけで・・・。
「・・・あいつ・・・泣いていたよな・・・」
 ロイドは相変わらず光を放ち続けている石を見詰めながら、考え込んでしまったのだった。



 一方家を飛び出したク〜は、そのまま森へ走り出て行こうとしたのだが、ふとその足を止めた。
 右手奥の方で何かが光ったのだ。その光は何だか自分を呼んでいるようで、ク〜は吸い込まれるようにそちらへと足を向けたのだった。
 そこにあったのはお墓だった。
 しかしお墓が光ったりしない事はク〜にだって分かっている。日の光でも反射したのだろうかと思ったが、生憎と今日は曇り空でお日様の姿はない。
 それでも確かに光ったのだ。そしてここには他に光るような物は見当たらなかった。
 ク〜は首を傾げながら近付くと、そっと手を触れてみた。
「!?」
 ビクッとして手を離すク〜。
 温かかったのだ。石だというのにそこからは何故かぬくもりが感じられた。
 日も出ておらず、周りに火の気もない。この石を温めるものなどなにもない。だからそんな事があるわけないのに・・・。
 気の所為だったのかと再び恐る恐る手を触れてみるが、やはり温かかった。
「・・・あなたなの?・・・あなたがク〜を呼んだの?」
 一体誰の墓なのかと、そこに刻まれている文字を指で辿るク〜。
「・・・ア・・・ン・・・ナ・・・?」
 何だろう・・・初めての筈なのに、何だかすごく懐かしい感じがする。
 自分は確かにこの人を知っている。
 そして昔、このお墓から感じられるぬくもりと同じものに包まれていたような・・・。
 必死に思い出そうとするク〜。
 すると・・・

「それは俺の母さんの墓だよ。」

「!!」
 突然聞こえてきた声に驚いて振り返ると、そこにはばつが悪そうな表情のロイドが立っていた。
「お兄ちゃん!・・・・・・これ、お兄ちゃんのママのお墓なの?」
 ロイドは頷くと、ク〜の隣に立ち同じように墓を見詰めた。
「俺がお前ぐらいの頃、ちょっと・・・事故に遭ってさ。母さんは俺を庇って死んじまった。その時父さんとも逸れてしまい、今生きているのかも分からない。」
「パパと?・・・でもおじさんは・・・」
「親父は俺の本当の父さんじゃないんだ。一人ぼっちになった俺を育ててくれた、育ての親ってやつ。ま、今じゃホントの親と変わりないけどな。」
 そう言って笑うロイドを、ク〜はじっと見詰めた。
「・・・それじゃあ・・・ク〜と同じだね。」
「え?だってお前は・・・・・・あ!・・・もしかしてあの時パパとママがいないって言ったのは、逸れて見失ったって意味じゃなくて・・・」
 こくりと頷くク〜。
「ずっと前にね、死んじゃったんだって。だからパパもママもどんな人だったのか、ク〜、知らないの。」
「あ・・・・・・」
 てっきりただの迷子なのだと思っていた。だから俺もコレットも・・・
「・・・ごめん・・・俺達知らなくて、両親を探してやるだなんて言っちまって・・・。お前、辛かっただろう。俺達だけで勝手に盛り上がっていたものだから言い出せなかったんだよな・・・」
「ううん。ク〜がちゃんと言わなかったからいけないんだもん。だからいいの。それにね、あの時お兄ちゃんやお姉ちゃんが声をかけてくれて、ク〜、すごく嬉しかったよ。ほんとはね、森の中に一人ですごく心細かったから。」
「・・・・・・」
「ねえ、お兄ちゃんはパパやママの事覚えてる?」
「いや、殆ど覚えてないな。でも母さんはいつも見守ってくれている気がしてたし、俺には親父がいたから寂しいと思った事はなかった。」
「そっか・・・。ク〜もね、ミ〜達が傍にいるから寂しくないよ。これもお兄ちゃんと同じだね。」
「だな。」
 顔を見合わせて笑う二人。

 二人は似た者同士だったのだ。
 ロイドにとってのダイクの存在が、ク〜にとってはミ〜やゼロで・・・。
 両親はいなくても、そうやっていつも傍にいてくれる人がいたから寂しくなんてなかった。

 でもこれはこうして話をしたから分かった事・・・。

 “一度、まっさらな目でク〜ちゃんを見てあげてくれないかな?”
 “ロイドならク〜ちゃんの事、理解出来ると思うんだ。だって二人は似ているもの。”

 コレットの言った通りだった。
 俺はこいつの事を頭から嫌うばかりで、何一つ理解しようとしていなかったんだ。
 その結果俺はこいつを傷つけ・・・。
 謝らなければならない。悪いのは俺の方だったんだ。

 それでもロイドはしばらくの間俯き決意しかねている様子であったが、やがて顔を上げると思い切って口を開いた。
「あのさ、ク〜。その・・・さっきは酷い事を言っちまってごめんな。俺、どうかしてたんだ。」
「ううん。だってあれはク〜がいけなかったんだもん。それなのに嫌いだなんて言ってごめんね。」
「いや、あれはやっぱ八つ当たりしちまった俺の方が・・・」
「違うよ、ク〜が・・・」
 二人は噴き出した。
「それじゃあ、二人とも悪かったって事で・・・おあいこだな。」
「うん、おあいこ!」
「ああ、でもこれですっきりした。やっぱ、ウジウジと考え込んでいるなんて俺の性に合わないもんな。」
「うん、ク〜もすっきり〜!」
 顔を見合わせて声を上げて笑う二人。
 その笑顔にはもうわだかまりなど全くなかった。

 ク〜とこんな風に笑い合えるなんて思わなかった。
 これもあの時の石の輝きのおかげかもしれない。

 母が眠る墓の方へ目をやり、そっと呟くロイド。
「有難う・・・母さん。」
 何だか母がニッコリと笑ったような気がした。

「よおし、それじゃ、まずその濡れた服をなんとかしなくちゃな。そのままじゃ風邪を引いちまう。それから掃除をして、その後に食事だ。」
「ク〜もお手伝いする!」
 張り切ってそう叫んだク〜を見やるロイド。
「あ・・・ごめんなさい。やっぱク〜はノイシュと遊んでるね・・・」
 ク〜は慌てて前言を撤回すると、目を伏せた。
 だが、ロイドから返って来た言葉は意外なものであった。
「いや・・・手伝ってくれよ。俺一人じゃ大変だからさ。」
 ハッと顔を上げるク〜。
 ロイドは照れ臭そうな、でもとても穏やかな笑みを浮かべ自分を見詰めていた。
 ク〜の顔に嬉しそうな笑みが広がってゆく。
 そしてやがて元気よく
「うん!」
 と、返事をしたのだった。


「ねえねえ、ごはんは何にするの?」
「そうだなあ。親父もいない事だし、俺達の好物オンリーにしようか。」
「あ、それじゃあ、トマトはなしね。」
「何だ、やっぱお前トマトは嫌いだったんじゃねえか。」
「うん・・・あんまし好きじゃない・・・」
「好き嫌いしてると良い子になれねえぞ。」
「あ〜、お兄ちゃんだって嫌いなくせに!意地悪!!」
「アハハハハ・・・」

 明るい笑い声を上げ、じゃれ合いながら家の中に入って行く二人。
 それはまるで本当の兄弟のようで・・・。

 その姿をアンナの墓が、温かな光を発しながら嬉しそうに見守っていた。


−つづく−